特集:特定秘密保護法案、成立したら−−市民生活こうなる 崩壊する知る権利
毎日新聞 2013年11月10日 東京朝刊
国の安全保障にかかわる重要情報を漏らした者に重罰を科す「特定秘密保護法案」の衆院での審議が始まった。法案が成立すると、どんな影響があるのだろうか。必要な情報が市民に届かなくなる恐れはないのか。内部告発者は守られるのか。国会による行政機関のチェックはできるのか。三つのケースを想定し、弁護士の協力を得て考えてみた(各ケース末尾の弁護士以外の名前はすべて仮名)。【日下部聡、青島顕、臺宏士】
◆ケース<1> 原発の津波対策を調べる住民
◇「そそのかし」で有罪
原子力発電所から3キロほど離れた集落で、自動車修理業を営む自治会長の加藤拓郎(57)は、住民のために原発事故対策を再確認したいと考えた。再稼働が迫っていたからだ。
福島では、地下の非常用ディーゼル発電機が津波で水没して大事故を招いた。「ここではどこにあるのだろう」。電力会社に問い合わせたが「セキュリティー上の理由」で教えてもらえず、県や市の担当者も「電力会社に聞いてほしい」と言うばかりだった。
話が進まない中、高校時代の剣道部の後輩で、地元警察署長に着任したばかりの佐川淳彦(55)の顔が浮かんだ。仕事上、警察との付き合いはある。あいさつに行った時、栄転に高揚した表情の佐川は「原発テロ対策が大変ですよ」と話していた。加藤は佐川の携帯電話を鳴らした。
「原発の非常用発電機は津波にやられない場所にあるのかな」
「……それね、言えないんですよ」
「どうして?」
「ほら、新しくできた法律がありますよね。特定秘密の。警備の関係で微妙なところもありまして……」
納得いかない加藤は、支援する市議や面識のあった地元紙の鈴木幸恵記者(38)に問い合わせ、市民団体の勉強会にも参加して情報収集に努めた。しかし、非常用発電機の位置については分からないまま。
一方、鈴木記者は加藤の奮闘を記事にして問題提起しようと考えた。だが、取材の壁も厚かった。旧知の市幹部は「それはほら、これになったから」と、口にチャックする仕草をしてみせた。
加藤は佐川署長を居酒屋に呼び出し、再び切り込んだ。
「どうして住民が知らされないんだ。真っ先に危なくなるのは俺たちだ。おかしいだろう。教えろ」
気持ちが高ぶった加藤は思わずバン、とテーブルをたたいた。ビールのコップが床に落ちて割れた。