*プロローグ*

 

 

 ホグワーツのある教室で何かの授業を受けていたシリウス・ブラックは立ち上がり、リーマス・ルーピンの手をとって走り出しました。教室にいた生徒たちがヤイヤイ言いました。ジェームズ・ポッターが「お二人さんどこ行くの」と声をかけると、彼の無二の親友は「人生の墓場!」と言いました。

二人がたどり着いた先は教会でした。教会には結ばれない愛に悩む若者をどうしたってほっとけない(そして早く強く抱きしめたい)神父が常時スタンバイしており、まさしく飛び込みでしたが二人は無事に結婚の誓いを交わしました。

神父は誓いを手伝ってくれただけでなく、親切にこういう提案をしました。

「君たちが追われてるなら、どっちか死んだことにできちゃう薬があるよ」

 シリウスが「いりません」と言いました。

 リーマスは爆笑しました。神父はリーマスの失礼な態度を不快に思いましたが、シリウスは「やっぱりこいつの笑顔って最高!」と思いました。

それはたぶん、彼らがだいたい16歳くらいになるかならないかという時でした。

 

 

(1)完成! ドリームハウス 〜家が一軒建ちますよ〜

 

 

 シリウスは二人の家を買うことを提案しました。誰にも邪魔されずに二人きりでイチャイチャできる場所が欲しかったのです。今二人は絵に描いたようにだだっぴろい草原のど真ん中で、ぼんやりとしていました。

「金のことなら俺に心当たりがある。出世払いってことでなんとかして貰えるだろう。だから心配はいらないぜ」

 シリウスは早速叔父に向けたふくろう便を飛ばす準備にとりかかりました。しかし、リーマスはさっと顔を曇らせました。そして静かに言いました。

「駄目だよ、シリウス。そんなのはよくないね、シリウス。僕は感心しないよ、シリウス」

「どうして名前を三度も呼んだ? それと、何故駄目だって思う?」

「だって、お金のことはどれだけだって慎重にならなけりゃいけないよ。そうだろう? 『出世払い』なんて、そんな甘い考えは世間に出たら通用しないんだよ。僕たち、もう自分ひとりの体じゃないんだ。そこのところを考えてみてくれないかい、ハニー」

 シリウスは言葉をなくしました。

非常に頭の回転の速い生徒だったシリウスは、リーマスのもってまわった言い回しが何を意味しているのか途中でわかりました。

また、同級生の誰よりもかっとなりやすい性質のシリウスが、相手の喋っていることを途中で理解したにも関わらず、それを遮らないで言葉の最後まで待つことができたのは、もちろん相手がリーマスだったからに他なりません。

シリウスは、リーマスの言葉途中で、「俺は体(または臓器)を売ろうとしてるんじゃない」と結論を言ってしまうような愚行を犯さずに済んだことを、心から感謝しました。彼は神様を信じていなかったので、自分に心から感謝をしました。シリウスは言いました。

「愛してるよ、ダーリン」

リーマスは目をパチパチとさせました。目で拍手をしたわけではなく、驚いていました。

「ダー……、ダージリン? ああ、そうか。もうお茶の時間だったかな」

 シリウスはリーマスが照れているのだと思いました。

「俺がハニーだったら君はなんだ? 言ってみろよ」

「リーマス・ルーピンだよ。僕の名前を忘れたの?」

「うん。だから、さっき君が俺をハニーと呼んだんだよ。忘れたのか?」

「ううん、覚えてるよ。それはね、さっき僕が君のことを三回もシリウスって呼んで、君もそれをおかしいと思っただろう。だから別の呼び方にしてみたんだ。林檎のことをずっと林檎って書いてたら、書いた作家は読んでいる人から『こいつ馬鹿だ』って思われる。だから同じ林檎なのに『赤くて甘いもの』とか『禁断の果実』とか、色々言い方を変えなきゃいけない。馬鹿だって思われたくないなら。そういうことだよ」

「なるほど、そういうことか」

 シリウスは納得しました。

「俺は君のことを馬鹿だなんて思わないぞ。むしろ君のような人間を『本当に賢い人間』って言うんだと思う」

「ありがとう」

 リーマスも納得しました。嬉しそうに、にこっとしました。

「ところでリーマス、前に話したと思うが俺には叔父がいる。彼は俺の良き理解者ってやつだから、きっと金を貸してくれると思うんだ」

「わあ! それじゃあ、僕たちの家が建てられるね!」

「そう! 俺たちの家ができるんだ!」

 二人はひとしきり盛り上がりました。

 

数分すると、二人は磁石の両極のようにそっぽを向いて一定の距離をとった離れ離れの場所にいました。二人は理想の家について価値観の相違を感じていました。

 数分前、シリウスが言ったのはこうでした。

「やっぱり家っていうからには大理石でなきゃな。コンクリートなんて情緒がないものはもってのほかだ。それから子供のことを考えたら、天井は高ければ高いほどいい。吹き抜けにするのもいいな。そう、だったら十階まで中心が吹き抜けになってるってのはどうだ? ホグワーツみたいに螺旋階段を通して」

「……シリウス、君の叔父さんは、生命保険の死亡時受け取り人を君にしてるの?」

「何言ってるんだ。そんなわけないだろ」

「じゃあ、君は叔父さんの何かとてつもない弱みでも握ってるのかな。世間に公表されたら一発でアズカバン行きだっていうような」

「こらリーマス。君は俺の叔父さんをなんだと思ってるんだよ」

「君こそなんだと思ってるの。金の卵を産むニワトリ?」

 それから数分して、意見を求められたリーマスが言ったのはこうです。

「お菓子でできた家っていうのはどうかな。屋根はクッキーで壁はチョコレート。見てるだけで楽しくなりそうだし、中にいる時はもちろんこれ以上になく幸せな気分だろうね。何より食事の時に困らないよ。剥がして食べるだけで終わる。ねえ、もしかしたら、木やレンガで造るより材料が安くつくかもしれないよ」

「……リーマス、三日住めればいいって話じゃないんだ。ホグワーツの大広間と違って、空はいつでも晴天、満天の星ばかりじゃないぞ」

「そうだね。雨が降ったら家にシートを被せなきゃ」

「たとえシートを被せても、腹を空かせた森の動物たちが黙っちゃいない」

「とっても賑やかな家になりそうだ。ね、その時は君が動物になって、お客様の言葉を通訳してくれるんだろう?」

「オーケー! もちろんさ。君が望むならやってやる。ただし俺は、家中に群がる虫や繁殖するカビや細菌なんかと言葉を交わせる自信はないから、そっちは君に任せていいんだな?」

 二人は互いを罵り合い、もう二度と顔も見たくないと思いました。

 そして今、シリウスとリーマスは気まずい様子で、チラチラとお互いの方を見たり見なかったりしていました。

先に動いたのはリーマスでした。リーマスは気づかない振りをして座っているシリウスの斜め後ろに腰を下ろし、トントン、と相手の肩を叩きました。シリウスは声が上ずらないように注意して言いました。

「なんだ。金に苦労したこともない脛かじりで世間知らずのお坊ちゃまに何か用でもあるのか?」

「謝りにきたんだよ。ごめんね。君が甘いものをそんなに好きじゃないってこと知っていたのに、あんな提案をして」

「リーマス……」

「だからね、壁の一部にアンチョビを塗ったらいいんじゃないかって」

「もういい、リーマス。何も言わないでくれ。俺が全部悪かった。悪いのは俺だ」

「シリウス、君が僕のことを脳みそまで甘くなってとろけているって言ったことなんか、もう気にしてないよ」

「本当はそんなこと思ってない。君が好きだ、リーマス」

「僕だって」

 二人はしかと抱き合いました。そして、ごく普通の家が建ちました。

 

 

(2)80分間世界一周

 

 

 帰る場所ができました。ですから二人はやっと旅に出ることができます。

「世界一周なんてどうだ?」

 とシリウスが言いました。リーマスもそれには同意しました。

「いいね。僕も一度、世界中を旅してみたいって思ってたんだ。なんとなく何十年かしたらそれに近いことをいていそうな気がするけど、もっと……そう、気楽な感じで旅がしたいなって」

「馬鹿だなリーマス。たとえ何十年後でも、君を一人でどこかに行かせるわけがないだろ」

「君が一人でどこかに行く可能性もあるんじゃないかな」

 リーマスが暗い(黒い服を着てひそひそ声で喋ることを義務付けられた場所にいるような)口調を始めたので、シリウスはたしなめました。

「リーマス、新婚旅行の話をしてるんだ」

「そうだったね、シリウス」

 リーマスは小さいテーブル越しに顔をよせて、シリウスの額に自分の額をコツンと当てました。シリウスの喉がごくっと鳴りました。

「……リーマス」

「でね、シリウス。世界一周はいいけど、もうこれ以上君の叔父さんに援助してもらうわけにはいかないし、もっと経済的な、自分たちで賄えるくらいの小規模な世界一周ってないものかな」

 前を見ると、シリウスの顔が斜めを向いてこちらに迫ってきていたので、リーマスはシリウスの額に自分の額をガツンと当てました。シリウスが額を押さえてうつむきました。

「……ああ、君の言うことはわかる。要するに君は『豪華客船で行く101日間世界一周の旅』なんてのはお気に召さないんだろ」

「うん。だって高そうだし。別に豪華客船でなくたっていいよ。沈むから。それに何ヶ月もなんて、そんなに遊んでいられないはずだ。家のローンもあるんだから働かないとね。もっと、二日か三日で行けるようなのがいいなあ」

「二日か三日だって?! 二日か三日で主要な場所を回りきれて世界中の人間や要素が集まってる場所? そんなのあるわけないだろ!」

 あったので、二人は小さな鞄を一つずつ持って、その日のうちにその場所を訪れました。

「ああ、お帰り」

 ジェームズ・ポッターが言いました。彼がちょっと不機嫌そうなのは、彼の無二の親友がもう一人の親友と共に突然逃避行する計画を事前に知らせてくれなかったからでした。しかし、シリウスが報告を怠ったのはその暇すらなかったからであり、つまり逃避行は突然の思いつきでした。

「別に帰ってきたわけじゃないんだぜ」

 シリウスが誇らしげに言いました。

「なんていうか、その、旅行としてここに来たんだよ」

ためらいがちに言ったリーマスを、ジェームズは気の毒に思いました。ジェームズはリーマスの肩を抱き、眼鏡の下から真剣な目を向けました。

「リーマス、わが友。まさかと思うが、君は不当な扱いを受けていないだろうね。もし邪悪な呪文で空中に吊り上げられ、さかさまにされたあげく、あまつさえ下着に手をかけられるようなことでもあったら、すぐ僕のところに来るんだ。いいね」

 リーマスは爆笑しました。手元に本がなかったからです。シリウスは憮然として「俺はそんなことしない」と言いました。リーマスは笑うのをやめました。

「ええと、こいつは……なんだろうな。イギリスでいいと思うか?」

 シリウスがリーマスの顔色を伺いながら言いました。

「うん。イギリスだね」

 リーマスは頷きました。

 

 次に出会ったのはリリーでした。薔薇の咲き誇る庭園の中にリリーは立っていました。

「やあ、リリー」

「あなたたち、いつ戻ってきたの?」

 リリーは規定のローブを着ているだけでしたが、それはそれは美しいリリーでした。

「リリー、俺の口から言いたくはないが君は美しいな」

 シリウスの言葉に、リーマスは嬉しそうに同意しました。

「僕の口からも言わせて。薔薇たちと話をしているの、リリー」

「違うわよ。二人とも幸せすぎて頭に花が咲いちゃったの?」

 二人はリリーをじっと見てから、互いの顔を見合わせました。

「……薔薇園と乙女。ギリシャでどうだ?」

「うん。イギリスだね」

 

 二人は次々にホグワーツ(そう。もちろんここはホグワーツ魔法学校です)の主要な場所を回り、約一時間半ほどでだいたい回り終えました。まさしく学校は彼らの庭、彼らの世界でした。

「どうだ、満足か? 君の望み通りの世界一周だったろう。イギリスから……まあ、諸国を、一回りだ」

「そうだね。イギリスや、イギリスや……イギリスは、とても素敵だったね」

 二人は言葉少なになりました。

「ああ、そうだ! さっきジェームズとすれ違った時、こんなものを渡されていたのを忘れてた!」

「えっ? なになに?」

 シリウスは忘れていたのではありませんでした。

リーマス企画、立案のこれ以上ない貧乏旅行(?)を実行し、そして二ヶ国目に入った辺りでシリウスは計画の破綻に気づいていました。ですので、遅かれ早かれ、二人に沈黙の時が訪れることを知っていたのです。デート先のテーマパークが思った以上にチープで、やたらと早く回りきれてしまい、やることが全くなくなったカップルのように。(彼らはこの時点でカップルどころか新婚夫婦でしたが)。

そしてシリウスは、無二の親友が自分の状況を理解して渡してくれた封筒には、『困った時にはどうぞこれを!』という粋なお助けチケットが封入されていることを信じていたのです。

「ん?」

「……何、これ?」

 封筒の中には招待状が入っていました。

『お帰り☆ホグワーツへ! 〜果てしない逃避行を終えて戻り来し僕らの友〜 帰還歓迎パーティ』

 シリウスは大きく頷きました。

「さて、と。じゃあ我が家へ帰ろうか、マイ・スイート」

 リーマスは「えっ、どうして?」と言いました。

「どうして、って言ったか?」

「だって、歓迎パーティって書いてあるよ」

「そう。わかりやすーく書いてあるよな。『誰も怒ってませんよ。どうぞいらして下さい!』って。俺たちはここから無断で脱走したのに。行ったら、よからぬことが起こる。そんな気がする」

「悪いことなんか起こらないよ。ジェームズがくれたんだろう?」

「そう。ジェームズがくれた。だから、帰る。わかるか?」

「わからない」

 シリウスはハーッと長いため息をつきました。お手上げ、という風に手を上にあげて手のひらをヒラヒラして見せました。

「旅行は終わりだ。君が望んだ通りにした。だから、今度は俺の言うことをきけ。――帰るんだ! そして、俺たちは俺たちの家の中で、夫婦らしく過ごす」

 シリウスは、今俺なんとなく夫(どちらも夫なのかもしれませんが)の威厳ってやつを見せ付けてる! と思いましたが、よく見るとリーマスの頭は後ろを向いていました。しかも小さい。リーマスはてくてくと歩き出していました。方向はもちろん大広間です。

「お、おい! 待てよリーマス!」

「君の勘ってあんまり当てにならない気がする。それにね、ジェームズたちが僕らのために用意したパーティなんだ。出席しなかったらどうなると思う?」

「……ジェームズが、悲しむな」

「だろう? さあ、早く行こう。もう始まってるんじゃないかな」

 リーマスはこの旅(?)始まって以来のキビキビとした態度でした。シリウスは早足歩きであっという間にリーマスに追いつくと、低い声で呟きました。

「……リーマス、この際はっきりしておきたいんだが」

「何?」

「君は誰と結婚したんだ。俺か? ジェームズか? それとも、ダンブルドアか?!」

 せかせかと歩いていたリーマスはぴたりと止まりました。

「シリウス、さっき僕は『ジェームズたちが』って言ったよ。リリーやピーターや、それに他のみんな。……もしかしたら、先生方だって参加してくれているかもしれない」

「なるほど。ダンブルドアか!」

「違うよ……シリウス、怒らないで。いつもそんな風に怒るから、僕は君を誤解しそうになる」

「誤解? 自分が不当に扱われてるかもしれないって? 馬鹿言うな。不当に扱われてるのは俺だ! いつだって君はやれジェームズがやれダンブルドア先生が! 俺は二の次だ。俺のことはどうでもいいのか? そう。俺は怒って当然なんだ! 君が、俺を一番に扱わないから!」

 リーマスは目をパッチリ開いて、肩や首筋あたりから怒りのオーラを全開にし、垂れ流しているようなシリウスのギラギラした目を見ていましたが、驚いていた顔はふっと笑顔になりました。リーマスの手がシリウスの首の後ろに回り、彼のうなじを撫でました。

「可愛いシリウス、どうか落ち着いて。僕は君のことが好きなんだよ。他の誰でもない、君だけを」

 それはシリウスが、馬鹿でかく口を開いて世界中に轟くような大声で何か(たぶんよからぬこと)を叫ぼうとしていた、ほんの一歩手前の瞬間でした。

 シリウスは電池が切れたようにピタリと止まり、それからまた電源を入れ直され初期化された機械のように(さもなければ横っ面を叩かれたテレビ画面のように)して、数度瞬きした後には、もう元通りでした。

「……ああ、まあ。それはいいんだ。リーマス、俺はただ、その」

「うん。大広間へ行こうよ」

「そう、そう言おうと、思っていた。それからつまり、俺も君が」

「わかってるよ。だから……急がなくっちゃ」

 というわけで、一通りの儀式的な喧嘩(いわば形式美)を済ませ、二人は手に手を取って大広間へ駆けて行きました。そこが彼らの旅の最終目的地。さあ、お待ちかねのパーティーです。

 

 

(3)パーティー☆パーティー

 

 

 かたく手をつなぎあっていた二人は、大広間の前に来るや否や引き離されました。片側からリリー、片側からピーターに手を引っ張られ、バリッと千切れる感じで二人の手が離れ、それぞれ別の方向に連れて行かれました。

「おい! 何なんだ! 離せよ! リーマス! お前どこに行くんだ!」

 大騒ぎをしていたのはシリウスだけでした。リーマスは「あ、あのね、ジェームズが待ってるから」と言うピーターに頷き、素直についていきました。リリーが言いました。

「時間がないのよ! ほら早く!」

 早着替えを済ませたシリウスがドンと突き飛ばされて中に入り、花婿(その一)の入場が始まりました。

パイプオルガンの不気味な響きをバックに、中世ヨーロッパの王子の格好をしたシリウス・ブラックは、縁が広く、羽飾りやリボンがついて重い帽子をゆさゆさと揺らして、有志一同より(もちろん彼と因縁のある沢山の女生徒たちです)思春期のマンドレイクをぶつけられながら入場しました。

(マンドレイクは声を出さないように魔法がかけられていました。結婚式の観客が全員イヤーマフ着用というのも絵面として面白いという案も出ましたが、却下されました)。

 シリウスは、何故ジェームズが遠くから「マントと帽子は絶対に取るなよ!」と叫んだかがわかりました。取るとすればこのバージンロードを歩き終えた時でなければなりません。でなければ、膿やニキビの汁や泥といったものが顔と言わず体と言わずに付着した状態でリーマスと対面しなければならないのです。それだけは! と強く思うシリウスは、追われる貴族さながらに帽子を目深にかぶりマントで体を覆い、しかし颯爽とした足取りで赤絨毯の上を渡りました。

「イテッ! 痛い! おい、本気でぶつけてるのは誰だ!」

 シリウスが叫んだのは投げつけられるマンドレイクの中に何故か庭小人が混ざってたからです。庭小人はマンドレイクよりも硬くて痛いですからね。

忌々しそうな呟きを漏らしながらも花婿(その一)の損傷が少なかったのは、ひとえに彼の歩幅の功績でした。観客の男子生徒が「あいつ腹立つくらい足長い」と言いました。そういうことでした。

 しかも、シリウスは広いマントをバサッとひるがえし、帽子を取って、それが剣であるかのようにして上下に振ることで、うごうごと纏わりついていたマンドレイクたちを一掃しました。再度帽子を被りなおし、肩にかかった飾りのリボンをサッと手で後ろに払う仕草も、嫌味なほど堂に入っていました。

 ぶつけていた女生徒からもそうでない女生徒からも悲鳴が上がりました。まんざらでもない様子のシリウスは彼女たちに手を振りました。

「一体どういうつもりだろうな。自分たちでぶつけてきておいて」

 やたらと神父の格好が似合っているジェームズが言いました。

「悔しいけどカッコいい! ってとこさ。乙女心は複雑。たぶん明日あたり、君と寝た子がそれを鼻高々に自慢してるんじゃないか」

 シリウスは口元に尊大な笑みを浮かべて呟きました。

「誰と寝たのかなんて覚えてないな」

 ジェームズが分厚い本を縦に持ち、台の上にドーンと音を立てて振り下ろしました。会場が一瞬シーンとなるのを見計らって神父ジェームズは厳かに言いました。

「花婿シリウス・ブラックは言った。『誰と寝たかなんて覚えてないぜ』と! 自慢せず、高慢でなく、礼儀に反することをせず、自己の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わぬ花婿シリウス・ブラックに呪いあれ!」

 会場の一同が唱和しました。

「呪いあれ!」

 シリウスは今更ながら問いました。

「……これは何の集会だ?」

 ジェームズは答えました。

「結婚式だよ」

 

 時を待たずに、祭壇にもマンドレイクが投げ入れられ始め、会場は一時騒然としました。それらが少し収まると、黒いフードを被った掃除人たちが数人入ってきて、会場に消臭魔法や清掃魔法をかけ始めました。

バージンロードに点々としていたマンドレイクをせっせと拾いつつやってきた掃除人の一人が、山盛りの籠を引きずりながらシリウスに近づいてきて杖を振ると、匂いや汚れが彼のマントや帽子から消えました。シリウスは去ろうとする掃除人を呼び止めました。

「おい、手と顔にも汁が飛び散ってるだろ。ちょっと取っ」

 言いかけて気づきました。深いフードを被っているので良く顔は見えないものの、絶対に、リーマスでした。シリウスは神父を振り返りました。ジェームズは好みの顔のマンドレイクを順番に台に並べていました。

「……おい! おい! ジェームズ!」

 シリウスは逃げようとするリーマスの手をしっかりと掴んで逃がしませんでした。

「なんだよ。ちょっとこれ、どっちがイイと思う? 僕は右の方が」

 シリウスは台をひっくり返しました。マンドレイクがバサバサと落ちました。

「うわああ! 折角ここまで並べたのに何するんだよ!」

「……マンドレイクとは後で遊べ。おい、これはどういうことだ」

「何が」

「リーマスが! おい、君はリーマスだな? リーマスがどうしてこんな……掃除夫、掃除夫なのか? の格好をしてるんだ!」

 ジェームズは床に散らばったマンドレイクをまだ名残惜しそうに見ながら、深いため息をつきました。

「まさかわかるなんて思わなかった。ていうか、空気読んで欲しいよな。気づかずに逃がしちゃった時のために、ちゃんと代役を用意していたのに」

「ピーターだろ」

「あれ、わかった?」

「お前の考えそうなことはだいたいな」

 ぶちぶち言っているジェームズはもう放っておいて、シリウスは逃げるのを諦めたらしいリーマスに向き直りました。リーマスはフードの奥から少し照れた様子でシリウスを見つめていました。

 シリウスは、別に純白のウェディングドレスまでを望んでいたわけではありません。美しく、長いベールで顔を覆い隠したリーマスが、付添い人(もしかしたらダンブルドア?)に片手を引かれ、片手には白い薔薇でできたブーケを持ち、しずしずとバージンロードを歩いてくるような妄想をしていたのではありません。断じて。それどころか、どんなものでも女物は着てくれないだろうと予測はしていました。

しかし、幾らなんでもこのボロボロ、ドロドロで古びて裾の破れた黒マントはないだろう、しかも両手いっぱいに思春期のマンドレイク。シリウスは、多少意気消沈していました。

「どうして、そんなのを、着てる? もっと君に似合う服があっただろう」

 シリウスがリーマスのフードを上向けようとすると、リーマスはさっとそれを避け、籠を引きずって遠ざかりました。

「あ、ちょっと待ってシリウス。彼らを元の所に埋めてから、もう一度ここへ来るから」

「いいから! そこへ置いとけよ」

「見て。もうぐったりしちゃってるんだ。早くしないと死んじゃうかもしれない」

 シリウスは手を挙げて叫びました。

「おーい! 誰か! 魔法植物に詳しいやつ来てくれ!」

 ハイハイハイハイハイ! と沢山の手が挙がりましたが、その中でじゃんけんが行われ勝者である一人の女生徒がシリウスの前に現れました。シリウスは女生徒にマンドレイク山盛りの籠を頼みました。

「悪いが、これを元の場所に埋めておいてくれないか」

女生徒はぶんぶんと首を縦に振って頷き、群衆の中に戻っていきました。そして仲間たちとそれを山分けしていました。シリウス・ブラックの触ったマンドレイク!

「これでいいだろ?」

「なんだか彼女たち、取り合いをしてるように見えるんだけど」

「大丈夫だ。詳しい人間だから土に埋めずに蘇生させ続ける方法を知ってるんだ」

「だったら安心だね。ところでシリウス、君ったら、王子様の格好がなんて良く似合うんだろう!」

「まあな。お前は……もっと別になかったのか? 一体それは何の格好なんだ」

「見てわからない? 吸魂鬼(ディメンダー)だよ」

 ふふっと笑って、花婿(そのニ)の入場が終わりました。

 

 うやむやのうちに入場したので、一体誰がシリウス・ブラックのお相手なのかわからないまま式が進んでいるかと思えばそうではありません。事前に配られた花婿(その一)&花婿(そのニ)の紹介文にはフルネームがちゃんと書いてありました。

 紹介文の内容は推して知るべしと言ったところでしょうか。

 シリウスが紹介文をビリビリに破いて細切れにした紙ふぶきを投げやりに横に投げ払った後、やっとジェームズが誓いの文言を読み上げ始めました。

「汝、シリウス・ブラック、貴方はリーマス・ルーピンを伴侶とし、健やかなる時も病める時も破産した時も逮捕拘禁の後投獄された時も、彼を愛し、彼を慈しみ、永遠の忠誠を約束することを誓いますか」

 途中おかしい文言があっても絶対つっこまないことをシリウスは決めていました。シリウスは、すーっと音がするくらいに大きく息を吸い込みました。そして、大広間の天井よ、落ちろ! と言うような大声で叫びました。

「はい!! 誓います!!」

 耳がキーンとしました(こんな時のためのイヤーマフでした)。遠くにいる人にいい感じで聞こえ、近くにいる人には聞こえすぎ、心臓の悪い人は危ない状態になりました。ジェームズ・ポッターは深く頷いて言いました。

「シリウス・ブラック、10点減点」

 しかし大広間の片隅から「ジェームズ・ポッター、10点減点」と静かな声が響いたので、神父の顔が少し青くなりました。「まさか、奴がここに?」とジェームズは呟きました。シリウスは勝った! と思いました。

 ゴホッとわざとらしく咳払いをして、神父ジェームズ・ポッターは続きを読み始めました。

「では、リーマス・ルーピン、貴方はシリウス・ブラックを伴侶とし……、以下省略、永遠の忠誠を約束することを誓いますか。まだ十分やり直しがきくので考え直すなら今のうちです」

「おい! 省略して余計なことを付け足すな!」

 流石にここはつっこまずにはいられませんでした。シリウスが不安げにリーマスの方を振り返ると、リーマスはチラチラと後ろを振り返っていました。誰か大広間の窓を外から叩いて大声で名前を呼んでいるのではないかという風に。

「……リーマス、『誓いますか』って、今言ったぞ」

 シリウスはこそこそと小声で呼びかけました。リーマスも小声で呟きました。

「あ、うん。……それにしても、長い夢だなあ」

「……何?」

「だから、これってすごく長い夢だと思って」

「夢みたいな気持ちなのはわかる。でも、夢なんかじゃない」

「そろそろ目が覚めてもよさそうな気がするんだけど。だって、僕と君が授業中に飛び出して、逃げて、その日のうちに家を建てて、旅行先が学校で、学校で結婚式をやってて、君が王子様の格好をしてるんだよ? 夢じゃなかったら何?」

「現・実・だ!」

 雲行きが怪しくなってきました。リーマスは少し黙りました。ああ、じゃあ僕は本当にシリウスと結婚するところなんだなあ、と考えている様子でした。シリウスは心からハラハラしました。ジェームズが二人の様子に気づいて言いました。

「花婿(そのニ)、どうしますか? やっぱりやめますか?」

「お前は黙ってろ! おいリーマス、いいから『誓います』って言えよ。早く!」

「えっ、急ぐの?」

「そう! 急ぐんだよ!」

 シリウスはとても嫌な予感がしていました。リーマスの気が変わらないうちにどうにか終わらせてしまおうとしたのです。しかし、リーマスはふるふると首を振りました。

「でも君は、僕にプロポーズもしてないじゃない」

「おい! そこまで遡るのかよ」

よろけながらもシリウスはリーマスの首のあたりを良く見ました。何か時計のような形をした、時間を巻き戻すようなペンダントのようなものがついてないか……? しかし見あたらなかったので素早く周りを見渡して叫びました。

「誰だ! こいつに変なもの食べさせたのは!」

「食べてないよ。してないからしてないって言ってるだけだよ」

「した! しただろ! 教会に行く前に! それに行った後は? 『yes』って答えてたよな!」

「あっ、ごめん。走るのに精一杯で聞いてなくって。ぼんやりしてたら色々と終わってて」

「……そりゃないだろ。じゃあ君はどうして俺についてきたんだよ! 家を建てたり、旅行に行ったり! ……言えよ。どうせ夢だと思ってるなら、この際本音を言えばいいだろ」

 シリウスはがっくりと項垂れ、膝をつきました。煌く王冠をいただくはずだったシリウス王子は、あともう一歩のところで暗い陰謀によって失脚したのです、というナレーションがぴったりの光景でした。そして死神か、さもなければ闇の魔法使いであるところのリーマスが、横へ同じように跪き、彼の顔を覗き込みながら言いました。

「どうしてって、君と一緒にいたかったから。君が好きだからだよ」

「……でも、結婚するのは嫌なんだよな?」

「ううん。嫌じゃない。でも、僕と結婚しても君はきっと幸せにはなれないよ。それに結婚っていうのがどうしてもピンとこないんだ。何をしたらいいのかわからないし」

「何回言わせるつもりなんだ。俺は、君以外とじゃ幸せにはなれないんだよ! 難しく考えずに、ただ俺の傍にいてくれればいい。そう言っただろ」

「そう言った?」

「そう言ったんだ」

 会場中がイライラしながら待っていました。空気を読み取った神父が丁寧に言いました。

「後ろの人が見えにくいようなので、二人は立って続けて下さい」

 シリウスとリーマスは立ち上がりました。シリウスは強い声で言いました。

「俺と結婚してくれ、リーマス。俺は確実に幸せになるし、君のことは俺が幸せにしてやるよ。それでいいだろ」

「いいよ、シリウス。僕も努力する。君が幸せだと思うように」

「リーマス!」

「シリウス!」

 二人はぎゅっと固く互いの手を握り合いました。この期を逃すまいとして、すかさず神父ジェームズが口を挟みました。早口で、あまり厳かとは言えない問いかけでした。

「もういいですね? リーマス・ルーピン、誓いますね?」

「誓います」

 リーマスの声は静かでしたが、はっきりとして迷いがありませんでした。

シリウスは目をキラキラとさせました。そして、この世で最も美しい微笑を見せたシリウスに、沢山のシャッターが切られ、フラッシュがたかれましたが、彼自身は例によって全く気に留めていませんでした。リーマスは眩しそうに目をしばしばさせました。

「二人は、死が二人を別つまで互いの伴侶として結ばれました。ここにいる全ての人々を証人として。――さあ、花婿(その一)は、結婚の後の初めての仕事として、花婿(そのニ)のフードを上げて下さい」

 うっとりとしていたシリウスは、頭のどこかで「なんじゃそりゃ」と思いながらも、リーマスの深く被られたフードを持ち、ふわりと上向けました。そして手を離すと、フードだけでなく黒いボロボロのマントの全てがリーマスから離れ、バサリと床に落ちました。

シリウスは光を受けたようにして目を細めました。一瞬輝きが広がったように思えたのです。黒いマントの下に、リーマスは白い美しいローブを着ていました。シリウスは自分の手の中で突然魔法が起こったのを見て、一瞬呆然としました。リーマスは済まなさそうに言いました。

「白い服は、どれも女物しかなくって、それでこれは性別のない者が着ている服なんだよ。今の僕にはこれで精一杯だったんだ」

 シリウスは言葉もなく、頷きました。強く抱きしめたい気持ちをぐっと堪えて、ジェームズの言葉を待っていました。俄然大広間は盛り上がり、その時を待つ観客が口笛を鳴らし、ざわざわとしました。神父は期待を裏切りませんでした。

「では、誓いのキスを」

 その一言を残し、神父ジェームズは口を閉じました。もちろん観客も、固唾をのみ、皆岩のように固まって、大広間は水をうったように静まり返りました。

 シリウスはリーマスの手をとり、引き寄せ、片手を彼の腰に回し、もう片方でその顎を上向けました。リーマスはシリウスを見つめ、引き寄せられた後は片方の手をシリウスの首に、残った方を相手の腕に添えました。

 そして彼らはゆっくりと目を瞑り、吸い寄せられるように互いの唇を近づけ、触れ合わせました。

 地鳴りのようなどよめきが大広間の奥底深い場所から湧き上がり、会場中を包み込み、しまいには押し寄せる激しい雪崩のように辺り一面に響き渡りました。

 堪えきれない女生徒たちの口から、ギャアアアアアという、狂ったような、嬌声にも似た悲鳴や叫びが漏れました。何人かは本当に死んでしまったのではないかというくらいの騒ぎでした。

ちょっと異常な状況でした。というのも、ここにいる誰もが、まさか彼らが本当にキスするとは思っていなかったからです。確かに招待状には『彼らがためらう時は、皆が導きましょう。神父が二度目に「キスを」と合図をしたところで、声を揃え同じ言葉を繰り返しましょう』と小さく書いてありました。しかし結果としてそれは必要のない記述でした。

彼らは観衆が思っていたもの(二人が相当ごねた挙句、見えるような見えないような、通り過ぎる矢よりも素早く交わされるもの)よりも、もっと情感たっぷりに、確かな愛を込めた、特別で神聖で奇跡的なキスシーンを見せました。ここまで来てやっと皆は気づきました。これマジ結婚式だ!? と。

 

 

*エピローグ*

 

 

 シリウスが目覚めると、壊れた家の前でリーマスがしょんぼりと体育座りをしていました。

 あの後、歓声に混じって怒号が起こりました。というのも、シリウスの幅広の帽子の所為で、彼の後ろ側にいた観客たちにはキスシーンがよく見えなかったからです。

 シリウスはうんうんと納得した後、容易いことだという風に言いました。

「わかった。じゃあ、右、左、前のそれぞれで一回ずつキスすればいいんだろ? じゃあまず右からだな、来いよリーマス」

 呼びかけられたリーマスは笑顔で答えました。

「お断りだよシリウス、心から」

「ん? 何だって?」

「僕たち見世物じゃないもの。ちゃんと誓いのキスはしたし、もういいよ」

「別に何回見せたって減るもんじゃないだろ。固いこと言うなよ」

 もう亭主気取りのシリウスは、嫌がるリーマスの手を強引に引いて、右側に連れて行きました。そして明らかに怒りの形相をしたリーマスの顔に自分の顔を近づけたところで、リーマスのワンインパンチ(ほとんど距離のない場所から繰り出される某氏伝説の一撃必殺パンチですね)を鳩尾にくらいました。

気を失ったシリウスを、リーマスはマンドレイクを入れていた籠に小さくたたんで押し込みました。そしてそれを引きずりながら退場していきました。会場からよくわからない拍手が起こり、二人を見送りました。

 幸運なことにそれらをあまり記憶にとどめていないシリウスは、籠から這い出して、遠くを見つめているリーマスに近寄りました。シリウスが腹をさすりながら呻くような声で言いました。

「……リーマス、俺はどうしてた? なんだか腹が痛いんだが……」

「さあ。わからないよ」

 リーマスは暗い声で答えました。あまりに暗いリーマスの様子を目の当たりにしてシリウスは腹の痛みを忘れました。

「おい、どうしたんだよリーマス……というか、あれっ? 家は? 俺たちの家はどうしたんだ?」

「……やっぱりお菓子にしておけばよかったんだよ。ギリギリの材料や予算で作ったからいけなかったのかな? それとも欠陥住宅? どこかの狼がフーッってやったら壊れちゃった? だったら、次はレンガで作らなきゃね」

 なんとか自分を立て直そうとするリーマスの横で、シリウスが時間差でくず折れていました。

帰ってきた時には二人のスイート・ホームは瓦礫の山と化していたようなのです。理由はわかりません。予算を切り詰めるだけ切り詰めたのがまずかったのかもしれませんし、もしかしたら本当に森の狼が息を吹きかけたのかもしれません。

 そんなシリウスの背を誰かの手がポンポンと叩きました。

「まあまあ。家なら他にだってあるじゃないか」

 誰を隠そうジェームズでした。なんとなく予想していたシリウスはなげやりに言いました。

「とりあえず聞いておく。なんでここにいる?」

 それに答えたのはリーマスでした。

「眠っている君を引っ張ってくるのを手伝ってもらったんだよ。一人じゃ重かったから」

「魔法を使え、魔法を」

「だって僕たちは、ええっと、16歳くらいになるかならないかの……」

「ああ、そうだったか。なら、一応礼は言っておく。でもジェームズ、他の家なんてどこにあるって言うんだ? 俺とリーマスの家は、ここだけだ! 確かに見ての通り、その俺たちの家は生まれる前の姿に戻って今や焚き火の材料くらいにしかならないのが現状だが」

 言って、やはりうなだれているシリウスに、諭すようにしてジェームズは問いかけました。

「家に必要なものは何だと思う? 住むとしたら機能性や安全性。外観を言うなら象徴性に永遠性だ。君たちの家には、残念ながら全てが揃っているとは言い難かった。僕は見てないけど、まあこの有様を見ればどうであったかは容易く想像できるわけさ。……そこで提案なんだけど、僕はそれら全てが揃った大きな家を知ってるよ。その上、そこは僕たちのような16歳くらいになるかならないかの魔法使いでなければ入ることのできない家なんだ」

 もちろん話の途中で結論に気づいたシリウスとリーマスでした。しかし二人は、ジェームズの言葉をさえぎることなく顔を見合わせました。そして互いに微笑みました。

「二人きりの時ばかりとはいかないのが難点だけど、家族は多い方が楽しいだろう?」

 

 そんなわけで、シリウスとリーマスの二人はホグワーツに戻ってきました。そして彼らは出てきた時と同じように、案外すんなりと元の生活に戻ることができました。ただ一つだけ前と違うことがあるとすれば、それはシリウスが立ち上がる度に、またリーマスと共にどこかへ行くのではないかと皆が期待を込めた目で見つめることでした。

 しかし、もちろんシリウスとリーマスはもう二度と、どこへも行くことはありませんでした。だってあと1年くらいあるかないかの時間を待てば、二人は二人きりの時間ばかりを持った家で暮らすことだってできますからね。

 つまり彼らは忍耐、という言葉を覚えたのです。それは何より大切なことです。そう、たとえばこの先ずっと一緒に生きていく夫婦にとっては、もっとも大切なことなのでした。

 

 

 

 

めでたしめでたし!

 

 

 

1