第41話 大族長
深夜、ボルニスの街を流れる河のはるか上流にある森の中に、ゾアンたちの姿があった。
森の中を静々と移動するゾアンたちは、その数800人以上に及ぶ。
その内訳は、〈牙の氏族〉150人、〈爪の氏族〉400人、〈目の氏族〉50人、〈たてがみの氏族〉300人であった。
この4氏族連合軍とも呼ぶべきゾアンの集団を率いているのは、ソルビアント平原のゾアンたちの中で勇者との誉れも高い《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムである。
この黒毛のゾアンに率いられた800人ものゾアンたちは、河の浅瀬を見つけると、列をなして次々と河を渡り始めたのだった。
ようやく半分ぐらいが渡り切ったところで、思わぬ変事が起きる。
浅瀬を渡っていた若い戦士の踏んだ石が不意に崩れ、その戦士はバランスを失って川面に転倒してしまったのだ。
その激しい水しぶきを立てる音に驚いたゾアンたちが、いっせいに山刀を抜いた。
周囲に、びりびりと肌がしびれるような緊張感が張りつめる。
「なんだ、なんだ! 敵かぁ?! どこだ、どこだ?!」
その空気を打ち破るように、喜色に満ち溢れた叫びをあげて現れたのは、赤毛の巨漢――ズーグである。ズーグは川岸から跳躍すると、転倒した若い戦士の近くに水しぶきをあげて降り立った。
その唐突な行動に、ゾアンたちは一様に唖然とする。
衆人環視の中で、手でまびさしを作って周囲を見回したズーグは、敵がいないとわかると盛大にため息を洩らした。
「なんだ、敵はおらんのか。つまらん!」
それから、未だに河に尻もちをついたまま自分を唖然と見上げる若い戦士に、ふと目を落とした。
「おまえは、なにをやっておるのだ?」
「え? いや、その……」
しどろもどろになる若い戦士に、ズーグは何かに気づいたような仕草をした。
「なるほど。貴様もゾアンがかつて経験したことがない大戦を前にし、身体が火照っているというわけか。どれ、俺も」
そう言うなり、ズーグはその巨体を川面に投げ出した。先程の若い戦士のときとは比べものにならない盛大な水しぶきが上がり、周囲のゾアンたちの上に雨のように降りかかる。
「ぶはぁ! これは気持ちいいわ!」
全身をずぶぬれにしたズーグは、大口を開けて笑いながら自分の持ち場である後方に戻って行った。
その姿に、ゾアンたちの間から思わず失笑が洩れる。
河に尻もちをついたままの若い戦士の口許も、わずかにほころんでいた。
そこに、「掴まれ」という言葉とともに腕が差し出される。若い戦士はその腕に掴まって立ち上がってから、それがガラムの腕であったのに気づく。
「た…《猛き牙》?!」
驚いた若い戦士は、背骨に棒を入れられたように背筋を正して直立する。
ガラムはわずかに苦笑を浮かべると、若い戦士の肩を軽く叩く。
「身体を冷やすな。後で、ちゃんと身体を乾かしておけ」
緊張に上ずった若い戦士の返事を背中で聞きながら川岸に上がったガラムは、そこで自分を待っていたグルカカに言う。
「まったく。俺には、ああいった真似はできんな」
呆れ半分、感心半分にガラムが言ったのは、ズーグのことである。それにグルカカはガラムと肩を並べて歩きながら言った。
「あのような真似をされては、俺たちが困るぞ、族長。あれは本能で動いている獣みたいなものだ」
しかし、それにガラムは、ぴしゃりと返す。
「あいつを侮るな。見ろ、今ので皆の雰囲気が変わった」
平原の外にある石の街を攻めることは、ゾアンにとっては前代未聞の大戦である。あの若い戦士だけではなくすべてのゾアンの戦士たちが、大なり小なり緊張していた。
適度に緊張しているのならばいいが、少し気を張り詰めすぎているとガラムも思っていた矢先に起きた出来事である。
突拍子もないズーグの言動であったが、そのおかげで張りつめすぎていた戦士たちの緊張が程よく緩んでくれた事実はグルカカも認めざるを得ない。
「あれが、今まで獣と侮っていた《怒れる爪》とは思えぬ。正直に言えば、族長の下につくと言い出したときなど、あいつの正気を疑ったぞ」
いまだに信じられないと言った様子のグルカカに、ガラムは「俺もだ」と答えた。
それは、数日前の街攻めの協議の場でのことだった。
「かつて平原で人間に大敗を喫した全氏族連合と同じ間違いを犯すことは許されん。ゾアンは氏族間のわだかまりを捨て、ひとつにまとまるべきだ」
協議が始まってすぐにズーグは、こう切り出した。
それに、その場にいる誰もが「おまえがそれを言うか!」と思ったのは無理もない。
これまで何度か全氏族連合の話が上がるたびに、それをつぶしてきたのは他でもないズーグだったからだ。
まず、真っ先にズーグの提案にかみついたのは、シェムルであった。
「《怒れる爪》よ! 貴様は、ソーマでは不足とでもいうのか?!」
「そう言う意味ではない! 早とちりをするな、《気高き牙》よ」
ズーグは慌てて否定する。
「俺もソーマ殿に従うことに異論などない。しかし、だ! 実際に戦場では二転三転する戦局に応じ、戦士たちを指揮する者が不可欠だ。こればかりは、ソーマ殿に頼るわけは行くまい?」
さすがのシェムルも、このズーグの言葉は正論と認めるしかなかった。
いまだにゾアンの戦士たちの中には、戦士としての資質に欠ける蒼馬に従うことを良しとしない者が多い。そんな彼らが曲がりなりにも蒼馬に従っているのは、ガラムとズーグというゾアンを代表する勇者たちが蒼馬を支持しているからだ。
ふたりの勇者を従えての落ち着いた話し合いでならばともかく、戦場で頭に血を上らせた状態では、そうした戦士たちが蒼馬の指示に素直に従うかと問われれば、口をつぐまざるを得ない。
「では、誰を立てろというのだ?」
どうせ自分に指揮権を寄越せと言うのだろうと、シェムルは言外に侮蔑を含ませる。
それにズーグは怒ることなく、苦笑を洩らして言った。
「俺は、《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムが良いと思う」
それは、まさに爆弾発言であった。
その場に居合わせたゾアンは一様に自分の耳を疑い、次いで周囲の人の反応を見て、自分の聞き間違いではなかったのを確認すると、改めて驚いたほどだ。
さすがにこれほど驚かれるのは心外だったのだろう。ズーグは、ぶすっとふてくされて言った。
「このように、俺の評判は最悪だ。かといって、族長でもないバヌカや〈目の氏族〉の戦士では力不足だ」
これにはバヌカも〈目の氏族〉の戦士長もうなずくしかなかった。
「となれば、残るは《猛き牙》しかおらん。若くして平原最強の戦士と呼ばれ、数々の武勲を打ち立てた勇者である《猛き牙》ならば、異論はあるまい?」
つい先日まではあからさまに敵意を向けてきたズーグに讃えられ、何とも座りが良くない気持ち悪さに渋い顔をしたガラムが言った。
「だが、俺は〈牙の氏族〉の族長だ。他の氏族の戦士は、俺に従うことに抵抗があろう。むしろ、獣の神の御子である《気高き牙》の方がいいのではないか?」
しかし、それをズーグはすぐさま否定する。
「それは違うぞ、《猛き牙》よ。確かに、《気高き牙》の方が角は立つまい。だが、生死をかけた戦場において、もっとも頼りとされるのは、戦士としての力量だ。いざと言うとき、戦士たちが従うのは、御子ではなく自分より優れた戦士だ」
もちろん、ズーグはガラムが何を不安に思っているかを分かっていた。
「これまで〈牙の氏族〉と反目していた我ら〈爪の氏族〉の戦士が、《猛き牙》に従うか不安に思っているならば杞憂だ。我らは反目していたからこそ、《猛き牙》がいかに優れた戦士であるかを知っている。優れた戦士ならば、それに従うことに何の不満がある。もし、それでも不安と言うならば――」
それまでずっと隣で黙って事の成り行きを見守っていた蜜柑色の毛をした小柄なゾアンに、ズーグは視線でうながした。
そのゾアンは、緊張に上ずった声で名乗りを上げる。
「わ、私はクラガ・ブヌカ・シシュルと申します! ズーグ族長の姪にあたる者です!」
「これは、俺が妹同然に可愛がっている娘だ。こいつを補佐として、おまえのそばに置け。そうすれば俺の同胞たちも文句は言うまい」
このズーグの提案は、大事な身内を人質に出すと言っているのに等しい。
「《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラム殿のご勇名は、かねがねうかがっておりました! あなたの下で戦えることを大変うれしく思います!」
シシュルは両の拳をつくと、ガラムに向かって額が敷布につくほど深々と頭を下げた。
ここまでされて断っては、かえってズーグやシシュルの面目をつぶしてしまう。ガラムはその場にいたすべての者の支持を受け、全氏族連合を統率する大族長となることを承諾したのであった。
その時のことを思い出しながら、ガラムはグルカカに言った。
「もしかしたら、これまでのズーグの粗暴な振る舞いは、俺たちへの苛立ちだったのかもしれん」
ゾアンが存亡の危機にあることを感じながら、〈牙の氏族〉を含めた他の氏族は従来の戦士の誇りを満たすだけの戦いに拘泥し続けてきた。
集落に防壁を築くなどゾアンらしからぬという誹りを受けてまで人間の戦い方を取り入れて氏族を守ろうとしていたズーグからみれば、それは何とも歯がゆかったのかもしれない。
「なるほど。愚か者は、俺たちの方だったというわけだ」
グルカカは、しみじみと答えた。
ガラムは周囲に聞こえぬように声を潜めると、小さくだが、強い意志を込めて言った。
「同胞たちに伝えておけ。以後、〈爪の氏族〉との確執は忘れよ、と。もし、《怒れる爪》を軽んじるような者は、この《猛き牙》が断じて許さん、ともな」
それにグルカカは、一瞬のためらいもなくうなづいた。
その後は何事もなく全員が河を渡り切ると、さらにゾアンたちは辺りを警戒しながら森の中を進んでいく。それからしばらくして、集団の先頭が森のはずれに到達した。
「《猛き牙》よ、もう少し進むか?」
先頭にいた戦士に尋ねられたガラムは、その戦士の横に並ぶ。
「街は見えるか?」
ガラムの問いに、その戦士は木々の間からわずかに覗く、真っ暗な地平線の上にぽつんと灯る火を指差した。
「ああ。あれが街だろう」
「あまり近づきすぎてもまずい。この辺りでよかろう」
そう言うとガラムは東の空を見つめる。
「まだ日の出までは時間があるな。各自、動きが鈍くならない程度に軽く食事を摂らせ、休ませておけ」
その指示が伝わると、ゾアンたちはその場に腰を下ろし、干し肉を口にしたり、皮袋から水を飲んだりする。
グルカカを連れて、そんな戦士たちの様子を見て回っていたガラムのもとに、ひとりのゾアンが駆け寄ってきた。
「《猛き牙》! 私は何か他にやるべきことはありませんか?」
目を期待にキラキラと輝かせてガラムに問いかけたのは、シシュルであった。
その純真な目に気圧されたガラムは、思わず視線でグルカカに助けを求める。しかし、グルカカは「さて、俺はあちらの同胞の様子を見て来るか」とわざとらしく口にして、こちらに背を向けて立ち去ってしまった。
立ち去り際、グルカカの肩が笑いをこらえ切れずに小刻みに震えていたのでは、ガラムの困惑ぶりを面白がっているとしか思えない。
「いや…その……今からそんなに気を張っていては、いざと言う時に満足に働けんぞ」
「大丈夫です! ご命令とあらば、たとえ丸一日でも戦ってみせましょう!」
握り拳を作って熱く訴えるシシュルの気迫に押され、ガラムは一歩後ずさる。
ソルビアント平原のゾアンの中でも勇者と誉れ高いガラムは、若いゾアンたちからこうして憧れを向けられるのはよくあることだった。
しかし、同じ〈牙の氏族〉の者ならば互いに知らない間ではないので、これほど強い憧れを向けてくる者はいない。また、他の氏族の若者たちは自分の同胞たちの手前もあり、面と向かっては憧れを示す者はいなかった。
そのため、こうして純粋な憧れを真正面からぶつけてこられるのは初めての体験だったガラムは、シシュルの対応には苦慮していたのである。
「た、戦う時は戦い、休むときは休む。これは戦士の務めだ」
「なるほど! わかりました! このシシュル、全力で休ませていただきます!」
とても休もうとしているとは思えない気合をみなぎらせてシシュルは立ち去った。彼女と入れ替わるようにして、ズーグがやって来る。
「おう、ガラム。俺の姪は、足手まといになっておらんか?」
ズーグの問いに、ガラムは何と答えたらいいのか悩んだが、ありのままを口にした。
「足手まといにはなっておらんが、正直に言えば扱いに困っている」
ガラムの苦悩にズーグは、強い共感を覚える。
「シシュルは、ゾアンの娘だからな。まあ、おまえの妹よりはマシだろ?」
「あれは例外だ! いくらゾアンの娘が一途と言っても、限度がある!」
何とも実感がこもった言葉に、ズーグは失笑を洩らした。シェムルの蒼馬に対する献身を見ていれば、兄としてはいろいろと心穏やかではいられないのだろう。
苦りきった顔でうなっていたガラムだったが、不意に表情を改めると、周囲に誰もいないことを確認してから、ズーグに言った。
「《怒れる爪》クラガ・ビガナ・ズーグよ……」
「なんだ? いきなり改まって」
ガラムの口調に、ただならぬものを感じたズーグも笑いをおさめて真剣な面持ちになる。
「おまえは大族長になりたくはないのか?」
それは暗に、自分よりズーグが大族長に相応しいとガラムは言っているのだった。
ガラムの言葉に、ズーグは目を見開いて驚いた。しばらくガラムの目を見つめたが、そこには嘘や冗談ではない輝きしか見つけられない。
それにズーグは、むぅと小さくうなる。
しかし、すぐにわざとらしい笑い声をあげた。
「大族長なんぞ、面倒なだけだ。気苦労ばかりで面白くもなんともない。だから、貴様に押しつけてやったのだ」
あまりに見え見えの嘘に、ガラムは苦笑した。
自分の下につくのを不服とする〈爪の氏族〉の戦士たちをズーグがこんこんと説き伏せたことは、すでにシシュルから聞かされている。
それは面倒が嫌いと言う男のやることではない。
だから、ガラムはそれを知らんぷりし、ズーグの嘘に乗っかった。
「おまえのことだ。おおかた、そんなことだろうと思っていたぞ」
そして、どちらからともなくふたりは、にやりと笑みを交わした。
それからガラムは、わずかに白み始めた東の空を見やると、
「間もなく夜が明ける。いよいよだな」
「ああ。――今日の先陣の名誉は、俺がもらうぞ。大族長様は、俺の尻でも眺めていろ」
「……まったく。大族長になったのは、一生の不覚だ」
ガラムは心底嫌そうな顔で言った。
どういうことだ、と目で問いかけるズーグに、ガラムはふてくされたように言う。
「貴様の汚い尻を見るのも気持ち悪いが、それより何よりおまえに大族長と呼ばれるのは、全身の毛が逆立つかと思ったぞ」
それにズーグは思わず吹き出してしまった。
渋面を作ったガラムは、肩を震わせて笑うズーグに握った右拳を突き出す。
「今まで通り、俺のことは『ガラム』と呼べ」
「それは助かる。本音を言うと、おまえを『大族長』と呼ぶのは、俺も虫唾が走る」
ズーグもまた右の拳を握ると、それをガラムの右拳に軽くぶつけた。
「戦士たちに準備をさせろ。日の出とともに動く。先陣は、ズーグ、おまえに任せる」
「おう。任されたぞ、ガラム」
◆◇◆◇◆
早朝の見張り台に立っていた若い兵士は、大きなあくびをひとつ洩らした。
彼が街壁の上に設けられた見張り台に立つことになったのは、他人より多少目が良かったからである。しかし、この時期は肌を切り裂くような冷たい北風に悩まされるというのに俸給が上がるわけでもなく、良いことなどひとつもない任務だ。
「……あれ?」
あくびで目にあふれた涙ににじむ視界のすみで、何かが見えた気がした若い兵士は、目元を袖でぬぐってから、改めてそちらを見つめた。
街の中心を流れる河を上流へと北上し、さらにそこから西に行ったところで何か茶色い雲のようなものが見える。目を凝らして見ると、それはしだいに大きくなって、こちらに向かっているようだった。
「……! あれは?!」
それが多数の騎馬や人が走った時に起こる土煙だと気づいた若い兵士は慌てた。
ゾアンの襲来なのだろうか?
しかし、ゾアンが来るとしたならば平原がある北東の方角だ。土煙が上がっている北西の方角から来るには、いったん河を渡らなければならない。いくら知能が低い獣とはいえ、ゾアンたちがわざわざそのような無意味な行動をとるとは思えなかった。
それでは、西にある海洋国家ジェボアの軍勢かと思ったが、それもあり得ない。ジェボアの国王は商人ギルドの傀儡であることは周知の事実である。戦争よりも安定した商売を望んでいる商人ギルドが、戦争を仕掛ける理由が思いつかない。それに、そもそもジェボアがあるのは南西の方角だ。わざわざ北に遠回りするはずがない。
しかし、いずれにしろ正体不明の集団が街に押し寄せて来ているのは間違いない。
若い兵士は慌てて見張り台に備え付けられたホルンに飛びつくと、胸いっぱいに空気を吸い込んで吹き鳴らした。
ぶおおおーっという大気を震わせるホルンの音が、街中に響き渡る。
二度、三度とホルンを吹き鳴らすと、しだいに街中から人のざわめきや、カンカンカンッと板木を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
「いったい何事だぁー?!」
街の守備兵を指揮する大隊長が見張り台の下から、若い兵士に向かって声を張り上げて問うた。
「北西より、土煙をあげてこちらに向かってくる正体不明の集団を確認!」
大隊長が街の北西を見ると、若い兵士の言うとおり砂塵を巻き上げてこちらに向かってくる集団の姿があった。
大隊長の目測では、集団は馬の速足ほどの速度で、こちらに向かってきている。あの速度では、半刻(この世界は日中を6分割した時間を1刻としているため、季節によって変動するが、半刻はおよそ1時間)もすれば街の間近まで来るだろう。
目視ではその姿が見分けられる距離ではなかったが、大隊長はすでにその正体を察していた。
正体不明の集団は、全員が騎兵で構成されでもしない限り出せない速度で移動している。しかし、あれほどの人数すべてに貴重な馬や騎竜をあてがえるような組織は聞いたことがない。
あれが馬や騎竜でないとするのなら、おのずと答えは決まっている。
自らの脚で、馬や騎竜に匹敵する速度で走ることができる平原の覇者ゾアンだ。
「街の外に出ている住民たちを急ぎ呼び戻せ! ゾアンどもの襲来だ! 4半刻(約30分)後に、門を閉める! 以後、いかなることがあっても門は開くな!」
近くの雑木林などに燃料となる薪を拾いに行っていた街の住民たちが、せっかく拾い集めた薪を放り捨てて、大慌てで街に戻ってきた。それに紛れて不審人物が街に侵入しないとも限らないため、門衛たちは戻ってくる住人たちに目を光らせている。
「早馬を用意しろ! 王都に急を知らせるのだ! ゾアンの襲来だ!」
大隊長の命を受け、4組の選りすぐりの騎兵と馬が選ばれる。途中でゾアンたちの妨害を避けるため、それぞれが少しずつ時間と道を変えて、東にあるルオマの街に向かうのだ。
さらに大隊長は、集まってきた中隊長たちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「おまえは速やかに糧食を確認するとともに、街の商人どもから糧食を供出させよ!」
「御意!」
「おまえは武器倉庫の武器と鎧の確認だ!」
「大隊長殿! すでに部下をやり、武器と防具の確認及び搬出を行わせております!」
「よろしい! ならば、おまえは街より戦える男どもを徴募せよ!」
「了解いたしました!」
自分の命令を受けて走り去る部下を見送った大隊長は、再び地平線よりこちらに向かってくるゾアンたちを凝視する。
まだここからでは正確な数は分からないが、どう多く見積もってもゾアンたちは1000人には達しない様子だ。
ボルニスの街には、1万を超える人間がいる。さらに不法滞在者などを含めれば、その数はもっと多いだろう。その中で戦える男の数は全体の5分の1ほどと見積もれば、強制徴募によって増える兵士の数は2000人を超える。
それだけの人数とこの強固な街壁があれば、1000人程度のゾアンが襲撃してこようと恐れることはない。
それに、どんなに遅くとも20日もすれば援軍が到着するのだ。戦功を求めて打って出るのではなく、それまで街を守るのが守備隊の役割である。
そのことを大隊長は熟知していた。
「各自、弓と矢を持ち、街壁の上で伏せて待機せよ!」
続々と街壁の上に集まった兵士たちにそう命じると、大隊長は迫り来るゾアンたちを見据えながら、わずかに右手を上げる。
ゾアンたちが弓矢の射程に入ったところで、伏せていた弓兵がいっせいに矢の雨を降らして、まずはその出鼻を叩いてやるのだ。
その合図を下そうとする右手に、その場にいるすべての人間の目が集まっていることを大隊長は見えない圧力として感じていた。
しかし、その右腕が振り下ろされることはなかった。
ゾアンたちは街壁まで押し寄せることなく、矢が届かない距離を保って街の西側に布陣したのである。そして、その場で太鼓を叩き、雄叫びを上げ始めた。
「あいつら、いったいどういうつもりだ……?」
大隊長は、ゾアンたちの行動に首を傾げた。
先程からこちらの矢が届かない距離で、騒ぐだけで一向に攻めてくる気配がない。
同じような疑問を感じた中隊長が、大隊長に尋ねてくる。
「あいつらは、攻めるつもりがあるんでしょうか?」
「わからん。威嚇のつもりかもしれないが、油断はするな」
もしかしたら人間たちが平原に攻めてこないように、威嚇し、警告を与えに来たのではないかと、大隊長は推測した。
それならば、ああして弓矢が届かない距離で、ただ騒いでいることも納得できる。
しかし、大隊長は何か嫌な予感がしてならなかった。
これまでゾアンたちが平原から外に出たと言う話は聞いたことがない。
討伐隊を返り討ちにして図に乗っているとも考えられるが、それならばとっくに攻めてきてもいいだろう。
これまでとは違う、何かが起きている。
そんな漠然とした不安が大隊長の胸によどんでいた。
そのとき、周囲の兵士たちから、ざわめきが起きる。これまでにないゾアンたちの行動の理由に思い悩んでいた大隊長には、そのざわめきはやけに耳に障った。
「貴様らっ! いつゾアンどもが攻めてくるやも知れぬのだ! 気を緩めるなっ!」
しかし、大隊長の一喝をもってしても、兵士たちのざわめきが止まない。
そればかりか街の外にいるゾアンたちに背を向け、街壁の内側の街並みを指差して、口々に何かを言っている様子だった。
いったい何を見て騒いでいるのかと、苛立ちながら兵士たちの指差す先を見た大隊長は、しばし我を忘れた。
たっぷりと息を吸って吐くだけの時間が経ってから、ようやく自分が見ている光景が理解できた大隊長は、自分の立場も忘れて大声で叫んだ。
「な、何が起きているのだぁー?!」
ガラムとズーグのふたりは、書いていて楽しいコンビなので、ついつい文章が増えてしまうのが困り物。
そして、ガラムがツンデレだったのが明らかに。
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