ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
今まで算用数字で執筆してたため、ひょっとしたら癖が抜けきってないかもしれません
髑髏に向かう


 長かった冬が終わり、季節は既に春の只中に突入していた。
皮膚と筋肉がそのまま張り付いてしまいそうな、痛みすら感じさせる程強い寒気がデュアール王国を支配していた事も、今は昔の話。
王国中にあれだけ降り積もっていた氷雪も最早溶け、土に染み込み、春の太陽が放射する熱に当てられて蒸発、在るべき天へと昇っていた。
太陽が地に投げる陽光は暖かいものだった。冬の時は例え晴れていたとしても、本当に熱を内包しているのかと疑ってしまう程光に『力』がなかったが、今はそんな事は無い。確かな暖かさが其処にある。

 日は穹窿の頂点に上っていた。日が沈む時間も遅くなり、冬の時は既に辺り一面真暗闇であった時間帯も、今ではまだまだ明るいくらいである。
心なしか、陽光も数か月前のそれより強さを増している、ような気がする。同じ太陽の光である筈だから、そんな事は無いのに。

 だが、馬に騎乗したある男が今進んでいるこの場所は、正午であると言うにやや薄暗かった。
頭上を、目に鮮やかなケヤキの緑葉が覆っているからである。木漏れ日が洩ってはいるが、それでも何も頭上を覆う物が無い平地と比すれば、その明るさは比べるべくもない。

 森の中である。幹が太かったり細かったりするケヤキの樹が林立し、足元には下草と落ち葉が広がり、土の茶すら見せない。宛ら、果てまで続く緑の絨毯、と言った所か。
其処を、男と馬がゆっくりと歩を進めていた。馬の方は、銀色に鋭く光る馬鎧を装備した、青毛が特徴的な体高百九十cm程も有る筋肉質かつ大きな馬体の種で、一目見て重輓、そして軍用に適した体格の馬であると解る。
尤も、鎧を着させている時点で、この馬が戦闘を行う為の訓練を積まされている事は誰でも推察がつくが。この馬の上を騎乗する一人の男は、騎士であった。

 赤十字の紋章が刻まれた、胴体部分を重点的に守る事に特化した鋼のハーフメイルで身を鎧う、少し癖のある金髪が特徴的な男である。
身の丈は凡そ百七十四cm程で、決して大柄とは言えないが、しなやかな体躯は刀の如く鋭く引き締められ鍛え上げられており、間違っても貧弱なイマージュは抱かせない。
そしてその顔つき。武人特有の剽悍さと、世の貴婦人が目にしたならばその場で癒えぬ熱病に掛かってしまいそうな甘い美が融合しており、鋭い眼光を宿す碧眼が、この男がただ者ではないと言う雰囲気をいやがおうにも匂わせる。
腕甲(ガントレット)を装備した左腕は軍馬の手綱を握り、脛甲(グリーヴ)を装着した両脚は鐙をきっちりと踏み締めている。
そして彼が騎士であると言う事の何よりの証拠が、右手に握った騎槍(ランス)である。長さ二m程で、柄が樫の木で構成され、穂先が十字の形になったタイプの代物で、男は難なく右腕一本でこれを保持していた。
持って居る武器はこのランスだけではない。左腰には鞘に入った長剣(ロングソード)をベルトに掛け、更に腰のベルトのホルスターに投擲用、近接戦闘用の短刀を四本下げている。

 「自分は今から戦争に行く」、と言う意思をこれ以上なく如実に表明した装備のこの男。
名を、『アロイス・ウリエル』。デュアール王国の弱小貴族に生を受けた、ウリエル家の長男である。

 ウリエル家の家祖は、王国が抱える爵位の無い、ただの一騎兵に過ぎなかったと言う。
その騎兵は二百年前、デュアール王国のある領土戦争で目覚ましい活躍をした為に、当時の国王から褒章として領地を与えられた。その時の領地が、現在のウリエル領と言う訳である。
家祖はその時認識したらしい。騎士が一番輝き、そして、出世の機会が河原の小石みたく拾い放題用意された場は、やはり戦場以外にないのだ、と。
だから家祖は、子供達に厳しい訓練を幼少の頃から積ませる事を、家の教育方針とした。無論武道教育一片だけに偏ってはならない為、情操や教養を積ませる為の教育も忘れていない。
つまるところ、ウリエル家が標榜する家訓は文武両道であった。特に『武』の部分に関しては、アロイスも大いに賛同している。
騎士と言う男達は、戦時の際は真っ先に戦場へと駆けつけ、国王と国土、そして国の民達を守る為命を削る義務がある。この一点のみで、騎士は下々の民草達よりも優越されている。
早い話が有事の際には真っ先に命を捨てに行けと言う事であるが、それが騎士の義務なら詮方ない。彼はそう割り切っている。

 問題は、その有事がここ何十年全く発生していないのだ。
騎士にとって戦争とは自らの名を高めると同時に、――生き残ればではあるが――勝てば出世が高い確率で約束された催しである。
つまり騎士にとって戦争とは最大の仕事なのである。それがないと言う事は、騎士は稼ぎの場面を失っていると言っても過言ではない。

 デュアール王国は太平の世であった。
対外的な問題は今の所は一つとして抱えておらず、貴族達の間でも、戦争になるのではと言う噂は今の所ない。
戦時以外の貴族達の過ごし方と言うのは、領地の経営と相場が決まっている。これは例え栄光の光に満ち溢れた王家の傍系たる公爵家だろうが、今にも破産してしまいそうな貧乏子爵男爵だろうが、例外はなかった。

 結論から言うと、ウリエル家の財政は行き詰まりが見えそうなところまで来ているのだ。
戦争がないからではない。ウリエル家は戦争一辺倒の子爵家ではなく、ちゃんと領主経営にも力を注いでおり、貯蓄もあるし、領民からの評判も上々である。
ここ二年連続して、農作物にとって重要な肝心な時期に限って悪天候と言う事態が続き、収穫高が芳しくない事が、上の事態を招いた。
戦争でなくとも、国内で何か、そう例えば蛮族の進行や山賊や傭兵達の略奪と言った問題があればその討伐に名乗りを上げてから事態を収支させ、報奨金を国王から貰えば解決するのだが、先に言ったようにそれも『なかった』。
元々王国内の中でも日陰者で目立たない貴族家だったウリエル家は、華やかな貴族界の皆々に知られずして、消滅するやもしれぬと言う危機に、今立たされている。

 ――このまま終わってたまるか……!!―― 

 事態の打破の為に、ウリエル家の若き希望、領地の相続が約束された長男、アロイス・ウリエルは立ち上がったのだ。
厳めしい馬鎧を装備した軍馬に跨るこの男は、事態の解決を、今彼が歩む『クラニオの森』の解決に求めていた。

 クラニオの森とは、百二十万エーカーの広大な面積を誇る大森林である。
スギ、マツ、ヒノキ、モミ、カシ、クスノキ、ケヤキ、ミズナラ等々、建材や家具調度品に転用出来る有用な広葉樹針葉樹や、クリやリンゴ、ザクロにミカンと言った果樹の類でその森は構成されている。
加えて森中は多数の獣が跋扈しており、蛋白質の補給源として申し分ない。つまりこの森は、森周辺に領地を持つ貴族達にとっては重要な、資源の宝庫なのである。ウリエル領も森の周辺の貴族達の一員である。
彼らクラニオの森の周辺の貴族達は、森を開墾したり、伐採された木材や森中の果樹や射殺した動物達を他の領地に売りつけたりして生活している、まさに彼らの生命線なのだが、美味しい一面だけじゃない。
百二十万エーカー、つまり、四千八百五十二平方kmである。当然これだけ広大な面積だ、住まうのは、獣だけじゃない。人に明確な意思を以って仇なしうる存在も、クラニオの森の『中』の住人なのだ。
ゴブリンやコボルドと言った小悪党から、オークやオーガ、ミノタウロスと言った人類とは一線を画す戦闘力を持つ亜人種までも、この森の構成物。
彼らの他にもドワーフやエルフ等の比較的善良な種族から、ワーウルフやリザードマン、ピクシーにトロルと言った人間達に害をなす事もあれば手を組む事もある亜人達。
そして、俗世を捨てて魔術の道を究めんとするドルイドや人目を避ける様にして何かを研究する魔女や魔法使い、そして許しがたい罪を犯し世を捨てざるを得なくなった隠者達までもが、この森の住民。
クラニオの森とはまさに、様々な思惑を持った者達が(ひし)めき合う、多種族の坩堝であるのだ。

 普通の貴族であれば自らの領地を経営するだけで事が足りるのであるが、クラニオの森周辺の貴族達はそうは問屋が卸さない。
この森には危険な亜人種が跋扈していると言うのは先述の通り。彼らの大半は農法と言う物を持たない根っからの狩猟民であり、略奪行為に対して全く後ろめたさを感じない。
だから彼らにとっては、森の中の動物達を狩り木の実を採取して日々の糧とする事も、森周辺に居を構える貴族達の領地を襲撃して物品を略奪する事も、生活する為に必要な事であるのだ。
しかし襲撃される貴族達も、あぁそうかと言って黙って亜人達の襲撃に対し無抵抗でいる訳が無い。そう、彼らの領地経営には、『彼ら亜人達の襲撃や悪事を防ぐ』と言う事が含まれている。

 これだけ聞くとクラニオの森周辺の貴族は貧乏くじを引かされたとしか思えない程厳しい立地である、と思われがちなのだが、この土地は王国の中でも特に肥沃な農業地帯であり、その作物の評判は宮廷内でも特に高い。
更に言えば森の貴族達が己の領地で出来た作物を、全て自分達の所で消費すると言う訳では無い。当たり前の事だが、彼らはデュアール王国国王に税として収穫物を納めねばならないのである。
つまり亜人達の襲撃は、森の貴族達だけの問題だけではなく、王国の税に関わる重大な問題なのである。だから国王は昔から、森周辺の貴族達には若干課税を甘めに設定していた。
ウリエル家が何とか子爵として存続していられるのは、国王の配慮があってこそであった。

 アロイスがこの森に単身足を運ぶその理由は、そう言った事情を聞けば、悪辣な亜人の討伐。……と考えるやも知れないが、事実は全く違う。
と言うよりも、そう言った亜人種達の方が、まだ気楽であったかもしれない。アロイスがこれから討伐に臨む存在は、亜人等よりも遥かに危険で、恐ろしい存在である。

 ――『銀獅子』。それが、アロイスが討つべき獣の名前である。獣、と言う言い方は正確ではない。それは、多成獣(キマイラ)と言った方が正しい。
実物は見た事が無い為人伝でしか聞いた事はないが、その銀獅子と言う多成獣(キマイラ)は、体高二m、体長五m程と言う、馬を一笑に付すサイズと、光の加減で銀色に輝く毛並みを持ったライオンであると言う。

 この多成獣(キマイラ)が何時生まれたのかは定かではない。確かな事は四つ。
銀獅子がデュアール王国で最初に確認されたのが今から六年前と言う事。雑食性であると言う事。
肉よりも人間が作る作物の方が好みであるらしいと言う事。そしてその嗜好故、多くの貴族領を襲撃、半壊滅或いは領民一人残らずして壊滅させていると言う事。
その危険度たるや、この銀獅子がデュアール王国の存続を揺るがしかねないと、事態を重く見た国王が、討伐した勇者には身分の差を問わず莫大な褒章を取らせるとまで明言した程であった。
無論国王も善意の国民に全てを任せた訳ではない。その権威に掛けて国王は五年前、百人の騎馬部隊と二百人の弓兵、そして三百人もの歩兵を以って銀獅子を討伐しようとした事がある。
そしてその作戦は見事に失敗した。銀獅子は、真正面から討伐部隊の実に九割を血祭りに上げたのだ。
生き残りは語る。その速さは体躯からは想像もつかない程で、騎士の乗る馬よりも速い。
その上膂力は大盾を前足の一撃で陥没させ次の一撃で薄氷を壊すように叩き割り、爪の一振りは堅固な鎧に身を固めた騎士達を、『馬鎧を纏った軍馬ごと』紙を破るみたく引き裂く程。
極め付けがその防御力である。銀色の獣毛は針金のように硬い為に、飛来する矢も振るわれた剣も立たせる事すら敵わず、よしんば獣毛を越えたとしても、肉体自体の頑強さも岩のようである為に、全力で攻撃しなければ攻撃した側がよろめいてしまう位なのだ。
風のように速く動き回り、人間を易々即死させる程の一撃を放て、しかも矢も剣も歯が立たない程の堅牢さを持つ。成す術など、ある訳がなかった。この多成獣(キマイラ)に蹂躙されるのは、必定であったと言う事だ。

 この余りの強さ故に、王国は銀獅子の対策が立てられなかった。人海戦術すら通用しないとなると、どうしようもない。打つ手なしである。
だが不幸中の幸いだったのが、この多成獣(キマイラ)は、常に人間を喰らい、領地を襲撃すると言う訳では無かったと言う事だ。
銀獅子には貴族の領地を襲う『季節』と言う物があった。その季節は、秋。銀獅子が特に好むのは、人の作った農作物、更に言えば秋を旬とする物であるらしい。秋以外の季節は、密林や渓谷、山の中に籠り、其処で獣や亜人を襲って喰らって生きている。
この習性がデュアール王国を今日まで存続させていた。もしも銀獅子が春夏秋冬、貴族の領地を襲う多成獣(キマイラ)であったなら、王国は今頃亡くなっていただろう。
それでも現在、二十四もの貴族領が銀獅子の歯牙にかかり壊滅状態とさせられていた。これも不幸中の幸いの一つであるのだが、銀獅子にとって人間など二の次であり、真実用があるのは農作物である。
つまり、抵抗さえしなければこの銀獅子は人を襲わない。この性質を利用して、一切抵抗せず、農作物のみを犠牲にして領地の壊滅だけはやり過ごした貴族は珍しくない。
しかし、農作物を奪われたくないが為に抵抗した貴族達も少なくない。彼らは悉く領地を半壊滅か壊滅状態にさせられている。実を言うと先に行った二十四もの貴族領とは、まさにこの抵抗した貴族領である。

 討伐しようにも銀獅子の強さがそれを許さず、本気で討伐しようとすれば、デュアール王国が抱える兵力の相当な犠牲を覚悟せねばならない。
国王が銀獅子に対して取った対抗策、それは無視だった。否、無視すると言う言い方は正確ではない。この多成獣(キマイラ)が、『寿命で死ぬ事を願った』のである。
恐ろしく無責任、民草の安全を放棄したと取られても文句の言えない策であったが、これは国王としても苦肉の策である。
兵力が削られるのと言うのが理由として最も大きかった。確かに本腰を入れて討伐しようとすれば、討てぬ事はないだろう。しかし、相応の犠牲も確かに出る。
犠牲者を多数輩出し、弱った所を蛮族や異民族、他国に侵略される、と言う事態も往々にして在り得るのだ。国王はこの懸念があるからこそ、本気で討伐部隊を作っていなかった。無視は、苦渋の決断なのである。

 国王が無視と言う苦肉の策を断行してから、六年の歳月が経った。銀獅子は今だ老衰の兆しすらなく、今も生存報告が逐次宮廷に知らされている。
しかしこの年、異変が起こった。銀獅子が、拠点を変えたのだ。拠点と言うのはつまり、この多成獣(キマイラ)が秋以外の季節を主として過ごす場所の事である。
それまではデュアール王国の南部に聳えるアルバ山と言う高山にいたのだが、銀獅子は其処を発ち、何とこのクラニオの森に住処としたのだ。
この移住の理由は至極単純。アルバ山に住んでいたオークやミノタウロスと言った亜人種や、亜人以外の野生動物達が激減してしまったからだ。
特に亜人種の方は壊滅と言ってもよく、山の下から天辺まで、何処を探しても一人もいないと言う有様であった。

 ――そして、現在に至っている。
銀獅子がクラニオの森に移り住んでから、四か月程が経過した。今の所森周辺の貴族領に被害はない。多成獣(キマイラ)は、慎ましく森の中で獲物を狩っていた。
だが貴族達にとっては生きた心地などまるでしないだろう。今大人しくしてる訳は農作物を育てると言う段階だからであって、秋になれば誰かしらの領地に銀獅子がやって来るのは必然の物であるのだから。
銀獅子に、森の貴族達は恐れた。その恐れた貴族達の中には、勇猛と信じていたアロイスの父も含まれているのだ。

 ――腰抜けどもめ!!――

 その事に、アロイス・ウリエルは激怒していた。
我が身と領地の可愛さ余りに、国を脅かす魔獣に刃向う度胸すら失うとは、騎士の風上にも置けぬ連中。アロイスはクラニオの森の貴族達を軽蔑していた。
彼の怒りを更に駆り立てるのは、自分に騎士道と武術を叩き込み、常に勇壮たれと徹底的に彼に教え込んで来た父までもが、銀獅子に恐れをなしていると言う事である。
他の貴族達ならいざ知らず、まさかあの父までもが多成獣(キマイラ)に臆していたとは。アロイスは、裏切られた気分であった。この瞬間、彼は父を見損なっていた。

「……老いたか、カール・ウリエル」

 軍馬に乗って進行するアロイスが、我が父の名前をボソっと呟く。呟いた後で、奥歯が砕けんばかりの強さで歯を軋らせる。
裏切られた事を思い出し、泥を煮たたせる様にグツグツと怒りが沸き立って行くのをアロイスは感じていた。
常々、「出世の機会が欲しい」だの、「蛮族でも現われようものなら私が真っ先に切り伏せてやるものを」だのと言っていた父と、銀獅子に恐れを抱いていたカール・ウリエルが同一人物とは到底思えない。
その立身出世の機会は、まさに今ではないか。銀獅子がこのクラニオの森にやって来たと言う事は確かに恐怖の出来事以外の何物でもないが、これは見方を変えれば、最大のチャンスが転がり込んで来たと言う事でもある。
先にも言ったようにデュアール国王は銀獅子の討伐者には最大限の恩賞を約束しているのだ。国王に対する忠義の証立てとして、そして、日陰者の脱却の機会として、銀獅子討伐以上の機会など果たしてあろうか。
もしも銀獅子をたった一人で討伐しようものなら、その栄達は約束されたも同然。貧乏子爵のウリエル家は瞬く間に、デュアール王国の綺羅星達の仲間入りを果たせるのだ。
アロイスはこれを狙っていた。父が行かぬのなら、私が行く。そう思い立ったのが一週間前。準備を整えた彼は今日、この魔森へと足を踏み入れたのだった。
仮に命尽きる事があろうとも、問題はない。ウリエル家は男児に恵まれている。自分が死んでも、次男のロイドが次のウリエル家の領主になるだけだ。

 ――駄目だな……――

 かぶりを振るい、アロイスは冷静になろうとする。
心を煮え立たせていた父に対する怒りと、自分が死んでも良いからと言うネガティヴな考えを頭から追い払う。
怒りは視野と思考能力を狭隘にする百害あって一利なしの感情であるし、死んでも良いと言う考えは銀獅子との戦闘に何らプラスになり得ない。
相手は然るべき訓練を積み、かつ然るべき装備で身を纏った兵士達六百人を真正面から蹂躙する魔獣なのだ。この獣と戦うには、冷淡な感情が求められる。何事にも動じない胆力もまた。

 かぶりを振るう都度四回。その後にアロイスは、臓腑に溜まった感情の澱でも吐き出すように深呼吸を繰り返す。
先程まで彼を苛つかせていた父への怒りと、抱いていない訳ではなかった死への恐怖が、彼の肉体から外へと完全に放り出された。
思考は明瞭で、心も水鏡のように落ち着いている。この、瞑想に入った高僧のような精神状態。悪くはない。アロイスはそう考える。
今なら銀獅子どころか、手垢のつきまくった典型的な騎士物語宜しく、(ドラゴン)すら倒せそうな気すらアロイスの胸中に芽吹いて来た。

 それは、若者特有の根拠のない全能感でもあった。
さも自分の足元に全てが広がっていると錯覚し、自分の力で成せぬ事など何一つとしてないと言う、鼻で笑ってしまう程の突飛かつ無根拠な自信。
軍馬に跨った、本当の殺し合いを知らないこの青年が、ある意味でネガティヴな考えよりも危険な思考に陥ってしまうのも無理からぬ事なのかもしれない。
アロイス・ウリエル。その歳の頃十九歳。何と若い事であろうか。まだまだ肉体的には成長期を過ぎ去っておらず、背もまだ伸びるし筋肉も付きやすい、脂の乗った年齢だ。
こんな青年が、一つの国家の存続すら揺るがす多成獣(キマイラ)の根城まで単身乗り込むと言う行為には、騎士の鑑と讃嘆もされるだろうが、それ以上に、無茶無謀と揶揄されてもおかしくない。

 ――思い上がり。
斯様な言葉が連想されるかもしれないが、少なくともこの青年は、決して世間知らずで暗愚な騎士、と言う訳ではなかったようだ。
それまで油断なく引き締められていた表情を更にキツくさせ、アロイスは手綱を巧みに引いた。
我々の世界で言う所のペルシュロンに似た軍馬が、猛々しい嘶きを上げながら立ち上がる。その様はまるで、鉄の塔が硬い大地を突き破ってせり上がるが如し。
軍馬の前足が、勢いよく地面に叩き付け、馬は元の姿勢へと戻った。蹄鉄を打ち付けた蹄と柔らかな土が衝突し、土の破片がアロイスの顔の高さまで巻き上がる。
彼は、軍馬ごと自らを方向転換させたのだ。

 ――尾行()けられている――

 大気と同化してしているかのような、見事なまでの気配の消し方だった。
地面に生える下草と足とが触れ合う物音は当然として、呼吸の音もまるで感じない。手練の隠密を思わせる手並みであるが、アロイスは気付いていた。

「誰か!!」

 アロイスは大喝する。だが背後には誰もいない。
彼の視界に広がるのは絨毯の様に群生する名も知らぬ下草と、太細様々なケヤキの樹。
これら以外には、亜人は愚か、ウサギやリスと言った小動物の類一匹たりとも確認出来ない。気のせい、とは彼は思わない。
何処の誰が監視しているのかは現状解らないが、相手は彼の大喝を無視する事で、彼に「自分の気の迷いか」と思わせる事を狙っている腹の筈。

「誰か!!」

 その腹を破るべく、再度アロイスは誰何した。風も吹かず、馬の足音以外は何の音も生じないであろう程に静かなこの森に、音の壁ような彼の大喝が響き渡る。
一喝の余韻が消え去り、夜のような静けさが続く事、数秒。観念したらしく、彼を尾行している者が姿を現す。

 『ケヤキの梢』からそれは姿を現し、音をまるで立てずに着地する。
身を隠せそうな大樹の後ろに隠れているとでも思っていた為、彼は心中で驚いた。その感情を表情に億尾にも出さないのは、訓練の賜物である。
地に降り立った存在は鋼に似た金属で出来た、頭を覆うタイプの兜を装着した状態で顔を俯かせている為、顔つきを確認出来る術がない。
その者が顔を上げ、すっくと立ち上がったその時――今度こそアロイスは、驚愕に瞳を見開かせた。

 人の顔ではなかった。アロイスを尾行していたその存在の顔面は、醜い『豚』の顔であったのだ。
それは比喩でも何でもなく、動物の豚なのである。人間とはまるで形状の違う、あの頑丈で特徴的な鼻もちゃんと備わっている。
整ったアロイスの顔とは、あらゆる意味で比較にならない。

「オーク……」

 自らを尾行()けていた存在を認識した時、アロイスは、闘志を心に漲らせ、燃えるような熱を筋肉に宿した。

 オークとは先述したように亜人種の一種で、人間の身体に豚の頭部と言う、人と豚との相の子のような姿を基本としている。
雄雌問わず、皆一様に一m八十cm以上の魁偉を持ち、またどちらの性別も、その体躯に見合った巌みたいな身体つきを誇る。
その膂力は人のそれを凌駕し、その身のこなしは体格からは信じられない程軽捷。真正面から人が肉弾戦を挑んで勝てる相手では先ずありえない。
だが彼らオークが真に恐れられるのはその粗野粗暴な性格である。オーク達は農耕技術を持たない亜人種の代表格であり、その生活の糧を狩猟ないし多種族からの略奪で賄っている。
後者の性質があるからこそ、忌み嫌われる。クラニオの森の貴族達の領地で略奪騒ぎを起こす亜人とは決まってオーク或いはオーガと相場が決まっているのだ。
息を吸うように相手から物を奪う野蛮さ故に彼らは人間は当然の事として、エルフやドワーフと言った善良な種族、ピクシーにトロル等の妖精を起源とする亜人、果てはゴブリンやコボルドやオーガ達と言った同じく人に嫌われている亜人種達とすら敵対している。

 ――私に何の用があって――

 疑問に思いながらも、アロイスは目の前に現れたオークに鋭い目線を送り――そして、思わず首を傾げそうになった。

 そのオークは奇妙な出で立ちをしていた。アロイスは勇壮な騎士を自負するウリエル家の長男として生まれた男だ、オークの姿を何度も見た事があるし、家通過儀礼的として、実際に剣を交えた事もある。
だが今彼の前に立つオークは、今まで見たきた存在達とは決定的に違っていた。何が、と言えばその身なりだ。
彼らオークは大抵の場合粗末かつ着古した上着や下着を着用、個体よっては腰布を巻いただけと言う蛮族めいた服装をしている事が多い。服に頓着しないのだ。
今彼の前に立つオークは、頭にバルビュータと呼ばれる、顔面部をT字に開けた、頭をすっぽりと覆うタイプの兜を被っており、更に物珍しい事にこのオーク、甲冑で全身を鎧っているのである。
その甲冑は板鋼を組み合わせて作った全身鎧(フルプレートアーマー)で、色味はくすんだ鋼色。青灰色のマントが鎧の肩の周辺から垂らしているのはこのオークなりの洒落なのかもしれない。
だがこの全身甲冑には、騎士が儀礼用に装備するそれのような華もなければ、古来より伝わる芸術品が放つ神韻もない。徹底して実用性のみを追求した、無骨な作りである。
だが全身鎧(フルプレート)はその重さ故に鍛えた人間でなければ動く事すらままならない代物。
加えて、このオークの体格だ。今のアロイスの視線の高さと、聳え立つケヤキの高さから目算するに、目の前の全身甲冑を装備したオークの身長は二m三十cm以上はあるだろう。これは魁偉を誇るオークの中でも格段に大柄である。
そんな彼の巨躯から鎧の重さを計算するに、七十五kgは確実に越していると見て良い。人間ならば動く事すらままならぬ重さであるが、何倍力の力を持つオークならば問題はない。

 鎧の重量を計算し終えた時、アロイスはハッとした。このオーク、彼が今まで切り伏せて来た豚面の亜人とは比較にならない程強い。
梢からこのオークが飛び降りたあの時の事を思い出して、アロイスはこの亜人がただ者ではない。そう思ったのだ。
彼の体重より重い全身鎧(フルプレート)を装備したこのオークの体重は、二百kgにも届こうか? それだけの重さの存在が五m以上頭上のケヤキの梢から飛び降りて、物音一つ立てる事がなかった。
これはつまりこのオークが、優れた体重移動諸々の技術を持っていると言う事の証左に他ならない。これは危険だった。
オークは確かに人間よりも遥かに優れた筋力を持ってはいるが、彼らは戦闘時有用な体系立った武術を持たない為。その為人間側の武術の技量次第では、筋力差をひっくり返して勝利を得る事がある。
結論を出すには尚早過ぎるかもしれないが、アロイスには確信があった。このオークは、武術と言う名称を使うにはいかないまでも、何らかの理論立った戦闘技術に覚えがある、と。

「私に何用だ」

 内心の動揺を一切声に出さず、アロイスはオークに目的を訊ねた。
オークは空手ではなかった。左手には、所々大小の擦り跡や切傷の刻まれた直径一m半程の円形盾(ラウンドシールド)を構え、右手には全長がアロイスの身長と同じぐらい長い、刃渡り八十cm程のバルディッシュが握られていた。
バルディッシュの刃は弓形に反っており、鈍く鉄色に光っている。無骨そうな威力だが、遠心力の力を借りて振り回すとあの武器は恐ろしい威力を発揮する事を、アロイスは知っている。
間隙を縫って、何時相手が飛び出して来るかわからない。彼は全神経を目の前の亜人に注いでいる。

「それは私の言葉だ」

 オークはアロイスの問いに答えなかった。
短く簡素な言葉であったが、幼少の頃より培われて来た先入観が打ち砕かれて、アロイスは内心少なからぬ驚愕を覚えている。
それはオークの語り口だった。彼らは大抵の場合その性格に違わぬ、野卑で乱暴な言葉遣いを主としているが、目の前のオークの言葉遣いは、彼らにしてはとても丁寧だった。
加えて一人称も、オーク達に良く見られるような『俺』でなく、『私』と紳士的なそれである。話は通じそうではあるが、それが何だかアロイスには不気味でならない。

「その格好……猟に行くのとも違うならば、亜人達を狩りに行く風にも見えない」

 馬鎧を装着させた軍馬と、それに騎乗する厳めしい武装姿のアロイスを交互に見比べて、オークが呟く。

「一人で戦争でもするつもりか」

 サファイアを思わせるアロイスの碧眼と、オークの若葉のような緑色の目が合わさった。
オークの声色は濁りくぐもっており、凡そ全てのオークに共通する、豚が声帯を持てばこうなるであろうか、と言う声ではあった。但し声のトーンは落ち着いており、理知的だ。

「戦争か……。間違いではないかも知れない」

 これからアロイスが挑まねばならない銀獅子の事を考えると、オークが言った戦争と言う単語は確かに正鵠を射た表現ではある。

「……気に障ったのなら私もこの場から立ち去ろう。元々私は、お前のその物々しい装備を見て、何をするのか気になってしまって後をつけてしまったのだ。他意はない」

 アロイスの仏頂面を見て、彼が立腹していると見たのだろうか。オークは素直に弁解した。
アロイスはこの言葉に嘘の色を見つける事が出来なかった。つまりこの亜人は、正直に尾行した訳を告げたと言う事になる。

「危害を加える事をしない、と言うならそれで良い。今は見逃す」

 これはアロイスがオークに対して臆したと言う訳ではない。銀獅子との戦闘を前にして、余計な消耗はしておきたくないのだ。
とは言え、目の前の亜人が並々ならぬ力を持つ事は明らかである為に、剣を交えたくない、と言う思いも確かに心の裡にはあった。

「だが去る前に、一つ私の質問に答えろ」

「何だ」

 オークは質問に答えると言う事に承諾した。

「銀獅子――いや、お前達亜人に、我々人間だけが用いる名称で通じる訳がないか。このクラニオの森に最近、銀色の獣毛を持った巨大な獅子がいる筈だ。何処にいる」

 威圧的な口調と態度で、アロイスは詰問した。
相手がそれなりに話し合える存在であるとは解ったが、それでも、オークは野蛮であると言うバイアスは消えない。強行的な態度を、彼は崩さなかった。
彼のこの質問を最後まで聞いた瞬間、それまで知性的な光を宿していたオークの瞳に、剣呑な光が宿った。醜悪な豚の瞳に、獲物を前にした虎や豹の如き眼光が灯ったのである。

「その銀獅子とやらと戦うつもりか?」

 確認するみたいに、オークが訊ねて来た。

「そうだ」

 アロイスが肯定する。だが、彼がこう言ったその瞬間、一秒の間もおかずして、オークが口を開いたのだった。

「無理だ、お前では勝てん。元の場所に帰れ」

「何!!」

 まるで、プティングは石よりも柔らかい、と当たり前の事でも言う様な口ぶりでオークがそう告げたものであるから、一瞬でアロイスの頭に血が上った。

「その銀獅子とやらが私の知る、ライオンの多成獣(キマイラ)であるのならば、お前には万に一つの勝ちもない。命をむざむざ投げ捨てに行くだけだ」 

「貴様、何を根拠に!!」

 騎槍(ランス)の穂先を突き付けて、アロイスが怒鳴りかかる。騎手の怒りに呼応して、軍馬も荒い鼻息を吐いて、オークに睨みを利かせていた。
此処で、怒りに任せて突進しなかった事に、アロイスは自賛してやりたかった位である。何せ、オークに嘲弄されているも同然であるのだから、真っ当な精神を持った騎士なら到底耐えられまい。

「断言するが、お前はあの多成獣(キマイラ)の前に立つには余りにも力足らずだ。それに、若すぎる。
見たところ、十九か二十年程しか生きていないのだろう。戦闘の経験が不足し過ぎだ。あたら有望な命を溝に捨てる事も無かろう、速く帰った方が良い」

 空気が凍て付きかねない程の、黒々とした怒りを放射しながら、アロイスは眼前数m先に居るオークを睨みつけていた。その目線の鋭さたるや、鉄の板すら貫通してしまいそうであった。
要は、目の前のこの豚面の亜人に、自分が今まで積み重ねて来た騎士としての経験全てを否定されたのだ。武術を含めた戦闘力も駄目なら、今まで経験して来た戦闘の訓練及び本当の実戦経験も駄目。
アロイスが十九歳と言う事を忖度しても、騎士としての自覚と誇りを持った人間であれば、激昂するなと言う方が無茶であろう。

「甲冑を着て気取った豚風情が、生意気な!! 私を愚弄するか!!」

 圧縮した空気の塊を勢いよく吐き出すようにして、アロイスが怒号を浴びせかけた。
余りの怒りに突き付けている槍は小刻みに震えている。柄を握る右手はこれ以上ない力で其処を握り締めており、硬い樫で出来た柄をそのまま握り潰しかねない勢いだった。
全身から焔が噴出さんばかりに憤っているのに、拍車で馬を刺激して突進させないのは、一方で理性が働いているからである。
このオークと戦闘して消耗するのは後に響く、本来の目的を忘れるな……。アロイスの頭の中で激怒する彼を、もう一人の、冷静な彼が必死に宥めている、と言う状態である。

「愚弄するつもりはないが……勝てぬものは勝てんよ。手を差し伸べて救える機会があると言うのに、手を差し伸べないのは、私の『騎士道』に反する」

 ――騎士道。
オークの口から飛び出たこの言葉に、意識が茫洋とする程の衝撃を覚えた。その衝撃は、彼の頭を今まで支配していた怒りを消し飛ばしてしまうに足る程。
しかしすぐに怒気は蘇る。オークが言った事を一秒程かけて咀嚼し終えた時、憤怒の表情をそのままに、アロイスは嘲笑の言葉を投げ掛けた。

「騎士道だと? 豚が何を気取っている!!」

 差別的な思想である、と言う自覚はアロイスにはない。
騎士道を名乗るにはオークと言う亜人は余りにも不細工とであると言う思いもあるのだが、それ以上に彼らの野蛮さと非道をアロイスは幾度も見ているのだ。
略奪はするし、それに抵抗した人間はその膂力による一撃で撲殺する。そう言った行いを見て来た人間であるならば、凡そ彼らが騎士道を口にすると言う事は、性質の悪い冗談以外の何物でもなかった。

「お前達一族の非道を言うに事欠いて騎士道とは笑止な!! 恥を知れ!!」

「同胞の悪行については私も詫びるが、少なくとも私は違う」

 自分は違う。凡そ弁疏の言葉として、これ以上陳腐な言葉はない。
確かに目の前にいる甲冑を着た豚は、他のオーク達とは違い、知性と教養を兼ね備えてはいるが、アロイスのエートスを打ち砕くには至らない。
だから、彼はオークの言葉を鼻で笑った。

「その言葉を私に信じろと言うのか?」

「無理だろうな」

 アロイスに言われて、オークの方も気付いたらしい。一切の逡巡も無く、肯定した。

「質問に答えれば、見逃してやる。答えろ、銀獅子は何処にいる」

 先程オークに問うた事を再び口にする。
銀獅子の居場所はアロイスも頭に叩き込んでいる。何故彼が事前にこの多成獣(キマイラ)の居場所を知っていたかと言うと、ウリエル領に住まう猟師がその居場所を報告してくれたからだ。
激情に駆られて、領を飛び出した訳ではないのだ。普段の生息域を知っている上で、何故オークにこれ訊ねたのかと言えば、ひょっとしたら銀獅子が今の時間、何処かクラニオの森の範囲内で狩りをしている可能性もゼロではない。
その事を、目の前の亜人に聞いてみるつもりだったのだ。それが拗れて、先のようになったわけだ。

「……お前が先程まで向かっていた方向にずっと行けば、奴のねぐらに着く」

 バルディッシュの刃を、自分で言った方角にオークは向けた。

「礼は言わんぞ」

 手綱を引き、軍馬を後ろ足二本で立ち上がらせてから、方向転換。先程までアロイス達が身体を向けていた方角だ。
オークに背を向ける形になるが、心の何処かでは、恐らくこのオークは不意打ちをする事はないだろう、と言う無根拠な、しかしかなりの確率でありえそうな確信をアロイスは抱いていた。

「待て、戦うにしてもせめて馬から降りて行け。騎乗戦法は奴に対して死にに行くようなものだ」

「豚が私に指図するな!!」

 オークの差し出がましい配慮を、アロイスはこの一喝で跳ね除ける。
普段は小鳥の(さえず)りと、小動物の駆け巡る音が風物詩のように聞こえるこのクラニオの森が、今は、誰にも犯されぬ深い海の底のように静かであった。
クラニオ……。我々がギリシャと呼ぶ国で『髑髏』を意味する言葉が奇しくも使われたこの森を、アロイスは深呼吸しながら進んで行く。怒りと言う邪念煩悩を滅却する為だ。
髑髏になるのは、果たして彼か、魔獣か。それは今の彼には解らなかった。そして同時に、オークが溜息を吐きながら、頭を振るった事もまた、アロイスには解らない。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。