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第24話 氏族
 その頃、ズーグから過剰な評価を受けているとは思いもよらない蒼馬は、ガラムとシェムルのふたりと顔を突き合わせて、今後のことを協議していた。
 もっとも、協議とは言っても、その話はもっぱらこの世界の常識に疎い蒼馬が、ガラムやシェムルに教えを受けているというのが実情である。
「このあたりの平原には、ゾアン12氏族のうち我ら〈牙の氏族〉を含めた5つの氏族が生活していた」
 動物の皮に染料で描かれた地図を指し示すガラムに、蒼馬は尋ねた。
「12氏族?」
「そうだ。ゾアンは、最初に獣の神に作られた12人の兄弟たちをそれぞれ祖とする12の氏族にわかれている。目、耳、鼻、(ひげ)、牙、爪、角、(ひづめ)、たてがみ、尾、毛皮の氏族だ」
 指折り数えていた蒼馬は、首を傾げる。
「あれ? それだと11個だけじゃない?」
 すかさずシェムルが蒼馬の疑問に答える。
「はるか昔だが、欲望に走って他のすべての氏族に災いをもたらした氏族がいたそうだ。他のすべての氏族の怒りを買い、その氏族は名をはく奪され、どこかに追放されたという。それが失われた12番目の氏族だ」
 なるほどと納得する蒼馬の姿に、シェムルは役に立てたと嬉しそうにする。もし長い尻尾があれば、パタパタと振り回していそうな雰囲気だ。
 そんな妹の様子を(いぶか)しく思うが、ガラムは説明を続ける。
「話は戻すが、このあたりには私たち〈牙の氏族〉以外では、目と爪、たてがみ、尾の4氏族がいた。〈尾の氏族〉以外には、すでに使者を出しているので、近日中に何らかの反応を示すだろう」
 続いてガラムは、今名前をあげた氏族について説明していく。
「まず、〈目の氏族〉だが、彼らは祭祀(さいし)の氏族とも言われている。氏族自体の総数も少ないが、戦士と呼べるほどの者はさらに少ない。戦力としては期待できんが、あの氏族には巫女頭様がいる」
「巫女頭?」
「氏族の祭祀を取り仕切る巫女たちの頭領だ。私たち氏族ではお婆様が巫女だが、お婆様は若い頃に〈目の氏族〉のもとに修行に行かれていた。そこで巫女頭様の認可をいただいて、正式な巫女となったのだ。
 巫女頭様だからと言って他の氏族に口を出したり、特に力を持っていたりするわけではないのだが、そのお墨付きをもらえるかどうかが士気にかかわるので無下にもできんのだ」
 宗教の総本山みたいなものかと、蒼馬は自分の知識の中にある近いと思えるものと比較して考える。
 実際には、ゾアンの巫女と巫女頭の関係は、蒼馬が思うような明確な宗教組織のような形態ではない。むしろ、師匠と弟子の関係に近いものだ。
「〈たてがみの氏族〉は、まあ見栄っ張りだな。同胞の数は多いのでそれなりの力は持っている。ただ、今の族長は優柔不断なようで、当てにできん」
 以前、ガラムが〈たてがみの氏族〉にも戦えない同胞を受け入れてもらえないか打診をしたが、その返事の使者が帰ってきたのは、何と戦いがとっくに終わっていた一昨日のことだ。それも、もうしばらく考えさせてくれという優柔不断な内容であった。
「〈尾の氏族〉は、人間の勢力が強くなった早い段階で、平原を捨ててどこかに移動してしまった。どこにいるかもわからず、今回は連絡がつかなかった」
 それに蒼馬は落胆した。
 今後、人間と戦っていくならば、ひとりでも多くの戦士を確保しておかなければならない。
 蒼馬がシミュレーション・ゲームをプレイして感じたのは、「数は力」と言うものだ。
 単純に兵を増やせば勝てるというものでもないが、相手より多くの兵士を集めるのが、まずは基本である。
 そのためにも、できるだけ多くの氏族の協力を得たかったのだが、居場所がわからず、連絡の取りようもないのでは、仕方がない。
「問題なのは、〈爪の氏族〉と、その族長のクラガ・ビガナ・ズーグだ」
 その物言いに、ガラムがズーグを好意的には思っていないことが伝わってくる。
「どんな人なの?」
「一言で言ってしまえば、獣だな」
 蒼馬からしてみればゾアンそのものが獣に近いのに、さらにそのゾアンからも獣と呼ばれるズーグという男に興味が湧いた。
「そのズーグと言う人について、できるだけ詳しく教えてください」
「うむ。――ズーグと俺とは、多少因縁があってな……」
 古来より赤毛のゾアンは気性が荒いといわれているが、ズーグはそれを体現するかのような男であった。
 かつて氏族の交流があった際に、当時既に将来が期待される若手の戦士と呼び声高かったガラムとズーグのふたりは、(うたげ)の余興として勝負したことがあった。
 勝負と言ってもあくまで余興であり、互いの技を競い合う内容のものである。
 勝負は、力では劣るが技量では勝るガラムが終始優勢であり、激しい攻防の末にガラムは二本の山刀を巧みに使い、ズーグの手から山刀を落とさせた。
 それで勝負ありと審判役が声をあげたのに、ガラムがそちらに目を転じた瞬間である。
 なんと、ズーグは素手でガラムに躍り掛かったのだ。
 それにとっさにガラムが振るった山刀が、不運にもズーグの左目をえぐってしまい、その場は一時騒然となってしまった。
 後になってズーグは、「勝負に熱が入るあまり、声が聞こえなかった」と釈明をしたが、それを信じるものはほとんどいなかった。
 制止の声を無視して飛び掛ったズーグに非があったが、仮にも友好関係にある氏族の族長の息子に手傷を負わせてしまったガラムは、後ほど手土産を持って謝罪に訪れた。
 だが、謝罪の言葉を口にするガラムに、ズーグは笑いながら、うそぶいた。
「噂に名高き《猛き牙》より頂いた、この傷こそが何よりの土産」
 そして、とても友好的とは思えない笑みを浮かべると、
「今度は、ぜひとも戦場でその腕をみたいものですな」
 まるで戦場で本当の決着をつけようと挑発するようなことを言ったのだった。
 その後、村に帰ったガラムはシェムルにこう語っている。
「あのとき、本気でやらねば、俺が命を取られていた。決して戦場では敵として会いたくない男だ」
 それから間もなく、人間の攻勢が激しさを増し、それぞれの氏族は遠く離れた丘陵や山に分かれることになり、交流は途絶えがちになってしまったが、それでもズーグの噂は何度か耳にすることがあった。
「戦場では狂戦士のような戦いぶりに、敵ばかりか味方からも恐れられ、《怒れる爪》という(あざな)で呼ばれるようになった」
「かなり強いんだね」
 ガラムの話を聞いて思ったことを率直に口にした蒼馬だったが、それに対するガラムの返答は複雑な感情が込められたものだった。
「強いことは強い。だが、それよりも怖いのは、あいつの勝利への執念だ」
「執念?」
「そうだ。あいつは誇りよりも勝利を取る。勝てないと思えば臆病者と呼ばれても平気で逃げる。たとえ、負けたとしても諦めない。勝てるようになるまで、じっと息をひそめ、少しでも勝機が見えれば茂みに潜んでいた猛獣のように飛びかかってくる」
 ガラムは重苦しい口調で最後に、こう言った。
「《怒れる爪》クラガ・ビガナ・ズーグは、まさに獣のような男なのだ」

              ◆◇◆◇◆

「御子さまにソーマ殿!」
 族長のテントから出てきたふたりを待ち構えていたのは、シャハタであった。
 シャハタは火攻め以来、蒼馬のことを「ソーマ殿」と呼ぶようになり、何かと蒼馬に話しかけるなど気遣ってくれるようになっていた。
「シャハタさん、どうかしました?」
「頼まれておりました荷車が完成しました」
 それはシェムルを通じてゾアンに製作を頼んでいたものだ。
 先の戦いにおいて捕虜にした人間の兵士の中には、火傷や怪我で自力では歩いて砦に帰れない者も多数いる。そうした者たちを送り返すためのものだ。
 シャハタはわざわざ蒼馬を探して、その完成を伝えに来たのだった。
「ところで、その、もう大丈夫なのですか?」
 蒼馬が倒れてから昨日までずっと体調を崩していたことは、シャハタのみならず〈牙の氏族〉すべてのゾアンが知っていた。シャハタは荷車の完成を報告するのにかこつけて、蒼馬の具合をうかがいにきたのだ。
「すみません。ご心配をおかけしました」
 蒼馬がそう言って謝ると、シャハタはとんでもないと言うように手を振る。
「私たちを助けるために無理をなされて体調を崩されたのではないですか。お元気になられたのならば、何よりです」
 深々と頭を下げて立ち去ったシャハタの後姿を見やりながら、シェムルが言った。
「ふむ。ずいぶんとシャハタと仲良くなったのだな」
「うん。何だか、とてもよくしてもらっているよ」
 シェムルは驚いた。
 シャハタは、村では偏屈者で通っていたのだ。村の誰とも交わろうとはせずに、いつも鬱屈とした表情を作っていた彼が、誰かのために何かするなど思いもしなかった。
 さすがは我が「臍下の君」の人徳だなと、ひとり悦に浸るシェムルであった。
「御子さま」
 そんなシェムルに、ひとりの戦士が声をかけてきた。
 狩りに行ってきたのか、腰には一羽の兎が吊るされている。
「どうした?」
「こいつを仕留めて来たんですが、あの、食わせてやってください」
 誰に、とも言わずに腰に吊るしていた兎をシェムルの手に押し付けると、その戦士はそそくさとその場を立ち去って行った。
 こうしたことが初めてではないシェムルは、苦笑いした。
「変な意地を張らずに、素直になればいいものを」
 蒼馬が「戦士の感冒」にかかったことは、ゾアンたちの中に思いもよらぬ心境の変化をもたらしていた。
 ゾアンたちにとって蒼馬は、死と破壊の御子と言う気味の悪い存在であった。
 人間を追い払うと言われた時も、族長であるガラムと御子のシェムルが蒼馬の言うことに従うと決めたため、やむなく自分たちも蒼馬の言うとおりにしただけだ。本当のところは、誰もが人間を追い払えるとは思ってもいなかった。
 ところが、ゾアンの戦の常識からはかけ離れた手段を用いて、それをやってのけたのである。
 それに多くのゾアンたちは、グルカカと同様に強い恐怖を感じてしまった
 そんな同胞たちの中には、氏族を捨てて逃げようと真面目に考える者すらいたぐらいである。
 ところが、その蒼馬が「戦士の感冒」にかかって倒れたと聞いたゾアンたちは、呆気にとられた。
 ゾアンたちにとって「戦士の感冒」は未熟な戦士がまれに患う病でしかない。いわば人にはあまり言えない、恥ずかしい病気の類である。
 たとえるなら、強面で鳴らす暴れん坊が、実は夜尿症で毎朝こっそりと布団を干していると聞かされたと思えばいい。
 それまで蒼馬を恐れていればいたほど、そのイメージとのあまりの落差にゾアンは自分たちが怖がっていたことが馬鹿らしく思えてしまったのだ。
 それどころか、そんな情けない奴が自分たちのために体調を崩してまで人間を追い払ってくれたと思うようになり、それはしだいに「弱いくせに、なかなかやるじゃないか」という評価に変わっていった。
 そうした変化は彼らが崇拝する御子であるシェムルの影響が大きい。彼女が常に蒼馬の味方をしていたことを「御子さまが目をかけていたのは、こういうことか」と勝手に解釈し、好意的に受け止められたのである。
 もちろん、蒼馬に対してよからぬ感情を持つ者もいたが、おおむね〈牙の氏族〉の中での蒼馬の評価は驚くほど高くなっていた。
 これまでの経緯(いきさつ)から、まだ蒼馬に対して話しかけたり感謝したりすることはできないが、こうして時折シェムルを通じて食べ物や狩りの獲物が届けられるようになっていた。
 自分の臍下の君である蒼馬が氏族の者たちにも認められつつあることが、シェムルは嬉しかった。
「あ、お兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃんだー!」
 そんな氏族の中でもシャハタと変わらぬぐらい蒼馬に好意的に接するのが、このヂェタとシェポマの兄妹だった。
「お兄ちゃん、あそぼー」
 そう言ってシェポマは蒼馬の右手を取って、山に引っ張って行こうとする。蒼馬はちょっと困った顔をしてから、シェムルにお伺いを立てるように視線を投げかける。
「まあ、今はソーマがやることはないから、いいのではないか? むしろ、今ソーマがやるべきことは、こうして同胞たちと親交を深めることだと思う」
 シェムルのお許しが得られた蒼馬は、シェポマと手をつないで歩き出した。その後ろに、同じようにヂェタと手をつないでシェムルも続く。
 すっかり蒼馬になついたシェポマは、満面の笑みを浮かべて楽しそうに話しかける。
「あのね、あのね。大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになってもいいよぉ」
「そっか。ありがとう」
「でも、お婿さんはいっぱい獲物を狩ってこないとダメなんだよ。だから、今からお兄ちゃんも狩りの腕を磨いてね」
 ゾアンのしきたりでは、婿となる若者は娘の両親に自分の力で狩った獲物を山と積んで許しを得ることになっている。自分にはこれだけの力があり、娘には不自由ない暮らしをさせてみせるという証を示す行為だ。
「う~ん。でも、僕は狩りをするのは難しいなぁ」
「もう、しっかりしてよね。あたしのお婿さんになるんだから」
 幼いくせに、一丁前な口を叩くシェポマに、蒼馬も笑みをこぼした。
「じゃあ、がんばってみるよ」
「うん。がんばれ~」
 そんな微笑ましいやり取りに、「幼いくせにシェポマも、ませたことを言うようになったものだ」と思いながら、ふたりを眺めていたシェムルの腕を小さな力でヂェタが引いた。
「ねえ、ねえ、御子さま」
 シェムルはヂェタを見下ろした。
「どうした、ヂェタ?」
「御子さま、お顔が怖い。どうしたの?」
「……そうか?」
 シェムルは不思議そうに自分の頬をペチペチと叩いた。
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