原発事故による避難が長びくなか、政府が全住民の帰還を前提とした政策から転換する。除染や健康対策のもとになる放射線量の基準も見直す。
「すべてを事故前に戻してほしい」。被災者の思いはいまも変わらない。
だが、事故から2年8カ月。それがかなわない現実もかみしめてきた。新しい土地で生活を始めたいと考える人が出てくるのは当然だ。支援の選択肢を広げることに異論はない。
■公平性をどう保つか
気をつけるべきは、住民の間に新たな分断を生まないようにすることだ。
「被災者一人ひとりの生活再建」を基本に、「帰る」「帰らない」を問わず、ていねいに対応していくしかない。
全町民2万人が避難の対象となった福島県浪江町。帰る見通しが立たない「帰還困難区域」と、数年かけて線量を下げていく「居住制限区域」、比較的短い期間で戻れる見込みの「避難指示解除準備区域」に3分割されている。
面積的には8割が帰還困難区域に当たるが、人口分布でみると1対2対2に分かれる。
町の職員は言う。「人口の9割が帰還困難に集中する大熊町や双葉町、逆にそうした区域がない楢葉町などは、町としての要望や復興計画も出しやすい。しかし浪江町では、住民の置かれた環境が違いすぎる」
例えば、移住に伴う新たな住まいの取得費支援だ。
与党提案では、帰還が難しい区域の住民を念頭に支援の上積みがうたわれた。だが、それ以外の区域でも雨漏りやネズミの被害がひどく、実際には住めない家が少なくない。支援の対象が絞られれば、こうした世帯には手が回らない。
財源も気になる。東京電力による賠償の積み増しという形なら、津波で流された家の場合、建屋部分は賠償の対象外だ。家屋が残る世帯との格差が広がることにもなりかねない。
どう公平性を保つか。それぞれの地域が抱える事情をくみ取る必要がある。
予算の使途や年限を細かく限定しすぎて使い勝手が悪くなるのでは、「国が前面に出る」意味がない。基金や一括交付金をもとに、被災自治体が実情に即して裁量をきかせることができるよう、工夫したい。
■健康対策とセットで
被曝(ひばく)基準の変更も、「被災地の切り捨て」にならない配慮が求められる。
原子力規制委員会の検討会は、年間の追加被曝線量を1ミリシーベルトとする除染基準は長期目標に▼帰還は年間20ミリシーベルトを下回ることが条件▼測定は、空間線量でなく個々人の線量計に基づく実測値で――とする提言案をまとめた。
除染を進めた地域の線量は事故当初に比べ確実に下がっている。ただ、これまでの事例からも、1ミリシーベルトまで下げるのは難しい場所が少なくないことが浮かび上がっている。
避難指示区域には含まれないが、いち早く除染に取り組んだ伊達市の責任者、半沢隆宏さんは「効果のないアリバイ除染は中止すべきだ。自然破壊を起こし、必要な政策の財源枯渇も招きかねない」と指摘する。
1ミリシーベルトに固執しすぎて生活再建が進まないのなら、住民合意のうえで基準を見直すのも選択肢の一つだろう。
ただ、高線量地域では除染自体がこれからだ。基準緩和がそのまま被曝対策の縮小や帰還努力の放棄につながりかねないことへの警戒感は強い。
空間線量から実測値への転換も、個々人が日常的に放射線を測り記録を続ける態勢が整わなければ、必要なデータの収集すらできなくなる。
保健師や相談員のきめ細かい配置、許容値を超えた場合の対処など、長期的な健康被害対策をセットで示すべきだ。
■住民参加の工夫を
原発被害の深刻さを考えれば、全員が満足するような解決策を準備するのは難しい。
そうした状況では、住民が結論に納得できるプロセスをどう確保するかが重要になる。
互いの顔が見え、発言しやすい車座方式の小規模集会を重ねて結論を導き出す。復興計画や除染作業が円滑に進んでいる事例に共通するのは、そんな地道な取り組みだ。
「自治」の力を育む――それがベストなき局面を乗り越える道になる。