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第29話 駆引-2
「そんな、馬鹿な! ならば、我らは何をするのだ?!」
 まるで悲鳴のようにバヌカが叫んだ。
「戦う〈牙の氏族〉の戦士たちを鼓舞するために、太鼓を叩き、声援を上げていただければ、それで十分です」
 蒼馬の物言いに、ズーグの後ろで黙って話を聞いていた戦士たちが怒声を上げた。
「ふざけるなっ! 我ら誇り高き〈爪の氏族〉の戦士たちが、太鼓を叩いて、声を上げるだけだと?!」
「貴様は、我らが戦の役に立たぬと言うのかっ!!」
「我ら戦士に対する侮辱だ!」
 さらにバヌカと〈たてがみの氏族〉の戦士たちも同調する。
「我らも納得ができません!」
「そうだ! 我ら戦士に、芸人のように騒いでいろというのか!」
 ゾアンにとって戦わせないということは、その戦士が使い物にならないと言われているのと同じ意味だ。〈爪の氏族〉の戦士たちはもとより、〈たてがみの氏族〉の戦士たちにとっても、とうてい承諾できるものではなかった。
 しかし、その戦士たちをズーグは腕をあげて抑える。
「よいではないか。我らの力が要らぬというのだ。〈たてがみの氏族〉も〈牙の氏族〉の奮闘を高みの見物としゃれ込ませてもらおうではないか!」
 そんな安い挑発には乗らんぞ、とズーグは牙をむいて笑った。
 度重なる戦で戦士が激減した〈牙の氏族〉だけで砦を攻めるなど、狂気の沙汰でしかない。自らの言動によって氏族を窮地に追いやったふたりが、どのように慌てふためき、無様に許しを請うかと、ズーグは期待に胸を躍らせていた。
「ご理解いただけて助かりました」
 しかし、ソーマはにっこりと微笑んで見せた。
「では、詳細な行動や日程については後日お伝えします。他に何もなければ、これで終わりにしてよろしいでしょうか?」
 それに慌てたのは、ズーグである。
「ちょ、ちょっと待て!」
 蒼馬が、何か? と不思議そうに小首をかしげる。
「あ、いや。本当に、ガラムたちだけで砦を落とすつもりなのか……?」
 ズーグの読みでは、これは蒼馬の挑発のはずだった。
 ところが、蒼馬もガラムも慌てるどころか、もう協議はこれでおしまいと席を立とうとしているのに、逆にズーグの方が慌ててしまったのだ。
「はい。今お話ししたように、〈牙の氏族〉の力だけで――」
 蒼馬は、わざとらしくポンと手を打った。
「ああ。もしかしたら、挑発だと思われていました? もしそうでしたなら、それは失礼しました。決してみなさんのことを弱くて使い物にならないと思って、戦いから遠ざけたわけではありません」
「では、なぜ……?」
「先程、僕を信じられないとおっしゃいましたね?」
「ああ。言ったが」
「信じてくれもしない。言うことに従ってくれるかどうかもわからない。そんな人を大事な戦に連れて行けますか? ましてや、その人が強ければ、なおさらです」
 蒼馬の言い分に、ズーグはぐうの音も出なかった。
 蒼馬を信じられないと言ったのは、ズーグの方である。今さらその発言を翻すわけにはいかない。言質を取ったつもりが、取られたのは自分の方だったことに、ズーグはほぞを噛んだ。
 もし、このまま〈牙の氏族〉だけで砦を落とされれば、まずいことになる。
 あの砦は平原全体ににらみを利かせるために人間が築いたものだ。あそこを落とすことが、平原を取り戻すことに直結すると言ってもいい。そんな大きな戦果をあげられれば、その後に待っている氏族の領域の線引きは、〈牙の氏族〉の一存で決められてしまう。そればかりか、平原すべてを〈牙の氏族〉のものにされても文句を言えない。
 しかし、ここまで読んだ上での挑発であることも捨てきれなかった。
「だが、〈牙の氏族〉だけで砦を落とすなど不可能だ! ガラムよ、おまえが今動かせる戦士は100名といないはずだ。
 もともと砦にいた兵士は、ここに攻め込まずに砦に残っている。それにここに攻め込んできた兵士をみすみす逃したため、今や砦の兵士の数は数百にもなるのだぞ!
 そして、奴らが立てこもる砦の防壁は、高さが6メル(約6メートル)に幅4メル(約4メートル)。容易に乗り越えられるものではない。貴様がひとりで潜り込んで御子を救出したのとわけが違うのだ。大勢では壁に近づく前に気づかれ、かといって少数で壁を越えても門を開ける間もなく囲まれて終わりだ!」
「ずいぶんと詳しいんですね」
 素直に蒼馬は感心した。
 ガラムもまた、まさか自分が単身でシェムルを救出したことまで掴まれていたことに驚きを隠せなかった。
 つい興奮してしまい、教えなくてよいことまで口走ってしまったことに気づいたズーグは慌てて口を閉じる。
 だが、次の蒼馬の言葉に、また我を失ってしまった。
「でも、大丈夫です。あの程度の砦なら、大したことありません」
 これまで〈牙の氏族〉だけではなく、〈爪の氏族〉が何度攻めても落とせなかった砦を大したことないと言い切れ、ズーグは頭がくらくらとしてきた。
「き、貴様のその自信は何なのだ?!」
 焦るズーグのその言葉を蒼馬は待っていた。
 蒼馬は、その場にいるすべてのゾアンたちに見せつけるように、おもむろに額にまかれていた鉢巻に手をかけると、それを一気に取り払った。
 あらわになった彼の額に淡く輝くのは、8と∞を組み合わせたような刻印。まるで2匹の蛇が身体を絡ませ、互いの尻尾に食らいつき、のたうつようにも見える、アウラの刻印である。
「僕は、死と破壊の女神アウラの御子です。あなた方を苦しめる人間を討ち滅ぼすために、ここにきました」
 それは蒼馬の大芝居だった。
 その言葉に呑まれ、ズーグたちは呆気にとられ固まってしまう。
 そこに、それまで沈黙を保っていた〈目の氏族〉の巫女たちがいっせいに唱和した。
「生きとし生けるすべての者の最期を看取る女神」
「ありとあらゆるものの最期の時に立ち会う女神」
「7柱神が唯一恐れ敬う姉にして母たる女神アウラ」
 シュヌパは蒼馬へと居住まいを正す。
「我ら〈目の氏族〉は、女神アウラの御子であらせられますキサキ・ソーマさまを支持いたします」
「「支持いたします!」」
 シュヌパと彼女の後ろにいた巫女たちが、いっせいにひれ伏した。
 シュヌパたちの行動は、ズーグたちが初めて聞く死と破壊の女神アウラと言う存在に信憑性を与えるとともに、その女神の御子がゾアンに対して災いをもたらすのではないかという不安を払拭(ふっしょく)するためのものだった。
 現世における戦いのことならばいざ知らず、神々のことで祭祀を司る〈目の氏族〉の権威は大きい。その彼女らが支持を表明したことによって、蒼馬が死と破壊の女神の御子であることに対して、他の氏族がとやかく言うことはできなくなったのだ。
 ズーグは震えた。
「何なのだ、こいつは?! いったい、何なのだ?!」
 口からは出なかったズーグのその心の叫びは、その場にいたすべてのゾアンたちが共有するものであった。

            ◆◇◆◇◆

 ガラムとお婆様が奥の間に戻ると、そこでは力なくうつ伏せに横たわる蒼馬と、大きな葉でやさしく風を送るシェムルの姿があった。
「ソーマはどうかしたのか?」
 驚いたガラムが尋ねると、シェムルは微苦笑を浮かべる。
「緊張しすぎて、頭が(ゆだ)ったそうだ」
 ガラムたちがやってきたことに気づいた蒼馬が、のろのろと顔を上げた。よほど緊張していたのか、やつれたような顔つきの蒼馬に、ふたりはこれが先程ズーグたちを震え上がらせたアウラの御子と同一人物なのか、本気で疑ってしまった。
「ガラムさん、お婆様。こんな格好で失礼しました」
 蒼馬は身体を起こすと、シェムルの手を借りて、その場に座りなおす。
「それで、ズーグさんたちの反応はどうでした?」
 緊張から自分のことだけで手一杯だった蒼馬は、ふたりに協議の間でのことを確認する。
「小僧にしては、なかなかの名演技じゃったぞ」
「うむ。おおかた、期待通りの反応だったな」
 すでにシェムルからも評価は聞いていたのだが、彼女の場合は過大評価してくるので鵜呑みにはできない。ふたりから太鼓判を押された蒼馬は、ようやくほっと息をついた。
「おふたりに手伝っていただいてもらったおかげです」
 蒼馬がズーグたちをうまくやり込めたのは、シェムルたち3人と何日も顔を突き合わせて練った想定問答の成果であった。
 特にガラムは数日前まではズーグと同じ立場であっただけに、彼が何を問題視し、蒼馬を糾弾してくるか予想するのは簡単だった。その予想が的中したおかげで、蒼馬は終始、話し合いの主導権を握っていられたのである。
「しかし、ソーマよ。本当に、俺たちだけで砦が落とせるのか?」
 ガラムが心配するように、これで砦が落とせなかったら、〈牙の氏族〉が恥をかくだけでは済まない。蒼馬は(なぶ)り殺されるのは当然として、彼を『臍下の君』とするシェムルにも害が及ぶ。
「それなら、た……」
 蒼馬は「たぶん」と言いかけてやめた。やると決めたなら、自信をもって断言しなくては、ガラムたちの心が乱れてしまう。ここで保身のために曖昧な言葉を使うべきではない。
「大丈夫です。すでに砦を落とす準備はしてあります」
「準備はしてあるだと?」
 これにはシェムルも驚いた。
 ほとんど蒼馬につきっきりだったため、シェムルは蒼馬の行動を逐一見ていたはずだ。だが、蒼馬が砦を落とす準備をしているような様子は、見た記憶がない。
「それは本当なのか、ソーマ?」
「うん。細工は流々(りゅうりゅう)仕上げを御覧(ごろう)じろ、ってね」
 蒼馬はにっこりと笑った。
次回は蒼馬の砦落としです

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