09-49 破壊姫、消滅
仁は、身代わり人形であるマキナをそこに残し、老君に操作を任せて残務処理の指揮を執らせることにした。
自分は礼子、アンと共に、黄金の破壊姫の残骸を持って蓬莱島へと帰ることにする。
来る時はずっと飛んできたが、帰りは浮沈基地を使う事にした。老君によれば消身機能も付けてあるので日中でも見咎められることはないだろうとのことだ。
もちろん船などが周囲にいない事を確認してからのことになるが、巨大湖であるアスール湖に漁船が出ていても岸からさほど離れることはなく、基地が起こす波で気取られる心配も限りなく小さい。
あまり頻繁に利用しない方がいいだろうが、今回、仁たちは浮沈基地の転移門を経由して、いち早く研究所に帰ってきたのである。
「さて、こいつの調査をするか」
作業台の上には黄金の破壊姫の身体や壊れた腕が乗っている。仁はそれを丹念に調査していった。
礼子は不慮の事態に備え、超高速振動剣を手にしており、アンは助言のため仁の横に付いている。
「ふうん、内骨格であることは同じか。だけど、筋肉の付き方はまだ不十分だな」
そこらのゴーレムよりは遙かに優れているものの、先代の構造には及んでいない事を仁は見抜いた。
「骨格は軽銀か。まあ妥当だな。あとは……なんだ、これ?」
「お父さま、どうされましたか?」
仁が驚くというのは余程のことだろうと、作業台の反対側にいた礼子が急いで仁の傍に駆け寄ってきた。
「ん、ああ、すまん。ただ珍しい構造を見たものだから」
そう言って仁は礼子にも見えるように、破壊姫の胸部筐体を開いて見せた。
「魔素変換器がありませんね。魔力炉も。それに……これは何でしょう?」
見たことのない構造をしていたため、礼子にもすぐにはその働きが掴めないようだ。だが仁にはもうわかってしまったので、礼子に説明をしていく。
「ああ、魔素貯蔵庫と自由魔力炉だな、これは。エネルギー効率は悪いが、簡単に出力が取り出せるらしい。とはいえスマートじゃないな」
仁は巨大な魔結晶で構成されている自由魔力炉を見ながらそう言った。
「魔導大戦の頃は空気中の自由魔力素が今よりずっと多かったらしいからな。これで良かったんだろうさ」
「そうすると、この自動人形は、自由魔力素の濃い場所に行けば、もっと強くなっていたのですか?」
礼子のその問いに、仁は少し考えてから答える。
「そうだな。自由魔力素濃度が倍なら、1.5倍くらいの出力は出せるだろう」
礼子を初めとする、仁の自動人形やゴーレムが持つ魔素変換器は自由魔力素濃度が倍なら出力も倍になる。
が、黄金の破壊姫の製作者は、ついに魔素変換器を作る事が出来なかったのであろう。もしくはアドリアナの構造を模倣する事を嫌ったか。
乱暴な例えだが、自由魔力素という原油を直接燃やすのが自由魔力炉、一旦精製する装置が魔素変換器であり、精製されたガソリンを使うのが魔力炉といえばわかりやすいだろうか。
「とにかく、お母さまの技術には及ばない、ということですね」
そう結論した礼子は少し誇らしげに見えた。
「まあ、あとはこいつだ。これが制御核なのは間違いないんだが、見たことのない魔結晶だな。アンは知っているか?」
仁が手にしたのはピンク色をした魔結晶。直径は5センチくらいと、かなり大きい。
「いえ、存じません。属性は何になるのですか?」
アンも知らないらしい。
「うん、光と火、の複合属性らしい。天然にこんな魔結晶があるとはな。ともかく、黄金の破壊姫の知識や経験がこれに詰まっているはずだ。老君に解析させよう。その前に……」
貴重な情報源であるから、仁は複製を取っておくことにした。全属性の魔結晶を用意し、
「『知識転写』」
転写の工学魔法を使った。だがその瞬間。
「うおっ!?」
そのピンク色をした魔結晶が突然発光したのである。眩しさに仁は目を閉じてしまったが、礼子はその現象を見据えていた。
「……何だったんだ?」
目をこすりながら訝しげに仁がそう言うと、逐一見ていた礼子が説明する。
「お父さま、あの魔結晶は、特定の魔力波長もしくは魔力波形に過剰反応するようです。あの発光は知識転写の魔力が光に変換されたのです」
「何だって? なんとなく理屈はわかるが、そんな魔結晶が天然に存在するなんて……」
仁が受け継いだ先代の豊富な知識にもそんなものはなかった。アンも知らないという。
「ふうむ、仮説になるけど、俺の魔力、つまり先代の魔力に過剰反応する、これってもしや破壊姫が先代を敵視する一因なんじゃないのか?」
「ありえますが、証明は難しいですね」
「ああ。わざわざ確認するのも拙そうだしな。……とにかく下手に弄らない方がよさそうだ。ところでコピーは出来たのかな?」
仁は全属性の魔結晶を調べてみる。いくらかの抜けはあるかも知れないが、ほぼコピーは出来ていた。
「よし、こっちを解析させよう。オリジナルは当分厳重に封印しておくことにする」
未知の特性を持つ魔結晶なので、仁は取り扱いを慎重にすることにした。
ミスリルの薄い箔でくるんで魔力を絶縁し、分厚いアダマンタイトで出来た箱に入れて保管することにした。
「よし、最後はこいつの目だな」
仁は破壊姫の目に使われている深紅の魔結晶を取り外した。
「やっぱり、血の結晶か。確か魅了の効果を持つんだったな」
そちらは仁の知識にあるものであった。
「この目を併用すれば精神操作は簡単だったろうな……」
自分が直接行かないで良かった、と今更ながら仁は胸を撫で下ろしていた。
「よし、これで全部わかった。直すとするか」
黄金の破壊姫を調べ尽くした仁はそんなことを言い出した。それには礼子が黙っていなかった。
「お父さま、敵対したのに直してやるのですか?」
そう言われた仁は笑って補足した。
「ああ、狂った原因さえ取り除けば、まだまだ役に立つと思う。そして統一党の監視をさせようと思ってさ」
更に仁は構想を説明する。
小群国すなわちセルロア王国、エゲレア王国、フランツ王国、クライン王国は統一党によって掻き回されてしまった。
その後始末を各国だけにやらせるのでなく、統一党にも責任を取らせたい、と。
「あの主席、ジュールとか言ったっけ、奴も正気に戻ったようだし、後悔しているようだったからな」
黄金の破壊姫、というよりそっくりさんを側に置いて監視させ、また、助言させようというわけである。
「なるほど、よくわかりました。元からいた黄金の破壊姫の姿なら違和感が無いからですね?」
「そうさ。じゃあ直すとするか。だが、多少構造は弄るぞ」
ということで仁は、黄金の破壊姫の修理に取りかかった。
骨格はそのまま。だが魔法筋肉の取り付け方と材質は蓬莱島標準とする。但し出力はかなり抑え、人間並みとした。万が一を考えてのことである。
関節はアダマンタイトでコーティング。
皮膚も蓬莱島標準の魔法外皮。アンと同じものである。魔素変換器、魔力炉搭載とした。
問題は制御核である。
「うーん、どうするべきか……」
仁は悩む。
「お父さま、何を悩まれてるのですか?」
悩む仁を気遣い、礼子が声をかけた。
「ああ、こいつの記憶をどうしようかと思ってな。解析すれば、暴走してからの記憶は消す事も出来るんだが、それをやるべきか……」
「そうですね、私でしたら、狂っていた間の記憶は残して欲しくありません。お母さまやお父さまがそうあれ、とお望みになった自分でありたいですから」
その礼子の言葉を聞き、仁も心を決めた。
「よし、わかった。それじゃあ、こいつの製作者が亡くなった時以降の記憶を消す。そして新たに知識として付与する」
つまり、何があったかは知ってはいても、それは自分ではない、他者の行動であるかのように認識させると言うことである。
「あまり弄りたくはないが、危険だしな」
「お父さま、自動人形である身として、作って下さった方の意に沿わぬ行動は唾棄すべきものなのです」
礼子はそう言って仁の背中を押した。
「わかったよ、礼子」
そこで仁は、乳白色の魔結晶を用意し、慎重の上にも慎重に、『元』黄金の破壊姫の記憶を古い順に転写していった。
記憶等の記録は、魔結晶の分子構造を利用して、デジタルに記憶されていく。
余談だが、標準的な魔結晶1個で、人間50人分の記憶を記録できると言われている。
「よし、ここまでだ。ところで、最後の記憶は『あなたが一番』だな。何だこれ?」
「あなたが一番、ですか? あなたが一番好きだった、でなく?」
「ああ。多分途中で事切れたんだな……」
礼子はじっと『元』黄金の破壊姫を見つめ、
「……可哀想に。私はお母さまの遺言をお聞きできたのにこの子はそれも出来なかったのですね」
と言った。最初は直すのに反対していたが、だんだんと同情心も湧いてきたようだ。
「ああ、それがこいつの不幸の始まりだったんだな」
そして仁は、再度悩んだ末、そこに『好きだった』と書き足したのである。
「あまり良い事じゃないんだろうが」
そんな仁の呟きに礼子は、
「いえ、お父さまはお優しい方です。たとえ偽の記憶であっても、この子はそれできっと幸せになれます。私が保証します」
「ありがとう、礼子」
そして記憶領域ではなく、知識領域に、これまでのことを記録していく。これにより、何があったか、何を行ったか、を理解することが出来るわけだ。
そしてその知識を利用してこれからの償いをさせようというのである。
一番最後に、安全措置として、第三者の手に落ちた時に主要魔導装置を消去する処置を施した。
「あとは全体に整備して、と」
着ていた服は礼子が本体と共に両断してしまったので、新しく作り直す。
途中で気が付いて遅い昼食を食べたりしたので、全部が済んだのは蓬莱島時間で夕方5時頃であった。
「よし、『起動』」
『元』黄金の破壊姫は目を開けた。その目も今はただの赤い魔結晶に変えられている。
ゆっくりと上体を起こした『元』黄金の破壊姫は仁を見て、
「あなたが……私を直して下さったのですか?」
と尋ねた。
「ああ。具合はどうだ?」
「はい、良好です。ありがとうございます」
それを聞いた仁は試みに、
「今までのことを憶えているか?」
と尋ねてみる。
「はい、私は製作者であるお母さまに作っていただき、お母さまに愛していただき、そしてお母さまから最後に『あなたが一番好きだった』とお言葉をいただきました。そのあとの記憶はありません。壊れてしまっていたのでしょう」
と答えたのである。仁はほっとした。そして更に、
「よし、それじゃあお前の名前は?」
と聞いてみる。製作者は彼女に名前を付けていなかった。もし記憶と知識の混乱等の不具合があればエレナと答える筈だ。だが。
「はい、名前はありません。直して下さったあなたに付けていただければ光栄です」
との答えに仁は安心する。
「よし、お前は『エレナ』だ」
「はい、私は『エレナ』です」
知識の中にあるエレナと同じ名である事に異を唱える事無く、エレナはその名前を受け入れた。
こうして、『黄金の破壊姫』は消え、『エレナ』に生まれ変わったのである。
* * *
さすがに疲れた仁は、温泉で身体をほぐし、礼子の手料理を食べ、早々に床につく。
そんな仁とは裏腹に、疲れを知らぬ蓬莱島の魔導頭脳である老君は、仁の意向に沿った手を次々に打っていくのであった。
統一党本部の再整備をし、機能するように直すため、職人部隊を派遣する。
戦闘の残骸も回収し終えたので統一党本部付近に残っているランド隊を、81から100の20体を残し、撤収させる。
捕虜にした統一党党員の洗脳を解く。
等をまず行う。
これ以上の手配は、明日仁が目覚めてからになる。
こうして、統一党による長い混乱の日々もようやく収束する目処が立ったのであった。
謎の魔結晶。その正体はまだ謎のままです。
記憶の記録は、結晶が長い連鎖状になっており、その構造がシスートランス異性体になりうるのを利用して0ー1で記録云々、というのが設定ですが本文中でそこまで説明するとうるさくなるので割愛しました。
賛否両論あるかも知れませんが、人間ではなく自動人形の心情はこうであるとして礼子に代弁させ、こんな結末にしてみました。
お読みいただきありがとうございます。
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