第三十四話

 2回生としては痛恨の一敗である。
 これで彼らが勝ち越すためにはバルド以外の全員に勝利することが必要となったのだ。
 カニンガムが決して弱い男でないと十分に承知しているだけに、彼らのショックは大きかったと言える。
 しかしそこでなお闘志を奮い起こせるのは、彼らが同じ騎士を志す者であるからなのかもしれなかった。

 「もう負けは許されん!頼んだぞ!」
 「おうとも!」

 さすがは王国防衛の要たる騎士の卵というべきか。
 満足そうに講師が微笑むなか、1回生からはハーミスが立ち上がる。

 「ああも盛り上がられちゃ、こっちだって頑張らないわけにはいかないよね」

 正直ブルックスのあの見事な試合の次に戦うのは気が引けるのだけれど。
 苦笑いを浮かべつつ、それでもハーミスは全身からどうしても抜けなかった緊張から解放されていくのを感じていた。

 戦いは激闘だったと言っていい。
 お互いにそつのないオールラウンダータイプということもあって戦いは長引いたが、最終的には経験と体力がものを言った。
 ほんのわずかに反応が遅れたハーミスの肩先を2回生の槍が打ち抜く。

 「そこまで!アイランズ・ディセンドの勝ち!」
 「よっしゃああああああ!」

 沸きあがる2回生たち。
 
 「すまん」
 「いや、十分見せ場はあったから」

 本来であればこれが普通なのだ。
 2回生の高い壁にどこまで食い下がれるか、その努力と根性が試されるのが本来の模擬戦なのであり、あくまでブルックスやバルドたちが例外なのであった。

 「さて、せめて俺もいいところ見せますかね」

 つい対抗意識で盛り上がったため忘れがちだが、これはあくまでも進級のための試験なのである。
 戦う以上勝利を目指すことは当然だが、騎士としての気概と戦士としての実力を測ることが目的である以上、その評価を得るためにもネルソンは十全に実力を発揮する必要があるのだった。
 ネルソンはハーミスのようにオールラウンダーではなく、どちらか言えばブルックスに近い攻撃型である。
 もちろん水準以上に防御もこなすが、こうした傾向は多分に性格に由来するところが大きく、
どうしてもその出来に差が生まれてしまうものなのだ。
 防御に回っては到底本来の力を発揮することなどできない。
 相手が格上だと知ってなお、自ら攻勢に出ることをネルソンは決めていた。

 「行きます!」
 「来いっ!」

 試合はハーミスの技術戦とはうって変わった打撃戦となった。
 相手もファイター型でとあって、どちらも一撃を食らえば即試合終了という打撃の応酬が続く。
 しかし互いに渾身の打撃をギリギリで回避する消耗戦は、経験の浅いネルソンには明らかに不利であった。

 (痛そうだけどやるしかないか………!)

 苦肉の決断にネルソンは嫌そうに嗤う。
 結局は自分の実力の足らなさが原因なのだから仕方がなかった。
 迫りくる相手の一撃を、避けようともせず逆に一歩踏み込んでネルソンは後の先を狙った一撃を放つ。
 ネルソンの技量ではよくても相討ちにしかならないことを覚悟しての一撃だった。

 「何ぃ!?」

 想定外の攻撃に2回生のアランはほんのわずかに逡巡してしまう。
 そのほんの一瞬の逡巡がネルソンの捨て身の一撃をギリギリで間に合わせた。
 といっても相討ちに、という意味ではあるが。

 「ぐっ!」
 「がはっっ!」
 
 同時に打ち付けあった一撃は、二人をぶつかりあう玉のように軽々と弾き飛ばした。
 しかし同時である以上、そのダメージはそのまま二人の実力差通りに表れてしまうのは致し方のないことであろう。
 完全に気を失ってしまったネルソンに対し、対戦相手のアランは片膝をつきながらではあるが、かろうじて立ち上がったのである。

 「今年の1回生はどうかしてんじゃねえのか………?」

 「そこまで!アラン・テイムズの勝ち!」

 まさか相討ちを狙ってくるとは思わなかった。
 そもそもまともな人間なら自分の一撃を避けもせず受けようなどとは思わない。

 「…………あがってくるのを楽しみにしてるぜ」

 これだけ戦える人間は2回生の同級生を見渡してもそういるものではない。
 アランは強敵が2回生に増えるであろうことを確信していた。


 1回生の1敗先行で迎えた次はシルクの出番である。
 バルドともっとも多くの時間槍を合わせた彼女はブルックス以上に進境著しいと言える。
 しかし彼女に敗北すればそれは事実上2回生の敗北であり、2回生は最後のバルドではなく、ここに最強の首席を用意していた。

 「悪く思うな。侯爵家のご令嬢でも手加減はせん」
 「―――――手加減していただくほど私が柔弱でないことを証明して見せましょう」

 いささか気分を害したようにシルクは答える。
 力を求めて騎士の道を選んだシルクにとって貴族の令嬢扱いをされることは侮辱以外の何物でもなかった。
 デイビット・グラスゴーは1回生のころから首席の座を譲ったことのない将来を嘱望されている期待の星である。
 その期待度はバルドを別にすればシルクに勝るとも劣らない。
 確かにシルクの天賦の才は脅威だが、1年才に溺れず努力を積み重ねた自分が負けるはずがない、否、負けるわけにはいかないとデイビットは闘志を燃やしていた。
 シルクも限界を感じていた壁を乗り越えさせてくれたバルドのためにも、この戦い決して負けるわけにはいかなかった。
 先手を取ったのはシルクであった。
 閃光の一撃がデイビットに襲いかかる。その一撃の速さはデイビットの予想を上回っていた。シルクはすでにブルックスほどの爆発力はないがある程度のレベルで部分強化を使いこなしつつあったのだ。

 「ちぃっ!」

 それでもデイビットの許容外の速さではない。
 正直初戦のブルックスの一撃を躱す自信はデイビットにはないが、シルクの攻撃にはなんとか対応できる余裕がある。
 しかしデイビットの攻撃もシルクを捉えることができない。
 まるで優雅な舞を見せるかのような無駄のない動きでシルクはあっさりデイビットの攻撃を躱していく。
  
 「さすがだ。だが部分強化は君だけの専売特許ではないぞ!」

 シルクが天賦の才があるように、デイビットもまた天賦の才の持ち主である。
 手元で急に槍を加速させたデイビットの一撃は完全にシルクの不意を衝き、彼女を捉えたかに見えた。
 もはや絶対に避けられぬかに思われたこの一撃を、シルクは同じく急加速させた槍の柄で下から上に弾き、その軌道をギリギリでそらすことに成功した。
 
 「………今のは危ないところでした」
 「まさかこのタイミングで弾かれるとか、自信なくすぜ」

 ここでようやく二人はお互いの技量を正しく見定めた。
 そこにはいかなる侮りも偏見もない、ともに槍を合わせたものだけが知る互いの技量への敬意があるのみだった。

 「シルク・ランドルフ・トリストヴィー参ります」
 「デイビット・グラスゴー受けて立つ!」

 シルクが攻め、デイビットが受ける。
 その姿はまるで2回生が1回生の技量を正しく測っているようでもあり、同時に才ある1回生が2回生を物怖じせず追いつめているようでもあった。
 的確なコンビネーションを見せるシルクの攻撃を、これも的確に予測しひとつひとつを無駄なく捌くデイビットの技量に、その場で見守る互いの生徒は思わず息を呑み見惚れた。
 ブルックスですら二人の攻防の高度さに羨望の念を禁じ得なかったほどだ。

 「ちっ!俺があいつと戦いたかったぜ」

 実力が伯仲した高度な騎士同士の勝負は、あたかも詰将棋のように互いの手の内の読みあいになることが多い。
 その読みあいが致命的な誤りを犯さないかぎり、やはりデイビットの勝利は動かないであろう。
 シルクには現在の均衡を崩すだけの切り札がない。ならば経験も体力も勝るデイビットに敗北する道理がなかった。
 先ほどからデイビットが基本的には防御に回っているのには、そうした冷徹な勝利への読みが理由があったのである。
 こんなとき、バルドならどうするだろうか?
 シルクにもデイビットと同じ未来の絵図が見えていた。
 このまま打開策が見つけられなければ、いずれ力を温存したデイビットが攻勢に転じたとき、シルクは持ちこたえることはできないだろう。
 隙のない攻撃を続けつつシルクは自問する。
 確かにバルドの強さは圧巻だが、その強さは決して身体強化や武術の技量にあるのではない。
 シルクが本気で恐れ、羨望するのはその判断力と思考の柔らかさだ。
 一見何の手もないような状況から、それを覆す新手を見出すのがバルドの本質なのである。
 (………均衡を打開するには……身体強化ではだめ。彼にはまだ余裕がある、分の悪い賭けに出るべきではない……)

 フェイント?それも不可能に近い。先ほどから幾度となく試しているが、デイビットにはそれも含めて想定して捌ききる技量がある。
 苦し紛れのフェイントなど墓穴にしかなるまい。
 バルドは――――格上を相手にどう戦ったのだったろうか?

 シルクは意を決したかのようにいったんデイビットから距離をとった。
 それはデイビットに戦いの主導権を渡すということでもある。
 もしかして予想より早く体力が尽きたか?油断せずデイビットはシルクの出方を探る。
 しかしシルクの行動はデイビットの予想を完全に裏切るものであった。
 魔力が大きく膨れあがったかと思うと、シルクの周囲からもうもうと砂塵が立ち上る。
 空高く立ち上った砂塵は風に押されるようにしてデイビットとシルクの前に立ちふさがった。

 「解除」

 デイビットは魔法の解除を唱えるが、すでに慣性の法則で移動する砂塵には効果がない。
 魔法の効果は消せても、すでに発生してしまった物理法則には影響できないのが解除という魔法であった。
 たちまちデイビットとシルクの間には、もうもうという砂塵が立ち込め二人の視界を奪った。
 
 「くそっ!なんて手を………」

 視界を奪われた以上鍛え抜かれた自分の感覚を信じるしかない。
 神経を研ぎ澄ましデイビットは砂塵に紛れて訪れるであろうシルクの攻撃を待った。
 
 「そこかっ!」

 砂塵を突き抜けるように電光石火の槍がデイビットを襲った。
 しかしいかに視界が悪かろうと、それだけで通用するほどデイビットの武は甘くはない。
 この俺を甘く見たか!
 なんなくデイビットが弾いた槍はキン、と甲高い音を立てて砂塵のかなたへと消えた。
 そのあまりの手ごたえのなさにデイビットは己の失態を悟る。
 
 「囮か!」
 「崩落、二重展開」

 念を入れデイビットの足場を崩したシルクは低空を疾走したまま、その運動エネルギーを余すことなくデイビットの腹部を打ち抜いた。
 部分強化まで使用された素手の拳は決して槍の攻撃力に劣るものではない。
 まともに食らったならば内臓が破裂してもおかしくない一撃である。
 咄嗟に後ろに跳んで衝撃を逃そうとしたのは、デイビットの非凡さを示すものであったが、震脚まで効かせたシルクの一撃はデイビットに再び立ち上がることを許さなかった。
 
 「そこまで!シルク・ランドルフの勝ち!」
 「やった!やったよ!バルド!」

 得意そうに振り返るシルクの笑顔からは、とても先ほどの一か八かの賭けに打って出た勝負師のものとは想像できない。
 可愛らしくはしゃぐシルクにバルドは思わず抱き寄せて頭をなでたい衝動にかられたが、涙をこらえる思いで手を振るにとどめた。
 バルドの勘は、貧乏くじを引いたのが決してシルクではないことを告げていたからである。

 「やっぱり……僕だけが楽できるわけ……ないよね?」






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