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賃上げ 企業の本音は?〜大手企業100社アンケート〜

11月15日 18時30分

木庭尚文記者

私たちの生活に密接に関わる「賃金」。政府は、経済界に対して再三にわたって賃上げを要請しています。企業業績の回復が従業員の所得の増加につながり、さらなる経済成長を実現する。こうした“経済の好循環”を実現するためにも、賃金の底上げが欠かせないと考えているからです。
では、企業はどう対応しようとしているのでしょうか。NHKでは、大手企業100社を対象に賃金に関する緊急のアンケート調査を行いました。そこから見えてきた企業の“本音”とは。アンケートの結果を、経済部の木庭尚文記者が読み解きます。

賃上げで“経済の好循環”を

1万9750円。一体なんの数字でしょうか。東京オリンピックの1年前、昭和38年の大卒の初任給です。今はと言うと19万8000円。ほぼ10倍になっています。
高度成長期、多くの企業は賃金の底上げを図ってきました。しかし、バブル崩壊以降、日本は、賃金がなかなか上がらない状態が続いています。賃金が上がらないと消費も増えず、経済の成長にもつながらない。この悪循環を断ち切ろうと、政府は、経済界に対して繰り返し賃金の引き上げを要請しています。
円安などで企業業績が回復してきた今こそ、収益が増えた分を賃金に反映させ、経済の“好循環”を実現させようというわけです。企業を優遇しているという批判が出るのを承知で、政府が「復興特別法人税」の1年前倒しでの廃止を検討してまで、経済界に賃上げを迫っているのも、「賃上げ」こそが“経済の好循環”を実現させる鍵を握ると考えているからです。

“賃上げ検討”は44社

では、企業はどう対応しようとしているのでしょうか。企業の本音を探るため、NHKは、先月下旬から今月中旬にかけて、大手企業100社に対して緊急のアンケート調査を行い、すべての企業から回答を得ました。
まず、組合側から賃上げの要請があった場合の対応をたずねました。結果は、▽何らかの形で「賃上げを検討する」が44社(44%)、▽「賃上げを検討しない」が31社(31%)でした。
これは企業は賃上げに対して積極的だと見るべきでしょうか、それともまだ慎重だと見るべきでしょうか。それのヒントは、どのような方法で賃上げを検討しているか、その答えの中にあります。

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ベースアップには慎重姿勢

賃上げの具体的な方法を複数回答でたずねたところ、▽最も多いのが「ボーナスの増額」で24社(32%)。▽次いで年齢や勤続年数に応じて賃金が上がる「定期昇給の実施」が23社(31%)でした。▽その一方で、基本給を一律に引き上げる「ベースアップ」は8社(11%)にとどまりました。
つまり多くの企業は、ボーナスなどで対応し賃金の底上げを図る「ベースアップ」には、慎重な姿勢をとる企業が多いことがうかがえます。

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なぜ基本給を一律に引き上げるベースアップには慎重なのでしょうか。
基本給は、残業代やボーナスなどを算出する際の基準にもなっています。このため基本給を引き上げると、それに連動して残業代やボーナスも増え、人件費全体を大きく押し上げることになります。また、基本給は、一度引き上げるとボーナスのように簡単に引き下げることができず、将来にわたって会社側の負担が増えることになります。
ベースアップについて、三菱電機の大隈信幸常務は次のように話しています。「ベースアップは一度実施すると基本的に下がるものではない。将来の業績が継続してよくなる前提でみるもので、実施するかどうかの判断は非常に難しい。会社が継続的に発展するためには固定費的なものではなくて、業績で判断するのが大事で、まずはボーナスを考える。ベースアップはしっかり考え慎重に判断する」
このように、今後、安定的に業績の改善が見込まれるという確信が持てないかぎり、なかなかベースアップには踏み切れない、というのが多くの企業の本音なのです。

税負担軽減その使いみちは

アンケートには、企業が賃上げに慎重な姿勢を崩していないことをうかがわせる、もう一つのデータがあります。政府が検討している「復興特別法人税」の1年前倒しでの廃止が実現した場合、税負担の軽減分を何に優先的に使うか、複数回答でたずねた質問です。
最も多かったのは、▽設備投資が32社(32%)。次に、▽研究開発費が9社(9%)、▽内部留保が4社(4%)、▽人件費に充てるという企業は2社(2%)にとどまりました。

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今、国内の景気は回復基調にありますが、アジアをはじめとする海外経済の下振れリスクなどは依然として残っており、この先も安定して景気回復が続くのかどうか、確信が持てない。
税負担が軽減されても、競争力の強化につなげるための設備投資や研究開発に優先的に資金を回す企業が目立つ結果となったのは、こうした現状も背景にあるとみられます。

注目される来年の春闘

賃金の引き上げ、とりわけ「ベースアップ」は、どこまで実現するのか。その最大のヤマ場は、来年の2月以降本格化する春闘の労使交渉です。
連合は、来年の春闘で「ベースアップ」の要求を掲げ、現在よりも1%以上の引き上げを求めていく方針を決めました。連合がベースアップを要求するのは平成21年の春闘以来5年ぶりです。
多くの企業は、ベースアップに慎重な姿勢を崩していませんが、経営側のスタンスも変化しています。ことしの春闘の経営側の方針で、ベースアップは「実施する余地はない」という厳しい姿勢を打ち出した経団連も、米倉会長が賃上げを求める政府と歩調を合わせる形で、今後、会員企業に従業員の報酬の引き上げを呼びかける考えを示しています。
賃金の底上げが実現できるかどうか、ベースアップを巡る労使の攻防が、例年以上に重みを増すことになります。

非正規社員の待遇改善も焦点

もう一つ注目されるのはパートやアルバイトなどの非正規の社員の扱いです。非正規の社員は労働者の4割近くを占めるまで増えています。ですから、“経済の好循環”を実現するためには非正規の社員の待遇改善が欠かせません。
アンケートでは、非正規の社員の待遇改善についてもたずねました。その結果、非正規の社員を雇用している95社のうち、▽「時給の引き上げ」などの形で待遇の改善を考えているのは23社(24%)にとどまりました。
正社員のベースアップだけでなく、非正規社員の賃金も上げていかなければ、政府が思い描く“経済の好循環”も限られたものになりかねません。来年の春闘では、この非正規社員の待遇改善がどこまで進むのかについても、注目して取材を進めたいと思います。

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