みらい図書館 ニコ生朗読7 2013/11/08(FRI) 19:30-20:30 放送!
http://live.nicovideo.jp/watch/lv154023117
ゾクセイっ!
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phrase.0
「真面目ですか? いえ、萌えたいだけです・・・」
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信じられない話、馬鹿げた話、不思議な話・・・
そんなものは不条理なこの世界じゃよくあることだ。
納得できないことなんて、それこそ山のようにあるだろう?
でも、だ。でもな?
目の前で起こっている巫山戯たことは、だ。
納得とか、理解とか、出来るもんじゃないと思う。
たった数年、海外に行ってただけで世の中こんなにも変わるものなのか?
俺の故郷、祖国新本(にほん)はどうなっちまったんだ?
ああ、世の中って不条理だ。
俺の名前は柊盾。
ひいらぎ“たて”じゃない。“じゅん”だ。
変わり者の父親が、『矛盾(むじゅん)』にあやかって名付けたらしい。
因みに、俺には双子の兄貴がいる。なんとなく予測できるだろう?
兄貴は柊矛と書いて“ぼう”と読む。これだけでも難儀な父親だと、賢明な読者諸君にはきっとわかってもらえると思う。
さて、名前の件はもういいだろう。そう、俺はしがないフリーのルポライターだ。
ルポライターってのは・・・まあいい。詳しく知りたきゃググれ。最近はそういうものなんだろう?
浪人はせずに一流とは程遠い三流大学を卒業した俺は、まぁ、ありがちな程に血気盛んな若者だった。
いや、最近だとそうでもないか。草食系男子とやらが多いんだったな。
ともかく、俺は同年代の中では多分情熱的で、それ相応に馬鹿だったんだろう。
学生時代に世話になっていた先輩の誘いで小さな雑誌社に入ることにした。
仕事は気に入った。ライターって職業は俺にとって天職だった。その雑誌社を辞めて何年も経った今でもそう思っている。
辞めてフリーになった直後は、食うにも困ってゴシップ雑誌や地方新聞でよく記事を書いていた。
とは言っても、その頃の俺は正直言って三流もいいところだ。それでも、メシの種になっているだけマシだった。
好きな仕事をして食ってくってのは想像するより結構大変なんだぜ? ライターって肩書き持ってるヤツで、それだけで食ってけるヤツってのは結構少ないもんだ。
だが、勘違いはしないで欲しい。それに満足してた訳じゃない。
情熱的って言っただろう?
下らないゴシップ記事なんかを書かされてても、俺には叶えたい夢があり、その為には仕方ないと割り切っていただけだ。
突然チャンスは巡ってきた。それは雑誌社に引き込んだあの先輩からの一本の電話だった。
「お前、どこでもいいから戦場に行きたいって言ってたよな?」
そう言った先輩の野太くて厳つい声が、その時は天使の声かと錯覚したもんだ。そう、俺は戦場に行きたかった。
何故って?
「刺激が欲しかった」と言ったら不謹慎だと言われるだろうか?
でも事実なんだから仕方ない。温室育ちの新本人同士の付き合いに飽き飽きしていたんだ。
雑誌社を辞めた時もそれが理由だ。多少変わった業界ではあるが、サラリーマンには違いないからな。
まあ、フリーになったくらいじゃ、俺の刺激への渇きは癒されなかった。仕事の内容がゴシップ記事とかだったんだから仕方ないか。
そんなことで俺は先輩の誘いに再度乗ることにして、紛争の絶えない某国に渡ることになった。
その国での出来事は・・・その内語る機会もあるだろうが、戦場というのは当時の俺の甘ったれた考えじゃ説明できないくらい悲惨で凄惨だった、とだけ言っておこう。
現地の武装組織――世界の警察国家様にはテロ組織って呼ばれてるトコに潜り込んで何年か厄介になっていた俺は、何と言うか・・・そう、色々と世界の不条理に直面し、メディア・・・特に新本のマスコミでは語られない事を多く知ったのだと思う。
ある時、俺は食糧やその他の補給を目的で立ち寄った街で噂を耳にした。新本で隣国の自己中国家との紛争が活発化し、内紛も起ってるらしい――その噂を・・・・・・
暫くして、俺はそれなりに仲良くやっていた武装組織を出て新本に戻ることにした。
そりゃそうだろう。祖国が戦争になりかけてるってのに、他国にいてもどうしようもないからな。
数年もの間、ルポライターとしてでも戦場を駆け抜けたんだ。府抜けた現代の新本人なんかより、何かしら役に立つ自信が今の俺にはあった。
小型の飛行機を乗り継いで数年ぶりに帰った新本。気分は密入国だ。お世辞にも綺麗とは言えない薄汚れたタラップを降りて、俺は柄にも無く感慨に耽った。
今、この国は世界経済の迷走や国内の政情不安、度重なる隣国との紛争なんかで暗澹とした雰囲気に包まれているんだろう。
戦場で得た知識や経験を上手く利用して動乱の祖国新本で活躍して、トップジャーナリストになってやる。そう、心に誓った。
しかし、この国は――
帰国してから一週間が経った・・・
それはいいとして、何で俺はこんなトコにいるんだろうか?
こんな――
――こんなアイドルコンサートみたいなトコに、だ。
「みっんなーーー、げーんーきーでーすーかーーーーー!」
ワァァァァァァーーーーーー
「んー、まだ声が足りないなぁ」
「げーーーんーーーきーーーでーーーすーーーかーーー!」
ワァァァァァァーーーーーー
「はーい、ありがとー! では改めて、あいみちゃんのすぺしゃるステージへようこそー☆ 今日は、ファンのみんなに頑張ってもらって、ぜったい勝っちゃおうねー!」
ワァァァーーーー
「あいみもみんなのために、応援がんばるよーーー!」
ワァァァァァァーーーーーー
「今日のみんなの闘っちゃう相手は、いっつもあいみの邪魔する、マジメぶりっこのえるちゃんだー。 イマドキ、お堅い三つ編みメガネの委員長キャラなんてはやんないよねー」
ワァァーーー
「あれっ、声が小さくなったかなぁ? えるちゃんの味方するようなイケナイコたちは、あいみちゃんのファンだって怒っちゃうぞー」
ワッ、ワァァァァァァーーーーーー
「うん、オッケーだね! じゃあ、頑張ってやっつけちゃおう! セントラル・ユニオンのみんな、あいみちゃんの歌でおっきくゲンキになって、眼鏡っ娘退治に出撃だーー!!」
あっいみ! あっいみ! あっいみ!
あっいみ! あっいみ! あっいみ!
あっいみ! あっいみ! あっいみ!
鳴り止まぬあいみコール。後ろの方の席に座っていた俺は、両手で耳を押さえながら遠くのステージを見ていた。
背後の巨大な液晶ディスプレイには、ツインテールに青っぽいステージ衣装を着た可愛らしい女の子の姿が映し出されていた。
俺は急遽、帝都近辺で最大の勢力を誇る政党、『セントラル・ユニオン』の政治集会に参加することになった。大学時代の友人から参加証を譲ってもらえたからだ。
新興の政党が大きな勢力なのは今の新本じゃよくあることだ。
というより、新本を牛耳っていた古参の大政党がある事件であっけなく瓦解してからは、政党の分裂と乱立が当たり前の状態になっており、単独過半数はどこも絶望的。連立政権もほぼ新興政党同士の野合というやつだ。
と言ってもあっちじゃ新本のニュースなんてそこそこしか流れないから、ここ一週間で得た俄か知識でしかないんだがな。
しかし、その知識の薄さの結果がコレだ。俺は一体、何の手違いでこんなアイドルコンサートに入り込んじまったのか・・・・・・
ステージのアイドルっぽい女の子が途中でセントラル・ユニオンと言ってたから、全然関係ない訳じゃないだろう。
自前の武装組織も持ってる帝都最大の党だ。慰安イベント的な集会に間違って参加しちまったってことか。
俺の右手にはステージの女の子の写真入りのチケット然とした参加証。これで気付くべきだったが、封筒を開けたのが会場に着いてから。
・・・ちゃんと確認しとくべきだった。完全に失敗したな。
頭をぽりぽりと掻きながら、俺は異様な熱気に包まれたその場を後にした。
それこそが勘違いであり、間違っていたのは俺の方だとその時は気付かないままに。
帰国した時の意気込みはどこへ行ったのか、俺は新本の現実を目の当たりにして唖然とするしかなかった。
だってそうだろう?
今の新本には、隣国との紛争と政治不安による内紛があって、武装化した政党や左右翼の団体がよく衝突している。そう聞いていたんだぜ?
帰国してから俺は毎日ラジオを聞いて新聞を読んでいた。ルポライターが情報収集を欠かすはずがない。
だが、俺は帰国したばかりでテレビを買っていなかった。元々テレビは好きな方じゃなかったからラジオと新聞で間に合わせてしまった。
しかし、それが悪かった。映像があれば一発でおかしいことに気が付いたはずだ。せめて街頭テレビにくらいには注意を払うべきだった。
帰国してからこっち、間の抜けたことばかりしてる気がする。戦場にいたせいで勘が狂ってるのだろうか?
まさかあの時のコンサートが政治集会そのもので、あのアイドルっぽい女の子が帝都最大の組織『セントラル・ユニオン』の現総裁だったとは。
言い訳に聞こえても結構だが、常識的に分からないだろう。こんな現状・・・
渋谷の街頭テレビに流れる芸能事務所の宣伝にしか見えないセントラル・ユニオンの政党広告を眺めながら、俺は暫く途方に暮れていた・・・
ああ、世の中って不条理だ。
事務所に戻った俺はボロいソファーに身を委ねると、煙草に火を付けてひと息つく。
この事務所は親の持ち物なので、俺が海外にいた間もそのままにしてあった。数年ぶりに帰ると当然埃だらけの廃墟然としていたのだから、面倒だったが簡単な掃除だけはしておいた。
俺も頭の整理をしなきゃならんだろうからな。読者諸君に現状を改めて説明するとこうだ。
俺が新本にいた頃、ある事件がきっかけで与党――新本最大の大政党が瓦解した。この頃からすでに政治は混沌とし、経済の調停役としての政府機能はほぼ壊死していた。
いくつかに分裂してできた中小政党は、結局責任の押し付け合いで一気に議員数を減らし、第二党も単独過半数には程遠く当然連立政権が誕生するが、長く政権から離れていた元野党の政治家達は国家や政権のことは二の次で自己主張を続けた。
以前にも似た事があったからな。ここからは想像つくだろう。そう、崩壊した大政党と変わらずバラバラ、だ。
俺が先輩から連絡をもらって、戦場に行ったのはこの頃だった。大きな変化が起こったのは俺が出国した少し後のことらしい。
小政党が乱立した状態はさっきも言った通りだが、その内のひとつに『シュヴァルツ・アリエンツ』という地域政党があった。当時の代表は極右の急先鋒として知られ、勿論、ルポライターの俺も名前くらいは聞き及んでいた。
東海地域の一小政党だったこの党にひとりの少女が入党し、事態は風雲急を告げる。
年端もいかない少女は短期間で頭角を現し、たった一年で党首にまで上り詰めると、その年の総選挙で代議士となる。
少女の名は織部凛(おりべ りん)。まだ10代の女の子だ。
被選挙権はもっと上だろうって? そんなのは何年も前のことだ。情報が古いぞ、読者諸君。
一時期問題化していた少子高齢化なんて言葉は今では風化している。少子化で若者が少なくなったところに団塊とか言われてたヤツらがボンッと寿命で皆おっちんじまった。
少子化はまだ続いてるが、高齢者が激減して国の人口が一気に減ると、懸念されていた市場の縮小よりも医療や福祉なんかに偏重していた国家予算が余りまくり、若者と市場に流れたから俄かに活気づいた。一時期だけだったがな。
若者に選挙権を、って運動はずっと前からやってたからな。このどさくさで選挙権を引き下げる法案が国会通っちまった。16才から投票も出馬出来るってのは流石にどうだろうとは思うが。
まあ、ちょっと出来過ぎた気もするが、織部凛が議員バッヂを付けるまではあり得る話だ。選挙は水物。ぽっと出の一般人が時流や運でいきなり国会議員になることもある。
問題はそこではない。
シュヴァルツ・アリエンツの政治集会では、織部凛は演説だけでなく必ず歌を歌う。そして、その会を開催する度に支持者が爆発的に増えると聞いた。
可愛い女の子にファンがつくのは当然理解出来るし、美人だから美形だからと選挙で票を入れる有権者も少なくないのだから、納得できるかどうかはともかくこれもまあいいだろう。
しかし、それが異常な程多い。
特に、支持者に地方ケーブルテレビのオーナーがついてからは毎日専用チャンネルで彼女の歌が流れているらしく、ファン――もとい党員が急増したらしい。
今では尾張(おわり)の本部をはじめ東海・近畿地方に支部を5つも抱えている一端の政党だ。小政党の乱立している今の新本では実質的に第三位の勢力とのことだ。
俺はひとまず頭を休めると、先日のセントラル・ユニオンのコンサート・・・いや、政治集会に迷い込んだ時のことを思い出していた。
総裁は御古神愛海(みこがみ あいみ)。武蔵(むさし)を本拠地とし、帝都周辺に支持基盤を置いている。この辺りでは最大勢力だ。
彼女も歌を歌っていた。というより、織部凛の登場以来、女性が党首の新政党が増えたのだが、その誰もが集会などでは歌うらしい。
歌で洗脳でもしているのか? 誰もがそう考えるのは当然だろう。だが、彼女らをどんなに専門の研究家が調べても、そういった形跡は見つかってないらしい。
せいぜい、織部凛がテレビで流れているのがサブリミナル効果に近い、くらいの話は出たが、あくまで一番組であり視聴するのは自由なのだから、これは違法でもないというのが専門家の結論だ。つまりは何も証明できなかった。
シュヴァルツ・アリエンツの織部凛とセントラル・ユニオンの御古神愛海、か。
彼女ら以外にも不思議な少女達がいる・・・戦場で培った俺の勘が、何かを訴えている気がする。何か臭うんだよな。
関わるべきか、関わらざるべきか・・・直接会って話してみるのが早いかもな。
そう考えた俺は、小さく呟いた。
つづく。
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phrase.1
「魔王の化身? いえ、ただの信長ヲタです・・・」
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こういう時、ライターの肩書きは役に立つ。
今ではそれなりの立場にいる雑誌社の先輩にお願いし、ちょっとした特集を組んでもらうことになった。
『現代の歌姫に迫る! 少女党首独占インタビュー』という芸能と社会の混ざったようなタイトルの特集だ。全十二回連載で雑誌の『NIHONTAIL』に掲載予定になっている。
この雑誌はゴシップ週刊誌と社会派雑誌が合わさったような節操ない雑誌だが、今回の件にはうってつけだ。
仕掛けた本人が言うのも何だが、これほど今の俺にとって都合のいい特集はない。
話に乗ってくれた先輩には感謝しておこう。戦場帰りでこんな特集をやりたいと言った俺に、憐れんだ目で「疲れてるのか?」と失礼なことを言ったのはこの際忘れておこう。
しかし・・・俺は「ふうっ」と深い溜め息を付く。
「ジュンさん、どうかしましたか?」
新幹線の中、正面の座席に座っている俺に、カメラマンの箕鑑奈津(みかがみ なつ)が心配そうな顔をして言った。
「いや、なんでもない・・・」
俺は気もそぞろに返答を返す。正直、こんなオマケが付いてくるのは計算外だった。まあ、特集の趣旨を考えれば党首の写真は欲しいだろうし、当然の流れだったので俺の計画の浅はかさの証明でしかないのだが・・・
「そうですか? ならいいんですけど、こんな機会滅多にありませんからね、頑張りましょう!」
やる気満々のようだ。少し前に独り立ちしてから、初仕事らしいから当然か。
しかも、少女党首マニアのようだ。新幹線に乗ってから、延々とそれについて喋っていた。
「それで、話を戻すとですね、凛ちゃんのトコのシュヴァルツ・リッターとロート・ファタイディガーもすごいんですけど、結愛ちゃんや百華さんの親衛隊のヘテロクロミア・オブ・アイリスやミス・ドミナンスもいわゆる武闘派でですね、あっ、でも絵流ちゃんのフォンセ・インシオンでも最近は――」
そう、俺の疲れはこれが原因だ。最初は情報収集と思って色々と質問していたが、新幹線で帝都から那古耶まで約1時間半、この調子で既に小一時間ずっと喋っているのだから堪らない。
英語くらいならいいが、出てくる名称にはドイツ語や中国語、フランス語やロシア語、ヒンドゥー語まで混ざっていたようだ。ただでさえ状況が良く分からないのに、三流大出の俺には頭がパンクしそうな内容だ。
フォンセ・インシオンという名称は常陸(ひたち)を本拠とした北関東の組織だから分かった。
今のところ少女の党首は全国で9人いて、変化の予兆になった織部凛の率いる尾張のシュヴァルツ・アリエンツを筆頭に、帝都のセントラル・ユニオン、奥羽(むつ)のワールド・ワイド・ウィル、近江(おうみ)のスヴェトラーナ=レナータ、和泉(いずみ)のルクミニ=シャンティ、安芸(あき)のミラベル=エトワール、肥前(ひぜん)のチェンバレン・ソサエティー、土佐(とさ)のオーディナリーズ・コミュニティーの計9つの組織がそれだ。
こんなに一気に挙げられても覚えられないだろうが、様式美と伏線ってやつだ。我慢してくれ。俺の記事を読んでいれば、そのうち分かるようになるさ。
今回の特集記事ではその9つ全ての党首にインタビューすることになっている。
彼女――箕鑑くんが言っていた聞いたことがない名称は、きっとその下部組織か関係組織のものなのだろう。
「柊さん、聞こえてますか? お仕事にも関係してることなんですから、ちゃんと聞いてて下さいよ~」
箕鑑くんがちょっと頬を膨らまして言った。
黙っていれば美人の部類なのにな。勿体無い限りだ。
「ああ、聞いてるよ。もうすぐ着くみたいだからな。そろそろ降りる準備をしよう」
俺は外向きの似非スマイルで答える。嘘は言ってない。聞いてはいたんだが、覚えてないだけだ。
俺達は那古耶駅に付くとすぐさまタクシーを拾い、シュヴァルツ・アリエンツの本部へと向かった。
「はーっはっはーー! ようこそ、帝都の記者諸君、オレが織部凛なのだっ!」
まだ若い女の子とはいえ、一党を率いる相手である以上、気持ちを引き締めて挑んだつもりだったが、党首本人の出迎えの言葉はこんなだった。
一瞬だけ怯んだ俺だったが、簡単に挨拶して雑誌社の名刺を渡した。箕鑑くんはキラキラした目で織部凛を見つめたかと思うと、少ししてからはっと思い出したように写真を撮りはじめる。
織部凛の見た目は・・・映像や写真で見たよりも幼く見えた。十代も後半だったはずだが、下手をしたら小…中学生くらいにしか見えない。身長は俺の胸にも届かないだろう。
白いワンピースは少女らしさを際立たせてはいたが、黒い帽子と男性物の4Lくらいありそうなダボダボな黒コートをマントのように肩に羽織っているので、体がほとんど隠れてしまっている。そのせいで全体的に黒いイメージが目に付く。
「それでは早速ですが――」
さっさとインタビューした方がよさそうだと考えた俺は、すぐにそう繋げる。
「そう急くでないわっ! ここは帝都のように忙しない土地ではないぞ。まずは茶でも飲んで一息つくのだ!」
織部凛にそう止められた。
「そうですよ。ゆっくりしましょうよ~」
「凛様とお茶なんてプレミア~♪」
どっちの味方なんだ。お前は。顔つきはキリッとして仕事っぽいが、小声の本心が隣の俺にはまる聞こえだ。
「おいっ、茶と菓子を用意しろっ! 玉露だぞっ! 熱くするなよっ!」
「は~い、分かってますよぉ~」
部屋の奥から間延びした声が聞こえた。多分給仕さんだろう。
「お待たせしました~」
黒いエプロンドレスに身を包んだ給仕さんが、玉露のお茶と上品な小皿に分けられたういろうを持って入ってきた。
「うむ、ちょうどいいな。紹介しよう。こいつは佐川政美(さがわ まさみ)だ。オレの世話役みたいなものだな」
「よろしくお願いしますぅ~」
佐川政美と紹介された彼女は柔らかく微笑むと、ぺこっっと頭を下げる。
「ええーっ、ちょっとまって下さい! 佐川って、シュヴァルツ・リッターの佐川政美さんですかっ!」
なぜか興奮する箕鑑君。
「そーですよ~」
お茶を配りながら、にこにこと答える佐川政美。
「んっ、なんだ? 知ってるのか?」
「さっき新幹線の中で説明したじゃないですか! 親衛隊のシュヴァルツ・リッターですよっ! 佐川さんはそこのトップです! すごいんです! 強いんです!」
「ふ~ん」と俺。党首ヲタクってのは情報源としては使えるかと思ったんだが、正直煩いので興味なさげに流す。不満そうな箕鑑くんはこの際無視しておこう。
しかし、カチューシャやエプロンまで黒いってどうなんだろうな。ゴスロリと区別がつきにくいし、エプロンの清潔感も大事だろう。
汚れてもよく分からないんじゃないのか?
まあ、それはそれとして、俺の興味は別のところにあった。ついさっき、佐川政美の手によって織部凛の前に置かれたマグカップだ。
「織部さん、そのカップは――」
「おおっ、気付いたか、お主はなかなか見所があるぞっ!」
言い終わる前に間髪入れずに合いの手を入れる織部凛。
なんかマズい気がする。そう、アレだ。さっきも新幹線の中で箕鑑君がしてたな。瞳がキラキラしてる感じだ。
そんだけ存在感があれば気付かない訳がないだろう。そうツッコミたかったが、ここは大人として言葉を呑んでおこう。しかし、しくじったか?
いや、しかし髑髏のマグカップってのは、なあ?
「これはな、尾張国の英雄信長公の逸話に因んで作らせた特注品でな、妹のお市を娶りながらも裏切り者となった怨敵浅井長政の首級を上げ、しゃれこうべを杯にして酒を――」
「――それって後世に作られたウソですよ?」
嬉々として説明しだした織部凛に、あっさりとした口調で俺は言った。
早く本題に入りたかった俺は、この話から話題を逸らそうと考えていた。新幹線の箕鑑君の一件で懲りていたからだ。これ以上疲れるのは勘弁願いたかった。
「んんむっ?」
俺の言葉にきょとんとする織部凛。
「出入りしていた宣教師のルイス・フロイスの『新本史』に信長公は下戸って書いてあるらしいです。確か、戦勝祝いの席で朝倉義景と浅井親子の首級を酒宴の席に飾ったみたいですから、それを後世の誰かが曲解したんじゃないかと。あと、信長本人が酒に弱かったので、光秀を下戸とからかったってのも眉唾らしいですよ。弱いから絡み酒だったかも、って話はありますけどね」
俺は至極簡単に解説し、差し出されたお茶をズズッっと啜る。
おっ、美味い。
「んっ?」
気がつくと、俺達のいる応接室には微妙な空気が流れていた。
「………ジュンさん」
呆れた顔で俺を見つめる箕鑑君。なんだ?
俺は茶請けに出されたういろうを摘む。
むっ、これも上物だ。流石は本場というところだろう。
「ああっ、でも信長が甘党だったから、ういろうとか那古耶のお菓子は美味しいんでしょうかね」
ういろうをつつきながら俺は言った。
「う、うむ。きっとそうであるなっ! オレも甘い物は大好きだっ!」
途端にぱっと顔を明るくする織部凛。
織部凛の背後で楚々と立っているお茶を持ってきた佐川政美に視線を投げると、気付いた彼女ににこっと微笑まれた。
「ああ、そうか」
佐川政美は親衛隊でエプロンまで黒いメイド服を着ている…それでピンときた。
「佐川さんのメイド服が黒いのは、黒母衣衆(くろほろしゅう)ってことですか」
信長の小姓が集まった親衛隊みたいなものだ。それに因んでいるのだろう。
「そうなのである! 信長公の側仕えの者達に因んだのだっ! うむ、黒母衣衆が分かるとはお前は見所があるなっ!」
嬉々とする織部凛。
女の子はよくわからないな。よくはわからないが、ご機嫌になったらしい。これで話を進められるだろう。
「さて、それではインタビューをさせて頂きたいのですが、まず党首になったいきさつから――」
コンコンッ
「こんにちは! 凛さまいますかー!?」
俺が本題に入ろうとしたその時、ノックとほぼ同時に元気良く扉を開いて小柄な女の子がタタッと入ってきた。
「千鳴さん、来客中ですよ~。あと、ノックと同時に入るのはやめて下さいね~」
佐川政美がおっとりとした口調のまま嗜める。あんな調子で効果はあるのだろうか。
「ああっ、ゴメンねマサミー! お客さんもゴメンねっ! いや、そんなことより、凛さま聞いてくださいよ!」
千鳴と呼ばれた少女は返事も待たずに続ける。
箕鑑君が、「あっ、羽隠千鳴(はがくれ ちなり)。さすが本拠地、また大物だぁ」と小声で言ったのが俺の耳に入った。
織部凛にせよ佐川政美にせよ、こんな女の子が相手では大物といっても俺には現実感が沸いてこない。
「冠城っちが凛さまとの約束反故にして、石動のおチビちゃんと協定結んだそうですよ!」
一瞬の静寂が室内を満たす。
「なんだとっ!」
織部凛が驚いて立ち上がる。
和泉のルクミニ=シャンティの代表が冠城といったはずだ。とすると、石動は近江本拠のスヴェトラーナ=レナータの代表のことか。協定とやらの内容にもよるが、もしそのふたつが組むとなると織部凛たちにとっては好ましくはあるまい。
「まさか越前の性悪女でも動いたか…すまんな、帝都の記者諸君。危急の事態だ。インタビューはまた後日にしてくれ」
そう織部凛に告げられた俺は――
つづく。
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ノラぬこ 著
イラスト みるくぱんだ
企画 こたつねこ
配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
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この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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