金髪フェチのユミルとライナーの話。
情景描写が苦手で、その中でも色表現が一等苦手なので、練習のために金髪フェチにしてしまった被害者なユミルごめんなさい。
恋愛していないけれど、もしかするとライユミに進むきっかけの話になるかもしれないので、注意。
6537文字。
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ユミルは金髪に対してフェティシズムに似たものをもっている。といっても、昔からという訳ではない。元々は自分が持ちえない色に対し綺麗だなと感じる程度のぼんやりとしたものでしかなかった。
その嗜好が明文化したのはクリスタの金を美しいと感じるようになってからで、ユミルは現在自分の嗜好を自覚している。実際、金の髪を見つけては眺めることがやけに多くなったのだから自覚しない訳にはいかないとも言える。クリスタの金髪と他者の金髪を見比べ、金の違いを楽しんだりする程度にはユミルは金髪を愛していた。
ユミルにとって、金髪はそこにあるだけで華やかで美しいものだ。別段この国では珍しい色でもないのに、それらには個性があるようにユミルは感じていた。ただの金髪、と感じる程度のものも少なくないが、やはりユミルにとっては他の髪色と違い美しく感じられるものが多い。それを鑑賞することは、彼女にとって数少ない高尚な趣味ともいえるだろう。フェティシズムといっても性的なそれより、信仰のそれに近いかもしれない。
その事を自認しているからか、ユミルは誰かにフェティシズムと揶揄されても恥じることはないだろう。だからと言って理解されるかわからない拘りをわざわざ吹聴することもなく、ただひとつの事実として認めていた。幸い104期には個性豊かな美しい金髪が多く、鑑賞だけでユミルの嗜好は事足りた。クリスタだけでなく、アニやアルミンの美しい金髪が常に視界に入るのだ。それで十二分と言える。
元々金髪に触れる機会はなかったくらいだ。公言する必要はない。クリスタの金髪をぐしゃぐしゃにかき乱すようなことが平気で出来る、それだけで倒錯的な感情に浸るくらいだ。充分恵まれている。だからユミルは、満足していた。
そんなユミルが、ぱちりぱちりと瞬いて一点を凝視している。珍しく表情を作り忘れて油断したというような幼い瞬きを繰り返し、ユミルは慎重に歩を進めた。
先程まで無遠慮に埃臭い室内を歩いていたくせに、それが嘘のような慎重さである。ただ興味本位で手にしただけの本を戻すことも憚って、まったく興味のない本を抱えるほどユミルは気を使っていた。
目的のものから、距離五メートル。ユミルは立ち止まり、じっとそれを見つめる。
視線の先には、金。
目映い、という言葉がユミルの脳裏に浮かんだ。にもかかわらず、目を細めるどころかその光を逃すまいと黒い瞳をめいいっぱい丸くし、立ち竦む。
図書室の陽当たりの良い窓際の席、入り口からは本棚が死角になる場所。そこに光が溢れていた。
組んだ腕の中にそれが顔を伏せている為に、金の髪がなによりもまず目に入る。それ故の目映さだった。
紅茶に砂糖を入れすぎたら溶けきらないのと同じように、強い西日を吸収しきれず溢れ零れたような光の粒がそこにある。情緒もなにもなく言ってしまえばそれは室内を漂うほこりに光が反射しているだけなのだが、その光が金の髪に与える輝きの方がユミルには重大だった。
クリスタの陽だまりを編んだ透き通る糸のような金とも、アニの王妃のドレスからほどき抜いた固い糸を思わせる金とも、アルミンの飴細工を一息に伸ばして遊ばせたような金とも違う。
よくみればひよこを思わせる柔らかそうで細い短い髪。光を反射するのではなく吸収し、溢れるそれを周りに零すような金。目映いのに刺すような眩しさがないのはそのせいだろうとユミルは納得した。それがまるで髪の持ち主の性質に見合っているように思え、そうまで考えてようやっとユミルはぱちりと瞬く。
そういえば、ライナーも金髪だったな。
内心の呟きはあまりに今更過ぎるものだ。いくら突っ伏して顔が見えないとはいえ、ライナーの体格は特徴的だ。同期の中でも特にがっしりとした体と、その割に先天的に白い肌。大きな節ばった太い指。その腕だけでも予想できるのに、その金髪がライナーのものだと認識したのがたった今で、しかしユミルはそのことに疑問を持たなかった。
ユミルは金髪に目がいく。故にライナーが金髪であることに疑問を抱くことはなかった。しかしユミルにとってライナーの金はクリスタたちを見た時に感じる芸術への感動を与えないもので、金だな、程度だった。故にユミルは、今更ライナーが金髪だと内心で呟いたのだ。
奇妙な感慨を胸にして、ようやくユミルは五メートルの距離を縮めた。机を挟んで、手を伸ばせば届く距離。ユミルの影がかかり、金の光の一部が質量を持って蒲公英の花びらになった。平時はそちらよりなのだろう。故に金でも心を揺さぶられなかったのではないだろうか、とユミルは可能性に思い至った。金よりも穏やかな花の黄色。それに近い髪色が、平時のライナーのものなのだろう。
そうやって訪れた色の変化は手品であるような急速なものではない。光から花びらという質量に変化したにも関わらず、それは花が蕾から五分咲きに変わったような、ひどく自然な色の変化だった。
だからなのだろう。その自然な変化に誘われるように空いている右手がそろりと光側に伸びる。
触ろうという意識はユミルになかった。しかし触るつもりがないというのは嘘になるだろう。虹に手を伸ばす子どものような心地、が彼女の心境にあっているかもしれない。そんな無謀で純粋な欲求のまま手を伸ばし――手首に唐突に訪れた圧力に、ユミルは体を強ばらせた。
細い手首を押さえるのは、無骨な左手だ。光と花びらの金が揺れ、持ち上がる。動きに合わせて埃が舞い上がり、光がやけに騒がしくなる。ユミルはそれから目を離せなかった。
見目麗しいとは程遠い厳めしい顔がユミルを仰ぎ見る。薄い唇が何か言葉を発しようとして揺れ、しかし音にはならない。彫りの深い顔に、同じだけ深く刻まれる眉間の皺。短い金の睫は、もともと小さい瞳を隠している。その金が震えていることに気付き、眩しいのか、とユミルは思い至った。光の中にいるんだから当然か、とまで考え、自身が逆光であることに気付く。寝ぼけ頭で目を凝らし探る相手の間抜けさに、ユミルは肩の力を抜いた。
「こんなところでおやすみたぁ珍しいねぇ」
ユミルの声にびくりと手の力が強くなる。しかしそれは掴むためというより驚きによる反射だったのだろう。すぐに緩んだ手が解かれ、机に戻った。ぎゅ、と一度睫が固く閉じられ、乱暴に太い指がそこを擦る。目頭を鷲鼻ごと摘んで離れると、ぱちり、と睫が持ち上がる。
そうして現れたもう一つの金に、ユミルは瞬きを忘れた。
「あー…気持ち良くてつい、な」
がしがしと髪を掻いて、厳めしい顔でライナーが言い訳のように言う。眉間の皺は相変わらずだが、それは不機嫌だからというよりまだ眩しいだけだろう。声に不愉快の色はなく、寧ろ平時の張りのある声とは違いひどく気の抜けた柔らかい調子だった。
そんなライナーを眺め、ユミルはふと腕の端に寄せられた教本に目を向けた。そうしてライナーがうたた寝をした理由を理解する。
「バカ二匹に勉強教えるのは流石に疲れたかお節介」
「やれば出来るから教え甲斐はあるんだがな」
ははは、と快活な笑いで返され、ユミルは教え甲斐ねぇと肩を竦めた。バカ、で迷いなく通じる程度の連中をそれで済ますのは納得しがたいが、そこを言及はしない。アホくさい、というポーズをとって、そろり、とライナーとの距離を開ける。
ライナーは座ったままうたた寝したおかげで固まった体をほぐすように腕を上に伸ばしながら、そんなユミルを見上げた。
「お前こそ珍しいな、そういう本も読むのか」
言葉に、ユミルは自身の腕の中の本を見下ろした。適当に探っていた途中の、どうでもいい本だ。タイトルも何も確認せず、ただ戻す機会がなくなってしまったそれを見る。分厚い表紙に、大きな題字。どうこたえようと考えていると、ライナーが優しく笑う。
「その本、読みやすいらしいな」
「なんだいベルトルさん情報か?」
読む気はないのだがそれを告げて何故持っていると聞かれるのも面倒で、ライナーの笑みの理由であるだろう男の名前を出す。ユミルを見て笑ったのではなく、本を見て友人を思い出し笑ったのだろう、というのがユミルの考えで、おそらく見当外れではないものだった。
その証拠にライナーは浅く頷き、目を細める。厳めしい顔つきの癖に、それを威圧に見せない笑いがやけに馴染んだ男の相変わらずに、ユミルは鼻で笑った。
「ほんっとう仲良いねぇアンタらは」
「付き合い長いからな」
からり、と返すライナーに深い意図はないのだろう。親しさが当然と言う態度は、今に始まったものではない。出身が同じだとか長い付き合いで片付くのかよくわからないその信頼関係は、ユミルにとって不思議で理解しがたく、面白いものでもあった。
相変わらずだね、と唇の端を片方だけ上げて笑うユミルに、そう変わるものでもないだろうと返したライナーは、ふと、なんてことない雑談の流れのひとつとして、本からまたユミルを見上げた。
「そういえばさっきの、なんか用があったのか?」
「さっき?」
「手、伸ばしてただろ?」
唐突過ぎて、ユミルは一瞬理解しきれず思考を止めた。どう返すか、と考えるより先に、自分が手を伸ばし、手首を掴まれた瞬間の絵が頭に浮かぶ。浮かんだ映像でライナーの尋ねたいことを理解し、しかし寝ぼけ頭のライナーには疑問に思うほどでもなかったのだろうと結論付けながら雑談で誤魔化していたユミルは、対処すべき言葉をひっぱりだすのに時間がかかっていた。
そんなユミルの表情からなにを見たのか、ライナーはいたずら小僧を見つけた兄のような目で、ユミルを見、くつりと笑う。
「なに悪戯しようとしたのか知らないが、失敗して残念だったな」
「……っ、こんなとこでうたた寝してるのが悪いんだよ」
「確かにな。あいつらとやったあとに自分の分の復習とか、慣れないことはするもんじゃないな」
ほんの少し、ライナーが照れくさそうに笑う。勝手な勘違いに安堵しながら、まあ髪を触られるなんて可能性この男が気付くわけないか、とユミルはライナーの態度に納得した。
これ以上座っている理由はないのか、荷物をまとめてライナーが立ち上がる。見上げる位置となった金は、確かに煌めいていた。自覚しない男は、何故ユミルがじっとそれを見据えるのかわからないくらいだろう。
「ユミルはまだ本探すのか?」
「アンタ」
だからなのだろうか。ユミルはつい、ライナーを見上げたまま声をかけてしまった。立ち去ろうとして窓際から離れたライナーの髪は、既に花の色に近く、さきほどから目を奪ってきた目映い金とは違う。これまでと同じ、意識してこなかった黄に近い金だ。美しさにはひとつ足りない、色。
その色の下の顔は美しさとも愛らしさとも違う。そういえばクリスタだけでなく、アニやアルミンも美しさや愛らしさを持ち合わせた顔をしていたな、とユミルはどうでもいいことに思考を向けた。アルミンはまあそう称するにはちょっと足りない面もあるが、他の男連中に比べればよっぽどマシなほうである。そしてライナーは、比べなくてもそうはなれない人間だ。だから、ユミルの行動の意味に気付かなかった。髪を褒められるなんて、基本女がうける賛辞であり、そんなこと考えるわけないだろう。
「顔に似合わない、キレーな髪してんだな」
「は?」
理解できない、というような金の目がぱちくりと黄の睫毛に二度隠れる。光が足りなくてもその小さな目だけが金色の輝きを失わないのは奇妙に思えたが、それでいて当たり前にも思えた。ユミルはため息をついてライナーに背を向ける。借りるつもりのない本を元の場所に戻さなければならないからだ。理解しない男にそれ以上言葉を重ねる気はない。
「……髪、か?」
悩むような低い声に、ユミルはほんの少しだけ振り返り、ライナーを横目で見た。考えるように顎に手を当てた大男が真意を理解するわけないだろう。そう再度考えて、ユミルは本棚の影に消える。
「ああ、お前金髪が好きなのか」
ごとり、と。本棚に戻そうとした本が、棚の板にぶつかって音を立てた。納得したような言葉に言い返す言葉が、のどの奥で萎む。やや乱暴にその分厚い本を棚に戻し、ユミルはライナーのいる入口に大股で足を進めた。
「そういえばクリスタも金髪だしな」
自分が髪を撫でられるということは想定しないくせに、やけにそういうことは察する男にユミルの眉間の皺が深まる。クリスタと共にいることの多いユミルの態度から想定しやすいのだろうが、ユミルは事実のはずなのになぜだかそうじゃねぇだろう、と口の中で一人ごちた。それをライナーは理解しない。
「クリスタは顔も髪も綺麗だろう」
「ああ、それはそうだな」
あっさり頷くライナーに恥じらいはない。ほかの男ならクリスタに手を出すなと言いたくなるくらいだが、ライナーに対してはそういう気持ちにはならなかった。ユミルから見て、ライナーはそういった意味ではひどく安全圏だったのもある。
「お前に髪色のこだわりがあったとは知らなかった」
「悪いかよ」
「いや、わからなくもないしな」
言葉に、ユミルは今日何度目かわからない、理解しきれないゆえの瞬きを見せた。厳めしい顔のライナーは、なにかを脳裏に浮かべているのか少々上を見て、うんうんと頷いている。
「アンタもあるのか?」
「クリスタの髪は綺麗だと思う」
「そりゃクリスタだからだろ?」
「まあな。あと女の髪は綺麗なのが多いな」
俺の髪が綺麗ってのはわからんが、女ってのはやけにそういうところが男と違っているとは思う、と言われ、ユミルは半眼でライナーを見据えた。そうじゃねぇよ、と言いたいが、それを理解されたいわけでもない。
ユミルを見下ろしたライナーがその視線の意味をどうとったのか、ふと再度顎に手を当てると、そういう綺麗とちがうかもしれないが、と呟いた。
「自分の色にないからか、黒い髪に目が行きやすいこともあるし、こだわりってそういうのと似てると思うからさほど珍しいもんとも思わんな」
「黒?」
「ああ。そういやお前も綺麗な黒髪だよな」
言葉に、ユミルは金の光を取り込むのとは別の意味で目を見開いた。ただ事実を言っているだけに過ぎないのか、ライナーは気恥しさもなにもなさそうにうんうんと頷いている。女の髪を褒めるのはよくあることだが、ユミルはそうそう髪を褒められるような機会を持たなかった。なので自分がその立場になる、ということを失念していたともいえる。
「……ミカサとかのがよっぽどキレーだろうがよ」
「ああ、あいつも綺麗だよな、黒。でもお前も綺麗だぞ? ベルトルトの髪と違って芯強そうだ」
「褒めてるつもりなら気をつけな、髪が固いより柔らかいの方が女は喜ぶぜ」
ライナーの言葉に、ユミルはニヤリと笑った。女性に対しては失言のようなものなのだが、ライナーはそういうつもりがなかったのかきょとりと目を丸くしている。褒められたことに慌てた自分が馬鹿らしい、とユミルは内心で呟いた。
「……そういうものか。芯が強そう、も悪いことはないと思うんだが難しいな」
「まあアンタに女心を理解しろと言うやつはあんまいないだろーし私には関係ねーけどな。アンタに褒められたいわけでもねーし」
「そりゃそうだ。髪が好きってのも俺の勝手なもんだしな」
さらり、と返された言葉にユミルは眉を顰める。先ほどからなんというか、ライナーの言葉はどうにも突っ込みどころが多い。コイツその気になれば女口説くのうまそうだな、と考えながら、ユミルは笑う。
「そういうことだな、まあ私もアンタの髪好きだから、互いに勝手でちょうどいいかもしれないな」
「はは、確かにな」
それだけで、不毛な会話は終わりだ。そういうように横をすり抜け扉を出る。早足で立ち去るのもなんだと思い普通に歩いていけば、ライナーがするりと隣に並んだ。そのまま抜き去ればいいのに、と思うのに、お節介はそのまま同じペースで歩く。
ちらりと見れば、花びらのような金髪と、真っ直ぐと前を見据える金の目。観賞物が増えたのは喜ばしいことなのに、ユミルは何とも言えない奇妙な心地でそれを見上げていた。
(2013.08.18)
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ユミルはクリスタ大好きだから金髪好きなんだな認識ライナーと、ライナーはベルトルトが大好きで黒髪好きなんだな認識ユミル。
互いに相手を同性愛者と思ってはいないとは思うが、基本「女に興味があるように見えない」「男に興味があるように見えない」という認識を元に会話、しているつもりです。
色の表現を、見たものを上手に表現ってのができない自分なので、空想と割り切って妄想してみた。だけ。
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