有識者懇の報告を受けたシンポ かけはし2009.12.21号 |
納得しえない
説明もあった
十二月五日、東京神保町の専修大学で「12・5有識者懇談会の報告を受けて―『アイヌ民族政策の確立をめざして』シンポジウム」がNPO現代の理論・社会フォーラム、専修大学社会科学研究所定例研究会、専修大学法学研究所、グループ`シサムをめざしてa[首都圏]の主催で開かれた。
第一部、講演:田村貞雄さん(静岡大学名誉教授)「先住民族アイヌと日本人│北海道内国植民地化を中心として」。第二部、「報告書とアイヌ民族政策の今後の展開」。第三部、「パネルディスカッションと、三部構成で行われた。
田村さんは、「アイヌ民族はトリカブト毒でのエゾ鹿狩猟と鮭漁業の禁止によって生業を失い、農業につかざるをえなかった。しかし、佐賀藩士たちがひと冬ももたず逃げ帰ったように苛酷であり、アイヌ民族は四散せざるを得なかった」と、近代北海道が内国植民地化された歴史を語った。
第二部で、前有識者懇談会委員の常本照樹さん(北海道大学大学院教授)が有識者懇談会報告書の内容を説明した。すでに本紙十月二十六日号〜十一月九日号で詳しく報告されている。常本さんは、理念の項で、なぜ「先住民族の権利」の回復と言わないのかについて、「b権利主体を明らかにすることの困難b国民理解の必要性と問題性b『集団の権利』の問題bこれらの問題解決には時間がかかるが、アイヌ語などの文化復興は緊急課題b国の責任を根拠にする『政策』の射程bこれらの政策(特にアイデンティティの確立、個人認定)を通じて『権利主体としてのアイヌ』が明らかにb権利を語るための準備」であるとし、一年間で詰めきれなかったと説明した点については納得のいかないものであった。今後の見通しについて、「協議の場」における検討b恒久的組織b当面は報告書の政策実施・モニター・象徴的空間・全国実態調査・その他b新規立法による政策展開b新しい時代に即した政策の検討――を明らかにした。
次に、北海道アイヌ協会理事・国際部会長の澤井アクさんが、「和人サイドの反省がない。なぜ先住権をぬいたのか、政治的自決権・土地権をぬかしている」と報告書を批判したが、「今までに比べて進んだ点もあり、すべてが悪いとは言えない。半歩・一足分進んだのかと評価した。民主党と協議するなかで、民主党は先住民族として認めて必ず政策を進めると認めている。今後の政府とアイヌ民族との『協議の場』に期待したい」と結んだ。
アイヌ民族から
4人が意見表明
続いて、四人のアイヌ民族の人たちが「アイヌ民族は考える――私の意見」を述べた。
星野工さん(東京アイヌ協会)は「今後、北海道ウタリ協会が全国アイヌ協会になり、その中に道外アイヌも入り統一される。その中に入って活動できることがうれしい」と語り、「毛深い、日本から出ていけ、天皇陛下が日本人にしてくれた、と差別されてきた。集まる場所がないのでたいへんだ。儀式・踊り・煮炊きができ、宿泊できる場所を作ってほしい」と訴えた。平田幸さん(レラの会)は「アイヌの伝承に強い意欲をもって生きた山本太助を祖父にもち、母が佐藤たずえ。古式舞踊の指導を受けてきた。差別意識の強い釧路に生まれ、いじめを受けた。アイヌを隠して生きてきたが九年前、母の看病のために関東にきた。そこでレラの会に参加し、楽しく古式舞踊の伝承活動をしている。アイヌをもっと知るために勉強をしている。アイヌのことを政府・社会に理解してほしい」と語った。
島田あけみさん(ペウレ・ウタリの会)は「六年前にアイヌとして生きたいと意識し、アイヌの刺しゅうやアイヌ語を勉強した」と語り、国連で先住民族の権利が認められているのに、日本政府は何もしていないので署名運動を有楽町で行った時の体験を次に述べた。「『アイヌを見たことがない。アイヌは日本にいないのではないか。アイヌの国から来たんですか』とアイヌを知らない人が多いことを実感した。今までアイヌを隠してきたが堂々と言えて自信がつきうれしくなった」「首都圏のアイヌは裕福ではないので助け合っている。みんなで学べ、元気をもらえる場所がほしい」と訴えた。
八幡智子さん(関東ウタリ協会)が「かつて『アイヌの人形に毛が生えた』とか『滅びゆくアイヌ民族』と報道されたことがある。ふざけるな、どんなにいやな思いをして生きてきたか。腹の底から怒りが走った」と自らの体験を語り、「その後アイヌ相談役になった。奨学金も北海道でしか使えないことや教科書でアイヌの文化・歴史を教えていないことの問題点を明らかにし、教育資金を作りアイヌのことを子どもたちに学ばせたい」と語った。そしてこの間、青物横丁に通う時、八回も私服警官に「オーバースティではないか」と外国人扱いにされ職質されたことを明らかにし、なぜこんなひどい扱いを受けるのかと痛烈に批判し、もっと住みやすい社会にしたいと語った。
次の世代にどう
つなげていくか
第三部は会場からの質問に答える形で進められた。常本さんが質問に答えた。@恩恵ではないか――そうは考えていない。歴史的・政治的責任だA集団の権利について(例えば、民族議席)――入会権は慣習である。法人や労働者の権利がある。集団的権利は認められないというのが旧来の政府の答弁だったB権利の実現である――これはハードルがある。(1)持つのがだれか。認定・判定するか、一年でクリアできない。(2)ハードルを越える足腰をきたえる。いったん、生活・教育を支えるCアイヌ以外に、先住民族はいないのか。琉球民族が入るだろう。客観的と同時に意識を共有しているかどうかにかかる。報告書ではアイヌを先住民族として認めているDフォローできないアイヌがいるのではないか。ホームレス、生活困窮者をどうするか。先住民族だけを支えるサービスをするのか――文化がキー概念。文化を発展させるための人間を支える。実態調査を行い、生活権を具体化させる。
常本さんは北海道大学が二〇〇九年五月に、六千人のアイヌから生活実態調査を行った結果を明らかにした。五一%――教育支援、五〇・二%――差別が起こらない社会の実現、四〇・九%――雇用対策、三二・七%――アイヌ語・文化を学校教育に導入してほしい。ニュージーランドにはマオリの学校がある。こうした次の世代につながる制度的なものが必要だと報告した。
集会に参加したアイヌの宇梶さんが「教育を満足に受けられなかったので、何を言って、何を求めるかできないことが悲しい。木更津でハーブ工房を手弁当でやっているが維持がたいへんだ。生き生きと仕事が出来る場がほしい」と訴えた。さらに、アイヌの浦川さんが「北海道に戦争をしかけて、アイヌ殺しを二度も三度もやってきた。アイヌを殺しつくせなかったからアイヌが残った。アイヌが死ぬのを待っているのが日本国だ。理屈だけつけてアイヌをだまそうとしている」と政府のこれまでを批判しつつ、「生きている間にアイヌのことをやってほしい」と訴えた。
有識者懇談会の報告書をめぐり、アイヌ民族の率直な意見の表明と論議が今後のアイヌ民族が先住民族として復権していくために、どのような考え・政策が必要か明らかになるような有意義なシンポジウムであった。 (M)
自らの主張にも反する選択ではないのか?
川田龍平参院議員の「みんなの党」入党は誤りである
(1)
二〇〇七年七月参院選挙で、東京選挙区から立候補し、みごと当選を勝ち取った無所属の川田龍平参院議員が十二月一日に記者会見を行い、自民党から離党した渡辺喜美・元行革相を代表とする「みんなの党」に参加したことを明らかにした。
われわれは、十九歳の時に実名を公表して薬害エイズ被害裁判を闘った川田さんの立候補を支持し、選挙運動の一端を担い、投票を呼びかけた。「人権と多様性を尊重し、社会的少数者の声を国政へ」「競争より共生を、格差より公正を」「環境と人間が大切にされるスローな社会へ」「将来世代に借金を残さない財政を」「当事者の立場に立つ医療と福祉」「教育に強制はいらない。いのちと希望の共有へ」「憲法9条が掲げる非戦をつらぬき、グローバルな平和をつくる」(以上、基本政策集の項目見出し)という、何よりもいのちを大事にする、グローバルな人権・環境・平和の訴えを、共有したからである。川田さんのこの立場は、彼が同年一月にケニアのナイロビで開催された世界社会フォーラム(WSF)に参加したことにも表現されていた。
川田さんの勝利は、川田さんを支持してともに選挙運動に献身した若者や、労働者・市民の勝利でもあった。
(2)
川田さんは、「みんなの党」への入党の動機について、衆議院での民主党の圧勝によって政治の枠組みが大きく変わり、「巨大政党となった与党民主党が党内の議員立法を廃止したために、超党派での立法や議連活動など、無所属として自分ができる重要な部分が奪われてしまった」ことを第一に挙げている。そして「権力のしがらみのない」若い世代中心の「みんなの党」から「党の医療政策を、患者・当事者としての自分の目線で任せてくれる」という申し出があったことも上げている。
われわれは、この川田議員の選択が誤りであると考える。なによりも「みんなの党」の政策の中身、党としての性格が、川田議員が参院選挙で訴えた内容や、川田さんの当選のために闘った人びと、川田さんに投票した有権者の思いとは根本的に反しているからである。
「脱官僚」「地域主権」「生活重視」を掲げた「みんなの党」は、「政治主導・官邸主導」、「官の支配打破」などの基本理念で民主党の掲げる政策に酷似しているものの、民営化の徹底、国会議員数の大幅削減、憲法改正による衆参統合・一院制の実施など、その新自由主義的性格はいっそう徹底したものになっている。こうした「みんなの党」の基本政策は「二大政党や一党支配ではなく、絶対に少数政党の存在が必要」「少数政党の存在がたくさんあって初めて、多くの人の声が反映される政治が実現される」(「みんなの党」入党に関するご報告)という川田議員の立場とは反するものである。
「みんなの党」はまた外交・防衛政策についても「我が国の国民と国土は、とことん守る」として「米軍再編への協力」をも明言している(同党マニフェスト)。「みんなの党」の政調会長である浅尾慶一郎衆院議員は、解散前までは民主党の「次の内閣・防衛相」として、民主党を代表するタカ派・防衛族の一人だった。こうした「みんなの党」の立場は「憲法9条が掲げる非戦の理念をつらぬく」という川田議員の立場と齟齬をきたさないのだろうか。
(3)
われわれは、こうした点だけをとっても川田議員の「みんなの党」入党は誤りであると考え、「みんなの党」国会議員としての川田氏を支持することはできない。実際、「みんなの党」入党という川田議員の意向に都内各地の支持者の多くが反対の意思を表明していた。しかしその意見は、川田議員によって事実上無視された。
川田議員は「何があっても私の原点、志はいつも同じです。弱い者たちの声を政治に反映させる社会をみなさんといっしょに作っていきたいと思います」と「みんなの党」入党にあたっての報告をしめくくっている。われわれとしては川田議員がこの「志」を貫き、自らの一票を川田氏に託した有権者の思いに立ち返ることを強く望んでいる。それは必然的に、「みんなの党」への入党という今回の川田議員の選択が誤りだった、と彼自身が判断する事態に導くだろう。(国富建治)
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