下品、性的、残虐な描写が結構(?)出てきています。苦手な方は避けられた方がよろしいかと。

パラレルです。キャラクター全員の設定、特に性格が変わっています。ご注意を! 一応シリルです。

 

 

怪物のみる夢の中の

 

 

 

 鶏がらみたいな僕の体がシリウスに何を与えているのかわからなかった。乱暴に扱われると、時折腕や足がもげそうになる。そういう壊れそうで壊れないギリギリの感覚を楽しむためにはいいのかもしれない。でも、それ以外には特別長所を見つけることができない。

僕はシリウスと友達でいたかった。シリウスの苦しみを僕は知っていたし、彼が(いや彼らが)僕を救ってくれたように、僕も友達としてシリウスの助けになりたかった。ただ、シリウスは僕の肉体を望み、そして僕はそれに抗わなかった。

僕の肉体はシリウスにとって救いにはならないと思う。今はまだいい。シリウスは誰かの見られたくないものを無理やり見るのが好きだし、されたくないことを無理やりするのが好きだ――だから僕の秘密を暴けたし、法律を破ることだってできた――まだ僕の肉体や僕にとってのセックスはそれに当てはまる。

初めはもうとにかく、気がおかしくなるかと思うくらいに恥ずかしくて、何を見る暇も何を考える余裕もなかった。裸になって誰かと抱き合うという感覚は僕を惑わせたし、シリウスが酷く手馴れていて、こちらの体で遊ぼうとしているのが感じられると、逃げ出さずにはいられなかった。もちろん逃げられなかった。

強く揺らされている時に、シリウスの腰骨の上にスッと引かれた線のようなものがあることに気づいて、僕は聞いた。すると、それは刺された痕だった。別れ話をした後なのに、どうしてもしたくなったシリウスが(その時点では元)彼女の上に乗った時、呪いのかかったナイフが腰の上を掠めたのだそうだ。

「この傷、一生消えないんだろうな!」

とシリウスは誇らしげに語った。僕は殺したいくらいに想われていたことをシリウスが理解しているのに気付いた。考えているうちにその時は終わっていた。僕は過酷な環境に慣れるのが早い。それが僕の長所だ。

 

 

僕らは時々こうして互いのベッドや廃屋や抜け穴の隅なんかで落ち合って、裸になって重なり合った。僕がどう変わろうと、シリウスが望む限り、これが続いていくのだと思う。

白くて豊満な肉体を持った女性のことを考えていた。たとえばバッカスのような、ううんバッカスは男だけど……そういう豊饒を思わせる女性の中にシリウスが包まれているところを想像した。東洋には豊穣の女神がいるし、ホグワーツの絵の中にも当てはまる美女がいる。

「君には太った女性が似合うと思う」

 僕は言った。シリウスは僕の上から僕を見下ろして呟いた。

「へえ。じゃあ今度探しといてやるよ。連れて来てやるから、どうしたいのか言えよ?」

「僕じゃないよ……君に合いそうだって話をしたんだ」

「お前と俺、プラスワンでその豚女と一緒にやりたいんだろ? 一緒に変わった遊びをしてみたくなったんだよな!」

 笑い出したシリウスの引き締まった腹が震え、覆いかぶさってきた振動でベッドが跳ねて、ぐらぐら揺れた。遊び足りない子供のようなシリウスが僕の鼻を甘噛みする。「お前が言い出すのかよ!」とか「俺の種が芽を出した!」とか、歓声をあげる。隣に聞こえてないといいんだけど。

 天蓋に防音魔法をかけてあるはずだ。でもシリウスは「ちゃんとかけた!」と怒鳴って僕を黙らせておいて、そうでないことを誤魔化そうとする時がある。捕まえた獲物を誇る獣のように――なんて言ってもいいけど、ただそういうプレイが好きなだけだ。

 ほどほどのところでシリウスの口を塞いだ。全く効果がなかった。

「……安心しろよ。ちゃんと口を堅いやつを選んでやる。口封じもしておく。完璧に」

 手首が捕まれて、手のひらに生暖かくて湿った感触。もちろんシリウスの舌だ。僕は舐められている。

 舐め続けようとするシリウスから自分の手を引き剥がそうとした。このままにしておくとシリウスがまた盛り上がってしまからだ。でも全然剥がれない。舌が、一本一本の指や、その間を丹念に舐めていく。ああ、もう、面倒くさいなあ……

「聞いて……違うよ。そういう女の子と抱き合ったら、君が安心するんじゃないかと思って……提案を」

「提案? じゃあ俺に提案とやらをしやがったお前は、その時どうしてるんだ?」

「……さあ、どこか別の場所にいるか……何か別のことをしてるんじゃないかと思う」

 途端に手首が横へ飛んで行った。肩から外れなくて良かった。そして僕の手を勢い良く投げ捨てて、突然大噴火したシリウスが目の前に。

「ハア!? わかりにくい言い方するな! 俺がそのデブと寝るとなんだ? 俺に似合ってるから、だから? お前は別の場所にいて、それで、何だ!」

「シ、リウス……言葉の……ままだよ」

 僕が声を詰らせたのは、シリウスが次に捕まえたのが僕の首だったからだ。殴られるのかと思ったけど違う。首を絞められる程度だった。しかも不思議なことに、僕の息があがるかあがらないかの間にシリウスは舌打ちをして、それすらもやめてしまった。

「……お前は馬鹿か!?」

「……どう、して」

「どうして? 聞いてるのはこっちだ。もう一回、わかりやすく言う。お前は馬鹿か? どうして、俺が、そのデブと寝なきゃならない? お前が遊びたいなら、俺は付き合ってやってもいいが、そうでなきゃどうして俺が、俺だけが! 好き好んで脂肪のたぶついた白豚女の相手をしてやらなきゃならない?」

「……ああ、うん……ただ、僕は思っただけなんだ。君が、男は僕みたいな痩せぎすで、女の子なら太った子が好みなんじゃ」

「俺の好みは俺が決める! 俺はやりたい奴とやりたい時にやる。今みたいに! 今こうしてるみたいに! お前いつから俺の女の好みに口出しするようになった!?」

「……ごめん、ただ、そう思っただけなんだよ」

 それで、次の瞬間にはドサッと倒れこんできたシリウスの腕が、僕の体に回っていた。

「……痛かったのか? でなきゃ、いかなかったか? 今日は嫌だったか? 俺は優しくしてやってる。お前に、優しくしてやってるよな。お前が辛くないように、痛くないようにしてやってるよな?」

「うん……君は優しいよ。あんまり、痛くない……」

「じゃあ、どうしてさっきみたいなことを言った?」

 耳元で甘くて低い囁きが響いている。誘惑? 違う。懐柔だ。何かを白状させたいらしい。でも僕は初めから何もかもを正直に答えているので、全く無意味なことなんだけど。

「ん、だからね、僕と今こうしているみたいに、いつか太った子と試してみたらって言いたかったんだ。もちろん、君のやりたい時、気が向いた時に……そうしたら僕は必要ないだろうし……うッ……!」

 ガリッと音がするように肩口に噛み付かれて僕は短く声を上げた。これがあまり好きじゃないってことをシリウスは知っている。つまり不機嫌だという意思表示だ。

「ま、待って、痕をつけないでくれ! もう満月が近いから」

「黙れよ。お前の好みも当ててやる! 男なら俺で女なら……」

「腕以外の噛み痕は困るんだよ。マダム・ポンフリーに説明ができない」

「俺がつけたって言え。あのババアに気があるのか? 違うだろ! お前の好みは“歯も生えてない赤ん坊”だ! 当たったよな!?」

 シリウスの目が鋭くなって、ほとんど睨みつけられていた。口元に皮肉な笑み。親指の先が僕の唇に触れて、形をなどった。つまりシリウスは「赤ん坊」の後に続く「口」を省略したんだ。ちょっと悪趣味がすぎる。

「僕は誰も……誰もいないよ。好みなんてない。男も、女も、誰も……」

「ふーん。じゃあ、俺はなんだ?」

「ああ、そうだね……君は、そう……特別」

 僕の顎や頬に触れていたシリウスの手が急激に温度を上げた。明らかに増した心拍数を数えている間も、シリウスは何も言わなかった。というよりも、言葉をなくしている、のかな?

「……へえー」

 結構時間があった。彼が何を考えていたのか知りたいと思った。でも聞かなかった。というよりも聞けなかった。

 シリウスの唇が、僕の顔や首や頭にキスしてきた。これぞ雨あられ。噛まれた肩口に何回か唇が当たった。ごめん、ごめん。動物みたいに謝っている。つまりシリウスは一転上機嫌になったのだ。“特別”を気に入ったからだ。シリウスは特別が大好きだから。言ってみて良かった……

「……シリウス」

「何だ?」

「痛い……上に乗られると」

「ああ、じゃあ、お前が乗れよ!」

僕の体の下にシリウスの手が入った。体が浮き上がって、視界がぐるっと180度。

そしてシリウスの顔を見下ろしていた。手を差し出して自分の体を支えようとしたけどできない。思ったよりも体中が痛んでる。乗り上げた時の衝撃で僕は呻いた。シリウスの手がすぐに僕の顔に伸びて、慰めるように額や髪を撫でた。

シリウスは呆れるくらいの笑顔だ。それどころか声を出して笑っていた。その度に胸が跳ねて振動が伝わった。

「リーマス、リーマス」

 呼んで、キス、呼んで、キス、の繰り返し。なんだかなあ……。僕は、とにかく体が痛くって。早くゆっくり寝られるといいんだけど。

「リーマス」

 あんまり呼ぶから、僕は半分閉じていた目を明けてシリウスを見た。

「……何?」

「お前も俺のこと呼べよ」

 意味がよくわからなかった。

「なあ」

 でもシリウスが上機嫌なのはいいことなので――きっとこの調子なら僕はいつもよりも早く眠れる――僕は彼の望み通りにした。僕は呟いた。

「シリウス」

 シリウスの目が煌いた。あ、いつもと違う。いつもの燃えるような、火花が散るようなものじゃない。もっと、そう……温かい……優しい……シリウスは言った。

「……お前に、優しくしたくなった。もっと、もっと、これ以上ないくらい、優しくしてやりたくなった」

 それはいい。じゃあ、僕はもっとゆっくり眠れるようになるんだ。ああ、それは嬉しいなあ……

 

 

 

 間違いだった。

 シリウスが僕の体を物のように扱っている時の方が、実際はずっとらくちんだったことを、僕は後になってから気づいた。本当に何事も上手くいかないものだ。

 僕たちがセックスするようになってから、初めの内は、とにかくシリウスの思うままだった。シリウスは制止する僕をベッドに引き倒し、何か言おうとした僕の前髪をわしづかみにしてベッドの背に叩きつけたし、酷く無理な体勢で、僕の腰を上下させ、左右させた。もちろん入れている時に。

 いつからなんだろう。シリウスが僕の痛みに歪んだ顔や、悲鳴のような声を気にするようになったのは。それこそを楽しんでいるはずの彼が、何故だか、それらを違った感情で聞いたり、見つめたりするようになったらしいのだ。理由は、僕にはよくわからない。

 シリウスの無理や無茶は、月に一度くる満月と同じだ。じっと耐えていれば、僕の上を通り過ぎていく。ただ、予想外だったのは、シリウスがセックスと同時に感情を考え始めているということだ。彼自身のものか、でなければ僕の。

 さっき物と言ったけど、僕はシリウスの右手、さもなければ左手の代わりにでもなった気分でいたのに。彼の欲求に合わせて、彼の望むように動く。行為が終われば、手を洗って(つまり僕がシャワーを浴びて)それで終わり。そんな風に。

 彼の右手の代わりである時の方が、ずっと早く終わった。一々言葉をかけられてその問答に困ったり、僕の様子を気にしてくる彼の目を作り笑顔で誤魔化すこともなかった。

それに、前戯の時間がとっても延びてしまった。僕はそのことに気づいてうんざりしていた。人狼病だって、必要な時に肉体さえ与えていれば平常の僕にまで踏み込んできたりはしなかったのに。

 

 

 シリウスの「これ以上ないくらいに優しい」のは続いていた。この時彼は僕の服を脱がせもしなかった。ただ少し襟元を緩めた格好で二人して横になっていた。

「して欲しいことを言えよ。やってやるから」

「……ないよ」

 僕は首を振った。やることがないなら早く帰りたかった。

 シリウスは、僕の手を愛撫するのが好きになったらしい。シリウスの手が僕の手を握る。形の良いシリウスの唇、大きな口が、僕の乾いた木の枝みたいな指を食む。ふわふわ、もぐもぐ。もしかしたら、お腹がすいているのかもしれない。何か食べ物を持ってきた方がいいのかも。

「……ローブのポケットに、チョコレートがあるよ」

 つい言ってしまった。うっとりとしていたシリウスの目が、パッと開き、僕を見据えた。不機嫌な声が飛び出すのかと思ったら、違った。シリウスは吹き出した。

「バカ。腹が減ってるんじゃない」

 そう言ったのに、立ち上がって(正確に言うなら僕の上を降りて)、床に落ちていた僕のローブを拾って中を探った。そしてチョコレートの包みを見つけて戻ってきた。

 紙包みごと折って、折れた部分の紙を大雑把にビリビリ破り取った。

「ほら」

 そして僕の口の前には、ミルクチョコレートの端が。

「……いいよ」

「食えよ。腹が減ってるんだろ」

「僕じゃない。君がそうなんだと思ったから……」

「出た。いつもそれだ。俺のことばかり言うな。お前のして欲しいことを言えよ」

「何もしてくれなくていいよ」

「俺がしたいんだ。今それが楽しいんだ。何か言え。俺がしたいんだからな!」

ああ、よくわからないけど、シリウスは変な遊びをしたくなったのだ。

僕は困った。シリウスが僕にしたいことは好きにさせていいように思っていた。でも僕のしたいことをシリウスが叶えてくれようとするのはなんだか抵抗がある。そもそも、して欲しいことなんか何もない。

「ほら、言えよ」

「ええ、と、ね……じゃあ、眠ってもいいかな……とっても眠くって……」

「いいぜ。寝ろよ。傍にいてやるから」

 別にいてくれなくてもいいシリウスの、うっとりするような笑みを浮かべた唇が僕の目の上に降って来た。まるで父親のように、シリウスが眠りにつく僕の瞼にキスをする。

「……うん……君は……早く子供を作るべきなのかもしれないね……案外いい父親になるのかも」

 シリウスは笑った。「ならお前が産んでみせろ」と言って笑っていた。シリウスはこういう頭のおかしいことを平気で言える。

 

 

 

 シリウスがやたらと夢の話ばかりしたので、僕も自分のみる夢について考えるようになってしまった。とはいえ、僕と僕の中に住む月の化け物の夢はもう飽き飽きしている。それについてはもういい。

 珍しい夢といえば、この前僕とシリウスの夢をみた。ジェームズやピーターもいた。そして、夢の僕らはまるで別世界の住人だった。皮肉なことに僕とシリウスの関係は似たようなもので、ただ違っていたのはシリウスが「紳士」とでも呼ぶに相応しいような人間だったことだ。もしかしたら「これ以上になく優しいシリウス」なのかもしれない。

 夢の中のシリウスは僕に触れようとしては戸惑い、躊躇い、どこか怯えているようですらあった。何故か夢をみている僕は無責任にもそれを応援したりなんかしていた。今ならきっと大丈夫だよ。ほら、ちょっと肩に触ってしまえばいいよ。怒られないよ。あっ、今! 向こうの森を見ている隙に!

 でもシリウスは、隣でぼんやりしている僕に指一本触れることができなかった。僕が小首をかしげて見つめると、顔を赤らめてそっぽを向いてしまったりした。なんだかこう、体がむずがゆくなってくるような、甘酸っぱい青春の一ページ(?)が切り抜かれていた。

 僕はほとんど呆れていた。僕らはシリウス、リーマスと呼び合っていたけど、もしかしたら全くの別人だったのかもしれない。現実のシリウスを知っている僕から見ると、こんなにもじれったくて腑抜けたシリウスは気色が悪いくらいだ。これじゃ彼の遊んだ女の子の何人かに刺されて簡単に死んでしまうんじゃないかな?

 ところで僕の方はというと、現実の僕よりもずっと性質が悪かった。想うあまりに触れられもしないくらい一途な(そして容易く手のひらで転がされてくれそうな)シリウスを手に入れておきながら、夢の中の僕は彼以外の人物に魂すら捧げてしまっていた。また森の向こうを見ている。

 僕は思うところがあり、罪悪感すら生まれたので、彼に抗議しに行こうかと思った。池に落とした斧に例えると、“金のシリウス”を持っている僕に。

「ねえ、シリウスは随分と君のことを大切にしてくれてるじゃないか」

 まるで嫉妬深い恋敵のような台詞を言おうとすると、僕が僕に忠告する前に、夢の中の紳士、金のシリウスがはっきりとこちらを見て、「僕も同じだ」と呟いたので、僕は納得した。

 なんだ。二人とも裏切り者なら仕方がない。夢の中で愛し合っているふりをしている彼らは対等で、お似合いだ。

 そうすると現実の僕らときたら、びっくりするほど誠実なのだった。僕はシリウスの所有物であることをちゃんと認識しているし、シリウスも僕に飽きるまでは僕を最大限活用したいと望んでいる。互いの役割を偽ることなく誠実に果たしている。

 

 

 

 

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