時論公論 「天安門 車炎上事件の衝撃」2013年10月31日 (木) 

加藤 青延  解説委員

今晩は。今週初め、中国の政治シンボル、天安門で、衝撃的な事件が起こりました。
中国の少数民族ウイグル族らが乗った車が、大勢の観光客の中に突っ込んで炎上し、合わせて45人もの死傷者が出たのです。そこで、今夜は、政治的なテロの疑いが強まるこの事件の背景と、習近平新指導体制のもと、深刻な矛盾を抱える中国の政治・社会体制について考えてみたいと思います。
 
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事件が起きたのは、今週28日。北京の中心部にある天安門付近で、四輪駆動の車が、観光客を次々とはねながら暴走し、天安門のすぐ前にある橋の欄干に衝突して燃え上がりました。この事件で、車に乗っていた3人と巻き込まれた観光客の2人の、合わせて5人が死亡、居合わせた日本人を含む観光客など40人がけがをしました。
 
この事件の一報を耳にした時、私は、この惨事が、単なる事故とは考えにくい。中国の政府や社会に何らかの不満を持つ政治的なテロである可能性がきわめて強いと直感しました。 
 
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といいますのも、今回、車が燃え上がった現場は、車道とは、鉄の柵によって完全に隔離され、そう簡単には一般の車が入れない場所だったからです。つまり、問題の車は、車道と歩道を隔てる鉄柵が途切れている天安門の500メートル近く東側の手前で、車道から歩道に入り込み、その後、観光客を次々とはねながら、天安門のすぐそばまで暴走し、毛沢東の肖像画が掲げられた門の中央付近まで到達していたからです。

中国において、天安門というのは、まさに政治の象徴であり、24年前、政治の民主化を求める学生たちが、軍によって武力鎮圧された、あの天安門事件も、まさに天安門前の広場で起きています。その場所で、このような事件を意図的に引き起こすということは、現政権への何らかの強い抗議の意思を示すことを意味するからにほかなりません。
 
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案の定、その後の警察当局の調べで、車に乗っていた3人は、中国からの分離独立志向が根強いといわれる少数民族、ウイグル族の男とその母親と妻であることが明らかになりました。また、この事件にかかわったウイグル族と見られる別の5人の身柄もすでに拘束されたということです。

一般の外国人観光客まで巻き込むテロ行為は、いかなる理由があるといえども許されるものではありません。ではそのような大罪をあえて犯したと見られる少数民族ウイグル族とは、どのような人たちで、中国政府や共産党の支配体制にどのような不満を抱く人たちなのでしょうか。
 
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ウイグル族は、中国に住むトルコ系の少数民族のひとつで、人口およそ一千万人。その多くが、広大な中国の一番西側に位置するシルクロードの通過点、新疆ウイグル自治区に暮らしています。中国の人口の大半を占める漢族とは異なり、独自の言葉を持ち、イスラム教を信仰しています。
かつてこの地域は、東トルキスタンとよばれ、一時、独立状態にあったため、中国の少数民族の中でも最も分離独立志向が強い民族のひとつといわれています。しかし、現在の中国が成立した後、多くの漢族が入植して経済の実権を握り、いまでは自治区の中でも事実上の多数派となって、経済の格差が民族の対立をさらに深める要素となってきました。
【VTR:2009年7月の暴動】
四年前には、中心都市ウルムチ市内で、ウイグル族が漢族を襲撃したことをきっかけに、治安部隊と衝突する大規模な騒乱も起きていて、このときには、200人近くが死亡、1600以上がけがをしています。
 
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ただ、当時の胡錦涛政権は、民族の間でもバランスのとれた社会、「和諧社会」をスローガンに掲げ、漢族に冷静な対応を求めたり、騒乱取材を外国報道機関に認めたりするなど、比較的理性的な対応を行ったため、事態は比較的早く収束する形となりました。
ところが、去年秋、習近平政権が誕生すると、一転して思想の引き締めが強調され、力によって、人々の不満を抑え込む姿勢が顕著になったといえます。
 
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こちらは、習近平新政権が全国に通達した禁止令の主な項目です。▼西側の普遍的な価値観を宣伝することや▼共産党政権の社会的基礎を瓦解させること、さらに▼共産党のメディア管理体制に挑戦することなど7項目を禁止するとしています。これこそ、共産党の支配体制に対する批判を許さない強硬な姿勢といえます。

実際、今回、天安門で起きた車の暴走炎上事件をめぐっても、現場で撮影された画像が、インターネットからすぐに削除されたり、私たちNHKをはじめ事件を伝える外国テレビのニュース映像が、中国国内では中断されて見られなくなったりするなど、当局の厳しい姿勢を反映した対応がとられています。ウイグル族と漢民族の対立は、習近平体制になって再び顕著化し、次第にエスカレートする傾向すら 見られるようになりました。
 
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こちらは、香港メディアなどが伝えたこの一年のウイグル族にかかわる事件をまとめた一覧です。まず、新体制発足直後の去年11月には、河南省南陽市で、漢族がイスラム教徒であるウイグル族の女性のスカーフをまくる嫌がらせをしたことをきっかけに、およそ千人のウイグル族の人たちが役場を取り巻き、警官隊と衝突する事件が起きました。さらにことし4月には、中国で最も西に位置する、カシュガル地区でウイグル族の武装集団と警官隊が衝突。6月には、ブドウの産地として知られるトルファン地区で、刃物を持ったウイグル族の武装集団が警察署などを襲撃する事件も起きています。さらに、8月には、カシュガルで、警察の部隊が二回にわたり、ウイグル族の集団を摘発し、双方に多くの死傷者が出ています。
 
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また、アメリカ政府系のラジオ自由アジアによりますと、カシュガルの警察当局は、先月末から今月半ばにかけて、再びウイグル族の一斉摘発に乗り出し、この摘発で、ウイグル族15人が殺され、100人が身柄を拘束されたほか、爆発物百発が押収されたということです。
 
今回、天安門で起きた車の暴走炎上事件。これまでのところ犯行声明などは出ていないため、その動機が、▼現在の政治体制に対する不満なのか、あるいは▼分離独立をめざす運動の一環なのか、はたまた、▼宗教的な理由によるものなのかを、まだ見極めることはできません。ただ、この夏から断続的に行われてきたウイグル族に対する警察当局の摘発との関連性がありうることは容易に想像できます。力による弾圧に対しては、一般人をも巻き込むテロによって抵抗するということなのかもしれません。
 
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一方、中国全体に目を向けますと、中国は、過去20年近く、経済の高度成長を成し遂げ、世界第二の経済大国になりました。しかし、その一方で、貧富の差の拡大、汚職の蔓延など、高度成長によって生じたさまざまなひずみに対して、国民の不満が高まっています。それは年間18万件以上という、暴動や抗議運動という形で、中国全土で起きており、すでに中国共産党の支配体制を揺るがしかねない危険水域に達しているのです。
 
中国共産党は、来月9日から、重要な政策を決める中央委員会総会を開くことを決定しました。奇しくも、その大きな政治舞台を目前に、最高指導部のオフィスとは、目と鼻の先にある天安門で起きた今回の事件は、中国の政治・社会体制が抱える構造的な矛盾の一端を、広く世界に知らしめるものとなりました。
現在の中国指導部は、経済格差については経済構造改革で解消することをめざしています。しかし、国民の声を直接政治に反映する民主化や、少数民族の政府に対する不満・抵抗に対しては、断じてこれを許さないという強硬な政策を貫こうとしています。
今回の事件についても、中国当局は、事件にかかわった人たちを根こそぎ検挙し、力でねじ伏せようとしているに違いありません。ただ、思想の引き締めと、力による弾圧だけで、大きく膨れ上がった国民の多様な不満を、すべて抑え込むことなどとうてい不可能でしょう。
今回の事件は、その意味で、習近平国家主席を頂点とする中国の最高指導部の前途が、けっして順風満帆ではない険しい道のりになることを私たちに予見させるものといえそうです。
 
(加藤青延 解説委員)