ダンジョン探求を切り上げた二人+一人は、西日が差す中、帰路についていた
第二章:二度目の奇跡をこの手に(金稼ぎ編)
第五話:帰り道・M
赤く染まった空の彼方に、炎よりも赤い夕日がぼんやりと輝いていた。
換金所を後にして、その足でエネルギー・ショップへと向かい、頼まれていた本数のボトルを用意してもらう為に、待たされることしばらく。
ようやく一通りの仕事を終えたマリーたちが外へと出た頃には、うっすらと遠くの空が暗くなっていた。くん、と鼻を鳴らすと、どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。もう、そんな時間のようだ。
「それじゃあ、帰るか」というマリーの号令の元、自分たちの帰りを待っている人たちの元へと、マリーとサララは帰路につく。その後ろを、イシュタリアは鼻歌を歌いながら、ゆるゆると追いかけた。その行き先は、マリーたちと同じ場所……ラビアン・ローズであった。
縁もゆかりも無いイシュタリアが、なぜ……それは、イシュタリアがダンジョンを出る際に口にした『しばらくお主らと行動を共にしようかのう。まあ、暇つぶしみたいなもんじゃが、付き合ってくれるのであれば、その間の報酬の半分を、お主らに譲渡するつもりじゃ』という一言が理由であった。しかも『ついでに、その間はお主らの家で寝泊まりさせてもらうつもりから、そのつもりでなー』というおまけ付であった。
当初、この一言に真っ先に怒りを露わにしたのは、サララの方からであった。『そんな提案などいらない。さっさと帰れ!』そう言い放つサララの顔は、興奮で赤く染まっていた。元々、マリー以上に警戒心を抱いていたサララだ。自分たちへと行った行為は金でチャラにしたが、それ以上は一切許可を出した覚えはない。そのうえ、今後の探究にまで同行するだけでなく、……サララにとって、それは許しがたい提案でしかなかった。
『……まあ、待て』
『マリー!? どうして!?』
けれども、そんなサララの思いとは裏腹に、マリーが待ったを掛けた。今にも強化鉄槍を振り回さんかぎりに鼻息を荒くしていたサララの肩を、マリーは優しく叩いた。
『落ち着け。イシュタリアにやられて腹が立っているのは分かるけど、今はとにかく冷静になれ』
違う、そうではない。
その言葉を言い放ちたかったが、サララは寸でのところで我慢した。サララにとって、もはやその事は過去のことであり、代償として金を貰った以上、今更蒸し返すつもりはない。
サララにとって、何よりも許せないのは。何よりも、腹立たしいのは。
チラリと、サララはマリーの頬に浮かんでいる痣を見やる。ダンジョンに居た頃は、ほんのりと赤く染まっているだけであったそれは、うっすらと青痣となっていた。
サララがイシュタリアを許せないのは、イシュタリアがマリーを攻撃して怪我を負わせたということ。それが、何よりも許せないのだ。例え、怪我を負ったマリー自身がイシュタリアを許していたとしても……サララは、怒りを感じずにはいられなかった。
『サララの気持ちは分かるが、イシュタリアが加入すれば、それだけ戦闘が楽になる。それは、サララも分かるだろ?』
『――っ、そ、それは……』
痛いところを突かれた。そう言わんばかりに、サララの言葉尻が弱まる。言われなくても、イシュタリアの実力は重々理解している。マリーの言うとおりだと、サララは戦闘の際のイシュタリアの姿を思い出した。
魔法術を用いて作りだした土人形を操って、モンスターと戦わせる。それが、イシュタリアの基本的な戦闘方法であった。操る土人形の原料は、ダンジョンの土と、イシュタリアの魔力。それを使って、イシュタリアは瞬時に3メートル近くの土人形を十数体作り上げ……攻撃させる。
モンスターを物量で一気に押し切る光景に、最初は唖然とした。必然的に多数を相手取ることが多いサララにとって、それは不思議な光景であった。
マリーとは根本的に違う、魔力を完全にコントロールし、魔法術を駆使して闘う技術。術者の身には一切危険が及ばず、一方的にモンスターを駆逐していく手腕……これが、時を渡る魔女なのかと、息を呑んだことは記憶に新しい。
『しかも、あいつが得る報酬の半分を、こっちに譲ってくれるんだ。いまいちあいつの意図は分からんが、こっちとしては受けても損は無さそうだろ』
『……それは、確かに……否定、出来ない』
ギュウッと、サララは強化鉄槍を握りしめた。マリーの言うとおり、少しでも金が必要なのは事実。意図が掴めないが、話を聞く限りだと、受けておいて損は無いだろう。
けれども、サララの正直な気持ちの部分では、なかなか首を縦に振ることが出来ない。迷いを見せて俯いているサララの姿に、『まあ、迷うわなあ』と苦笑すると、そっとサララの耳に唇を寄せた。
『それに、考えてみろよ』
『…………?』
チラリと、サララは耳を澄ませた。
『ここで断っても、こいつ何だかんだ理由付けて押しかけてきそうじゃね?』
『……ああ、うん。そうかも……』
マリーの言葉を、サララは全く否定できなかった。自然と、二人は背後でぼんやりと遠くを眺めているイシュタリアへと振り返った。
『……ん、おお、話は決まったようじゃな。それでは、しばらく御厄介することになるのじゃ』
そうイシュタリアは一つ頷くと、大きく欠伸をした。ちなみに、マリーもサララも、会話を聞かれているのを前提としても、一言もイシュタリアの提案を了承したとは伝えていない。
つまり、イシュタリアは二人の返答云々以前に、初めからラビアン・ローズに押し掛けるつもりであったのだろう。マリーの予想が的中した……視線に呆れの色が混じってしまうのを、マリーはもちろん、サララも抑えられなかった。
夕暮れ時だからか、傍を通り過ぎて行く人たちの足取りはどこか足早だ。疲れ切ったように羽織っていたシャツを肩に掛けながら歩く者、コツコツとブーツの踵を鳴らしながら走って行く者、皆が、何かに急かされているように急いでいた。
けれども、真っ赤な西日が、そう感じされるのだろうか。急ぐ人たちをしり目に、ゆるやかに角度を変えて行く日差しのせいで、流れている時間が昼間よりもいくらか遅くなっているように思える。
その中で、マリーとサララの足取りは、まあ、軽かった。余計な道草というか、妨害同然の行為を受けたので、手に入れたエネルギー量そのものは少ないのは否めない。だが、それを帳消しするどころか大幅にプラスへと転じる臨時収入があったので、結局のところは上手くいった、というのが今回の結果であったからだ。
昼間よりも、いくらか涼しくなった風がふわりと3人の間をすり抜けて行く。心地良いが、少しばかり強い風だ。3人の中では一番短髪であるサララは軽く手で眼前を遮るだけで大丈夫であったが、長髪の部類に入るマリーとイシュタリアは、風に靡く己の髪を、手で押さえた。
「やれやれ、髪が長いというのも不便なものじゃ……いたた、こりゃあ堪らん。お主、ちゃんと髪に付いた砂は落としたのじゃろうな?」
目を瞑っていたイシュタリアが、顔に降りかかった砂埃に、悲鳴をあげた。ギュウッと目を瞑ったまま顔全体を拭いながら、イシュタリアは前方を歩いているマリーへと尋ねる。
しかし、元来そういった身だしなみに対する意識は人並み以下ぐらいしか無いマリーの答えは「面倒だから、していねえよ」であった。その返答を聞いた途端、イシュタリアの目つきが細くなった。
「なんと……それは勿体無いのう。せっかく綺麗な髪を持っとるというのに、宝の持ち腐れじゃな」
「不本意だけど、それは私も同じ意見。マリーは、もう少し己の容姿を自覚するべきだと思う」
呆れたと言わんばかりにため息を吐くイシュタリアに、サララもジト目でマリーを見つめた。知るか、というのがマリーの率直な本音であったが、それは口に出さないままに、曖昧な笑みで誤魔化すことにした。
「まあ、本当に短い付き合いではあるが、お主がそういったお洒落に気を使うような性格では無い事は分かるからのう……言っても無駄じゃと思っておった」
けれども、イシュタリアは誤魔化せなかったようだ。さすがは年の功、とマリーが内心舌を出していると、イシュタリアは己のビッグ・ポケットに手を突っ込んだ。ごそごそと中から細長い何かを取り出すと、それを、ほい、とマリーへと放った。
「ちょ、おい、いきなり投げるなよ……んん、なんだこれ? もしかして、フレッシュ・コムか?」
受け取ったのは半月状の櫛であった。薄い赤褐色のそれは、メタリックを思わせる光沢を放っており、西日を受けてキラリと光を反射していた。
フレッシュ・コム……それは、魔力を送り込むことで滅菌・自動洗浄機能が作動する特殊な櫛だ。この櫛を使って髪を梳くと、髪に付いた汚れを取り除くことが出来るだけでなく、送り込む魔力の量によって、頭皮の皮脂までも除去してくれる優れものである。
「ほう、分かるかのう? お主にそういった物を知っているとはのう……少しばかり、驚いたのじゃ」
「お前が俺のことをどう思っているか、今の台詞でだいたい想像出来た……まあ、俺だって、櫛ぐらいは知っているさ」
意外、と言いたげに目を見開くイシュタリアに、マリーはじろりと睨みつけた。しかし、イシュタリアは意に介した様子も無く、カラカラと笑い声をあげた。
「風が吹くたびに目つぶしをされては堪らんからのう。しばらくそれで髪を梳いでおくのじゃな……面倒であるのならば、私が自らやってやらんこともないぞ?」
「あなたにはやらせない。マリーの髪を梳くのは、私の仕事」
指をわきわきとイソギンチャクのように動かしながら迫る様は、実に不安を覚える。同時に、鼻息荒く手を伸ばすサララの姿にも、嫌な予感を覚える。マリーは、ジト目で二人を見やった。
「二人とも、結構だ……まあ、櫛は有り難く使わせてもらうぞ」
そう言うと、マリーは早速魔力を送り込んで、櫛を頭に当てた。途端、スーッと青紫色に輝いたと思ったら、櫛の間を通って行く髪束から、パチパチと異音がを放ち始めた。
「おいおい……大丈夫なのか、これ? 抜けても困ることはねえけど、さすがに中途半端に禿げるのは嫌だぞ」
「その音は、髪に絡んだ砂埃を除去している音じゃろうから、気にせずどんどん梳くがよい」
「本当かよ……」
歩みはそのままに、マリーは櫛を動かした。パチパチと、何かが弾ける音に、不安を覚えないわけでは無い。しかし、使えば使う程、櫛から感じられる手応えが軽くなっていくのを考えると、しっかり汚れは取れているのだろう。
まあ、どうせ後でシャワーだけでも浴びるつもりだったし、いいだろ。その程度の気持ちであったマリーは、ふと、気になることを思い出した……というより、気づいた。
「おい、イシュタリア」
館まで、もうすぐとまで歩いた頃。センターの外観が遠くの方でポツン、と見えるぐらいにまで離れたあたりで、マリーは背後にいるイシュタリアへと振り返った。
「お前、着替えとかはどうするんだ? 言っておくが、家にいる女連中の中で、お前の体型に合う服は、サララぐらいのものだぞ」
「ビッグ・ポケットにいくつか着替えが入っておるから、大丈夫じゃ。それに、いざとなれば裸になればいいだけの話じゃからな……じゃから、お嬢ちゃんは露骨に嫌そうな顔をするでない。そういうのは少し堪えるのじゃ……」
「……えっと、家に泊まるつもりなのは分かったが、それは寝泊まりするだけじゃなくて、飯も家で食べるつもりってことでいいんだな?」
気を取り直したイシュタリアは、うむ、と頷いた。
「無論、そのつもりじゃ。言うなれば、空いている部屋をホテル代わりにするだけの話じゃよ……ああ、安心せい。食費や光熱費云々は別途で払うからのう」
「いや、もちろんそれは当たり前だが……なあ、サララ?」
「……? 別に、それぐらいなら構わ……あっ」
含みのあるマリーの視線に、サララは首を傾げて……ハッと目を見開いた。チラリと、二人は困ったように互いの視線を交差させた。
二人は、イシュタリアに伝え忘れた事項があることを思い出したのだ。それは、ラビアン・ローズに住まう為の条件ともいうべきものである、『娼婦を辞めたいと思っている娼婦である』ということ。前当主のマリアが最後まで固執したモノの一つだ。
娼婦館ですら無くなった今となっては、すっかり忘れ去られた話であった。けれども、もしそれがまだ生きているとしたら……まだ、マリアの中ではしっかりと残っているとしたら、これは非常に厄介なことになる。
(うーん、参ったなあ。こいつがそれを聞いて大人しく引き下がるようなやつには見えんし、かといってこの手の問題に関して、マリアが引くとは思えんし……面倒事になりそうだぜ……)
現時点のオーナーは、確かにマリーだ。いざとなれば、オーナー権限で強行することは出来るだろう。しかし、館の運営というべきか、全体の精神的支柱を担っているのは、依然、マリアだ。
そのマリアが、決めたことを曲げる。あの借金時代の時でも己の決めたことを撤回することなく、基準すら緩めようとしなかったぐらいの超絶頑固者だ。例え相手がマリーであってもマリアは、曲げられないモノは絶対に曲げないだろう。
「……まあ、こうなったら仕方がねえ。マリアの御眼鏡にかなうのを祈るか……」
「……それしか、ない。多分、マリーが強く行ってくれれば、マリア姉さんも首を横には振らないと思う」
「振らないとはいえ、良い顔はしねえだろ。絶対、睨まれるぞ」
「……たかが家に泊まるだけで、そこまで深刻にならんでもよかろうに……ああ、家が汚れているぐらいなら平気じゃぞ」と、これまでの経緯を知らず、不思議そうに首を傾げるイシュタリアを見て、マリーは綺麗になった頭をガリガリと掻いた。
館に着くころには、かなり日が落ちていた。明かりが無ければ足元が良く見えない程度にまで、辺りは薄暗い。その中でも、全体の3分の2まで刈り取られて土肌が見えている庭と、各所に山盛りに置かれた雑草の束が、辛うじて確認することが出来た。
女性陣の努力の痕を感じながら玄関を通って中に入れば、ぷん、と青臭さと汗と、香辛料交じりの食欲を誘う香りが飛び込んでくる。フッと、大浴場へと繋がる扉から半裸の女性が姿を見せる。マリーがあまり話したことの無い女性であった。
タオルで髪を拭いている女は、マリーの手では到底つかみきれないサイズの膨らみをぷるぷるんと揺らしながら、こちらへと歩いてくる。その視線が、ふと、マリーへと向けられる「マリー君、サララ……と、名前を知らないお客さん、マリアなら、今は食堂にいるわよ」女は、軽やかな笑顔を浮かべながら3人の傍を通り過ぎて行った。
パチパチと、マリーは目を瞬かせながら、遠ざかっていく肉付きの良い尻を見つめた。下着越しにも分かる、形の良さが、ぷりん、ぷりん、と左右に振られていた。
「……意外と、注目されないものなんだな」
「まあ、マリア姉さんが館に人を連れて来たりするときは、何時も突然でしたし、ある意味慣れているのでしょうね」
「なるほどねえ……ところで、なんで俺の頬を抓るんだ?」
「…………」
無言のまま、サララは答えない。きゅむ、とサララはマリーの頬から指を放すと、チラリと視線を食堂へと向ける。そのまま、くるりとマリーへと背中を向けた。位置的には、食堂へ背を向けた体勢だ。
「……何やってんだ?」
「……ちょっと、見ていてほしい」
首を傾げるマリーとイシュタリアをしり目に、サララはそのままクイッと尻を突きだすようにして背を逸らすと、くねくねと腰を振り始めた。槍を振り回すからだろうか、同世代の女性よりも張りのあるお尻が、ぷりん、ぷりん、とキレ良く左右に振られている。
ズボン越しだからこそ分かる、むっちりとした張りがズボンを押し上げている。それが、弾力と柔らかさを兼ね備えた素晴らしい揉み心地であることは、以前の経験から容易に想像出来た。
「…………?」
しかし、それは容易に想像できるが、サララの意図が全く想像できない。突然の腰振りダンスに、マリーは、ただただ困惑の眼差しをサララへと向けていると、突然、サララはピタリと腰振りを止めた。
「……どう?」
「個人的には、もう少しゆっくり腰を振ると俺が喜ぶぞ」
お尻を突きだしたままの姿勢で、顔だけで振り返ったサララの問いかけに、マリーは素直に答える。その言葉にサララは軽く頷くと、再び腰を振り始めた……先ほどよりも、いくらか動きがゆっくりだ。
しかし、やっぱり意図が掴めない。ぷりん、と肉付きの良さを見せる腰の動きに、呆然と視線を合わせていると、成り行きを見ていたイシュタリアが、持たれ掛かるようにマリーの腕を抱きしめた。
「お主よ……お嬢ちゃんは、いつも家に帰るとこんな感じなのかのう?」
ぷりぷりん、と無言のまま腰を振るサララを、イシュタリアは指差す。「もしかすると、昼間のアレで頭でもやられたのかのう」と、何気に酷い事を口にしたイシュタリアに、マリーはため息を吐いた。
「いや、いつもはもっと大人しいはずだが……ううん、いや、そうでもないかもしれないなあ……というか、お前って見た目より胸が無えのな。肋骨の固さの方がしっかり伝わって来るぞ」
ちらりと抱きしめられた己の腕に目をやる。抱き締めたイシュタリアの方はというと、くふふ、と小さく笑みを零すばかりで、マリーの発言に特別怒りを見せた様子は無かった。
「なぁに、小さい胸にはそれなりの需要があったりするのじゃ。私には締まりとテクニックがあるからのう……味見したいと言うのであれば、させてやらんでもないぞ?」
「あいにくと、俺に付いている棒は見た目相応でなあ。デカいのに慣れたあんたの穴には、些か小さすぎるだろうぜ」
はあ、と深々と吐いたマリーのため息に、イシュタリアはけらけらと笑った。思うところはあったが、マリーは沈黙を保った。反論したところで、見た目相応なのは事実。今更、ぐだぐだと劣等感を吐くつもりは無かった。
まあ、いつか大きくする薬でも買うし、今はこれでいいや。そう己を納得させたマリーは、いまだ腰を振り続けているサララのケツに張り手を食らわした。
教えられたとおり、食堂にはマリアの姿があった。他にも、パンツ一枚で椅子に座ってだらけている者、腰にタオルを巻いただけの者、仁王立ちで、水をがぶ飲みしている者、どう見ても風呂上りの住人数名が、思い思いに休憩を取っていた。
なんというか、非常に目に毒な光景だ。辛うじて最低限隠さなければならない部分は隠しているが、それ以外はあまりに明け透けだ。
部屋に戻る気力が無いのか、それとも夕食を済ませてから寝間着を切るつもりなのか。色気も糞も無い姿だが、元の良さが良さなので、男の劣情を誘う程度の色気は、不思議と醸し出していた。
「……私が言うのもなんじゃが、男の目が届いていない場所では、女はどこも一緒じゃのう。女たるもの、恥じらいを捨てたら最期じゃぞ」
「……俺は今、この時ほど“お前が言うな”と思ったことは無い」
はあ、と深々とため息を吐くイシュタリアに、マリーは引き攣った笑みを浮かべる。二人の後ろから、鉄槍を部屋に置いてきたサララが顔を覗かせた。
「どうしたの?」
「いや、たいしたことじゃない。このババアの頭の中が色々な意味で残念に思えただけだ」
「……今更?」
呆れたサララの視線に、マリーは静かに視線をマリアへと向けた。疲れ切った顔で休んでいる人の傍を、服だけは着替えたと言わんばかりの、最低限の身だしなみは整えたという姿で、マリアは居た。
まだ、マリアは風呂に入っていないのだろう……乾いた汗でぼさぼさとなった髪を後ろに纏めたマリアは、忙しそうに食堂の中を走り回っていた。そのマリアに倣うように、数名の住人が夕食の準備に追われている。彼女たちも、マリアと同様に髪などがぼさぼさになっていた。
少しばかり、マリアに話しかけるには些か忙しいように思える。けれども、マリアの顔には別段忙しさは感じられず、むしろ余裕すら見え隠れしているが……マリーは、一つ、頷いた。
「後回しにするのは面倒だ、さっさと話してしまおう」
「ダンジョンの時にも思ったことじゃが、お主、けっこういいかげんな性格をしとるのう」
「ほっとけ。いくぞ、サララ」
「うん」
後ろ手でサララを手招きすると、サララはさっさとマリーの元へと歩み寄った。それに気づいた住人なんかが、「あ、お帰りー」と力無くひらひらと手を振ってくる。「はいはい、ただいま」と振り返しながら、「マリア、ちょっといいか?」マリアの背中に声を掛けた。
くるりと、振り返ったマリアの目が、まん丸に見開かれる。直後、にんまりと満面の笑みへと変わった。
「あら、お帰りなさい、二人とも。夕食ならもうすぐよ。今ならお風呂に入れるから、ご自由にどうぞ」
「いや、風呂は飯食った後でいい……ちょっと、紹介したいやつが居るんだが、いいか?」
にこやかに、マリアは頷いた。それを見たマリーは、手招きでイシュタリアを呼び寄せた。マリアの視線が、歩み寄ってくるイシュタリアへと向けられる……直後、マリアの瞳に、じわりと涙が滲んだ。
「えっ、ちょ」
あまりに想定外の反応に、さすがのマリーも狼狽する。マリーの後ろに居たサララに至っては、突然の涙に、どうしていいか分からず視線を彷徨わせる始末だ……そんな二人をしり目に、マリアは鼻を啜ると、目じりを擦った。
「うふふ、ごめんなさい。サララがお友達を連れてきたことが、あんまり嬉しくて……本当に、嬉しいの。サララに同じ年頃の、女の子の友達が出来るなんて……マリー君に続いて、二人目ね」
きらりと、目じりを拭った指先が、照明の光にきらめく。演技でも何でもなくて、喜びのあまり本当に涙を流しているその姿に、マリーは思わず頬を引き攣らせた。
ちらりと、マリーは視線をサララへと向ける。しかし、先にマリーの意図に気づいていたサララは、明後日の方向へと思いっきり顔を逸らしていた。もはや、半分仰け反っているぐらいだ。
(……なんとなく、こうなるんじゃないかな、とは思っていたけど、やっぱりそうなったぜ)
覚悟を、決める。ごくりと、唾を飲み込むと、マリーは「ああ、実は……」おそるおそる唇を開いた。
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