今からもう3年になるのか。突然現れた彼を引き取ったのは。
 あの事件の事もあり、軍内では彼を殺すべきという意見も多々あった。彼を私が引き取るとした時の、世間の、私への風当たりがさらに強くなったのも、やむを得まい。 が、魔術師である私の胡散臭さが幸いしてか、兵士達による監視、という名目で実際には理解ある兵士達による彼の護衛ということになるのだが、ともあれ、その上で、 私が彼を育てることになった。
 彼がなぜこの世界に飛ばされたのか、誰にも解らない。私の執事をしている彼も、「我々も解らない、あの存在のせいでもない」という表現をしていた。例の古文書群の中に書かれていた、世の中が紐でできていてどうのとかいうあの難しい話の一節が頭をよぎるが、ともあれ、何故彼がこの世界へ飛ばされたのか、誰にも解らない。
 だが。
 事実、この子は、ここに存在している。そして、これが二例目であるということもまた事実だ。一例目は、7年前に起きたあの事件。小隊が壊滅にまで追い込まれた、あの事件。軍が、まだ幼い彼を殺すと考えたのも、やむを得ない事なのだ。
 そんな中、周りは見たことのない人間という生物ばかり、さらに言葉も通じない。怯えながら過ごす生活を余儀なくされる彼も、少しずつ私たちに心を開くようになり、また、私たちも、彼のことを中心にまず考えていった。
 様々な単語を教えつつ、そうしているうちに、体格の都合上、人の言葉を話すことができない事が分かり、彼と円滑な対話ができるようにと、手話を教えることにした。私は業務の便宜上、また執事や世話人達は、私の業務を阻害しないようにとの配慮から、あらかじめ手話を習得していたことから、あらためて手話を私たちが学ぶ必要がなかったのも幸いした。
 そのため、手話と言葉を同時に教え、彼自身も、身振りで意思の疎通ができることを理解することができてから、簡単な対話が行えるようになるまで、彼の頭の良さもあって、あまり時間はかからなかった。
 一番悩んだのが、食事についてだ。彼の元いた世界と、我々の世界とでは、食事の事情が全く違う。こちらの世界でも、地域が違えば食料の事情、そして食事の文化も違う。ましてや、異なる世界となると、人間と獣人との違いがあるように、その世界で生息している植物や動物にも違いがあって当然なのだし、食生活も異なるはずだ。
 基本的に、私たちが普段食べているものと全く同じものを与えているのだが、ほとんどの料理を、いずれも残さず綺麗に食べている。世話人達からしても、小食である私に比べて、作りがいがあると喜んでいるようだ。
肉や魚も、また野菜についても、どのような味付けでも食べてくれる。
 が、玉ねぎなどは、いつも残している。無理に食べる必要もないのだが、意思の疎通ができていない頃は、残した上で、いつも申し訳なさそうにしていた。ある程度手話で会話できるようになった時、なぜ残すのか聞いてみたところ、食べたあと苦しむような身振りを示した。幼い犬のような顔立ちをしているだけかと思ってはいたのだが、そうした動物と同じような中毒症状があるのではないだろうかと考え、それ以降、彼が苦手とする食材は、食卓にあがらなくなってしまった。私の好物であるにもかかわらず、だ。
 なお、テーブルマナーも、ナイフやフォークを器用に使うだけでなく、いつからか、同じ長さの棒を二本、右手で器用に操り、それで食べる事もある。むしろその棒を使う方が、彼にとっては食べやすいらしい。