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  S・D・G 作者:オウル
第1章 失われた英雄
第2話 ニューアークへ
 結局、その晩は寝られなかった。求められるまま応えたことと、久しぶりの感覚に溺れてしまったことが原因だ。
 頭痛に悩まされることもなければ、熱でだるくない身体。最後に、ナナセを抱いたのはいつだったか。
 まとわりつくニアの肢体には、初めての名残があった。そのことに若干顔を顰めつつ、その頬に軽く口づけを落とす。

「ニア、行くぞ」

 頷くニアの頬に、新しい涙がこぼれる。

「はっ……あ……」

 視線を逸らさないまま、ぽろり、またぽろりと涙が頬を伝って行く。
 啜り泣くニアを前に、レオは昨夜の情交を思い出す。彼女は行為の最中も、ずっと泣いていたのだった。

「どこにも……もう、どこにも行かない……か?」
「ああ、行かない」
「ニア……初めて、だったぞ?」

 ぽろり、とまた涙が落ちる。破壊力抜群のこの台詞も、昨夜から何度目になるか分からない。どうやらニアは『初めて』ということを強調したいようだ。何故か、そのことばかりを訴えかけてくる。

「分かってる」

 レオは肩をすくめ、一度居住まいを正すと、ニアの隣に座り、その腰を抱き寄せた。
 すぐさまニアがにじり寄り、頭を胸に押し付ける。

(すごく好感度が高いみたいだが……そんな裏設定知らないな。ま、いいさ、気持ちよかったし)

「…………」

 レオは少し考え、それから言った。

「あのな、ニア。現在の状況についてなんだが……」

 目の前に、ぱっとステータス画面を開く。
 HPを示す緑のバーは変わりがない。
 STスタミナを示す黄色のバーは3分の1程減っている。あれのせいだ。間違いない。レオは軽く頬を掻く。
 MPを示す赤のバーも変化なし。所持金無し。所持品は装備品のみ。

「って、待てよ。金がない。なんでだ? バンクか?」
「レオ、どうした?」
「……? 見えないのか」

 どうやらニアはステータス画面を見ることができないようだ。言いながら、レオは目の前で指先をふらふらとさ迷わせる。カーソルは存在しないが、指先で項目に触れることで操作は可能なようだった。

「おまえのステータスも見るぞ」

 NAME ニア  
 SEX Female 
 Lv47
 HP922/922
 ST628/977
 MP128/322
 CONDITION Nomal
 GOLD 272GP

 さらに詳細を覗こうとしたとき、レオの耳に警告音のようなビープ音が響き、画面上に

 ニア はパーティに含まれていません!

 と表示された。

「ニアっ、パーティに入るよな?」
「パーティ?」
「ああ、一緒に来るかって聞いてる」
「行く! ニア、レオと行く!」

 警告音とメッセージが消え、さらに詳細情報が開示される。

「よし」

 とレオは呟いて、さらに指先をさ迷わせる。
 カーソルを動かし、選択を続けるこの動作はニアには理解できないようだ。

「なにやってる……?」

 レオは画面を睨みつけたまま考え込むように下唇を突き出す。

「……メシアがなくなってる。使用したのか?」

 レオが指摘したのは、ニアの『超能力』についてのことだ。
 超能力は獣人にのみ使用可能なスキルだ。全ての能力の修得には長い時間と経験が必要となる。その超能力の中でも最高位の修得レベルであるメシア。
 プレイヤーマニュアルの説明には短くこうある。

 パワー・オブ・ゴッド (神の力)

 超能力は、このSDGでは魔法ではない。使用の際にMPを消費するものの、扱いは各種魔法とは別扱いになっている。サイレンス(沈黙)の影響を受けない。詠唱時間がない。
 マニュアルにあるサディスティックシステムの文言を思い出した。

 冒険者たちに告ぐ。
 奇跡は相応の代償とともにあり。

「ニア……知ってると思うが、メシアを使用すると……」

 各種特性値の減少(腕力、敏捷性、知性、信仰心、生命力、幸運)及び加齢のデメリットがある。なおかつその能力メシアを失う。再修得は不可能だ。それなりに強力なスキルではあるが使用を控えていた能力だ。なお、このデメリットは死亡状態から蘇生の際に生じるデメリットと酷似してしている。
 言外のその指摘に、ニアはびくっと震えた。

「知らない……ニア、知らない……」
「ニア……」
「知らない、知らない……」

 レオは、震え出したニアを抱き締めた。

「わかった。もう聞かない。ニューアークへ向かおう」

 メシアの正確な効能は、プレイヤーである彼もよくわからない。何しろ、マニュアルにも記載がないのだから。時間を戻したり、強力な魔法、物理攻撃の完全無効化、死亡したパーティの蘇生などが可能らしいが、一説では、完全死したキャラクターの復活すら可能と言われている。

 無論、受肉したこのSDGはプレイヤーである彼の理解を越えつつある。メシアの効能はこの限りとはいえないかもしれない。その効能はもっと広域に及ぶかもしれない。

(ニア……おまえは、何を願った……?)

 確かめる術は存在しない。



 二人は一路、『ニューアーク』へ歩きだした。その道程は、ほぼ一直線である。街道を道なりに進めばよい。
 日が高くなり、レオはニアに振り返る。
 ニアはマントの裾を掴んだままついて来るが、時折、その裾を引っ張って立ち止まっては涙を流した。

「そうか、腹が減るんだよな……当然か……」

 不平を鳴らす腹を摩り、レオは一人ごちる。
 ニューアークへと続くこの街道は『川の道』もしくは『赤い道』と呼ばれている。広域に広がる『エアレーザーの森』から流れて来るこの川はニューアークの港を抜け、海まで続いている。
 赤い道を少し北に逸れると赤い川へ抜ける。

「ニア、赤い川でメシにしないか?」
「うん……」

 ニアはメシアについてのやり取りを未だ引きずっているようだ。その応えは沈んでいる。
 『赤い川』を見て、その光景にレオは仰天した。

「赤い……!」

 河原と川面に覗く光景すべてが赤いのだ。赤い石の上を透き通った水が流れている。

「綺麗だ……」

 その光景に、思わず息を飲む。
 これから、素晴らしい冒険がはじまるのだ。その期待にレオの胸は打ち震える。

「それっ、行くぞ!」

 一目散に赤い川に駆け出したレオにニアが続く。
 昼食には川の魚を食べることにした。レオはさっぱりだが、ニアはそういうことを得意にしているようだ。あっと言う間に魚を捕獲する。

「なぜだ。サバイバルのスキルはそれなりだったはず……」

 レオがぼやく間にも、ニアは次々と河原に魚を打ち上げていく。千切っては投げ、千切っては投げという表現に相応しくその手際には無駄がない。

「どうなってる……?」

 訝しげに呟いて、ステータス画面を開く。
 レオのサバイバルスキル77に対し、ニアのスキル数値は202だった。

「202だと?」

 SDGの世界ではスキルの上限は、一律100であった。それが現在、ニアのサバイバルスキルは、上限を二倍以上、上回る数値に成長している。

(特典として、カンストスキルの成長が限定解除されるって、あれか? 俺だけじゃなかったのか……)

 だが、それにしてもこの数値差は理解できない。

(どういうことだ? 俺がプレイしていない間も、ゲーム内での時間は進行している?)

 それならば説明はつく。ニアとの成長差はどの程度なのか。

「俺、あんまり強くないな……」

 ちらちらとニアが視線を送っている。気を取り直して、呼びかける。

「ニア! あっちで焼く準備するから、ここはまかせたぞ!」
「わかった!」

 ニアは勢いよく尻尾を振って応える。
 レオは河原に向かって歩きだすと、適当なスペースを作り、小剣を引き抜く。びっ、と切っ先を地面に向ける。ポーズに意味はない。アニメで見たやり方だった。

「練金……!」

 しかし、なにも起こらなかった。

「レオ、なにやってる?」

 心配そうにのぞき込むニアの手には紐が握られており、その紐には鈴なりにマスに似た魚がぶらさがっている。

「いや、練金で火を起こそうとしたんだけど」
「燃えるものがない。……頭、打ったのか?」

 その言葉にレオはへこたれそうになった。彼の置かれた現状はアニメほど甘くないようだった。

「すまない……今、拾ってくる」
「ニアが取ってくる」

 言うが早いか、ニアは駆け出した。

「ああ、ニア。おまえのことが……眩しいよ。こんな俺を、ヒモと呼んでも、いいんだぜ……」

 レオはその場に座り込むと、本格的にやさぐれだした。練金スキルについて考える。
 このSDGにおける『練金術』は赤、白、黒の三つに別れる。

(たしか……『黒』は貴金属を物質変成させることができたはずだ。『白』は主に霊薬、エリクサーやエーテルを生成し、『赤』は地水火風を用いた技術だったはず)

 レオは竈を作り、そこに常駐型の火を起こそうとしたのだが、それはうまく行かなかった。

「ええっと、確か……赤、白、黒の共通点は物質を具現化させている『精』……エリクシールを解放させて……その性質を変成させる」
(なんで、俺がこんなこと知ってんだ? 練金スキルはカンストしてたから……そのおかげか? いや、だったらできないのはおかしい)

 レオは先ほどから感じる頭痛に眉根を寄せた。思い出すのは断念する。

「ニューアーク、図書館……か」

 可及的速やかに『レオンハルト・ベッカー』の能力を理解する必要があった。

「レオ、魚、焼けてるぞ……?」

 ニアが旨そうに焼けた香ばしい魚を突き出してくる。

「えっ、ああ、すまない。ぼんやりしてた」
「難しい顔……」
「ちょっとな」

(まずいな……このぶんだと、治癒魔法もあてになるかどうかわからんぞ……)


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