何たる平和なる光景か。
親友とも戦友ともいえる紫苑、黄漢升の城までやってきたのだが、その賑わいを目の当たりにして言葉も無かった。
同行した魏文長、焔耶も驚きで言葉も無いようだった。
「・・・これは、想像以上の賑わいですね、桔梗様」
「そうじゃな、本気で驚いたのぉ」
民が笑い、活気に満ち溢れ、そして、なによりも空気が軽い。
この恐ろしいまでに不穏な世の中で、まったく関係なしとばかりに明るい世界が広がっている。
まるで、別世界だった。
「これは治世の妙を聴かねばなりませんね、桔梗様」
「ふむ、妙、程度で済めばよいがな」
「どういうことですか、桔梗様」
「その程度は自分で考えねば、槍働きだけの獣と変わらんぞ?」
獣、と呼ばれて血の気が上った焔耶をみて、本気で修行させねばならない、と思った私だった。
厳顔こと、桔梗が私の元に現れたのは、忠夫君から事後承諾の許可願いがいろいろと来たあとだった。
いろいろと裁量権は持たせているのだから、細かく報告しなくてもいいのに、とは思うけど、必要なことだから仕方ない。
とはいえ・・・
・こうそんさん 仲良くなりました
・馬、いいのあるかも。しいれるね
・とうたくともなかよくなるかも
・めだちたくないから、こうせきを誰かにおしつけます
という、なんというか、自由な報告は無いと思うわ。
いつもの書簡はちゃんとしてるのに、なんでかしら?
「あー、忠夫ちゃんからのおてがみー!」
ふらりと現れた愛娘に覗かれると、全部読めたと大喜びだった。
・・・そういうことなのかしら?
思わず首をひねると、別の書簡が届いた。
よく見れば稟ちゃんの書簡で、忠夫君の書いたものを詳しく追記しているものだった。
やっぱり忠夫君は幼女に優しいのかしら?
そんな疑問を思い出しつつ、桔梗たちをもてなしていた所で、巡視に行っていた老師と凪ちゃんが戻ってきたので桔梗たちに挨拶してもらった。
桔梗はもとより焔耶ちゃんも老師の実力を一目でわかってか、深々とした礼している。
「武神の御噂は聞き及んでおりました。お会いできて感激です」
がちがちの焔耶ちゃんの挨拶に苦笑いの老師。
「そう、硬い挨拶はいらんぞ?」
「ですが!」
まぁ、老師ほどの武神を尊敬するのは理解できるけど、老師は老師でそれを腕ずくでやめさせるのよねぇ。
そんなことを考えているうちに、目のまえで、あれよあれよというまに手合わせの話となり・・・・
ぼこぼこにされた焔耶ちゃんは「最敬礼」をやめさせる約束をさせられてしまった。
でも、これって強者に従うという流れで、結構老師が嫌がる形ではあるのよね。
まぁ話が早いということで、諦めてらっしゃるけど。
最強と名高い武神、「孫赤空」殿は、噂に違わぬ武人であった。
弟子の焔耶どころか私も届かぬ武の極みに居ることが判る存在など、生きているうちに出会えるとは思ってもいなかった。
そんな存在が、何を思ってか紫苑の元で武将などしているものだから、周辺各地の武人が集まり、そして腕を競いに来ている。
そんな環境になると治安が悪くなろうというものだが、紫苑の治める町には腕自慢などを超える治安兵たちがおり、平和が守られている。
彼ら自身の武も高い水準なのだが、棍などの刃が無い武器での武術が極めて巧いため、怪我や死傷者がほぼいない状態で事を収めることが出来ているという。
無論、凶悪犯もいる。
そんな存在には十分な罰を与えているが、それでも死傷に至る武器を使わずにいるという治安兵たちの技量が凄まじく思われた。
事実上独立勢力である紫苑だが、以前は共に劉焉へ仕えていた。
が、暴政と暴走に耐えかねた民と共に町を起こし、劉焉領内からの独立を果たした。
無論戦いはあったが、都からの支持もあり独立勢力として認められ、官位も得た。
その影響で劉焉揮下の武将の多くも独立に動いたが、憤慨した劉焉による粛清が行われ、大いに内部でゆれた。
私は紫苑の独立を止められなかったということで辺境に飛ばされていたのだが、そのおかげか内紛に巻き込まれること無く今に至っている。
劉焉、いや、劉璋の武将として禄を食んでいるが、事実上の独立勢力扱いではある。
なにしろ劉璋の小娘は、一度も私に指示もしたことはないし、直接あったことも無い。
そんな主など存在しないだろうに。
一応、張松・法正・孟達あたりが動いていると聞いているが、庶人の怨嗟止まらずと言った所だろうか?
王累・黄権・劉巴あたりは遠ざけられておるが、私との連絡があるわけではないので何がおきているかも判断できんのがもどかしい。
そんな最中、都から俗の討伐令が来たのだが、小娘は東夷警戒のため派兵せずと決め、無為の出兵を将全てに禁止させた。
この混乱の世の中で、自国すら守れぬ存在が賊の討伐など出来るはずも無いが、それでもこの決定で将たちの心はいっそう離れただろう。
既に私も見切りは付けている。
ゆえに、すでに見切り組み筆頭扱いの紫苑を訪ねてやってきたわけだが、その治世と勢力の大きさに驚くしかなかった。
これはもう、劉璋等についていては、庶人も救われん。
群雄割拠する治世者たちがしのぎを削ることになるであろうこの世で、いかに庶人を守るかを考えている為政者は少ないだろう。
しかし、数ある選択肢の中で劉璋を選ぶという選択肢は無いな。
うむ、これは腹をくくるべき時なのかも知れんな。
とはいえ、まずはそのへんを、腹を割って話さねばなるまい。
一晩二晩ですむと思うなよ、紫苑。
ふむ、魏延文長は愛紗以上に硬いのぉ。
自らの力を過信するあまりに、力あるものを絶対とし、逆に力無きものを軽く見ておる。
昔の雪之丞を見ているようじゃな。
とはいえ、この考えは武人という人種に当たり前のようについて回る考え方なので強制は難しいがのぉ。
この場に忠夫がおれば、それなりに帰ることが出来るじゃろうが、今のところ帰ってくる予定はないしのぉ。
まぁ、個人指導をしながら少しずつでも教えてやればいいかの?
・・・いやいや、これではまるで小竜姫のようではないか。
教え甲斐のある人間に、自分の持てる技術を叩き込むことを喜ぶなど、本当にワシも変わったものじゃ。
「魏延、どうした。体が流れておるぞ? 力だけで武器を振るうからそうなる」
「はい、老師!」
なんともむず痒いのぉ、この視線は。
まるで幼子が父親を見るかのようではないか。
まぁ、弟子の一人として面倒見ることになったからには導くがの。
とはいえ、こんな視線を送る弟子はいなかっただけに慣れん。
「魏文長、お前には才があるが、慢心が全てを打ち消しておる。前に進むのは謙虚なる者だけじゃ」
「はい、老師!」
うむ、この打てば響くような返事を、忠夫や雪之丞が見習ってくれんかぉ?