コラム
(2010/08/24)
クルアーンが「ジャンナ」(楽園)や「アドン」(エデン:35章33節、61章12節など)、「ダールッサラーム」(平安の家:10章25節)、「フィルダウス」(パラダイス。もとは「囲い」を意味するペルシャ語で、ギリシャ語に入ってパラデイソスとなり、アラビア語に借用された:18章107節、23章11節)などのことばで表現している天国は、地獄と対称をなす同心円状の円錐で、7層または8層構造でできていると多くのムスリムが信じている。
クルアーン55章の記述が、最低でも4つのジャンナの存在を示唆していること(46節、62節)、また天国の住人が見下ろすと、地獄に落ちた知り合いが見えるとされること(37章54~55節)などから、地獄の逆円錐・7層構造をほぼ逆さにしたイメージで、ムスリムは天国を考えるようになったのかもしれない。
天国は、地獄との間を壁で仕切られた(7章46節)、天地の広さほどの広大な楽園で(3章133節、57章21節)、世界の果てに生えるとされるトゲのないスィドラの木や、累々と実るタルフの木(一説によればバナナの木)が枝を張り、長く伸びた木かげを、腐ることのない水をたたえた川、味の変わることのない乳の川、飲む者に心地よい美酒の川、純良な蜜の川が絶え間なく流れ続ける(47章15節、53章14節、56章28~31節)。そこには泉も湧き出ており、ナツメヤシやザクロなど、すべての果物が用意されているという(55章48~52節、同64~68節)。
生前、神の命令に従って善行を積んだムスリムは、最後の審判を経て、集団でそこに招かれ、彼らが到着すると楽園の諸門が開かれる(39章73節、46章16節)。人びとは絹の衣装をまとって、黄金の腕環と真珠で身を飾り(35章33節)、美しく平安な永遠の邸宅に住む(6章127節、61章12節)。そこでは何の苦労もなく、疲れを感じることもない(35章35節)。
人びとは錦を張り詰めた寝床やソファーに向かい合って寄りかかり、彼らの間を永遠の若さを保つ少年たちがめぐり歩いて、黄金の皿や杯、輝く水差し、汲みたての飲み物の杯を捧げる(43章71節、56章15~18節)。ジャコウで封印された真っ白な美酒は、心地よい甘さでありながら酔うことがなく、あとで頭痛をもよおすこともない(83章25~27節、37章46~47節、56章19節)。果物だろうと肉だろうと、望みのものは何でも手に入り、周りでは秘めた真珠のように美しい子供がかしずいてまわる(52章22~24節、56章20~21、同32~33節)。
加えて男たちには、神が彼らのために特別にお創りになった永遠の処女、まなざしを押さえたしとやかなルビーかサンゴのような乙女、伏し目がちな大きな目、輝くまなざしを持った素晴らしく美しい乙女であるフールが配偶者として与えられる(55章54~58節、同70~76節、37章48~49節、56章22~23節、同35~37節、52章20節など)。
生前の配偶者や祖先、子孫も、善行を積んでいれば一緒に天国に入り(13章23節、43章70節)、男たちはかつての妻とともに木かげの寝床に寄りかかって、美酒や食事を楽しむともいうのだが(36章56~57節)。
このように五感に訴えかける天国の描写は、
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