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四章 クズノハ漫遊編
世紀末学園
 活気がある。
 というか、殺気がある?
 久々に来た学園は妙な雰囲気になっていた。
 正門から第一校舎に続く石畳で整備された道は、いかにも金持ちの子が通いそうな上品な雰囲気を漂わせた学園の顔、だった。
 実技講義に使う屋外施設やフィールドは軒並み奥の方にあるから、この辺りは基本的に荒っぽい気配はしていなかったんだ。
 なのに今はここからでも多少の戦いの音や気配、気合の入った叫び声が小さいながらも聞こえてくる。
 変異体事件の影響かな。
 ジン達への講義は基本街中での復興作業にしていたから、僕自身が学園に行く必要はあまりなく、現状がよくわからない。
 識には何度か学園に行ってもらっていたけど、この雰囲気に関連した報告なんてなかったしなあ……。
 ま、多少騒がしくなったんだとしても、生徒のやる気が高まったというなら問題はないだろう。
 さっさと講義について事務局に連絡して手続きして……後はジン達の顔だけ見れば用事はないか。
 いや、どうせ明日講義だ。
 軽く見回って会えなかったら別に会う必要もない。
 連絡も事務局から回してもらえば住む。
 長くいればそれだけ学園長その他から呼ばれる可能性も高くなるんだし。

「お疲れ様でーす」

『!!』

 第一校舎は学園への来賓や保護者、そして関連業者が主に訪れる学園の顔の一つ。
 生徒こそ頻繁に訪れはしないが校舎はいつも綺麗で補修なんかの手が入るのも早い。
 ここの場合、生徒が使う校舎も相当ハイグレードだけど一段上って感じだ。
 ロッツガルド学園の応接室的な校舎と言える。
 何度か訪れて勝手を知っているから、事務局に一直線に進み、声を掛けた。
 瞬間、受付越しの室内にいた関係者が一斉に僕を見た。
 な、何事?

「あのー、臨時講師のライドウですが。講義の内容と届出に一部変更があるので手続きを……」

「やっと、やっと来てくれましたねライドウ先生!!」

「へ?」

「助手の識さんにはライドウ先生に来てもらえるように何度か連絡をしたのですが。その度に他の街に営業に行っていると断られてばかりで……本当にもう、困っていたんです!」

 即座に受付に出て対応してくれた人の他にも数人の事務員が受付に詰め寄って僕を見ている。
 睨んでいたり、緊張から解放された笑みを浮かべていたり、嗚咽を漏らしていたり。
 反応が色々すぎる。
 ただ全員が、困っていると言ったその人の言葉に頷いていた。

「留守がちですみませんでした。グリトニア帝国に呼ばれて街の外に出た折に、新しい取引先が出来そうな案件がありまして。その……少しでも早い方が良いと判断しましたのですぐにまた出ておりました。休講の届けは出した筈ですよね?」

 識に頼んでおいたし。

「確かに受理しております。とにかく、これを」

 差し出されたのは茶封筒。
 かなりでかく、厚い。
 渡される時にちらっと中身が見えたけど全部書類っぽいな。
 でも、こんな風にまとめて渡されるならそこまで重要なものでもない。
 少しずつ確認していけばいいだろうな。

「言っておきますが。全て至急確認して頂く必要のある書類ばかりです」

「っ」

 マジ?
 ……これ、全部?

「それから」

 すぐに同じような厚みの、限界近くまで詰め込まれた厚い茶封筒が追加された。
 どん、どん、どんっと。
 六つもあるんですけど。

「あとは、と言いますか学園内部に関連する書類は臨時講師控え室の隣室にまとめてあります。ライドウ先生が見えた時でないとチェックは出来ない決まりで識さんにもお願いできない事でして」

「……どうして隣室に? いつもは控え室の机に置いておいてくれていましたよね」

「……それはですね」

「はい」

「入りきらないからですよ」

「は?」

「控え室は他の先生もお使いになりますし。今の段階で部屋の三分の一程度まで書類で埋まっています。返答が無い件への催促もありますから全て別件という訳でもありませんが、こちらでも全ての仕分けは難しく、日付毎にまとめるのが精一杯でした」

 こっちには他の仕事もあるんですよ、わかります?
 という目をしていた。

「学園の内外どころか街からも、更に他国からも問い合わせの書類と念話が止みません。一日の事務の何割かがライドウ先生関連なんです、今の事務局」

 嘘だろ?

「……」

 言葉がない。
 ただゴクリと息を呑む。

「復興に関連した臨時の仕事も多い中でコレですから。ご覧になってわかったと思いますが事務局大増員ですよ。ですがようやくおいで頂いた。書類の整理と処理、今日から持ち帰りながら消化作業をお願いします」

「……は、はい」

「で、講義についての手続きですね。具体的な内容をお聞きします」

「人数の増員と」

『!!』

 反応でかいな。

「講義の回数減を――」

「無理です」

「え、あの。講義の回数を減らす手続きは出来るはずですよね?」

「無理です」

「人数の増員はこちらを通じて募集出すだけですよね? 一時停止を解除してもらって」

「はい、そちらは可能です。むしろ参加人数枠の特例での増加を認めてよいと通達を受けていますので、是非現状の限界である八十人まで増員して欲しいところです」

 は、はちじゅうって。
 アホか。
 日本の学校でも一クラスその半分弱だっての。
 教員資格もない僕がそんな人数の教育なんて出来る訳がないじゃないか。
 怪我もするし危険もある実習形式の講義、僕と識の目が届く人数まで、というのが大前提だ。

「……無茶言わないで下さい。増員といっても、精々倍ぐらいまで。とりあえず四~五人は増やす予定ですけど」

 馬鹿な、とか。
 少なすぎる、とか。
 血の雨が降るぞ、とか。
 事務局には責任はない事務局には責任はないつまり俺にも責任はない……、とか。

「そんな人数、焼け石に水です先生……」

「と言われましても私の限界ですから。講義で生徒を死なせるというのも講師としてはやりたくないですし。それよりも講義の回数減はどうして無理なんですか?」

 最悪死んでもある程度は何とかなると識は言っていたけどさ。
 ……死んでもある程度って、どの程度なんだろうな。

「一言で申し上げれば学園の総意です」

「総意?」

「生徒、講師、そして運営に関わる派閥も含め、ライドウ先生がこの学園に関わる割合を増やしこそすれ、減らしたくないということです。権力争いなども騒がしい状況だというのに、この方針だけは一瞬で可決されたようですよ。生徒、講師からは関わりを持とうとする意思が大量の書類から窺えますしね。そういう訳でその逆を行こうとする手続きは非常に困ります」

「困りますと言われても」

 そんな事情知ったことじゃない。
 週一程度の臨時講師として以上に関わりを持つ気はそもそもない。
 むしろ月二にしたくて来てるのに。

「もし何かの都合でどうしても回数を減らしたいとお考えならば」

「ならば?」

「担当が私でない時にお願いします」

「……ええと」

「今それを受理した事務員は確実に解雇されますから。再就職、厳しいんですよ」

 ま、まさしく知った事じゃないぞ。

「誰かを解雇させる覚悟でやれと」

 別にいいけど。

「ライドウ先生は好き好んでそのような事なさらないと我々一同理解しております。なので……どうか現状維持をお願いできませんか?」

 キラリと光る担当者の目。
 泣くなよ!

「維持ですか」

「生徒を数名増やされるというならそれは喜ばしいですが、私どもとしては理不尽な通達を飲み下せない部分もやはりございまして。出来るならば週に一度の臨時講師のまま、いて頂きたいと考えております」

「ああ……一度商会に戻って考えてみます。じゃあ、講義の生徒募集だけ再開させておいて下さい。あ、そうだ。私の生徒、ジン、アベリア辺りが今どの辺りにいるかわかります?」

 たいして期待もせずに聞いてみる。
 一応、候補は自習用の屋外フィールドがいくつかなんだけど。

「彼らならこの時間は食堂ですよ」

「そうですか。適当に回って……食堂?」

 思わぬ答えが返ってきた。
 なんで知ってたんだ。

「はい。最近はこの時間位に食堂で色々ありますので……」

「色々?」

「色々です」

「……とりあえず行ってみます。ありがとうございました」

 食堂ねえ。
 昼食の時間をずらしているわけか。
 もらった書類をまとめて大きめの鞄に放りこんだから歩き難い。
 まあ、いる場所はわかったからそのまま食堂へ。
 頻繁に向けられる学生からの視線、相変わらずの妙な活気。
 食堂から漂う料理の匂いが強まっても、それは変わらなかった。

「そういえば、ここはお昼時を過ぎても定食があるんだった。食べていくのもいいかな」

 お気楽に考えながら食堂に入る。
 ジン達は……いた。
 長い食堂のテーブルで、向かい合いながら昼食を取っている。
 ……周囲にギャラリーを抱えながら。
 なんで食事にギャラリーが付く?
 羨望、または殺気だった視線が観客から彼らに注がれていた。
 そのせいか、僕にはあまり視線が向けられてない。
 ちょっとありがたい。 

「隙有りだ、ジンッ!!」

「ねえよ」

 バキッと。
 突然ジンの背後から襲い掛かった暴漢の顔に、振り向きもしないジンの裏拳がめり込んで人垣の中に吹っ飛んで戻っていく。

ったわ!」

「何をよ、鬱陶しい」

 アベリアが自分に向けて閃いた短剣をかわして、伸ばされた手に持っていたフォークを突き刺した。
 当然悲鳴が響く。
 なんだ、この世紀末なこうけ――。

「シフ先輩、俺と付き合ってくださ――」

 ボン!
 小さめながら確かな爆発音が響いて、この場を和ませるだろう愛の告白が撃沈した。
 告白者が一瞬でアフロになって言葉もなく崩れ落ちる。
 色々な意味で勇者だったのに。

「……」

 シフは無言。
 む、惨い。
 しかし、何て近づき難い空気だ。
 ジン達に賞金でも懸かったんだろうか。
 この学園なら、力のある貴族や商人なら大概の無茶は通りそうだから無いとは言えない。
 学園祭で実際僕が被った前例もあることだしな。
 あれだけの妨害、反則行為、さらに僕への嫌がらせまであっても当人死亡って事もあってか処分なんて軽い軽い。
 つくづく怖いとこだと思ったな。
 しかも狂人みたいなぶっ壊れっぷりだったのに領地での評判は実に良かったようで、領民や親類から名誉がどうとか処分がどうとかと学園に後から後から色々な働きかけがあったようだ。
 猫かぶりも上手いんだよな、でかい貴族とか商人ってのは。
 なのに陰湿とか最悪じゃないかって思う訳で。
 リミアに行ったら、あのイルムガンドの関係者とも会わないといけないかもしれないと思うと憂鬱ではある。
 響先輩が世話になっている国だけど、僕にとっては鬼門な気もするな。

「先生!!」

『っ!?』

 様子を窺いながら近付くと、ジンの方から声を掛けられた。
 合わせて、一気に周囲がどよめく。

「しばらく来ない内に学園も随分と物騒になったなジン」

「今の、見てたんですか」

「ああ。賞金でも懸けられたか?」

 生徒に接する時は、一応筆談の時のように淡々と話す。
 威厳が、とか凄みが、と話し始めた時の印象が散々だったからだ。
 筆談の時の印象が、淡々としていて物静かで動じない、らしいから自分なりに演じてる。

「まさか。それより、生徒の再募集かけられたそうですね」

 なぜもう知ってる。
 学園の噂は光速か?
 他の生徒も挨拶をしてくれるなか、ジンがついさっき事務局で手続きをした事を口にした。

「……幾らなんでも知るのが早すぎるだろう、識か?」

「いえ事務局からの信用できる情報らしいですよ。それが原因でこうなってますし」

「こう、とは学園に漂っている妙な活気の事か?」

 でもそれだと順番がおかしいような。

「それはあの事件からです。実力に飢えた生徒が活発に実習や実戦を行うようになって、臨時講師の増員やら自習制度の改革やらもあって。ロッツガルドは大分雰囲気が違ってきてますね」

「へえ……」

 っと。
 威厳、威厳。
 いかつい感じでと。

「先生の噂でっていうのは、襲われている方です。こうやって取り囲む程度は以前からありましたけど」

 そういってジンはギャラリーを見渡す。
 よく食事できるな。
 僕ならこの環境で食べる位なら一食我慢するな。

「こいつらがライドウ先生の講義の増員を知ったみたいなんですよ。ただその人数は多くても五人程度とか。それで、先生に自分らの実力を見せるのとその枠を俺らの排除で増やそうとするのとで一気にスリル溢れるランチになった訳です」

 もう人数まで知れているし。
 恐るべしロッツガルド学園噂速度。
 壁に耳有り障子に目有り。
 いやむしろガラス張りの勢い。

「そこまで評価してもらえるのは、講師としては嬉しい事だが……あまり物騒なのは困りものだな。力を示すなら他にやり方もある」

「全くです!!」

 静かにしていた僕の生徒らのうち、アベリアが大声を出す。

「アベリア?」

 僕が若干驚いて名前を呼ぶと彼女はテーブルを大きく叩いた。

「もし本当にライドウ先生にこっそり評価してもらいたいなら! 私たちが毎日のようにやらされている復興作業の手伝いでもすればいいんですよ!! なのに、そんな事は一切せずに単純に私たちを襲うなんて……どれだけ、どれだけあれがきついと思ってんのよ、この馬鹿ども!!」

 講義が終わって余裕があるなら復興を手伝え、とは行ったけど。
 毎日行ってたのか?
 真面目だな、アベリア。

 バンッ!

 またテーブルを叩く音。
 今度は、イズモ?
 グーで殴ってる。
 細かく震えてるし、あれ相当痛かったんじゃないか。

「その通りだ! 僕は術師だというのに、皆言うんだ。そりゃ便利だ、助かるって。馬車馬の様に引きずり回されて限界近くまで魔術を使わされ、お礼だと言ってロクに抵抗する力も残ってない僕に、飲めもしない酒と脂っこくて味付けの濃い料理ばかりを流し込む! これは何の拷問かと言いたくなるほどキツイんだよ! なのに、肝心の復興は未だ完全じゃなく作業はいつまでも山積みだ! ぬくぬく講義して手伝いもしない奴らに妬まれるなんて冗談じゃない!!」

「術師はまだ良いじゃないか。魔力が切れたら終わりだろ? ……俺なんか活力回復と体力回復を併用しながら体力と魔力の限界まで肉体労働だ! 簡単な建物の作り方ならもう一通り覚えたよ!」

 イズモに続いてミスラも声を震わせる。
 壁タイプの剣士の彼は当然体力も高く、稚拙ながら回復系統の魔術も使える。
 復興作業現場では特に建設方面で活躍しているとか何とか聞いた覚えがある。
 大分溜め込んでいるようだけど。
 二人とも、そんなにきついなら例えば週に二回とか三回とかに回数を減らして参加すればいいのに。
 強制じゃないんだしさ。
 アベリアといい、真面目なことだ。

「体力と魔力の限界っていうなら、俺もだよ」

 ……ダエナもか。
 メッセンジャーとか物資の運搬で手伝ってもらっているとザラさんから聞いたな。

「だけどミスラはいいよ、まだ独身だろ? 俺なんてその後で部屋に帰って奥さんに言われるんだぜ? どうして帰りがいつもこんなに遅くなるの、復興の手伝いなんて学生の仕事じゃないんだしもっと家の事を大事にしてよ、ってさ。滅茶苦茶疲れて帰って泣かれてあれは、心にくるぜ……」

 きついんなら以下同文だよ、ダエナ。
 結婚してるんだからそっちを大事にしろって。
 奥さんの言い分の方が正しくないか?
 会った事はないけど、彼の奥さんに同情した。 

「でも講義が終わったら復興の手伝いはしなくちゃならない。だから俺達は毎日頑張ってる。この空回りしてる連中はそんな俺達の行動をある程度知ってる筈なのに、そこには触れようともしないんです。そりゃあ俺達だって推薦だの口利きだの、したいと思う訳がないじゃないですか。そうでしょ、ライドウ先生!」

 ジンがまとめてくれる。
 なんとなく妙な活気と、行き過ぎたジン達へのアクションについてはわかった気がする。
 でも。

「いや、ジン。言いたい事と状況は大体わかったが。別に復興の手伝いを無理に毎日しろと言った覚えはないぞ?」

『……』

 ?
 ジンをはじめ、皆がジト目で僕を見る。
 唯一復興作業がどうだと言い出さなかったレンブラント姉妹だけは普通にしていて、僕が様子を確認するとニッコリ笑ってくれた。
 彼女達にもやらせる予定だったけど、レンブラントさんがザラさんに先手を打ってたんだよな。
 たまには復興の手伝いで労働もしているみたいだけど、それも裏方が多く、大体は商人ギルドで色々手伝いをしている事が多い。
 奥さんは他の生徒と同じように扱ってくださいと言っていたし、レンブラントさんも表向きはそれに賛同していた筈なんだけどね。
 流石はやり手の商人、といった所なのかな。

「ユースリーさんに」

「ん?」

 呟くような、ぼそりと吐かれたジンの言葉を聞き返す。

「ユースリーさんに、あれだけボコボコにされた後で」

「ツヴァイさんに遠距離戦で完封され」

「アオトカゲさんにも近付く事さえ出来ずに全滅させられ」

「その後に無理矢理回復させられて全員同時を相手にした団体戦で武器も心もへし折られて」

 生徒達が苦悶に満ちた顔で悪夢を思い出すように口々に状況を話す。
 ああ、復興の手伝いがどうだと言った前後に確かそんな事があったような。

「ライドウ先生は身動き一つ出来ない俺達に言いました。復興の手伝いをよろしくな、と。先生が立ち去られた後、識さんは回復じゃなく周囲に魔物を寄せない結界を展開して、それでは、と先生の後を追っていかれました」

「……」

 そうだったかな?
 よく覚えてないけど。
 識には、あとはよろしく、って言っただけだろうから細かい対処は知らない。
 じゃあ回復しなかったんだな、識。

「あの日の夜空と寒さは忘れられません。皆勤で手伝え、と骨にまで刻まれた気分でした……」

 まったくその気はなかった。
 誤解させてたみたいだな。
 その分、基礎能力部分が結構上昇してきているように見えるから結果良ければってやつか、うん。

「そんなつもりは毛頭なかった。見たところそれなりに強くなってるみたいだし、良しとしておいてくれ。それと、明日の講義はフィールドを確保してあるから出席するなら街の復興にいくなよ。折角学園に来たんで直接連絡しておく。じゃあ、午後も励め」

「っ、ちゃんと講義してくれるんですね!?」

「近々リミアに行く事になるだろうから、何回かはその前に講義をやっておかないと流石にまずい気がするからな。学園の臨時講師として」

 期待に満ちたジンの言葉を肯定する。
 講義といっても、彼らの現状を確認して次の課題を示しておく位だろうけど。
 そうしておけば各自全力で臨んでくれるのが彼らの良い所だ。
 優秀な学生だけある。

「ライドウ先生っ」

 帰ろうとしたら聞き覚えのない声で呼び止められた。
 そちらを向くと、やはり見覚えのない顔。
 ギャラリーの人か。
 ってことは僕の講義に参加したい組、ということになるのか?

「なんだ?」

 疲れる講師の芝居のまま尋ねる。
 仕事だから仕方ないんだけどさ。
 いっそ、筆談に戻す方が楽か?

「近いうちに生徒を増やされるんですよね?」

「ああ、予定ではな」

「いつでしょうか。数名という情報ですがそれは確かですか? 選別の基準は?」

「……リミア王国に行く予定があるからその後になる。数名という情報は確かだ。選別については書類でまず選ぶ。参加したいならリミアに行く前に希望を出しておけ、これでいいか?」

「先生がリミアにお出かけになるまでが期限ということですね? なら書類審査ではどの部分を参考になさるおつもりでしょうか。参考にしたいのでお聞かせ下さい」

 はきはきした子だな。
 一応隠してはいるようだけど、この子の聞きたい事はわかったから単刀直入に答えておくか。
 さっさと帰りたいし。

「成績と適正以外は一切見ない。それと申請書類以外に考慮する事柄も一切ない。その後、私と識で実際の身のこなしを見て判断する。以上だ」

「! ありがとうございます!」

 コネなんかは関係ないよと教えておく。
 意図はわかってもらえたみたいだ。
 しかし、迷う。
 肩がこるけど、このキャラでいくか。
 いっそ筆談に戻るか。
 それとも関係ねえやっと自然体でいくか。
 ……三番目はないか。
 彼らとは友達でもなんでもないし、そうなる予定もない。
 仕事なんだから、どこかで線引きは必要だと思う。
 あ、図書館にも寄っていく……必要はなかったな。
 もう司書エヴァはあそこにはいないんだった。
 今後は寄る回数も減るだろう立派な図書館を脳裏に浮かべる。
 変わらないようで、学園に来た頃とは付き合い方が結構変わってきているとふと実感して口元が綻ぶ。
 控え室には戻らず、隣の部屋とやらを少し覗いてみると確かに書類の部屋になっていた。
 ……あとで識と取りに来よう。
 これで用事は終わり。
 海、いや亜空に戻りますか。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 活気がある。
 というか、殺気がある?
 戻ってきた亜空。
 海に行く前に動ける人の確認をしようかとエマの所に顔をだした僕は、デジャヴを感じた。
 エマは彼女にしては珍しく険悪な顔をしている。
 巴か識と一緒にいるかと思ったんだけど、状況といい表情といい予想と違うな。
 彼女がいるその場所、都市郊外の訓練場にはエマの他にオークが数人、リザードが数人とアルケーがいた。
 それと小さい妖精が、数十匹から百匹くらいだと思うけどエマと対峙するように群れて浮かんでいた。
 ああ、あれ。
 確かアントニオ、じゃなくてアル……アルエフェメラ!
 そうそう。
 しかし亜空は行動が早いな。
 もう彼らを連れて来たんだ。
 ……まさかもう海の種族とかも面談待ちとか?
 まさかね。

「エマ、彼らはアルエフェメラだよね? なんか妙な雰囲気だけど?」

 一触即発といおうか。
 以前彼らと揉めたのはエマだけに何か嫌な予感もする。

「これは若様! 妙な雰囲気という程でもありません。この者どもが相変わらずでしたので少しお説教をするところだっただけで……」

「相変わらず? ……随分と雰囲気変わった気がするけど?」

「リズーと、その後幾つかの脅威を退けたとかで調子に乗っているだけです」

 それでか?
 王様の態度はともかく、背後にいる似たような連中からは殺気が漂っている。
 誰にというでもなく、ただ周囲に撒き散らしたような類のやつだ。
 巴のブートキャンプを受けた初回の連中の一部が放つのに似た感じだった。
 にわか軍隊っぽいというか。

「亜空の王! 僕らの名前はアルエ“レ”メラだ! 会談を交わした種族の名を忘れるのか亜空の王は!」

「え? アルエレメラ? あ、そうですか。それは失礼しました」

 識でさえまともに覚えてないとは。
 賑やかな割に影の薄い種族だよな。

「若様、謝罪の必要などありません。このような者どもは羽虫で十分です。大層な名前など勿体ない」

 エマは彼らに辛辣だ。
 奔放な所が気に障るのかな。

「勿体なくなどないぞ! 僕らこそ妖精の王! 臣下が無礼だから王も無礼になるのだなオークの女! 約束通り僕らはリズーを退けたというのになぜ連絡をくれなかった! お前が約束を守っていたのなら僕らはこんなにも仲間を失わずに済んだのに!」

 結構飛んでいるように見えるけど、大分減ったのか。
 彼らは何人程度いたんだっけな。
 覚えてないなあ。

「あらあら、妖精の王などと名乗っているのに幼稚なことを。私が言った事をもう忘れたのかしらね。私はリズーを退けてもう一度ここに来い、と行ったのよ? リズーを退けたならどうしてまたここに来なかったのかしら? 全員食われて滅びたんだと私は思っていました」

「ここに来る方法など知るもんか! ズルイぞオークの女!」

「それならそれで怒りに任せて飛び出す前に、リズーを追い払ったらまたご連絡下さいませ、と私達に言っておくべきでしょう? お前達のような五月蝿いのがが三百もいては亜空も迷惑です。丁度よく目減りしたじゃないですか、うふふふ……」

 黒い。
 黒いエマがいる。
 亜空に自力で来いってそんな無茶な。
 神様じゃないんだからさ。
 あの時どんな事を喚いていたのかは覚えてないけど、これは中々酷い。
 エマはあまり怒らせないようにしよう。
 見ると他の種族も苦笑いしている。
 一部オークは青い顔をしている。
 まさかエマにはこの先がまだあるというんだろうか。
 残りの変身は出来れば見たくないな。
 それにしてもエマは彼らに詳しいな。
 名前が間違っていたのも承知だったようだし、何より彼らの数まで把握していた。
 三百くらいいたなら三分の一くらいに減った事になる。
 結構な被害だ。

「なんで僕らにその事を行ってくれなかったんだ、亜空の王!」

「ええ? そう言われても」

「僕らを帰したのはお前だ! ええと、ええと……亜空の王!」

 ?
 あ。
 まさか、あっちも僕の名前忘れてる?
 確かエマの名前も呼んでないしな。
 なんだ、お互い様か。

「よりによって、若様にまた噛み付くとは……もう、うふ、うふふ……。前回同様、澪様に面談をと思っていたけれどその必要もないわね。折角少しは同情して移住を再考してあげる気でいたというのに」

「僕らは試練を乗り越えた! もう住んでいた豊かな森も、忌まわしい紫の雲に呑まれて毒沼だ、住む場所もない! 僕らはここに住む!」

 おお、尊大な態度はブレないな。
 個人的にはこういう自由なタイプは、遠くから見ている存在としては好きな方だ。
 テレビの中にいる分には、みたいな?
 亜空は広いんだし適当に住処を見つけてもらって暮らす分には別に構わないんじゃないかな。
 海が出来て亜空の広さも正直把握が面倒なレベルになってるんだしさ。

「……そう。なら住みなさいな。森が好きだったわね。どこの森にでもお住みなさい」

 と思っていたらエマが丁度僕が考えていたような事を口にした。
 これまでの彼女の態度からすると、意外ではあるけど。
 それに彼女がこんな事を勝手に決めるのも意外だ。
 いつもは頻繁に僕らの許可を求めてくるというのに。

「!! その言葉、確かに聞いたぞ!!」

「ただし、私たちは一切貴方達に関わりません。どうしてもというなら全員で土下座でもすれば、“考えて”あげますが」

「聞け、皆の者! 僕らは新たな住まいを得た! よし、あっちの森に行くぞ!! 急いで家を作るんだ! 食べ物を集めろーー!」

『おーー!!』

「……」

 アルエレメラが一斉に飛んでいく。
 ミツバチの引越しみたいでもあるな。
 飛び去る様子を見ながらちらりと横目でエマを見る。
 凄く良い笑顔だった。
 背筋がゾクゾクしたけど。
 思わずすぐに目を逸らしたけど。
 満面の笑みだった。

「さ、皆さんお仕事に戻りましょう。海などというものまで現れて、亜空もこれから物流を考えないといけませんし」

「そう、だね」

 僕と皆が頷く。

「若様、海を住まいとする種族、またはそれが可能な種族についてリストが上がってきています。まだ増えると思いますが目を通して頂けますか?」

「うん。了解」

「識様があちらで砂浜に面する場所を拓いて港を作ると仰っていました。とりあえずエルダードワーフの職人を数人こちらから回しています。外の港町に出ている職人も亜空で船が必要ならと戻ってきていますね」

 おお。
 一日も休まず即座に動き出している。
 明日から明日からの僕には信じがたいスピードだ。
 エマは一緒にいた各種族にもテキパキ指示を出していく。
 さっきまでの衝突をまるで匂わせない切り替え。

「あのさ、エマ。さっきのアルエレメラだけど」

「はい、なんでしょうか」

 それでも僕は気になって聞いてみる事にした。

「なんであっさり移住を許したの? 随分と怒っていたのに」

 とても許すような流れではなかったし、彼らからも謝罪などはなかった。
 それなのにどうして、と思った。

「若様の前の出過ぎたことをしました。申し訳ございません」

 まず謝られた。

「いや、それはいいんだけどさ。どうして?」

「……若様、ここに巴様が放り込んだ荒野の魔物がどうなったかご存知ですか?」

「リズーとか?」

「ええ」

「確か、狼と熊、それに牛や猪なんかに駆逐されたって聞いたけど」

「その通りです。ほぼ全滅です」

「……」

「……」

「あのさ。その通り、と言われても」

「若様が庇護していない、つまり私どもとは異なる勢力とみなされる彼らは魔物と大して変わりません」

 魔物と変わらないって。
 つまり……。

「リズー程度を脅威とし、この短期間に数を半分以下に減らすような妖精モドキ、しかも知能はアレですから。狼殿の忠告なども無視するでしょうね。私はつまらぬ嘘などつきませんので彼らがもう半分程度になって土下座するなら……ふふ、考えるだけは考えます」

 うっわあ。
 黒エマを通り越して深淵のエマだ。

「亜空は確かに楽園です。荒野の様に種族間の闘争もなく、また取り合うまでもない広大な土地もあります。ただし亜空にだってルールはあります。それを守らずに過ごす無法者は自然と駆逐されていきます」

「亜空にルールねえ」

 あまりピンとこない。

「力か庇護。どちらもないならここは楽園とは限りません。ここに元から住まう獣は強く強大なのですから」

 再び凄絶に笑うエマ。
 楽園じゃない亜空か。
 ゲームだネットだと娯楽に囲まれていた僕には多少退屈だっていう一面もあるけど、他の住民は楽園そのものだと心からの言葉を口にする。
 だから僕も豊かで暮らしやすい場所なんだなと思っていた。
 エマの口ぶりだと、見方や立場が変わるとここも必ずしも楽園じゃなくなるんだな。
 思いもしなかった。
 苦手だな、そういう「違う立場から見る」ってやつ。
 彼女の怖い笑顔から、渡されたリストに視線を移す。
 半漁人やら人魚やらイソギンチャクやら、冗談みたいに魚の身体から直に人の手足が生えたのやら。
 いかにも水な種族の資料がとじられていた。
 巴達からも推薦があるだろうから、それも含めて考えるか。
 海は広い。
 なんなら全員住んでも良いしね。
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