ギャオオオオオオオオ!!
右側面から、鼓膜が破れそうな咆哮。
ダンッ!
俺とナツメは咄嗟に地面を蹴って、左方向に跳び退る。
ズシン!
俺たちがいた場所に降り立ったのは…………何というか。
ザザーッ。
ナツメと同じような軌道で着地しつつ、ソレを観察する。
「あれ、緑竜人じゃないよな?」
「あ、阿呆! あのような竜人がおるか!」
だよな。
黒っぽい緑の硬質な肌。
ぎょろぎょろと動く爬虫類の瞳。
2足歩行の巨大な脚部。
長々と伸びるトカゲのような尻尾。
ギャオオオオオ!!
叫ぶ口内には立ち並ぶ鋭い牙。
以前見たゲオルグ――黒竜人よりでかい。7メートルはあるか。
ドラゴン、と言うには、少々グロテスクな印象を受ける。
「この世界、竜人の他にも竜が?」
「おるかっ! というか、あれは竜なのか?」
「竜っていうか……。俺の世界に昔いた恐竜ってのに近いな」
ティラノサウルス的な。
ギャオオオオオン!
怪獣映画のように吠え猛りながら、怪物――ティラノと名付ける――が猛然と襲いかかって来た。
すぐさま踵を返して逃げ出す俺たち。
ギャオオオオ! バキバキバキ! ズシンズシン!
木々を薙ぎ倒しながら、かなりの速度で追って来る。
両脇から「ぎゃあああ!」とか「ひえええ!」とか悲鳴がうるさい。
「十中八九、魔物だろう。あのような種は見たこともないが……」
ザザザッ。
草をかき分け、冷や汗を流して俺と並走しながらナツメが言う。
「逃げ切れると思うか?」
ナツメに問う。
チラチラと後ろを確認すれば、徐々にではあるが距離はひらいている。
「逃げるだけなら、おそらくは。だがもし、この化物が拙者たちを追って町まで来たら……」
大惨事だろうなあ。
俺は知ったこっちゃないと思うが、ナツメの目はそうは言っていない。
「……やるの?」
「ああ、やる」
森の終わりに近づき、少し拓けたところに出る。
ナツメはブレーキをかけて、迫るティラノの方に向き直った。
そして太刀を正面に構える。
俺はナツメより少し進んでから止まり、ナツメの背後5メートルくらいに位置どった。
急制動に小脇の2人が呻き声を上げる。
「……はあー。俺としては、町の有象無象どもを犠牲にしてでも逃げ出したいんだが……」
「……リュースケさんならそうでしょうね……ぐえ」
言いやがるラティを抱える腕で締めつけてから、2人を地面に下ろした。
「有象無象はどうでもいいが、ナツメは友達だからな。一応、手は貸してやる」
「かたじけない。しかし奴の相手は拙者がする故、竜輔殿には2人を頼みたい」
「何?」
1人でやる気か?
まさか自己犠牲……と思ってナツメの顔を見れば、浮かんでいるのは心底楽しそうな笑顔。
……この戦闘狂め。
「お礼に、後でラティを思う様触らせてもらうからな」
「何で私ですか!?」
「わらわも触る」
「ええ!?」
2人と共に、ナツメからさらに距離をとる。
ギャオオオオオ!
追いついたティラノが森から飛び出してきた。
ナツメが益々好戦的な笑みを深める。
「……楽しそうだな」
「ああ……これほど血沸き肉躍る相手は久しぶり……だっ!」
太刀を下段に構え直し、ナツメがティラノに向かって走り出す。
「せぇぇぇぇ!!」
ギャオオオン!
ティラノもズシズシと大地を揺らしながら、前傾姿勢でナツメを噛み殺そうと迫る。質量差は圧倒的だ。
急激に縮まる両者の距離。
「ナツメちゃん!」
ラティが思わずといった様子で声を上げた。
ティラノの牙がナツメを捉える、その寸前。
「ふっ!」
ガッ!
ナツメは右足で力強く地を蹴って、姿が霞む程の速度でティラノの側面に跳び込む。
着地の足をさらに蹴り足とし、ティラノの腹の下を潜りながら斬りつけた。
ザシュ! ドガァン!
腹を斬り裂かれバランスを崩したティラノが、前のめりに倒れた。
「……浅いか」
ナツメは得物を素早く血振るいし、倒れるティラノに追い打ちをかける。
「はぁぁぁ!」
ギャオオオ!
ティラノは体を起こしながら、尻尾を大きく振ってナツメを牽制した。
「! ……くっ!」
人には無い器官による攻撃に虚をつかれたナツメだが、かろうじて後ろに跳び下がってそれを避けた。
ブゥン!
ナツメの目前数十センチの距離を尻尾の先端が通過する様は、見ているこっちが冷やっとする。
その隙に立ち上がったティラノは、怒りに哮りながらナツメと向かい合う。
腹の傷から血が流れてはいるが、致命傷には程遠い。
仕切り直し。再びぶつかり合う両者。
速さを活かし確実に傷を追わせていくナツメと、当たれば即終了となるだろう一撃を繰り返すティラノ。
一見戦いはナツメ優勢に進んでいるようだが、刀というのは斬れば斬る程切れ味が鈍る。
長引く程、ナツメがティラノを倒すのは難しくなるだろう。
一刀での傷の浅さを見るに、決定打に欠けるナツメは非常に不利だ。
まあ、あの生物相手に有利な人間がいるのかという話にはなるが。
「りゅ、リュースケ。手を貸さんでいいのか?」
不安そうに訊ねるニナ。
「うーん。だってあの顔見てるとなあ」
ナツメは追いつめられる程にむしろ笑みを深めていく。
戦いを楽しんでいるのは明らかだ。
ガキン!
とうとう、切れ味の落ちた太刀がティラノの表皮に弾かれる。
体勢を崩したナツメに、ティラノの尾が叩きつけられた。
「っ!」
飛び退るナツメ。
ズドォォン!!
土や草花と共に、ナツメが大きく吹き飛ばされる。
ラティとニナの悲鳴。
空中で回転しなんとか足から着地したナツメだったが、ダメージは大きいのか片膝をついた。
直撃は避けていたが、掠めただけでもあれだ。
「手を貸すか?」
「不要。次で決める」
ナツメの目を見る。
汗だくで疲労もピークのようだが、見返す瞳には自信が見てとれた。
強がりではないようだな。
ギャオオオオン!
止めを刺すべくナツメに襲いかかるティラノ。
ナツメはティラノを……いや、自身の刀を睨みつけた。
「まったく。追い詰められないと使えないのだから、自分の未熟が身に染みる」
そう呟いたナツメは、刀で天を衝く上段の構え。
ん? 何やら、刀身が薄赤く発光している。
「斬鬼仏滅、退魔殺神。柊流奥義、天地!」
迫るティラノに数メートルの間をおいたまま、太刀を真っ直ぐに振り下ろす。
ヒュン!
天から地へ。剣先が見えぬ程の、高速の素振り。
ティラノの身体の中心を赤い光の筋が通過したことを、ニナたちは確認できただろうか。
ズン……ズン。
ティラノの足が、止まる。
直後、その巨体が真っ二つに割れた。
「「うっ」」
あまりにグロいので細かい描写は避ける。
ニナとラティが口を押さえて吐き気を堪えていた。
凄ぇ……何という厨二病。
ナツメは刀で血溜まりをビシッと指し示す。
そして得意気に宣言した。
「今宵のコテツは血に飢えている」
「いや今昼間だし」
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その光景を覗き見る人影が2つ。
1人は男、1人は女。
「……驚きました。まさか私の召喚獣を真っ二つにする人間がいようとは」
そう語ったのは、魔人四魔将軍が1人、知将ベリアル。
竜輔がティラノと名付けたあの怪物。
ナツメは十中八九魔物だと言ったが、ティラノはその十中の一二に含まれる例外だった。
ある意味竜輔と同様の存在。ベリアルが召喚した異界の生物。
「……意外」
そう一言無表情に呟いたのは、まだ20歳前後に見える若い女。
白っぽい水色の髪はストレート。
魔人の証である尖った耳は、他の魔人のそれに比べてやや丸みを帯びている。
それは彼女が魔人と人間のハーフであることを示していた。
そして彼女の美しさを際立たせる、左目の下の泣きぼくろ。
「貴女の目当ては男の方でしたか」
こくりと頷く女。
「でも、あの女もなかなか」
不気味に光る瞳で、女はナツメを見つめる。
そんな彼女を見て、ベリアルはため息をついた。
「やれやれ。まさか趣味の――標的の力試しのためだけに、魔王派の私を呼び立てるとはね。四将召喚器(魔人四魔将軍 相互召喚器)は、こんな事のために創ったんじゃありませんよ」
自身の耳に付いた青い石のピアスを弾きながら、ベリアルはぼやく。
女の耳にも同じピアスが見えた。
「借り、ひとつ」
悪びれもせず、女は言う。
ベリアルは肩をすくめた。
「まあこれで貴女の気が逸れて、侵攻を遅らせてもらえるのなら安いものですが。それなりの見物でしたしね。……ふう。死にかけのクソ爺ぃの顔を見て過ごすより、いっそ貴女に仕えたほうが面白そうだ」
こくこくと頷く女。
「熱烈、歓迎」
苦笑するベリアル。
「冗談です。貴女は貴女で、面倒なお人ですから」
「残念」
まったく残念そうには見えない無表情で言って、女は再びナツメへ、そして竜輔へと視線を向けた。
「暇つぶし、見っけ」
ニタァ。
女は美しい顔に、怖気の走る妖しい嗤いを浮かべた。
どこか壊れて、病みきった嗤い。
「侵攻は、しばらくやめる。アヴゼブと父様にも伝えて」
アヴゼブは元四魔将軍の力将であり、今は急進派のまとめ役のようなことをしている。
なんで私が、と頭を振りながらも、結局ベリアルは了解した。
「イエス。魔王姫ガルデニシア」
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