Part1 コンメンタール 特定秘密保護法案
第1章  総則 (1、2条)
第2章  特定秘密の指定等 (3〜5条)
第3章  特定秘密の提供 (6〜10条)
第4章  特定秘密の取得者の制限 (11条)
第5章  適性評価 (12〜17条)
第6章  雑則 (18〜21条)
第7章  罰則 (22〜26条) 
 別表  (「特定秘密」の範囲) 


Part2 秘密保護法がもたらすもの

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1 秘密保護法と有事法制
2 日本版NSC設置法+秘密保護法は
  この国をどこに導こうとしているか
3 秘密保護法と海外派兵・九条改憲
4 知る権利と報道又は取材の自由は保障されない
5 秘密保護法と国会の弱体化・空洞化

 6 秘密保護法が生み出す暗黒裁判
 7 イラク派兵違憲訴訟と「秘密」
 8 那覇市情報公開訴訟と「防衛秘密」
 9 情報保全隊違憲訴訟と「秘密」
 10 原発情報と秘密保護法

発行にあたって ――― 「秘密法制」ふたたび   執筆担当    凡例 .




Part1 コンメンタール 特定秘密保護法案                             

第1章 総則


第1条 (目的)
  この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。


1 意義
 本条は、秘密保護法の目的を定める。
 法令の制定には、その法令が制定されなければならない理由(立法理由)がなければならならず、立法目的や手段の相当性を基礎づける社会的な事実(立法事実)がなければならない。
 本条に掲げられた目的は、秘密保護法の立法理由や立法事実が記述されていることになる。秘密保護法は、国民の知る権利を制約し、国民に開示されるべき情報を行政機関(国家機関)が独占しようとするものであるから、立法理由や立法事実が記述されているはずの本条項には、なおさら厳格な検証や批判的検討が要求される。

2 法案が語る立法理由・立法事実
 本条では、まず、「国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される」ことが指摘され、その上で、「我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを的確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要である」という基本認識が示されている。
 この基本認識から、「特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図る」という「目的」がダイレクトに導かれ、特定秘密の指定、取扱者の制限(適性評価等)、漏えい行為の処罰といった構造につながっている。
 しかし、ここに記述されている安全保障に関する情報の「漏えいの危険性の懸念」という点について、これを裏づける立法事実は存在しない。国家公務員法など秘密保護の刑罰法規が存在し、公務員の情報漏えいに対してはこれらの法制により十分な対応がなされている。また、軍事・防衛情報については、さらに自衛隊法、刑事特別法、MDA秘密保護法などの厳しい刑罰法規が存在している。
 後記のとおり、1985年に自由民主党が提出した「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(国家秘密法案)は、国民的反対を受けて廃案になった。2001年の自衛隊法改正によって、「防衛秘密」の漏えい罪等が挿入されたが、外交や治安にかかわる情報を特別厚く保護する法制は存在しておらず、メディアの取材や学者・研究者・市民等の情報へのアクセスを規制する法制も存在していない。
 国家秘密法案廃案から今日まで、この国はこうした法制のもとで外交活動を含むさまざまな国際活動を展開してきた。その30年近くの間、軍事情報等の「漏えいの危険性」が現実化し、そのことによって「我が国及び国民の安全」が侵害されたことなどまったくないのである。

3 米軍との関係強化のための軍事法
 秘密保護法案が閣議決定された2013年10月25日の記者会見で、菅義偉官房長官は、法案提出の目的について、「外国との情報共有は情報が各国で保全されることを前提に行われており、秘密保全に関する法制を整備することは喫緊の課題だ。国家安全保障会議(日本版NSC)の機能をより効果的に行うためにも法制の整備が重要だ」と語っている。また、安倍晋三首相は、「NSCの機能を発揮させるには秘密保護法がどうしても必要だ」と述べ、石破茂自民党幹事長も「NSCができても、日本に情報を教えたら全部漏れるのではどこの国も教えてくれない」など、「秘密保護法の意義」を語っている。
 これらの発言で念頭におかれている「外国」は米国である。
 米国はかねてから日本に秘密保護法制の強化を求めており、2007年8月には、日米両政府間に「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する協定」(GSOMIA)が結ばれている。今回、政府が秘密保護法を制定しようとするのは、国家安全保障会議(日本版NSC)を通じて米国と軍事情報を共有し、米国と共同にする軍事行動を強化するためである。憲法解釈の変更による「集団的自衛権」の行使容認をめざす安倍政権にとっては、その条件作りともいえる。
 秘密保護法が登場したのは、「漏えいの危険性」が現実化したためでも、「我が国及び国民の安全」が危うくなったためでもなく、「このままではこれ以上米国との軍事同盟を強化できない」という理由のためである。しかも、その軍事同盟強化とは、「国民の安全」を守るためでも、「我が国」を守るためでもなく、「集団的自衛権の行使」と称して米軍の作戦に参戦していくためである。
 本条に掲げられている目的は、こうした本質や目的を隠蔽するためのまやかしである。
 米国との軍事同盟の強化のために、国民の知る権利が犠牲にされてよいはずはない。日本は、軍機保護法、国防保安法、治安維持法などによる政府の情報統制によって侵略戦争に突き進んだ戦前の歴史的経験をもっている。
 民主主義社会において知る権利は極めて重要な人権であり、民主主義の根幹である国民の知る権利が制限されるとき、国民は国家をコントロールできなくなり、国家は往くべき道を誤るのである。

4 国家秘密法案と秘密保護法案
 1985年に提出された国家秘密法案には、「外国のために国家秘密を探知し、又は収集し、これを外国に通報する等のスパイ行為等を防止することにより、我が国の安全に資することを目的とする」との目的が掲げられていた(法案1条)。
 国家秘密法案は、
  @ 「スパイ行為等」の鎮圧を叫ぶことよって「安全」を担保しようとし、
  A 実質秘(2条)を採用して、秘密の「管理システム」と法案を切断し、
  B 加重探知収集通報危険罪(法案4条 法定刑は死刑と無期懲役のみ)を頂点とする膨大な犯罪体系を生み出す
という構造をもつ法案であった。今回の秘密保護法に比べれば、はるかに単純で、あけすけな法案だったとも言えるだろう。
 国家秘密法案登場の背景は米ソ冷戦と「日米ガイドライン」(旧ガイドライン 1978年)であり、有事法制の策動(当時は有事立法と称した)や日米共同作戦研究なども同時並行的に進行した。この国家秘密法案は、国民的批判を受けてわずかのうちに廃案になり、その後の修正−再提出の動きも阻止された。同時並行的に進行した有事立法もまた、「お蔵入り」をせざるを得なくなった。こうしたもとで、「秘密法制や有事法制の不存在で国民の安全が害される事態」など、まったく起こらなかったことはすでに述べたとおりである。
 指定−管理−提供・保有−取扱いといった秘密の管理・管制部分が中心を占める秘密保護法案は、国家秘密法案よりはるかに複雑な構造をもっている。だが、法案が防衛や外交などの情報を国民などから権力的に遮断する本質をもつこと、その背景に米日軍事同盟の新たな展開があることは、国家秘密法案のときとなんら変わらないのである。

5 平時と有事・・戦争法のなかの秘密保護法
(1) 海外派兵と有事法制
 国家秘密法案廃案からの30年近くの間に、この国は多国籍企業化した大企業が世界展開する国際国家となり、「専守防衛」を掲げていたはずの自衛隊が、海外に派兵続けることになった。戦地のアフガンやイラクに派兵されて軍事行動を展開していた自衛隊は撤退したが、ソマリア周辺での海賊対処のための船舶護衛作戦はいまも続けられており、ジブチには恒常的な「海外根拠地」が設営されている。
 こうした海外派兵が引き起こす事態に対応するために、2002年には武力攻撃事態法など有事3法案が、2004年には国民保護法や米軍支援法・特定公共施設管理法・捕虜法などの有事10案件が成立した。武力攻撃事態法を頂点とする有事法制体系である。

(2) 有事法制のなかの秘密保護法
 有事法制体系は、
 @ 武力攻撃事態(予測事態を含む)、緊急対処事態(以上は、武力攻撃事態法)における武力行使等の発動システムを規定するとともに、
 A 有事における民間企業を含めた公共的団体(指定公共機関、指定地方公共機関)や地方自治体の戦争態勢への組み込みや、国民の徴用動員や大規模避難を予定し、
 B そのための計画・訓練を平時から組み上げる
という構造をもっている。
 武力攻撃事態法や国民保護法に独自の「秘密保護法制」は組み込まれていないため、有事における「秘密保護」は自衛隊法に挿入された「防衛秘密」条項などによってはかられることになっていた。秘密保護法が成立すれば、自衛隊法の「防衛秘密」条項は削除され(附則3条 自衛隊法の改正)、「秘密保護」はこの法律に一本化される。
 そうなれば、秘密保護法は有事法制体系のなかに組み入れられ、「国民の自主的な協力」を「スローガン」としていた有事法制に、「国民の排除と鎮圧の武器」がつけ加えられることになる。

(3) 有事(戦時)における秘密保護法
 秘密保護法案をめぐっては、ことさら「平時の情報管理」が強調されており、「戦争法・軍事法としての秘密保護法」としての本質が覆い隠される傾向がある。だが、「軍機保護」が最も要求されるのは言うまでもなく有事であり、秘密保護法もまた有事での発動を当然に予定している。
 しかも、その「有事」は、国家安全保障基本法とともに登場するであろう「集団的自衛事態法」や「国際平和協力法」(海外派兵恒久法)によって、「日本をめぐる有事」から「米国をめぐる有事」あるいは「世界の有事」に拡大しようとしている。「有事(戦時)における秘密保護法」の検討・批判が、ゆるがせにされることなどあってはならないのである。


第2条 (定義)
この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。
 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関(内閣府を除く)及び内閣の所管の下に置かれる機関
 内閣府、宮内庁並びに内閣府設置法第49第1項及び第2項に規定する機関(これらの機関のうち、国家公安委員会にあっては警察庁を、第四号の政令で定める機関が置かれる機関にあっては当該政令で定める機関を除く。)
 国家行政組織法第3条第2項に規定する機関(第五号の政令で定める機関に置かれる機関にあっては、当該政令で定める機関を除く。)
 内閣府設置法第39条及び第55条並びに宮内庁法(昭和22年法律第70号)第16条第2項の機関並びに内閣府設置法第40条及び第56条(宮内庁法第18条第1項において準用する場合を含む。)の特別の機関で、警察庁その他政令で定めるもの
 国家行政組織法第8条の2の施設等機関及び同法第8条の3の特別の機関で、政令で定めるもの
 会計検査院


1 意義
 本法では、「行政機関の長」が特定秘密の指定、特定秘密の保護措置、「適性評価」などの実施主体となる。その「行政機関」の範囲を定めるのが本条である。
 一般に、行政機関とは国や地方公共団体の機関をいうが、この法案では、以下のとおり、国家の機関のみを「行政機関」としている。

2 「行政機関」の実例
(1) 法律に基づき内閣に置かれる機関(内閣府を除く)及び内閣の所管に置かれる機関……一号
 国の行政機関としての内閣官房、内閣法制局、安全保障会議、復興庁、人事院である。
 復興庁は、東日本大震災対策基本法を受けた復興庁設置法により2012年2月に発足した行政機関であり、2021年3月末日までに廃止されることになっている。

(2) 内閣府、宮内庁並びに内閣府設置法第49第1項及び第2項に規定する機関(これらの機関のうち、国家公安委員会にあっては警察庁を、第四号の政令で定める機関が置かれる機関にあっては当該政令で定める機関を除く。)……二号
 内閣府、宮内庁と「内閣府設置法第49条1項及び第2項に規定する機関」である。
 「内閣府設置法・・に規定する機関」とは、内閣府の外局としておかれる公正取引委員会、国家公安委員会(ただし、警察庁は除く)、金融庁、消費者庁である。

(3) 国家行政組織法第3条第2項に規定する機関……三号
 国の行政機関である省、委員会、庁のことである。
 中央省庁再編などで変動しているが、現時点では、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省のほか、公安審査委員会、原子力規制委員会、公安調査庁、海上保安庁などである。
 原子力規制委員会は、原子力規制委員会設置法にもとづいて2012年9月に発足した行政機関である。

(4) 内閣府設置法第39条及び第55条並びに宮内庁法第16条第2項の機関並びに内閣府設置法第40条及び第56条(宮内庁法第18条第1項において準用する場合を含む。)の特別の機関で、警察庁その他政令で定めるもの内閣府設置法第39条及び第55条並びに宮内庁法第16条第2項の機関……四号
 「内閣府設置法第39条及び第55条並びに宮内庁法第16条第2項の機関」とは、国の行政機関が置く施設等機関のことで、内閣府の経済社会総合研究所、迎賓館、宮内庁の正倉院事務所、御料牧場がある。また、「内閣府設置法第40条及び第56条の特別の機関」とは、警察庁、内閣府の北方対策本部、金融危機対応会議などがある。

(5) 国家行政組織法第8条の2の施設等機関及び同法第8条の3の特別の機関……五号
 「国家行政組織法第8条の2の施設等機関」とは、国の行政機関が置く施設等機関である法務省の法務総合研究所、外務省の外務省研修所、防衛省の防衛研究所などがある。
 「同法第8条の3の特別の機関」とは、外務省の在外公館、防衛省の防衛会議などである。

(6) 会計検査院……六号
 内閣に属さない国の行政機関である。


第2章 特定秘密の指定等


第3条 (特定秘密の指定)
 行政機関の長(当該行政機関が合議制の機関である場合にあっては当該行政機関をいい、前条第四号及び第五号の政令で定める機関(合議制の機関を除く。)にあってはその機関ごとに政令で定める者をいう。第11条第一号を除き、以下同じ。)は、当該行政機関の所掌事務に係る別表に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの(日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法第1条第3項に規定する特別防衛秘密に該当するものを除く。)を特定秘密として指定するものとする。
 行政機関の長は、前項の規定による指定(附則第4条を除き、以下単に「指定」という。)をしたときは、政令で定めるところにより指定に関する記録を作成するとともに、当該指定に係る特定秘密の範囲を明らかにするため、特定秘密である情報について、次の各号のいずれかに掲げる措置を講ずるものとする。
一 政令で定めるところにより、特定秘密である情報を記録する文書、図画、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録をいう。以下この号において同じ。)若しくは物件又は当該情報を化体する物件に特定秘密の表示(電磁的記録にあっては、当該表示の記録を含む。)をすること。
二 特定秘密である情報の性質上前号に掲げる措置によることが困難である場合において、政令で定めるところにより、当該情報が前項の規定の適用を受ける旨を当該情報を取り扱う者に通知すること。
 行政機関の長は、特定秘密である情報について前項第二号に掲げる措置を講じた場合において、当該情報について同項第一号に掲げる措置を講ずることができることとなったときは、直ちに当該措置を講ずるものとする。


1 意義
 本条は、特定秘密の指定主体、指定要件、指定にともなって講ずる措置について規定する。

2 特定秘密の指定主体
 特定秘密の指定主体は、「行政機関の長」である。「行政機関」の意義については、第2条が定めている。内閣官房であれば内閣官房長官、防衛省であれば防衛大臣、警察庁であれば警察庁長官ということになる。

3 特定秘密の指定
(1) 特定秘密の指定要件
 特定秘密に指定できるのは、以下の要件を満たす情報である。
 @ 当該行政機関の所掌事務に係る別表に掲げる事項に関する情報であること
 A 公になっていないこと
 B その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であること
 「別表」では、「防衛」について12項目の事項、「外交」について5項目の事項、「特定有害活動の防止」について4項目の事項、「テロリズムの防止」について4項目の事項が掲げられている。

(2) 特定有害活動とテロリズム
 ここでいう「特定有害活動」と「テロリズム」は、12条2項で以下のように定義されている。
 @ 特定有害活動
   公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるもの
 A テロリズム
   「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動」
 @はいわゆる「スパイ活動」、Aはいわゆる「テロ」にあたるが、いずれもきわめて抽象的で曖昧な定義であり、広狭はどのようにでも操作できる。
 別表は、「防衛」「外交」に加え、こうした「特定有害活動の防止」、「テロリズムの防止」まで網羅しているのであるから、極めて広範なものにならざるを得ない。

(3) 「その他重要な情報」
 しかも、別表には、どのジャンルにも、以下のとおり、「その他重要な情報」という規定が散りばめられている。
 @ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他重要な情報(別表一、ハ)
 A 安全保障に関し収集した条約その他国際約束に基づき保護することが必要な情報その他重要な情報(同二、ハ)
 B 特定有害活動の防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報(同三、ロ)
 C テロリズムの防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他重要な情報(同四、ロ)
 これでは、行政機関が収集した「防衛」などにかかわる情報は、「重要な情報」と言いさえすれば、どんなものでも特定秘密にできることになる。

(4) 「公になっていない」などは限定にならない
 Aの「公になっていないこと」の要件やBの「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれ」の要件は、いずれも文言が曖昧で抽象的であるばかりか、その判断が行政機関の長に委ねられ、かつ、その判断が正当かどうかを検証する手続きもないため、恣意的運用を防止できない。上記@とあまって、特定秘密の範囲は、広範で際限のないものとなる。
 以上のような要件のもとで特定秘密の指定がなされるとすれば、例えば、防衛に関する事項については、防衛大臣の一存で、あらゆる防衛情報を隠蔽することができることになる。

(5) 「秘密」の実態
 現在の自衛隊法上の「防衛秘密」制度のもとですら、防衛大臣が、2007年から2011年の5年間だけで約5万5000件もの情報を「防衛秘密」と指定し隠蔽しているといわれるが、秘密保護法の制定はこれに拍車をかけることになる。
 また、原発に関する情報も、原子力規制委員会の委員長が「別表」の四イ「テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止ための措置又はこれに関する計画若しくは研究」にあたると判断すれば、特定秘密の指定対象となる。このことは、現在の特別管理秘密保護制度において、原子力規制委員会が504件の特別管理秘密文書を保有していることからも裏づけられる。
 秘密保護法担当の礒崎陽輔首相補佐官は、共同通信とのインタビューで「特別管理秘密」の件数をあげながら、当初指定の「特定秘密」を約40万件と示唆したと報じられている。政府は、赤嶺政賢衆議院議員に対する答弁書で、2007年につくった秘密基準に該当する「特別管理秘密」が16府省庁で計41万2931件にのぼるとしており、これらがそのまま特定秘密になるものと推定される。

4 指定の効果と指定に伴う措置
(1) 指定の効果
 行政機関の長が、特定の情報を特定秘密として指定すれば、それだけでその情報は特定秘密となる。
 特定秘密に指定されると、
 @ 国会や裁判所を含めた他の機関への提供・提示が厳格に制限され(3章)、
 A 適性評価を受けた公務員や従業者しか取り扱うことができなくなり(4章、5章)、
 B 取扱業務従事者や知得者の漏えいに重い処罰が加えられ、メディアの取材や学者・研究者・市民等の調査活動も処罰の危険にさらされる(7章)。
 指定の有無でこれだけの違いが発生するが、行政機関の長は、指定したことを内閣や国会に報告する必要はなく、指定したことを発表する必要もない。
 従って、なにが指定されるかは行政機関の長の一存で決まり、他の機関が指定の適否をチェックする方法はない。国民からすれば、行政機関がどのような特定秘密にあたる情報をもっているか、その情報がいつどのような理由で特定秘密に指定されたのか、まったくわからないことになる。
 秘密指定行為そのものが秘密のヴェールに包まれているのである。

(2) 指定に伴う措置
 特定秘密を指定した場合は、「政令で定めるところにより指定に関する記録を作成する」とともに、指定に係る特定秘密の範囲を明らかにするため「特定秘密となるべき情報を記録する文書、図画、電磁的記録若しくは物件又は当該情報を化体する物件に特定秘密の表示をすること」、それが困難な場合は、「当該情報が前項の規定の適用を受けることとなる旨を当該情報を取扱う者に通知すること」が求められている。
 文書・図画やコンピュータ上のデータであれば、その一角に「特定秘密」と表記することになる。「上空から撮影した○○艦の映像情報」や「通信傍受で取得した××国と△△国の通信情報」には、こうした表記を付すことができないので、特定秘密に指定したことを、情報部隊の幹部等の「当該情報を取扱う者」に通知することになる。
 なお、上記の「○○艦の映像情報」や「××国と△△国の通信情報」などは、個々の情報を取得するたびにその都度指定するのではなく、「日本海上の○○艦の映像情報」「××国と△△国間の軍事に関する通信情報」といったかたちで指定される公算が大きい(一種の包括指定)。この場合には、「指定された特定秘密に含まれること」が通知されることになるだろう。
 このような表示や通知の詳細は政令で定められることにはなるが、どのようなシステムであろうと、行政機関内部での内部手続にすぎない。
 「行政機関の長の指定」のみで特定秘密が成立するから、仮に内部手続が遅れていても、「特定秘密かも知れない」と考えて探り出したり、漏えいしたりすれば、処罰されることになる。


第4条 (指定の有効期間及び解除)
 行政機関の長は、指定をするときは、当該指定の日から起算して5年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとする。
 行政機関の長は、指定の有効期間(この項の規定により延長した有効期間を含む。)が満了する時において、当該指定をした情報が前条第1項に規定する要件を満たすときは、政令で定めるところにより、5年を超えない範囲内においてその有効期間を延長するものとする。
 行政機関(会計検査院を除く。)の長は、前項の規定により指定の有効期間を延長しようとする場合において、当該延長後の指定の有効期間が通じて30年を超えることとなるときは、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお当該指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣の承認を得なければならない。この場合において、当該行政機関の長は、当該指定に係る特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める措置を講じた上で、内閣に当該特定秘密を提供することができる。
 行政機関の長は、指定をした情報が前条第1項に規定する要件を欠くに至ったときは、有効期間内であっても、政令で定めるところにより、速やかにその指定を解除するものとする。


1 意義
 本条は、特定秘密の指定の有効期間などを定める。

2 有効期間
 行政機関の長が、特定秘密の指定に際して、5年を超えない範囲で有効期間を定め、有効期間の終了時になお特定秘密指定の要件を満たしていると判断するときには、5年を超えない範囲で有効期間を更新することができるとする。
 また、更新を重ねて、有効期間が通算30年を超えることになった場合には、「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお当該指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて」の理由を内閣に示して、その承認を得ることとされている。
 しかし、これでは内閣の判断次第で、特定秘密の指定が半永久的に続くことになりかねない。公文書管理法で定める行政文書の保存期間は最長30年であり(公文書等の管理に関する法律施行令8条、同別表)、特定秘密と指定されたまま保存期間の経過を理由に文書等が廃棄され、事後的・歴史的な検証すら不可能となる危険性もある。実際、前述の「防衛秘密」制度のもとですら、2007年から2011年の5年間だけで約3万4300件もの文書が公開されないまま廃棄されてしまっている。

3 解除
 行政機関の長は、指定をした情報が特定秘密の指定の要件を欠くにいたったときは、有効期間内であっても、政令で定めるところにより、速やかにその指定を解除しなければならない。
 しかし、「要件を欠くにいたった」か否かの判断は行政の長に委ねられており、解除するか否かも、行政機関の長の判断にゆだねられている。また、行政機関の長は、解除したことを公表する必要はなく、国会などに報告する必要もない。
 実際、2002年に前述の「防衛秘密」制度が制定されてから、指定解除が行われたのはわずか1件だけしかない。

4 指定と解除による情報操作・世論操作
 指定も解除も情報機関の長の一存でできる特定秘密が、政府による情報操作・世論操作に使われる危険性は甚大である。
 「防衛」や「外交」、「テロ」などにかかわる情報は、一部を秘匿し、一部を開示することによって、世論を操作し、誘導することができる。2004年のイラク戦争開戦に際しては、「大量破壊兵器が存在する」との情報だけが流され(後に誤情報と判明)、「フセイン政権の危険性」だけが一方的に宣伝された。
 同じことがこの国でも起こるだろう。
 「○○国の脅威」を言い立てようとする政府は、それまで特定秘密として秘匿していた○○国にかかわる軍事情報や外交情報の指定を解除し、メディアに発表するか、リークして書き立てさせればいい。良心的なジャーナリストが、政府発表と異なる情報を探り出そうとしても、そこには秘密保護法による取得行為処罰の壁が立ちはだかるのである。
 「大本営発表しか書けなかったあの時代」と、いったいどこが違うのだろうか。


第5条 (特定秘密の保護措置)
 行政機関の長は、指定をしたときは、第3条第2項に規定する措置のほか、第11条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、当該行政機関において当該指定に係る特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲を定めることその他の当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める措置を講ずるものとする。
 警察庁長官は、指定をした場合において、当該指定に係る特定秘密(第7条第1項の規定により提供するものを除く。)で都道府県警察が保有するものがあるときは、当該都道府県警察に対し当該指定をした旨を通知するものとする。
 前項の場合において、警察庁長官は、都道府県警察が保有する特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲その他の当該都道府県警察による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について、当該都道府県警察に指示するものとする。この場合において、当該都道府県警察の警視総監又は道府県警察本部長(以下「警察本部長」という。)は、当該指示に従い、当該特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、及びその職員に当該特定秘密の取扱いの業務を行わせるものとする。
 行政機関の長は、指定をした場合において、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために特段の必要があると認めたときは、物件の製造又は役務の提供を業とする者で、特定秘密の保護のために必要な施設設備を設置していることその他政令で定める基準に適合するもの(以下「適合事業者」という。)との契約に基づき、当該適合事業者に対し、当該指定をした旨を通知した上で、当該指定に係る特定秘密(第8条第1項の規定により提供するものを除く。)を保有させることができる。
 前項の契約には、第11条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、同項の規定により特定秘密を保有する適合事業者が指名して当該特定秘密の取扱いの業務を行わせる代表者、代理人、使用人その他の従業者(以下単に「従業者」という。)の範囲その他の当該適合事業者による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について定めるものとする。
 第4項の規定により特定秘密を保有する適合事業者は、同項の契約に従い、当該特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、及びその従業者に当該特定秘密の取扱いの業務を行わせるものとする。


1 意義
 本条は、特定秘密の指定をした場合の保護措置について、行政機関、警察組織、適合事業に分けて規定する。
 これらが、いずれも行政機関など特定秘密を保有する側の内部の措置にすぎないことは、3条2項と同じである(同項のところを参照)。

2 行政機関内での保護措置
 行政機関の長は、特定秘密の指定をしたときには、指定記録を作成するとともに特定秘密であることの表示又は通知を行い(3条2項)、特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲を定めるとともに、政令で定める措置を実施することを規定する。
 特定秘密の取扱を業務とする職員は、適性評価の実施(第11条)によって特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、行政機関の長が、当該行政機関において当該指定に係る特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲を定める。

3 適合事業者が秘密を保有する場合の保護措置ないし秘密保有の要件
 本条4項は、行政機関の長は、特定秘密指定をした場合において、
 @ 別表に掲げる事項に関する業務を遂行するために特段の必要があるとき、
 A 適合事業者と政令に定める内容の契約に基づき、
 B 特定秘密の指定をした旨を通知した上で、
適合事業者に特定秘密を保有させることができるとする。
 適合事業者とは、物件の製造又は役務の提供を業とする者で、特定秘密の保護のために必要な施設設備を設置していることその他政令で定める基準に適合する事業者である。行政との契約によって研究・開発の委託や製造の発注を受ける民間事業者、研究機関等がこれにあたる。
 また、締結される契約には、11条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、同項の規定により特定秘密を保有する適合事業者が指名して当該特定秘密の取扱いの業務を行わせる代表者や従業者の範囲その他の当該適合事業者による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について定めることが要求されている。
 上記の契約により、特定秘密を保有する適合事業者は、契約に従い、特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、その従業者に特定秘密の取扱いの業務を行わせる(6項)。

4 警察組織における保護措置
 警察庁長官は、特定秘密として指定したもののなかに、都道府県警察が保有するもの(警察庁が都道府県警察に提供したものは除く)があるときは、当該都道府県警察に対し秘密指定をした旨を通知する(2項)。
 この場合に、警察庁長官は、都道府県警察が保有する特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲と、特定秘密の保護に関し必要な事項を都道府県警察に指示する。そして、警察本部長(都道府県警察の警視総監又は道府県警察本部長)は、その指示に従い、特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、職員に特定秘密の取扱いの業務を行わせる(3項)。



第3章 特定秘密の提供

 3章は、特定秘密を保有する行政機関等が他の行政機関等に特定秘密を提供する場合を規定する。提供(保有)元と提供先及び規定条文の関係は、以下のとおりである。
<提供(保有)元>
 行政機関
 警察庁
 行政機関
 行政機関
 行政機関
 警察本部長
 適合事業者
  <提供先>
→  他の行政機関
→  都道府県警
→  適合事業者
→  外国政府、国際機関
→  国会・その他
→  国会・その他

→  行政機関・その他
<規定条文>
 6条
 7条
 8条
 9条
 10条1項
 10条2項
 10条3項

 提供先は、国内の行政機関、都道府県警察、適合事業者その他であり、地方自治体は提供先には予定されていない。一部の行政機関で情報を独占しようとする姿勢が読み取れる。
 同じ国家機関であっても国会、裁判所などに特定秘密を提供する場合の要件はきわめて厳格である一方、外国政府や国際機関に特定秘密を提供する場合の要件は非常に緩やかなものであって、本章の規定は、国民、国会、裁判所に外国政府、とりわけ米国を優先するものであり、きわめて問題が多く、いわば「亡国の章」というべき内容となっている。

第6条 (我が国の安全保障上の必要による特定秘密の提供)
 特定秘密を保有する行政機関の長は、他の行政機関が我が国の安全保障に関する事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために当該特定秘密を利用する必要があると認めたときは、当該他の行政機関に当該特定秘密を提供することができる。ただし、当該特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が当該特定秘密について指定をしているとき(当該特定秘密が、この項の規定により当該保有する行政機関の長から提供されたものである場合を除く。)は、当該指定をしている行政機関の長の同意を得なければならない。
 前項の規定により他の行政機関に特定秘密を提供する行政機関の長は、当該特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲その他の当該他の行政機関による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について、あらかじめ、当該他の行政機関の長と協議するものとする。
 第1項の規定により特定秘密の提供を受ける他の行政機関の長は、前項の規定による協議に従い、当該特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、及びその職員に当該特定秘密の取扱いの業務を行わせるものとする。


1 意義
 本条は、特定秘密を保有する行政機関が、他の行政機関に特定秘密を提供する場合について定める。防衛省が自己の保有する軍事情報を外務省に対し提供する場合などである。

2 提供の要件
 特定秘密を保有する行政機関が、他の行政機関に特定秘密を提供する要件は、
 @ 他の行政機関の秘密利用の必要性(1項)、
 A 政令規定事項の行政機関の事前協議(2項)、
 B 秘密指定が競合する場合の競合機関の長の同意(1項)、
 C 事前協議にしたがった提供を受ける行政機関の保護措置の存在(3項)である。
 特定秘密を保有する行政機関の長が、他の行政機関が我が国の安全保障に関する事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために当該特定秘密を利用する必要があると認めたときに、提供が可能となる。
 秘密利用の必要性を判断するのは特定秘密を保有する行政機関の長(上記例では防衛大臣)であり、その判断の適否についてのチェックは何ら予定されていない。

3 指定行政機関の長の同意
 特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が特定秘密について指定をしているときは、その指定行政機関の長の同意を得なければならない(1項ただし書き)。同一情報等に関し特定秘密の指定が競合する場合に、競合する他の行政機関の長の同意を要件としたものである。
 たとえば、防衛省が外務省に提供しようとしている情報が、警察庁長官により特定秘密とされているものであるときは、警察庁長官の同意を得る必要がある。
 ただし、その特定秘密が、保有する行政機関の長から提供されたものである場合は、同意は不要である。上記の例でいうと、防衛省が外務省に提供しようとしている特定秘密を警察庁が特定秘密と指定していても、その秘密がもともと防衛大臣が指定して警察庁に提供したものである場合は、警察庁の同意は不要ということである。
 同一情報(秘密)が複数の行政機関で競合的に秘密指定されることが想定されており、特定秘密指定の事実とその範囲について、その情報を集中・集約する部署が必要となる。担当部局としては内閣官房内の内閣情報官がその調整にあたるといわれている。

4 提供に際しての協議
 行政機関が他の行政機関に特定秘密を提供する際、その他の行政機関において特定秘密の保護に関し必要な事項について、提供する行政機関の長と提供されるその他の行政機関の長で協議を行う(2項)。協議事項は、提供を受ける行政機関において特定秘密の取扱いの業務を行う職員の範囲等その他で、政令で定めるとしている。

5 特定秘密の提供を受ける行政機関の長の措置
 本条3項は、特定秘密の提供を受ける行政機関の長が、本条2項の協議に従って、特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じること、及び協議に従って職員に特定秘密の取扱いの業務を行わせることを規定している。

6 政府機関のみへの提供
 6条で提供を受けることができる行政機関とは、2条で定義された行政機関すなわち国家機関だけであり、地方自治法上の地方公共団体(地方自治体)は含まれていない。また、7条によって、警察庁が地方自治体の機関である都道府県警察に提供することは認められているが、警察以外の自治体の機関への提供は認められておらず、都道府県警察が都道府県や市町村、消防などに提供することもできない。
 武力攻撃事態法や国民保護法(有事法制体系)によって、戦争態勢に組み込まれた地方自治体は、住民の避難などの「国民保護の主体」とされており、「国民保護計画」の作成が義務づけられている。だが、「テロの発生」や「ゲリラの上陸」などで、住民避難が現実化するとき、国民保護を担うべき地方自治体や消防に特定秘密が提供されることはない。
 その結果、地方自治体は、政府機関や自衛隊・警察などから発生した事態や自衛隊の活動などについての情報の提供を受けられないまま、住民の避難などを行わねばならないことになる。
 これでは、住民の犠牲を顧みず、国民保護をかなぐり捨てて、「国家の利益」のために「自衛隊の運用」などの情報は秘匿し続けると言っているに等しいのである。


第7条
 警察庁長官は、警察庁が保有する特定秘密について、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために都道府県警察にこれを利用させる必要があると認めたときは、当該都道府県警察に当該特定秘密を提供することができる。
 前項の規定により都道府県警察に特定秘密を提供する場合については、第5条第3項の規定を準用する。
 警察庁長官は、警察本部長に対し、当該都道府県警察が保有する特定秘密で第5条第2項の規定による通知に係るものの提供を求めることができる。


1 意義
 本条は、警察庁長官が、警察庁が保有する特定秘密を都道府県警察に提供する場合の要件等を定める。

2 提供の要件
 提供の要件は、都道府県警に特定秘密を利用させる必要性のあることである。即ち、警察庁長官が、警察庁の所管事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために都道府県警察にこれを利用させる必要があると認めたとき提供できるとする。
 6条同様に要件判断は警察庁長官が行い、判断の適否についてのチェックは予定されていない。

3 都道府県警察への特定秘密の提供
 2項は、警察庁長官が都道府県警察に特定秘密を提供する場合の、必要な措置を規定する。警察庁長官は、都道府県警察が保有する特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲、及び特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について、都道府県警察に指示するものとし(5条3項を準用)、警察本部長は、警察庁長官の指示に従い、特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、指示に従ってその職員に特定秘密の取扱いの業務を行わせる。6条2、3項と同趣旨の条項であるが、6条2項が「協議」であるのに対し、本項では「指示」としている点が異なっている。

4 都道府県警察への提供の要求
 本条3項は、警察庁長官が、都道府県本部長に対し、都道府県警察が保有する特定秘密で警察庁長官が特定秘密に指定しているものの、提供を求めることができるとする規定である。

5 「警察だけへの提供」がもたらすもの
 特定秘密は、地方自治体の機関である警察には、「必要があると認めたとき」に提供されることになる。警察庁が指定した特定秘密のみでなく、他の行政機関(防衛庁や外務省など)が指定した特定秘密も、警察庁への提供を介して、都道府県警察に提供される仕組みである(指定した行政機関の同意は要するが)。
 秘密保護法違反の犯罪捜査には、別途、「刑事事件の捜査又は公訴の維持」のための提供(10条1項一ロ)が規定されているから、本条での都道府県警察への提供は、刑事事件の捜査活動のためのものではない。
 また、特定有害活動(いわゆる「スパイ活動」)やテロの防止といった治安分野は警察の領域ではあるが、提供される情報はこれらのジャンルのものに限定されていない。防衛情報や外交情報も、治安情報と同等に警察に提供されることが予定されているのである。
 地方自治体にまったく提供されない特定秘密が、警察にだけは全面的に提供されることになっているのは、警察組織を秘密管理に全面的に組み込もうとしているためとしか考えられない。
 「唯一の超大国」が「テロリスト」と対峙する情勢のもとで、軍事と治安の境界が低くなりつつある。軍事=戦争を前提に組み上げられた有事法制がテロ=治安に拡張され、「犯罪対処」と称して船舶護衛活動やジブチでの「海外根拠地づくり」が進んでいることにも、「軍事と治安の液状化現象」が現れている。
 こうしたもとで、警察は、自衛隊とともに日米同盟体制−海外派兵体制を支える実力部門として位置づけられようとしている。警察の秘密管理への全面的な組み込みが、警察そのものの変質=「軍警化」をもたらす危険は、大きいと考えねばならない。


第8条
 特定秘密を保有する行政機関の長は、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために、適合事業者に当該特定秘密を利用させる特段の必要があると認めたときは、当該適合事業者との契約に基づき、当該適合事業者に当該特定秘密を提供することができる。ただし、当該特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が当該特定秘密について指定をしているとき(当該特定秘密が、第6条第1項の規定により当該保有する行政機関の長から提供されたものである場合を除く。)は、当該指定をしている行政機関の長の同意を得なければならない。
 前項の契約については第5条第5項の規定を、前項の規定により特定秘密の提供を受ける適合事業者については同条第6項の規定を、それぞれ準用する。この場合において、同条第5項中「前項」とあるのは「第8条第1項」と、「を保有する」とあるのは「の提供を受ける」と読み替えるものとする。
 第5条第4項の規定により適合事業者に特定秘密を保有させている行政機関の長は、同項の契約に基づき、当該適合事業者に対し、当該特定秘密の提供を求めることができる。


1 意義
 本条は、特定秘密を保有する行政機関の長が、適合事業者である民間業者(適合事業者の定義は5条4項参照)に対し特定秘密を提供する場合の要件等を定める。

2 提供の要件
 特定秘密を保有する行政機関の長が、適合事業者である民間業者に特定秘密を提供でくる要件は、以下のとおりである。
 @ 適合事業者に秘密を利用させる特段の必要性
 A 政令により指定される事項を内容とする契約の締結
 B 秘密の指定が競合する場合は、競合する行政機関の長の同意
 特定秘密を保有する行政機関の長が、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために適合事業者に特定秘密を利用させる特段の必要があると認めたときは、適合事業者との契約に基づき、特定秘密を提供できるというものである。
 6条や7条とは異なり本条では、適合事業者に利用させる「特段の」必要性が認められたときとしており、提供する場合の要件が過重されている。
 6、7条同様、@の要件を判断するのは、特定秘密を保有する行政機関の長であり、その判断の適否についてのチェックは何ら予定されていない。

3 競合する他の行政機関の長の同意
 特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が特定秘密について指定をしているときは、その指定行政機関の長の同意を得なければならないとことは、6条同様である。(その内容及び問題点は6条の解説を参照)

4 特定秘密提供に際しての契約の締結
 適合事業者に特定秘密を提供する場合に、政令指定事項を定める契約によること、必要な保護措置を講じなければならないこと、5条5、6項と同様である。(5条5、6項の解説を参照)

5 適合事業者への提供要求
 本条3項は、行政機関が適合事業者から特定秘密の提供を受ける場合の規定である。適合事業者に特定秘密を保有させている行政機関の長は、契約に基づき、適合事業者に対し、特定秘密の提供を求めることができるとしている。


第9条
  特定秘密を保有する行政機関の長は、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために必要があると認めたときは、外国(本邦の域外にある国又は地域をいう。以下同じ。)の政府又は国際機関であって、この法律の規定により行政機関が当該特定秘密を保護するために講ずることとされる措置に相当する措置を講じているものに当該特定秘密を提供することができる。ただし、当該特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が当該特定秘密について指定をしているとき(当該特定秘密が、第6条第1項の規定により当該保有する行政機関の長から提供されたものである場合を除く。)は、当該指定をしている行政機関の長の同意を得なければならない。


1 意義
 本条は、特定秘密を保有する行政機関の長が、外国政府または国際機関に特定秘密を提供する場合の要件について規定する。

2 提供の要件
 提供の要件は、以下のとおりである。
 @ 別表事項遂行の必要性
 A 外国政府または国際機関であること
 B 相当の秘密保護措置が講ぜられていること
 C 秘密の指定が競合する場合は、競合する行政機関の長の同意
 特定秘密を保有する行政機関の長が、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために必要があると認めたときは、外国の政府又は国際機関であって、この法律の規定により行政機関が当該特定秘密を保護するために講ずることとされる措置に相当する措置を講じているものに、特定秘密を提供できるとする。

3 行政機関の長が外国への秘密提供の必要性を判断する
 要件@は、別表に掲げる事項に係るものを遂行するために「必要がある」と認めたときとなっており、「特段の必要がある」と認めたときとする適合事業者への提供(8条)や秘密を利用・知る者の範囲を制限し、当該業務以外の秘密利用の防止措置を講じ、我国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがない等の厳格な条件を求める国会等への提供(10条)の取扱いと比較すると、その提供条件はきわめて緩やかといわざるをえない。
 日米同盟のパートナーたる米国に対してはフリーハンドに近い情報提供がなされることが危惧される。

4 提供先は外国政府または国際機関
 秘密の提供先は、外国政府又は国際機関に限定される。民間組織は含まれない。
 国際組織としては、国連、国際原子力委員会(IAEA)などが考えられよう。

5 相当な措置が講じられていること
 特定秘密を保護するために講ずることとされる措置に相当する措置を講じていることが条件とされるが、主な提供先と想定される米国においては秘密保護法制がすでに制定されている(本法案のある意味ではお手本)以上、規制要件としてはほとんど意味をなさない。
 法体系の異なる、中国、ロシア、北朝鮮に対する秘密提供は当然ながら想定されていない。

6 競合する行政機関の長の同意
 特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が特定秘密について指定をしているときは、その指定行政機関の長の同意を得なければならないこと、6条、8条と同様である(本条ただし書き)。


第10条 (その他公益上の必要による特定秘密の提供)
 第4条第3項後段及び第6条から前条までに規定するもののほか、行政機関の長は、次に掲げる場合に限り、特定秘密を提供することができる。
 特定秘密の提供を受ける者が次に掲げる業務又は公益上特に必要があると認められるこれらに準ずる業務において当該特定秘密を利用する場合(次号から第四号までに掲げる場合を除く。)であって、当該特定秘密を利用し、又は知る者の範囲を制限すること、当該業務以外に当該特定秘密が利用されないようにすることその他の当該特定秘密を利用し、又は知る者がこれを保護するために必要なものとして政令で定める措置を講じ、かつ、我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたとき。
 各議院又は各議院の委員会若しくは参議院の調査会が国会法第104条第1項(同法第54条の4第1項において準用する場合を含む。)又は議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律第1条の規定により行う審査又は調査であって、国会法第52条第2項(同法第54条の4第1項において準用する場合を含む。)又は第62条の規定により公開しないこととされたもの
 刑事事件の捜査又は公訴の維持であって、刑事訴訟法第316条の27第1項(同条第3項及び同法第316条の28第2項において準用する場合を含む。)の規定により裁判所に提示する場合のほか、当該捜査又は公訴の維持に必要な業務に従事する者以外の者に当該特定秘密を提供することがないと認められるもの
二 民事訴訟法第223条第6項の規定により裁判所に提示する場合
 情報公開・個人情報保護審査会設置法第9条第1項の規定により情報公開・個人情報保護審査会に提示する場合
 会計検査院法第19条の4において読み替えて準用する情報公開・個人情報保護審査会設置法第9条第1項の規定により会計検査院情報公開・個人情報保護審査会に提示する場合
 警察本部長は、第7条第3項の規定による求めに応じて警察庁に提供する場合のほか、前項第一号に掲げる場合(当該警察本部長が提供しようとする特定秘密が同号ロに掲げる業務において利用するものとして提供を受けたものである場合以外の場合にあっては、同号に規定する我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めることについて、警察庁長官の同意を得た場合に限る。)、同項第二号に掲げる場合又は都道府県の保有する情報の公開を請求する住民等の権利について定める当該都道府県の条例(当該条例の規定による諮問に応じて審議を行う都道府県の機関の設置について定める都道府県の条例を含む。)の規定で情報公開・個人情報保護審査会設置法第9条第1項の規定に相当するものにより当該機関に提示する場合に限り、特定秘密を提供することができる。
 適合事業者は、第8条第3項の規定による求めに応じて行政機関に提供する場合のほか、第1項第一号に掲げる場合(同号に規定する我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めることについて、当該適合事業者が提供しようとする特定秘密について指定をした行政機関の長の同意を得た場合に限る。)又は同項第二号若しくは第三号に掲げる場合に限り、特定秘密を提供することができる。


1 意義
 本条は、公益上の必要による特定秘密の提供又は提示を定める。各議院等が行う審査・調査の場合(1項一号イ)、刑事事件の捜査や公訴の維持のため(1項一号ロ)の提供と、民事訴訟法223条6項(二号)、情報公開・個人情報保護審査会設置法9条1項の規定により(三号)裁判所や審査会に、いわゆるインカメラ審査で提示する場合を規定する。
 4条3項後段及び6条から9条に定める以外に、特定秘密を提供できる場合を規定した条文である。

2 国会に対する提供(1項一号イ)
(1) 提供の要件
 国会の審理又は調査に利用する場合の要件は、以下のとおりである。
 @ 衆参各議院又は各議院の委員会もしくは参議院の調査会が行う審査又は調査であること
 A 議院及び委員会が秘密会とされていること
 B 特定秘密を利用又は知る者の範囲が制限されていること
 C 当該業務以外に特定秘密が利用されないようその他の特定秘密を保護のための政令上の措置が講じられていること
 D 我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないこと

(2) 行政機関の国会への容喙
 これは、国会に対し、秘密会であること、秘密を知る者の範囲の制限、秘密が流用されないこと、その他政令で定める措置を国会に求めるものであり、行政からの求めに国会が応じなければ、特定秘密の提供を拒むことができるのであるから、いわば特定秘密の提供を「餌」に、行政が国会の運営について容喙するに等しい。
 判断は特定秘密を保有する行政機関の長が行うことになる。そのため、委員会、議院で秘密会の開催を決めるなど、@からCの要件をみたしたとしても、行政機関の長の判断でD「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがない」との要件をみたさないとして特定秘密の提供を拒むことができる。

(3) 国会や国民より米国を重視
 本条項は、国会に対して特定秘密を提供する場合を非常に厳格に規定し、行政機関の長の判断で国会への提供を拒むことができるとしており、国権の最高機関である国会を著しく軽視したものであることは明らかである。他方、外国政府又は国際機関に対しては、行政機関の長の判断で特定秘密を提供することができるとしており、外国政府の方に対する方がはるかに緩やかな要件で特定秘密を提供できるとされている。国民や国会よりも外国、具体的には米国を重視するものに他ならない。

(4) 国民の知らないところで戦争へ
 武力攻撃事態や緊急対処事態の対処基本方針は国会承認が要求されており(武力攻撃事態法9条7項、25条5項)、周辺事態における対処措置の実施も同様である(周辺事態法5条1項)。「戦争に突入するかどうか」を検討するこの審議でも、特定秘密の提供は秘密会に限定され、「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があれば提供されない。
 これでは、「国会の関与を排除し、国民の知らないところで戦争に突き進む」と言っているのと同じである。

3 刑事裁判で利用する場合(1項一号ロ)
(1) 提供の要件
 刑事事件の捜査または公訴の維持に必要な業務・手続きに使用する場合である。
 この場合の要件は、以下のとおりである。
@ 特定秘密を受ける者が行う業務が刑事事件の捜査又は公訴の維持であること、
A 刑訴法の定める公判前整理手続における証拠開示判断のためのインカメラ手続であること、又は捜査又は公判の維持に必要な業務に従事する者以外の者に特定秘密を提供することがないと認められること、
B 特定秘密を利用又は知る者の範囲が制限されていること、
C 当該業務以外に特定秘密が利用されないようその他の特定秘密を保護のための政令上の措置が講じられていること、
D 我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないことである。

(2) 提供制限が生み出す暗黒裁判
 この場合の提供先は、捜査機関としての警察(刑事訴訟法では司法警察員)・検察庁と公訴遂行機関としての検察官である。提供を受けた警察や検察庁・検察官は、公判前整理手続における証拠開示判断のためのインカメラ手続以外での裁判所への提示以外では、特定秘密を外に持ち出すことが認められていない。
 国民が秘密保護法違反に問われたとき、特定秘密(にあたる情報)が法廷に提出されることはなく、「特定秘密に指定されていること」だけを「根拠」に、有罪が宣告されることになる。まさしく暗黒裁判と言うほかはない。

4 裁判所や審査会へ提示する場合(1項二号〜四号)
 刑事裁判以外の「提示のための提供」には、3つの場合がある。 
 @ 民事訴訟法223条6により裁判所に提示する場合(1項二号)
   民事訴訟法が定める文書提出命令の判断のためのインカメラ手続のために提供する場合である。
 A 情報公開・個人情報保護審査会に提示する場合(1項三号)
   情報公開審査会のインカメラ手続のために提供する場合である。
 B 会計検査院情報公開・個人情報保護審査会に提示する場合(1項四号)
   会計検査院情報公開・個人情報保護審査会の調査審議の手続におけるインカメラ手続のために提供する場合である。
 いずれの場合でも、「特定秘密であるから提出命令が出せない」「公開できない」ことを示すために提示されるのであり、法廷に提出されたり、情報公開が命じられたりすることはまったく想定されていない。

5 警察本部長が提供する場合(2項)
 本項は、都道府県警察本部長が特定秘密を提供する場合を定める。
 7条3項により警察庁に提供するほか、本条1項一号に定める国会に提供する場合、刑事裁判のため提供する場合、本条1項二号に定める民事訴訟のインカメラ手続に提供する場合、各都道府県の情報公開条例に定めるインカメラ手続のために提供する場合は、提供することができるものとする。
 本条1項一号に定める国会に提供する場合、刑事裁判のため提供する場合は、我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないことについて警察庁長官の同意を得る必要がある。ただし、都道府県警察が提供しようとする特定秘密が本条1条1項ロの規定により都道府県警察に提供されたものであるときは、同意は不要である。
6 適合事業者が提供する場合(3項)
 本項は、適合事業者が特定秘密を提供する場合を定める。本条1項一、二、三号に掲げる場合に限り、特定秘密を提供できるとする。



第4章 特定秘密の取扱者の制限


第11条 
 
 特定秘密の取扱いの業務は、当該業務を行わせる行政機関の長若しくは当該業務を行わせる適合事業者に当該特定秘密を保有させ、若しくは提供する行政機関の長又は当該業務を行わせる警察本部長が直近に実施した次条第1項又は第15条第1項の適性評価(第13条第1項(第15条第2項において準用する場合を含む。)の規定による通知があった日から5年を経過していないものに限る。)において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者(次条第1項第三号又は第15条第1項第三号に掲げる者として次条第3項又は第15条第2項において読み替えて準用する次条第3項の規定による告知があった者を除く。)でなければ、行ってはならない。ただし、次に掲げる者については、次条第1項又は第15条第1項の適性評価を受けることを要しない。
 行政機関の長
 国務大臣(前号に掲げる者を除く。)
 内閣官房副長官
 内閣総理大臣補佐官
 副大臣
 大臣政務官
 前各号に掲げるもののほか、職務の特性その他の事情を勘案し、次条第1項又は第15条第1項の適性評価を受けることなく特定秘密の取扱いの業務を行うことができるものとして政令で定める者


1 意義
 本条は、行政機関の長や警察本部長が実施する「適性評価」について、「特定秘密を漏らすおそれがないと認められた者」以外に、特定秘密の取扱いの業務をさせてはならない旨を定める。ただし、例外的に、特定秘密の取扱いの業務を行う者であっても適性評価を受けることを要しない者を一〜七号に列挙する。適性評価の方法については12条ないし17条が定める。

2 適性評価の対象者
(1) 特定秘密の取扱いの業務を行う者
 適性評価が必要とされる者は、「特定秘密の取扱いの業務を行う者」で、行政機関の長が特定秘密の取扱いを行わせる行政機関の職員、適合事業者の従業者、警察本部長が特定秘密の取扱いを行わせる都道府県警察の職員である。
 特定秘密の提供を受ける外国政府または国際機関(9条)、国会、裁判所、情報公開・個人情報保護審査会など(10条)の関係者は、適性評価の対象者に含まれないと解される。

(2) 「特定秘密の取扱いの業務を行う者」であっても適性評価を要しない者
 本条一号ないし七号に列挙された者は、「特定秘密の取扱いの業務を行う者」であっても、適性評価を受ける必要がない。
 本条一号ないし六号に列挙された者以外の者であっても、七号により「政令で定める者」に該当すれば適性評価の対象外とされることとなる。この七号により政令で定める者の範囲の基準は「職務の特性その他の事情を勘案し」と、極めて抽象的である。政令で特定の官僚のみを適用対象外にするなど、恣意的に定められる危険性が大きい。

3 有効期間と適性評価後の「継続的調査」
 いったん適性評価を受け、「特定秘密を漏らすおそれがないと認められた者」であっても、13条1項の規定による適性評価結果の通知があった日から5年を経過した者及び、5年を経過していなくても「引き続き当該おそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの」として12条3項の規定による告知を受けた者については、再度適性評価を受ける必要がある。
 そのため、適性評価により「特定秘密を漏らすおそれがないと認められた者」についても、継続的に調査を行い、随時、対象者について、引き続き特定秘密を漏らすおそれがないことに「疑いを生じさせる事情」がないか、判断することが前提となっている。「あのときは問題なかったが、その後、息子のところに変な男が出入りしている」とか、「このところ酒量が増えて、大声で仕事への不満や上司の悪口を言い放っているらしい」となれば、「再度の適性検査」を受けさせられ、振るいおとされることになるだろう。
 「疑いを生じさせる事情」=再度の適性検査の要否をチェックするには、こうした「継続的調査」が不可避になるが、秘密保護法には、方法、調査事項、本人の同意を得る必要があるか否かなどの定めはまったくない。
 適性評価制度自体、対象者及び関係者のプライバシー権等を侵害する危険な制度であるが、なんの規定もない「継続的調査」では、適性評価と同様あるいはそれ以上の人権侵害が行われる危険性が、極めて高い。

4 適性評価が生み出すもの
 適性評価制度は、適性評価の対象となる公務・民間労働者、その家族や友人、そして広く一般市民の憲法所の権利を侵害する憲法違反の制度である。
 適性評価制度は、評価対象者である公務・民間労働者の政治活動等への関与、犯罪・懲戒歴、経済状態、精神病歴等の、極めて高度なプライバシーにかかわる情報ついて調査・監視を行うほか、評価対象者の家族(同居の家族に限らず、前妻・前夫の子まで含まれる)や同居人の個人情報まで調査・監視する制度である。
 適性評価にあたっては、ありとあらゆる個人・団体が調査に協力させられることになり、これらの個人・団体のプライバシー情報も同時に収集されるおそれがある。このように、極めて多くの国民が、プライバシー侵害、思想・信条による差別といった重大な人権侵害の危険にさらされることになる。
 すでに、2012年の通常国会で、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(共通番号法)が成立しているが、共通番号法と適性評価制度か結びつくことで、行政は、膨大な個人情報等を収集して管理・利用することが可能となり、国家による徹底的な国民の監視体制が構築されることになる。
 政府は、適性評価制度を先取りするかのように、すでに「秘密」を扱う公務員の身辺調査を行っている。
 政府は、「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」(2007年8月)に基づき、一定の範囲の秘密を「特別管理秘密」に指定した上で、「特別管理秘密」を扱う公務員について「秘密取扱者適格性確認制度」を実施し、6万4361人(2012年6月末現在)にのぼる公務員を、本人の同意なしに身辺調査しているのである。
 また、自衛隊の「情報保全隊」は、現に市民運動、労働運動等を組織的・系統的・日常的に監視し、あらゆる情報を収集・保有していることが明らかになっている。
 政府による国民の監視体制はすでに構築されている。適性評価制度が現実のものとなれば、政府による国民の監視が、さらに大手を振って行われることになるのである。


第5章 適性評価


第12条 (行政機関の長による適性評価の実施)
 行政機関の長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、その者が特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価(以下「適性評価」という。)を実施するものとする。
 当該行政機関の職員(当該行政機関が警察庁である場合にあっては、警察本部長を含む。次号において同じ。)又は当該行政機関との第5条第4項若しくは第8条第1項の契約(次号において単に「契約」という。)に基づき特定秘密を保有し、若しくは特定秘密の提供を受ける適合事業者の従業者として特定秘密の取扱いの業務を新たに行うことが見込まれることとなった者(当該行政機関の長がその者について直近に実施して次条第1項の規定による通知をした日から5年を経過していない適性評価において、特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認められるものを除く。)
 当該行政機関の職員又は当該行政機関との契約に基づき特定秘密を保有し、若しくは特定秘密の提供を受ける適合事業者の従業者として、特定秘密の取扱いの業務を現に行い、かつ、当該行政機関の長がその者について直近に実施した適性評価に係る次条第1項の規定による通知があった日から5年を経過した日以後特定秘密の取扱いの業務を引き続き行うことが見込まれる者
 当該行政機関の長が直近に実施した適性評価において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの
 適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。
 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において同じ。)及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表第四号において同じ。)との関係に関する事項(評価対象者の家族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)
 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項
 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項
 薬物の濫用及び影響に関する事項
 精神疾患に関する事項
 飲酒についての節度に関する事項
 信用状態その他の経済的な状況に関する事項
 適性評価は、あらかじめ、政令で定めるところにより、次に掲げる事項を評価対象者に対し告知した上で、その同意を得て実施するものとする。
一 前項各号に掲げる事項について調査を行う旨
 前項の調査を行うため必要な範囲内において、次項の規定により質問させ、若しくは資料の提出を求めさせ、又は照会して報告を求めることがある旨
 評価対象者が第1項第三号に掲げる者であるときは、その旨
 行政機関の長は、第2項の調査を行うため必要な範囲内において、当該行政機関の職員に評価対象者若しくは評価対象者の知人その他の関係者に質問させ、若しくは評価対象者に対し資料の提出を求めさせ、又は公務所若しくは公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。


1 意義
 本条は、特定秘密の取扱いの業務を行わせる行政機関の職員や適合事業者の従業者に対して行う適性評価の方法等について定める。
 適性評価の主体は、行政機関の長や警察本部長である。政令・命令で、適性評価の権限・事務を職員に委任することができる(17条)。

2 適性評価の対象者(1項)
 本条1項は、本条による適性評価の対象者(評価対象者)として、以下の者を定める。

(1) 行政機関の職員(1項一号前段)
 行政機関の長が特定秘密の取扱いの業務を行わせようとする当該行政機関の職員(警察庁が都道府県警察に特定秘密取扱いの業務を行わせようとする場合の警視総監・道府県警察本部長を含む。)
 ただし、直近に実施した適性評価において秘密を漏らすおそれがないと認められた者であって、結果の通知(13条1項)から5年を経過しておらず、引き続き秘密を漏らすおそれがないと認められる者をのぞく。

(2) 適合事業者の従業員(1項一号後段)
 行政機関の長が契約に基づき適合事業者に特定秘密を保有させ(5条4項)、あるいは適合事業者に特定秘密の提供(8条1項)を行い、当該適合事業者の従業者が特定秘密の取扱い業務を新たに行うことが見込まれることとなった場合の当該適合事業者の従業者(派遣労働者も含む)。ただし、直近に実施した適性評価において秘密を漏らすおそれがないと認められた者であって、結果の通知(13条1項)から5年を経過しておらず、引き続き秘密を漏らすおそれがないと認められる者をのぞく。

(3) 5年経過後も秘密業務を行う者(1項二号)
 いったん適性評価を受け、現に特定秘密の取扱いの業務を行っている行政機関の職員・適合事業者の従業者であって、直近に実施した適性評価による結果の通知(13条1項)から5年を経過した日以後も特定秘密の取扱いの業務を引き続き行うことが見込まれる者。

(4) 秘密を漏らす疑いを生じさせる事情のあるもの(1項三号)
 いったん適性評価を受け、特定秘密を漏らすおそれがないと認められた者であるが、引き続き特定秘密を漏らすおそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの。

3 適性評価の調査事項(2項)
 本条2項は、適性評価における調査事項として、特定有害活動・テロリズムとの関係事項、犯罪・懲戒の経歴、情報の取扱いに係る非違の経歴、薬物の濫用・影響、精神疾患、飲酒、経済状況(一号〜七号)を定めている。
 これらの調査事項は、プライバシー性が極めて高い事項であるうえ、評価対象者に「特定秘密を漏らすおそれ」があるか否かとの関連性が疑わしい事項も含まれている。

(1) 特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項(2項一号)
 a 特定有害活動
 特定有害活動とは、下記ア〜ウの活動のうち、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。
@ 公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動(ア)
A 核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動(イ)
B その他の活動(ウ)
 b テロリズム
テロリズムとは、政治上その他の主義主張に基づき以下の行為を行うことをいう。
@ 国家若しくは他人に政治上その他の主義主張を強要すること(ア)
A 社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷すること(イ)
B 重要な施設その他の物を破壊するための活動をすること(ウ) 
これらの行為と評価対象者の「関係に関する事項」が調査の対象だから、調査の範囲はどのようにでも広げることができる。

(2) 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項(2項二号)

 評価対象者の犯罪歴のほか、職場、大学等の教育機関在籍中の懲戒の経歴および懲戒事由の調査が行われることとなる。

(3) 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項(2項三号)
 法文のみからは明らかとならないが、懲戒の経歴(2項二号)とは独立にあげられていることから、職場における懲戒の対象とならないような情報の取扱についてのミスや、メディア関係者への情報提供の経歴等も調査の対象となり得る。

(4) 薬物の濫用及び影響に関する事項(2項四号)
 単に「薬物」とされており、病院から処方された薬物の使用状況等も調査の対象となり得る。当然、一般的な病歴等も調査されることとなろう。

(5) 精神疾患に関する事項(2項五号)
 精神科通院歴はもちろん、カウンセラー等への相談の履歴等も調査されることとなろう。

(6) 飲酒についての節度に関する事項(2項六号)
 評価対象者のがどのような飲食店にどの程度の頻度で通い、どの程度の飲酒を行っているか、場合によっては家庭内での飲酒状況まで調査の対象となろう。

(7) 信用状態その他の経済的な状況に関する事項(2項七号)
 借金の履歴はもちろんのこと、預貯金その他資産運用の詳細まで調査されることとなろう。

4 特定有害活動・テロリズムとの「関係に関する事項」の調査
 特定有害活動・テロリズムの定義は極めて曖昧かつ広汎であり、憲法によって保障されている政治活動などが、「特定有害活動」「テロリズム」と判断される危険性は大きい。また、特定有害活動・テロリズムとの「関係に関する事項」が調査対象だから、評価対象者の活動はすべて調査されることになる。その活動が特定有害活動やテロリズムに関係があると判断されなかったとしても、ありとあらゆる言論活動、政治活動、宗教活動などが、徹底的に調査されることにならざるを得ないのである。
 しかも、特定有害活動およびテロリズムとの関係に関する事項を調査するにあたっては、評価対象者以外の者の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所も調査・収集されることとなる。
 調査される者は以下のとおりである。
 @ 評価対象者の配偶者、父母、子及び兄弟姉妹、配偶者の父母、子
 A 評価対象者の同居人
 このうち@の配偶者には事実婚関係にある者を含み、「配偶者の・・子」とは「配偶者の前妻・前夫の子」や「夫が認知した子」を意味している。
 こうした家族等について、氏名、生年月日、国籍、住所が調査・収集されるのみで適性評価の「目的」が果たされるわけがなく、当然、これら個人情報から「特定有害活動」「テロリズム」との関連が調査・監視されることとなる。
 「評価対象者本人に変な動きはないが、息子がテロリストと思われる男とつきあっている」となったらどうなるだろうか。「息子を介して情報が流れる危険がある」との理由で、「適性なし」とされるだろう。そのとき、「息子とテロリストらしい男との交際」は、「評価対象者とテロリズムとの関係」と評価されるに違いない。
 そのことは、特定秘密にかかわる可能性のある公務員や労働者の生活が、家族ぐるみで調査・監視下におかれ続けることを意味している。

5 適性評価を行う場合の告知事項及び評価対象者の同意(3項)
(1) 告示事項
 本条3項は、適性評価を行う場合、調査に先立ち、評価対象者に対して、以下の事項を告知した上で、評価対象者の同意を得て実施することを定めている。なお、告知及び同意を得るための手続きの詳細は、政令に委任されている。
@ 適性評価の調査事項
A 適性調査を行うこと
B 適性評価を行うために、評価対象者・評価対象者の知人その他の関係者に質問し、評価対象者に対して資料の提出を求め、公務所若しくは公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができること。
C 評価対象者が、直近に実施した適性評価において秘密を漏らすおそれがないと認められた者であるが、引き続き秘密を漏らすおそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの(11条1項三号)である場合は、その旨(11条3項三号)

(2) 自発的な「同意」などあり得ない
 本条からは、形式的には評価対象者の同意がなければ適性評価は実施されず、自発的に適性評価に協力する者のみが適性評価の対象となるとも思える。後述するように、16条は、行政機関の職員、都道府県警察職員、適合事業者の従業者が適性評価に同意しなかった事実は、「特定秘密の保護」以外の目的で用いてはならないと定め、人事評価等で不利益に評価することは許されないともとれる。
 しかしながら、適性評価に同意せず、適性評価を受けなかった職員等は、「特定秘密の取扱いの業務」を行う事ができない。そうすると、「特定秘密の取扱いの業務」が予定される特定の官職・役職につけないといった「事実上の不利益」は必ず伴う。
 とりわけ、行政機関の職員および都道府県警察職員の場合、一定以上の官職であるとか一定の部署に所属するものについては、具体的な「特定秘密の取扱いの業務」を直近に行う事情がなくとも、あらかじめ一律に適性評価を行っておくことは十分に予測できる。戦争や「テロ」をめぐって情勢が緊迫した「有事」になってから、悠然と適性評価を行っている暇などないはずだからである。適性評価の「有効期間」を5年としているのは、そのためとも考えられる。
 こうなると、適性評価を拒否すれば、一定以上の官職等につけなくなるといった事実上の不利益は不可避である。
 適性評価を拒否した公務・民間労働者について、「特定秘密の取扱いの業務」を行えないことを理由にした不利益な配置転換、分限免職・整理解雇等が行われる危険性も十分に予想されるのである。
 また、当該企業(事業)が防衛産業と結びついている場合、適性評価を拒否することは、担務する仕事がないこととなり、直ちに失職・解雇の危険を伴う。多くの労働者はやむなく適性評価に「同意」せざるを得なくなるのであり、自発的な「同意」などあり得ないのである。

6 適性評価を行う際の質問、照会(4項)
 本条4項は、適性評価を行うにあたって、当該行政機関の職員に対して、
 @ 評価対象者、評価対象者の知人その他の関係者に質問させ、
 A 評価対象者に対し資料を提出させ、
 B 公務所若しくは公私の団体に照会して必要な事項の報告を求める権限
を与えるものである。
 ここに言う「公務所若しくは公私の団体」とは、官公庁はもちろん、民間企業、その他の法人、法人格を有さない任意団体等、純然たる個人をのぞくあらゆる団体が含まれるものと考えられる(刑事訴訟法197条2項、弁護士法23条の2参照)。
 照会や質問に回答するかどうかは任意であり、回答を強制することはできない。だが、ことは「防衛上の秘密」等の取扱いをめぐる照会や質問であり、公務所や公的団体はもとより、民間企業や民間団体であっても、拒否するのは容易ではないだろう。



第13条 (適性評価の結果等の通知)
 行政機関の長は、適性評価を実施したときは、その結果を評価対象者に対し通知するものとする。
 行政機関の長は、適合事業者の従業者について適性評価を実施したときはその結果を、当該従業者が前条第3項の同意をしなかったことにより適性評価が実施されなかったときはその旨を、それぞれ当該適合事業者に対し通知するものとする。
 前項の規定による通知を受けた適合事業者は、当該評価対象者が当該適合事業者の指揮命令の下に労働する派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和60年法律第88号)第2条第二号に規定する派遣労働者をいう。第16条第2項において同じ。)であるときは、当該通知の内容を当該評価対象者を雇用する事業主に対し通知するものとする。
 行政機関の長は、第1項の規定により評価対象者に対し特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められなかった旨を通知するときは、適性評価の円滑な実施の確保を妨げない範囲内において、当該おそれがないと認められなかった理由を通知するものとする。ただし、当該評価対象者があらかじめ当該理由の通知を希望しない旨を申し出た場合は、この限りでない。


1 適性評価の結果の評価対象者への通知(1項)
 
本条1項は、行政機関の長による適性評価の結果について、評価対象者である行政機関職員、適合事業者の従業者に対して通知することを定める。

2 適性評価の結果等の適合事業者への通知(2項)
 評価対象者が適合事業者の従業者である場合は、当該適合事業者(13条2項)に対しても適性評価の結果を通知することを定めている。なお、評価対象者が適合事業者の従業者であって、当該従業者が適性評価を受けることについての同意(12条3項)をしなかった場合は、同意をしなかった事実を当該適合事業者に通知することとされている。

3 適合事業者の従業者が派遣労働者である場合(3項)
 評価対象者が適合事業者の従業者であって、当該従業者が派遣労働者である場合は、当該適合事業者は、適性評価の結果(または当該従業者が適性評価に同意しなかった事実)を、派遣元である事業主に対して通知することとされている。

4 特定秘密を漏らすおそれがないと認められなかった理由の通知(4項)
 適性評価を行った行政機関の長は、評価対象者に対して特定秘密を漏らすおそれがないと認められなかった旨を通知する場合は、当該評価対象者があらかじめ希望しない旨を申し出た場合を除き、「適性評価の円滑な実施の確保を妨げない範囲内において」、秘密を漏らすおそれがないと認められなかった理由を通知することとされている。
 政治的思想や信条、外国人と婚姻していること等を理由に適性評価をクリアしなかった、公務員や労働者は、どのように扱われるのであろうか。秘密を取り扱う業務からは当然に排除されることになるであろう。国家公務員や大企業の労働者であれば解雇されることなく配置転換等で対応されるであろうが、下請け等の中小零細企業の場合、適性評価をクリアしないことが不利益となる危険性が高い。


第14条 (行政機関の長に対する苦情の申出等)
 評価対象者は、前条第1項の規定により通知された適性評価の結果その他当該評価対象者について実施された適性評価について、書面で、行政機関の長に対し、苦情の申出をすることができる。
 行政機関の長は、前項の苦情の申出を受けたときは、これを誠実に処理し、処理の結果を苦情の申出をした者に通知するものとする。
 評価対象者は、第1項の苦情の申出をしたことを理由として、不利益な取扱いを受けない。


 本条は、行政機関の長による適性評価の結果及び、適性評価の方法等について、評価対象者が、行政機関の長に対して苦情の申し出をすることができること、苦情の申し出を受けた行政機関の長は、これを誠実に処理し、処理の結果を苦情の申し出をした者に通知すること、評価対象者は、苦情の申し出をしたことを理由として、不利益な取扱いを受けないことを定めている。
 前述のとおり、プライバシーを著しく侵害され、「適性評価」の結果によっては出世・昇進の機会や仕事を失ったりする多大な不利益を被るにもかかわらず、結果を「通知」するだけで、その判断基準や理由は明らかにされない。しかも、不服申立ては「苦情の申し出」のみで、申し出をしても「誠実に処理し」「処理の結果・・・通知する」だけである。これでは思想・信条などで恣意的に差別されても救済を求めることが極めて困難である。


第15条 (警察本部長による適性評価の実施等)
 警察本部長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、適性評価を実施するものとする。
当該都道府県警察の職員(警察本部長を除く。次号において同じ。)として特定秘密の取扱いの業務を新たに行うことが見込まれることとなった者(当該警察本部長がその者について直近に実施して次項において準用する第13条第1項の規定による通知をした日から5年を経過していない適性評価において、特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認められるものを除く。)
当該都道府県警察の職員として、特定秘密の取扱いの業務を現に行い、かつ、当該警察本部長がその者について直近に実施した適性評価に係る次項において準用する第13条第1項の規定による通知があった日から5年を経過した日以後特定秘密の取扱いの業務を引き続き行うことが見込まれる者
当該警察本部長が直近に実施した適性評価において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの
 前3条(第12条第1項並びに第13条第2項及び第3項を除く。)の規定は、前項の規定により警察本部長が実施する適性評価について準用する。この場合において、第12条第3項第三号中「第1項第三号」とあるのは、「第15条第1項第三号」と読み替えるものとする。


1 意義
 本条は、都道府県警警察職員が特定秘密の取扱いの業務を行う場合に、警視庁の警視総監・道府県警察本部長が当該職員の適性評価を実施することを定めている。

2 本条による適性評価対象者(1項)
 本条1項は、都道府県警察本部長による適性評価の対象者として、以下の者を定める。
(1) 1項一号
 都道府県警察の職員(警視総監・道府県警察本部長は、12条で警察庁長官による適性評価に服するので除外される。)として、特定秘密の取扱いの業務を新たに行うことが見込まれることとなった者。ただし、直近に実施した適性評価において秘密を漏らすおそれがないと認められた者であって、結果の通知(13条1項)から5年を経過しておらず、引き続き秘密を漏らすおそれがないと認められる者をのぞく。
(2) 1項二号
 いったん適性評価を受け、現に特定秘密の取扱いの業務を行っている都道府県警察の職員であって、直近に実施した適性評価による結果の通知(13条1項)から5年を経過した日以後も特定秘密の取扱いの業務を引き続き行うことが見込まれる者。
(3) 1項三号
 直近の適性評価において、秘密を漏らすおそれがないと認められた都道府県警察職員であるが、引き続き秘密を漏らすおそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの。

3 調査事項、結果の通知、評価対象者の同意、関係者に対する質問等(2項)
 本条に定める都道府県警察本部長による適性評価については、12条2項(適性評価における調査事項)、12条3項(評価対象者に対する告知及び同意)、12条4項(適性評価における質問、照会)、13条1項(適性評価の結果の通知)、13条4項(秘密を漏らすおそれがないと認められなかった場合の理由の通知)、14条1項ないし3項(苦情の申し出及び苦情の処理、不利益取扱いの禁止)が準用される。

第16条 (適性評価に関する個人情報の利用及び提供の制限)
 行政機関の長及び警察本部長は、特定秘密の保護以外の目的のために、評価対象者が第12条第3項(前条第2項において読み替えて準用する場合を含む。)の同意をしなかったこと、評価対象者についての適性評価の結果その他適性評価の実施に当たって取得する個人情報(生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。以下この項において同じ。)を自ら利用し、又は提供してはならない。ただし、適性評価の実施によって、当該個人情報に係る特定の個人が国家公務員法(昭和22年法律第120号)第38条各号、同法第75条第2項に規定する人事院規則の定める事由、同法第78条各号、第79条各号若しくは第82条第1項各号、検察庁法(昭和22年法律第6一号)第20条各号、外務公務員法(昭和27年法律第4一号)第7条第1項に規定する者、自衛隊法(昭和29年法律第16五号)第38条第1項各号、第42条各号、第43条各号若しくは第46条第1項各号、同法第48条第1項に規定する場合若しくは同条第2項各号若しくは第3項各号若しくは地方公務員法(昭和25年法律第26一号)第16条各号、第28条第1項各号若しくは第2項各号若しくは第29条第1項各号又はこれらに準ずるものとして政令で定める事由のいずれかに該当する疑いが生じたときは、この限りでない。
 適合事業者及び適合事業者の指揮命令の下に労働する派遣労働者を雇用する事業主は、特定秘密の保護以外の目的のために、第13条第2項又は第3項の規定により通知された内容を自ら利用し、又は提供してはならない。


1 行政機関の長等による適性評価結果等の目的外利用の禁止(1項)
 本条1項は、適性評価を実施した行政機関の長または警視総監・道府県警察本部長が、特定秘密の保護以外の目的で、@適性評価の実施に同意しなかった事実、A適性評価の結果その他個人情報を、自ら利用し、又は他者に提供してはならない旨を定める。

2 適性評価の結果が公務員法の懲戒事由等に該当する場合
 ただし、適性評価により取得した個人情報(評価対象者の個人情報に限られない)が、国家公務員法、検察庁法、外務公務員法、自衛隊法、地方公務員法に定める公務員の欠格事由、分限・懲戒事由、休職事由等に該当する場合は、当該個人情報を用いて処分等を行うことができる旨を定める。

3 適合事業者による適性評価結果等の目的外利用の禁止(2項)
 本条2項は、従業者の適性評価の結果(適性評価の実施に同意しなかった事実を含む)の通知を受けた適合事業者及び派遣元の事業主が、特定秘密の保護以外の目的で当該情報を自ら利用し、又は他者に提供してはならない旨を定める。
し出た場合を除き、「適性評価の円滑な実施の確保を妨げない範囲内において」、秘密を漏らすおそれがないと認められなかった理由を通知することとされている。

第17条 (権限又は事務の委任)
 行政機関の長は、政令(内閣の所轄の下に置かれる機関及び会計検査院にあっては、当該機関の命令)で定めるところにより、この章に定める権限又は事務を当該行政機関の職員に委任することができる。


 本条は、適性評価を行う行政機関の長が、政令又は命令で定めるところにより、適性評価の実施等の権限・事務を、当該行政機関の職員に委任することができる旨を定める。


第6章 雑則


第18条 (特定秘密の指定等の運用基準)
 政府は、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し、統一的な運用を図るための基準を定めるものとする。
 政府は、前項の基準を定め、又はこれを変更しようとするときは、我が国の安全保障に関する情報の保護、行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者の意見を聴かなければならない。


1 意義
 本条1項は、各行政機関の長が行う特定秘密の指定・解除、適性評価の実施(ただし、都道府県警察職員の適性評価については警察本部長が実施)について、統一的な運用を図るため、政府が「基準」を作成するというものである。
 2項では、政府が上記基準を作成するとき、または変更するときには、「我が国の安全保障に関する情報の保護、行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等」に関する有識者の意見を聴くことを義務づけている。

2 本条は恣意的運用の歯止めにはならない
(1)「修正」による本規定の創設
 本条は、2013年9月26日になって政府が公表した原案には存在しなかった条項で、行政機関の長によって恣意的に「特定秘密」の指定・更新がなされる、適性評価によって重大なプライバシー侵害や差別が横行するという批判を受けて、政府が「修正」として盛り込んだものである。
 だが、この「修正」は法案の問題点を何ら解消するものではない。

(2)「基準」はあっても非公開であれば無意味
 政府が定めるとする「統一的な運用を図るための基準」は、「特定秘密の指定・解除」並びに「適性評価の実施」に関するものであるが、2011年8月8日付「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下、「有識者会議報告」)において、適性評価に関連して「各実施権者の判断が大きく異なることのないよう、政府において統一的な評価基準を作成してこれを共有することも検討する必要がある」(同12頁)とされていた。しかし、「評価基準は、その性質上、公開にはそぐわないものと考えられる」(同11頁)とされており、「統一的な評価基準」は非公開が前提となっている。
 18条1項も「統一的な運用を図るための基準を定める」とするだけで、それを公開するとは一切規定していない。
 非公開であれば、「特定秘密の指定・解除」や「適性評価の実施」がどのような基準のもとで運用されているかチェックしようがなく、実際は基準が定められていなかったとしても、その事実自体を知りようがないため、この「修正」は全く意味のないものになるのである。

(3) 個々の秘密指定や適性評価についてチェックする機能は全くなし
 仮に「基準」が公開されるとしても、その下で行政機関の長が具体的にどのような情報を「特定秘密」に指定しているのか、どのように「適性」を評価しているのかは全くのブラックボックスとなっており、いくら「有識者」の意見を反映させて「統一的な運用基準」を作成しても、行政の長による恣意的な「特定秘密」の指定や「適性評価」に対する何の歯止めにもならない。
 18条2項で、基準の作成・変更について、「有識者」の「意見を聴かなければならない」としているが、これもあくまで「統一的な運用基準」に対する意見であり、個々の「特別秘密」の指定や「適性評価」に関するチェック機能は全くない。
さらにいえば、「意見を聴かなければならない」だけであって、意見を基準に反映する義務はない上、「有識者」の選定基準も明らかでなく、官僚にとって都合のいい「御用学者」ばかりを集めてきて、基準を改悪する口実とされる危険すらある。

(4) 「修正」のねらい
 以上のとおり、法案の問題点を何ら解消するものではないにもかかわらず、「修正」を装って本条を盛り込んできた意図は何か。それは後述の21条と同様、法案の様々な危険性を覆い隠して国民の批判をそらし、短期間のうちに「数の力」で法案成立を強行させるための「目くらまし」に他ならない。


第19条 (関係行政機関の協力)
  関係行政機関の長は、特定秘密の指定、適性評価の実施その他この法律の規定により講ずることとされる措置に関し、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものの漏えいを防止するため、相互に協力するものとする。


1 意義
 本条は、特定秘密の指定、適性評価の実施、その他秘密保護法で定める各種措置(第5条「特定秘密の保護措置」など)について、その実施主体である各行政機関の長に対し、「我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの」の漏えいを防止するため、関係行政機関の長と相互に協力する義務を定める。

2 漏えい防止の相互協力義務の対象について
 上記義務の対象は特定秘密に限られず、我が国の安全保障に関するもので特に秘匿する必要があるとされる情報全般である。
これは特定秘密の指定前の段階から、指定の対象となりうる情報を広く秘匿することを予定しているためと考えられる。

3 国家安全保障会議(日本版NSC)との連動
 また、「国家安全保障会議(日本版NSC)」設置のために国会に提出された安全保障会議設置法改正案は、「第6条」で「関係行政機関の長は・・・会議に対し、国家安全保障に関する資料又は情報であって、会議の審議に資するものを、適時に提供する」(同1項)、「会議は、必要あると認めるときは、・・・関係行政機関の長に対し、国家安全保障に関する資料又は情報の提供及び説明その他必要な協力をするよう求めることができる」(同2項)とし、関係行政機関の長に日本版NSCへの情報提供等の協力義務を定めている。
 この「第6条」とあわせて、本条を考えてみると、本条には、各行政機関の長が相互に協力して情報が外部に伝わらないように徹底して秘匿する一方、日本版NSCには情報を提供・集約させ、内閣総理大臣を頂点とするトップダウン方式で重要政策を強行しようとする政府の意図が示されているといえる。


第20条 (政令への委任)
  この法律に定めるもののほか、この法律の実施のための手続その他この法律の施行に関し必要な事項は、政令で定める。


 本条は、政令(内閣が制定する命令)への委任規定である。
 政令への委任規定は、どの法律にも定めがあるが、この法案の「政令への委任」は重要な意義を有する。
 この法案は、例え国会であろうと、政令で様々な条件を付けた上、行政機関の長の判断ひとつで特定秘密の提供を拒否できるとされ、特定秘密を独占する行政機関の暴走を国会がコントロールすることが困難な仕組みとなっている。本条は、さらに行政への「白紙委任」を認めるものであり、議院内閣制をいっそう形骸化させるものである。


第21条 (この法律の解釈適用)
 この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。
 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。


1 意義
 本条1項は、「秘密保護法」の適用に当たっては、条文を拡張して解釈して国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならないこと、報道・取材の自由に十分に配慮しなければならないことを定める。
 本条2項は、「秘密保護法」の罰則規定の適用に関して、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為」は、@専ら公益を図る目的を有すること、A法令違反または著しく不当な方法によるものと認められないことという二つの要件をみたす場合に限って、「正当な業務による行為」としている。

2 基本的人権の侵害に対する歯止めにはならない
(1) 21条の相次ぐ「修正」
 2013年9月3日に政府によって公表された法案概要では、「その他」として、「本法の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める」とされていたものが、26日に公表された政府原案では「報道の自由に十分に配慮するとともに」という文言が追加され、国会提出までに再修正がなされて現21条1項になるとともに、新たに2項が加えられた。
 これは、知る権利、取材・報道の自由をはじめとした様々な国民の基本的人権を侵害するという法案の危険性に対する批判に対するものであるが、この「修正」は法案の危険性を何ら解消するものではない。

(2) 21条1項は全くの「飾り」にすぎない
 この種の条文は基本的人権を侵害する弾圧立法には必ずといっていいほどつけられるが、配慮を求めるだけの「訓示規定」にすぎない上、現実にもそれが全くの飾りものにすぎないことは過去の実例が示している。
 軽犯罪法にも、「この法律の適用にあたっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない」(同4条)という規定がある。しかし、現実には同法の「はり札」の禁止を口実に、政党、市民団体、労働組合のポスター張りや宣伝活動に干渉し、立てかけた看板や宣伝活動の「のぼり」が「はり札」にあたるという異常な拡張解釈によって逮捕したり、承諾をとってポスターを貼ったにもかかわらず逮捕したりすることが繰り返されてきた。また、その逮捕をきっかけに政党や労働組合の事務所を捜索し、何の関係もない文書を大量に押収するという事態も繰り返されてきた。まさに弾圧のために軽犯罪法が濫用されてきたのである。
 ましてや「秘密保護法」の処罰範囲は外延が極めて不明確で無限定ともいえる上、軽犯罪法などとは比較にならない重罰なのである。もともといかようにでも恣意的に解釈できる法律であって「拡張解釈禁止」の規定を置いても無意味である。
 そもそもこうした規定をおかざるをえないこと自体が、拡張解釈の危険を自ら自認しているものと言わねばならない。「言い訳まがいの解釈規定」を置くことによって、国民の基本的人権を侵害する法律を作ろうとすること自体、許されるものではない。

3 21条2項によって取材・報道の自由は守られない 
(1) 訓示規定と解釈される可能性
 国会提出直前の段階になって法案に盛り込まれたのが21条2項であること、前述のとおりである。
 しかし、本条によって取材の自由や報道の自由を護ることは困難である。
 2項の文言は「正当な業務による行為とするものとする」であって、かつての国家秘密法修正案に盛り込まれた同趣旨の規定のように、「これを罰しない」とされているわけではない(修正案は国会に提出されず)。訓示規定にすぎない1項とともに「雑則」の章におかれているから、2項も訓示規定と扱われる可能性がある。
 そう解釈されれば、取材・報道の自由への配慮を求める規定にはなっても、構成要件に該当する行為の違法性を否定する違法性阻却事由とはならない。

(2) 違法性阻却事由でも起訴後に無罪を主張できるだけ
 2項が違法性阻却事由だったとしても、取材・報道の自由が守られることにはならない。
 取材活動が秘密の漏えいとして捜査・起訴・処罰が想定されるのが23条の取得行為と24条の共謀、教唆、煽動である。23条は、違法または不当な手段により、特定秘密を取得する行為を独立した犯罪としたものであり、24条は特定秘密の漏えいを、共謀・教唆・煽動した者を独立して処罰するとしたものである(23条、24条の内容は、同条の解説を参照)。なお、西山記者事件は、「公務員に対し秘密を漏えいする行為を命じ、唆した」として国公法111条によって有罪とされた。
 正規の利用者の承諾なしにパスワードなどを入力しアカウントにアクセスする行為が、不正アクセスだとして送検されたケースが存在する(朝日新聞・共同通信事件)。こうした方法で特定秘密に到達すれば、23条の不正な方法による取得行為とされるだろう。秘密保有者に対する度重なるしつこい取材活動も、秘密の漏えいを教唆(そそのか)したとして、捜査・起訴・処罰されかねないのである。
 こうした場合、「出版・報道従事者の取材行為は、専ら公益を図る目的し、かつ、法令違反・著しく不当な方法によるでなければ、正当な業務として処罰されないから大丈夫だ」などと、楽観していることはできない。
 23条あるいは24条に触れる行為である以上、犯罪構成要件に該当することとなり、捜査・起訴の対象とされる。21条2項が違法性阻却事由として機能するとしても、裁判で、「専ら公益を図る目的」かつ「法令違反や著しく不当な方法でない」ことを証明して初めて、正当業務行為と認められて違法性が阻却されるという関係なのである。
 また、最終的には正当業務行為として無罪となったとしても、その間の取材活動は制限されるし、捜査起訴にあたっては捜索差押によって、保有のパソコン、取材メモやメール等の記録は押収され、取材源の秘匿等は不可能となってしまう。
 したがって、本規定によって取材や報道の自由に対する著しい萎縮効果を何ら減じるものではない。

(3) 「出版又は報道の業務に従事する者」のみの「特権」
 2項は、「出版又は報道の業務に従事する者」の取材行為のみが対象となっている。
 フリージャーナリスト、オンブズマン、NPO、学者・研究者、一般市民といった大多数の人々はまったく「蚊帳の外」に置かれ、無視されている。
 研究者や市民の活動が禁圧され、市民が弾圧されていくにもかかわらず、「出版や報道の業務に従事する者」だけは特権的に免責を受けることができる。それが本当に知る権利や報道の自由なのだろうか。

4 拡張解釈の禁止条項とその後の「修正」のねらい
 以上のとおり、訓示規定の設置とその後の「修正」は法案の危険性を何ら解消するものではない。前述の18条と同様、法案の様々な危険性を覆い隠して国民の批判をそらし、短期間のうちに「数の力」で法案成立を強行させるための「目くらまし」である。とりわけ法案提出の直前で21条2項として「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為」のみを対象とした規定を盛り込んできたのは、「疑似餌」でいわゆる大手マスコミを「抱え込み」、国民の批判の声を封じることを意図した極めて姑息な手段といわざるをえない。



第7章 罰則

 第7章は、特定秘密にかかわる罰則を定めている。
 罰則の構成は以下のようになっている。
@ 取扱い業務者・知得者による漏えいの処罰 
   未遂の処罰、過失漏えいの処罰   
A 管理を害する方法での取得者の処罰  
   未遂の処罰など    
B 共謀、独立教唆、扇動の処罰  
C 自首した場合の減免  
D 国外犯    
22条1項、2項
22条3項〜5項
23条1項
23条2項、3項
24条1項、2項

25条
26条
 秘密保護法の罰則はこの5条にまとめられており、中心となる漏えい罪が22条、取得罪が23条と、それぞれ1条にまとめられている。
 1985年に提出された国家秘密法案では、14条のうち「目的」「定義」「保護措置」の3条を除く11条が罰則規定で、頂点に立つ加重外国通報危険罪は「死刑又は無期懲役」だった。加重外国通報危険罪の構成要件は、「外国に通報する目的で国家秘密を探知・収集した者が、探知・秘密した秘密を外国に通報して、我が国の安全を著しく害する危険を生じさせた」等だったが、「外国に知り得る状態におくこと」=外国通報だったから、「メディアのスクープで国際関係が緊張したら死刑又は無期懲役」という理屈だった。
 秘密保護法の罰則規定は、国家秘密法に比べればこぢんまりとまとめられており、「死刑又は無期懲役」もなければ、「たまたま知った秘密を話してしまった」という単純漏えい罪(漏せつ罪)もない。
 だが、「こぢんまりとまとまった罰則規定」は、国民的批判を受けた国家秘密法の「ウルトラ」の部分を削ぎおとしただけで、取り扱う公務員らやアクセスしようとするジャーナリストらが処罰を受ける範囲は変わらない。むしろ、指定や保有、提供といった秘密管理システムが精緻に構築されているだけに、これらに反した情報の動きが「管理を害する方法」として処断される可能性は拡大したとも言える。
 秘密保護法の7章が、おそるべき弾圧法規として機能する危険は、国家秘密法と変わるところはないのである。

第22条
 特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは、10年以下の懲役に処し、又は情状により10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。
 第4条第3項後段、第9条又は第10条の規定により提供された特定秘密について、当該提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者がこれを漏らしたときは、5年以下の懲役に処し、又は情状により5年以下の懲役及び5百万円以下の罰金に処する。同条第1項第一号ロに規定する場合において提示された特定秘密について、当該特定秘密の提示を受けた者がこれを漏らしたときも、同様とする。
 前2項の罪の未遂は、罰する。
 過失により第1項の罪を犯した者は、2年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
 過失により第2項の罪を犯した者は、1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。


1 秘密取扱業務に従事する者の漏えい罪(1項)
 本条1項は、特定秘密の取扱いの業務に従事する者、もしくは業務に従事したことがある者が、その業務により知得した特定秘密を、漏らしたときは、10年以下の懲役刑、情状によっては10年以下の懲役刑に加えて1000万円以下の罰金刑も併科すると定める。
 「特定秘密の取扱いの業務に従事する者」とは、以下の者をいう。
@ 行政機関の長が特定秘密の指定をしたとき、それを取り扱う当該行政機関の職員(警察庁長官が都道府県警察の保有する情報を特定秘密に指定したときは、それを取り扱う当該都道府県警察の職員)(5条1項、同3項)
A 他の行政機関に特定秘密が提供された場合に、提供を受けた側の行政機関でそれを取り扱う職員(警察庁が保有する特定秘密が都道府県警に提供された場合は、それを取り扱う当該都道府県警察の職員)(6条、7条)
B 行政機関又はその職員との契約に基づき事業者が特定秘密を保有する場合、もしくは特定秘密の提供を受けた場合に、それを取り扱う当該事業者の労働者など(5条6項、8条2項)
 22条1項は「特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする」として、上記業務をすでに離れた者も、業務に従事している者と同様に扱うとする。
 「漏らした」とは、告知、伝達、交付等の方法により、自己以外の者に了知させ、又はその者の知り得る状態に置くことをいう。

2 秘密を知得した者の漏えい罪(2項)
(1) 提供を受けた者の漏えい(前段)
 本条2項前段は、提供された特定秘密について、提供の目的である業務によって特定秘密を知得した者が漏らしたときは、5年以下の懲役刑、情状によっては5年以下の懲役刑に加えて500万円以下の罰金刑も併科するとする。
 前段で処罰の対象となる特定秘密の提供は、以下のものである。
@ 特定秘密の指定期間の延長につき内閣の承認を得る必要があって、行政機関の長が内閣に対して特定秘密を提供した場合(4条3項後段)
A 
外国政府または国際機関に特定秘密を提供した場合(9条)
B 
国会、裁判所等に特定秘密を提供した場合(10条
 いずれも「例外的な提供」とされる場合で、@は内閣関係者からの漏えい、Bは提供を受けた国会関係者、捜査機関、裁判所などの関係者からの漏えいである。
 これに対し、Aは外国政府あるいは国際機関への提供で、「同盟国のアメリカ政府に提供したら、国防総省から流出してしまった」というケースがそれにあたる。ところが、秘密保護法では外国人の国外での漏えい行為は処罰できないから(26条1項)、国防総省要人を罪に問うことはできない。Aが適用できる場面はほとんどないのである。

(2) 捜査機関から提示を受けた裁判官らの漏えい
 本条2項後段では、刑事裁判の公判前整理手続において裁判所が証拠開示判断のために特定秘密の「提示」が行われた場合(10条1項一号ロ)、当該秘密の提示を受けた者が漏らしたときも、前段と同様に、5年以下の懲役刑、情状によっては5年以下の懲役刑に加えて500万円以下の罰金刑も併科するとする。
 捜査機関に提供して、その捜査機関が裁判所に提示したら、その裁判所が漏えいしたという手の込んだ構成なので、捜査機関の漏えい(前段、10条1項一号ロ)とは別に必要になる。「捕まるのはほとんど裁判官」ということになるだろう。

3 未遂及び過失の処罰(22条3項、4項、5項)
 本条3項は、22条1項、2項の「未遂犯」も処罰する旨を定める規定である。
 「未遂」とは犯罪の実行は始めたが、結果が実現しなかった場合のことをいう。刑法では犯罪が実行されて結果が発生した場合(既遂)に処罰するのが原則で、未遂の場合にはこれを処罰するという特別の規定がなければ処罰されない(刑法44条)。そこで本条が定められている。
 未遂罪が処罰される場合、その刑罰は既遂の場合の刑を「減軽することができる」(刑法43条)とされている。つまり、既遂の刑と同じ法定刑でもいいし、減軽してもいい。減軽する場合には、有期懲役、禁固、罰金は上限と下限を二分の一にすることとなっている(刑法68条)。
 4項と5項は、それぞれ1項と2項の「過失犯」を処罰する旨を定める。
 「過失」とは、故意はなかったが不注意によって結果を発生させた場合のことをいう。したがって「過失」によって特定秘密を漏らしてしまったとは、漏らす意思などなかったが、うっかり漏らしてしまった場合のことである。
 犯罪は故意に行った場合を処罰するのが原則であって、過失犯の処罰は例外である(刑法38条)。本条4項が、過失(不注意)によって22条1項の結果を生じさせた場合に2年以下の禁固刑または50万円以下の罰金刑に処すること、本条5項が過失(不注意)によって22条2項の結果を生じさせた場合に1年以下の禁固刑または30万円以下の罰金刑に処することを定めている。

4 広範な人々が処罰の対象
 秘密保護法案には、国家秘密法案に盛り込まれて国民的な批判を受けた「単純漏えい罪」(たまたま知った秘密を漏えい)は盛り込まれなかった。しかし、「特定秘密の取り扱うことを業務とする者」(22条1項)の範囲は極めて広い。
 国家公務員だけでも約64万人とされているが、それに都道府県警察の職員、さらには行政に関連して物の製造や役務の提供をする民間企業の役職員や労働者などを含めれば、その人数は極めて膨大なものとなる。しかも、すでに41万件(さらに増える可能性は高い)という膨大な数の情報が「特定秘密」とされることが予定されていることからすると、こうした人々の大多数が「取り扱うことを業務とする者」となる可能性がある。
 しかも、「特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする」とされていて、この秘密保持義務は退職した後までついてくる。いったん取扱業務につけば「秘密」が一生追いかけてくるのである。
 また、前述のとおり、22条2項で提供により特定秘密を知った者も対象としているが、この規定によれば、国会議員や裁判官であっても、特定秘密の提供を受けた場合、刑事法上の秘密保持義務を課され、それに違反すれば最高懲役5年および罰金500万円の重罰に処される。ミスで漏えいした場合であっても処罰されることとなる。
 とりわけ国会との関係では重大な問題である。そもそも行政機関の長の判断ひとつで国会や裁判所などへの提供自体を拒否できる上、仮に国会議員が特定秘密の提供を受けたとしても、後述する極めて重い秘密保持義務によって、同僚の国会議員、秘書、所属政党役員、外部有識者などと相談や議論することすらできなくなり、国民を代表する国会議員の職責を果たすことが困難となる。国会が行政をコントロールするという議員内閣制や国会の最高機関性(憲法41条)が完全に形骸化することとなる。

5 極めて重い秘密保持義務
(1)「漏らした」(22条1項、2項)とは
 取扱業務者ないし提供を受けた者が、特定秘密を「漏らした」場合(漏えい)に、刑罰に処せられる。
 この「漏らした」とは「告知、伝達、交付等の方法により、自己以外の者に了知させ、又はその者の知り得る状態に置くこと」をいうから、自分以外の者に話をしても、手紙やメモ、Eメールで伝えても、ホームページ、ブログ、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)に記載しても、文書類を預けても、論文や報告を公表しても、すべて「漏らした」ことになる。また、相手が受け取った手紙やメモ、Eメールを見ないでも、預かった文書を読まないでも「知り得る状態に置いた」から「漏らした」とされる。
 そして、自己以外の者には、職場の同僚、友人、親、兄弟姉妹、配偶者など自分以外のあらゆる者が含まれるから、たとえ妻子であろうと特定秘密を「漏らした」として最高懲役10年および罰金1000万(提供を受けた者は最高懲役5年および罰金500万円)に処せられることになる。
 しかも、「特定秘密」とされた情報が違法秘密や擬似秘密であって、それを内部告発した場合であっても「漏らした」として処罰するものであり、公益通報者を保護するどころか正当な内部告発まで禁止するというものである。

(2) 「未遂」も処罰(22条3項)
 特定秘密を「漏らした」場合だけでなく、その「未遂」も処罰される。
 未遂罪は結果が発生しなかった場合まで処罰するのであるから、未遂罪があることによって処罰される範囲は著しく拡張される。
 そもそも特定秘密を漏らしてしまったら直ちに既遂となるのだから、漏えいの未遂罪とは、誰かに伝えようとしたが伝えられなかったという場合である。典型例としては手紙を書いたが相手に届かなかった場合くらいしか考えられないが、こうしたところまで処罰を拡張しようとする考え方自体、異常としかいいようがない。

(3) 「過失」も処罰(22条4項、5項)
 刑法でも過失犯は過失傷害や過失致死など限られたものしかない。「過失窃盗」などの犯罪はなく、誤って他人の者をとってしまっても処罰は受けないのである。
 もっとも、本条は過失犯も処罰としており、不注意で保管していた書類を紛失したり、データを消し忘れたことで「秘密」が他人の目に触れてしまった。あるいは、みんな知っている事項だと信じて「秘密」を話してしまった。こんな場合でも最高2年以下の禁固ないし最高1年以下の禁固という刑に処せられるのである。

(4) 重罰をもって国外であっても処罰
 前述のとおり、いったん特定秘密を取扱う業務に従事すれば、最高懲役10年および罰金1000万円(提供によって知った者も最高懲役5年および罰金500万円)という刑罰を科される危険がある。現在の国家公務員の秘密漏えいに対する最高刑は懲役1年であり、これと比較して異常に重い刑であり、その萎縮的効果は甚大である。そして、後記のとおり国外犯処罰規定(26条1項)を設け、日本国外において秘密保持義務に違反した場合であっても全て処罰するという徹底ぶりである。
 重罰による恐怖をもって膨大な数の公務員労働者、民間労働者の口を徹底して封じ、自由に話をし、自由に考えるという人間としての最も基本的な活動を否定するとともに、「国民は政府の言うことだけを知り、それだけを話していればよい」として、国民の知る権利を根こそぎ奪おうとするものである。


第23条 
 人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律第2条第4項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者は、10年以下の懲役に処し、又は情状により10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金に処する。
 前項の罪の未遂は、罰する。
 前2項の規定は、刑法(明治4年法律第4五号)その他の罰則の適用を妨げない。


1 取得行為の処罰
(1) 処罰を受ける取得行為
 本条1項は、以下に掲げるいずれかの行為によって特定秘密を取得したとき、10年以下の懲役刑、情状によっては10年以下の懲役刑に加えて1000万円以下の罰金刑も併科するというものである。
@ 人を欺く行為
A 人に暴行を加える行為
B 人を脅迫する行為
C 財物の窃取行為・損壊行為
D 施設への侵入行為
E 有線電気通信の傍受行為
F 不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律第2条第4項と同義)
G その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為
 「不正アクセス行為」とは、以下のいずれかの行為をいう(不正アクセス行為の禁止等に関する法律2条4項による)。
 @ アクセス制御機能を有する特定電子計算機に電気通信回線を通じて当該アクセス制御機能に係る他人の識別符号を入力して当該特定電子計算機を作動させ、当該アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為(当該アクセス制御機能を付加したアクセス管理者がするもの及び当該アクセス管理者又は当該識別符号に係る利用権者の承諾を得てするものを除く。)
 A アクセス制御機能を有する特定電子計算機に電気通信回線を通じて当該アクセス制御機能による特定利用の制限を免れることができる情報(識別符号であるものを除く。)又は指令を入力して当該特定電子計算機を作動させ、その制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為(当該アクセス制御機能を付加したアクセス管理者がするもの及び当該アクセス管理者の承諾を得てするものを除く。次号において同じ。)
 B 電気通信回線を介して接続された他の特定電子計算機が有するアクセス制御機能によりその特定利用を制限されている特定電子計算機に電気通信回線を通じてその制限を免れることができる情報又は指令を入力して当該特定電子計算機を作動させ、その制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為

(2) 未遂処罰
 本条2項は、上記23条1項の「未遂犯」も処罰する旨を定める規定である。
 刑法では犯罪が実行されて結果が発生した場合(既遂)に処罰するのが原則で、未遂の場合にはこれを処罰するという特別の規定がなければ処罰されない(刑法44条)。そこで本条が定められている。
 未遂罪の法定刑は、既遂の刑と同じでもいいし、減軽してもいい。減軽する場合には、有期懲役、罰金は上限と下限を2分の1にすることとなっている(刑法68条)。
(3) 「刑法その他の罰則の適用」
 本条3項が「刑法その他の罰則の適用を妨げない」として刑法その他の規定とは一般法・特別法の関係に立たないことを規定したものである。つまり23条違反の罪に加えて、刑法その他の罪(例えば窃盗罪〔刑法235条〕など)が成立することがあり、その場合、最も重い刑により処断されることとなる。

2 取材行為をターゲットにする危険
(1) 例示された行為の広範性
 前述のとおり、23条は「人を欺き」、「人に暴行を加え」、「人を脅迫する行為」、「財物の窃取若しくは損壊」、「施設への侵入」、「有線電気通信の傍受」、「不正アクセス行為」「管理を害する行為」による「特定秘密」の取得ないしその未遂を処罰するとしている。
 このうち「人を欺き」から「不正アクセス行為」までの行為も、幅広い解釈が可能であり、処罰範囲は極めて広くなる。取材行為がターゲットとされる危険については、18条のところで記したとおりである。

(2) 「管理を害する行為」はまったく無限定
 「人を欺き」から「不正アクセス行為」までの行為は、それらを包括した「特定秘密を保有する者の管理を害する行為」の例示にすぎず、処罰されるのはこれらの行為に限られない。「不正サクセス行為」に、「その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為」が続いているのは、そのことを示している。この「その他」にどんな行為が含まれるかは、まったく不明であって基準はないに等しい。
 公表されていない情報を取材し調査するには、ねばり強い訪問活動や説得などの努力が不可欠であるが、こうした通常行われている活動も「特定秘密を保有する者の管理を害する」とされれば処罰対象とされる。つまり、警察が「管理を害する」と判断すれば、様々な活動に拡大することができるのである。
 いかなる行為が処罰対象とされるのかが極めて不明確な上、そもそも国民はどのような情報が「特定秘密」とされているのかも認識できないのであり、どのような言動が処罰されるのか全く予測不能である。しかも、最高懲役10年および罰金1000万円という重罰である。
 こうした処罰の危険を避けるためには、結局、国民は、軍事、外交、原発などといった社会問題に深入りせず、政府によって発表されたことだけを信じるしかなくなる・・・。
 これが秘密保護法の最大のねらいである。


第24条 
 第22条第1項又は前条第1項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、5年以下の懲役に処する。
 第22条第2項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、3年以下の懲役に処する。


1 共謀・教唆・煽動の処罰
(1) 「共謀」などの対象となる行為
 本条は、「共謀」、「教唆」、「扇動」の処罰を規定する。
 1項は、以下のいずれかの行為を「共謀」、「教唆」、「扇動」したとき、5年以下の懲役刑に処するというものである
 @ 業務従事者の漏えい行為(22条1項の行為)
 A 管理を害する取得行為(23条1項の行為)
 また、2項は、知得者の漏えい行為(22条2項の行為)を「共謀」、「教唆」、「扇動」したとき、3年以下の懲役刑に処するというものである。

(2) 「共謀」「教唆」「扇動」とは
 「共謀」とは、ある犯罪行為の実施・遂行について、具体的計画を複数の者が謀議することをいう。
 「教唆」とは他人をそそのかして犯罪の実行を決意させることをいう。
 刑法は「人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する」(刑法61条1項)として一般の教唆犯の規定を定めているが、本条の「教唆」は、この刑法の教唆犯とは全く異なり、教唆された者が犯罪の実行に着手しなくても、教唆行為そのものを処罰するものである(いわゆる「独立教唆罪」)。
 「扇動」とは、他人に犯罪の実行を決意させ、あるいはすでにある決意を助長するような勢いのある刺激を与えることをいう。
 この場合、扇動された者が現実に決意をしたり、決意を助長されたりすることは必要ない。また、扇動の相手方は不特定または多数であればいいとされている。

2 処罰範囲の飛躍的に拡大し弾圧をもたらす
(1)「共謀」を処罰するとは
 「共謀」は犯罪の実行を開始する前段階の行為であり、この「共謀」を処罰するということは、犯罪の実行に着手に着手しておらず、未遂罪にもならないものまで処罰するということである。犯罪の実行の着手前に放棄された犯罪の意図は原則として犯罪とみなさないとする近代刑法の原則にも反している。
 この規定によって、22条と23条だけでも極めて広範な処罰範囲がさらに飛躍的に拡大することとなる。
 例えば、会議で取材や調査研究活動を企画する、そうした日常的な行いであっても「特定秘密の故意による漏えい」や「取得行為」を「共謀」したとして、検挙や処罰の危険にさらされるのである。

(2) 「教唆」を処罰するとは
 前述のとおり、本条の「教唆」は、刑法の教唆犯とは全く異なり、教唆された者が犯罪の実行に着手しなくても、教唆行為そのものを処罰するものである(いわゆる「独立教唆罪」)。これも「共謀」と同じように、近代刑法の原則にすら反して、処罰範囲を飛躍的に拡大させるものである。
 この規定によって、「特定秘密」の人的情報源に対するあらゆる取材行為は、それが全く成果がなくとも、その行為自体で「特定秘密の行為による漏えい」を「教唆」したとして、検挙や処罰の危険にさらされることになる。

(3) 「扇動」を処罰するとは
 前述のとおり、扇動された者が現実に決意をしたり、決意を助長されたりすることは必要ない。扇動した者の言葉にそのような「勢い」があればいいのである。前述の独立教唆に比べても、さらに曖昧で広く適用されることとなる。
 また、扇動の相手方は不特定または多数であればいいとされており、多数人の組合員に訴えた場合(特定多数)や、通行人の何人かに呼びかけた場合(不特定少数)であっても、犯罪とされることになる。
 例えば、基地の監視活動を呼びかけた、原発労働者に現状告発の運動を訴えただけでも、「特定秘密の故意による漏えい」や「取得行為」を「扇動」したとして、検挙や処罰の危険にさらされるのである。検挙の口実はどうにでも作れるのであり、大衆運動の弾圧に活用されることにちがいない。

(4) 刑法には見られない弾圧規定
 これまで見た「共謀」、「教唆」、「扇動」の処罰規定は、犯罪の実行を処罰するという刑法の原則からみて、極めて異常なものである。実行の着手すらなされていない段階の行為を処罰対象とする狙いは、政府にとって都合の悪い情報を明らかにしようとする国民のあらゆる行為を弾圧して封じこめようとすることを可能とすることにある。


第25条
  第22条第3項若しくは第23条第2項の罪を犯した者又は前条の罪を犯した者のうち22条第1項若しくは第2項若しくは第23条第1項に規定する行為の遂行を共謀したものが自首したときは、その刑を減軽し、又は免除する。


1 自首減免
 本条は、
 @ 漏えいの未遂罪(22条3項)
 A 管理を害する取得行為の未遂罪(23条2項)
 B 共謀罪(24条1項または2項)
のいずれかを犯した者が自首したとき、その者の刑を必ず減軽または免除するというものである。
 「自首」とは、罪を犯したことが捜査機関に発覚しないうちに名乗り出ることをいう。
 刑法では「自首したときは、その刑を減軽することができる」(刑法41条)とされているが、本条では必ず刑を「減軽」するか「免除」しなければならないことになっている。
 刑が「免除」されれば処罰されることはない。

2 「必ず減軽または免除する」の意味するもの
(1) 密告のすすめ
 上記のとおり、罰則規定が刑法などに比べて異常に重くなっているなかで、なぜ「自首」による減軽・免除にかかる点だけ刑法より軽くしているのであろうか。
 それは24条の規定する「共謀、教唆、扇動」のうち、「共謀」についてだけ本条の対象としている点に端的に表れている。「共謀」した者のうち、誰かが自首すれば、それを契機として残りの者を一網打尽にできるからである。つまり「減軽・免除」は「密告のすすめ」なのである。

(2)「おとり捜査」にフルに活用
 この「減軽・免除」の恩典は、政党、市民団体、労働組合の切り崩しに活用される危険性が高い。誰か一人に目をつけて、活動内容を洗いざらい話させて、「秘密保護法」違反を作り上げる。その本人が関与していたとしても、「自首」したから罪は「免除」。一方で「調査活動の企画がある」などとウソの自白をさせて事件のフレーム・アップ(でっちあげ)を行うことも容易である。
 そればかりでなく、団体内部に警察や政府のスパイや挑発者をもぐりこませ、違反行為をあおりたてたり、ウソの通報をさせたりして一網打尽にすることも可能である。この場合でもスパイや挑発者は「自首」したということで救ってやれる。「減軽・免除」の規定はこうした「おとり捜査」による弾圧に活用されるだろう。


第26条
 第22条の罪は、日本国外において同条の罪を犯した者にも適用する。
 第23条及び第24条の罪は、刑法第2条の例に従う。


1 国外犯
(1) 漏えい罪の国外犯(1項)
 本条1項は、22条が処罰対象としている故意による漏えい行為(未遂も含む)、過失による漏えい行為については、日本国民を対象に、それが日本国外でなされた場合であっても処罰するというものである。

(2) 取得罪などの国外犯(2項)
 本条2項は、23条に規定する特定秘密の取得行為(未遂も含む)、24条に規定する「共謀」「教唆」「扇動」については、「刑法第2条の例に従う」として、日本国民であるかどうか、日本国内であるかどうかを問わず処罰するというものである。

2 国外犯処罰の意味
 刑法では、重要犯罪については日本国民の国外における犯罪も処罰対象とし、特別の重要犯罪だけは全ての者について日本国内外を問わず処罰の対象としているところ、「秘密保護法」ではすべての行為にいずれかが適用される。
 例えば、海外の会議における発言で「特定秘密」に触れたとされれば犯罪、海外での調査・取材活動などが「特定秘密」に触れたとされても犯罪。帰国してすぐ逮捕となる。なお、外国の記者が取材活動をした、国内の集会で外国の代表が情報公開を求めたといった場合も「教唆」や「扇動」として犯罪となる。「秘密保護法」がいかに権力的な法律かを示しているものといえる。
 一方、本条1項は日本国民以外の者が日本国外で「特定秘密」を漏えいした場合を処罰対象としていない。米国に提供された「特定秘密」については、米国の外人職員がそれをいくら漏らしても何の処罰もないのである。政府はこの法案について「漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする」(1条)というが、それは全くのまやかしであって、狙いは米国の軍事行動の「下請」をするための軍事法の本質がここにも表れている。


附則(略)

別表(第3条、第5条―第9条関係)

一 防衛に関する事項
イ 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
ロ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
ホ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。チ及びリにおいて同じ。)の種類又は数量
ヘ 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
ト 防衛の用に供する暗号
チ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法
リ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法
ヌ 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(ヘに掲げるものを除く。)
二 外交に関する事項
イ 外国の政府又は国際機関との交渉又は協力の方針又は内容のうち、国民の生命及び身体の保護、領域の保全その他の安全保障に関する重要なもの
ロ 安全保障のために我が国が実施する貨物の輸出若しくは輸入の禁止その他の措置又はその方針(第一号イ若しくはニ、第三号イ又は第四号イに掲げるものを除く。)
ハ 安全保障に関し収集した条約その他の国際約束に基づき保護することが必要な情報その他の重要な情報(第一号ロ、第三号ロ又は第四号ロに掲げるものを除く。)
ニ ハに掲げる情報の収集整理又はその能力
ホ 外務省本省と在外公館との間の通信その他の外交の用に供する暗号
三 特定有害活動の防止に関する事項
イ 特定有害活動による被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「特定有害活動の防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
ロ 特定有害活動の防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報
ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ 特定有害活動の防止の用に供する暗号
四 テロリズムの防止に関する事項
イ テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「テロリズムの防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
ロ テロリズムの防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報
ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ テロリズムの防止の用に供する暗号


1 意義
 別表は特定秘密に指定し得る情報の範囲を示している。その範囲は、きわめて広範囲である。
 防衛(一号)、外交(二号)は、1985年に国会に提出されて廃案となった国家秘密法案(いわゆる「スパイ防止法案」)でも対象事項とされていたが、本法案ではその範囲がさらに拡大されている。さらに、国家秘密法案にはなかった、特定有害活動防止(三号)及びテロリズム防止(四号)が追加されており、全体として秘密とされる事項は大幅に拡張されている。
 しかも、その列挙事項は包括的かつ網羅的なものであり、行政機関の判断次第で秘密は無限に広がりうるものとなっている。
 なお、別表記載の各事項が特定秘密とされるには、単に別表記載事項に該当するだけではなく、それが「公になっていないもの」であり、かつ「我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」に該当する必要があるが、これが何ら歯止めにならないことについては、第3条で前述したとおりである。

2 「防衛に関する事項」(一号)
 以下のイないしヌの事項に見るとおり、別表記載の事項は包括的かつ網羅的であって、対象とされない事項を探すことも困難である。
イ 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
 自衛隊の「運用」には、自衛隊の部隊の編成、任務、配備、行動、教育訓練、作戦など、あらゆる自衛隊の活動が含まれる。これらの見積り、計画、研究段階のものも秘密に指定されるから、自衛隊に関する活動の一切が特別秘密に指定されることとなる。
 1963年2月から6月にかけて、自衛隊統合幕僚会議(当時、2005年の防衛2法改正で統合幕僚監部に移行)で、第二次朝鮮戦争を想定した図上研究(三矢作戦研究)が行われた。図上研究では、自衛隊と米軍が本格的な共同作戦を前提に、国家総動員態勢の構築や軍法会議の設置を含む87件の戦時諸立法の緊急成立まで構想されていた。三矢作戦研究は、1965年の社会党議員の国会追及によって暴露され、衆議院の小委員会での集中審議が続けられた。もし、このとき国家秘密法や秘密保護法が存在したら、暴露・追及・審議は可能だったか……論じるまでもないだろう。
 その後、「日米ガイドライン」(旧ガイドライン 1978年)を機に、日米共同作戦研究が続けられている。こうした研究もすべて、特定秘密として刑罰によって秘匿されることになる。
 自衛隊の訓練・演習も特定秘密にされるだろう。ジャーナリストの取材が、「管理を害する取得」とされる危険は甚大である。
 平和運動も弾圧の対象とされうる。例えば、自衛隊イラク派兵差止め訴訟では、弁護団はイラクでの航空自衛隊の違法、違憲の活動を立証するために、クウェートに駐留しそこを拠点としてイラク国内へ空輸活動を行っていた航空自衛隊輸送機C130Hの空輸実績を情報公開請求したが、国はすべて黒塗りにして隠した。後に開示された結果、米軍兵士と軍用物資を輸送していたことが判明し、憲法9条とイラク特措法に違反するものであったことが明らかとなったが、特定秘密と指定されれば、こうした弁護団による情報収集活動自体も、「管理を害する取得」の「共謀」や漏えいの「扇動」とされかねない。
 また、自衛隊内でのいじめ・パワハラなどの人権侵害が多発し、自殺者も少なくない。自衛隊の責任を問う国賠訴訟も提起されている。例えば護衛艦「たちかぜ」でのいじめ自殺訴訟の控訴審では、一審において国側指定代理人を務めた自衛官による情報提供があり、海上自衛隊による組織的な文書隠匿が明らかにされた。しかし、教育訓練の特定秘密にあたるとされてしまえば、このような内部告発は著しく困難となり、自衛隊内での人権侵害が横行することになる。

ロ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
 防衛に関するものであれば自衛隊を当事者とするものに限られない。行政機関が有している情報すべてが含まれる。「政府は××島の○○軍が増強されていると観測している」などのような行政機関が探知した外国情報はもちろんのこと、行政機関が収集した日本や海外の気象情報や地図、施設の図面・写真、行政機関が収集した無線通信なども指定対象である。
 不正とされる方法でアクセスしてこうした情報を取得した者は、「管理を害する方法での取得」として処罰されることになる。

ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力 
 防衛省に限らず防衛に関する情報を収集する行政機関の情報収集能力に関する情報が広く特定秘密の対象となる。

ニ 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
 防衛力の整備には、自衛隊だけでなく、有事の際にあらゆる国民を動員し、物資を収容し使用する計画が含まれる。こうした国民に義務を課す計画や構想も国民には全く秘密にされる。

ホ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。チ及びリにおいて同じ。)の種類又は数量 
 「××基地にオスプレイが○機配備された」「××基地に新型レーダーが配備された」などの情報はすべて秘密にあたりうる。自衛隊の装備はもちろんのこと、軍事目的に転用できるものも含まれる。さらに、わが国の防衛にすら限定されていないから、外国軍の装備についても我が国の安全保障に関わるものとして秘密にされうることになる。

ヘ 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
 通信内容(ロ)と別に、通信手段についても特定秘密の対象となるから、行政機関のあらゆる通信手段について広く処罰対象となる。

ト 防衛の用に供する暗号
 過失による漏えいも処罰対象であるから、業務で扱った文字・記号等がどのような意味であるかを知らず、さらに暗号であることすら知らなくても、うっかり話せば罪に問われかねない。

チ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法

リ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法

 ホと同様、自衛隊の装備はもちろんのこと、軍事に転用できる技術も含まれるし、外国軍の装備も含まれ得る。

ヌ 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(ヘに掲げるものを除く。)
 設計、性能や内部の用途を推測させるから、写真撮影も禁止される。戦前・戦中は、軍事施設が背景に入った写真の撮影は一切禁止、カメラを持っているだけで憲兵の詰問を受けた。
 ホと同様、自衛隊の施設はもちろんのこと、軍事に転用できる施設も含まれるし、外国軍の施設も含まれ得る。

3 「外交に関する事項」(二号)
イ 外国の政府又は国際機関との交渉又は協力の方針又は内容のうち、国民の生命及び身体の保護、領域の保全その他の安全保障に関する重要なもの
 「交渉又は協力の方針又は内容」には密約も含まれる。日米安保体制の下、我が国は米国との密約を数多く締結し国民に隠されてきた。こうした密約の暴露・追及が重罰とされる。例えば、毎日新聞の西山太吉記者が1971年の沖縄返還協定に関し、日本が返還費用を肩代わりするとの密約を入手した「西山事件」について、森雅子担当大臣は本法の処罰対象となると述べている(本年10月22日の記者会見)。また、米艦船・航空機による核持ち込み密約の存在も、記者が複数の元外務省高官への取材により暴露したものであるが、本法の処罰対象とされるおそれがある。
 密約の存在は、条約を批准する国会の権限を侵し、主権者である国民に国政の重大な問題が知らされることなく国家が法的拘束力を負うものであり、違憲違法の秘密というべきものである。ところが、このような違憲違法を暴露した者が処罰されることになる。
 「安全保障に関する重要なもの」という文言はあるものの、外交交渉のほとんどは広義の安全保障に関するものであるから、結局外交交渉、方針、内容のほとんどすべてが包括的に対象となっているものである。
 例えば、現在行われているTPP締結に向けた交渉も、食の安全に関わるから「国民の生命及び身体の保護」に関するものともいえるし、輸入障壁の撤廃措置は食料「安全保障」に関わるものともいえ、特定秘密の対象となりうる。TPP交渉については、その内容が一切国民から秘匿され、条約締結後も4年間は秘密とされていることが大問題になっており、こうした交渉内容の開示を求める運動や交渉担当者の内部告発も処罰の対象となりかねない。

ロ 安全保障のために我が国が実施する貨物の輸出若しくは輸入の禁止その他の措置又はその方針(第一号イ若しくはニ、第三号イ又は第四号イに掲げるものを除く。)
 「安全保障」の文言が何ら限定にならないことは前記のとおりであり、貨物の輸出入その他の措置全般が対象とされる。

ハ 安全保障に関し収集した条約その他の国際約束に基づき保護することが必要な情報その他の重要な情報(第一号ロ、第三号ロ又は第四号ロに掲げるものを除く。)
 「その他の重要な情報」が包括的に対象とされており、行政機関が有している外交に関する情報すべてが含まれることになる。

ニ ハに掲げる情報の収集整理又はその能力
 外務省など外交に関する情報を収集する行政機関の情報収集能力に関する情報が広く特定秘密の対象となる。

ホ 外務省本省と在外公館との間の通信その他の外交の用に供する暗号
 過失による漏えいも処罰対象であるから、目にした文字・記号等がどのような意味であるかを知らず、さらに暗号であることすら知らなくても、他人に話すなどすれば処罰されうる。

4 「特定有害活動の防止に関する事項」(第三号)
 「特定有害活動」は12条2項一号に定義がある。@「公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれのあるものを取得するための活動…その他の活動」、A「外国の利益を図る目的」、B「我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれ」、の3要件に該当する活動である。しかし、要件@は「その他の活動」が含まれており何ら範囲が限定されるものではなく、要件ABについても行政機関(多くは、警察、公安調査庁、自衛隊)が恣意的に決めつけるものであり、何ら歯止めとはならない。

イ 特定有害活動による被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「特定有害活動の防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
 「措置」には、特定有害活動防止のための行政機関による対象者の監視、組織活動の妨害その他あらゆる活動が含まれる。しかも、現に上記3要件を充足していない活動であっても、将来の「特定有害活動の防止」のためとして、行政機関の監視(例えば盗聴、容貌撮影、尾行等のプライバシー侵害行為)の対象となり得る。そして、このような行政機関の監視行為自体が特定秘密に指定されてしまえば、行政機関の関係者が内部告発したり、監視された団体・個人その他の者が監視実態を知ろうとする行為自体が処罰されることになる。
 例えば、陸上自衛隊情報保全隊が2003年から2004年にかけてイラクへの自衛隊派兵に反対する国民の行動を組織的に監視し、個人の情報を収集していたことが自衛隊の内部文書により発覚し、2012年3月26日、仙台地裁は5名の監視行為を違法として国に慰謝料の支払を命じた事件がある。イラク派兵に反対する国民の行動を、自衛隊が特定有害活動の防止のために監視しているのだとして、監視行動を特定秘密に指定すれば、内部告発者のみならず、どのような監視を行っていたのかを追及する者も処罰されるおそれがある。その結果、行政機関による違法な情報収集活動を告発することが著しく困難となる。

ロ 特定有害活動の防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報
 「その他の重要な情報」とは、日本の都道府県警察が収集した情報である(内閣情報調査室の橋場健参事官の説明)。公安警察によって集められた個人の情報もすべて秘密となり得る。

ハ  ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
 都道府県警察や海上保安庁など治安機関の「情報の収集整理又はその能力」も特定秘密の対象となる。公安警察の活動内容や情報収集の能力を示すような広範な情報もすべて秘密となり得る。

ニ 特定有害活動の防止の用に供する暗号
 過失による漏えいも処罰対象であるから、目にした文字・記号等がどのような意味であるかを知らず、さらに暗号であることすら知らなくても、他人に話せば処罰されうる。

5 「テロリズムの防止に関する事項」(第四号)
 「テロリズム」は12条2項一号に定義がある。第四号イないしニの規定は、第三号イないしニの「特定有害活動」を「テロリズム」に読み替えたものである。
 テロ対策の名の下に行政機関(多くは警察、公安調査庁、自衛隊)が行うあらゆる活動及びその結果収集された情報が特定秘密として隠されるおそれがある。
 例えば、公安警察は、日本共産党について暴力主義的活動を行う団体であると決めつけ、これを監視対象として盗聴等の違法行為を行っており、裁判所においても組織的に行われた違法行為であることが認定されている(緒方宅盗聴事件・東京高裁平成9年6月26日付判決)。また、警視庁のテロ捜査情報がインターネット上に流出した事件(2010年)では、日本に住むイスラム教徒を無差別にテロリスト扱いし、徹底した個人情報の収集や尾行で人権侵害を重ねていた。このような公安警察の活動自体が特定秘密とされることになり、権力犯罪を摘発することは著しく困難になる。
 また、テロ活動防止の口実で、原発施設の配置その他の原発に関する情報は特定秘密の対象となる(内閣情報調査室)。したがって、例えば、原発の施設をバックに記念写真を撮りフェイスブックに載せたら処罰された、原発の情報開示を要求したら処罰されたということにもなり得る。
 福島第1原発一号機は、2011年3月11日の地震発生から16時間までにメルトダウンを起こしていたが、これを東電が明らかにしたのは2か月後であった。原子力災害時に放射性物質の拡散状況を予測する「SPEEDI(スピーディ)」のデータを、政府は米軍に提供する一方、国民にはすぐに公表しなかった。それを知らされずに線量の高い地域に避難し、避けられたはずの被曝をした被災者もいた。
 秘密保護法が成立すれば、国民にとって重要な情報が、いっさい表に出てこないことになりかねない。




Part2  秘密保護法がもたらすもの

≪目次≫ 1 秘密保護法と有事法制
2 日本版NSC設置法+秘密保護法は
  この国をどこに導こうとしているか
3 秘密保護法と海外派兵・九条改憲
4 知る権利と報道又は取材の自由は保障されない
5 秘密保護法と国会の弱体化・空洞化

 6 秘密保護法が生み出す暗黒裁判
 7 イラク派兵違憲訴訟と「秘密」
 8 那覇市情報公開訴訟と「防衛秘密」
 9 情報保全隊違憲訴訟と「秘密」
 10 原発情報と秘密保護法


【1】 秘密保護法と有事法制 

1 戦争法のなかの秘密保護法
 秘密保護法案は、さまざまな問題をはらんでおり、広範な分野に深刻な影響を与えるものであるが、その「本籍」はあくまで戦争法・軍事法の領域にある。
 この国の現在の戦争法は、アフガン戦争・イラク戦争を背景に、2003年から2004年にかけて強行された有事法制が、基本となっている。
 有事法制は、
 @ 基本法制=武力攻撃事態法
 A 作戦・兵站法制=自衛隊法、特定公共施設利用法、船舶検査法、捕虜法、人道法等
 B 米軍サポート法制=米軍支援法、後方支援・物品・役務協定(ACSA)
 C 後方構築法制=国民保護法
という体系をもっている。この有事法制の眼目は、地方自治体と民間企業を戦争に組み入れるとともに、国民を動員(徴用・徴発)と保護(避難など)の両面で組み込み、しかも平時からそのための態勢を整えるところにある。小泉純一郎首相(当時)が、ことあるごとに「備えあれば憂いなし」と唱えたのは、そのためである。
 当初は「武力攻撃事態」(=戦争)のみを対象としていた有事法制は、制定過程で「テロ」などの「緊急対処事態」が追加された結果、軍事と治安の領域にまたがる法制となっている。国民保護計画にもとづいて、「ゲリラ部隊の上陸(=武力攻撃事態の類型)」だけでなく、「爆破テロ(=緊急対処事態の類型)」を想定した演習・訓練が繰り返されているのはそのためである。
 このことは、軍事と治安の領域にまたがって「平時からの備え」を構築する有事法制と、軍事・外交・治安にかかわる情報を、平時・有事を問わず、「特定秘密」として秘匿を強制する秘密保護法が、完全に重なりあっていることを示している。
 ところで、有事法制が強行される過程で、「軍機保護」や秘密漏えい等による国民処罰について論議が交わされることはなかった。有事法制に新たな「秘密保護」が組み込まれていなかったことによる。「国民の自主的協力で安全を守る」ことをうたい文句にした有事法制を推進する上で、政府権力と「軍部」が情報を独占する「秘密保護」を持ち出すことは、「禁句」だったからに違いない。
 10年を経て登場した秘密は、戦争法=有事法制体系に、メディアや国民、国会や裁判所に沈黙を強いたまま戦争に突き進む「弾圧・鎮圧の武器」をつけ加えるのである。

2 秘密保護法と国民保護
 秘密保護法が加わった有事法制のもとで、国民保護や住民の安全はどのように扱われるか。このことは、法案と国民保護法を読み比べれば明らかになる。
 法案に加えられた情報管理・管制システムは、「特定秘密」を指定する主体や提供できる対象を厳しく制限している。「特定秘密」の指定は政府機関に限られ、政府機関から提供を受けて「特定秘密」を保有できるのは他の政府機関や警察、同質の秘密保護システムをもった外国、契約によって秘密を扱う適合事業者などである。
 この情報管理・管制のシステムから、警察を除く地方自治体の機関は完全に除外されている。法案には、「地方公共団体」なる言葉はまったく登場しないのである。地方自治体を「特定秘密」と完全に遮断する法案の構造は、地方自治体の役割や住民の安全との関係で、深刻な問題を投げかけることになる。
 武力攻撃事態法や国民保護法によって、地方自治体は「住民の生命、身体及び財産の保護」(事態法7条)を担う機関とされ、住民の避難などの対処措置は自治体職員と消防が担当することになっている。地方自治体や消防が住民の避難などを適切に行うためには、武力攻撃・ゲリラ攻撃(武力攻撃事態)や爆破テロなど(緊急対処事態)の被害や対抗措置についての情報が、迅速かつ適切に伝達されねばならない。
 国民保護法によるはじめての実働演習だった「美浜原発・テロ対処訓練」(2005年11月27日)では、「美浜原子力防災センター」におかれた対策本部で、被害の状況や対策の進行が刻々と報告され、映像によって視察者に公開されていた。少なくとも、対策本部への状況報告なしに、避難などの対処措置がまともに行えないことは明らかだろう。
 また、国民保護法にもとづいて東京都が作成した「東京都国民保護計画」には、「平時からの備え」のなかに「首都防衛との錯綜の防止」との一節がもうけられている(第3章第3節1(4))。昼間人口1500万人の首都東京からの避難を行うには、軍事作戦との調整を行わざるを得ないためであり、その限りでは当然の要請である。
 だが、法案によって、「テロリズムによる被害」(法案別表四イ)や戦況(収集した「情報」 同一ロ)・作戦計画(「自衛隊の運用」 同一イ)などは「特定秘密」とされるに違いない。「軍部」や治安当局からすれば、戦況や作戦計画を知られれば「手の内を明かす」ことになり、「被害を発表すればテロリストを利する」と考えられるからである。
 しかして、その「特定秘密」は、政府機関や警察には提供されても、国民保護を担当し、住民の避難などに責任を持つ地方自治体や消防には提供されることはない。自治体職員や消防署員が無理に知ろうとすれば「管理を害する行為」(法案23条)、自衛官や警察官が漏らせば「業務上知悉した特定秘密の漏えい」(同22条)で、いずれも懲役10年の犯罪とされる。
 こんなことで、国民保護の責務を果たし、住民の安全が守ることができるだろうか。
 国民保護を口実に戦争に組み込んだ地方自治体を、重要な情報から遮断するのは深刻な問題をはらんでいる。だが、「国家を守るために、住民の安全は切り捨てる」に等しいこの構造こそ、「特定秘密」の本質にほかならない。
 かつてこの国は、「軍機」の名のもとにいっさいの軍事情報を遮断し、沖縄や中国東北部(旧「満州」)などの戦場で無数の民間人を死に至らせた。いまこの国は、同じ「哲学」をもった国になっていこうとしているのである。

3 秘密保護法と戦争
 どのような戦争が念頭におかれているか。
(1) 戦争のはじまり
 武力攻撃事態法にもとづく「武力攻撃事態」や「緊急対処事態」の対処基本方針には、国会承認が要求されている(事態法9条7項、25条5項)。周辺事態法による対処措置の実施も同様である(同法5条)。国会審議が適正に行われるには、事態の性質・規模・状況や対処の方向・方策などが報告されねばならない。だが、国会への「特定秘密」の提供は秘密会に限定されているから(法案10条1項一イ)、「特定秘密」にかかわる審議は公開では行えず、メディアが報道することも、議員が国民に報告することもできない。
 これでは、「国民の知らないところで戦争に突入していく」と宣言しているに等しい。
(2) 国民動員
 武力攻撃事態法と国民保護法によって、一定の民間企業は平時から戦争態勢に組み込まれており(指定公共機関・指定地方公共機関 事態法6条、国民保護法21条)、自衛隊法は武力攻撃事態等に際しての国民動員を規定し、業務従事命令(医療・土木建築・輸送)まで認めている(同法103条など)。特定公共施設利用法では、地方自治体等が管理する港湾・空港・道路等についての優先的軍事利用を認めている。いずれも民間事業者や国民などがいやおうなしに戦争に引き寄せられる場面である。
 状況が緊迫すれば、秘密法保護法の改正を含めて、秘密の保持を義務づけられる国民は飛躍的に拡大することになるだろう。そのことは、「軍機保護」のための監視の網が、この国の社会に張りめぐらされることを意味している。
(3) 「日本有事」から「米国有事」への拡大
 10年前に登場した有事法制は、アメリカに追随した侵攻戦争に対処するためのものであったが、それでもこの国をめぐる事態(日本有事)を想定していた。
 あれから10年、事態そのものが飛躍的に拡大されようとしている。
 「集団的自衛権」の許容とは、要するに、アメリカをめぐる事態(米国有事)での、海外での武力行使・参戦を意味している。日米軍事同盟で結ばれた同盟国アメリカ以外に、この国が「集団的自衛」と称して戦端を開こうとする国は存在しないのである。
 そのために、米日両軍の統合軍化や米日共同作戦のための「情報の共有」が叫ばれ、有事法制体系をも「下位法」とし、集団自衛事態法や国際平和協力法(海外派兵恒久化法)を組み込んだ国家安全保障基本法体系が構想されるにいたった。
 秘密保護法とは、そのために生み出された「新時代の秘密保護法制」にほかならない。秘密保護法を含む国家安全保障基本法体系が守ろうとしているのは、国民ではなく、この国ですらなく、同盟国アメリカそのものなのである。
 国民的批判を受けて廃案となった国家秘密法案(スパイ防止法案)が浮上してから30年、有事法制が強行されてから10年の歳月が流れている。この歳月を経ていま問われるべきこと、それは、「戦争の道を克服しようとしている世界の趨勢に背を向けて、そこまで外征の国になっていくか」という、根本的な命題と言わねばならない。                      

 (田中 隆・東京)



【2】 日本版NSC設置法+秘密保護法は、この国をどこに導こうとしているか 

1 国家安全保障会議設置法は有事法制の一環
 朝鮮半島での有事を想定し、北朝鮮に対するアメリカ軍の軍事行動を後方支援することを目的に「周辺事態法」が1999年に制定され、さらに、2003年には「武力攻撃事態法」が、2004年には「国民保護法」が強行成立させられた。これらはアメリカが行う戦争にこの国が「予測」の段階から軍・官・民をあげて加担、アメリカ軍に追随して自らも参戦していく侵攻型の有事法制であった。
 いわゆる「有事三法案」として、武力攻撃事態法案、自衛隊法「改正」案とともの国会に提出されたのが現行の安全保障会議設置法「改正」案であった。武力攻撃事態法の制定を踏まえ、設置法「改正」により、「武力攻撃事態等への対処に関する基本方針」や「内閣総理大臣が必要と認める武力攻撃事態等への対処に関する重要事項」が、内閣総理大臣の諮問事項に新たに加えられ、また、会議の審議を迅速かつ的確に実施するための事態対処専門委員会が新設された。現行安全保障会議そのものが、有事法体制の一環として整備、構築されてきた組織である。その意味で、国家安全保障会議設置法は、有事を想定した軍事法・戦争法の一環であって、軍事体制に適合的な組織へと国家機構を変容させるものである。

2 4閣僚への権力集中と制服組自衛官の大量進出
 国家安全保障会議(日本版NSC)は、内閣総理大臣を中心に、外交・安全保障に関する諸問題を、戦略的観点から日常的・機動的に議論することにより、我が国の外交・安全保障政策の司令塔の役割を果たすとされ、有事法体制の集大成ともいうべき抜本的強化策と位置づけられている。
 「改正」案の特徴は、第1に、内閣総理大臣・内閣官房長官・外務大臣・防衛大臣の4閣僚による「4大臣会合」を新設することにある(国家安全保障会議設置法5条1項二号)。この「4大臣会合」の新設により、従来からある「9大臣会合」(同1項一号)ではできなかった、中身の濃い議論と迅速な結論が可能となり、外交・防衛政策の司令塔となるのだという。
 第2の特徴は、内閣官房内に総理大臣を直接補佐する「国家安全保障担当補佐官」を常設し(内閣法21条)、国家安全保障会議を恒常的にサポートする「国家安全保障局」を新設する(内閣法17条)ことである。国家安全保障局には、局長、局次長のもと50人体制で、「総括」「同盟・友好国」「中国・北朝鮮」「その他(中東など)」「戦略」「情報」の6班が置かれる。しかも、50人の中には10数名の制服組自衛官が送り込まれ、6班の半分、3班の班長が防衛省の出身者がつとめる(他の2班を外務省、1班を警察庁出身者がつとめ)と報じられている(10月24日付読売新聞)。
 安全保障会議の前身である国防会議は文民統制を目的としていたが、本「改正」は、文民統制を軍人統制へと変容させるものであって、安全保障局を制服組自衛官(軍人)や防衛省出身者に委ねることに他ならない。

3 4閣僚への権力集中は憲法上許されない
 第2次世界大戦後の1947年、共産主義の脅威に対抗すべく冷戦期に創設されたのが「アメリカ国家安全保障会議(National Security Council)」であり、これを手本にしたのが国家安全保障会議(日本版NSC)である。
 本家(アメリカ)のNSCは、大統領、副大統領、国務長官、国防長官その他を構成員とする大統領の諮問機関であり、政策決定権者である大統領がメンバーであるため、NSCの決定が即座に政府の決定となり、それにより機動性や迅速性が担保されている。しかし、日本の場合、内閣が国会に対し連帯責任を負う(憲法66条3項)議院内閣制を採用しているため、4大臣会合の決定をそのまま内閣の決定とすることは憲法上許されない。あらためて全員一致の閣議決定を経なければならないことになる。その意味で、日本版NSCには、迅速性・機動性において、もともと憲法上の限界があるというべきである。
 日本と同様に議院内閣制を採用するイギリスにおいても、2010年5月にNSCが設置された。しかし、イギリスの場合、NSCは内閣委員会(日本の内閣委員会とは趣旨も性格も異なる)の1つとされ、内閣委員会の決定は閣議決定と同様の効力を持つとされており、あらためて閣議決定の要求される我が国とは異なる。(以上、「調査と情報」548号、801号)
 日本版NSCの議論において、迅速性や機動性を強調し、4大臣会合を「実質的」な決定機関とすることを求める議論がある。しかし、内閣が連帯して国会に責任を負う我が国においては、事実上であれ実質であれ4閣僚の意向により閣議を左右することは憲法原則を蔑ろにするものであって許されない(改憲手続きを要する)。4大臣会合で開示された情報(秘密)、それを踏まえた決定である以上、閣議においても当該情報の開示を踏まえた決定でなければならない。そうでなければ内閣の国会に対する連帯責任が全うできないからである。

4 情報・秘密の囲い込みと、一部閣僚による国政の専断
 日本版NSCは海外のNSC、とりわけアメリカのそれとの情報共有を前提としており、すでに日米間においてはNSC担当者同士の相互交流が始まっているといわれている。国家安全保障会議が適確に機能するためには、秘密保護体制の整備が不可欠だとされる。国家安全保障会議の各議員に秘密保持義務を課す(7条)とともに、秘密保護法とのセットでの今国会での成立が目指されている。
 しかし、このNSC+秘密保護法の体制は、権力中枢部のごく一部のみが重要な情報(秘密)を独占し、国民はもちろん、国会議員や4閣僚以外の大臣すらも情報の共有者から排除され(「同盟国」アメリカの中枢やNSCとは情報共有がなされる)、無理矢理アクセスすれば処罰対象となることが想定される。その結果、情報享受の階層性―重要であればあるほど少数にしか共有されず、共有者の範囲が広がるにつれ重要度が低下する―が生まれ、ごく限られた者の意思が、事実上の国家意思となってしまう。重要情報(秘密)に接することのできない国会議員や国務大臣は、適確な判断者たりえず、NSC+秘密保護法体制は、この国を軍事・専制国家に導きかねないのである。
                          

 (松島 暁・東京)



【3】 秘密保護法と海外派兵・九条改憲 

1 秘密保護法と戦争への道
 安全保障に関して、防衛、外交などの秘密を保護しようとする今回の秘密保護法づくりは、平和憲法を踏みにじり日本を戦争する国にしようとする動きと一体のものである。
 以下、秘密保護法案は、第1に、平和憲法と相容れないものであり、第2にアメリカとともに日本を戦争する国にする動きと一体のものであり、第3に9条改憲の先取りであることを明らかにする。第4に、広範な情報が国民から隠され、文民統制や国民のコントロールを不可能にするなど平和憲法に反する重大な問題点についても述べる。

2 平和憲法と相容れない秘密保護法
 戦前、軍事秘密の保護は侵略戦争と一体のものとして進められてきた。日清戦争後の1899年には軍機保護法が制定され、それが日露戦争を経て、1937年日中戦争が激化するもとで拡充された。太平洋戦争開戦前夜の1941年には、軍事上の秘密のみならず外交、財政、経済、政治など広範な秘密を保護する国防保安法の制定にいたる。違反者は死刑を含む重罰で処罰され、治安維持法などとあいまって、多くの国民が弾圧された。ものの言えない社会がつくられ、侵略戦争が遂行されていったのである。
 戦後、戦争を放棄し、軍隊を保持しないとした日本国憲法のもとで、軍機保護法や国防保安法は廃止された。しかし、在日米軍の秘密を保護するための刑事特別法が制定され、また、日米相互防衛援助協定等に伴いアメリカ政府から日本に供与された装備品及び装備品に関する情報を保護するMDA秘密保護法が制定された。秘密漏えいなどには10年以下の懲役刑をもって処罰する秘密保護法制であるが、これらは、平和憲法と矛盾する法制度といわざるを得ない。

3 日米の共同作戦、海外派兵と秘密保護制度
(1) 日米ガイドラインと国家秘密法案
 日米での共同作戦計画づくりを進めようとする1978年の日米防衛協力の指針(旧ガイドライン)では、日本における情報保全が確約された。すなわち、自衛隊及び米軍は、効果的な作戦を共同して遂行するために、情報の要求、収集、処理及び配布などを行い、これらの情報については、それぞれが責任を持って保全すること、すなわち、他に漏えいなどされないように責任を持つことが確約されたのである。秘密が漏らされるようなことでは、戦争を進めるうえで重要な情報を共有できないというわけである。そして、1985年、スパイ防止の名のもとに国家秘密法案が国会に提出された。軍事・外交に関する広範な情報を秘密とし、法違反の犯罪者に死刑を含む重罰で対処するというものであった。法案は、国民の知る権利を著しく侵害するものであり、マスコミはもとより多くの国民が反対の声をあげ、結局は、廃案となった。
(2) 自衛隊の海外派兵と防衛秘密法制
 湾岸戦争を契機にして、自衛隊の海外派兵の動きが進められるなかで、1997年の日米「新ガイドライン」では、効果的な作戦を共同して実施するため、情報活動について協力することとし、共有した情報の保全に関し各々責任を負うことが明記された。
 2001年、アフガニスタンに対する戦争が始まると、日本は、アメリカから求められ、テロ特措法を成立させて、これに参戦していく。その際、政府は、防衛秘密を特別に保護する自衛隊法「改正」をも国会で成立させた。軍事・国防のための秘密保護制度であり平和憲法と矛盾する制度である。

(3) 日米両軍の一体化と秘密保全法の提起
 地球規模での米軍再編が進められて米軍と自衛隊との一体化が強化されるなかで、2005年、日米安保協議委員会(2+2)でも、二国間の安全保障・防衛協力の態勢を強化するための不可欠な措置として、情報共有及び情報協力の向上とともに、共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置をとることが確認されてきた。
 そして、日米両政府は、2007年8月、「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する協定」(GSOMIA)を締結した。この協定では、両国間で相互に提供される秘密軍事情報を取り扱う条件として、その担当者が秘密軍事情報取扱資格を有すること、当該情報にアクセスすることを許可されている資格者の登録簿を各部署で保持することが求められている。
 国内でも、2010年8月、新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会(新安保防衛懇)が秘密保護法制づくりを提起し、同年12月の「防衛計画の大綱」も、政府横断的な情報保全体制を強化することを統合的かつ戦略的な取組として位置づけた。そして、2011年8月、有識者会議の報告が秘密保全法づくりを提起したのである。

4 秘密保護法案は9条改憲の先取り
 自民党が2012年4月に発表した改憲草案では、9条改憲により国防軍を保持することとあわせて、国防軍の「機密の保持に関する事項は法律で定める」と秘密保護法の制定を提起した。また、同年7月自民党が発表した国家安全保障基本法案(概要)は、集団的自衛権の行使や海外で武力行使、武器輸出などもできるようにすることとあわせて、「我が国の平和と安全を確保する上で必要な秘密が適切に保護されるよう、法律上・制度上必要な措置を講ずる」として、秘密保護法を制定することを求めている。
 新ガイドラインの見直しを確認した本年10月3日の日米安保協議委員会(2+2)においても、アメリカは、集団的自衛権の行使とともに、情報保全の法制化(秘密保護法づくり)の取り組みを歓迎する態度を明らかにしている。
 このように秘密保護法案は、集団的自衛権の行使容認と一体の動きであり、9条改憲、戦争する国づくりを先取的に進めようとするものであることは明白である。

5 国民から隠される広範な情報と戦争への道
(1) 隠される広範な情報
 防衛秘密だけとっても、秘密保護法案では、包括的かつ広範な情報がすべて防衛秘密の対象となって国民から秘匿されることとなる。国民は、防衛予算や基地機能、防衛計画、作戦運用の実態、配備される武器・弾薬・航空機に関する情報から一切遠ざけられる危険がある。
 何より「自衛隊の運用」(1項)すべてが防衛大臣の指定により秘密となりうるのであるから、自衛隊の行い、行おうとする活動すべてを防衛秘密として国民から秘匿することも可能となる。日本がアメリカとどのような憲法違反の共同作戦行動に突入しようと、極秘に新兵器を開発し、あるいは外国を攻撃する戦争を計画しようとも一切国民に知らされない危険性がある。
 これまでも米艦船等による核兵器持ち込みなど日米での密約が国民から隠されてきた経緯からみて、いっそう広範な情報が国民に隠され続けることになる。

(2) 処罰の矛先が向けられる広範な関係者 
 現在自衛隊がその装備調達の発注をしている企業は膨大な数にのぼる。これらの膨大な企業に関わる秘密が「防衛秘密」のなかにとりこまれる。そしてこれら「防衛秘密」に関与する労働者、技術者の数は計り知れないほど多数にのぼる。兵器・艦船・航空機の製造のみならず修理、さらには航空、港湾、海運、建設、陸運、医療、情報産業等極めて広範で多岐にわたる各分野の産業に従事する労働者、技術者、経営者が対象になりうる。これら民間人・労働者が秘密保護の義務を負わされ、故意過失を問わず漏洩を処罰されることとなる。不正や違法を告発したり、市民の側から情報公開を求めることもこともきわめて困難となる。まさに、国民多数に処罰の矛先が向けられるものである。

(3) 否定される文民統制、国民側からのコントロール
 防衛大臣は、内閣の関与なしに秘密を指定できる。広範な情報が秘匿され、内閣のチェックもコントロールも困難となる。国会においても、十分な資料に基づき調査し議論することが困難となる。防衛・外交など広範な情報に関する答弁拒否がまかりとおり、国会審議の空洞化を招くことになる。文民統制は形骸化することとなるのである。
 そもそも、平和憲法を持つ日本において、自衛隊の活動に関し、主権者である国民が常に監視・批判を行うのは国民の当然の権利である。ところが、防衛・外交など広範な情報が「秘密」とされ、国民がこれら情報から遠ざけられることになれば、国民からの批判・監視は行えないこととなる。自衛隊の運用・作戦行動がいかに憲法9条に重大に反するものであっても、それを知ることができないこととなり、自衛隊の独走を許すこととなる。憲法前文で保障されている平和的生存権をも、ないがしろにされてしまうのである。
 これでは戦前の二の舞になりかねない。断じて歩んではならない道である。                         

  (吉田健一・東京)



【4】 知る権利と報道又は取材の自由は保障されない 


1 知る権利と報道又は取材の自由をめぐる修正経過とその意味するもの
(1) 修正経過
 9月3日に発表された特定秘密保護法案(以下「本法案」という)の概要では、(この法律の解釈適用)の項で、「本法の適用にあたっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める。」との訓示規定の提案がされていた。
 その後パブリックコメントにおける国民のきびしい反対意見を経て発表された政府原案の第6章「雑則」の(この法律の解釈適用)の項では、「報道の自由に十分に配慮するとともに、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない。」(傍線は修正部分)と、報道の自由に配慮する旨の規定を追加する修正がなされた。
 さらに国会上程前に自民党と公明党との間で修正協議が行われて、結局、前記の点は上程法案の21条1項で「この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。」と修正され、また、21条2項で新しく「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。」(傍線はいずれも修正部分)との規定が加えられた。

(2) その意味するもの
 この間の経過は、政府が、国民の意見を形式的に聞いて臨時国会開会と同時に法案を上程し多数を頼んで一気に法案を通そうと画策したものの、国民の強い反対の前に法案の手直しを余儀なくされその上程が遅れたことを示している。
 ちなみに、1985年の「国家秘密に係るスパイ行為の防止に関する法律案」は、国会に上程されたあと大きな反対運動の結果廃案となったが、その後、(この法律の解釈適用)の項で、今回の法案の概要とほぼ同様の基本的人権に関する訓示規定に「表現の自由その他」を加えたうえで、2項で新しく「出版又は報道の業務に従事する者が、専ら公益を図る目的で、防衛秘密を公表し、又はそのために正当な方法により業務上行った行為は、これを罰しない。」との規定(傍線はいずれも修正部分)が提案されたことが想起される。結局この修正案は国会上程に至らなかったが、この修正案は今回の修正案の法的性格を考えるにあたって参考となる。
 本法案の修正過程は、1985年から1986年にかけての修正過程と類似しているが、今回は法案上程前に、いわば切り札とも言うべき修正をせざるを得なくなって予定を遅らせて国会上程に至ったことが特徴である。

2 解釈適用規定(21条)の性格と検討
(1) 21条1項
 この項は、第6章の(雑則)の章に規定されており、しかも、基本的人権に関する規定も含めて「知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」との配慮を求めるだけの規定にすぎないうえ、そもそも本法案は特定秘密を隠して、その限りで知る権利も報道又は取材の自由も否定する立場に立っているから、このような訓示規定に権力の濫用を防ぐ効果のないことは明らかである。
 むしろ、多くの批判を受けてことさらこのような規定をおくこと自体、実は立法者が、本法案が基本的人権や報道又は取材の自由を侵害する危険性を内在させていることを自認していることの反映だと言うべきである。
 また何よりも、昨年末に廃案となった情報公開法改正案における「知る権利」の保障規定は目的条項であり、国政に関する情報は国民のものであって情報公開法は国民の知る権利に奉仕するものであるというこの法律の基本的性格を示しているのに対し、本法案に規定された知る権利は単なる訓示規定であるから、その性格は全く異なる。

(2) 21条2項
 取材行為に関する規定であり、1986年に提案され国会上程には至らなかったいわゆる「スパイ防止法」(国家秘密法)の修正案や刑法230条の2の名誉毀損罪における「専ら公益を図る」規定と類似した条文である。
 しかし、これが以て非なることは@項で明らかにし、A項以下で、いわゆるスパイ防止法の修正案の際に批判された多くの論点がここでも妥当することを明らかにする。
@ 1986年に提案された前記修正案はまがりなりにも「これを罰しない。」との規定であったが、それでも、これが違法性阻害事由か訓示規定か必ずしも明らかではないと批判され、また、詳細な検討の結果、この規定の新設によって不可罰となることはほとんど考えられないと批判された。
 次に、名誉毀損罪については、一定の要件のもとに「これを罰しない」と規定され、違法性阻却事由として解釈適用されているのに対し、本規定の末尾では「正当な業務による行為とするものとする。」とあいまいな規定がされているだけであって、立法者がこれを違法性阻害事由として規定しているとは思われない。
 むしろ、「雑則」の章に、明らかに訓示規定である1項と並んで規定されていることは、この2項もまた訓示規定であるとの疑いを強めざるを得ない。
A 「出版又は報道の業務に従事する者」「正当な業務」の定義とその範囲をどう考えるのであろうか。フリージャーナリストがこれに含まれるのか疑問であり、また、オンブズマン、NPO、学者・研究者、一般国民については当然不適用になると思われる。次に、「正当な業務」とされるのは「特定秘密の取得行為」とされる「取材行為」だけであろうから、業務従事者だけの、かつ情報に接近する行為の一部がこの規定の適用を受けるにすぎない。これでは出版又は報道の業務に従事する者の「取材行為」だけが「正当な業務」として一応保障の対象になる、ということになる。
B しかも「取材行為」の「正当業務」性には、「専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは」との限定が付されている。
 しかし、「専ら」が文字どおり「専ら」なのか「主として」と解釈されることになるかは明らかではない。
 また、「著しく不当な方法による」とあるが、その対象となる行為は「取材行為」であって、結局、犯罪とされる「特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得」する行為を指すことになるから、同じことを言っているに過ぎず、いずれにせよ、そのあいまい性、無限定性は著しい。
C また、そもそも「公益」とは何であろうか。
 本法案第1条に規定された目的は、「我が国及び国民の安全の確保に係る情報」(引用者注、「秘密」)の保護であるから、このいわば「国益」に優越する「公益」とは何か明らかではなく、結局、本法案の目的に優越する「公益」が認められる余地はほとんどないであろう。
D さらに、出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、もともと刑法35条を根拠に報道目的という正当業務行為に基づく違法性阻却事由を主張することもあり得るところ、本規定による「専ら公益を図る目的」は、むしろ要件を加重する結果になることにならないであろうか。
E そもそもこの規定は、本法案に基づいて指定された秘密についても適用されるということにはならないと思われるから、結局、この規定によっては何も保障したことにならない。
F 「取材行為については、」「専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、」との規定が、実際の取材現場や警察等の捜査、刑事裁判における審理のあり方に具体的にどう影響を与え機能するのであろうか。
 仮に刑事裁判になってから被告人、弁護人が違法性阻害事由の主張ができたとしても、少なくとも犯罪構成要件には該当するので、これに基づく捜索、押収、逮捕、呼び出しなどがなされれば、それは取材、報道の自由に対する重大な脅威となり、取材する側にも取材される側にも著しい萎縮効果が及ぶであろう。
 また、「専ら公益を図る目的」「法令違反又は著しく不当な方法」についての立証責任は事実上捜査や裁判を受ける側が負うことにならざるを得ないであろう。  

  (守川幸男・千葉)



【5】 秘密保護法と国会の弱体化・空洞化 


1 憲法が保障する国会の権能・・・特に行政監視権能
 国会は、主権者である国民の代表機関であり、憲法上、国権の最高機関、唯一の立法機関である(憲法41条)。国会は、その憲法上の権能を発揮するために、行政機関が保有する情報を広く収集し、法案審議に活用し、行政を監視する活動をなす。国会は、立法機関であると同時に行政監視機関である。
 憲法上、衆参両院には、国政調査権が保障されている(憲法62条)。国政調査権は、国政に関して調査する議院に与えられた権利である。実際には、野党が国家権力に対し、国政調査権を通じて国民の知る権利にこたえる情報を入手し、国政に反映させるという重要な役割を果たす。行政の保有する情報は、国民のものであり、原則として公開されなければならない。行政の保有す情報を活用し、行政を監視することは、行政権限が強化されている「行政国家現象」と言われる現代社会において、国会の各院が主権者たる国民の負託にこたえる極めて重要な権能である。

2 秘密保護法案による国会権能の変質・・・「秘密会」
 ところが、秘密保護法案は、「特定秘密」を各院に提供する場合は、「公開しない」こと、非公開の「秘密会」(憲法57条1項但し書)とすることを要求している。憲法上の「秘密会」の開催には、公開原則の例外として、「出席議員の3分の2以上の賛成」が必要である。
 日本国憲法のもとで、本会議において秘密会が開催されたことはない。しかし、戦前の大日本帝国憲法の下では、秘密会が頻繁に行われていた。衆院・参院あわせて、本会議で少なくとも41回にのぼっている。政府の要求で開催された秘密会は総計31回(衆院17回、貴族院14回)と約8割を占めている。その内容は、治安維持法事件の報告、戦争(満州事変、支那事変)の報告、空襲被害状況の報告等である。戦前の帝国議会が、議会を非公開とし、国民への情報提供を拒絶した内容は、侵略戦争や言論弾圧などの権力の暴走や大災害など国民の安全、国の将来にかかわる重大問題ばかりである。
 重要な情報を国民に隠ぺいし、国会を政府の戦争遂行の翼賛機関としてきた事実がある。
 現在、衆院で自民・公明の与党は、3分の2以上の議席を占めており、野党議員の要請があっても、与党が反対すれば、秘密会は開催できない。参院では、自民・公明の与党が過半数の議席を占めており、秘密会開催は不可能である。安倍自公政権のもとでは、「秘密会」による国会での秘密の審議は、事実上不可能である。

3 「秘密会」での討議内容も秘密・・・5年以下の懲役刑
 秘密会が開催されても、秘密会で知りえた秘密を漏えいすれば、国会議員といえども、5年以下の懲役に処せられる(秘密保全法22条2項)。
 秘密会に出席して「特定秘密」を知得した議員は、自分の所属する政党・会派に持ち帰って議論することも、その調査を秘書に命じることも、国民にその情報を知らせることも、専門家に意見を聞くことも、「秘密の漏えい」に該当し処罰されることになる。

4 重要情報の提供拒否も可能
 秘密会が開催されても、行政機関の長が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす」と判断すれば、結局、秘密を提供しないことが可能である(同法10条1項)。国会で、秘密会の開催が決まっても、最終的には、行政機関の長の判断によって、重要情報が国会に全く提供されないことになる。
 国会議員には、議院で行った演説・討論・表決については院外で責任を問われないという免責特権(憲法51条)がある。秘密会で知得した秘密を院内の活動で発言しても刑事責任は問えないことになっている。「秘密漏えい」の懲役5年以下の刑罰の脅しが効かなくなる。そのため、行政機関の長に、秘密提供の拒否権を認めたのである。
 免責特権は、国会議員が自由に発言を行うことができなければ、その本来的な使命を果たすことが出来なくなりことから、院内における言論の自由を特に保障することによって、議会制度を保障するものであり、各国の憲法において等しく認められている。特に、日本においては、戦前、大日本帝国憲法のもと治安維持法による言論統制が強まり、翼賛議会のもとで国会議員の活動が制限され、本来の使命を果たせなかったという苦い教訓もあって、主権者たる国民の代表者としての国会議員の活動を保障するための重要な権利となっている。
 この免責特権による国会議員の活動を制限するのが、秘密保全法案である。

5 独自ルートによる秘密の入手と公開
 国会議員が独自のルートから秘密を入手して、国民に知らせること、国会の審議の中で提示し活用することは、処罰の対象となっていない。
 国会議員に対する処罰は、「秘密会」に提供された秘密を「漏えい」した場合のみである(秘密保護法10条2項)。
 1985年に国会に提出された「国家機密法」には、独自ルートで入手した秘密の単純漏洩罪も処罰対象とされていた。しかし、偶然に入手できた秘密の漏えいを処罰対象とすることは、国民の知る権利や議会制民主主義も否定するに等しいとの痛烈な批判がなされた。そのため、秘密保護法案では、国会議員の処罰対象を「秘密会」に提供された秘密の「漏えい」に限定したのである。
 ただし、その秘密の入手が「管理を害する行為」によるものとされた場合には、国会議員といえども処罰は免れない。秘密を公開した国会議員は、入手の段階で刑事責任の追及を受けるリスクを甘受せざるを得ない。

6 国会の弱体化・空洞化・・・戦前国家体制の復活
 秘密保護法制定の狙いの一つは、国民代表機関である国会を弱体化・空洞化することである。憲法によって、国権の最高機関としての権能が認められている国会が、国家権力の問題点を浮き彫りにし、国政に国民の声を反映させることを阻止する狙いがある。国会への情報提供を「秘密会」により制限し、提供を受けた国会議員による情報の漏えいを刑罰で脅し、免責特権により保障されている国会議員の院内での活動を制限するために「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす」と判断して、情報提供を拒絶する。国会は、国権の最高機関の地位を失い、国家権力の監視下に置かれることになる。まさに、戦前の翼賛議会、治安維持法下での言論弾圧のような社会が生まれることになる。  

 (長澤 彰・東京)



【6】 秘密保護法が生み出す暗黒裁判  ――― 「秘密」の立証、「秘密」は裁判所に提出されない

1 秘密保護法による重い処罰
 法案には重い罰則規定が存在する。
 罰則の内容は、特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密をもらしたときは10年以下の懲役(法案22条1項)、第9条又は第10条の規定により提供された特定秘密について、当該提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者がこれを漏らしたときは5年以下の懲役(同条2項)に処する。これらの罪の未遂も罰し、過失により漏らしたときも罰する。
 また、人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者は、10年以下の懲役に処し(23条1項)、未遂も罰する。更に、これらの行為の遂行を共謀し、教唆し、又は扇動した者も処罰することにしている。
 国家公務員法に違反して秘密を漏らしたときは1年以下の懲役(国家公務員法109条)であり、自衛隊法に違反して防衛秘密を漏らしたときは5年以下の懲役(自衛隊法122条)とされている。これらと比較しても、極めて重い処罰である。
 この重い刑罰を課すための捜査、裁判はどのように行われるのであろうか。
 表現の自由に関する裁判は、必ず公開の法廷で行わなければならないのであるから(憲法82条2項)、公開の法廷にその漏らしたと言う「特定秘密」を顕出すると「特定秘密」の内容が公表されることになるので、「特定秘密」を指定した側はそれを拒否することになる。そのようにして、「特定秘密」の内容が明らかにされないまま、裁判が進み、判決を言い渡されることになると予想される。
 事件と裁判はどうなるか。

2 基地に反対する住民の逮捕と起訴
 現在、米軍移動式早期警戒レーダー(Xバンドレーダー)を京都府丹後市の航空自衛隊経ケ岬分屯基地に配備する計画が進行している。
 こんなことも起こるだろう。
 住民のなかに、配備されるXバンドレーダーが健康に悪い影響がないか、あるいは多数の米軍人が配属されて米軍人による犯罪が増えるのではないかなどの心配が広がった。反対する住民たちが、Xバンドレーダーの詳細を知りたい思い、相談をして、基地の自衛隊員に接触をして情報提供を呼びかけた・・。
 秘密保護法では、「特定秘密をもらすこと」を「共謀し、教唆し、又は扇動した」者は処罰されることになっている(24条)。この規定によって、共謀しただけで共謀罪が成立し、教唆(そそのかし)をしただけで独立教唆罪が成立し(教唆をされた側が秘密を漏らさなくても成立する)、他の人に呼びかければ扇動罪とされることになる。
 これらを違法行為であると判断した警察は、住民の代表者らを逮捕し、警察が関係すると考えるあらゆる箇所の捜索差押を実施した。住民の反対運動は大きな打撃を受けることになる。
 逮捕された代表者らが起訴されると、裁判を受けることになるが、裁判では住民が知りたいと思った「バンドレーダーの詳細」は、全く明らかにされないまま審理が進むことになる。被告人や弁護人は、刑罰をもって保護すべき特定秘密(実質秘)に該当するかを争うことになるので、「詳細」を明らかにするよう求め、証拠開示命令の申立をすることになるだろう。しかし、検察官がこれを明らかにすることはない。

3 法廷に「秘密」は提出されない
 大阪高等裁判所昭和48年10月11日国家公務員法違反被告事件判決は「刑罰によって保護するに値する秘匿の必要性、すなわち、いわゆる実質的秘密性を備えたものでなければならず、単に国家機関により秘扱の指定がなされているだけでは足りない」「裁判所は国家機関の判断に拘束されることなく独自に実質的秘密性の有無を判断すべき」「もっとも、裁判の公開の原則と秘密保護の要請は互いに矛盾する関係にあるから、実質的秘密性を立証するには、必ずしも秘密とされる事項の内容自体を明らかにしなければならないわけではない」「当該事項の種類、性質、秘扱を必要とする由縁を立証することにより実質的秘密性を推認せしめ得る場合も」あるとしている。つまり、外形から実質的秘密性を立証できるとしているのである(外形立証)。
 裁判所は、インカメラ(刑事訴訟法316条の27第1項)により、「バンドレーダーの詳細」を見ることはできるが(法案10条1項ロ)、これは証拠ではないので、これにもとづいて判決することはできない。仮に裁判所が証拠開示命令を出しても検察官が提出に応じない場合(刑事訴訟法103条)は、「詳細」は法廷に提出されないことになる。
 かくして、運動団体の代表者らには、自分たちが知りたいと思った秘密の内容を全く知らされないまま有罪判決が言い渡されることになるのである。裁判官も秘密の内容を知らないまま有罪判決を言い渡すことになる。有罪としても、本来は保護する利益(保護法益)との比較で量刑が決められるのであるが、何が秘密であり、被告人が侵害したと言う保護法益の内容が明らかにされないまま例えば「懲役〜年」と決められることになると言う恐ろしい裁判を受けることになるのである。

4 記者の取材と報道の場合
 特定秘密を取り扱う者が、新聞記者のいわゆる「夜討ち朝駆け」等の取材攻勢に根負けして、「A」という特定秘密を漏らし、その記者が取材源を秘匿して「A」の存在を記事にしたとする。
 どのような捜査と裁判が行われることになるのであろうか。
 まず、「A」を漏らした犯人捜しが始まる。
 捜査をするためには「A」の内容を知らなければ捜査できないとして法案10条1項ロにより「当該捜査又は公訴の維持に必要な業務に従事する者」として、検察官や警察官の一部の者に「A」の内容が提供される。警察官や検察官は、「A」の内容から「A」を漏らした人を特定する。
 裁判所から逮捕状、捜索差押令状の発布を受けて強制捜査が行われる。但し、逮捕状請求書や捜索差押令状の請求書には、「A」は使用されず、特定秘密であることだけが記載されることになる。最近の捜索差押は、捜査する側が大きく網を広げて事件と関係があるかないかにかかわらず、一網打尽に押収する。パソコンを押収し、内部データをコピーして解析をするなどの大がかりな捜査が行われる。漏らした人は逮捕され、連日の取調べで自白を強要される。その結果、不当な取材方法であったとして記者も逮捕・起訴されることがある。
 取材行為については「専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不法な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」(法案21条2項)とされているが、それを判断するのは裁判所であるので、判決までの間、裁判をたたかわなければならない。
 最終的に最高裁判所で無罪判決を勝ち得たとしても、この間の失われた数年間の時間は取り戻せないのであり、なによりも国が隠そうとする秘密に対する記者の取材活動が強制捜査の対象になり得ること自体が、報道に与える萎縮効果は甚大と言わざるを得ない。                          

 (森 卓爾・神奈川)



【7】 イラク派兵違憲訴訟と「秘密」 ――― なにが裁判所の違憲判断を可能にしたか

1 イラク派兵差止め訴訟と情報収集
 2003年、イラク戦争はアメリカによる一方的な攻撃で始まった。日本は世界に先駆けて支持し、イラク特措法を作り、2004年から本格的に自衛隊をイラクに派兵した。
 国は、イラク派兵の実態について、「人道支援」という宣伝をするばかりで、その実態を明らかにするように求める情報公開請求に対しては、「墨塗り」の書面を出しつづけ、イラク派兵の実態を国民に隠蔽し、欺き続けた。
 そうしたなかで、イラク派兵差止訴訟弁護団は、独自の情報収集をした。また、中日新聞・東京新聞など、一部のジャーナリストが精力的にイラクでの航空自衛隊の活動の実態を取材し、報道を続けた。そういった積み重ねの上で、2006年7月に陸上自衛隊が撤退したと同時にこっそりと始まった、航空自衛隊によるバグダッドへの輸送活動の実態が、武装米兵の輸送であることが判明した。
 2008年4月17日、名古屋高等裁判所は、バグダッドが当時激しい戦闘地域であり、その最前線に武装した米兵を多数送り込むことが、米軍との「武力行使一体化」にあたる、として、憲法9条1項に違反するとのイラク派兵違憲判決を宣告した。
 もしあのとき、秘密保護法が成立していれば、弁護団の情報収集も、中日新聞・東京新聞の取材活動も、処罰の対象となりかねなかったのではないだろうか。イラク派兵の実態は隠蔽されたままで、当然違憲判決なども出ることがなかったであろう。
 2008年4月に違憲判決があり、当初、政府はこの判決を軽視する発言を繰り返していたが、2008年の年末には、イラクから自衛隊を完全撤退させた。
 憲法9条が力を発揮したと言っていい。

2 情報収集と秘密保護法
 名古屋高裁が憲法9条違反の判決を宣告したのは、原告側がイラクでの自衛隊の活動を詳細に証拠として提出したからである。その証拠は、我々原告弁護団がイラク隣国ヨルダンへの調査を行うなどによって独自に入手したものもあれば、中日新聞・東京新聞の優れた記者達が地道な取材活動によって入手したものもある。
 こうした情報は、「外交・防衛」に当たるため、特定秘密に指定され、入手できなくなる。そうであれば、憲法違反の事実が海外で積み重ねられたとしても、情報入手ができない以上、憲法9条を活かす訴訟自体が不可能となり、憲法9条は空文化してしまう。
 さらに、違憲判決から1年あまり経った2009年10月、国はそれまでほぼ全面的に墨塗りに形でしか「開示」してこなかった航空自衛隊の活動実績について、全面的に開示をしてきた。その「全面開示情報」から、航空自衛隊の輸送活動が、人道支援でも何でもなく、武装した米兵の輸送が多数に上っていたことが明らかとなった。
 仮に特定秘密保護法があり、「特定秘密」に指定されていたとすれば、こうした情報が開示されることはなかったであろう。

3 国家安全保障基本法=平和憲法破壊基本法
 安倍政権は、現在、秘密保護法と同時に「日本版NSC設置法」を強行しようとしている。さらに、来年には、国家安全保障基本法の制定を狙っている。
 国家安全保障基本法は、集団的自衛権のみならず、海外での武力行使を全面的に解禁していくことにつながる法案であり、憲法9条を完全に空文化させしまう法案である。同法案では国民に対する「防衛協力努力義務」も課されれ、この基本法の下で作られて行くであろう様々な法律によって、戦争に反対すること自体が処罰対象となりかねない。
 国家安全保障基本法の中には、秘密保護法制の制定と、日本版NSCの創設自体が明記されており、この国家安全保障基本法と、特定秘密保護法と、日本版NSC法とは、一体となって、日本を軍事国家に作り上げる法体系の基本として機能していくことが予定されている。
 国家安全保障基本法は、まさに「平和憲法破壊基本法」である。
 明文改憲手続きを経ることなく、憲法9条に規範を根こそぎ否定し、軍事中心の新たな国家体制を作り上げるのが、国家安全保障基本法であり、その大事な骨格となるのが、特定秘密保護法である。
 このようなやり方が認められては、もはや我が国は立憲主義国家とは言えない。
 しかし、現実には、内閣法制局長官のクビをすげ替え、集団的自衛権を容認する人物を「長官」として送り込んだ。
 内閣法制局を握った安倍内閣は、一見「敵なし」である。
 国家安全保障基本法も、来年、制定に向けて大きく動くであろう。
 特定秘密保護法は、戦争国家への大きな第一歩である。
 特定秘密保護法が出来れば、自衛隊が海外に派兵されても、もはやその活動実態について調査することは不可能になり、活動実態についての情報公開について国は応ずることもないだろう。
 海外で自衛隊が憲法9条違反の行為をしていたとしても、その実態を私達が直接情報収集をしていくことは極めて困難になり、憲法9条違反の活動は国民に隠さてしまうだろう。 そして、国家安全保障基本法の下、9条違反の事実が次々積み重ねられ、その「事実」に合う形で「法律」が次々作られ、憲法9条は、明文改憲手続きを経ることなく、あってもなくても良い規定になってしまう。
 特定秘密保護法は、単に「知る権利」云々、という問題にとどまらない。私達が今直面しているのは、「平和憲法」の危機であると同時に、「立憲主義」の危機である。
 立憲主義を破壊する一連の「手口」に対して、大きく連帯していくべき時である。
 幸い、広汎な連帯を行う大きな素地が出来つつある。一見敵なしの安倍政権であるが、私たちも決して無力ではない。全力で戦争国家への「手口」を止めていこう。  

 (川口 創・愛知)



【8】 那覇市情報公開訴訟と「防衛秘密」 ――― 「秘密」はどのようにつくりだされるか

 安倍政権が制定をもくろむ秘密保護法案は,防衛・外交等の4分野に関する事項を保護する秘密の範囲としている。
 そのうちの、防衛情報の秘密性の存否が直接の争点となった裁判例がある。那覇市情報公開訴訟である。防衛情報の本質が具現化された訴訟と言える。

1 事案の概要
 那覇防衛施設局(当時)は、1988年12月、建築予定のASWOC(対潜水艦戦作戦センター)庁舎(以下、「本件施設」という)の建築計画通知書および添付図書44点を那覇市に提出したところ、一市民が、「ASWOCは有事の際、真っ先に敵の攻撃目標とされかねない。平和な市民生活を営む上からも、その内容について十分に市民の知る権利とチェックの機会が保障されるべきである」旨主張して、那覇市情報公開条例に基づいて公開請求した。ASWOCは、対潜哨戒機P3−Cに対する戦術支援、指揮管制を行って、敵潜水艦を攻撃させる任務を負う軍事施設である。
 那覇市長は、国民の知る権利の保障の観点から、同年9月、これらの図書の全面公開を決定した。国(那覇防衛施設局)は、これら44点の図書には防衛秘密が存すると主張して、ただちに那覇地方裁判所に対して、那覇市長を被告として情報公開決定の取消を求める行政訴訟を提起し、併せて公開決定の執行停止の申立をした。この執行停止申立事件の審理の過程で、国は23点の図書には秘密性はないと自ら公開に同意したので、那覇地方裁判所は、残る21点の図書について、それを見ないまま、国の主張を全面的に受け入れて執行停止を決定した。
 こうして、本件施設の21点の建築図書(以下、本件図書という)の秘密性の存否をめぐる那覇市情報公開訴訟(以下、本件訴訟という)が開始された。

2 「防衛秘密」についての国の主張
 国は、本件図書には複数の防衛秘密が存し、そのうち本件施設の抗たん性に関する情報については、次のように主張した。準備書面の主張をそのまま引用する。
 「自衛隊の行動にとって不可欠な航空基地、指揮通信施設等は、有事における抗たん性の確保、すなわち、攻撃を受けた場合でも簡単にはその機能を停止することのないよう所要の措置を講じている」
 「本件施設は、主として爆撃機による爆弾攻撃を想定し、その爆弾の重量、投下速度、投下高度等から弾道、弾着角度、弾着速度を見積もり、地中爆発による破壊威力を計算して、これに耐えうる鉄筋コンクリートの壁厚等を設計したものである。この点、本件施設は、一般庁舎、宿舎、隊舎などの通常の自衛隊施設とは全く異なった特殊な施設である。」
 「本件施設の壁の構造、厚さなどの情報を含む本件図書が公開されると、本件施設の対爆撃強度が判明して、本件施設の破壊にとって最も効率的なデータ(爆弾の重量、爆撃高度等)を攻撃側に対して与えることになり、ひいては、我が国に対する攻撃を極めて容易かつ効率的なものにすることとなる。」

3 「秘密」主張の破たん
 しかし、国の上記主張はまったくの虚偽であった。
 本件施設の実態は、壁の構造に何ら特殊性はなく、地下階の壁厚はわずか35pで、およそ一般庁舎建築物と何ら異なるものではないからである。その虚偽性は、本件図書を所持している那覇市側にとっては一見明白であったが、国は本件図書を見ることのできない裁判所や国民なら誤魔化せるとの判断の下に、虚偽の主張をしたものと解さざるを得ない。
 一審判決は、公開図書をもとに「一般事務所建築物」と特段異なるものではないと判断した(那覇地方裁判所平成7年3月28日付判決。国は控訴したが控訴審は一審判決を支持。最高裁判所平成13年7月13日付判決で那覇市の勝訴が確定)。
 大仰な虚偽の主張を平然としてまでも本件図書を隠蔽しようとする国の姿勢は、防衛情報は国家が独占すべき聖域化されたもので、裁判所も当然にそれを受け入れるべきであり、国民には「知らしむべからず」という国家優先の思想的基盤に立脚したものであろう。虚偽と隠蔽こそ防衛情報の内在的本質であり、それは際限なく拡大することを、本件訴訟は実証した。去るアジア太平洋戦争における大本営発表は虚偽の代名詞となっているが、その虚偽性は戦争という時代的背景の下でやむを得ず生じた偶発的なものではなく、防衛情報の内在的本質がもたらした必然の帰結に他ならない。
 防衛情報は、国民の生存や安全に直結するものであり、それ自体が独自の存在理由を持つものではない。常に国民の生存や安全と関連して吟味されるべきであり、特に国民の知る権利の保障を侵害するものであってはならず、その聖域化は絶対に許されない。

4 秘密保護法が生み出すもの
 秘密保護法案は、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案とセットである。同会議が設置された場合、米国などの同盟国と秘密情報を交換・共有することになるので厳重な秘密保全が必要であるというのが、安倍政権の特定秘密保護法制定の理由である。米国の国家安全保障会議は戦争司令部として機能し、その究極的な局面は戦争の決断だといわれている。その日本版設置は、戦争のできる軍事国家体制づくりに他ならない。特定秘密保護法の制定はその一環であり、虚偽と隠蔽、それを保護する罰則の脅威に支えられた暗黒の国家の出現をもたらし、明文改憲への布石でもある。
 「軍事によらない平和」の構築を国家存立の基本原理とする日本国憲法下において、自己増殖性を不可避的特性とする軍隊は、その名称(自衛隊、国防軍、米軍)の如何に関わらず存在自体が許容されるべきではない。その観点から防衛(軍事)情報そのものの存在性、そしてその存在根拠である軍隊としての自衛隊や安保条約の違憲性や是非が改めて鋭く問われなければならない。  

 (仲山忠克・沖縄)



【9】 情報保全隊違憲訴訟と「秘密」  ――― 情報保全隊はなにを監視し、なにを秘密としたか

 秘密保護法による人権侵害の危険の先取りともいえる事件が、現在仙台高裁で審理されている陸上自衛隊情報保全隊(現在は自衛隊情報保全隊)による国民監視違憲訴訟である。

1 何が秘密とされていたか
 訴訟では、情報保全隊が自衛隊の活動に反対する市民を監視し、その収集情報を秘密文書として保有していることが認定された。イラクへの自衛隊派兵が大きな社会問題になった時期(2003年末から04年2月)に、派兵に反対する全国の広範な団体・市民の集会、デモ等の動向を組織的・系統的・日常的に監視し、個人の実名を含む情報を収集・分析・管理保管した内部文書が、自衛隊員の内部告発によって発覚したのである。監視対象は平和・護憲・女性などの様々な市民団体から国会議員・地方議員、マスコミ、さらには弁護士会や著名な映画監督の動向など広範囲に及んでいた。
 仙台地裁は、2012年3月26日、被告国が文書の成立すら認否しなかったこの秘密文書が存在することを認定し、この文書は国民の自己情報コントロール権を含む人格権を侵害する違法文書と判断して、5人の原告に対する国家賠償を国に命じた。
 国の秘密文書が国民の人権を侵害する違法文書だったことが明らかにされ、これによって、私たち国民は国家の人権侵害を救済しこれを抑止する足がかりを得たのである。
 人権を侵害された原告には、秘密保護法は、情報保全隊による人権侵害の違法文書を国民に内部告発してくれた勇気ある公務員を懲役10年の犯罪者にしたてて社会的に抹殺する法律にしか見えないのである。

2 情報保全隊はなにを監視していたのか
 以下は、元情報保全隊隊長(鈴木健氏)の仙台高裁での証言である。
(1) 情報保全隊はなにを監視するのか
 情報保全隊の任務は「外部からの働きかけから部隊等を保全すること」であり、外部からの働きかけには「秘密を探知する動き」が含まれる。
 秘密を探知する可能性のある団体等の動き、活動、これらの団体等による隊員あるいは家族に対する接触状況、こういったものが情報保全隊の情報収集の対象となる(第1回尋問調書2頁)。
一般市民についても情報を集めることはあり得る(同21頁)。自衛官人権ホットラインの開設やそのホームページの開設も外部からの働きかけ等に当たり得る(同50頁)。
 秘密保護法の「特定秘密」を探知しようとする団体(報道機関等)の動き、活動は、自衛隊にとって、外部からの働きかけそのものであり、当然に情報保全隊の監視対象となる。
(2) 報道機関の取材は外部からの働きかけにあたるか
 報道機関の記者が隊員の話を聞かせてほしいと取材を申し込むことは外部からの働きかけに当たり得ない(同33頁)。
 隊員に対する取材については、広報を通じて申し込むものであるというふうに私は認識をしている。だから、外部からの働きかけには該当しないと認識している(第2回調書13頁)。
 (記者が広報を通さずに隊員や家族に直接取材を申し込むことは外部からの働きかけに当たり得るかとの問いに対し)そういう場合はあり得ないと私は認識している。マスコミが、報道の方が、広報を通さずにそういうことをすることはないと認識している(同上)。
 (広報を通さない取材は問題のある取材なのかとの問いに対し)それは取材ではありません(同14頁)。取材は広報を通じてなされるものであると認識している(同上)。マスコミの取材というならば、広報を通じて言ってきていただくということで、それが取材だと認識している。それだけです(同上)。
 秘密保護法は「取材の自由に十分配慮しなければならない」というが、自衛隊が念頭においている「取材」とは「広報を通した取材」に過ぎないのであり、それ以外は「外部からの働きかけ」となる。
(3) 情報保全隊は国民のどのような情報を収集しているのか
 秘密を探知しようとする外部からの働きかけに該当する行為(広報を通さない取材や集会・デモ行進等)の内容に関する情報のほか、それら活動の関係者及び関係団体等が行う他の活動、関係団体等に所属する個人に関する情報も収集し、整理していた(同31頁)。
 その情報には、氏名、職業、住所、生年月日、学歴、所属団体、所属政党、個人の交友関係、過去にその個人が行った活動も含まれる(同53頁〜56頁)。
 このように、秘密保護法が制定される前から、自衛隊は国民のプライバシーに関する広範な情報を収集し保管しているのである。
(4) 情報保全隊が集めた情報はどうなるか
 外部からの働きかけ等を行った団体・個人の情報についてまとめたリスト(第1回調書64頁)、個人や団体について整理した文書は存在していた(第2回調書4頁)。
 さらに、鈴木証人は、本年10月28日の第3回証人尋問で、情報保全隊は警察も含む全ての他の行政機関から非公開の情報の提供を受け得ること、情報保全隊が収集した情報は団体の傾向(セクト?)ごとに整理していることまで認める証言を行った(現時点で尋問調書は未完成)。

3 情報保全隊訴訟と秘密保護法
 このように、秘密保護法のない現在においても、自衛隊情報保全隊は国民の人権を侵害する違憲違法な監視活動を行っており、私たち国民はこの人権侵害を許さない闘いを法廷で行っている。秘密保護法は、自衛隊に違憲違法行為を隠蔽する口実を与えるとともに、自衛隊の違憲違法行為を正そうとする国民を抑圧する凶器にほかならない。 

(小野寺義象・宮城)



【10】 原発情報と秘密保護法 


1 問題の所在

 福島原発事故に際して、放射性物質の拡散状況に関するデータ(SPEEDI)が米国には提供されたが、国民からは隠されていたために、福島県浪江町の住民が放射線の高い方向に避難するという悲劇が起きた。政府は、原発事故に関する情報を国民のためには使おうとしなかったのである。そんな政府が「国民の安全のため」として、「特定秘密の保護に関する法律」(特定秘密保護法)を国会に上程している。原発情報は、きちんと国民に提供されるのであろうか。「特定秘密」とされ、隠蔽されることはないのだろうか。それが問題である。

2 原発情報は特定秘密になるか
 この間、政府は「原発情報が秘密になることは絶対にない。」と断言してきた(例えば、磯崎陽輔首相補佐官の9月18日のテレビ番組での発言)。ところが、10月24日に開かれた超党派議員と市民による政府交渉の場で、法案担当の内閣情報調査室橋場健参事官は、「原発関係施設の警備等に関する情報は、テロ活動防止に関する事項として特定秘密に指定されるものもありうる。」と説明したのである。そして、核物質貯蔵施設などの警備状況についても同様であるという。

3 政府説明の矛盾と法案
 政府の説明は矛盾しているのである。いずれの説明が正しいのであろうか。法案に基づいて検討してみよう。
 法案の別表第四号イは「テロリズムの防止のための措置またはこれに関する計画もしくは研究」を特定秘密と指定するとしている。原発は核エネルギーを利用している施設であり、そこで事故が起きれば「死の灰」が人間と環境を襲うことは、誰でも知っていることである。今、私たちはその渦中にいるのである。その核施設がテロの対象とならない保証はない。むしろ格好の標的であろう。であるがゆえに、各国は原発のセキュリティ(核セキュリティ)に心血を注いでいるのである(ちなみに、原発は世界に430基ある)。テロ対象の各原発において、どのようなテロ対策が取られているのかは秘密にされなければならないであろう。このように、法案上、原発情報が除外されるなどということはありえないのであって、「秘密とされることは絶対ない」などというのは明らかな虚偽である。

4 原発情報はブロックされる
 この法案は、原発に関する情報をブロックする機能を果たすのである。そして、そのブロックの対象は、テロリストだけではなく、国民全体も含むことになる。テロリストだけを排除しての情報公開などありえないからである。また、ブロックされる情報は、テロリストの攻撃だけではなく、自然災害に関する情報、人為的な事故に関する情報、更には原発の内部構造なども含まれるであろう。テロリストがどのように情報を利用するか判らないのであるから、すべての情報を隠さなければ目的を達成できないからである。
 こうして、国民は、原発に関する情報に接することができないことになり、自然災害であろうが人為的事故であろうが、その危険性から免れることができない事態が想定されるのである。安全と安心を求めて、テロとの戦いを優先するという発想と論理が行き着いた体制がここに出現するのである。安全と安心の確保を政府にお任せする。その代償として、「知る権利」や「報道の自由」を差し出すことになる。にもかかわらず、安全も安心から遠ざかるというパラドックスである。私たちは、そのような社会を望むのであろうか。

5 法案の構造
 法案によれば、防衛、外交、特定有害活動、テロ対策などに関する情報は、行政機関の長の判断で「特定秘密」とされ、国会や第三者機関の関与は予定されていないので、何が秘密とされたのかも不明ということになる。のみならず、その「秘密」を漏らした公務員も、政府情報を明らかにしようとする国会議員も、取材しようとするジャーナリストも、「犯罪者」とされる危険性に晒されるのである。
 秘密保護法などなくても、放射性物質の拡散に関するデータを隠蔽した政府が、秘密保護法を手に入れてしまえば、国民の生命や健康にかかわる情報や環境汚染にかかわる情報も、「テロ対策」などの名目で国民の目から隠してしまうであろう。そして、それを知らせようとする人たちは、「犯罪者」とされることを恐れ、その行動を自主規制することになるであろう。
 この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大したので、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする、としている。
目と耳をふさがれることは、自主的判断の材料を奪われることを意味している。防衛、外交などだけではなく、国内の治安情報や原発情報についても同様である。ここでは、基本的人権は無視され、国民は主権者の地位から追いやられことになるであろう。このような事態を想定して、国会と政府に注文を付けている地方議会がある。

6 福島県議会の意見書
 福島県議会は、10月9日、「特定秘密の保護に関する法律案に対し慎重な対応を求める意見書」を全会一致で採択している。同意見書は、日弁連の反対の立場を援用しながら、原発の安全性に関する情報や住民の安全に関する情報が、核施設に対するテロ活動防止の観点から、「特定秘密」とされる可能性を指摘している。その上で、今、必要なことは、情報公開の徹底であり、刑罰による情報統制ではない。内部告発や取材活動を委縮させる法案は、情報隠蔽を助長し、ファシズムにつながるおそれがある、もし採択されれば、民主主義を根底から覆すこととなる瑕疵ある議決となることは明白であるとして、両院議長と内閣総理大臣に慎重な対応を求めている。
 原発事故を体験し、現在もそれと対抗している福島県議会は、事態を正確に認識しているのである。ちなみに、毎日新聞は、この福島県議会の意見書について、10月26日の社説「国会は危険な本質を見よ」で、「この重い指摘を全国民で共有したい。」としている。私たちもこの指摘を共有したいところである。

7 小括
 外国からの攻撃やテロを恐れなくて済む最も根本的な方法・手段は、敵対関係を解消することである。国際情勢が複雑になったからといって、軍事力を整えれば問題が解決するわけではないであろう。史上最強の軍隊を持つ米国が、最もテロを恐れている姿を見れば容易に理解できるところである。軍事力では問題を解決できないだけではなく、むしろ事態を悪化させてしまうことは、イラクやアフガニスタンの現状が物語っている。そして、盗聴に明け暮れても、得られるものよりも失うものの方が多いことは、今の米国を見れば明らかであろう。そんな米国に歩調を合わせなければならない理由はない。
そして何よりもテロや戦争は人間の営みである。それをなくすことは困難かもしれないけれど不可能ではない。現に、日本は、この70年近く、他国との戦争はしてこなかったし、テロのターゲットにもなっていない。今まで出来たことがこれからできないということはないであろう。
 他方、原発事故は起きている。その直接の原因は地震と津波という自然現象である。自然現象をコントロールすることはできない。災害や事故は避けられないのである。
テロリストを恐れるあまり、国民の必要不可欠な情報まで隠蔽してしまうことは、本末転倒であろう。テロ対策を理由として、原発情報をすべて隠蔽することに道を開く「特定秘密保護法」は廃案にしなければならない。
                        

   (大久保賢一・埼玉)




発行にあたって 


 「秘密法制」ふたたび


 2013年10月25日、政府は「特定秘密の保護に関する法律案」(秘密保護法案)を国会に提出した。「秘密法制」がふたたび国会に登場した瞬間である。
 もうひとつの「秘密法制」=「国家秘密に係るスパイ行為等の防止による法律案」(国家秘密法案 旧法案)を、自民党が国会に提出したのは1985年6月のことであった。
 「スパイ防止」を口実に、加重外国通報危険罪(死刑又は無期懲役)を頂点とする刑罰で、情報へのアクセスを封殺しようとする法案だった。この旧法案は、国民的な反対を受けて廃案になった。このとき、すべての野党(当時)が反対の立場を貫き、谷垣禎一議員(現法務大臣)ら自民党議員からも反対意見が表明され、日本新聞協会をはじめとするマスメディアや日本弁護士連合会などの法曹界は、こぞって反対の論陣を張った。
 あれから30年近く、国民は「秘密法制」がないなかで暮らし続けてきた。その国民の安全が、「秘密法制」がないことによって危機に瀕したことなど、まったくない。
 にもかかわらず、いまふたたび「秘密法制」の国会提出が強行され、「秘密」と「監視」がこの国と社会を覆おうとしている。


 秘密保護法案の本質と問題点

 ふたたび登場した「秘密法制」=秘密保護法案は、
 @ 政府機関の一存で軍事や外交にかかわる情報を特定秘密に指定し、
 A 特定秘密の保有・取扱いや提供を厳しく制約して国会や裁判所からも秘匿し、
 B 特定秘密の漏えいや「管理を害する方法での取得」等を重罪に処する
という構造を持っている。
 加重外国通報危険罪などは除かれているものの、政府が一方的に生み出した「秘密」を、刑罰の威嚇をもってメディアや市民などから遮断する本質的な問題点は、旧法案とまったく変わっていない。しかも、指定、保有・取扱い、提供といった「管理・管制システム」が精緻に組み上げられ、国会や裁判所などへの提供も制限されているだけに、各方面に及ぼす影響は旧法案以上に深刻なものがある。
 再登場の理由が「日米軍事同盟」にあることは、政府自らが認めている。
 米軍に追随した自衛隊の海外派兵を進めてきた政府は、米日両軍の統合軍化や「集団的自衛権の行使」と称する「米国有事」での共同作戦によって、「軍事同盟の強化」をめざしている。そのための「軍事情報の共有」を実現するのが秘密保護法であり、それゆえにこそ、日本版NSC設置法と一体のものとして登場し、その先には、集団的自衛事態法や国際平和協力法などの「国家安全保障基本法体系」が予定されているのである。
 「臨時国会で成立」なる妄言
 法律・制度の面でも、政治・軍事の面でも、重大な問題をはらむ秘密保護法案は、本質・構造や問題点があますところなく国民の前に明らかにされ、国会で徹底的な論議が行われなければならない。わずか15日間のパブリックコメントに約9万件が寄せられ、その8割近くが反対だったことは、国民の関心の強さと懸念の大きさを示している。
 また、「管理・管制システム」や刑罰の構成要件などは、9月に発表された「法律案の概要」ではじめて登場したもので、内容や問題点は、国民はおろか国会議員の中ですら明らかにされているとは言えない。
 にもかかわらず、政府・与党は、開会中の臨時国会で成立をはかろうとしており、「衆議院での委員会審議は2週間もあれば十分」との声すらある。これでは、「内容や問題点が明るみに出ないうちに成立させる」と言っていることにしかならない。
 そんなことになれば、多方面に深刻な影響を及ぼす法案が、まともな審議もないまま強行されることになる。ただですら「劣化」を指摘されている国会が、国のあり方にかかわる重要な法案についてそんな審議しかできないなら、「政府と議会のレヴェルの低さ」をこの国の内外に喧伝することになるだろう。
 全国2000名の弁護士で構成する自由法曹団と団員弁護士は、そんな事態を断じて容認できない。


 本意見書の趣旨と構成

 自由法曹団は、国家秘密法案(旧法案)に反対する運動を展開したのをはじめ、自衛隊海外派兵や有事法制に反対するたたかい、治安強化に反対して基本的人権を擁護する活動、小選挙区制などに反対して議会制民主主義を発展させる運動などを展開してきた。イラク派兵違憲訴訟、那覇市情報公開訴訟、情報保全隊違憲訴訟、原発差止訴訟・原発被害救済訴訟など、団員がかかわってきた訴訟も数多い。
 本意見書は、改憲阻止対策本部と秘密保護法プロジェクト(PT)の論議を基礎に、これまでの自由法曹団と団員の活動を集約的に反映させた緊急意見書である。
 法案の内容と問題点を法文に即して解明するために、「PartT・コメンタール『秘密保護法案』」では、26条と別表からなる法案に逐条的な検討を加えている。また、法案がたらすものを多面的に考察するために、「PartU・秘密保護法がもたらすもの」には、それぞれの分野での自由法曹団と団員の活動を踏まえた10本の論稿を掲載している。
 こうした構成をとった関係で一部に重複が見られること、法案提出から10日間という短時間の検討のため至らぬ部分があることは、ご容赦いただきたい。
 国会審議が始まろうとするもとで、国会内外で秘密保護法案についての批判的検討を強めることが求められている。
 本緊急意見書が、その検討に役立てば幸甚である。

 執筆担当

 本意見書は、改憲阻止対策本部と秘密保全法プロジェクトチーム(PT)の論議を基礎に、これまでの自由法曹団と団員の活動を集約的に反映させた緊急意見書である。

PartTのコメンタールは、
第1、2章  山崎 徹(埼玉)
第3章    瀬川宏貴(東京)
第4、5章  山添健之(東京)
第6、7章  森 孝博(東京)
別表     井上耕史(大阪)
が注釈を担当し、松島暁、森孝博、田中隆(いずれも東京)が補筆にあたった。

PartUは、それぞれが個人の責任で取りまとめた論稿であり、執筆者は田中隆・松島暁・吉田健一(いずれも東京)、守川幸男(千葉)、長澤彰(東京)、森卓爾(神奈川)、川口創(愛知)、仲山忠克(沖縄)、小野寺義象(宮城)、大久保健一(埼玉)である(掲載順 論稿の末尾に執筆者名を掲記)。

編集には田中隆(東京)があたり、「発行にあたって」を付している。
執筆者・編集者は、いずれも自由法曹団団員の弁護士である。



  
≪凡例≫


本コメンタールでは、秘密保護法案の26条の法文(附則を除く)と別表に、法律家の立場から逐条検討を加えた。掲載した法文には、2013年10月26日付「朝日デジタル」で配信されたものを使用させていただき、条と項の番号を算用数字に変更する、法文中の法令の番号(○○年法律第××号)を省略するなどの編集処理を加えている。





2013年10月3日、東京都文京区で
開催したシンポジウム

秘密保護法案・緊急意見書
(PDFファイル)





自由法曹団は、秘密保護法案に反対し、人権・平和・民主主義を守り発展させる取り組みを広げています。
ホームページをご覧ください。






当ホームページ作成者
 弁護士 大前 治 ( 大阪京橋法律事務所







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