3・11後のサイエンス:被ばくのブラックボックス=青野由利
毎日新聞 2013年10月24日 東京朝刊
原発事故後、二つの測定器を購入した。被ばくの積算値を測るポケットタイプの個人線量計と、時間当たりの放射線量を測る空間線量計。やはり、ここは自分で測って見てみなければと思ったからだが、その中身が思った以上にブラックボックスであると気づいたのは、最近になってからだ。
たとえば、2種類の線量計を同じ場所に1カ月置いておくとする。単純に考えれば、空間線量の値から計算される積算線量と、個人線量計の値は一致する気がするが、実は違う。
なぜかといえば、そもそも機器の調整の仕方が違うから。個人線量計は体につけて人体への影響を測るのに適した調整をしている。結果的に、空間線量からはじかれる線量に比べ低く出るという。これは、屋内にいることによる遮蔽(しゃへい)効果や、屋外の滞在時間の見積もりの違いとは別の要素だ。
9月から始まった原子力規制委員会の「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」でも、この違いが話題に上った。政府は、避難の基準も、避難解除の基準も、年20ミリシーベルトとしている。内閣府の原子力被災者生活支援チームによれば、この20ミリシーベルトは、いずれも空間線量から推定される被ばく線量に基づくもの。一方、長期的な被ばく線量の目標である年1ミリシーベルトは、個人線量を念頭においている。同じ単位で表されているのに、概念が違う。
なんともややこしく、住民の誤解や疑心暗鬼につながりかねない話だが、一般向けのわかりやすい説明を見た覚えがない。
しかも、20ミリシーベルトをめぐっては、さらに重要な問題がある。この値を基準にした避難解除が妥当なのかどうか、見方が分かれる点だ。
政府が根拠としているのは国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告。避難の基準は「緊急時の参考レベルである年20〜100ミリシーベルトのうち、最も厳しい20ミリシーベルトを採用した」というのが従来の説明だ。では、避難指示を解除する基準に20ミリシーベルトを選んだのはなぜか。「検討チーム」でも質問が出たが、政府の答えは、20ミリシーベルトで避難を指示したのだから同じレベルに下がれば解除できるというもの。これもICRPの勧告に基づいているという。
だが、基準の決め方や、それを住民がどう捉えるかは現実の状況によって異なるはずだ。たとえば、帰還後、10年、20年と住み続けた時にどれぐらい被ばくすることになるのか。委員からは「一目で分かるようにしてほしい」との要望が出されたが、まだ示されていない。