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新しい登場人物が2名登場。
ゾアンの名前は氏族名+父親の名前+個人名と少し複雑なので、ちょっと覚えにくいかもしれませんが、ご容赦ください。
第25話 不和
 あらかた燃え残った残骸や人間の死体を片づけ、隠れ家から住居を移したばかりの〈牙の氏族〉の村では、ゾアンたちが慌ただしく働いていた。
 ここ数日かけて他の氏族の使者を迎える準備をしてきたが、いざ使者が間もなく到着するとなると、やはりいくつか問題が出てきてしまった。そのため今朝早くから氏族総出で、その対処に奔走していた。
 そうやって、何とか恥ずかしくない程度に村の体裁を整えることができ、ほっと胸をなでおろしたガラムの下に、戦士がやってくる。
「〈目の氏族〉と〈たてがみの氏族〉の方々が、ご到着なされました!」
 ガラムが村の入り口に出向くと、そこにはそれぞれ五〇名前後の同胞を引き連れた〈目の氏族〉と〈たてがみの氏族〉がいた。
 まず、目を引くのが白ずくめの女性の集団だ。
 白い貫頭衣の上着に白い横布を腰に巻き、頭には口許を覆う布がついた頭巾をかぶる彼女たちの姿は、狩猟種族ということもあって活動的な衣服を好むゾアンでは異彩を放っている。
 彼女らは〈目の氏族〉の巫女たちだ。
 祭祀の氏族でもある〈目の氏族〉は戦士たちよりも巫女の発言権が強く、他の氏族との交渉なども巫女たちの役割である。
 もちろん、巫女たちだけではなく彼女らを護衛する戦士たちも付き従っているが、ガラムから見るとやや軟弱な印象がぬぐえない。
 ガラムは巫女たちの先頭に立つ、落ち着いた貫禄を漂わせる中年のゾアンに声をかけた。
「まさか、巫女頭様の妹君であらせられる貴女が、直々にいらっしゃるとは思ってもみませんでした。ウァイ・ザヌカ・シュヌパ様、歓迎いたします」
「お久しぶりです、ガラム坊や」
 シュヌパと呼ばれたゾアンは、目を細めるとおっとりとした口調で言った。
「シュヌパ様。坊やは、おやめください」
「これは失礼しました。今では〈牙の氏族〉の族長であらせられましたね。遅くなりましたが、お父上のお悔やみを申し上げます」
 そう言って頭を下げるシュヌパの悔やみをガラムは静かに受け取った。
 そこに杖をついたお婆様がやってくる。
「おお、シュヌパ様。久しいのう」
「あらあら、これはお姉様」
「シュヌパ様は、今や巫女頭の妹君。姉と呼んでくれるのは嬉しいが、さすがにまずかろう」
「いえ、お姉様。幼い時に、いろいろ手ほどきをいただいたことは今でも忘れておりません。お姉様は、お姉様でございますよ」
 お婆様は、かつて〈目の氏族〉のもとで修業をしていたとき、幼いシュヌパと交流があったのだ。
 シュヌパとお婆様が旧交を温めている間に、ガラムはもうひとりのゾアンに挨拶をした。
「〈たてがみの氏族〉の代表の方とお見受けする。私が〈牙の氏族〉族長の《猛き牙》ファグル・ガルグズ・ガラムだ」
「私は、〈たてがみの氏族〉が族長メヌイン・グジャタラ・バララクの息子バヌカです。父に代わり、ガラム殿のお誘いを受けてまいりました。ガラム殿のご高名は常々聞いております」
 やや気負いすぎている感が否めない堅苦しい挨拶をするバヌカは、少年から青年になったばかりという年若いゾアンだ。〈たてがみの氏族〉の特徴である、たてがみを模した羽飾りを襟元につけた鎧も、まだ着慣れていないようだ。
 彼の後ろには、同じように〈たてがみの氏族〉の証である襟飾りのついた胸鎧を身にまとった戦士たちが従っている。
 バヌカは挨拶もそこそこに、周囲をきょろきょろと見回した。
「ガ、ガラム殿。その……御子さまはいずこに?」
「ん? シェムルのことか。妹は今、手が離せぬ用があり、挨拶はまた後程いたさせていただくが」
 まだ蒼馬を紹介するのは早すぎるため、彼には隠れてもらっているのだが、なぜかシェムルも一緒について行ってしまったのだ。
 最近、やけに妹が蒼馬にくっついて回っていることが気にならないわけではないガラムだったが、まだ氏族の者たちすべてが蒼馬に気を許しているわけではなく、彼に護衛が必要なこともあって黙認していた。
「そうですか……」
 シェムルがいないことを知ってバヌカは見るからに肩を落として落胆した。
「さあ、お二方。戦を終えたばかりで満足なもてなしもできぬが、お連れの方々ともども精一杯のもてなしをさせていただこう。さあ。こちらへ」
 ガラムが両氏族を村の中に案内していく。
 当初は山の中の隠れ家の方で氏族間協議を開こうという案もあったのだが、あえて奪い返したばかりの村の方に案内したのは、先日の戦いの痕を実際に目で見てもらおうと言う意図からだ。
 幸いなことに、ゾアンのテントは分解すれば簡単に持ち運びすることができるため、隠れ家から村に住居を移すのは、さほど手間ではなかった。ただ、いまだに村にはきな臭さが残るが、そこは我慢するしかない。
 しかし、その効果は抜群であった。
 真実を伝えるには、百の言葉よりただの一目が勝るものだ。
 シュヌパやバヌカをはじめとした両氏族の者たちは、村に残る戦いの痕を驚愕の眼差しで見ている。
 今回の氏族間協議の最大の課題は、いかにして彼らに蒼馬のことを認めさせるかだ。
 そのために、自分たちと同じように強い衝撃を与えて動揺させたところに、蒼馬の存在を突きつけるというのが、ガラムたちの考えである。
 ガラムは、彼らの様子から十分な手ごたえを感じていた。
 そこにひとりの戦士が慌ただしく駆けてきた。
「何事だ! 客人の前だぞ!」
「族長! 〈爪の氏族〉の方々がご到着いたしました!」
 その戦士の言葉が終わるか終らぬうちに、喧騒を引き連れてズーグが姿を現した。
「おう、ガラム! 久しいな!」
 案内も請わず、我が物顔で村に押し入ってきたズーグにガラムは表情をゆがめる。
 彼の後ろに従うのは、見るからに屈強な戦士たちだ。しかも、その数はざっと数えても100人を超え、いずれもその面構えはふてぶてしく、今にも戦を仕掛けてきそうな雰囲気だ。
「ズーグ! 貴様は我らに戦でも仕掛けるつもりかっ!」
「怒るな、ガラム。俺とおまえの仲ではないか」
 そう言ってなれなれしくガラムの肩に腕を回す。ガラムはその腕を払いのけると、
「どの口で、そんなことをぬかすか!」
「おや? 何をそんなに怒っているのだ? さては、先の申し入れの一件のことか?」
 ズーグは大げさに嘆いて見せた。
「仕方なかろう。俺は〈爪の氏族〉の族長だ。いくら俺自身はおまえを助けたくとも、氏族の者たちを軽々しく戦にはやれぬ。だが、おまえの口から一言でも言葉をもらえれば、すぐにでも戦士を送るつもりで準備していたのだ」
 ズーグは引き連れてきた戦士たちを指し示した。
「ほれ、だからこそこうしてすぐに屈強な戦士たちを連れてくることができたのだ。それに食い物と酒だ! 戦勝祝いとして受け取ってくれ!」
 戦士たちはそれぞれ背負ってきた食い物や酒を地面の上に積み上げていく。
 しかし、それは好意によるものではない。
 食べ物に困窮している〈牙の氏族〉とは違い、〈爪の氏族〉はこれだけの蓄えがあるのだぞ、という氏族の力を誇示するためのものだと言うことが、見え見えだ。
「空々しいことを……!」
 苛立つガラムを楽しげに見やってから、ズーグは隣にいるシュヌパに目を移す。
「おお! これはシュヌパ様。親父が死んだとき以来ですな!」
「ズーグ坊やも、やんちゃなままですね」
「ふはははっ! このズーグも、シュヌパ様の前では形無しですな!」
 そして、次に視線をバヌカに向ける。
 何を言われるかと警戒も露わに身体を堅くしたバヌカだったが、ズーグの視線は止まることなく彼の上を横切ってしまった。
 それからズーグは手でまびさしを作ると、わざとらしく周囲を見回した。
「なんだ、御子さまはおらんのか?」
 自分のことなど眼中にないとでもいう態度と、自分が敬愛する御子に対する敬意がひとかけらも感じられない言い草に、若いバヌカは頭に血を上らせる。
「ズーグめ! 無礼にもほどがあるぞ!」
 それにズーグは初めてバヌカに気づいたような仕草をし、それからニヤリと笑った。
「ほう。ずいぶんと活きのいいガキがいるな」
「ガキではない! 私は〈たてがみの氏族〉族長の息子メヌイン・バララク・バヌカだ!」
 それにズーグは、ずいっと前に出る。
 それだけで並外れた巨体から発せられる威圧に押され、バヌカは顔を引きつらせて後ろに下がってしまう。
 その肩にズーグは手を置いた。ズーグはさして力を込めている様子もないのに、バヌカは肩に巨岩でも乗せられたような重圧にうめいた。全身の力を込めて抵抗しなければ、その場に膝をつきそうだ。
 必死に歯を食いしばって耐えるバヌカに、ズーグは顔を近づけ牙をむいた。
「粋がるなよ、ガキ。俺は〈爪の氏族〉の族長、《怒れる爪》クラガ・ビガナ・ズーグだ。その俺に、たかが族長の息子ごときが対等に口を利こうなどと思うな!」
 バヌカの歯を食いしばる口から小さく苦鳴が洩れるのに、〈たてがみの氏族〉の戦士たちがいっせいに山刀を抜き放った。それを受けて、〈爪の氏族〉の戦士たち、さらには〈牙の氏族〉と〈目の氏族〉の戦士たちも次々と山刀を抜く。
 この一触即発の事態に割って入ったのは、シェムルの声だった。
「騒がしいと思ってきてみれば、これはいったいどういうことだ?」
 テントの中から出てきた彼女は、昂然と胸を張ると、山刀を抜き放つ戦士たちを睨みつける。
「おお、御子さまだ……」
「シェムル様だぞ」
 めったに会うことができない御子の登場に、他の氏族の者たちの視線がシェムルに集まる。
「貴様らは、我らのもてなしの返礼に、ここで集団剣舞でも披露するつもりなのか?」
 辛辣(しんらつ)なシェムルの物言いに、その場にいた戦士たちはばつが悪そうに顔をそむける。他の氏族の領域の中で、別の氏族と争うなど非礼の極みだ。
 ここが引き時と見たズーグは、バヌカの肩から手を上げると、自分の氏族の戦士たちに向けて山刀をしまうように手でうながす。それに〈爪の氏族〉の戦士たちが山刀をおさめたのに合わせ、他の氏族の戦士たちも山刀をおさめる。
「これは、これは、御子さま。お尊顔を拝し、恐悦至極」
「心にもないお世辞も下手な言葉づかいもいらん。クラガ・ビガナ・ズーグ殿、あなたは戦を仕掛けにでもきたのか?」
「とんでもない。これは、そう、ちょっとした見解の相違と言うやつだ」
「ほう。これが、ちょっとした、な」
「そうとも。どうやら、〈牙の氏族〉も我らに()からぬ感情を抱いているようだが、それもちょっとした見解の相違にすぎん」
 〈牙の氏族〉の苦境につけ込んで御子を要求していたことを棚に上げ、いけしゃあしゃあと言い放つズーグに、さすがにシェムルたちも呆れる他なかった。
「御子さま! お久しぶりでございます。覚えておいででしょうか? 〈たてがみの氏族〉族長の息子メヌイン・バララク・バヌカでございます!」
「……ああ。確か、私が御子となり、バララク族長様にご挨拶にうかがった折に」
「覚えてくださいましたか!」
 一言二言しか言葉を交わしていなかったのに、シェムルが自分を覚えていてくれたことにバヌカの全身に歓喜のしびれが走る。
「御子さまは、相変わらずお美しく。いえっ! 以前にもまして、お美しく……!」
 バヌカが人間だったなら顔を真っ赤にしていたことだろう。それぐらい声を喜色に上ずらせ、身体をカチンコチンに緊張させていた。
 その様子を見ていた〈爪の氏族〉の戦士が、ズーグに耳打ちする。
「族長、どうやら〈たてがみの氏族〉の小倅(こせがれ)は、御子さまに熱を上げている様子ですな」
「ふん。あのざまを見れば、馬鹿でもわかるわ」
「まあ、わからなくもありません。太陽が恥じらい、月がかすむ美女と言われているのも無理はないかと」
「それは否定せんが、俺の趣味ではないな」
 ズーグもシェムルの美しさは認めるが、あいにくと彼の好みは病弱と言ってもいいぐらい、か弱い女性だ。男勝りのシェムルは、ズーグの好みとは対極に位置している。
「だが、小倅の様子を見ると、それだけではないな……」
「と、申しますと?」
「おおかた、父親に言い含められておるのだろう。根性なしのバララクのことだ。息子を御子にけしかけ、あわよくば御子を〈たてがみの氏族〉のものにしようと言う魂胆だろう」
 ゾアンでは他氏族の間で婚姻が結ばれた場合は、妻が夫の氏族に属することになる。御子を自分の氏族のものにしようとしたとき、もっとも波風立てない方法は自分の氏族の男をシェムルの配偶者にすることなのだ。
「なるほど……。どうしますか?」
 言外に、バヌカの妨害を示唆(しさ)する戦士に、ズーグは手の平をヒラヒラと振る。
「いらん手出しだ。あの御子は、雌の虎よ。子猫がすり寄ってきたところで、どうにかなるわけがないわ。今は御子に手を出すときではない」
 それよりもズーグが気になるのは、〈牙の氏族〉に火攻めの策を授けた人物だ。こうして騒ぎを起こして見せたのに、それらしい人物は姿を現さない。
「はてさて……。もったいぶっておるのか、それとも別の理由があるのか……」
 事前に話を聞いてはいたが、こうして村に残された戦の痕を見ると、自分が想像していたものなど実際の光景の足元にも及ばなかったことを思い知らされる。
 まさに神か魔物の所業と言ってもいいだろう。
 だが、ズーグはただ恐れるだけではない。
「〈牙の氏族〉がやれたのなら、俺たち〈爪の氏族〉にもできるはず。これは何としてでも、この策をガラムに授けた奴を〈爪の氏族〉のものにせねばならぬな」

              ◆◇◆◇◆

「なに、あの怪獣?」
「カイジュウ、とは何ですか……?」
 テントの隙間から、こっそりと外の様子をうかがっていた蒼馬の独り言に、警護のために彼に付き従っていたシャハタが首を傾げる。
「いえ。あの赤いゾアンが、もしかして」
「はい。あれが〈爪の氏族〉族長のクラガ・ビガナ・ズーグ殿です」
 蒼馬は、一瞬意識が遠のきそうになる。
 これからあの怪獣を相手にし、自分の作戦に従えと説得しなければならないのだ。
 ズーグの機嫌を損ねたとたん、頭から丸かじりされてしまう自分の姿を想像し、蒼馬の顔から血の気が引いた。
「ぼ、僕に説得できるのかな……?」
 そんな蒼馬の袖が、くいくいっと引っ張られた。
 そちらに目をやると、使者たちを歓迎する準備で両親が忙しくて相手をしてくれないと暇を持て余し、こっそりと蒼馬に会いに来ていたヂェタとシェポマがいた。
「お兄ちゃん、がんばれー」
「がんばれー」
 純真な子供たちの期待の眼差しに、蒼馬は退路を完全にふさがれた。
「う……うん。がんばる」
 蒼馬は引きつった笑みを浮かべた。
おまけ

シェムルを見て――
ガラム「俺の妹ながら美人だ」
ズーグ「好みじゃないが美人だ」
バヌカ「この世の美の賛辞はすべてあのお方のために(以下略」

普通の村娘を見て――
ガラム「気立てはよさそうだ」
ズーグ「普通だな」
バヌカ「御子さまと比べるまでもなく(以下略」

蒼馬「ち、違いがわからない…… orz」
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