メモ帳の片隅:/4 「ナンチャッテ福島人」の言い分 /福島
毎日新聞 2013年09月05日 地方版
私は常磐、今のいわき市に生まれ乳児の時に東京に引っ越した。その話をしたら、知り合いの女性がこう言った。「じゃあ、ナンチャッテ福島人なんだ」
その時まで、ナンチャッテが偽物、何かのふりをする人を指す表現とは知らなかったので、私は、自分がずいぶん軽い人間に思えた。出身地を明かさなければいいのだが、そうもいかない。海外特派員だった8年前、アフリカについての本で賞をもらった時、私のことが新聞に載り「福島県出身」と書かれ、福島民報の方から取材の国際電話が入った。「おめでとうございます。福島県のどちらですか」「あ、一応、いわきです」「磐高ですか」「バンコーって?」「えっ、磐城高校ですけど」「あ、赤ん坊の時しかいなくて、後は東京なんです」「あ、そうだったんですか」。電話越しにその人の失望が伝わり、申し訳ない気分になった。
NHK解説委員長の柳沢秀夫さんに会った時もそうだった。「藤原さん、いわきですよね」「ええ、一応」。あいまいな返事など構わず、柳沢さんは少し得意げに人さし指で自分の鼻を指し、声を潜めた。「実はね、僕、会津っぽなんすよ」。暗号をささやく親密さだった。「アイヅッポ、ですか」「は?」「いや、僕は生まれただけで……」
柳沢さんは大人である。「何だ、ナンチャッテかよ」とは言わず、満面の笑みで「そうでしたか、ははは。ところで……」とさりげなく話題を変えた。
他にも、訪ねてくれたり手紙をくれたりした福島県出身の方々の失望に触れ、生まれただけの出身など無意味だと思った私は、人に言わないことにしていた。すると60代の女性書道家にこう言われた。「何言うんですか。出生地が一番大事なんですよ。その土地の気や霊を授かるんですから」
トンデモ話とは思ったが、ナンチャッテに少し重みが増した感じがする。胸を張ることはないが、問われれば「いわき出身」と答えていい気がしてきたのだ。【郡山支局長・藤原章生】