第六十七話 『聖人(セイント)ビシャーズの生涯』が生まれて
ラストステージを終え、我が子フレデリカは泥のように眠っている。
何事も全力という姿は微笑ましいが、「フレデリカ=ベルンカステル」の名前にふさわしいかといえば疑問がないわけでもない。
我が子、フレデリカの名は、祖母「ナンナ=アリステア」が自称していた名前からとられたものだった。
我が祖母、ナンナ=アリステアは、生まれたときは私と同じ髪と目の色だったそうだが、魔法が使えるようになったその日から自分の見た目を変えたそうだ。
腰まで届く黒髪と、光すら吸い込むような黒い瞳に。
そして、こう宣言した。
「私の名は『フレデリカ=ベルンカステル』大ベルンカステル卿と呼ぶように」
祖母は表だった活躍はしなかったことになっている。
ただ、何かと無謀な侵略をしようとする貴族が一晩のうちにいなくなったり、リステナーデの平民に無体を行う貴族がその日のうちに消えたり・・・実に立証不能な怪事を起こしていると見られていることから、魔女と呼ばれていた。
そんな祖母に弟子入りした数少ない貴族の一人が「カリーヌ」。
我が師匠だ。
今でも当時を思い出すと震えが来るという特訓を繰り返し、ハルケギニア1といわれる攻撃的魔法使いになった。
そんな祖母も我が息子が生まれる数年前に息を引き取った。
そのとき、こんなことをいった。
「いずれ、私の名と力を継ぐものが現れる。そのときに我が名を名付けよ」
まさか自分の息子が祖母にそっくりで生まれるとは思わなかったけど。
とはいえ、幼い頃の我が息子は愛らしく、美しかった。
何度も去勢しようかと思ったけど、そのたびに気配を察知して逃げ出す姿もかわいかった。
このままではいずれ「やって」しまうと思った私は、最後の手段として師匠に預けたのだけれども、これがまた成功なのか失敗なのか。
恐ろしいまでに祖母に似た我が子を、愛憎半分で叩きのめす師匠は、家族から見ても常軌を逸している様子だったとか。
とまれ、その狂気のおかげで息子は信じられないほどの実力者となったのだから、なにが幸いするかわからないものだ。
「・・・奥様、今、数年ぶりの好機では?」
「むりむり、そういう風に思うと・・・」
気づけば気配が代わって寝たままの息子。
たぶん、偏在と入れ替わったのでしょう。
「というわけで、着替えには関係ないわよね?偏在でも」
「・・・卓越でございます、奥様」
・・・あ、偏在消えた。
あー、あぶねーなのです!
やっぱ、母上は、去勢の機会を虎視眈々と寝らっていたのですね。
まったく、恐ろしいのです。
ヴァリエールに行くまでに、散々たくまれていたと盲信していましたが、マジだったとは。
恐ろしい話なのです。
「なにがそんなに恐ろしいの?」
逃げ込んだ部屋にいたルイズに経緯を話すと、結構呆れ顔。
実の親がそんな事するワケないじゃない、という顔ですが、うちの母上をなめてはいけないのです。
予想の斜め上をいく母、それこそ母上なのです。
というか、お宅の母親も大概なのですよ?
「・・・悪かったわ、フレデリカ。たしかに斜め上ね」
うんうん、ルイズなら納得してくれると思っていたのです。
「でさ、そろそろトリの時間よ?」
「うえぇ、まだ歌わされるんですか?」
「ド演歌でいってほしいって」
曲目を見て、思わず苦笑い。
「演歌はトリステイン心って、圭一さんは言ってたけど?」
「何でもありですね、圭一」
カーテンコール。
三日間にわたった歌謡祭は、今終わろうとしてる。
司会役の圭ちゃんが牽引して、参加歌手全員で合唱して、そして会場すべてに視覚を共有して感動を盛り上げる。
つうか、圭ちゃん。
SARAIはやめとけ、ねらいすぎだから。
「楽しかった時間はもう過ぎ去ったのです」
梨花ちゃんの台詞に悲鳴っぽい声が響く。
「でも、また、季節が巡れば、また、時が巡れば、また平和な時間にやってくるのです!!」
わーーーー!と歓声が響きわたる。
「まってろ、水の精霊、待ってろ、ラグドリアン湖、まってろ、みんなーーーー!!!」
もう、音の衝撃が周辺から押し寄せる。
「帰ってくるのです!!」
ばーん、と腕を振りあげた梨花ちゃんにあわせて、盛大な花火が打ち上げられる。
いや、花火のような効果の魔法が打ち上げられた。
無駄に高性能よね、猫の騎士団。
バックスタッフも歌手も伴奏もみんなで腕を振りあげる。
あわせて拍手が津波のように押し寄せた。
ああ、これで終わってしまう。
ああ、でも、また始めることが出来る。
そう、私たちには遮るものなどないのだから。
視線を圭ちゃんに送ると、すでにギターを構えている。
伴奏者のみなさんも、ルイズさんも、タバサさんも準備完了。
流れるような、絞り出すようなギターを感じて、梨花ちゃんもマイクを手に取った。
トライアゲイン。
また始めよう。
収益を確認してみたけど、恐ろしい事がわかった。
黒字なんて言葉が似合わないほどの収益だった。
どのぐらいスゴいかと言えば、うちの国、ガリアの国家予算の半分を叩き出した。
純利益で、だ。
どこからそんな金が集まったんだ、と背筋が寒くなったものだった。
もちろん、関係者割り当てやら、会場設営費などもスゴい金額になったし、期間限定の航空交通機関の出費も恐ろしいものだったけど、恐ろしいものだったけど、でも、黒字。
泣けるほどの、黒字。
モンモランシ家では、たぶん、数年分の収益があっただろう事は間違いないだろう。
リステナーデもスゴかろうと思ったんだけど、実は平民用施設やら低収入者用の炊き出しに出費していて収益はトントンだったそうだ。
まったく、そんなの総合予算でやればいいものを、と文句を言ったんだけど・・・
「これは趣味なのです。趣味には出費がつきものなのですよ? イザベラ様」
はぁ、お人好しだよ、ほんと。
まぁ、そんな所も好ましいんだけどね。
そんなわけで、リステナーデ支援は私の趣味だ。文句は言わせないからね?
しかし、このガリア割り当てはどうしたものかね?
正直に公表すれば、ロマリアが沸いてくるだろうし。
つうか、トリステイン目指して、ロマリア外交官やら司教やらが大挙で移動しているらしい。
どうやら、今回の収益で王家の持つ借金を返済したことが知られたため、これ幸いとおこぼれに預かろうという集団らしい。
ガリアは国境を接している関係で軍事的な溝が深い。
だから、さすがにウチにはきてないけど、よほど嘗められてるみたいね、トリステイン。
というか、こんなの周りの貴族が許すはずないでしょうに。
本気でなに考えてるのかしら、ロマリア。
湖畔歌謡祭も終わって、一月もした頃、母上から抗議の竜便が届いたのです。
わざわざ手紙を竜便で。
ドンだけ緊急なんだろうと思ったら、中身を読んで倒れたのです。
「どうした、梨花ちゃん」
藤子不二夫状態で執筆を分担する最強の男、前原圭一の目の前に手紙を見せると、圭一もガックリです。
学院敷地内に共同執筆用に新しく建設したV&R出版寮の一室は、僕と圭一の仕事場になっているのですが、ほかの部屋は周囲の女性たちに確保されてしまったのです。
というか女子率高過ぎなのです。
それはさておき、問題の手紙の前でガックリしている男二人をみて、ルイズ・キュルケ・タバサの三人が寄ってきました。
なんじゃろべ、と読む三人でしたが、読み切ったところでルイズが手紙を窓から捨てて、キュルケが燃やし、タバサが灰を風で散らしたのです。
気持ちは分かるのですが。
「まったく、ロマリア、やっぱ潰すべきじゃないかしら?」
「賛成~、つうか、坊主皆殺しね」
「・・・非生産階級でもっともいらない存在」
過激な三魔女はおいといて、確かにムカつくのですよ。
なにしろ、
『もうかってんだろ?金よこせよ。 断ったら異端審問だぜ?』
という意味の手紙で僕の部屋が埋まったそうです。
早く処理しなさい、臭くてたまらないという母上からの抗議なのでした。
加えて、先日王宮からも
『「乞食坊主が来週にやってきます。対応の最前線にたちなさい」』
という有り難くない手紙が御師匠様の署名できたのですから。
正直に言えばですね、そのまま潰すことが可能なのですよ、ロマリアなんて国は。
でも、圭一の言うとおり、生活と精神に根ざした宗教を駆逐することは自殺行為なのです。
だから潰すことは不可能。
でも、目障りすぎるのですよ。
「どうするの、フレデリカ。追い返すことは可能だけど、全軍で追い立てながら帰した方がいいわよ?」
実に戦略的に正しい発言なのです、キュルケ。
「ジョセやんに密使を送れば、ほぼ一年以内に潰せる。来年の湖畔祭りに間に合う」
・・・動機が不純なのですよ、タバサ。
「とりあえず、姫様は事を構えるつもりはないんでしょ?」
いいところに目を付けました、ルイズ。
そうなのです、はじめっから潰すつもりならば、御師匠様を使者に立たせるのです。
逆に僕を立たせるという事は、猫の騎士団を前面に押し出したという事に相違無いのです。
うんうん、ルイズは成長したのですねぇ。
「で、梨花ちゃん。結局どうする?」
「とりあえず、夢も希望もない現代劇で歓迎するのです」
おおざっぱな脚本を説明すると、配役は速攻で決まった。
『聖人ビシャーズの生涯』
完全創作のそれは、二つの場面が切り替えられて進む。
一つは、ビシャーズが泥をすすりながらも貴族に打ち叩かれながらも、ぼろを引きずってでも寄付を募り、そして恵まれない人々のために生かそうと活躍する内容。
そしてもう一つは、ただひたすらに贅沢な服ときつつ贅沢な食事をし、そして酒を煽る男を演じ続けている。
物語の佳境で、ビシャーズは打ち叩かれたけがの後遺症で立ち上がることすら出来なくなってしまった。
涙ながらに彼は神に祈り謝罪しする。
己のふがいなさ、己の不出来さを。
最後に集めた銀貨を、かれは教会に寄付するところで、息を引き取る。
そして場面は入れ替わる。
ひたすら食べていた男が一つの報告を受けた。
そして眉をひそめて言う。
「ビシャーズ、そこそこ使えたが死んだか。不信心ものめ」
ぺっと唾を吐き、男は壁に掛けてあった司教服を着て舞台から消えた。
怒号というか、怒声が会場に響いた。
舞台をみていたロマリア関係者ではなく、トリステイン市民たちの声であった。
なんてあり得ない姿! ロマリアはそんな存在じゃない! 彼らは清貧であるから、そんなわけないじゃないか!! と恐ろしい勢いだった。
もちろん、役者たちは涙目、なわけがない。
これはフィクションで、こんな宗教関係者がいるわけがない、ブラックジョークであることを宣言し、脚本を書いた僕が、舞台中央で謝った。
これは、司教服というシンボルを使っていますが、支配する側の横暴を描いたものです、と。
どうにか納得した市民たちのまえで、ロマリア関係者は内心涙目だった。
そりゃそうだ。
この段階で「お布施」をセビることなどできるはずがないのだから。
恰幅のいいからだ、豪華な司教服、どれも食事をし続けた役者よりも「上」だったから。
フレデリカ=ベルンカステル=ド=リステナーデからの正式な謝罪を受け、謝罪文まで引き出せたが、それを盾にすることは生涯出来ないだろう。
その気を起こせば、ふたたびこの演目が上映されるのだ。
恐ろしくも悔しい事実であった。
こと、こうなっては演技を誉めるほか無い。
そして、何の成果も無く、彼らは引き上げるほか無いのだ。
血の涙を流しつつトリステインを後にするロマリア使節団であったが、帰国して再びどん底に落とされた。
なにしろ架空の聖人ビシャーズが、偉大なる存在として教会が認めたからだ。
加え、『聖人ビシャーズの生涯』が出版されることとなり、その上映をみたという事で教皇に召集され、事細かに状況を聴取され・・・・
一月後には全員自殺していた。
あまりのことにロマリア国内でも騒然とした空気になったが、司教や異端審問官たちは背筋を寒くした。
トリステインとリステナーデに手を出すな。
しばらくの標語になるだろう。
おまけ
「ちなみに、聖人ビシャーズって誰がモデルなのかな、かな?」
「・・・秘密なのですよ、ニパー」
答え 劇場で見ていたところ、今の境遇とあまりにも重なり、号泣で前が見えない某エルフ男性
えー、祖母は何者か、なんていう話が盛り上がる前に・・・
転生者かもしれませんし、ほんものかもしれません。
えへへw