5000円の自転車を、月々1000円の月賦で買い、友人から車をもらい
バイクを譲り受け、人から面倒を見られていた自分が、面倒を見れるようになりました。
家の、電話も入り、中古品だらけだった我が家に、新品の仏壇も迎えられました。
友人からは、まるでわらしべ長者のようだねと言われ、少しでも、実証を示せたのかと、誇りに思います。
就職も決まり、年末には、支社長になりちよも、自分の部下となり、一生懸命働きました。
信心と仕事の両立。信心即生活。すべてに勝つことが、幸福につながっていく事を、改めて実感しました。
そのおかげで、仕事の関係で、沖縄・韓国・タイ・上海へもちよも同行で行く事ができました。
沖縄では、研修道場に足を運び、勤行もさせていただきました。
韓国では、板門店まで行き、北朝鮮に、30歩ほど、足を踏み入れました。
その頃地区では、10所帯の折伏と言う目標に、あと、1歩というところで、足踏み状態になり、10時間唱題・12時間唱題をする中、12月5日
最後の1所帯を決めることができました。
その方は、今はしらゆり長、息子さんは創価班として活躍しておられます。
翌年には、プレス屋の社長Tさんが入会。
Tさんは、私が倉庫番をしている頃、電気が止まるといっては、お金を貸してくれた人です。
お金を借りに行かなくて済みようになった私を、見ていたようです。
いつかは、クラウンと言っていた私が、クラウンに乗って、会いに行く姿に
何か感じるところがあったようです。
不景気で、経営が大変だとこぼしていたTさん。
この信心で乗り越えています。
その後も、行きつけの店で、キーボードを、弾いていたKちゃん そこのお客さんの、Mちゃん Yさんと、毎年折伏が実りました。
今でも、貧乏は、変わりませんが、御書に蔵の財より身の財 身の財より心の財第一なりとあるように、心に余裕ができました。
今まで、ちよには、散々うるさいことを言われ、その度に、「もう信心なんかやめてやる」 と、短気を起こしていた私ですが、その都度、当時の地区部長
支部長・本部長が、我が家を訪ねてくれました。
貧乏が、いつまで続くのかと、自信をなくしたこともあります。
仏法は道理です。
理にかなわぬ者が、よくなるわけがありません。
不幸の原因は、間違った宗教にあると言うことを、いやと言うほど、知らされました。
実は、私は、結婚する前、一度ご本尊様を、受けた事があるのです。
動機はいたって不純でした。電化製品を売りたいが為、神札をもらうかのような軽い気持ちで、受けたのです。
受くるはやすく、たもつはかたしのご金言どおり、あろうことか、ご本尊様をどこかになくしてしまったのです。
自分は何も悪いことをした覚えがないと思っていたことが、そもそも大間違い。
子供のころから、謗法のオンパレード、道楽のし放題。
家庭も顧みず、自分勝手に生きてきたことを、心から反省しています。
つづく
※信心なんかやめてやる事件は、3回ありました。
私も、父に負けないくらい短気だったので、やめちまえと、3回言った記憶があります。
その都度、壮年部に連絡を取り、家庭訪問のお願いをし、お題目を送りました。
今は、やめろと言ったって、やめない養父になりました。