第三章:取り残される者と、嘲笑う者と、前を向く者
第1話:まあ、そう思うのも無理は無い
狩猟者も、探究者と同様に『誰でも成れる』仕事の一つだが、実際に仕事を行うまでに、幾つかの手順を通過しておく必要がある。
まずは、『東京』の南端にある専用の役所に行き、狩猟者登録を済ませておかなければならない。町はずれにまで行くのは面倒だが、狩場とされている場所はそこからさらに南へ下りたところにあるので、言ってしまえばついでである。
別にしなくても狩猟を行うことは自由だが、何かあったときに余計な面倒事を増やさない為にも、理由が無い限りは登録しておくに越したことは無い。そういうわけで、マリーたち4人を乗せた巡航馬車は、ぱからぱからと蹄の音をなびかせながら、役所へと向かっていた。
「……ねえ、見て、マリー。建物の数が少なくなってきているわ」
馬車の窓から外を眺めていたナタリアが、どこかの建物を指差す。お世辞にも座り心地の良くない座席の感触に、早くも辟易していたマリーは胡乱げな眼差しをナタリアへ向けた。
「そりゃあそうだろ。寂れていたとはいえ、ラビアン・ローズは街中にあるからな。こっちの方角に行っても居るのは獣ぐらいだし、街の端ともなれば整備が追い付かなくても無理はねえ……ていうか、座れ」
パタパタと座席の上で両足をばたつかせていたナタリアの尻を、マリーは容赦なく叩いた。「いったぁあ!?」ぱちん、と響いた音に、クスクスと車内に忍び笑いが響いた。
馬車の中には、4人以外にも数名の人達が乗っている。その内の一人、緑髪の髪をツインテールにした少女の視線が、こちらへ向いている。その目じりが、微笑ましそうに垂れているのを見て、マリーは内心ため息を吐いた。
(多分、俺の事を世話焼きの友達かなんかだと思われているんだろうなあ……まあ、面子がこれだから、仕方がねえか)
おそらくは、お忍びで出かけている良い所のお嬢様方、といったところだろうか。当たらずとも遠からずであろう推測を、今更訂正する気も起きなかった。というか、訂正したところで信じて貰えるとは思っていなかった。
絵本から抜け出してきたかのような絶世の美しさを持ち、白を基準とした可愛らしいドレス装備を身に纏った、非の打ちどころのない美少女のマリー。
大人しく座り直したものの、その蒼い瞳を好奇心に疼かせ、イシュタリアから買ってもらったドレス装備を落ち着かなく揺らす、金髪美少女のナタリア。
黒色を基準とした品の良いドレスを身に纏い、艶のある黒髪を緩やかに靡かせて、ある種の神秘的な雰囲気を醸し出している美少女、イシュタリア。
4人の中で唯一ハーフズボンを履いたサララも、短く切り纏められた黒髪が褐色肌と合っていて、ボーイッシュな雰囲気を醸し出している。胸を覆うプレートと横に立てかけた槍と相まって、さしずめサララは三人の騎士といったところだろうか。もちろん、サララも三人に負けず劣らずの美少女である。
(……俺らを見て、初見で俺が男であることを見抜いたやつがいたら、そいつは将来大成するだろうなあ……観察眼的な意味で、すげえもん)
チラリと、隣で何やら真剣な眼差しで本に視線を落としているイシュタリアを見やる。さり気なく見やったつもりであったが、視線に気づいて顔をあげたイシュタリアと目があった。
「何用じゃ?」
「……いや、さっきから何を読んでいるのかなあ……って思っただけだ」
「以前読んだ小説なのじゃ。暇ならば、読んでみるか?」
「……いや、いい。活字は看板だけで間に合っているよ」
ふむ、とイシュタリアは頷くと、再び視線を本へと落とした。その向こうで、背筋を伸ばして目を閉じているサララの姿があったが、マリーは声を掛けることなく、隣で再び騒ぎ出そうとしているナタリアの頭に拳骨を叩き込んだ。
そんなこんなで、馬車に揺られること、幾しばらく。朝方に出発したものの、十数人を乗せられる巡航馬車の速度はゆっくりなものだ。目的地である役所に到着した頃には、すっかり太陽が高く上っていた。
「イシュタリア、あそこにあるのは何かしら?」
徐々に変わっていく景色に興奮を隠せなくなっていたナタリアは、我慢できずに窓から外を指差した。その指差した先には、いくつものテントが立ち並んでおり、馬車の中からでもその活気が伝わって来ていた。
馬車が止まった場所は、道中の寂れた風景とは打って変わって、町はずれとは思えぬ賑わいがあった。役所があるおかげなのか、それともチラホラと見受けられる商人の姿が影響しているのかは分からないが、もはや一個の町といっていい程の、空気の違いがそこにはあった。
「ねえ、ねえ、あれはいったいなんなの?」
「あれは市場じゃな。おそらく、狩猟者が討伐した獲物を買い付けに来た商人が集まっておるのじゃろ……ほれ、降りるから、付いてくるのじゃ」
さっそく興味を引かれているナタリアの襟首を掴んで、イシュタリアたちは、ぞろぞろと、馬車から降りていく列に並ぶ。あんまり身綺麗ではない恰好の人達の後、最後に馬車から降りたイシュタリアたちは、眼前に建つ役所を前に、思い思いに凝り固まった身体を解した。
「やれやれ、ようやく到着じゃな……しかし、途中のあの揺れはなんとかならんものかのう」
そう愚痴を零すイシュタリアであったが、無理も無いことであった。定期的とは言えないまでも、ある程度整備された街中を走る時と違って、今回は他所の街へと続く道路でも無い、行路だ。
多少は人の手やら車輪やらで踏み固まってはいるものの、あちこち凸凹だらけの雑草だらけ。距離が距離なので仕方がないことなのだろうが、馬車そのものの不備も相まって、道中の乗り心地は最悪と言っていい酷さであった。
「さすがに帰るときは、もう少しマシな馬車を借りるべきだと思うのじゃが、どうじゃ?」
その中でも、ひと際大きく骨を鳴らしていたイシュタリアが、疲れたようにため息を吐いた。とんとん、と腰を叩く様は、なんだか妙に年寄り臭かった。
「そんなの勿体無い。馬車を借りるとなると、倍は運賃を取られる……ナタリア、私は車掌にお金を払ってくるから、マリーをお願い」
そう言うと、サララは颯爽と運転手の元へと駆けて行った……そう言いつつも、時折痛そうにお尻を摩っていることに、誰も突っ込むものはいなかった。
いくらダンジョンの過酷な環境に慣れているとはいえ、長時間同じ姿勢を維持し続けるのとはまた別……ということなのだろう。
見た目は人間ではあるものの、サキュバスであるナタリアは存外平気そうな顔をしている。そのナタリアはというと……優しく、マリーの背中を摩っていた。
「……ねえ、大丈夫?」
尋ねられたマリーは、蹲った姿勢のまま、力無く首を横に振った。
「……だ、駄目かもわからん」
青ざめた顔で力無い返事をしたマリーは、ウッと喉奥を鳴らして胃液を吐き出した。あらかじめ掘っておいた穴に、黄色い胃液がぼとぼととなだれ落ちて行く。
魔力コントロールを行わなければ、初潮を迎えていない少女よりも貧弱な身だ。魔力コントロールしておけば良かったと思う頃には、どうしようもない状態になっていた。
「……す、すまん、ナタリア……迷惑を掛ける……」
「……いいわよ、別に。これぐらい、迷惑でも何でもないわ」
己よりも小さいのではないかと思える程に小さな背中を、ナタリアは何度も摩る。ドレス越しでも分かる華奢な背骨の感触が、ごつごつと伝わってくるのを、ナタリアは不思議な気持ちで感じていた。
ふと、気配を感じてナタリアが顔を上げると、先ほどよりもいくらか調子を取り戻したイシュタリアが、マリーの前にしゃがみ込んだ。そっと、イシュタリアはマリーの頭に手を置く……ほわん、とその手が淡く光った。
「これで少しはマシになるじゃろ……というか、お主は本当に魔力が無ければひ弱一直線じゃな」
そのことに対して、マリーは何も言わなかった。けれども、それ以外の事は言った。
「――ぱ、パンツ見えているぞ」
「見せておるのじゃ。なんなら、もっと見て元気になるか?」
ほれほれ、とイシュタリアはドレスの裾を捲る。露わになる刺激的な黒レースと太ももを前に、マリーは鼻で笑った。
「似合ってはいるが、年齢を考えろよ、婆ちゃん」
くっくっく、イシュタリアは笑みを零した。
「女は幾つになっても美しく着飾りたいものなのじゃ。そこから考えれば、お主の感想は実に心地よいぞ」
ほれ、立てるか。そう言って差し出された手を、マリーはふらつく頭で見やった。
薄汚れた床や天井に、ところどころボロボロで、インクでは誤魔化しきれなくなった専用テーブル。場所が場所だし、諸事情により予算もカツカツな役所内には、色々な意味で不穏な臭いというか、形容できない独特の臭気が漂っていた。
それは、何も役所の中で何か事件があったというわけではない。役所の隣に併設された冷却所と、その反対側に併設された解体設備を兼ねた処理場から漂ってくる臭いが原因であった。
討伐された得物(野生動物や、モンスターに限らず)を保管し、不要な部分を処理する為のものだ。しかし、冷却装置はその仕様上、臭いをある程度誤魔化すことは出来るのだが、問題はゴミの処理施設にあった。
(いくら防臭と消臭機能が備わっている新型だからって……動かす為のエネルギーを用意できないんだったら、意味はないわな)
すっかり慣れてしまったこの環境の中で、勤続12年になる所員の菊池(年齢32歳:既婚者)は、今日もため息を呑み込んだ。
お世辞にも素行が良いとは言えないやつらと面と向かい合うことが多いせいなのは重々承知の上だが、以前、報告の関係で訪れた『中央』とは天と地の差があることに、思うところが無いと言えば嘘になる。
公人であることを示す為に所員は全員身だしなみを整えているが、その程度で役所内の物騒な雰囲気を誤魔化せるわけがなかった。
フッと、目の前に気配を感じて菊池は顔をあげる。そこには、これまたお世辞にも堅気とは思えない強面の男……名を、マージィと言う。彼は慣れた手つきで、背中に担いだ獲物である『一角うさぎ』を荒っぽく置いた。
「おう、兄ちゃん、換金してくれ」
「おや、マージィさん、今日は早いですね……はい、承りました。32番になりますので、番号を呼ばれたら換金受付までお越しください」
「色、付けてくれよ」
「それは、マージィさんの腕に掛かっていますよ」
ニヤリと、男が強面で笑みを作る。それに対して菊池も同様に笑みで持って答えると、菊池の後ろで控えていた数名の職員が、慣れた手つきで獲物を抱えると、小走りで処理場へと駆けて行った。
その後ろ姿をぼんやりと眺めていたマージィは、背後を振り返って誰も並んでいない事を確認すると、声を潜めるようにして身を乗り出した。
「……どうだ、骨の有りそうなやつは出てきたか?」
「……出てきていたら、私ももう少し笑顔を見せていますよ」
合わせる様にして声を潜めた菊池は、苦笑気味にため息を吐いた。
「最近になって、田舎から狩猟者志願の人が押し寄せているみたいで、数は増えてきているのですけどね……」
「質が、悪いと?」
歯に衣を着せない一言に、菊池は思わず「まあ、そういうところですね」笑顔を見せた。
「お察しの通り、悪いも悪い。もはやアレは狩猟者じゃなくて、ただの荒くれ者ですな。正直、アレなら増えない方がまだマシですよ。まあ、不幸中の幸いと言うべきか、こっちも増大期を迎えているので、仕事を用意するのはそう難しくはないんですけどね」
チラリと、菊池の視線が隣の処理施設へと続く扉へと向けられる。そう、役所内に悪臭が漂っているのも、役所の雰囲気が物々しくなっているのも、全てはソレが原因であった。
狩猟者という者は、基本的には(精神、肉体に重度の障害等があれば別だが)誰でもなれる職業だ。なので、増大期に限った話では無いが、都心部や、地方の村から職を求めた人間がココを尋ねることは、そう珍しくは無い。そう、珍しくは無いからこそ、余計な人たちまで来てしまうのも珍しくは無かった。
「せめて、狩猟者となる以上は、最低限の知識を有してから来て欲しいものなんですがねえ」
「……まあ、新人が空気を読まないのは、今も昔も一緒だよ。まあ、10年やってもそこのところを理解しないやつがいるのは、正直俺も思うところはあるがな」
そうはっきりと言い切るマージィの言葉に、菊池は何も言えなかった。菊池が知る中でも良識のある狩猟者である彼が、そう言うのだ。
実際、そういった理解しないやつらのせいで、割を食っているのは所員に限った話では無い……というか、一番割を食っているのは、マージィのような人たちなのだ。
(こういう良い人が割を食うんだろうなあ……マージィさん、けっこう真面目な人だからなあ……)
何か慰めの言葉でも掛けてやろうかと菊池が口を開けた……その瞬間、ざわめきが所内に響いた。ピクリ、と反応した二人はざわめきの中心へと視線を向けた。
「ふむ、なかなかにボロッちい役所じゃな」
「なんだか血の臭いがするわね……胸がドキドキしてくるわぁ」
「……マリー、大丈夫? 少しは酔いが取れた?」
「……ダメかも……世界の回転は止まったが、半端ない気持ち悪さだ……」
……なんだ、あの集団は。
にわかに響いた、年齢低めの甲高い声に……マージィと菊池と、のんびりと依頼書を眺めていた狩猟者や雑用を行っていた所員たちは……マジマジと、その集団を、マリーたちを見つめた。
今までの人生の中で、一番の珍事なのかもしれない。
カウンター越しに腰を下ろした4人の少女を目の前にした菊池(最近、背広を買い替えようか悩んでいる)は、所員であることを忘れて、不躾な目を彼女たちに向けた。
「……えっと、君たち、もしかしなくても何か勘違いしていないかい?」
ずり下がっても居ないメガネの位置を指で押し上げながら、菊池は引き攣った笑みを四人へ向けた。どう贔屓目に見ても、こんな場所に来るべき人たちでは無い……というのが、菊池の正直な本音であった。
「ここは、狩猟者登録を行うところで、劇場でも無ければ、講演場でも無いんだよ」
「それぐらい分かっておるのじゃ。狩猟者登録を行う場所なのじゃろ?」
……じゃ、じゃろ?
へんな話し方をする子供だな。それが、菊池がイシュタリアに抱いた最初の感想であった。ハッと目を見張る美少女達の中でも、まだ大人っぽい雰囲気を持っていたので、話が通じるかと思ったが……これは骨が折れそうだ。
「そうだよ。だから――」
「だったら合っておる。ほれ、私達は狩猟者登録をしに来たのじゃ。さっさと登録手続きを済ませぬか」
その発言に、役所にいる全員の視線が集まった。直後、堪えきれないと言わんばかりに、あちこちから嘲笑の声が聞こえてきた。
嘲笑を上げたのは、マリーたちの後に入ってきた別の狩猟者たちであったが、イシュタリアは一べつもくれてやることなく「いちおう、言っておくのじゃが」と、話を続けた。
「私たちは、これでも探究者登録を済ませておる立派な探究者なのじゃ。それなりに修羅場を潜って来たのじゃ。というわけで、お前さんの心配は無用なのじゃ」
(いや、それは嘘だろ)
その言葉を寸でのところで呑み込んだ菊池は、辛うじて笑顔を保つ。そして、深々とため息を吐くと、グッと顔をイシュタリアへ近づけた。
「……ここに立っている以上、僕自身が何を思ったとしても、君たちの意志を否定し、あまつさえ追い返すことなんて出来ない。それは君たちが探究者であろうと無かろうと、何ら変わりは無い……けれども、僕は君たちに尋ねる」
ジッと、菊池はイシュタリアの瞳を見つめた。整った顔立ちに似合う、綺麗な色だ……そんな感想が、脳裏をよぎった。
「狩猟者の世界は、探究者よりも死亡率が低いとはいえ、決して安全な仕事では無い。今日話した相手が、7日後には消息を絶つことなんて、珍しい話でも無い……それを理解したうえで、君たちは狩猟者になるんだね?」
「無論なのじゃ。でなければ、わざわざ尻に青痣を作ってまでここまで来るわけがなかろう」
ジッと、視線を返されて、菊池はさらに目に力を込める。けれども、一瞬たりとも視線を逸らすことなく、それどころか余裕ありげに微笑むイシュタリアを見て……菊池は、静かに身を引いた。そして、深々とため息を吐くと、菊池は疲れたように説得を諦めた。
「……登録は一人ずつ行う。登録する順番で何が変わるわけでもないから、覚悟を決めた人から受付に並ぶように」
「――、お、おいおい兄ちゃん、そこで諦めるんじゃねえよ」
呆然と成り行きを見ていたマージィが、慌ててイシュタリアの前に腕を差し出す。ムッとイシュタリアの目線が鋭くなったが、マージィの顔を見て、すぐに和らいだことに気づいていないマージィは、菊池へ食って掛かった。
「いくら何でもこんな小便臭いガキに狩猟は無理だろ。そこの嬢ちゃんに至っては、馬車に酔ってひでぇ有様じゃねえか」
ビシッと指差した先に居たマリーが、青ざめた顔で手を振り返す。「自殺しに行くようなもんだ」それを見て、白髪が混じり始めた頭をガリガリと掻く。その視線が、ジロリとイシュタリアへと向いた。
「お嬢ちゃん。お前さんも、物見遊山でこんな場所に来るもんじゃない。分かったら、とっとと家に帰って勉強でもしてな」
ギロリと、マージィはイシュタリアを睨みつけた。見慣れた所員ですら、思わず引いてしまう程の眼光を前に、イシュタリアは無言のままに、後ろ手でナタリアを静止した。
「……ふむ、悪いやつでは無いようじゃな」
「……なんだって?」
「あいや、こっちの話じゃよ。さて、うるさいオジサマは放っておいて、さっさと登録を済ませてほしいのじゃ」
ポツリと零した感想に目を瞬かせるマージィに、イシュタリアはそっと背伸びをして……無精ひげで黒ずんだ下あごに、軽くキスをした。
「――っ!? お、おい!?」
ギョッと目を見開いて飛び退くマージィにイシュタリアは「心配してくれて、感謝するのじゃ」零れんばかりの笑みを向けると、改めて菊池へと向き直った。
「それじゃあ、さっさと初めるとするかのう。まずは私から頼むのじゃ」
「承りました……マージィさん、ここはあんたの負けだよ」
そう菊池が言うと、マージィはカッと頬を赤らめて……身をひるがえすと、荒々しく外へと出て行った。所内に、静けさが戻った。その後ろ姿を見ていた菊池は……困ったように苦笑した。
「……ごめんね、驚かせちゃって。アレでも君たちの事を心配してくれているだけだから……」
「なあに、気にしてはおらんよ。私たちとて、どういうふうに他所から見られるかは重々承知のうえじゃ。お前さんも、気にせずいつも通りの仕事をすればよい」
そういって貰えると、助かるよ。そう零した菊池は、手慣れた様子で登録作業を始めた。
それから十数分後。
マージィが「稼ぎをまだ受け取っていなかった」という言葉と共に気まずそうな様子で戻ってきたとき、役所内には笑い声が大きく響いた。
こみ上げてくる羞恥に顔を赤らめたマージィが、怒鳴りつけるようにイシュタリアたちを指差した。
「おい兄ちゃん! 俺はしばらくこいつらを引率してやるぞ! お嬢ちゃんたちも、こんなオッサンに付きまとわれたく無かったら、今すぐ荷物をまとめて帰るんだな!」
もはや自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。「マージィさん、さすがにそれはどうかと思うよ」菊池もフォローできずに困ったように眉根をひそめた……が。
「それは良い考えじゃな」
イシュタリアの方が、何枚も上手であった。予想外の反応に「お、おい……」しどろもどろになるマージィを他所に、イシュタリアは順番待ちしているマリーたちへと振り返った。
「よし、お主ら、しばらくこのオジサマが引率してくれるそうじゃ……構わぬな?」
「私は良いわよ。老けているけど、けっこうハンサムだし」
「……もう、好きにしてくれ」
「マリーが決めたことに、従うだけ」
判断していない割合が50%であったが、イシュタリアは自分に都合よく話をまとめると、改めてマージィへと向き直った。
「と、いうわけじゃ。しばらくはこっちで滞在する予定じゃから、色々ご教授お願いするのじゃ」
「……は?」
あっという間に決まった話に、マージィは何が何だか分からなかった。呆然と、菊池に視線を向けると、菊池は苦笑して静かに首を横に振った。
……は、はめられた?
実際のところは墓穴を掘っただけなのだが、良いように転がされたマージィは、圧し掛かる現実から逃れる様に、遠い目で虚空を眺めた。
今回の話
所員「いつも通り仕事をしていたら、場違いな女の子が登録に来たでござる。これはきっと冗談か何かでござる」
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