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  S・D・G 作者:オウル
第1章 失われた英雄
第4話 ニューアーク
 目を覚ますと、太陽が中空に差しかかろうとしていた。
 ニアに抱き抱えられるようにして眠っていたようだ。周囲を見渡すと、あまり衛生的とは言えない部屋のベッドに横たわっているようだった。

 消耗の激しいレオを、ニアが連れ込んだのは木賃宿の類いだった。安っぽい調度品と薄汚れた絨毯が目に入る。そして絡み付くニアは何故か全裸だ。お尻の方まで赤茶の鬣が続いている。備え付けの調度品であろう長椅子に彼女の履いていたスエードのパンツが掛かっていた。ぽたりぽたりと水滴が滴り落ちているところを見ると洗濯したのだろう。
 負傷した左腕には、しっかりと布が巻き付けられていた。動かすと少し引きつるような感じがしたが、特に問題はない。
 ステータス画面を開く。スタミナとMPは回復しているが、HPは殆ど回復していない。 SDGは、ほぼ現実に即したゲームだ。ケガは相応の時間を掛けるか、寺院で神官の治療を受けなければ回復しない。
 『レオンハルト・ベッカー』というキャラクターは神官騎士である。勿論、『神官魔法』の使用が可能だ。
 レオはステータス画面からのコマンドで、治癒魔法を発動させようとして――止めた。
 巻き付けられた布を解き、強く念じる。

(ヒール……レベル三で発動!)

 どうせ魔法を使うのだ。レオがこの際に試したのは『詠唱破棄』のスキルだ。これができなければ、戦闘中に魔法の援護は望めない。
 じわりと傷口が暖かくなり、同時に妙な倦怠感があった。サバントたとちの戦闘の際に感じた倦怠感と同じだ。

(MPを消費したからか?)

 傷は塞がったようだ。成功したのだ。左手に巻き付けられた布を取り、ぐっと握り締めるとパラパラと痂がはがれ落ちる。
 右腕はニアに抱き抱えられていて、股に挟まれた手の甲には少し湿った感覚があった。
 そして昨夜の戦闘のことを考える。
 とにかく不味い戦闘だった。パーティーが二人とはいえ、軽くない負傷をし、魔剣の覚醒までやらかした。
 サバントもトルーパーもそこまでせねばならない程の強敵ではない。ゲームクリアが可能な高レベル冒険者のやることではない。
 ニアは静かな寝息を立てて眠っている。スタミナの消費が著しいようだ。
 レオは再び目を閉じる。いま一時の休養が必要であった。


 翌日の早朝から二人は動き始めた。
 目を覚ましたレオは、浴室に向かい、冷たい水で身体を拭った。ニアは、身体が水で濡れるのを非常に嫌がったが、レオが拭ってやると大人しく身を任せた。
 薄汚れたロビーで支払いを済ませる。レオは金を持っていないので、支払いはニア持ちになる。
 ロビーでは、痘痕まみれの老婆がうさん臭そうにニアとレオの二人を見比べている。

「あるだけ出しな、犬っころ」

 思いも掛けぬ罵倒に、レオは激発しかけるが、ニアが無表情で支払いに応じるのを見て、ぐっと堪える。

(汚らしいはばあが)

 レオは内心でそう毒づきながら、ニアが銀貨を二枚差し出すのを黙って見つめる。

「……」
「ああ…? 小僧、なにガン付けて――」

 そこで老婆は、ぎょっとして押し黙る。

「あっ、あんた、神官さまだったのかい? そうならそうと早く言いなよ。そっちの犬は従者だったのかい。ごめんよ、まさかこんなクソみたいなとこに神官さまが来るなんて思わないからさ」
「神官じゃない。神官騎士だ」

 老婆は首を振った。

「だから、神官さまだろ? そんなに聖痕がはっきり出てんのは、あたしゃ初めて見たよ。こりゃ、眼福だねぇ。アスクラピアの御加護を」

 老婆は額に手を当てて、聖具の形に印を切った。

「聖痕……?」
「へえ、両の眼にそりゃあ見事な」

 レオは一瞬警戒して肩を竦める。老婆は、銀貨をニアに握らせて押しやった。

「すまんかったね。お代はいらないよ」
「…………」

 レオの両眼の聖痕は、ゲームクリア後にセーブデータに刻まれるシンボルマークなのだったが、彼がそれを知るのは夜になってからだ。


 宿屋を出て、二人は町の中央にある『エデン広場』に向かった。
 現実世界でプレイしている最中は何も思わなかったが、『ニューアーク』の町並みは、矛盾で溢れ返っている。大概の建築物が、主に中世ヨーロッパの様式をしているのに対し、『エデン広場』の中央にある電光掲示板は明らかなオーバーテクノロジーだ。
 電光掲示板には『ニューアーク』の全体マップが記されている。レオの知っているニューアークではない。

(やはり、広がっているな……)

 ステータス画面を表示させ、マップを展開させると画面に『書き換え中……』と表示される。少しばかり待たねばならないようだ。

「ニア、これからの予定だが……」

 言葉を止め、レオはマントを脱ぐと、それをニアの身体に巻き付ける。

「?」

 レオより頭一つ分は上背のあるニアは、スパッツのようなスエードのパンツにそれ以外の衣服は、胸を隠すために巻き付けた布一枚だけだ。それが気になったのだ。彼女は気にしていないようだったが、現代日本人だったレオには少し勝手が違う。それが懇意にしている女性であるとしたらなおさらのことだ。

「あまり、外で肌を見せないで欲しい……」

 少しの気まずさと照れ臭さに、レオは頬を赤らめる。

「あっ……うん」

 ニアも気恥ずかしそうに視線を逸らす。

「すまないな……気づかなくて……」
「ううん、いい。ニアは……ニアは……」

 と、ニアがせつなそうに息を吐く。
 周囲にピンク色の空気が張り詰め出してきた。レオは咳払いして、

「まずバンクだな。金が無いと話にならん。それからショップだ」

 マップの書き換えは既に終了している。それを頼りに二人は銀行に向かう。
 道中、レオは忙しなく周囲に視線を走らせる。
 このメルクーアでの主な移動手段は馬である。そのことを改めて確認する。そして行き交う獣人の多さに目を見張る。
 路地を行き交う獣人は猫型や、ニアのような犬型の獣人が多い。爬虫類型のリザードマンも少し見かける。その誰もが一様にくたびれた表情をしており、格好は皆みすぼらしい。下半身に布切れ一枚で上半身剥き出しの獣人もいる。

(これは……)

 とレオは眉を顰める。

(種族による差別……か)

 このSDGの世界において、種族による差別や弾圧は確かにあった。しかし、ゲームの画面越しに見るのと、実際に現実として見るのでは受ける衝撃に遥かな隔たりがあった。

(不愉快だ……)

「急ぐぞ」

 レオはニアの手を引いてその場を足早に立ち去った。

 GPバンクでは予期せぬ再会があった。
 石造りの床に鉄格子で厳重に防御されたカウンターの向こうに座っている金髪の女に見覚えがあった。
 チュートリアルの女だ。相変わらず、むすっとしている。

「あんた、こんなとこで何してるんだ?」
「存じませんが」

 レオは、その突っ慳貪な態度に肩を竦める。

「まあ、いいさ。金を下ろしたい。――と、その前に本人確認が必要か」
「レオ様に本人確認は必要ございません」

 SDGはオフラインの一人用ゲームだ。当然のことかもしれない。

「そうか。では、預けているGPを全部戴こうか」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 そう言って、チュートリアルの女は席を立ち別室へ消えて行く。
 レオは少し考えて、それから同伴するニアに向き直る。

「ニア、おまえは預けていないのか……?」
「しらない……」

 ふむ、とレオはまた考え込む。

「お待たせしました」

 女はカウンターの鉄格子越しに重そうな袋を押し付けてくる。

「GP金貨が16枚、銀貨が46枚、銅貨が66枚となります。お確かめください」
「GP金貨?」
「はい。このSDGでは、GPが通貨呼称になっておりますが」
「いや、すまん、なんでもない。初めて見るからな。戸惑っただけだ」

 GP金貨一枚で一万GPということになる。重っ、とレオは思った。

「なあ、こっちの連れには預金はないのか?」
「ニアさまですね。少々お待ちください」

 と女はカタカタやりだす。レオからは見えないが、キーボードを叩いているようだ。

「……ニアさまは、ただ今換金できるGPはございません」
「そうか……」

 レオは、じっとニアを見つめる。

「……?」

 視線が合うとニアは、少し首を傾げ、にこっとほほ笑んだ。



 ニューアークの商店街では、レオは屋台や出店などで軽食を何度か購入した。
 ふかしたての饅頭や、切り分けた肉をこんがり焼いたものだ。他にも屋台を見て回ったが、調理法は至って簡素なものばかりだ。蒸す、焼く、炒める、炊く、揚げるの基本的な調理法に分別できる。味の方はそこそこいける。それをニアと二人で分けて食べる。
 そのまま立ち食いしながら、ニューアークの商店街を見て回る。行儀悪いことこの上なかったが、ニアは楽しそうに、ほくほく顔で饅頭をほお張りながら、尻尾を勢いよく振っている。

 SDGではアイテムは個人持ちである。所持制限もあるため、無駄な買い物をするわけにはいかない。購入品は厳選する必要があった。

 レオはショップでブロードソードを一本買い求めた。

「どうですか、旦那」

 レオの腰ほどまでしか身長のない赤ら顔のドワーフが、揉み手しながら様子を窺う。

(うん、これなら片手でもなんとか振れそうだな)

 ブロードソードは片手剣としても両手剣としても使える武器だ。その汎用性の高さから、冒険者の間では売れ筋の武器でもある。

「もらおう。いくらだ?」
「へえ、金貨一枚でさ」

 ただし、このブロードソードはそれなりに高価であることが難点だ。戦士系の職業がこの剣を手に入れられるようになれば、ストーリーの序盤は既に踏破しているといわれるほどだ。

「よし。では、彼女の武器も頼む」
「へえ……犬っころに、武器ですかい? 旦那」

 訝しむように言うドワーフの店主を、レオはギロリと睨みつけた。
 獣人に対する差別はとても根強いものがあるようだった。

「彼女は俺の連れだ。無礼は許さんぞ、店主」

 このようなやり方でしかニアの立場を擁護することのできない己に若干嫌悪感を抱きながら、レオは、その苛立ちを吐き捨てるように、ブロードソードの鞘で床をつついた。

「あっ、スクワイアの方で……失礼しやした」

 ドワーフの店主はそれでもニアを訝しむように、じろじろと値踏みするように見つめている。

「スクワイア……?」

 と反芻してレオは、あっと叫びそうになった。

(スクワイア……身分設定か! 俺としたことが!)

 あわててステータス画面を開く。
 レオの身分は、士爵ナイトとなっているのに対し、ニアの身分は斜線が引かれている。これは身分無し、つまり獣人として素の扱いを受けるということだ。
 SDGの世界では、自分の身分以下の爵位は一定まで自由に与えることができる。慌てて、ニアの身分をスクワイア(従騎士)に設定する。

 ……これで、どうだ?

「ようござんす。どのような武器をお使いで?」
「(ほっ、上手く行ったか)彼女には棒……いや、棍を頼む。それと、身分が分かるように、従騎士の衣服もあったら頼む」
「へい、棍でしたら、携帯できるものがようござんすね」
「そうだな。それで頼む」
「結構値が張りやすが、ようござんすか?」
「うん? ああ、金に糸目はつけん。彼女は使い手だ。それに見合った良品を頼む」

 店主は久しぶりの上客に小躍りしながら、店の奥に駆けて行った。その後に、レオとニアも続く。

「ニアは、素手が一番いい……」
「わかってる。けど、安全に戦うなら距離を取って戦える武器の方が都合がいいんだよ」

 現在、ニアの兵種は『グラップラー(格闘家)』になっている。修得できる武器スキルは、棒(棍)術、体術、暗器、の三つだ。そのニアが最も得意とするのが『体術』である。

「怪我をして欲しくない。わかるな……?」
「あうっ」

 気遣う言葉にニアは赤面して、視線を辺りに泳がせた。

「レオが言うなら、わかった……」

 ニアはちらちらと上目使いにレオの様子を見ている。

「? なんだ、言いたいことがあるのか?」
「うん……」

 ニアは言いづらそうに、胸の辺りに手を当てる。

「レオ……前より優しくなった……」
「前は冷たかったみたいな言い方だな……」

 ゲームの攻略のみを考えるなら、攻撃力の高いニアを前衛に据えるのは名案かもしれない。ただし、盾を装備しない彼女が前衛を努める場合、その死亡率は強固な防御手段を持つ前衛専門職のレオとは段違いに跳ね上がる。
 レオはプレイヤーとして、むっとした。

「俺は、防御策を持たないやつに前衛を任せたことはない」

 このSDGの世界では、先ず『死なない』ことと『死なせない』ことが最優先される。なればこそ、主人公としてのレオンハルト・ベッカーに治癒魔法の使える神官騎士を選択したのだ。その最優先を全うするための修得困難なスキル『オールガード』だ。
 SDGの世界では鍛え込まれたパーティメンバーの価値は何物にも勝る。高レベルのパーティメンバーこそ、どのようなレアアイテムよりも価値がある。プレイヤーであるレオにとって、ニアの言いようは甚だ不本意であった。

「おまえは捨て駒じゃない。命は大切にしろ」
「違う。そうじゃない……」

(? プレイ内容を批判されたんじゃない?)

「レオは……レオは……」

 ニアは拙い言葉の中から適した表現を探しているようだ。しかし、

「スクワイアの方、こちらへ」

 とドワーフ店主に促され、諦めたようだ。切なげな視線で一瞥し、ドワーフ店主に付いて行った。
 ニアが衣装を整える間、レオは各種の鎧が並べられている棚に視線を走らせる。

(プレートメイルがあるな……)

 価格は金貨4枚。非常に高価ではあるが、騎士の戦闘能力を生かすためには絶対に必要な防具だ。
 しかし、この場での購入はやめておく。というのが、ここに至るまでの道中でフル装備で歩いている冒険者は見かけない。装備の重量の問題もある。本格的に装備を整えるのは、馬車の準備ができてからになりそうだった。



 上機嫌のドワーフ店主と従者の衣装に身を包んだニアが帰って来た。
 見違えたニアに、レオは唇を尖らせる。

「……似合うじゃないか」

 従者の衣装は少し地味な灰色を基調としているものの、主の威厳を損なわない為に少なからず意匠を凝らしてある。マントの留め金や銀の拍車の付いたブーツ。外套のスクワイアの刺繍がそれだ。
 上背のあるニアが、ぴしっと背筋を伸ばすと、その姿は物語の主人公のように凛々しく見える。

「かっこいいぞ」

 レオはそう評しながら、頭では別のことを考える。

(これで彼女に対する蔑視が少しでも和らげばいいが……)

 獣人に対する差別とニアがほとんど金を持たないことと深い関係があるのでは? 

 ここでもゲームクリアから八年という現実がレオにのしかかる。

(俺がドラゴンを倒して……その間、ニアはどのような人生を送っていたんだろう……)

 その後、レオは店主に命じて冒険者用の鞄を二つ購入にした。それに差し当たって必要な替えの衣装や下着などの雑貨を詰めさせる。
 価格交渉の際、ここでも聖痕がものを言った。

「こりゃあ、旦那。神官さまでやんしたか……お代は金貨二枚で結構」

 宿屋の老婆と同じように、ドワーフ店主も聖具の形に印を切る。

「? すまんな、アスクラピアの御加護を」

 目を閉じて軽く祈るドワーフ店主に、レオも聖印を切りながら、見様見真似で答える。

(なんだ? また半額になったぞ?)

 そのことを不思議に思いながら、ショップを後にした。


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