ニューアークまでの道程はあまり芳しくない。
ニアが再々、立ち止まっては涙を流すからだ。理由を尋ねるが、拙い彼女の言葉はなかなかレオに伝わらない。再び会えて嬉しいということだけを何度も繰り返した。
結局、ニューアークにたどり着いたのは、予定より二日も遅れて、五日目の夜遅くのことだった。
SDGプレイ時、この『ニューアーク』はダークナイトの占領地だった。
ダークナイトは、世界創成の秘密を握るとされる秘宝『アレス』の珠を求めてやって来た『世界の破壊者』だ。この惑星メルクーアではオーバーテクノロジーである機械兵『サバント』と『トルーパー』とを駆使して『ニューアーク』……『はじまりの街』を占領していた。
ダークナイトの統治は、実に杜撰でとてもではないが統治とは呼べないお粗末な代物だった。
街の出入り口と、海に面した港だけを統治、支配し、治安自体は自治に委ねた。と言えば聞こえがいいが、実際は無視、遺棄したという表現が正しい。そのため『ニューアーク』はメルクーア一の無法地帯と呼ばれるようになった。
メルクーア一の無法地帯という呼称は伊達じゃない。宿屋だろうが、酒場だろうが、ショップだろうがおかまい無しにエンカウントする。そのため、ゲーム開始時のプレイヤーの生存率は恐ろしく低い。
結局は、そのダークナイトも冒険者に倒されるわけだが。
無法地帯『ニューアーク』に近づいて来た。街の関所に差しかかり、
「レオ……?」
ニアが呼び止めるが無視する。
派手な機械音と一斗缶を叩きつけるような耳障りな音がして、それらはレオたちの前に行く手を塞ぐように、立ち塞がった。
(なぜだ? ダークナイトは倒したはずだ!)
人型のサイボーグ『サバント』だ。それが結構多い。七体も居る。それらは皆、同じような姿形をしているが、その中に機械馬に騎乗する機械兵。『トルーパー』が一体混じっている。
トルーパーが近づいてくる。レオは油断なく剣に手を伸ばしながら、反応を待つ。
(くそ! いやな感じだ……)
「ギギ……ピー……ザザザーーーピッ?」
トルーパーの口からおかしな雑音が溢れ出した。
「?」
おかしい。レオの記憶が正しければ、彼らの発するセリフは、
『このニューアークはダークナイト様の所領である。冒険者の立ち入りは禁止されている。おまえたちは冒険者か?』
であったはずだ。
サバントとトルーパーは序盤ではあり得ないくらいの強敵だ。戦闘推奨レベルは10。フルメンバー(6人)の冒険者で挑むのが通常とされる。故に、プレイ開始時の返答は、冒険者であることの否定だ。
笑いが込み上げる。ゲームプレイ開始時のプレイヤーに向かって、先ず、冒険者であることの否定を促すとは。SDGの世界では、プレイヤーの尊厳を脅かすイベントが盛りだくさん用意されている。
「ギギー、ガッ! ギギー、ガッ!」
トルーパーとサバントたちは頭を突き合わせるようにして、口の辺りにあるスピーカーから妙な雑音を撒き散らしている。その光景は話し合っているようにも見えた。
(壊れてる? 俺がダークナイトを倒したからか?)
トルーパーたちの話し合いは、騒々しい雑音を撒き散らしてより剣呑な雰囲気を漂わせつつあった。
レオは高レベル冒険者ではあるものの、実戦経験のない現状ではトルーパーたちとの戦闘は想像以上のリスクが付きまとう。避けて通りたいものだ。
その思惑から、レオの返答は以下のようになった。
「俺は冒険者ではない。ここを通らせてくれないか」
「ピッ」
電子音がして、トルーパーたちは急に静かになった。手に手に持った槍を引っ込め、道を開ける。
レオの答えは正しかったようだ。
(クリアから八年後の世界……か)
関所を抜け、振り返ると、トルーパーが同じ内容の質問(と言っていいのか分からないが)をニアにしている。
「ギギ……ピー……ザザザーーーピッ?」
「?」
ニアは首を傾げた。その行く手を塞ぐように、サバントたちが槍を突き付けた。
ぎくり、とした。
「ニア!」
「レオ! レオーーーーッ!」
大声を上げ、ニアはレオに駆け寄ろうとするが、取り囲むように展開したサバントたちがそれを許さない。
「ニア、否定しろ!」
「ひ、てい?」
ニアがまた首を傾げる。
その背後でトルーパーが静かに槍を持ち上げた。
(なんだあれ……)
トルーパーの持つ槍の穂先が、大気中から光を集めているように見えた。
(そういえば……トルーパーって、『クリティカル』があったよな……)
クリティカル。一部の敵モンスターが放つ必殺の一撃のことだ。その発生効果はレベルの高低に関係ない。文字通り『必殺』だ。
サディスティックシステムはここでもプレイヤーをあざ笑う。高レベルの冒険者であっても、戦闘をなめてはいけない。生と死は常に隣り合わせだ。
ニアは背後のトルーパーに気づいていない。棒立ちで首を傾げたまま、レオの方を見つめ返している。状況を理解していないようだ。
「おい……ちょっ、待て!」
(あれ、出るんじゃないか? クリティカルが……)
ニアはレベルが高いから大丈夫……そう思うより先にレオは駆け出した。
ドグッと心臓が大きく跳ねる。ここまで実戦経験は皆無だ。しかし……
(間に合わない!)
トルーパーの構えた槍の穂先が眩しいばかりに輝いている。
その穂先が、ゆっくりと、ニアの背中に――――
「パーフェクトガードッ!」
効果はパーティ全体に及ぶ。彼女は確かにそう言った。錬金術は上手く作動しなかった。スキルが上手く発動する保証など無い。
突如、金色の目映い盾がニアの背後に展開した。
激しい衝突音がして、ニアが全身を硬直させるのが分かった。ニアは無事だ。スキルは上手く発動したようだった。
「おおおおおっ!」
小剣を抜き放ち、サバントたちに肉薄する!
左のサバントの首にグリムを突き込む。そのまま、肩で押し込むようにサバントたちの集団を押し返す。一時的に腕力を向上させる戦士系のスキル『パワーストライク』の発動がその押し合いを援護
する。
「あああああああああああっ!」
パニックになったニアが叫びながら、トルーパーに後ろ回し蹴りを炸裂させた。
狭い関所はたちまち大乱戦になった。
ニアが、トルーパーとサバント四体を相手に大立ち回りを始めた。レオも残る二体のサバントと切り結ぶが、実戦経験の無さと武器のお粗末さはどうしようもない。
(ケンカだってしたこと無いっての!)
サバントの振り回す槍を受け、手がびりびりとしびれる。
「駄目だ! こんな粗末な小剣じゃ、いくらレベル差があるっつったって!」
パニックに陥ったニアは、トルーパーの首を引き千切り、サバントの機械の身体を紙切れみたいに引き裂いた。非効率的なやり方は明らかにオーバーキルだが、興奮の極にある彼女は気づかないようだ。
この騒ぎに新たなサバントが三体駆けつける。
「ニアっ、落ち着け! ずらかるぞ!」
「がっ! うがあああっ!」
ニアはサバントに馬乗りになって殴りつけている。背後に援軍のサバントが忍び寄るが、意識の外のようだ。
(まずい! まずい! このままじゃ――)
パニック状態で非効率的な破壊を行うニアと、新たに駆けつけて来るサバントたち。このまま戦線が拡大することを嫌ったレオは撤退を指示するが、ニアは聞いていないようだ。
戦況を変えるためには、更に一手打つ必要があった。
数ある戦士職の上級職の一つである神官騎士の最も優れた点は、突出した防御能力にある。基本的には盾と片手剣を装備し、前線を維持しつつ、後衛を守り切る。だが、この場合、神官騎士のその長所はアドバンテージとはならず、いたずらに戦線を拡大させる恐れがあった。
神官騎士は使い勝手のよい職業でもある。優秀な戦士としてだけでなく、神官として『神官魔法』も使用できる。神官魔法は主に治癒系統のものが多く含まれるが、攻撃魔法がないわけではない。(と言っても魔術師に比べるべくもないが)この時、レオが思い浮かべた魔法は『召喚』であったが、先日の錬金術の失敗が魔法に対する信用をかなり失墜させている。
迷っている時間はない。焦ったレオが選択したのは、
「このポンコツども! もうゆるさん!」
突如、その手に持った小剣がその長さと肉厚を増す。魔剣グリム・リーパーの魔力を解放したのだ。
魔力を解放したグリムは、レオの手の内で肉厚の大剣に変化した。同時に柄の部分から黒い蔦が、しゅるっと飛び出し手の甲に突き刺さる。
(魔剣の呪い!? これが!?)
その激痛にレオは悲鳴を上げそうになるが、それにかまっている暇など無い。
「――邪魔だ!」
肉厚と共に重量を増したグリムをサバントに叩きつける。
ぐわっしゃあ! とけたたましい破砕音を撒き散らし、サバントが弾け飛ぶ。一体切り捨てては、一体叩き潰し、目の前の一体に蹴りを入れ、体勢を崩したところに大振りの一撃を頭部に叩き込む。
いつの間にか視界の隅で開いているステータス画面のHP、ST、MPの三色のバーが明滅を繰り返し減って行く。頭痛と激痛と妙な倦怠感を感じる。
レオとニアは背中合わせになり、残ったサバントたちと対峙した。
(いいぞ……やれる!)
レオは、ぺろりと唇をなめた。
足りない。全然足りない。実戦の感覚を身につけるには、サバントたちの数はあまりにも少なすぎる。
(不満だ!)
サバントの首筋に、すっと白い筋が浮かび上がる。その白い筋をなぞるようにグリムを振ると破壊音と共にサバントの首が飛ぶ。返す刃でもう一体を斬り捨てる。
サバントたちに浮かび上がる白い筋は、剣術スキルの発現か、それともクリティカルの発露か。それすらも理解せぬままに戦闘は加速する。
(ラストだ!)
最後に大上段に構えた大剣を全力でサバントに振り下ろす。ステータス画面全体に、
Power strike! 270%!
と大きく表示される。戦士系のスキルであるパワーストライクが強く発動したのだ。
結局、二十体以上のサバントを破壊したところで、事態はようやく収束した。
肩で大きく息をするレオにニアが駆け寄った。
「レオ! ううう、レオ……!」
呼びかけられ、初めての実戦に震える肩が、一際大きくびくりと震える。
「あ、ああ、大丈夫だ」
細く長い息と共に、グリムの魔力解放を停止すると、左手に食い込んでいる黒い蔦はそのままだったが、サイズは元の小剣に戻った。
「ぐっ……」
蔦は枯れているようで、激痛に耐えながら、それを引き抜く。べしゃりと石畳みの上に投げ出す。
左手の甲と手首の血管に蔦は入り込んでいたようだ。夥しい量の出血が始まったのを見て、ニアが取り乱したように悲鳴を上げた。
「あああああっ」
「大丈夫。大丈夫だ……」
自らに言い聞かせるように言い、ニアを落ち着かせるように、髪を撫でる。
なんてまずい戦闘をしたのだ。その思いに、レオは唇を噛み締めた。
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