本と映画と政治の批評
by thessalonike5
以前の記事
最新のコメント
 盧溝橋の戦火から始まる..
by 上海往来人 at 20:00
今回出てきたNSC(Na..
by ろうのう at 23:34
横浜事件の犠牲者の一人、..
by 長坂 at 22:45
ブログ主の妄想炸裂と言え..
by かまどがま at 18:17
米国外交の急展開―イラン..
by 橋本 at 10:59
今朝のBBCで、アラファ..
by 長坂 at 12:05
尖閣周辺で、銃撃・被弾の..
by 驚き!ボストン at 11:36
>ボストン事件との対比、..
by 驚き!ボストンとは at 11:03
辺見庸氏が新しく、実に興..
by nyckingyo2 at 03:04
最新のトラックバック
走って逃げよう! 原発か..
from NY多層金魚 = Conce..
アクセス数とメール


since 2004.9.1

ご意見・ご感想





access countベキコ
since 2004.9.1


















フィリピンの台風被害に対する日本の無関心と無責任
フィリピンの台風被害に対して、日本政府の支援があまりに少ない。そして対策が遅い。この問題について日本の関心が薄く小さい。昨日(11/14)、近所のコンビニのレジに救援金の募金箱を見つけたが、中には1円玉が数枚しか入っておらず、それを見て何となく気が引け、思った金額を投じられなかった。銀行か郵便局まで足を運ぶことにしようと思うけれど、どうか、近くで募金箱を見つけたらフィリピン救援をお願いしたい。欧州や米国でこの問題を見守っている人たちは、あるいは国連の関係者などは、きっとフィリピンへの日本の支援があまりに貧弱で、救援への関与がきわめて消極的で影が薄いことを不審に思っているに違いない。国際社会によるフィリピンへの救援全体の中で、日本が応分で相当の役割を果たしていない。もし仮に、メキシコで同じ甚大な災害が起きれば、当然、合衆国からの支援が突出するだろう。トルコが遭遇すれば、ドイツからの援助が群を抜く規模になると予想される。国際社会が支援するときは、豊かな先進国が大きな責任を受け持つのは当然で、また、その分担の大きさは地政学的な条件と経済的な関係の深さで決まる。フィリピンの場合は、誰が見ても日本の出番だろう。国際社会の常識と通念からして、東南アジアの国々は日本がカバーすべき責任範囲である。国際社会からのフィリピン支援は日本がリードしなくてはいけない。資金についても、情報についても、日本が前に出なくてはいけない。


11/11(月)の早朝、ネット上にAFPの記事が出て、世界からの緊急援助の情報を最初に目にした。欧州委が約4億円の供与を発表、英国は約9億5000万円の援助を申し入れ、ドイツはすでに23トンの援助物資を輸送中で、援助隊も派遣したとある。このAFPの記事が配信されたとき、欧米は11/10(日)の夜である。土日の週末、欧米の各国政府は迅速に動き、フィリピンへの緊急援助を決定して発表、ドイツは即座に物資空輸を実行していた。日本の支援については記事の中に情報がない。政府が何も発表していなかったからである。このAFPの記事に日本が顔を出さないのを見て、欧米の市民たちは意外で不満に感じたことだろう。日本政府が約10億円の支援を発表したのは、11/12(火)朝の官房長官会見の席上であり、欧米の動きから2日も遅れた時点だ。11/13(水)の朝鮮日報に、世界各国のフィリピンへの援助金額の情報が載っている。米国は約20億円、英国は約16億円、日本は約10億円、豪州は約9億4000万円、カナダは約5億円、韓国も約5億円。11/11のAFP記事の時点よりも、英国の支援金額が増えていた。朝鮮日報は、韓国の金額が少なすぎると政府を批判している。11/14(水)のITBの記事では、もっと詳しい内容が説明されていて、各国が一次発表に続いて二次の支援発表をしていることが分かる。欧州委は4億円の即時支援に加えて、約10億7000万円の提供へと増額した。

豪州の支援金は約10億円に修正、国連は約25億円、NZは約2億円、中国も約2億円。欧州委の金額が増えたのは、おそらく、11/11(月)時点の約4億円は、ドイツが単独でコミットしてEUの名前で出した分なのだ。そこからEU各国に奉加帳を回して、2日間で約10億7000万円の線まで持ち上げている。今回の対応でのドイツ政府のリーダーシップと果断さには頭が下がる。英国の16億円もずいぶん奮発した金額に見える。そこで、誰もが思うことだろう。英国が16億円も出して、豪州も10億円なのに、何で日本が10億円なのかと。桁が間違っているのではないかと、訝って首を捻ってしまうのではないか。朝鮮日報は、韓国の5億円は些少に過ぎると言い、国際社会で面子が立たないと嘆き、韓国政府の吝嗇と怠惰を批判している。しかし、日本の10億円が少なすぎると批判している国内マスコミは1社もない。そもそも、こうして各国の支援金額を一覧にして紹介しているニュースに接したことがない。10億円提供の事実を伝えているだけで、他国の金額と比較して示す報道をしておらず、おそらくは意図的に(官邸の指示に従って)伏せている。ここから先は推測だが、今回のフィリピン支援は米国が仕切っていて、裏で国際社会全体の調整役になっている。米国の2000万ドル(約20億円)という数字が先にあり、それを基準線にして各国の支援金額が勘定されている。米国の2000万ドルにバランスさせて、EUや日本や豪州の金額が協調して並べられている。

注意すべきなのは、フィリピンへの支援金について菅義偉が「1000万ドル」とドルベースで金額発表している点だ。円ベースでの拠出になっていない。周囲をキョロ見して決めた背景が窺い知れる。親分の米国が2000万ドルだから、子分の日本が目立ちすぎないように、分際をわきまえて半額にしとこうと、そう殊勝に(卑屈に)配慮した事情が透けて見えるではないか。しかも、発表の時期も米国の2日後だ。JETROの貿易統計を見ると、2012年のフィリピンの最大の輸出相手国は日本で、2位の米国を大きく上回っている。輸入は2012年は米国が日本を上回ったが、2011年までは日本が3年連続で輸出入ともに最大の相手国だった。経済的関係の深さからしても、地政学的にも、フィリピンへの緊急援助で日本が米国の半分という比率は異常だ。外務省資料によると、2011年のフィリピンへの援助実績は、日本59,330万ドル(40%)、米国5,413万ドル(27%)、豪州1,143万ドル(8%)となっていて、フィリピンにとって最大の援助供与国が日本である。日本はフィリピンにとって最も頼るべき先進国であり、何かあれば援けるのは日本であり、両国間には強い信頼の絆があるのだと、相互がそう認識し合っていたはずだ。すなわち、本来なら今回の台風被害への支援金は、日本が米国の2倍でなければならない。米国が2000万ドル出すと言ってきたら、日本は40億円出すと発表するのが当然だろう。日本は米国の半分かと、フィリピン人は失望したに違いない。

もう一点、援助だけでなく情報の点でも、日本は果たすべき役割を果たしてない。フィリピンの台風被害がどれほどの惨状か、その全体像の把握に努めて世界に説明し、刻々判明する状況を中継し、最新情報を克明に発信して報道をリードすべきなのは、まさに日本のNHKではないか。その使命と責任を負う立場は、最も近くて親しい先進国の公共放送なのではないか。世界の人々にフィリピンの事実を伝え、欧米とアジアの市民社会に被災者への支援を呼びかけるのは、NHKのカメラと記者でなくてはならないはずだ。9月のナイロビのテロ事件の際にBBCが果たした役割を、フィリピンの台風災害ではNHKが担わなくてはいけないのである。ところが、NHKのニュースでは、7時も9時も、毎日10分間ほどしか報道せず、タクロバン空港周辺の「今日の映像」を切り取って淡泊に流しているだけだ。きわめて事務的で表面的な報道であり、局所的で断片的な取材にとどまっている。きっとNHKの海外向け放送も同じだろう。世界にフィリピンの現状を説明する主役になっていない。世界の人々の目となり耳となっていない。普通に考えれば、鎌倉千秋が現地に張り付かなくてはいけないのである。道傳愛子か国谷裕子の大物キャスターがフィリピンに飛び、毎晩のニュースの時間枠で詳細なアップデイトを試みなくてはいけないだろう。NHKが総力を挙げて人員と機材を現地に送り込み、世界の人々が渇望する「フィリピン災害報道」の需要に応えなくてはいけないのである。

タクロバンやセブ島だけでポイント報道するのではなく、サマール島とレイテ島の東部の海岸線を上空と地上から撮影して見せなくてはいけない。フィリピンの政府と国軍に話をつけて、現地の放送局と一緒に軍のヘリで同行取材するか、キャラバン隊を組んで移動させなくてはいけない。ところが、NHKはまともに現地に取材チームを派遣せず、報道内容も民放の報ステとほとんど変わりがない。アジアの報道で世界のリード役を自負していた嘗ての面影が全くない。無関心だ。報道が薄っぺらで無内容だ。たとえば、鎌倉千秋がレイテ島の現場を歩き回る任務とすれば、道傳愛子はマニラに拠点を据えて、フィリピン政府に密着して情報を取らなくてはいけないのである。フィリピン政府が把握し、首都マニラのセンターに集まる災害状況を、世界の人々が情報共有する正確な媒体にならなくてはいけない。そして、各国からの救援活動の様子と進捗を伝えなくてはいけない。理想型を言えば、鎌倉千秋がレイテから、道傳愛子がマニラから伝えるのに加えて、東京の国谷裕子が世界のフィリピン報道を集約し、どの国がどう報道しているかを総括しなくてはいけない。これだけの中身の報道を毎晩やれば、一日30分以上の時間が必要だろう。そして、それこそがNHKに求められていることで、受信料を払っているわれわれが要望し、フィリピンの被災者にとって必要なことである。この10年ほど、NHKは国内の地方の災害報道に極端に冷淡になった。その延長線上に今のフィリピン報道がある。

ここで思い出すのは、1986年のフィリピン2月革命のときの日本のテレビ報道である。ピープルズ革命とも呼ばれ、現在はエドゥサ革命という名称が通説になっていが、あのときの日本の現地報道は素晴らしかった。秀逸だった。選挙不正を糾弾して立ち上がった100万人の市民デモ、2月22日の国軍将校の決起とエンリレとラモスの造反、2月25日のマルコス夫妻の脱出と逃亡、コリー(アキノ)の大統領就任宣誓まで、日本の報道陣は現地に張り付き、要所を逃さずカメラに押さえ、抜群の編集内容で夜のニュースで放送した。まさに、リアルタイムのドキュメンタリーだった。久米宏のニュースステーションは、毎晩、冒頭からマニラでの革命の刻一刻を伝え、J-CNNの安藤優子がレポート役で激動の情勢を解説した。小宮悦子と同年の安藤優子は、このマニラ・レポのジャーナリズムで一躍脚光を浴び、以後、テレビ報道の世界で出世の階梯を上って行く。これまで、1989年のルーマニアの革命とか、2012年のエジプトの革命とか、市民革命の映像をリアルタイムで目撃してきたが、私の中では、やはり1986年のフィリピン革命が最も印象的な物語として脳裏に残っている。革命らしい革命だった。そのドラマの一部始終を、まるで映画のようにカメラが追跡してくれた。銃口を向ける国軍兵士の列の前で、貧しいTシャツ姿の市民たちが両手を広げて抵抗し、対峙して、撃つなら撃てと決死の覚悟を示す場面があった。いつ緊張が破れて発砲されてもおかしくない緊迫の瞬間だった。誰もが恐怖をこらえて渾身の勇気を奮っていた。

カメラマンも決死の覚悟だったのだ。あんなに接近したアングルで、決定的な報道映像を。銃弾が放たれれば、巻き添えを食うのは必至の距離と位置だった。つまり、カメラマンも革命する市民の側に立ち、撃てるものなら撃ってみろと、日本の報道が収録しているぞと、国軍兵士に捨て身の圧力をかけていたのである。その映像がそのままニュースステーションで流され、われわれの前に電波で供されていた。フィリピンで起きている革命の全体が掴めた。今とはずいぶん違う。



by thessalonike5 | 2013-11-14 23:30 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://critic5.exblog.jp/tb/21464802
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
名前 :
URL :
※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。
削除用パスワード 
昔のIndexに戻る 日本版NSCの正体 - 参謀本... >>