答 患者さんが死と向き合ったとき、よく言うのが、「自分はまだ死にたくない」です。で、私はそういう患者さんに聞くんですよ。「なぜ死にたくないのか」と。
そうすると「まだ両親が健在で先には逝けない」とか「まだ成人していない子供のことが心配だ」などと理由を話し始めます。自分で生きる理由がはっきり分かると気持ちが前向きになってきます。
患者が前向きにならなければ治療の効果が上がらない
両親のため、子供のため、1日でも長く生きよう。そうした前向きな気持ちはホルモンを刺激して体に良い環境になってきます。
どんな治療をするにも患者さんが後ろ向きでは効果が期待できません。逆に前向きになれば、どんどん変わってくる。私の経験に裏打ちされた真理です。
問 ということは、少し話が脱線しますが、深刻な病気に悩んでいない人でも、日頃から自分の死を考えておくといいということですね。
死と向き合うことで、自分の生きる意味が明確になり、それが明確になれば生きるための努力をするようになる。
答 そうです。昔と違って核家族化が進んだ現在は、おじいちゃんやおばあちゃん、おじさんやおばさんなど親戚の死に直面することが少なくなりました。親戚の死であってもそれを間近に経験すると、死について考えるものです。
それに、江戸時代までは武士は切腹する文化があったでしょう。だから死は日常生活の中に同居していた。死を受け入れながら生きてきたのです。
京都大学のカール・ベッカー教授が日本人の意識調査をしたことがあります。それによると、1970年頃を境に日本人の死に対する考え方が大きく変わってきたそうです。70年頃までは日本人は世界でも有数の死を受け入れる民族だった。
ところがそれ以降は、死から逃れ、死を考えない生活スタイルに変わってしまったというんですね。