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趣味で書いているとはいえ、ある程度の評価をもらえていることに、嬉しく思うのと、やる気にもつながっております。
第26話 協議
警護に付き従ってきた者たちの接待を同胞たちに任せ、ガラムはそれぞれの氏族の主だった者だけを族長用のテントに案内した。
集会用の間に案内されると、入って左手の奥より〈目の氏族〉と〈たてがみの氏族〉が、右手に〈爪の氏族〉が腰を下ろした。
まるで、目とたてがみのふたつの氏族が、〈爪の氏族〉と対立しているような構図だが、心情的にも似たような状態だろう。先程、皆の前でコケにされたバヌカなどは、明らかな敵意をズーグに向けている。
しかし、それは無謀と言うものだ。
個人の武勇や度量だけではなく後ろ盾となる氏族の力においてもバヌカには勝ち目はない。そして、それを見越したうえで、穏健派のシュヌパはバヌカ側に座ることでバランスを取っているのだろう。
協議を始まる前から、このような有様にガラムは暗澹とした思いを抱えながら、集会用の間の一番奥の座に腰を下ろした。その左右には、相談役としてお婆様と、シェムルを控えさせる。シェムルを控えさせているのは、御子が〈牙の氏族〉の族長を支持しているということを示すためである。
その中で、まずガラムは夜襲から始める一連の戦いの一部始終を語り始める。
いずれの氏族の者たちも、わずかな手勢だけで800人を超える軍勢を追い払った快挙と、火攻めというゾアンにはなかった大胆な戦法に大いに興味をそそられている様子だった。
語りながらガラムが注意を払っていたのは、ズーグに対してだ。
今回の協議で最大の難関は、この中で最大勢力を誇る〈爪の氏族〉族長であるズーグの了承をいかにして得るかにある。そのためには蒼馬の功績をズーグに認めさせなければならない。
今のところガラムが見る限りでは、ズーグはかなりの関心を寄せているようだった。
戦に疎いシュヌパのように単に驚いているわけでもなく、バヌカのように語り部がつむぐ英雄譚を聞いているように無邪気に喜んでいるわけでもなく、ズーグはガラムが語る言葉を一語一句聞き逃さないというように、わずかに身を乗り出して耳を傾けている。
「以上が、このたび起きた人間どもとの戦いの顛末だ」
途中、何度か質問を交えながらすべてを語り終えた頃には、ずいぶんと時間が経ってしまっていた。
語り終えたことに小さな達成感を覚えていたガラムに、次のズーグの一言が冷水となって浴びせかけられる。
「ふん。誇り高いゾアンの戦士らしからぬ戦いだな、《猛き牙》よ」
先程まで熱心に耳を傾けていたのが嘘のように、ズーグは退屈そうに耳をほじりながら、ガラムをあざけったのだ。
ガラムは渋い顔をするが、わずかに顔をそむけるだけで反論はしなかった。
その反応に、ズーグは自分の推測が正しかったことを確信する。
もし、ガラムか氏族の誰かが考えついたことならば、ガラムは何かしらの反論をしただろう。
しかし、渋い顔をしたのは痛いところを突かれたため、そして顔をそむけたのは自分も同じことを思っていたため反論できなかったからだ。
「《怒れる爪》よ。ならば、わずかな手勢だけで、どうやって人間と戦うというのだ?!」
ガラムの代わりに反論したのは、バヌカであった。
この場を御子に自分を売り込む場と勘違いしている若造を黙殺し、ズーグはさらに言う。
「俺は褒めているのだぞ、《猛き牙》。口癖のようにゾアンの誇りを口にしていたおまえが、とうてい思いつきそうもない手段だ。氏族のためにならば、こんな大胆な手を思いつけるようになったとはな!」
そのあからさまな嘲弄に、ガラムの顔がゆがむ。
こうまで言えば、ガラムも策を授けた奴を隠してはおけず、表に出さざるを得ないだろうという算段の上でのズーグの嘲弄であった。
「《怒れる爪》の言うとおりだ。今回のことは、俺が思いついたものではない。俺は、ある者の発案に従ったまでだ」
観念したガラムの言葉に、しめた!とズーグは隠した拳を握りしめる。
「ほう。それは驚きだな」
ズーグは、したり顔で言う。
「それならば、まずはその者を紹介してもらわねば、話は進まんと思うが?」
ガラムは迷った。本来の予定では、蒼馬のことが受け入れてもらえそうか探りを入れつつ様子を見たうえで彼を紹介するはずだった。
しかし、ズーグの言うことは、もっともな話だ。
ここで下手に拒絶して話をこじらせるのもまずいと判断したガラムは、シェムルに声をかける。
「シェムル。彼を連れてきてくれ」
シェムルは小さくうなずくとテントの奥へと退いた。
そして、しばらくしてシェムルに連れられて蒼馬が恐る恐るといった様子で姿を現すと、その場に大きなどよめきが起こる。
「彼の名前は、キサキ・ソーマ。彼が我らに策を授けてくれた者だ」
◆◇◆◇◆
人間であることは、予想の範囲であった。
しかし、ズーグが想像していたのは、歴戦の戦士か将軍の姿である。
それは、筋骨たくましく、上背もあり、いくたの戦場を渡り歩いた自負に裏打ちされたふてぶてしい顔の壮年の男。
これがズーグの想像していた姿だ。
ところが、実際に現れたのは想像していた人物像とは、まったく違う人間の子供である。どう見ても歴戦の戦士や将軍どころか、剣すら持ったことがない軟弱な小僧だ。
「馬鹿なっ! 《猛き牙》よ。あなたほどの勇者が、人間の力を借りたというのですか!」
色めき立つ者たちを代表するように、バヌカがその憤りを隠そうともせずに、その場で立ち上がってガラムを問い詰める。
その反応はすでに想定されていたものだったため、ガラムは落ち着いて答えた。
「我らはソーマの策に従い、人間を追い払ったのは事実だ。そして、平原を取り戻すといったのも、彼だ」
皆はガラムを注視するが、彼が嘘や冗談を言っている様子はない。
ズーグは改めて驚嘆した。
ガラムも自分に勝るとも劣らぬゾアンの戦士だ。彼ならば、あの人間の小僧が戦士や将軍ではないことをとっくに見破っているはずである。
それでもなおガラムがあの人間の小僧を推すとは、ただごとではない。
それはまさに、あの人間の小僧の真価を表しているのではないか。
これはいよいよ面白くなった。
そう考えたズーグは、素早く他の氏族の代表たちをうかがう。
バヌカは青二才らしく、人間に対する嫌悪をあからさまに出している。
それに対してシュヌパは、後ろに付き従っていた巫女たちと小声でやり取りをし、〈目の氏族〉の出方を相談しているようだ。
さて、ここで俺はどうすべきか?
ズーグはひとつ思案し、行動に打って出た。
「誇り高いゾアンである〈爪の氏族〉は人間と組むような連中とは協力できん。帰らせてもらう」
ズーグは、のっそりと立ち上がった。氏族の者たちもズーグの後に続く。
「待て、《怒れる爪》よ!」
背を向けて出て行こうとしたズーグをガラムが呼び止めた。すると、ズーグは足を止めて肩越しに振り返ると、侮蔑も露わに言った。
「まだ、何かあるのか?」
「《怒れる爪》よ。おまえの不満もわかるが、最後まで話を聞いてくれ」
「これ以上、何を聞く必要があるというのだ」
ズーグはガラムのみならず、その場にいるすべてのゾアンに向けて言った。
「貴様が言っていることは、俺たち誇り高きゾアンの戦士たちへの侮辱だ! 人間に、しかも軟弱なガキの言うことに従えというのか! この糞尿をあさる怪物にも劣る人間のガキに!」
常日頃、勝たねば何を言っても負け犬の遠吠えとうそぶくズーグの言葉とは思えないが、ゾアンの戦士ならば誰もが同じことを思うことだろう。
これを真っ向から否定することは難しい。
それでもズーグを引き留めようとするならば、ガラムが下手に出なければならない。
そして、ズーグはそれを受けてしぶしぶ蒼馬を受け入れるという態を取ることで、精神的優位に立ち、うまくこの場の主導権を握ろうとしたのである。
ところが、そこに思わぬ横やりが入る。
「ズーグ! きさま、ソーマを侮辱したなッ!!」
「おう、それがどうした?!」
シェムルの反応は予想外だった。
ズーグの予想では、人間の言うとおりにしろと言われ、一番不満に感じているのはシェムルのはずだ。《気高き牙》という字の通り、シェムルの誇り高さは有名である。そんな誇り高いゾアンが、いくら氏族の命運のためとはいえ憎むべき人間に従うことをよしとするはずがない。
この人間の子供について回っていたという見張りからの報告も、おそらくは御子自らがこの人間の子供を監視し、あわよくば追い出そうとしていたのだろう。
ズーグは、そんな見当違いの予測を立てていたのだ。
「それ以上、その汚い口でソーマを侮辱するならば、私が黙ってはいない! 我が誇りをかけて、貴様に償わせるぞ!」
この思わぬシェムルに剣幕に、ズーグは焦る。
他の氏族がいる前で、御子と決定的に対立するわけにはいかなかった。ズーグ自身は御子に対する畏敬の念は薄いが、御子が持つ影響力は侮ってはいない。
「はっ! 御子よ、引っ込んでいてもらおうか。俺はおまえに言っているのではない! 侮辱が許せぬというなら、侮辱を受けた者が返すというのが筋と言うものだ! 関係のないおまえが口を挟まないでもらおう」
あくまで問題は人間の子供にあると言うことを強調することで、ズーグは御子の介入を防ごうとする。
しかし、ズーグの言うことはもっともなことだ。
誰もが、シェムルは口を閉ざすしかないと思われた。
「関係ある!」
だが、シェムルは言い切った。
「このソーマは、私の『臍下の君』だ! 『臍下の君』を侮辱されて、黙っていられると思うのかっ!!」
自分の身も心も魂までも捧げた「臍下の君」を侮辱されるということは、自らを侮辱されるよりも許しがたい恥辱である。シェムルの怒りももっともだ。
しかし、そのシェムルの怒りに、その場がしんっと静まり返った。
ズーグですら口をあんぐりと開けたまま固まっている。
その中で、一番早く立ち直ったのは、やはり兄妹としてシェムルと長い付き合いのあるガラムであった。
「シェムル……。今、何と言った?」
そう尋ねるだけで精いっぱいという風情のガラムとは対照的に、シェムルはあっけらかんと答えた。
「ん? 『臍下の君』を侮辱されて、黙ってはいられないと言っただけだぞ」
「『臍下の君』だと……?」
「うむ。ソーマには、私の『臍下の君』になってもらったのだ」
シェムルは胸を張って自慢した。
その途端、その場にいたすべてのゾアンが、悲鳴とも怒号ともつかない絶叫をあげた。
「なんだ? そんなに驚くことか?」
皆の反応に、シェムルはひとり平然としていた。
しかし、皆が驚愕するのも無理はない。
御子は、自分らを創造した神の恩寵を受けた存在だ。その御子が、身も心もすべて他種族の男に捧げてしまったというのだから、ゾアンたちにとっては青天の霹靂というか、この世の終わりを告げられたようなものだ。
それは崇めていた聖女様が実は結婚していて子供も産んでいたことを知らされた、熱心な信者たちの心境に近いだろう。
ましてやその相手が憎むべき人間なのだから、彼らが受けた衝撃の大きさは想像するに余りある。
バヌカなどは完全に目がうつろになり、〈目の氏族〉の巫女たちの中には卒倒する者まで出る始末だ。さすがにシュヌパは巫女頭の妹君として失態は見せられず、何とか持ちこたえているが、それでも今にも頭を抱えそうだった。
「シェムル! おまえという奴は……!」
「ガ、ガ、ガ、ガラム! 貴様は兄だろうが!」
「うるさい! 俺だって知らなかったのだ!」
胸倉を掴みかかるズーグに、ガラムは泣きそうな声で叫ぶ。
「ほっほっほっ! あの寝小便たれの小娘が、『臍下の君』を持つようになるとは、驚きじゃ」
その中であって、ひとりだけ嬉しそうに笑い声をあげたのは、お婆様だった。
「お婆様、寝小便たれは余計だ!」
「とにもかくにも、めでたいことじゃ。これは、何か祝いでもやらんといかんのぉ」
「それならば、お婆様の秘蔵のあの酒が欲しいぞ」
「こりゃ大きく出たのう。じゃが、これほどめでたいこともあるまい。よかろう、後でわしのところに取りに来い」
そんなふたりのやり取りにガラムが激昂する。
「ふたりとも、何を馬鹿なことを言っている!」
「なんだ、《猛き牙》よ。おまえは祝福してくれないのか?」
身も心も捧げるに足る人物と巡り合えることは、ゾアンの戦士たちにとっても最高の栄誉のひとつだ。「臍下の君」を得た者が出れば、それを囲んで祝宴を開くのが通例である。
それに他種族の者を「臍下の君」にしてはいけないわけではない。
過去にも数例だが、他種族の者を「臍下の君」にしたゾアンはいる。いずれも名にし負う勇者や豪傑ばかりだ。
また、御子が「臍下の君」を迎えてはいけないという決まりもない。
もっとも、そんなことは想定すらしていなかったことなので無理もないことなのだが、とにかくシェムルの行いを咎める理由は一切ないのだ。
そのことは、ガラムも頭では理解しているのだが、それと感情はまた別の話である。
叱りつけてやろうと思ったが、うまい言葉が見つからず、口をパクパクと開閉させていたガラムが、ようやく口にしたのが次の言葉だった。
「この、馬鹿っ!!」
これにはシェムルも、カチンとくる。
「馬鹿とは、なんだ。馬鹿とは!」
「馬鹿を馬鹿と言って、何が悪い!」
「兄とはいえ、言っていいことと悪いことがあるだろう!」
もはや、それは単なる兄妹喧嘩だ。
他人が自分より醜態をさらすと、かえって冷静になることがあるが、その場にいたゾアンたちはまさにそれだった。いきなり始まった幼稚な兄妹喧嘩に、しらけ始める。
そんなことにも気づいていないふたりが、ついには幼いときにオヤツを盗った盗らないの言い争いに至ったところで、シュヌパが大きな咳払いをする。
それにガラムとシェムルは、はっと我に返った。
「ガラム殿と御子さまのご兄妹が大変仲がよろしいことは、よくわかりましたので、そのあたりにされてはいかがでしょうか?」
苦笑が混ざった穏やかな口調で言われ、ふたりは羞恥に身もだえする。
「おふたりもそうですが、私も少し心を静めたいと思います。ここはいったん休憩をはさみ、また後程に協議を進めたいと思うのですが、皆さまいかがでしょうか?」
シュヌパの提案に、誰も否やはなかった。
おまけ
シェムル「うむ。ソーマには、私の『臍下の君』になってもらったのだ(どやぁ!)」
ゾアンたち「(なんか、すっげームカつく!)」
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