風知草:秘密との、つき合い方=山田孝男
毎日新聞 2013年11月18日 東京朝刊
敵に漏れれば国の安全が脅かされる情報を、国が秘密にするのは当然のことである。国を守るため、情報漏れの処罰法を整えるという政府の意図が本質的に暗黒だとは思わない。
政府が特定秘密保護法案の成立を急ぐ理由の一端は、第1次安倍内閣の2007年に起きたイージス艦情報漏れ事件にある。出入国管理法違反容疑で神奈川県警に逮捕された中国人の女性(当時33歳)宅からイージス艦の構造図面、レーダーの捕捉距離など最高度の機密を含む外付けハードディスクが見つかった。
イージス艦は強力なレーダーとミサイルで同時多発の敵襲を迎え撃つ高性能の護衛艦だ。イージス(Aegis)はギリシャ神話に登場する神の盾。米海軍にあっては空母の用心棒、海上自衛隊の6隻は日本のミサイル防衛の要である。
その最高機密が中国へ流れた可能性が浮上、日米両国政府はあわてた。
情報の流出元は横須賀基地でコンピューターのプログラム管理に携わる3等海佐だった。先輩に当たる広島県江田島の術科学校(教育機関)教官が、アクセスする資格がないのに3佐に頼んで入手。教官の部下が無断で大量コピーして仲間に配り、自慢した。受け取った一人が中国人女性の夫の2等海曹だった。
スパイ事件ではなく、中国政府に流れたわけではないが、漏らした3佐は逮捕され、懲役2年6月(執行猶予付き)が確定。3佐を含む3人が懲戒免職という自衛隊史上最悪の情報漏れ事件になった。イージス艦に守られながら、イージス艦の秘密保持には無頓着という日本の矛盾を、この事件は浮き彫りにした。
3佐は日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反に問われた。同法は自衛隊にのみ適用される。仮に情報が経済産業省(ここも武器を扱う)から漏れても刑事責任は問えない。
そもそも、法律と規則が整った自衛隊さえ、ゆるフン状態なのである。
軍事情報史の労作「インテリジェンス」(12年ちくま学芸文庫、小谷賢著)によれば、アメリカも昔はゆるゆるだった。東西冷戦で鍛えられた。イギリスの007の伝統は、第一次大戦以来、ドイツとの確執を通じて培われたものである。日本にも旧軍の伝統が残っていたが、1970年代を境に絶えた。
これらの歴史を顧みることは時代錯誤だろうか。イージス艦無用、日米安保無用、渡る地球に敵などいないと考える人々にとってはそうかもしれない。