第十六話 懸念が生まれちゃって・・・
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のんきでのんべんだらりとしているはずの話が、どろりと動き出しますw
第十六話 懸念が生まれちゃって・・・
その歌の流行は、瞬く間であった。
どこかにあるという楽園。
そこに行けたものは誰もいない。
たどり着けばどんな願いも叶うという。
誰も行ったことがないくせに、具体的な楽園もあったものだと私はため息で感心してしまった。
まぁ、曲の内容で流行っているのだろうけど、元々は西涼方面からの商人からこぼれてきた歌らしく、そして曲調からすれば大本が知れる。
あの筆頭文官、色々とやってるわね。
「そう思うでしょ、桂花」
「はい、これは桃香の仕業ですね」
苦笑いの桂花は、「ねむくなるまで」以上に流行っている「ガンダーラ」の歌詞を私に見せた。
いささか乱世という時代に突入したこの大陸には、こういう甘くて幻想的な思いが入り込む隙間が多すぎる。
もし、大陸中央でこんな歌を歌っていれば、かならず官軍に締め上げられ、そして命を落とすことになるだろう。
そのぐらい、この歌はまずかった。
唯一の救いは、この歌を歌っているのが「歌姫姉妹」だという話になっていないことぐらいだろう。
一応、西涼商人たちの国元の歌として伝わっているだけだが、もしコレが桃香の歌と知られれば、かなり高い確率で反乱の首謀者とされること請け合いだろう。
「風評は操作しています」
頼もしい筆頭軍師のちからで、その楽園が大陸の遙か先にあるもので、行き着けるものはいないほどの遠くであるという歌詞自体が幻想、他の国の文化が異質すぎてそう思えるだけであるという方向で落とし所を作っている。
「まったく、あの子は、本当に怖いわね」
「はい」
先日の都からの使者にも困ったものだった。
歌姫姉妹として活動しているものたちを差し出せというので、本人たちの了承の元、偽姉妹に行ってもらったところ、本来の満足ではないが曹孟徳の貢献を認める、とかいう書状と本人達を返してきた。
曰く、細部にわたる身体検査をされ、性別を調べられたとか。
やはり、本人達の懸念通りに性別がばれている可能性が高くなったといえる。
さすがにあの色狂い達に渡すのはかわいそうなので、できるだけ援助はしてあげようと思っているのだけど、なんで、こう、問題をすぐに起こすのかしら?
少なくとも、このガンダーラという歌が流行っているだけならまだいいけれど、もしこれが宗教として根付いてしまえば、どんなことになるかなんて誰もが直ぐに想像できてしまうことだ。
「・・・そう、ガンダーラの乱、といったところですか?」
「洒落にならないわよ」
そう、民衆の不満や官僚王朝への不満と言った下地はすでにある。
そして楽園思想と後押しをする歌。
先導者の徳でも高ければ、一勢力としてとして立ち上げるのは容易すぎた。
これで桃香が筆頭でたてば、孫呉も同盟し西涼も同盟するだろう。
私も場合によっては同調する。
聞けば幽州も繋がりがあると聞く。
袁家がどちらにつくかはわからないけど、大きな戦いになるだろう。
だから、いま、この段階で、ガンダーラを歌うのが桃香だと知られるのはまずい。
この、現段階で知られてはならないのだ。
「はい、華琳様。現状で桃香は西南方面に旅をしている情報が錯綜しているはずです」
「・・・それで都の私兵が出撃準備中なのね」
「はい、本気でとらえるつもりらしいですね」
これでほぼ決定だろう。
桃香の性別が都の老人達にばれた。
そして、その確保を本気で実行しようとしている。
いや、本気ならば、自分達が一番に味あうために同行しているはずなので、今回は威力偵察といたっところだろう。
流れる噂の真実は、というだけの話だろう。
「桂花、でる私兵内に『ガンダーラ』を望郷歌として流行らせなさい」
「はい、華琳様」
さーて、私の筆頭文官さん。
一応、援護はしておくから感謝しなさいね?
西涼、ね。
思わずため息がでてしまった。
出奔した桃香がどこに行ったのかと色々と調べているうちに、どうにもきな臭いことになってしまった。
まず、うちの身内の妊娠だ。
男を入れていない城の中での妊娠が発覚したのだから言い訳できない話だった。
一応、男の管理は漢が行っている建前になっているので、派遣もしていないのに、と疑いの目で見られたわけだ。
「天からの授かりものですわ」
私のその答えを聞いて、身内が大爆笑したのは許してあげなくもない。
それはさておき、孫呉の身内に健常な男子がいたということで確信した漢王朝は、様々な調査で、桃香が男ではないかとあたりをつけたらしい。
で、身の危険に敏感な桃香は、陳留からも出奔。
公式に身を隠した。
噂では孫呉に戻ってきたとか、海を渡ったとか西南方面に身を隠したとか言われているんだけど、実際は西涼に身を寄せていることが明命から伝えられている。
で、結構大暴れ、というか思うがままに歌っているそうだ。
その大暴れの結果が、
「これか・・・」
冥琳の言葉と歌詞を書いた竹簡をみた私は、苦笑い。
今流行している「ガンダーラ」という歌の歌詞をみて、冥琳も私も苦笑いだった。
じつに桃香らしい歌詞であり、それでいてきな臭い内容だった。
どこともしれない楽園に思いを募らせる歌。
逆に言えば、現状の不満を沸き立たせる歌ともいえる。
治世がいいほうの孫呉ならまだしらず、圧制を受けている民達にはどう聞こえるかなんて分かりすぎていた。
「どうにか風評操作できないかしら?」
「一応、陳留方面から操作されているのでな。こっちからは手を今ださん方がいいぞ」
なるほどね、曹の姫様も夢中ってか。
でも有り難いかな。
うちの主戦力の一部が、戦闘不能だしね。
「どうにか、一年はのばさないとね」
「そうだな」
私と冥琳は、この孫呉と、愛しいあの子を守れる手段を考えていたのだった。
えー、西涼、っぱないっす。
馬一族の家庭教師役をしていたら、いつのまにか敦煌までつれていかれて、漢族やら遊牧民族関係なしに歌っています。
なぜかガンダーラがテーマソングになってしまった感じだけど、地上の星やらも大受け。
酒盛りやら宴会やらでも歌っているうちに、夜明けまで歌うのが定番になってしまった。
声は最近鍛えているからいいけど、シャオちゃんまで一晩中はまずいので、深夜や夜明け前は静かな歌にしている。
で、半分以上が落ちてしまった会場で、不意に思い出した曲を歌ってみた。
~「昴」 谷村新司
もうろうとした意識の中で、それが聞こえた。
暗闇の中、滔々と流れるような歌だった。
胸を締めあげるような想いと、それいて背中に残した家族を思う出す曲だった。
漢族からの友好の話があったとき、「また騙すのか」という思いしかなかったことは事実だ。
何度も友好を願い、何度も裏切られる。
これがわれらの関係だった。
しかし、今回は違っていた。
歌を謡う女神
彼女の同行ですべてが変わった。
噂で聞いていたし、直接聞いたもの達の話も聞いていた。
が、自分で聞いた歌は、直接表現できないほどの想いを感じさせられた。
この無形の贈り物、歌、は、我らのかたくなな思いを打ち破るものだった。
心沸き立つ思い、感動に身を震わせる記憶、そして沸き立つ心。
そんな灼熱を、ゆっくり冷ますような歌だった。
みれば、呆然と歌謡を見つめる仲間達。
氏族のもの達が身を起こし、そして聞き入っていた。
涙を流し、ゆっくりと頷いて。
彼女の楽器が音をやめた瞬間、私は歓声を上げそうになったが、彼女が指を一本立てて片目をつむる。
彼女の膝元では、もう一人の歌謡が安らかに寝ているのだから。
とうとう都からの使者がきた。
董卓城下にいるであろう旅芸人を差し出せと言うものだった。
ま、もういないけどね。
というわけで、いま、城下にいる芸人の人別表を渡すと、多少きれた感じでチガウチガウとおおさわぎ。
まぁ、桃香達のことであろう特徴を使者が語ると、うちの文官の一人が白々しい口調で「まるで歌姫姉妹筆頭みたいですね」とかつぶやく。
使者が「しまった」という顔になったところで、僕が顔を寄せる。
「なんで、芸人程度の存在をお探しで?」
ぐっと息を詰まらせる使者。
「何か罪状でもおありでしたら、即刻発見次第首をはねますが?」
「ん、ならんならん!! 捕らえるまではよいが、髪一本の欠損もゆるさん!!」
ふっふふ~、いい言質を取ったわ。
桃香は名のしれた話で武術を持っている。
それを無傷で無力化して、なんて無茶が押しつけられたのだ。
これはいい話だわ。
「では、我々がこの先を捜索せよ、と?」
「・・・捕らえ次第、我らまでつたえよ!」
尊大な態度の使者はさておき、内心の笑いを抑えられない僕だった。
無力化のための軍を出せる。
無力化のための作戦を行える。
そして「捕らえる」までの報告義務はない。
やりたい放題じゃない。
ああ、桃香。
あなたが来てくれてから、いい風が吹いてるわ。
このかぜ、逃がすつもりはないわよ!
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