■「知の提供」の手段とは
佐賀県にある武雄市図書館が今年4月にリニューアルオープンし、貸し出しとならんで本と雑誌の販売を行っている。その武雄市図書館に9月に行ってみた。リニューアルについて樋渡啓祐市長が『図書館が街を創(つく)る。』で語っている。
図書館と書店を運営しているのは、指定管理者となったCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)だ。
この武雄市のトライアルには批判も多い。指定管理者制度は安上がりのための下請け化だという従来の批判に加えて、図書館利用カードが「Tカード」になることによって、読書記録がCCCに利用されるという危惧の声もあがっている。
市長の記者会見をネットで見直してみた。市長の改革意欲は抜群に高いが批判への対応は乱暴にみえる。逆説的になるが、このある種の乱暴さがこれほどの改革をあっさり実行する力の源なのかもしれない。
トライアルの最大のポイントは、本と雑誌の販売だ。
■貸し出しだけか?
図書館の重要な仕事は、すべての人に知を提供すること。その提供は無料で貸し出しをすることだけなのか? 三浦しをんの『舟を編む』(光文社・1575円)に描かれるように、例えば辞書の制作は単なる営利事業にとどまらず、知の提供になみなみならぬパトス(情熱)がなくてはならない。そして多くの人が購入することで、さらに知の提供が行われるという循環がそれを支える。その知の提供には、図書館という無料の場所も重要だし、販売を通して再生産されることもまた大切なのである。だからこそ、書店経営がむずかしくなりつつある人口5万人程度の地方で貸し出しと販売を行う図書館が生まれたということが重要なのだ。
武雄市図書館で利用カードを作ってみた。カードには図書館利用だけのもの、ポイントがつくもの、TSUTAYAでのレンタルもできるものがあり、利用者が選択する。作ったのは図書館/ポイント/レンタルと三つの機能のあるもの。利用者が選択できるのだから、読書記録をCCCが利用し「読書の自由」をおびやかすという危惧は、ためにする批判に聞こえる。むしろ貸し出し記録の秘匿という図書館関係者のよりどころが、記録の有効利用を妨げていることにこそ問題がある。個人を特定しない方法で記録化し、どの本が一定期間に何回借りられたのかといったデータを選書に利用したり、地域のニーズ調べにも利用できるはずだ。図書館はベストセラー本をどんどん貸して著作権者や出版社の利益を奪っているといった批判があるが、その批判に本当に妥当性があるのか冷静に議論するための出発点にデータは活用できる。「調査なくして発言なし」は建設的な議論の必要条件ではないか?
■広がる議論の幅
武雄市のトライアルの背景には、この間の図書館のありようについての議論の幅の広がりがある。図書館の側から「情報資源の生産」を視野に入れた『知識の経営と図書館』や「図書館では静かに」といったルールまでも再考する『触発する図書館』など、パラダイムに挑戦するかのように。
武雄市図書館のにぎわいには本と雑誌の販売が一役買っていると思える。これまでのやり方から一歩進んでトライアルをいくつもすることこそ、今の図書館、社会に求められていることではないだろうか。
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さわべ・きん 「ず・ぼん 図書館とメディアの本」編集委員 56年生まれ。ポット出版会長。「ず・ぼん」紙版は年1回程度、電子版は隔月刊。