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最終更新:2013年11月6日(水) 20時55分

“父親”は誰?、精子提供で生まれた私

 「1万5000人」という数字。これは、日本国内で精子提供によって生まれた子どもの数なのです。第三者の精子提供による妊娠は、64年前から行われています。しかし、生まれた本人にはそれが伏せられていることがほとんどなのです。真実が思いもよらぬ形で知らされたら・・・。家族の葛藤を取材しました。

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 「子どもを作る現場に2人が立ち会いたい」(慶應病院 久慈直昭医師)

 治療を受けるカップルへの同意書には、精子提供者に関する情報は一切得られないとの記載があります。

 「口コミで来ていただいた方に匿名性のシステムを説明している。それは提供者は子どもと会うこともありません。子どもが訪ねてくることもありませんということを前提に提供している」(慶應病院 久慈直昭医師)

 精子提供者は、匿名を条件に慶応大学医学部の学生を中心に集められています。この技術により生まれた人は、現在、日本で1万5000人いるといわれています。

 その中の1人が、加藤英明さん(39)です。現在、横浜市内で医師として働いています。加藤さんは11年前に自分が精子提供で生まれたことを受けた検査で知りました。当時はまだ研修医でした。なぜ、これまで隠していたのか。加藤さんは母親を問いただしました。

 「『墓場まで持っていくつもりだったのに、何でそんなに聞くんだ』、逆ギレにしか過ぎないんですけれども。結局、母親は何も知らない、かつ、話したくもない。もうそれ以上、僕は話をしたことはない」(精子提供で生まれた 加藤英明さん)

 これまで大切に育ててくれた両親には感謝している。両親を問い詰めたところで、お互いが幸せになれるとは思えませんでした。今から40年前、父親は無精子症であることがわかりました。病院で精子提供を勧められた両親の心境を思いました。加藤さんは、両親と精子提供について話すことをやめました。

 当時、加藤さんの母親は慶應病院を受診していて、提供者は、医学部の学生との説明を受けています。加藤さんは1973年生まれ。当時、在籍していた医学部生の中に、自分の遺伝上の父親がいるはずです。加藤さんは該当する人物の写真を集め、大切に保存しています。

 「慶應卒の60前後のドクターに僕の父親候補がいるはず。何人か直接会って“先生(精子)提供したことありますか?”って言っても、さすがに“はい”って言う人には会ったことがない」(精子提供で生まれた 加藤英明さん)

 精子提供の歴史は古く、1949年にさかのぼります。現在では、15の登録施設を中心に毎年100人近い子どもが生まれていますが、中には登録施設外で生まれている例もあり、実態は不明な部分も多いのです。加藤さんと同じように、自分が精子提供で生まれた事実を突然知った人たちの葛藤は、はかり知れません。

 去年まとめられた実態調査。当事者たちの切実な声が浮かび上がります。

 「得たいの知れないもの(第三者の精子)が、体の中に入っていると思うと気味が悪かった。いっそ記憶喪失になってしまえばいい・・・」(精子提供により生まれた40代女性)

 調査に応じた5人は全員、精子提供の事実を子どもに伝えるべきだと訴えました。

 「親が子どもに知らせる覚悟もないままに選択した治療は間違っている」(精子提供により生まれた30代女性)

 海外では精子提供により生まれた人たちが、ネットを通して異母兄弟を見つけた例も珍しくはありません。加藤さんは、今後も精子提供で生まれた立場から発信を続けたいといいます。

 「不妊治療を受けている人たちにとっては、妊娠することしか目に見えてないかもしれない。でもそうじゃなくて、その先にあるのは“ひとりの人間が生まれる”ということ。より子どもに負担にならない納得するDI(精子提供)にするためにするには、子どもにできるだけ事実を伝える。そして子どもが知りたいと思ったことを受け止められる体制を作る、それが必要なのでは」(精子提供で生まれた 加藤英明さん)
(06日18:13)

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