決めゼリフを吐いた直後にぶっ倒れたナツメを背負って、俺たちはラトーニュへと生還した。
ナツメを医者に預け、ギルドへの報告を済ませたその翌日。
「結局、あの魔物は何じゃったのかのう」
にぎにぎ。
「ひうっ……。 に、ニナさん! 尻尾を触るのはやめてください!」
うっすらと頬を染めつつ怒るラティ。
ここは再び「はじける若さ亭」1階の食堂。
驚愕の速度で回復したナツメを含め、またも4人で朝食のテーブルを囲んでいた。
約束通り俺とニナはラティ(の耳と尻尾)を触りまくったのだが、ニナはラティの尻尾を気に入ってしまったようだ。
ふりふりと揺れる尻尾を目で追っている様子は、とても微笑ましい。
ラティはすっかり警戒してしまっているが。
「さてな。何であったのかはわからんが、倒したのだから気にしなくていいのではないか?」
My箸持参で朝食をつまみながら、ナツメが言う。
「だといいがな」
「む。竜輔殿。何か含みのある言い方だな」
だってなあ。
あんな不自然な登場もないだろう。
だが今は、情報が足りない。考えても仕方ないだろう。
「それより、ナツメのあの技……天地とかいったか? あれの方が気になるんだが……」
「ほほう。だが我が秘剣、つまびらかにするわけにはいかないな」
興味を持ってもらえた事自体は嬉しいのか、ナツメは相好を崩す。
「詳細はいいけどさ。原理っていうか……あの赤い光は何だよ。魔力はないって言ってなかったか?」
「な、何?」
ナツメはぎょっと目を見開いて、それから素早く周りを確認した。
少し離れたテーブルにいる他の客を見ると、立ち上がり俺を食堂の隅に引っ張っていく。
「(あ、あの光が見えたのか?)」
「(見えた。てか何で小声だよ)」
「(あの光は我が柊流の秘伝に関わるもの。人に知られては困るのだ)」
むしろ逆に注目を浴びているぞ。
ニナたちも首を傾げてこちらを見ている。
「(特別な修行を積まねば見えぬものなのだが……。竜輔殿は、気の修行を積んだのか?)」
き? 木? ……気?
ドラゴン〇ール的な、アレですか?
……いやまあ、魔力があるんだからそういうのがあってもおかしくはない、のか?
勿論その手の奇想天外な修行を積んだことなどない。
「(積んでいない)」
「(ならば、生まれつき気脈が開いているということか。稀にそういう者もいるとは聞くが……。あるいは浄眼、いや魔眼の類か)」
「(おい。なんで浄眼から言い直した?)」
「(兎も角、赤い光のことは内密にして欲しい。あれは気に通ずるものではあるが、気そのものではない。これ以上は言えん)」
「(好奇心から聞いてみただけだ。秘密だと言うなら問い詰めるつもりはない)」
俺がそう告げると、ナツメはあからさまにホッとしていた。
「(かたじけない)」
俺たちは頷き合って席に戻った。
「何をしとったんじゃ?」
「い、いや。何でもない」
どもるナツメに、ラティが訝しげな視線を向ける。
「ナツメちゃん……まさか婚約済みのリュースケさんと……」
「何!? そうじゃったのか!?」
「なっ。何を言っている! 違うぞ!」
慌てて否定するナツメだが、その反応は逆効果だろう。
「ムキになって否定するところが、怪しいです」
「ち、違う! 竜輔殿も何とか言ってくれ!」
「ふむ」
3人の視線が俺に集まった。
「御想像にお任せする」
「「やっぱり……」」
「違ぁぁーう! 竜輔殿ぉー!」
からかいすぎた。
顔を赤くして暴れ出したナツメを、3人でなんとかなだめる。
「大丈夫、わかってますから」とか「側室ならば問題はない」とか余計な事を口走る2人のせいで難航。
最終的には、女将のおば――お姉さんに怒られて収拾した。
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「さて、今日は俺とニナは別行動をとらせてもらうぞ」
俺はそう切り出す。
別に旅の仲間というわけでなし、わざわざ断る必要もないんだが。
「何かご用事でも?」
「そういう訳じゃない。ちょっとラトーニュを見て回ろうと思ってな」
ラティの勘繰るでもない簡単な質問に、こちらも簡単に答える。
中身は、嘘だが。
一応、魔王の娘の情報を集めるつもりだ。
「そうですか。お気をつけて」
「ああ。ニナ」
呼び掛ければ、ニナがトテトテと寄って来る。
それを確認し、出入り口の扉を開けた。
そこに、女がいた。
「……っ!」「ぬぉっ」
思わず、ニナを抱えて跳び下がった。
ガターン!
背後にあった椅子やテーブルを倒してしまう。
お姉さんが怒っているが、そんなことに気を使う余裕はない。
何事か、と客たちが一斉に注目する。
ニナは突然のことに目を白黒させていた。
「ど、どうした」
別れたばかりのナツメとラティもこちらを見る。
それから俺の視線を追って、扉の外に立つ女を見た。
「……修羅場?」
とはラティ。
つっこみを入れたいが、俺は女から目が離せなかった。
背筋に冷や汗が流れる。
何故だ。
何故、俺はこれ程までにこの女を警戒している?
俺は混乱するニナを降ろし、背後に庇う。
「いい反応」
魔人の女――昨日ギルドで見た泣きぼくろの女は、無表情に言って食堂へ足を踏み入れた。
朝のはじける若さ亭は、異様な雰囲気に包まれた。
何が起きているのかわからず、皆愕然としている。
女は俺を見て、それから……ナツメを見た。
「む?」
ナツメは何故自分が見られるのか分からないのか、首を傾げる。
俺も同じ心境だ。
こんなヤバい女と俺に、一体何の関わりがある。
「んー」
女は頬に人差し指を当て、悩むようなそぶりを見せる。
相変わらず、表情はまったく無いのだが。
「貴女」
そしてナツメを指差した。
「は? 拙者が何か?」
「私と、戦う。おけー?」
何を言ってるんだ? この女は。
ナツメは困惑を表情に浮かべながらも、言葉の意味を咀嚼した。
「もしや、果たし合いの申し出だろうか」
「そう」
無茶苦茶だ。
「承知した」
受けるナツメも無茶苦茶だ。
「って何受けてんだよ!」
俺の剣幕に多少驚きつつも、ナツメは臆することなく告げる。
「こうも堂々と挑まれた果たし合いを断っては、武士の名折れ。……今は浪人だが」
だぁー! これだから武士とか侍って連中はー!
「悪いことは言わん。やめておけ。この女はヤバい」
俺の忠告に、むしろ女の方が反応した。
俺の方を底冷えのする瞳でじっと見ている。
「やはり。貴方、面白い」
ニコリともせずに面白いと言われても嬉しくもなんともないわ。
「竜輔殿の知り合いなのか?」
「いや、違うが……」
「この女性が強いということは、拙者にもわかる。だが相手が強いから果たし合いを断れなどというのは、武人に対していささか侮辱的だぞ」
「……う。それは尤もだ……」
ナツメの強さは、俺も知っている。
この女がナツメより強いという確信はないし、仮にそうだとしてもここで止めるのはナツメに失礼だ。
心配そうにおろおろしているラティと、訳が分からないが俺の警戒っぷりに女を敵と判断して睨んでいるニナを見る。
「……負けたら死ぬ。その覚悟を持って受けたんだよな?」
「無論」
迷いなく頷くナツメに、俺はため息を吐いた。
「え、ええ? し、死ぬって……ナツメちゃん?」
「ラティ、心配するな。拙者は負けん」
そう言われて安心できるはずもなく。
ラティは不安げな表情だ。
「俺が口出しする問題じゃないんだが……条件……いや、頼みがある」
俺の言葉に、ナツメが首を傾げる。
「何だ? 果たし合いを断れというのなら――」
「違う。それはもう諦めた。果たし合いに、俺を立ち会わせてくれ」
「……拙者は構わないが」
ナツメは女に視線を向けて、目で問う。
女も、頷いた。
「別にいい。じゃあ、始める」
「な……。待て待て! ちょっと待て!」
この場で開始しようとする女を、ナツメが慌てて静止する。
「……何?」
「いやいや何ではなく。ここはまずい。できれば他に誰もいないところにしていただきたい」
「わかった」
自分から始めようとしておいて、意外にも女はすんなり引き下がる。
そして2人は町はずれの空き地で云々と話し合いを始めた。
何なんだ、この女は……。
未だひかない冷や汗に、俺は酷く嫌な気分になる。
「リュースケ?」
俺のかつてない雰囲気に、ニナが不安そうに見上げてきた。
「何でもない。大丈夫だ」
ニナの頭にぽんと手を置いてから、宿を出るナツメ達の後を追った。
しかし立会人とは、また柄でもないことを申し出たもんだ。
ま、元の世界では親しい友人なんていなかったからな。
……誤解するなよ。クラスメイトと会話くらいは普通にしてたからな。
とまれ、多少過保護になるのは許してほしい。
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そして町はずれの空き地。
町の囲いから150メートル程離れた場所。
だだっ広い荒れ地には、乾いてひび割れた黄土の地面が拡がるばかり。
ごくまばらに芽を出す雑草と、点々と転がる巨大な岩石だけが、景色にアクセントを加えている。
「ここなら、いい?」
「うむ」
果たし合い――殺し合いを前にして、当事者たちは間の抜けた会話を交わしている。
いくらかの距離を置き、向かい合う2人。
俺は横に7,8メートル程離れて立ち、さらに数メートル背後にニナとラティがいる。
「柊流宗家師範代、柊棗」
ナツメの名乗りに、女が問う。
「ヒイラギリュウソウケシハンダイ……称号?」
「そのようなものだ」
「そう」
女は頷き、少し考え込んでから、名乗った。
「魔人四魔将軍、力将ガルデニシア」
「「「「なっ!?」」」」
何だとぉ!?
「まさか、魔王の娘かっ!?」
「そんな……」
ニナの叫びに、ラティの嘆きに、女――ガルデニシアは答えない。
ただナツメだけを見ていた。
「ふ、ふふふ。かの魔王の娘に果たし合いを挑まれるとは。光栄の至り」
不敵な笑みを浮かべるナツメ。
マジかよ……。
本気でヤバい相手だ。
だが今更止めるなんてこと、ナツメが許すはずもない。
ナツメは、ゆっくりとコテツを抜いた。
「……どういうつもり?」
無表情だったガルデニシアが、ナツメの構えを見て目を細める。
ナツメは刃を返して……峰を相手に向けていた。
「故あって人は殺さないと誓っている。それより、お主は抜かないのか。ナイフで居合いでもあるまい」
ナツメはガルデニシアの腰に下がる、やや装飾過多なナイフを見る。
「これは、飾り。それより、刃を返しなさい」
ガルデニシアはますます目を細めて、ナツメを睨みつけた。
嫌なプレッシャーを発している。
ガルムのように野性的でもなく、権力者のように計算された威圧でもなく。
背筋が凍り、腹の中身がぐるぐると渦巻くような、気持ちの悪い威圧感。
「……すまんが、そればかりは聞けない」
「そう」
スッと、ガルデニシアは無表情に戻る。
元に、戻ったはずだ。
それなのに何故、こんなにも怖ろしいと感じるのか。
「立会人、合図」
ガルデニシアがこちらに声を掛ける。
意識がこちらに一瞬向いた。
たったそれだけのことで、後ろの二人が僅かに悲鳴を漏らした。
俺はナツメを見る。
ナツメもこちらを見て、頷いた。
「ヒイラギナツメ。貴女には、興醒め。死んで後悔しなさい」
「……始め!」
ニタリ。
ガルデニシアの口が、三日月形につり上がる。
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