再開は既に

都内某所…

そこで一人の少女と、侵略宇宙人集団『イレイザー』の天使達が対峙していた…


「くっ…アイツら、私を捕獲するつもりね…」
狐色の長髪をした少しだけ冷たそうな少女が一人、名を『新堂 天音』という。
彼女は今、三人の天使に囲まれてしまい絶体絶命だった。

「怪我をしたくなければ投降してください」
彼女を囲む天使達の後ろで投降を求める天使がいた。
その天使はブルーとホワイトを基調とした戦闘的なスーツで、
蒼いショートヘアーには総参謀長を示す帽子を被っている。
彼女の名は『メタトロン』という。
少女に投降を要求する彼女の表情は真剣そのもの、しかし攻撃の意思は無い。

「ちっ…」
天音は舌打ちをする
(よくある初心者狩りって奴? こっちには仲間は一人しかいないってのに…)
そう、天音は駆け出しのMB(マインドブレイカー)だった。
以前はMBとしての力は前からあったものの、その力に無自覚だったが、
五日前に起こった『ある事件』がきっかけでMBとして『戦い』に介入したのだ。
しかし、できた仲間はたった一人、オルタレーションは一枚も無いという有様だった。
(でも、まだ仲間はいるんだ…) そう、彼女には一人だけだが仲間がいる、彼女はそれに賭けた。



「投降なんて…しない!……」 天音は抵抗の意思を示す、しかしなんとか平常心を保つ、
「三日前からしつこく追い回すような奴なんかに…」 天音はポケットから一枚の白いカードを取り出した!
「誰が!投降するもんかぁー!!」 そして、白いカードを力一杯に飛ばした!!
そのカードはメタトロンの方向、しかし、カードはメタトロンの顔面を逸らして飛んでいく。
そして、メタトロンの後ろに飛んで行った白いカードから彼女の仲間『和泉はるか』がブレイクされ、
メタトロンの背後に強烈な一撃が飛ぶ   はずだった……

メタトロンは左手から黒いカードを『召喚』し、 「ブレイク…エンジェル・リング!!」 そのカードを『発動』させた。

エンジェル・リングとは敵のE.G.Oのエナジーを全て消す効果を持つオルタレーションである。
そのオルタレーションによって天音の全エナジーが消えてなくなってしまった。
そして、天音の全エナジーがなくなった今、白いカードははるかをブレイクする役目を果たせずに地面にふわりと落ちていった。

「そ…んな…」 エナジーを失った天音は突如倒れてしまった。
「!?」 メタトロンは突如のハプニングに衝撃する。
しかし、メタトロンは冷静に味方の天使に指示する、
「ここにいる天使達に告ぎます!『新堂天音』を捕獲し、至急本拠地に撤収してください! 緊急用ワープを使います!」
「「「了解」」」 メタトロンの命令を受けた三人の天使達は天音を抱えて、ワープ準備を整える、
それを確認したメタトロンはワープを発動させる 「ワープ目標、コードE−J−Z8 カウント、3、2、1、ゼロ!」
「ワープ!!」 その声でメタトロンと三人の天使、そして天音はどこかへ消えていった。

どこかにあるイレイザー地球攻撃部隊アジト、その参謀室でメタトロンは総司令官と通信で会話していた。
「そうか、では彼女にはE.G.Oのエナジーにだいぶ侵食されていたという訳か」 メタトロンの報告を聞いた総司令『ラユュー』は推測する
「はい、おそらくは…でも、すぐにあの子を天使にします  これで貴方との交渉は成立して、私は本当に貴方達の味方になりますよ」
通信機越しに総司令と会話するメタトロン、しかしその喋り方は地上のときとは違い、どこか子供らしさを残している。
「わかった、例の機材は既にそちらに発送済みだから好きにするといい 私はこれから知り合いとお茶をするつもりだ、
 なるべく早めに終わらせてこちらに戻る、 まだ契約は完了していないのにすまんな」
ラユューは頭を掻きながらメタトロンに謝罪する
「いえ、この任務は私から受けたんですから誤る必要なんて無いです 
 そんなことよりもその知り合いの方とゆっくりしていってください。 お友達は大事にしなくちゃいけませんよ」
謝罪を気にせずにメタトロンは微笑んだ。
「了解した、では通信を切るぞ」 プツン! かくして参謀と指令の通信会話は終了した。

「さて、待っててね天音…」 参謀室を背伸びしながら出たメタトロンはある部屋に向かった。


天音は天涯孤独だった。 母親が彼女を産んですぐに他界、天音が小学生になった時父は失踪し、彼女は天涯孤独となった。
だが、一人だった彼女を救ったのは一人の同い年の明るくて優しい女の子だった。 
その少女の名は『恵乃 久美(えの くみ)』、下半身不随で車椅子生活を余儀なくされている少女。
母の他界後、父親に虐待されていた天音にとって久美の優しさは新鮮なものだった。
久美が与えてくれる優しさを貰い、天音は久美に自分の中の優しさを与えていった。
事件が起こったのはそれから天音が17となった頃、突如久美が失踪したのである。 彼女が失踪した場所には大きな光が点ったという。
その日彼女はMBに覚醒した。
MBとして覚醒した彼女は久美をさらったのはイレイザーと知る。 そして、あの時の光はイレイザーのUFO(に近いモノ)だったのだ。
久美を見つけるために、彼女は戦う決意を決めた。
そして最初の仲間ができた翌日、天音はメタトロンに追われることになるのだった。

だが、目的が果たされること無く天音はイレイザーの手に落ちたのだった。


そして現在、イレイザー地球攻撃部隊アジトの人体実験室、
その薄暗い部屋には人間一人が入る位のカプセルがいくつもある、黄色い特殊な液に満たされたそのカプセルの一つに天音は生まれたままの状態でいた。
天音の両腕にはそれぞれチューブが付けられていて、そのチューブはカプセルの底に続いていた。
実験室のドアが開く、続けて実験室に光がつく、「ん…あ…」 その光につられて天音の目が覚めた。
黄色い液に満ちたカプセルの中覚醒した天音の目に映ったのは 「天音…」 
白いワンピースとダークブルーのスカートを着ている黒いショートヘアーの少女だった。
(久美ちゃん!?) 錯覚!?と天音は衝撃を受けた。
そんなことなどお構い無しに久美は天音が入っているカプセルを頬ずりする。
「天音…ようやく久しぶりに『会えた』ね…」 カプセルを頬で撫でる久美は小さな呟きを漏らした。
しかし、天音にはその意味が解からない、(会えた!? どういう意味なの? そもそもなんでこんなことになってるの?)

『再開』の悦びで頬を真っ赤に染める久美はカプセルを見上げた。 久美の瞳には戸惑いの表情を浮かべる天音がいた。

「あ、もう喋っていいよ その液体は体に悪い影響なしでお話できるからね」 久美はつい慌てて説明した。
「あ、ホントだ… で、でも久美ちゃん…なんであなたがここに? それに『会えた』って…」
カプセル内で喋れることを確認した天音は久美に質問を飛ばす。
「ゴメンね天音… それは今から話すけど、一つだけ言わせて、私があなたに『会えた』のは三日前からだったんだよ…」
(三日前って… 私がメタトロンに追われ始めた日…なんで…)
久美の意味深な言葉に天音は更に困惑する…。
「やっぱり解からないよね… でも、今から教えてあげる…」 久美は過去を述べるために目を閉じた。

私には予知能力があった。 少しだけ『今のその先』がわかる力、イレイザーはそれに目を付けて私を『連れさらった』の。
イレイザーのラフューさんは私を天使に改造するって言っていた。 でも、そんな事、わかってたんだ…
でも、私を改造した後は地球を攻撃すると聞いて私は天音の事を思い出した。
あなたを傷つけたくない だから私はラフューさんと取引をしたの。
私を天使にする替わりに、私の大事な人も天使にして欲しいってね。
ラフューさん、驚いてた。 でも、その要求を呑んでくれたの。
そして『改造』が始まった。 天音を傷つけたくないっていう思いは本当だった。
でも、改造されていくうちに体が心地よい気分になったの。 そして思った、天音にもこの感覚をあげたいって。
そして私は天使に生まれ変わった。 背中に翼が生えた上に、病で動けなくなった足も自由に動けるようになったの。
すごく嬉しかった。 人間じゃ決して味わえなかった喜びだった。
私は天音を私の同胞、天使にするためにあなたを探した。
でも、改造時の副作用で地上、いや、イレイザーの施設以外では『恵乃久美』の人格が出せなくなっていた。
それで、その副作用で生まれたもう一つの人格に頼らざるを得なかった。

「まさか…その人格って…」 「そう、その人格が天音を追っていた『メタトロン』なの」 「!?」
天音は戦慄した。 (そんな…私をしつこく追いまわしたメタトロンが久美だったなんて…)


回想と告白を終えた久美は突如呼吸を整える、
久美の背中から鳥のように繊細な白い翼が生えた。
そして黒い髪はヨーグルトとブルーベリーのソースが混ざったような美しい薄紫色に染まっていく。
そして、白のワンピースと暗い青のスカートは天音にとって見覚えのある戦闘服に変貌した。
その姿こそ天音が対峙していた総参謀長『メタトロン』だった。

「ごめんね、でもああするしかなかったの 要求もあなたを追っていたのも
 だって、イレイザーが地球を侵略したらあなたにも危害が及ぶ、さっきも言ってたように私はあなたを傷つけたくなかった
 だから選んだの 天音を天使にするって…」 メタトロンの姿から先程の『人間』の姿に『擬態』した久美は、天音に向かってそう謝罪した。
久美の言葉には罪悪感があったが、その裏には欲望が見え隠れしている。
「でも、私は…」 全てを知った天音の心は葛藤と悲しみに満ちている。
(やっぱり天音の精神はE.G.Oによって汚染されてる……)
久美にとってそれはまずいことだった。
先程天使の検査でわかった事だが、天音が使っていたはるかのカードは、
使っていくたびに使用者の精神がE.G.Oのエナジーに侵食され、最後にはE.G.Oの人形にされてしまうのである。
(そんなことさせない! 天音をあいつらに渡すわけには行かない!)
久美は覚悟を決めた。

「天音…あなたは何がしたかったのかな…」 「!?」
言ってしまった…、久美はそう思った。
これは賭けである。 勝手にいなくなってこんなことを言うのは余りにも短絡であろう、
だが、そんなことは久美自身が判っている。 そんなことをいう資格がないことも…
その言葉の罪悪感に久美は嘘の無い涙を一粒流した。
久美の涙をガラス越しで見たとき、天音は自分の目的を思い出した。
(そうだ、私の目的は久美ちゃんを見つけること… 私には久美ちゃんしかいないんだ…)
そして天音は口を開いた。
「久美ちゃん…ごめんね…私何を考えてたんだろ…いつの間にか天使が憎くなってたよ…ごめんね……」
「あまね…」 
「でも、私はあなたがいないとダメなんだよ…私が天使になったら久美ちゃんと一緒にいられるよね?」
父親に生まれたことを否定され、虐待され続け捨てられて、心を閉ざした私に久美ちゃんは私にいろんなものをくれた。
あれから何年経ったんだろう… 私は久美ちゃんに何も返していない、まだ私は久美ちゃんに何もあげてない……
いや、久美ちゃんの全てが欲しい、そして久美ちゃんに私の全てをあげたい!
だから私はどんなことをしても、久美ちゃんを探すと決めたんだ。
私には久美ちゃんしかいないから……


「私、なるよ…あなたみたいに……」 その言葉を放った瞬間、天音は涙が流れるような感覚に襲われた。
「天音…ごめんね…ごめん…うああっ!!」 天音の決意を決めた言葉を聞いたとき、久美は泣き出した。
泣き叫ぶ久美の頬に優しく手を伸ばそうとする
「泣かないでよ久美ちゃん、それに謝らなくて、いいんだよ…」
だが、カプセルは無常にもその手を遮る、しかし、優しい言葉は久美の耳に届いていた。
「ごめんね…」 「だから言わなくていいって」 天音は嬉しそうに苦笑した。
「あ、ありがとう…」 「大丈夫だよ、私には何の未練もないから」
その言葉に久美は少しだけ、だけど天音に知られないように安堵感を漏らした。
(よかった、これで天音と私はずっと一緒にいられるんだ……
 私も何の未練なんて残ってないよ天音…)

そして手術室、そこにはメタトロンの姿になった久美とカプセルに入ったままの天音がいた。
「じゃあ、いい? 今からあなたを私と同じように変えてあげるね」
そして、新堂天音の改造が始まる、ラフューが言っていた『機材』を天音が入っているカプセルに装着することで準備は終了するのである。
その機材はカプセルの底に取り付けるような物である。 いわゆる『ゲタ』形式だ。
ただ、機材のほうは戦車みたいな形で久美の身長とほぼ同じ大きさのため、
天音の入っているカプセルを見るには上を見なければならない。
ちなみにこの機材を運んだのは言うまでも無く他の天使である。
まあ、それはさておいて…
「うん、いいよ」 天音の顔は、『世界が救われた光景を見た英雄』が浮かべるような笑顔だった。

「わかった、じゃあ改造開始!」 久美は機材の機動スイッチを押した。

グイイイイン! 天音が入っているカプセルの底のハッチが開き、そこから青白い液体とアームとチューブが出てきた。
アームは天音が落ちないように体を支え、
チューブは天音の肉体を内側から変えるために先端を注射のように変えて、彼女の腕に『浸入』した。
「うっ…」 かすかな痛みが天音の体によぎった。
しかし、そんなことなどお構い無しに、チューブはナノマシンが入った液体を天音の体内に注ぎ込んだ。
それは彼女を内側から作り変えるということである。
眠っているように目を瞑っている天音は、ナノマシンが自分の遺伝子を書き変えている事を快感で知らされる、
痛かったのは一瞬だけ、それからは心地よい感覚が休むことなく伝わってくる。
(なんだか…あったかい……今までこんな感覚にあうことなんてなかった…)
その温もりはまるで母親に包まれるようなもの、しかし、天音自身は母親に甘えることすらできなかったためそれが何なのかはわからなかった。
(かわいそうな天音…生まれた途端にお母さんが亡くなってわからないんだよね…)
久美自身も母親を生まれてすぐに亡くしたのでその気持ちはわかっている、だから彼女を受け入れることができたのだ。
(でも、大丈夫だから……私があなたのお母さんになるから、だから天音は私のお母さんになってね……)
久美の願いが届いたかのように、天音の内側の改造が終了した。


改造が成功した後、天音と久美は参謀室にいた。
改造の後なので天音の体は、病院で入院患者が着るような服に着替えられて、参謀長用のベッドで寝かされ、眠っている。
「んん…」 心地よく眠っている天音は、背中にむず痒い快感を覚えた。
ググゥ… むず痒いところからプルプルと白い突起が生えてきた。
そう、それこそ天使の翼である。 翼は天音の意思とは裏腹に、生まれたばかりの子供のようにバサバサと動いている。
「んはぁ……ん…」 そして、天音は目を覚ました。
しかし、その瞳の色は黒ではなく、ビー玉のように澄んだスカイブルー。

気持ちいい夢を見たのか、天音の目覚めは健やかだった。
「久美ちゃんおはよ…」 寝ぼけているのか本気なのかはわからないが、天音は目を擦りながら挨拶した。
背中の翼もおはようと言うかのようにバサッと動いた。
「あまね…天音ェ!!」 久美は勢い良く力一杯抱きしめた。
「痛いよ…でも、久美ちゃんの体あったかいや…」 抱きしめながら泣く久美を怒ることなく天音は久美の後ろ髪を優しく撫でた。

二人は本当の再会を果たしたのだった。




それから二人は五日間の空白を取り戻すかのようにいろんな事を話したり、愛し合った。
そしてそれから二時間後、
「ねえ、久美ちゃん…私が持ってた白いカードあるかな?」 天音の口から発された言葉、その言葉に久美はピクリとなる。
「そんなに警戒しなくていいよ、あの子には『最高のお礼』をしたいからね」 天音が久美に見せた笑顔の裏には復讐心が見え隠れしていた。
久美はそれを知って白いカードを渡した。 「ありがと、でも見なくていいよ…」 天音は今から起こることを見せたくなかった。
しかし、久美は反対した。「いや、私もその子にお礼がしたいからね」と……

「ブレイク…和泉はるか」

右手に掲げられた白いカードから光が放たれ、無垢な蒼色のメイド服を着た一人の少女が現れた。
「こ、ここは一体…」 はるかは見たこともない場所に戸惑う。
「ここはイレイザー地球攻撃部隊アジトよ、はるか…」 「!?」
主の声を聞いたはるかはその声の方を振り向いた。しかし、その主は天使となっていたのだ。驚かないほうがどうかしている。
「探していた親友が教えてくれたの、あなたが私にマインドコントロールしてた事をね!」 はるかの主、天音の顔は怒りに満ちていた。
「そんなこと知りま…うあっ!!」 言葉は続かなかった。
「知らない、なんて言わせないよ… 言い訳なんて言わせない」
天音はカードを持つ右手を握り締める、裏切られた怒りが彼女を支配する
はるかはもう一人の天使、久美に向かって叫んだ。
「ううっ! あなたが…ご主人様を…天使なんかに変えたんですね…?」 しかし、その言葉は『ご主人様』の怒りに油を注ぐ結果となった。
ギギィッ!! バチィッ! 「あっ、ああああっっ!!」 はるかはまるで体を縄で縛られるかのように身動きが取れなくなった。
「私にマインドコントロールするような奴にそんな事いう資格あるの?
 ある訳無いよ! それ以上久美ちゃんを侮辱するならホントにゆるさないよ!」
天音の怒りは、はるかの体にどす黒い憎しみの電流を走らせた。
「あっ!あぐあぁぁぁっ!!」
「久美ちゃん見てて、こんなヤツ奴隷にしてやるから! イレイザーの奴隷にね!!」
天音は親友に宣言する、その宣言ははるかにとっては死刑宣告と同じようなものだった。
「あの時言ったよね?私の目的は親友を見つける事だって、そしてその目的は果たされたよ、ありがと」
しかし、その優しいお礼とは裏腹に天音は、はるかに侮蔑の憎しみの視線を放つ、
その視線と共に白いカードを通してどす黒い電撃がはるかを襲った。
「だからもうアンタはいらないの、私と久美ちゃんを殺し合わせようと仕組むようなアンタなんかイレイザーの奴隷がお似合いよ!!」
天音は白いカードをはるかの方向に向けてかざした。
すると、はるかの首に鎖の付いた鉄の首輪がはるかの首に付いた。
「名前を棄てて生まれ変わりなさい!」 天音がかざした白いカードにはるかを苦しめた黒い電流が集まり始める。
「ああああああああああああああああああああ!!」 はるかの口に苦悦の咆哮が走る。
はるかの全身から膨大な量の電撃が走ったのだ。 はるかは人生の中で最大の苦痛を味わった。

内臓が破裂しそうになる、喉が焼けそうになる、筋肉が張り裂けそうになる、
目が飛び出しそうになる、脳が焼けそうになる、心が砕けそうになる、そして死にそうになる…
しかし、意識は既に死んでいて、はるか自身死んでいるのか生きているのかの区別をつけられない。
バリイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィ!! はるかの体内に走った黒い電流が最大パワーで爆発した。
「あ、あがあああああああああ! がっ!!」 そして、『和泉はるか』は『果てた』。
しかし、黒い電撃ははるかの体内に『何かを起こした』が、彼女の皮膚や衣服には何の影響はなかった…。

突如はるかは生き返るかのように目覚めた。 しかし、その瞳は死んだような黒で、人形のように虚ろだった。
そして、変化は始まる、
澄んだ空のような水色のメイド服とスカートは突如、虚ろな黒に変色した、
人々に安らぎを与える長い黒髪は絶望の黒に染まる、
そして決定的に背中から白い翼が生える、しかし、その翼はメタトロン達よりも一回り小さい。

天使の翼、どす黒い長髪、黒い虚ろな瞳、そして、深く黒いメイド服に白いストライプが肩にかけられ、
メイド服と同じように黒いスカートも真っ白なフリルが入った。

その姿こそ正に奴隷である。 姿の変わった彼女の記憶は失われ、彼女自身自分の名前すら忘れてしまっていた。
彼女の記憶には、もうE.G.Oの記憶も天音に『かかっていた』精神侵食の事も既にない……。

「見て、久美ちゃん…これが天使になったMBの私が手に入れた力だよ」
天音は相手の精神どころか肉体までも『ブレイク』ができるようになっていた。
天音がはるかに行った行為は、はるかの精神と肉体を『書き換え』て、奴隷の心を持ったメイド天使に変えたのである。
「素敵だね、とっても素敵だよ天音…」 「ありがとう、まあ力といっても天使にしか変えられないけどね」
その会話は以前と同じようなささやかな会話。 違うと言えばその横に虚ろな目をして座っているメイド服の天使がいるだけ。

ピーッ!ピーッ! 壁にかけられた通信端末から参謀長を呼ぶコール音が鳴り響く。
「総参謀、総司令が帰ってきました 至急、司令室に来てください
 後、例のマインドブレイカーも同伴せよとの事です」
コール音の後、天使からの通信。 その通信を聞いた久美は、メタトロンの姿に『変わった』。
「了解しました 少しだけ準備したら司令室に向かいます」
久美の先程の明るくて優しい声から、今まで戦ったことのある女性の声に変わった。 メタトロンだ。
「天音さん、総司令からの命令なので私に付いていてください」

「あ、うん!」 天音はメタトロンの声に懐かしい感覚を覚えた。
ただ、以前のように苛立ちは沸かなかった。 寧ろ今は自分と久美の娘のようにさえ思える。
「わかったよ、でもね『さん』はいらないよ」 天音は以前の敵の手をギュッと繋いだ。

それから久美と天音は晴れてイレイザー地球攻撃部隊に入隊することになった。
久美は総司令官から『クミ』という新しい名前をもらい、彼女の中にいる総参謀長メタトロンの補佐を勤めることになった。
彼女の肩書きは『参謀長補佐官』 そのまんまである……。
一方、天音はMBであることと天使になって得た能力を買われ、『地球攻撃部隊前線隊長』に任命された。
また、彼女の能力を生かすために地球攻撃部隊とは別の部隊が組まれることになる、
天使転生部隊 通称『天生隊』。 MBや他惑星のヒトを捕獲、天使に変える部隊。 彼女は天生隊の隊長に任命された。
ただ、機材と人材が地球のイレイザーのアジトに送られるのには少々時間がかかるそうだ。
どちらにしろ天音は忙しい日々が待っているだろう。 しかし、彼女にとっては嬉しいことである。
そして、天音も総司令官に新しい名前を授かった。 今の彼女は『アマネ』……。



新しい名前を頂いた私は、ある町でメタトロン(姿はクミだが…)とレストランで食事をしていた。
ここは地球、私たちは背中の翼をしまってオーダーを待っていた。
といっても私はジュース、彼女にはパフェ。 中も外も地球人がワイワイ騒いでいる。
「メタトロン、遠慮しないで食べて!」 メタトロンはなかなかスプーンを掴まないでもじもじしている。
「あ、あの…」 かわいい、あの時のままではこんな顔はしなかっただろう。
「いいのいいの! オゴッたげるから」 ニィ! 私は笑顔で勧めた。 「じゃあ、お言葉に甘えて…」 メタトロンは赤面してスプーンを掴んだ。


昨日、クミの人格部分の手術があった。 クミの中の二つの人格が時と場所関係なく切り替えられるための手術…
手術は成功して、もうイレイザーの施設にいなくてもクミはいろんな世界を見ることができるようになった。
簡単に言うと、クミの人格とメタトロンの人格が自由にどこでも切り替えることができるようになった、という事
私はそれが嬉しいのでクミに頼んで、メタトロンに今まで傷つけた謝罪を含めて、お祝いのデートをすることにした。
クミも賛成して一日だけメタトロンの人格を前に出してくれた。

夜、公園のベンチで私とメタトロンは話しをしている。
「今日はありがとうございました とても楽しかったです」 メタトロンは頬を真っ赤に染めて恥ずかしげに感謝する
(かわいいなぁ…)私は彼女の頭をなでる そんな私にメタトロンは質問言をボソリと呟く。
「アマネ、何故敵だった私にこんなことをしてくれるんですか?」 私は複雑な気持ちのメタトロンに優しく答えた。
「確かにあなたと私は敵だった でも、それって昔の話でしょ? それにクミちゃんの一部を憎むなんてできないよ」
「私はクミ補佐官の体の一部だから優しく…するんですか?」
私はちょっと言い方を間違えたかな? と一瞬だけ思った。
「私ね思うんだ、メタトロンって私とクミちゃんの子供みたいに思えるんだ
 私も彼女も生まれてまもなくお母さんを亡くしたの だからたくさん優しくしたい…」
勝手だと思うけどそれは本当の気持ちだよ。
「最近さ、アマネ変わったよね?」 突然メタトロンの喋り方が変わった。 これは明らかにクミの喋り方、そうか、『交代』したんだ…
「天使になる前はこんなに明るく喋ることも笑うこともしなかったのに
 今では私みたいに優しいよね」
言われてみればそうかもしれない
考えてみれば、なんだか身も心も軽い感じがする。
「それって多分、天使になったときに全部吹っ切れたのかも…」
私はクミちゃんに感謝の意を込めて微笑んだ。
「さてと、そろそろ任務の時間だね、行こっか?クミちゃん、メタトロン!」 

今日は任務の日でもあったりする。 人間を減らすのも案外悪くないかもしれない…。




翌日、某所で一人の少女の遺体が見つかった。
その少女は、黒いメイド服を着ており、首に鎖の付いた鉄製の首輪が掛けられていたという。
そして、背中には白い翼が生えていたという。
死因は過労である。 後に指紋検査等でずっと行方不明になっていた『和泉はるか』だった事が判明する。
そしてもう一つ、その遺体が見つかった所で高校生の少女が失踪する事件が起きた。
この失踪事件は『恵乃久美』と『新堂天音』に続いて三人目である。
この二つの事件は関係性を調べられる事になる。

だが、一部除いた人類はこれが『宇宙の存在』によって起こされたとは思っても見なかった。