彼に、週に一度、小遣いを与えることにした。パンが2つ買える程度の額だ。彼の友達が親に与えて貰っている金額とだいたい同じ額にしておいた。彼が元いた世界では、貨幣制度はあるものの、しかし住んでいた場所が村落だったらしく、金銭のやり取りが生じるような機会があまりなかったらしい。そのため、市場や商店で何かを買うという行為そのものが、いまだに感覚としてよくわからないと、たどたどしい手話で私に伝えた。
 市民に彼を認知させるため、また彼にこの世を認知させるために、私や使用人達と共に、大通りを散策し、店頭に飾られている様々な商品を…新鮮な野菜や肉、魚、また雑貨や小物、衣服など…を指し示し、それを指し示す言葉と手話を教え、また、実際にそれらを買ってみせ、食卓に並べたりとしつつ、また、貨幣の使い方そのものも伝えていた。
 彼は、人間の言葉を話すことができない。それは、彼の体格の問題なのだから仕方がないのだが。その上で、見ず知らずの人間に対しても、覚えた文字や、身振り手振りで意思の疎通ができることを理解させた。もちろん、彼にとては異種族である人間に慣れさせる為でもある。
 何しろ、彼は、この世界で、ただひとりの獣人なのだから。
 だからといって、彼を特別扱いするわけにはいかない。この人間社会で生きていくためには、人間社会に溶け込む以外に方法がないのだ。そのため、人間の言葉を話すことができない彼の為に、言葉を教え、手話を教え、文字を教えた。そして、あえて学校に通わせ、同世代の子供達と共に学ばせることにした。
 学校そのものは、彼も、また生徒も、はじめはかなりおどおどしていたようだ。それもそうだろう、何しろ、彼は、幼いとはいえ、人間ではないのだ。だが、偶然にも手話を理解できる子供がいたおかげで、子供達の間では、かなり早く打ち解けることができたらしく、また、生徒達の間でも、手話を学ぶのが流行っているらしい。
 そうして学校に通わせるようにしたからこそ、人間の友達と遊ぶ機会ができた。そんなときに、小遣いがあれば、友達と共に買い食いするくらいはできるはずだ。

 使用人のひとりが、彼の為に作た小さな財布。その中に、硬化が5枚。彼に与える、はじめての小遣いだ。
『ありがとう』
 たどたどしい手話で、礼を、私と、そして財布を作った使用人に伝え、、嬉しそうに、彼の愛用している鞄に早速仕舞った。