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みらい図書館 オリジナルノベル【みなノベ】 「双極のインテルメッツォ」 double.4 「完全四度のデンシティ」 【購読無料キャンペーン中】
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みらい図書館 オリジナルノベル【みなノベ】 「双極のインテルメッツォ」 double.4 「完全四度のデンシティ」 【購読無料キャンペーン中】

2013-10-18 18:00


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    双極のインテルメッツォ
    double.4 「完全四度のデンシティ」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    「にゅ、入会してくれるのか? やったぜ、歓迎するよ!」
    「ホントですか! ありがとうございますぅ!」
    サクラは満面の笑みで、ニコッと喜びをあらわにする。

    「いやぁ、オレの方こそ助かったよ」
    「・・・は? なにが?」
    サクラとは対照的に、メグはオレの方に首を傾けてギロリと蛇の様に睨んできた。
    「そう、メグとナースチャの二人に挟まれて高密度に圧迫感のある日々から開放されるからだ!」
    ・・・とは言えず、オレは言葉に詰まる。

    「ぐむむ・・・い、色々とだよ。とにかくよろしくな、サクラ」
    「マギ研のみなさん、よろしくお願いします!」
    サクラは礼儀正しく、その小さな頭をペコリと下げる。ふわふわの髪が宙を舞い、花の香りがオレの鼻腔をくすぐった。
    かぐわしい空気を吸ってご満悦のオレを横目に、メグが杖を下ろしてため息をついた。

    「はぁ・・・わかったわ。もう知ってると思うけど、アタシはマーガレット=カニンガム。魔導科の二年で魔導科主席よ。で、『コレ』が魔技研の会長」
    メグはアゴで、クイッとオレを指し示した。明らかに会長のオレより偉そうだな。

    「オレは弟切ケンジ。科学科の二年だ。この魔技研の会長をして・・・っておい、なにしてるんだ?」
    サクラは下げた頭を戻すことなく、人形のようにジッと動かなかった。体が柔らかいのだろうか、額と膝がピッタリとくっついている。

    「・・・サ、サクラ?」
    オレはサクラの様子に戸惑って、声をかけた。
    ま、まさかこのまま死んでるんじゃないだろうな? お辞儀死や屈伸死なんて聞いたことがない。

    オレはまさかの出来事が心配になって、サクラの顔を覗き込もうとした瞬間、サクラが勢いよく頭を上げて、オレの鼻に直撃する――

    ゴキッ!!

    「グハァ!!」

    さっきサクラに潰されて出た鼻血がまだ止まらないのに、もう片方の鼻の穴から鮮血が上がる。
    オレは激痛のあまり、両手で鼻を押さえてうずくまった。
    「わぁっ! すっ、すみません! だ、大丈夫ですか!?」
    サクラの謝罪がオレの頭上から聞こえてくるが、それどころじゃない。
    「お゛・・・折れ・・・・! い゛、い゛や゛・・・大丈夫・・・。う゛ぅ・・・」
    オレはひどい鼻声になり、痛みで涙がぽろぽろと零れ落ちる。
    しかし男として、ここで情けない姿を見せるわけにはいかない。何とかしてこの苦境を乗り越えなければ、魔技研の会長として威厳が保てなくなってしまう!!

    「うっわ~、痛そう。・・・アンタ、本当はケンジを狙った暗殺者か何かなの? 相当な攻撃力ね」
    メグが呆れた調子でサクラに問いかける。
    「いっ、いえ、違いますっ! ただのおっちょこちょいというか、あがり症というか・・・ごめんなさいっ!」
    サクラは申し訳なさそうに謝った。

    オレはやっとのことで立ち上がり、片目を開けてサクラを見据える。
    ここは会長としての正念場だ。今後のために平静を保たなければならない。
    「ク・・・クックック・・・随分とイキがいいじゃねぇか・・・。破壊的な女は嫌いじゃないぜ・・・。油断させといて同じ所を狙うとは、なかなかやるねぇ・・・クックック」

    ・・・オレの精一杯の強がりが、変な方向に捻じ曲がってしまった瞬間だった。
    強烈な痛みがオレの本性をさらけ出したのだろうか? オレは軽い目眩に襲われて、ピエロのようにユラユラと揺れている。
    サクラは青ざめてプルプルと震えだした。

    「ククク・・・ハッハッハ! その怯えた表情も油断させる演技なんだろう? いたいけな少女が屈伸死したと見せかけたのも見事だった・・・。貴様、只者じゃあるまい。一体誰の依頼でオレを殺しに来た!?」
    血まみれの顔面に似合いすぎるセリフを、オレの口が勝手に繰り出している。めろ
    ニヤリと笑うと口の中まで血に染まり、鉄のような生臭い味がした。

    「く、く、屈伸死ってなんですか・・・!? い、い、いえ! お、お辞儀をしたら背中と膝の後ろが伸びて、気持ちよかったのでそのまま伸ばしてただけですっ! 誰の依頼でもありません! ホントにごめんなさい~!!」
    今にも泣き出しそうな顔になりながら、サクラはまたパッと頭を下げる。

    オレは背筋に冷たいものが走り、反射的に後ろに飛びずさった。
    「うおぉっとぅ! チッチッチ。クククッ・・・もうその手には乗らないぜ・・・。おぉ、こわやこわや・・・おそろしや魔女」
    もう自分でも何を言っているのか理解できない。

    「あ~バカバカしい! いい加減にしなさいよケンジ! なんなの、そのキャラは? サクラも真に受けてるんじゃないの!」
    メグが前髪をかき上げながら怒り出した。このままではメグの攻撃魔術が飛んできかねない。
    オレは両手で鼻を押さえて、深呼吸をした。
    「ふぅ。サクラすまん。衝撃と痛みで頭が混乱してたんだ。もう治まってきたから大丈夫だ。」

    サクラはおそるおそる顔を上げてオレを確認すると、安堵の表情になった。
    「は、はぁ~良かったです。いえ、良くないんですけど、何か邪悪なモノを覚醒させちゃったのかと思いました・・・。すみません、次から気をつけますっ!」
    「あぁ、頼むからゆっくり動いてくれ、ゆっくりな・・・。改めて、科学科二年で魔技研会長の弟切ケンジだ。そしてあっちにいるのがナー・・・」

    オレはナースチャを紹介しようと、部室の奥に目をやって驚愕する。
    ナースチャは今起こった事などまるで興味が無いように、それどころかこの世の全てに関心が無いように、壁に向かって床に寝っ転がっていた。
    「ナ、ナースチャ・・・どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
    オレが声を掛けると、ナースチャは腕を枕にして床に寝転がったまま話し出す。
    「・・・もう終わった? 謎の茶番・・・」

    「ちゃ、茶番って。さっきのはちょっとしたアクシデントだぞ」
    「・・・アクシデント。四硝酸ペンタエリトリトールを床に落としたみたいな?」
    「そんな大惨事にはなってないが・・・。新入会員が入った。魔導科のサクラ=ピルグリムだ」
    「よ、よろしくお願いします!」
    「そう・・・私はアナスターシャ=アシモフ。科学科の一年で孤高のマッドサイエンティスト。魔導科の知り合いはあなたで二人目・・・」
    ナースチャはようやくモゾモゾと起き上がって、サクラのほうをチラリと見た。

    「キャッ、同級生なんですね! マッドサイエンティストだなんて素敵! 是非お友達になりたいです! 仲良くしましょう!」
    「・・・あまり興味はないけど、仕方ない・・・」
    サクラは笑顔でナースチャの両の手をとり、ブンブンと振ってはしゃいでいる。
    ナースチャはぶっきらぼうに応えたが、心なしかまんざらでもない様に見えた。

    「じゃあ、え~っと。ケンジ先輩にメグ先輩にナースチャちゃんですね。・・・ちょっと言いづらいので、『ケンちゃん先輩』、『メグりん先輩』、『ナースちゃん』って呼んでもいいですか?」

    「ケ、ケンちゃん先輩?」
    オレはサクラの突然の提案に面食らった。そう呼んでるのは、爺ちゃん婆ちゃんと、親戚のオバちゃんくらいだ。
    メグを見ると『もう好きにして』って微妙な顔で固まっていた。高潔なメグりんには、下級生にあだ名を付けられたショックが大きすぎたか。たまにはいい薬だ。

    ナースチャは口の端をわずかに歪ませて、嬉しさを隠し切れない様子だった。『ん』を付けただけでそんなに嬉しいもんだろうか?
    反応は三者三様だったが、オレもそんなに嫌じゃなかった。

    「ぜひそれでお願いします」
    「ありがとうございます~、ケンちゃん先輩! ・・・あいたっ」
    サクラはよほど嬉しいのか、その場でクルクルと回って本棚に頭をぶつけていた。
    「サクラ、少し落ち着けよ・・・。そうだ、メンバーも増えたことだし歓迎会でもやろうじゃないか。みんなどうだ?」
    オレは魔技研の会長らしく、粋な提案をしてみる。

    「わぁ~、歓迎会なんてうれしいですぅ~! ありがとうございます~!」
    「アタシは別に歓迎してないわよ。でも、気分転換したいのは確かよね」
    「・・・歓迎会、私達の時はしてくれなかった・・・」
    「ま、まあいいじゃないか。みんなまとめてやっちまおう! 即断即決即行動! さぁ荷物を持て!」


    オレはトイレの調査を完全に忘れて、半ば強引にみんなを出口まで追いやったのだった。


    ―――――――


    「・・・で、結局ここなのね」
    メグがストローをくわえながら、席に戻ってきた。

    ここオーク島は広くない。
    学園を出て十分ほど歩けば繁華街があり、巨大なショッピングモールや商店街が建ち並ぶ。この島に住む人々は、大体がこのあたりで買い物している。
    オレ達魔技研メンバーは商店街の中心にあるファーストフードチェーン店、『マッシブバーガー』で歓迎会を開いていた。その名の通り、ボリュームと高カロリーに定評のある店だ。
    オレ達は大通りに面したテラス席に陣取り、注文した食べ物を丸テーブルに並べて、パーティー感を出していた。
    テーブルの下ではナースチャが改造した警備ロボ『MS-1ミニジグ』と、その上でクロスケが寝息を立てていた。
    秋の日差しをパラソルが遮り、心地のいいコントラストを演出している。


    「結構、学園生も来てるんだな」
    オレはこの辺りにはほとんど来たことがないから、キョロキョロと新鮮な気持ちで建物や人々を見回していた。
    「そうですねぇ。寮のバランスの良いお食事だけだと、わたし達学生には物足りない感じもしますし」
    サクラが両手で野菜バーガーの包みを開けながらそう言った。

    メグがポテトの山をグワシッと掴む。
    「アタシもたまにだけど、友達と遊びに来るわよ」
    そう言ってメグはポテトを大量に頬張りながら、ナースチャに向かって自慢げに喋った。
    「・・・メグ、友達いたの?」
    「友達くらいいるわよ、超大量にね! ナースチャ、あなたこそ一人もいないんでしょ?」
    「・・・私は素粒子があれば、それでいい」
    「メ、メグりん先輩も、ナースちゃんも不毛なケンカはやめてください~」

    『女三人寄れば姦しい』とはよく言ったもので、今まさにオレの目の前で実演されている。
    オレは周波数の高い声に耳が痛くなりながらも、魔技研が賑やかになるのを嬉しく感じていた。

    「ところで、なぁメグ・・・。それ全部マジで食う気なのか?」
    今回は歓迎会という名目だから、少ない部費でまかなっている。だが、メグの注文は凄かった。

    テラマッシブバーガー四つに、テリヤキマッシブチキンバーガー三つ、ギガシェイク全三種。
    メガ盛りグランドポテト二つに、サタンオニオンリング、皇帝サラダ、ラケット大のナゲット・・・

    クラムチャウダーを大ジョッキで三つ頼んだときは、オレも店員も目を丸くした。

    「なに言ってんのよ? こんなの夕食前のスナック感覚じゃない」
    「・・・つまり、寮に帰ってからも食うつもりなんだな? お前の胃袋はブラックホールなのか? 無限に空間が歪んでいて、光まで食らう気なんだな?」
    「ア、アンタ、乙女に向かって失礼なこと言わないで頂戴! アタシは魔力を維持するだけでも毎日大量のエネルギーが必要なの!」
    なるほど。魔導因子を持った人は、基礎代謝の消費カロリーが高いのか。真偽は別として、メモっておく事にしよう。

    一方のナースチャはストロベリーシェイクだけを頼んで、なぜか不満そうにストローを噛んでいた。
    「ナースチャは見た目どおり小食だよな」
    オレが声を掛けると、ナースチャはテーブルにバンッとカップを置いた。
    「・・・シャバい」
    「・・・え?」
    「・・・シャバい」
    オレはナースチャが言っている意味がわからずに目をパチパチさせる。
    「・・・このシェイクは最適な温度じゃない。分子が自由に動きすぎてる」
    「ん? あぁ、溶けてるってことか」
    メグがあり得ないほど大量に注文したせいで、食べ物が出揃うのに結構な時間がかかったから、その間に溶けてしまったんだろう。
    「・・・もう一個頼んでくる」
    ナースチャは席を立ち、足早に店の中に消えていった。
    無駄の無い動きで人々の間を縫うようにすり抜けていく様は、ロボット臭い。

    「ケンちゃん先輩、科学科では今何を勉強してるんですか?」
    サクラが野菜バーガーをハムスターの様に頬張りながら質問してきた。
    「そうだなぁ。今は素粒子物理学の基礎や、電機工学、歴史で魔導科学大戦なんかも授業でやってるな」
    「そうなんですか~、なんだかとっても難しそうですね」
    「そんなことないさ。どれもオレ達の世界や未来をどう良くしていくか、それを考えるだけだし」
    「はぁ~、ケンちゃん先輩は意外とクソ真面目さんなんですねぇ」

    サクラの意外な言葉に、オレはジンジャーエールを吹きそうになった。
    「ク、クソ真面目さん? そう言われると心外だけど・・・。魔導科の一年生は何やってるんだ?」
    「魔術の基礎です~。魔導言語や呪文の分類、魔方陣の描き方とか、ん~、あと薬草学、魔導考古学も学んでます」
    「へぇ、そんなのあるんだな。魔導考古学って、例えば・・・遺跡とかか?」
    「そうですそうです~。遺跡の魔術的効果や各地の石版なんかにも、魔導言語が暗号的に隠されていたりするんですよ~」

    サクラは話し終えると、ポテトをかじってモグモグと口を動かした。
    俺やナースチヤも含めた『科学技術国家共同体』出身の人間は、メグやサクラたちの『魔導技術協定機構』の世界について知っていることはかなり少ない。逆もきっとそうだろう。ネットにも限られた情報しか載ってない。
    こうやって皆と話していると、知らない世界を知る機会がある事にオレは少し嬉しさを覚えた。

    「そういえばサクラの使い魔っていないのか? みんな持ってるもんだと思ってたけど」
    オレはメグの足元であくびをしているクロスケをチラリと見て、サクラに聞いてみた。
    「ほとんどの魔導士は初等部くらいで使い魔を持つんですけど・・・わたしは魔力が弱くて使役できていないんですぅ・・・」
    そう言ったサクラは悲しそうな表情をして、うつむいてしまった。

    「そうなのか・・・魔導士にも色々いるんだな。オレは魔術には詳しくないけど、気にする必要は無いんじゃないか。オレも苦手な科目が結構あるしな」
    「そうですね・・・ありがとうございます」
    オレのド下手な慰めに、サクラはニコリと笑って返してくれた。
    人が落ち込んでいる時に上手い言葉が出てこないのは、オレの人生経験が不足しているのか、もともと性格的に問題があるのか、わからなくて情けない気分になった。


    「・・・あの店員、嫌い。客商売に向いてない」
    ナースチャがシェイクのカップを手に戻ってきて、オレの後ろで毒づく。
    「ナ、ナースチャ。耳元で恨み言を言うのはやめてくれ・・・。何かあったのか?」
    「・・・注文を何度も聞き返された。もう少し大きな声でお願いしますって。バニラシェイクという単語を十回は言った。壊れたロボットみたいに・・・」
    ナースチャは頬を膨らませてブツブツと言いながら、ストンと席に腰を下ろす。
    壊れたロボットという表現は的確で、ナースチャにも自覚があるんだな、とオレは妙に感心してしまった。

    「確かにナースチャの声は喧騒に消えやすいからな。もうちょっと元気に大きな声で喋ったらどうだ?」
    「・・・そんなの、科学者とは言えない。ケンジ君は科学者失格」
    ナースチャはガラス玉のような目で、オレをジトリと見つめる。

    「ナースちゃんはそのままでいいんですよぅ。可愛いじゃないですか~。こんなに小さくて無愛想なマッドサイエンティストなんて」
    サクラは援護しているのか、バカにしているのか分からない感じで訴えてきた。
    「サクラ、お前も身長はナースチャとあんまり変わらないじゃないか」
    「いいえ、わたしはこのちっこいナースちゃんが好きなんです」
    「・・・私はちっこくないし、無愛想でもない」
    ナースチャが反論した時、オレの真向かいに座ってバクバクと食べ物を飲み込んでいたメグの目つきが変わった。
    眉を寄せたメグは食べるのを止めて、オレの後ろを睨んでいる。

    「おーおー。可愛いネーちゃんを三人もはべらして、大層なご身分だなぁ。大将」
    オレの後ろから聞こえてきたのは、図太い男の声だった。
    驚いて振り返ると、ガタイのいい二人組の男が穏便ではない空気を出している。
    「・・・なんですか?」
    オレが聞き返すと、不良風の片方の男が顔を近づけてきた。
    「鼻ティッシュ小僧、お前ヒョロそうなのにモテるんだなぁ。俺たちにもその幸せをちっと分けてくれよ」
    男は顔を傾けて、座っているメンバーをジロジロと舐めるように見回した。

    これはいわゆるイチャモンというやつだな。
    まともなケンカなんてしたことはないが、オレが男として、そして魔技研会長として威厳を見せつける時がやってきたようだ。
    「おい、オレたちは今歓迎会をやってんだよ。邪魔しないでくれるか!?」
    オレはガタッと勢いよく立ち上がって、男達を見据えながら言い放った。
    「ハァーッハァッハァー、歓迎会だとさ。もちろん俺達も歓迎しちゃってくれるんだよなぁ?」
    不良っぽい男はそう言うと、オレのシャツの襟をガッツリ掴んで力を込める。

    「鼻ティッシュ小僧、お前は失せろや!!」

    男はメッチャ怖い顔をオレの鼻に当たりそうなくらいに近づけてきた。
    この街の人間はこんなに捕食者丸出しの顔も出来るのか。
    もう片方の男はポケットの中に手を入れて、なにか凶器のようなものを触る仕草をしていた。

    「ちょっと! ケンジを離しなさい! 痛い目を見せるわよ!」

    メグがハンバーガーのソースを頬に付けたまま大声を上げて、立ち上がると杖を取った。
    ナースチャもタブレットを操作して、『ミニジグ』を起動しているようだ。
    サクラは怯えてイスに縮こまりながら、モグモグと口を動かしていた。

    オレは今すぐに逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、ここでメグとナースチャが暴れると、きっと大惨事、いや、大災害になってしまうだろう。そして部室では、この先永遠にオレは肩身の狭い思いをすることになるんだ。
    そんな事になるよりはここで殴られた方がましだ。オレは意を決して不良共に立ち向かう。

    「・・・体の大きさや力の強さで威嚇するのは狩猟時代のセオリーだ。今は知性や文化的スペシャリティが世界において優位に立つ時代。これをパラダイムシフトってんだ。戦争が終わってもなお争いを起こすのは文明の進化の過程から逸脱していると思わないのか?」

    オレが早口で抗議すると、不良共はポカンと口を開けて固まっていた。
    「あ? お前何言ってんだ? 俺たちをバカにしてるのか?」
    オレの首を掴んでいる男は、一層と眉根を寄せて片手で持ち上げる。
    苦しくて息が詰まるが、オレは引かない。
    「ウ、ウグ・・・そ、そのチンパン並みの脳みそじゃ理解できなかったか?」

    「なんだとコラァ!」

    ドゴッ!!

    男はオレを掴みながら、もう片方の手で思いっきりオレの顔を殴りつけた。
    オレは盛大に吹っ飛んで、テーブルをひっくり返しながら激痛と共に宙を舞う。
    スローモーションのようにバーガーやポテトも舞い踊り、鼻に詰めていたティッシュはサクラの頬をかすめて飛んでいく。

    「キャアアーッ!」

    サクラの叫び声が上がったと同時に、何故か通学用のバッグの中に手を伸ばしているのが見えた。叫び声とは裏腹に落ち着いた様子で、バッグの中の何かを取り出そうとしている。
    そんな光景が視界に映った直後、後頭部に強い衝撃を感じて地面に落ちた。

    「グアッ!!」

    目の前にチカチカと火花が散り、鼻にツーンとした刺激が走る。
    メグはそんなオレを見ると、すごい形相で不良達に顔を向けた。

    「・・・やってくれたわね・・・覚悟しなさい!! ・・・万物を静する氷華の魔槍よ、彼の者に永劫の苦しみと闇を与えんことを・・・」

    ゴゴゴゴゴォォ!!

    メグが力を込めると杖の先が白く光り、冷気の風が竜巻のような勢いで集まっていく。
    ツインテールを風になびかせて男達と対峙するメグは、まるで地獄からの使者みたいに邪悪なオーラを放っていた。

    ナースチャは冷静に『ミニジグ』を立ち上げて、内蔵されていた銃口を男達に向けている。

    「・・・照準座標調整、敵性ターゲットにロックオン完了。対物質自由電子レーザー出力60%・・・70%・・・80%・・・」

    目にも止まらぬ手つきでタブレットを操る。ディスプレイの光が眼鏡に妖しく反射していて、ナースチャの表情は見えない。

    ・・・これは非常にまずくないか?
    奴らをカチコチの冷凍人間にしてから、レーザーで粉微塵にするつもりだ! このままでは魔技研から殺人者が出てしまう・・・!
    周りにはサクラの叫び声によって人が集まってきて、携帯で撮影している奴もいる。
    「や、や・・・め・・・!」
    オレが声を絞り出して止めようとしたその時、男達は震え上がりながら両手を上げた。

    「わ、悪かった! お・・・落ち着けって! た、頼むから殺さないでくれぇ!」

    不良共は青ざめ、ダッシュでその場から一目散に逃げ出していった。
    「あっ! 逃げるな! せっかくアタシが華麗な魔術を披露してあげるってのに!」
    「・・・・・・殲滅モード強制終了。電力を放出して索敵モードに移行」
    メグとナースチャは納得いかない感じで、それぞれ力を抜いて肩を下げた。

    「ふ、ふぅ・・・なんとか逃げおおせたか。あいつら・・・」
    オレが冷や汗をかきながら安堵すると、三人が近寄ってきた。
    「ケンちゃん先輩、大丈夫ですか?」
    「心配しなくても大丈夫よ。ケンジは意外と頑丈だから、これくらいじゃなんとも無いわ。もうアタシたちが実証済みだし」
    それはそれでヒドくないだろうか・・・

    「・・・今度は口からも血が出てる・・・」
    ナースチャがハンカチを手渡してくれた。
    「あ、ありがとう。汚れちまって悪いな、後で洗って返すよ」
    オレはハンカチで顔を押さえながら感謝の意を示すと、ナースチャは三回ほど素早く瞬きをした。
    「・・・い、いらない。・・・あげる」
    「そ、そうか・・・スマン」

    オレはフラフラと立ち上がると、体を触って怪我が無いか確認する。
    メグの言うように、オレは意外と頑丈な体なのかもしれない。
    「あぁ、まったく昨日から何だってんだ。貧血になりそうだぜ」
    オレは両鼻と口にティッシュを詰め直して、頭を抱える。
    「ご、ごめんなさい。二回はわたしで・・・」
    「あ、いや、サクラを責めてるわけじゃない。オレの運が悪いだけさ」


    ―――――――


    オレ達が潰れたポテトを拾っていると、店の前に高級そうな黒い車が止まったのが見えた。
    後部座席のドアがゆっくりと開き、見知った顔が歩いてくる。

    「ホッホッホ、若いのう。若いのう」
    笑いながら歩いてきたのは、学園長だ。
    「が、学園長? こんな所にも来るんですね」
    オレは立ち上がって話しかけた。

    「ホッホ。ワシとてハンバーガーくらい食べるし、フライドポテトは大好物じゃぞい。それより弟切君、その顔はケンカでもしたのかね?」
    「い、いえ、一方的に絡まれただけでして・・・」
    もしかしたら停学になる可能性があったので、オレはメグとナースチャの対応については伏せておく事にした。

    「ホッホッホ、隠さんでもよいよい。若い時代は短いからのぅ。青春を謳歌しておるようで何よりじゃ」
    「・・・はあ、まぁそうですね」
    「じゃが、青春というものは老いても訪れるものじゃぞ。心の若さがあればのぅ。ワシのように日夜踊りまくっておれば、それは青春と呼んでいいものじゃ。ケンカだってまだまだ現役じゃよ」
    学園長はその場でシュッシュッと軽快に拳を繰り出し始める。
    すると、その拳が光って―――

    バドジュウウウゥッッ!!

    思わず力がこもってしまったのか、拳から赤い光が飛び出して、オレが直したパラソルを炭も残さずに蒸発させてしまった。

    「・・・・・・」
    「・・・・・・」
    「・・・・・・」

    片づけを手伝っていた店員さんとオレ達は、口をポカンと開けて呆然と立ち尽くしていた。
    世界に冠たるグレモリー魔導科学学園の学園長を務めるだけあって、その魔力は凄まじいものだ。
    当の学園長は『しまった』という表情で、頭に手を置きながらこっちに向き直った。
    「ホ・・・ホッホッホ。過ちもまた青春じゃ、な? ホーッホホッホッホー」
    学園長は舌を出して楽しそうに高笑いを上げた。
    「は、はは・・・は・・・。そうっ・・・すね」
    「学園長。失礼いたしましたわ」
    オレが必死に作り笑いをしていると、メグが割って入ってきた。
    「ホッホッホ。ごきげんよう、カニンガム君。弟切くんとは仲良さそうで羨ましいのぅ」
    「お言葉ですが学園長、ケンジとは犬猿の仲ですの。仲良くなんて断じてありませんわ」
    メグがニコニコと笑顔で否定したが、学園長は羨ましそうな目つきでオレを見てくる。

    「さて、では行くかのぅ」
    学園長は高笑いを止めて、オレたちを車に乗せようとする。
    「え・・・? が、学園長、どこに行くんですか?」
    学園長はキョトンとした顔で振り返った。
    「ホ? オーク市庁舎じゃよ? ホレ、オーク市長に会いに行くぞい」
    「・・・え? し、市長の所ですか? なんでオレ達が?」
    「おや、聞いていないかのう? 弟切君の誘拐未遂事件で、市長と話すべきことがあるのじゃよ。魔技研の皆にも来てもらいたいと通達したつもりが、忘れとったかのう?」
    学園長はとぼけるように、ポリポリと頭を掻いた。
    市長に呼ばれるなんてなんか大事になってきたな、とオレは少し心配になった。

    「・・・え? ケンちゃん先輩、ゆ、誘拐されたんですか?」
    ソワソワしているオレに、サクラが急に質問してきた。
    「あ、あ、あぁ。昨日、ちょっとした事件があったんだよ」
    「ホ? このかわいい娘さんは見たことない顔じゃな。魔技研の新入りかのう?」
    オレとサクラが話していると、学園長が間に割って入ってきた。
    「あ、はい! わたしは魔導科一年のサクラ=ピルグリムです! は、はじめまして学園長」
    「はじめまして、ピルグリム君。一緒にあの車でホットなドライブでもどうじゃ?」
    学園長は髪をかき上げていきなりナンパをしだした。
    ・・・確かにこの人は青春してるな、とオレは思った。

    「え~、どうしましょう。学園長から誘われちゃいましたぁ~」
    サクラもまんざらではない様子で、両手を頬に当てて恥ずかしそうにモジモジしている。
    「・・・分かりました。オレ達も行きますよ」
    「ホッホッホ、物分りの良い生徒達じゃの。では行くぞい」
    学園長は慣れた手つきでサクラの肩を抱くと、車に向かった。オレ達はその後に続く。

    「・・・エロクソじじい」
    ナースチャの小さな罵倒が、後ろでかすかに聞こえた。


    つづく。



    ――――――――――――――――――――――――――――――――――
    著/画 田代ほけきょ

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

    079.jpg 080.jpg 074.jpg
    Deep Forest 1 Deep Forest 2 To LOVEる ダークネス9巻
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