2012-08-04
マンガ包囲網 ─政官業民一体で推進される表現規制の多重構造─(後編)
『マンガ包囲網 ─政官業民一体で推進される表現規制の多重構造─(前編)』の続きです。
なお、『ネット君臨』の脚注を別途追加しました。
●警察庁による表現規制推進活動の開始
この警察庁生活安全局は、治安の悪化・凶悪化を理由に1994年に防犯・治安維持活動を目的として設置された部局である。1990年代のマスコミ各紙では「安全神話の崩壊」という言葉と共に少年犯罪や外国人犯罪の深刻化が謳われ、治安対策を求める世論が沸騰していた。実際には統計上治安は悪化していないのだが、ワイドショーなど報道に煽られ、社会に不安感が広がった結果であった*1。
こうした声を背景に生活安全局は、2002年から監視カメラの設置や不審者通報システム、自警団パトロールなど防犯活動を推進する『生活安全条例』を次々と全国に制定していく*2。
こうした中、必要になってくるのが摘発対象である。名目上、治安維持が目的である以上、何からの成果が必要となるからだ。その標的になったのは街にたむろする青少年達やホームレス、外国人、そして漫画やアニメに興ずるファンであった。
2004年11月、奈良県女児誘拐殺人事件が発生。同年12月にジャーナリストの大谷昭宏はTVや新聞紙上で「犯人はフィギュア萌え族である」と発言し、漫画・アニメファンから強い批判を受けた*3。
これに目をつけたのが当時、警察庁生活安全局部長に就任していた竹花豊元東京都副知事である。彼は「萌え」に象徴される性的表現が描かれた漫画やアニメを、児童性犯罪の原因と見なしたのである*4。
当時少年・外国人犯罪が頭打ちになり、新たな摘発対象を探していた警察にとっても、「児童ポルノの根絶」という名目は影響力拡大のために、非常に好都合であった。
2005年8月に東京都青少年・治安対策本部を発足させた竹花豊は、警察庁生活安全局部長として霞ヶ関に戻った後、2006年4月庁内に、『バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会』を発足。座長には警察と密接な関わりを持つ前田雅英首都大学教授を据え、児童を性の対象とする漫画やアニメ、そして同人誌の規制をその最終報告書に盛り込んだ*5。
次に竹花豊は2006年6月にインターネット上の違法・有害情報の通報を受け付ける『インターネットホットラインセンター』を発足させ、そして同団体をサポートするアソシエイツ団体に児童ポルノ担当としてエクパット東京を迎えた*6。
なおエクパット東京の顧問弁護士は、のちに都条例改定の主導的役割を果たす後藤啓二である。このインターネットホットラインセンターでは、性描写を描いた漫画やアニメなどを「海外から批判が多いまんが子どもポルノ」との表現で、2006年まで通報を受け付けていた*7。
さらに竹花豊は、翌年1月から毎日新聞が開始した『ネット君臨』*8という、ネット上の様々な言論・表現活動を批判する一大キャンペーンに参加する*9。この時、同席したヤフーの法務部長、別所直哉は日本の児童ポルノ規制に触れ、「日本は単純所持や漫画やアニメも含めて、あらゆる児童ポルノを禁止する時期に来ている」と述べている*10。
この様に警察と、これに同調する大手マスコミ等が表現規制推進の前面に出てきた事により、その圧力の波は一気に強まる事になった。
もちろん当時政権与党であった自民党や公明党は、単純所持規制および漫画やアニメへの規制という方向に傾いていた。2004年当時は漫画やアニメ規制に慎重論を唱えていた自民党の谷垣禎一衆議院議員も、2007年には「単純所持よりもむしろ深刻なのは、児童の性描写をしたコミックやアニメの問題だ」と規制強化を主張している*11。
警察庁が表現規制推進活動への全面的協力を行った事により、各政党や官庁に対するエクパット東京や日本ユニセフの影響力は、飛躍的に上がる事になった。例えば宮本潤子は様々な協議会や委員会に、児童ポルノ問題の専門家として参加する様になっている*12。
かくして政権与党、官庁、民間団体、大手マスコミ(大企業)という四者によって構成された、「表現の自由包囲網」はほぼ完成した。そして最後に加わるのが外圧である。
●日増しに強まる外圧
警察庁の協力により国内での活動が磐石になったエクパット東京は、次に外圧の強化に乗り出す。2005年にタイのバンコクで開催された、国際エクパット主催の『国際ECPAT円卓会議』『アジア太平洋地域協議会』に宮本潤子は出席し、会議の席上、同年に浜銀総合研究所が日本のコンテンツ産業について発表した調査報告書「2003年のコンテンツ市場における「萌え」関連は888億円」を持ち出し、「日本の漫画やアニメにおける『萌え』市場は、全て児童性虐待の産物である」と主張した*13。
また「ECPAT/ストップ子ども買春の会ユースα」の網野合亜人は、「メイド喫茶の流行によって児童が自分の裸をインターネットに投稿している」という報告をした*14。
一見すると荒唐無稽な内容だが、この一連の報告はそのまま国際エクパットの公式報告書に反映された。
2008年11月ブラジルのリオで開催された、『第3回児童の性的搾取に反対する世界会議』において、日本ユニセフとも関係の深いアイルランド・コーク大のエセル・クエール教授がこれを受ける形で、「日本の5千億円にも上る漫画市場は、その殆どが児童の性的露骨作品で占められている」*15「日本の漫画やアニメは、フォトショップなどのDTPソフトによって、実在の児童の写真を加工して作られている。その目的は児童の性的搾取にある」という報告を発表した*16。
また他にも「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」の最終報告書も引用された*17。無論これらの報告は、そのほとんどが実態と全く違う事実無根の内容なのだが、結果的にこの会議で採択された公式声明「リオ宣言」では、「バーチャルポルノ(漫画やアニメなど)も製造・所持規制の対象にすべき」という文章が盛り込まれ*18、新たな外圧の源となったのである。
なお『第3回児童の性的搾取に反対する世界会議』での日本政府首席代表演説において、「漫画、アニメ、ゲーム等の児童を対象とした性描写は、児童を性の対象とする風潮を助長するという深刻な問題を生じさせている」とのスピーチが行われた。この演説文書を作成したのは、当時の外務省総合外交政策局人権人道課長、志野光子である*19。
この様に表現規制推進には警察庁だけでなく、外務省も関わっているという実態も浮き彫りになっている。
●政官業民一体で推進される表現規制の多重構造にどう対抗するか?
かくて完成した「表現の自由包囲網」によって実際に行われたのが、2008年に日本ユニセフを中心として行われた「なくそう!子どもポルノキャンペーン」である。このキャンペーンでは児童ポルノの単純所持規制や、18歳未満に見えるキャラクターの性描写を描いた漫画やアニメを、準児童ポルノとして法規制が主な主張であった。これには日本ユニセフのアグネス・チャンを筆頭に、エクパット東京はもちろん、自民党や公明党など各党、マイクロソフトやヤフーなど大手通信企業なども賛同し、過去最大規模のものとなった。
さらに2009年末まで開かれた東京都第28期青少年問題協議会には、前田雅英首都大学教授やエクパット東京の顧問弁護士の後藤啓二など、表現規制推進の主要メンバーが集まり*20、彼らが作り上げた答申は、「非実在青少年」という言葉を生み出した都条例の改定に繋がったのである。読売新聞や産経新聞などは、これに賛同する報道を繰り返した*21。
表現規制を推進する政官業民の各政治的勢力が、ここまで一体化した理由は実にシンプルであった。彼らの目的が、18歳未満の児童に見えるキャラクターの性描写を描いた漫画やアニメなどの表現物を、法的規制によって一掃するという、その一点に絞られていた為である。
これに至る動機は様々で、例えばエクパット東京は純潔教育から来るポルノ廃絶、日本ユニセフは児童を性的対象として見なす事への嫌悪・拒絶感、自民党はパターナリズム的な健全育成思考があり、警察庁は影響力拡大の一環として動いている。また大手マスコミや大企業は児童ポルノ=許されざるもの、という純粋な思い込みがそこにある。だが彼らの最終的な利害が一致している事には変わりはない。
この表現規制の多重構造に対抗するにはどうすればいいのか?
それはアメリカの「電子フロンティア財団」や「CBLDF(コミック弁護基金)」などの様に、出版社や作家、そして有識者達を中心にした大規模な政治的反対組織を構築し、活動する事だ。
これには一般の漫画やアニメファンなどにも参加してもらい協力を得たり、漫画やアニメなどの商業活動で得た利益の一部を回す等して、体制を整える。世論や外圧対策には、対外的なアピールや反論も不可欠だ。漫画やアニメに関わる人間の数と、規制推進勢力の絶対数を比較すれば、前者の方が圧倒的である。現存する政治的圧力団体のやり方を踏襲すれば、必然的に人数に比例した力を持つ勢力になるだろう。
この「表現の自由包囲網」は、規制推進の過程における政治的力学の産物であり、それは決して主張の正否で覆せるものではない。ただ漠然と表現の自由や文化の多様性を主張しているだけでは、到底対抗できない事を、強く認識する必要があるだろう。
(了)
*1:浜井浩一・芹沢一也(2006年)『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』光文社/50,62P。
*2:地方自治問題研究機構「自治論説【わが町の条例11】生活安全条例を考える」http://www.jilg.jp/ronsetsu/page/c0110.html /2011年2月2日。
*3:NGO-AMI(2005年)「「フィギュア萌え族」という”妄言”」『放送レポートNo.193』メディア総合研究所/40,43P。
*4:学びの場.com「竹花豊インタビュー: 何が正しくて何が大切か。大人たちは子どもに伝える責務がある」 http://megalodon.jp/2012-0805-0104-42/www.manabinoba.com/index.cfm/6,7626,12,html /2011年2月2日。
*5:バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守るために」http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen29/finalreport.pdf /2011年2月2日。
*6:インターネットホットラインセンター「アソシエイツ」http://www.internethotline.jp/partner/index2.html /2011年2月2日。
*7:インターネットホットラインセンター「統計情報2006年6月-2006年12月」http://www.internethotline.jp/statistics/2006/200606-12.pdf /2011年2月2日。
*8:CNETJapanブログ 佐々木俊尚「毎日新聞連載「ネット君臨」で考える取材の可視化問題」http://japan.cnet.com/blog/sasaki/2007/01/25/entry_post_10/ /2012年8月4日 脚注追加。
*9:「ネット君臨座談会」『毎日新聞』2007年2月19日/朝刊。
*10:「ネット君臨座談会」『毎日新聞』2007年2月19日/朝刊。
*11:「谷垣禎一「捜査権の濫用を認めないのは当然だ。より深刻なのはコミックの過激な描写」」『毎日新聞』2007年7月27日/朝刊。
*12:レイティング/フィルタリング連絡協議会 研究会「2005年度「レイティング/フィルタリング連絡協議会」第2回研究会」http://www.iajapan.org/rfcouncil/2005/doc02_proceedings.pdf /2011年2月2日。BPO/放送倫理・番組向上機構「第86回 放送と青少年に関する委員会」http://www.bpo.gr.jp/youth/giji/2007/086.html /2011年2月2日。
*13:ECPAT International「Violence against Children inCyberspace」http://www.ecpat.net/ei/Publications/ICT/Cyberspace_ENG.pdf /32P/2011年2月3日。
*14:Violence Against Children East Asia and the Pacific「Violence Against Children East Asia and the PacificIssue4」http://vac.wvasiapacific.org/downloads/unvac_issue4cyber.pdf /4P/2011年2月3日。
*15:Meldpunt Kinderporno「CHILDPORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」http://www.meldpunt-kinderporno.nl/files/Biblio/Thematic%20Paper_ICTPsy_ENG.pdf /18,19P/2011年2月3日。
*16:Meldpunt Kinderporno「CHILDPORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」http://www.meldpunt-kinderporno.nl/files/Biblio/Thematic%20Paper_ICTPsy_ENG.pdf /18,19P/2011年2月3日。
*17:Meldpunt Kinderporno「CHILDPORNOGRAPHY AND SEXUAL EXPLOITATION OFCHILDREN ONLINE」http://www.meldpunt-kinderporno.nl/files/Biblio/Thematic%20Paper_ICTPsy_ENG.pdf /18,19P/2011年2月3日。
*18:ECPAT International「HIGHTLIGHTS OF PROGRESSON WORLD CONGRESS III RECOMMENDATIONS ChildPornography/Child Abuse Images」http://www.ecpat.net/EI/Pdf/Child_abuse_image.pdf /1P/2011年2月3日。
*19:外務省「CSEC . ハイレベル政府間対話・我が国政府首席代表ステートメント テーマ1「児童の商業的性的搾取の形態と新たなシナリオ(英語版)」http://www.mofa.go.jp/policy/human/child/congress0811-2.html /2011年2月3日。
*20:東京都青少年・治安対策本部「第28 期東京都青少年問題協議会委員名簿」」http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/09_singi/28meibo.pdf /2011年2月3日。
*21:「親は知らないPART5 女児を襲うマンガ、規制無し」『読売新聞』2010年5月4日/朝刊、「主張 都性描写規制条例 子供を守る当然の改正だ」『産経新聞』2010年12月
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