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みらい図書館 オリジナルノベル【みなノベ】 「にほんてぃる」 第十話 「英霊たちの道案内」【購読無料キャンペーン中】
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みらい図書館 オリジナルノベル【みなノベ】 「にほんてぃる」 第十話 「英霊たちの道案内」【購読無料キャンペーン中】

2013-10-07 18:00


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    にほんてぃる(第二部)
    第十話 「英霊たちの道案内」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    「・・・・・・おいおい、ここはゲームのダンジョンかよ」
    廊下の角を曲がった先は、もう何度か見たような風景だった。模様の入った分厚い絨毯、白い天井にレンガ風の柱、あっちこっちに風変わりな前衛芸術みたいなオブジェだか装飾だか分からない物が生え出してる。

    まるでトンチキな結婚式場みたいな場所だが、勿論結婚式場じゃない。
    まるでダンジョンみたいに入り組んだ作りをしているが、当然ダンジョンでもない。
    ここは首相官邸だ。

    1月11日。
    長めの正月を終えた俺は、ミチの指示で総理大臣にして陸軍大臣である東條英機(とうじょう ひでき)ことエイに会う為、この場所にやって来たのだった。

    何故かと言えば。
    俺は約二ヶ月を世話になった海軍の元を離れ、今度は陸軍に加わって南方作戦に参加する事になったからだ。

    その為の詳しい説明を受ける為、俺はここにやってきたんだが・・・・・・
    情けない事に、俺は絶賛迷子中だった。

    目指す先はエイのいる首相執務室。けど、官邸内の扉には表札らしき物は出ていなくて、廊下の作りも一見すると全部同じように見える。一応守衛から案内は受けていたが、一度現在地を見失ったら最後、俺は自分がどこにいるのかさっぱり分からなくなっていた。

    まったく、天下の軍神天明相馬(あまあき そうま)様が聞いて呆れる。この国の連中は俺を救いの神とか神の使いだとか思ってるようだが、現実はこんなもんだ。俺は目的の場所にも一人で行けないガキの使いってわけだ。

    憂鬱だ。首相にして陸相であるエイとは、二ヶ月前に一度会って以来だ。第一航空艦隊参謀長のリュウに似て、表情が変わらない、神経質でとっつきにくそうな奴だったと記憶してる。久しぶりだってのにいきなり約束の時間に遅刻したんじゃ、前途多難というか、気まずくて仕方がない。

    誰か道を聞けるような奴はいないのか? 恥を忍んで道を聞く決心をするが、生憎辺りには誰も・・・・・・ 
    いや、いた。

    そいつは二人の女の子だった。一人はシュナウザーみたいな犬耳を生やした小柄な女の子で、黒いタキシードをきっちり着こなしてる。多分、この国の政治家だ。

    もう一人は、多分陸軍の将校だろう。白い犬耳の女の子とは対照的に、こっちは黒い猫耳。飾りのついた礼服には、金ぴかの勲章が駄菓子屋のクジみたいにずらりと並んでる。
    二人とも不思議な雰囲気があって、俺の勘だが、かなり高い地位の奴って気がする。

    さて、どうするか。俺は悩む。いかに俺が天下御免の軍神様だとは言え、向こうが俺を知っているとも限らない。いや、勿論俺という存在は知ってるだろうが、俺の顔や姿を一目見ただけで俺だって信じてくれるかと言えば、怪しい所だ。

    誰だって、目の前に芸能人がいたら、本物かどうか不安になるだろ? そんな感じだ。それに、いざ信じて貰えたとして、あれこれと余計な詮索をされるとそれはそれで面倒だ。なにを隠そう、軍神様の正体は無能生徒会長にして戦争オンチのただの高校生だ。

    あれこれと質問攻めにされてボロなんか出た日には、世間も軍隊も含めてこの国は大混乱。下手したら俺に関わったイオ達の首が飛ぶ、なんて事になりかねない。
    なんて、俺なりにない頭で心配をしていると・・・・・・

    俺は気づく。二人の女の子が俺を見つめている。
    政治家風の女の子は孫を見るような優しい目で。
    軍人風の女の子は決意めいた物が浮かんだ力強い目で。
    うーむ。これはどうやら、待ったなしの状況らしい。

    いつまでもここで時間を無駄にしてるわけにはいかない。俺は腹を括り、二人に道案内を頼む事にした。
    「あー、悪いんだけど、総理執務室はどこか、教えてくれないか?」

    「・・・・・・」
    「・・・・・・」
    まるで精巧に出来た蝋人形だ。二人は俺を幽霊みたいに扱った。見えてないみたいに、聞こえてないみたいに、まるっきり無視だ。

    「・・・・・・いや、あの、俺は皇王附特別参謀の天明相馬なんだけど・・・・・・」
    気まずさを覚えながら、俺は俺に与えられた役割、大仰な肩書きを名乗った。それはこの国の統治者にして元首である皇王から与えられた自由のライセンス。この肩書きのお陰で、俺の発言は皇王であるミチと同等かそれに近い力を持っている。

    水戸黄門の印籠よろしく、こいつを振りかざせば誰も俺を無下には扱えない。精神的にも皇王を崇めるこの世界の連中は、皇王のお墨付きを頂いた俺を蔑ろには出来ない。
    そんななんでもありのチートちっくな肩書きだ。

    だから、俺はこの肩書きを嫌っている。ミチが皇王でありながら、この国を動かし、自由にする力と権利を持ちながら、それを一切使わず、それどころか、何かの弾みにその力が洩れ出ないよう細心の注意を払っているように、俺もこの肩書きの持つ力を乱用したくはなかった。

    まぁ、この場合は仕方がないんだけど。こんな言い方をしたくはないが、俺という人間の存在証明は、皇王附特別参謀の肩書きとイコールであると言える。この世界の人間は、俺という個人じゃなく、俺が身に纏う軍神、神の使いという衣、ミチの与えた肩書きに敬意を払っているんだから。

    俺が名乗っても、二人はしばらく無視を続けていた。なんなんだ? 言い直すのは気不味いし、かといってこれまでのやり取りをなかった事にして立ち去るのも気まずい。怒りたい気分はあるが、こんな赤の他人相手にキレるわけにもいかない。

    なんて困ってると、二人は双子みたいに同じ動きで、俺の両側に立った。
    「えっと、なんですか?」
    訳が分からず、俺は思わず敬語になる。

    二人は俺を挟むと、そのまま前に向かって歩き出し、暫く行った所で立ち止まると、最初から浮かべてる表情を仮面みたいにそのままにして、肩越しに俺を振り向いた。
    「・・・・・・案内してくれるって事か?」

    俺の質問を無視して、二人は歩き出した。
    わけがわからないけど、そういう事らしい。
    まったく、無口な奴が居たもんだ。

    俺は二人の間を少し遅れて追いかける。廊下を進み、曲がり、進み、曲がり、赤い絨毯の敷かれた階段を上って、また進み、曲がり、二人はとある一室の前で立ち止まった。
    やっぱり、表札はない。

    「あー、ここが総理執務室・・・・・・」
    確認しようと思った矢先だ。
    いつの間にか、二人の少女はいなくなっていた。

    ・・・・・・どういう事だ? 辺りを見回すが、二人は影も形もない。俺はそんなに長い間目の前の扉に気を取られてたんだろうか? そんなはずはないんだけど。
    まぁ、どうでもいい事だ。

    俺は心の中で名も知れぬ二人に礼を言うと、目の前の扉をノックした。
    「どなたです?」
    「俺だ」

    「オレ、などという名前の方は知り合いにおりません」
    懐かしいが嬉しくもない、エイの淡々とした声が答える。
    「皇王附特別参謀の天明――」
    「分かっています。お入りください」

    俺の名乗りにかぶせる様にエイが言う。
    ・・・・・・からかわれてんのか?
    とにかく、俺は部屋に入った。

    執務室は、いかにも総理大臣の仕事場って感じの一室だ。左手にどっかの社長が使ってそうな立派な仕事机、右手には応接用のスペース。廊下に比べるとさっぱりとした内装で、余計な飾りはほとんどない。

    「遅かったですね」
    仕事机に座ったまま、エイが顔を上げる。直前まで書類仕事をしてたらしい。総理大臣と陸軍大臣の兼任だ。さぞ忙しいんだろう。

    「悪い。道に迷った」
    俺は正直に謝罪した。遅刻ってのは他人の時間を奪う事だ。許される相手と許されない相手、許されないけれど許してくれる相手がいる。なんにしろ、こいつの一秒は俺の一分に値すると言っても過言じゃない。悪い事をしたと思う。

    「通過儀礼です」
    「あん?」
    「不親切なのです。この建物は、まるで迷路のようですから」

    気にするな。そういう意味だと俺は捉える。どうやら、こいつなりに俺の事を気遣ってくれてるらしい。少しだけ、俺達の間にあるぎこちなさが減った気がした。
    「もう少し遅かったら迎えに行こうと思っていました」

    「危うくそうなる所だった。案内してもらったんだ。名前を聞きそびれたぜ。なんだか妙な二人組でさ」
    本題に入る前に、もう少し場を暖めたい。そんな思いで俺は先程の体験を話す事にした。

    するとどうした。エイはポケットから取り出したメモを眺めると、少しだけ目を細めた。
    「どうした?」
    「それは、黒い礼服の少女と、黒い大礼服の軍人ではありませんでしたか?」

    「そうだが、知り合いか?」
    「知り合いでした」
    「知り合い、でした?」

    「えぇ。お二人はもう、この世にはおりませんので」
    「そうなのか・・・・・・って、はぁ!?」
    「私は見た事がありませんが。ここはよく、出るんだそうです」

    平然とエイは言うが、ちょっと待てよ!
    「出るって、まさかそいつは・・・・・・」
    「はい。幽霊です」

    鳥肌が立って、俺は一瞬言葉を失った。幽霊? そんな、馬鹿な。
    と、そこで俺は気づく。まったくこいつは、真面目そうな面をしてとんだ悪党だ。
    「はは、冗談きついぜ。俺をからかおうったってそうはいかないぞ」

    「冗談ではありません。実際ここでは、多くの人間が殺されています。幽霊が出たとしても、不思議ではありません」
    エイは至極真面目な顔で言った。これが冗談だとしたら、こいつはアカデミー級の女優に違いない。

    「恐らく、相馬さんが見たのは過去に総理大臣を務めた犬飼氏と、陸軍大佐の松尾氏でしょう」
    「・・・・・・いや、いやいやいや。ちょっと待てって。ここは総理大臣の仕事場だろ? なんでそんな所で人が殺されてるんだよ!?」

    俺の言葉に、エイはキョトンとした顔を見せた。
    「正論ですね。あまりにも仰る通りです。全く、お恥ずかしい話に違いありません」
    エイは、まるでたった今その事に気づいたって感じだ。

    「一国の首相が官邸で暗殺される。そんな事は本来あってはならないのですが、この国ではそれが起きてしまう。今後も、起こりえないとは言い切れない状況なのです」
    憂い。ただ悲しげに、エイは言った。

    「わけが分からん。いったい何があったってんだ!」
    「お望みとあらば、ご説明しましょう。もしかすると、相馬さんにも無関係ではない事かもしれませんから」

    そう言うと、エイは別のメモを開いた。
    「犬養氏が暗殺されたのは十年程前です。全てを説明するには時間が足りませんから、概要だけを。首謀者は新本海軍の青年将校達です」

    「海軍? 海軍って、海軍の連中が自分の国の首相を殺したってのか!?」
    「申し開きようもありません」
    エイは、それが自分の罪であるかのように、甘んじて受け入れた。

    「当時、世界恐慌と呼ばれる大不況の波が世界中の国々を襲い、新本でも多数の企業が倒産し、人々は飢え、不安を抱えていました。そんな中、海軍の一部将校達が立ち上がりました。彼らは様々な不満を持っていました。景気は回復せず、他国の経済政策の影響を受け、新本の経済は落ち込む一方。人々は、特に貧しい農民達は貧困に苦しみ、若者達は身売りをしなければいけないような状況でした。そして、犬飼氏の前任の総理大臣が締結した軍縮条約です。相馬さん、あなたはそれをご存知だと思いますが?」

    「・・・・・・もしかして、海軍が艦隊派と条約派に分かれたって言う奴か?」
    「そうです。彼らの不満は政治に向きました。政治は国を動かし、軍はそれを守る。だというのに、政治家の怠慢は留まる所を知らず、挙句の果てに国を守る軍隊を他国の言いなりになって弱体化させようとしている。政治家はもう、信用ならない。そのように考えたのです」

    「だから首相を殺したってのか? そんなの、おかしいだろ!」
    「おかしいと思います。ですが、起きてしまった。何が悪かったのか、私には分かりません。彼らは、けっして国を滅ぼそうと思ってはいませんでした。むしろ逆で、無能な政治家から政治を取り返し、より良い政治を行おうと思っていたのです。青年将校の中には、貧しい農村の出身者も多く、ある意味では、この国の悲惨な実状を誰よりも理解していたのかもしれません。だから、行動せずにはいられなった。彼らのやった事を肯定する気はまったくありませんが、他人事のような顔をして責める事もまた、私には出来ません。彼らの目的は、この国を混乱に落とし入れ、戒厳令を敷かせる事にありました。これが実現すれば、この国の行政、司法の権限は一時的に軍に移行されます。その間に全ての過ちを軍が正し、国をより良い形にする。それが出来ると、彼らは信じていました」

    空いた口が塞がらない。けれど、馬鹿げた事とは言えない。エイの話を聞いた後では。けど、違うだろ! それは、間違ってる。間違ってるはずなんだ! どこが、どのように? そんな事は分からない。正しさから始まったはずなのに、優しさから始まったはずなのに、その行く先は、どうしようもなく間違って見える。

    「松尾大佐が殺されたのは、六年前です」
    「六年?! たった、六年前かよ!」
    「はい。たったの、六年です」
    俺はもう、訳が分からない。いったい、この世界はどうなってるってんだ!

    「皇都不祥事件とも呼ばれております。大筋は、犬飼氏の時と似ていますね。ただし、今度の首謀者は陸軍です。皇道派と呼ばれる勢力の影響を受けた青年将校ら約千五百名が、照和維新(しょうわいしん)、尊皇討奸(そんのうとうかん)を掲げてクーデターを起こしたのです」
    「千、五百人って・・・・・・マジかよ・・・・・・」

    「終らない不景気、経済情勢の不安と、それをどうにかする為に立ち上がった青年将校達。ここまでは同じです。戒厳令を乱用した改革を照和維新と言い換えてはいますが。加えて、尊皇討奸です。これは、皇王様ご自身による政治の為、悪政の源となる逆賊達を討て、といったような意味です。新本の不況、他国との情勢悪化、国民の貧困と飢えの全ては、政治家の無能、企業の利己的な経済活動、無責任な報道による物だと考え、それら諸悪を一掃し、皇王様に本来の統治お返しする。そういった思想です」

    「返すって・・・・・・そんな事、ミチは望んじゃいないだろ!」
    「勿論です。政治とは、社会とは、そのように単純な物ではなく、清の影にはどうしても拭い去れない濁が生じます。憲法上、皇王様はこの国の元首であり、統治者であり、統帥権、つまり、軍隊に対する最上位の権限を持っておられます。ですがそれは、皇王様ご自身で全てを担わなければならないという物ではありませんし、担える物でもありません。皇王様がこの国の頂点である事は疑いようのない事実ですが、それは独裁を意味はしません。皇王様は、この国のよりよい発展と進歩の為、あえて政治の影に隠れ、不干渉を貫いておいでです。臣民を信じ、その働きに国の未来をお預け下さっているのです。それを、彼らは理解していませんでした。皇王様のお力を、権限を、文字通りに、そのままに受け取ってしまったのです。その意味では、やはり彼らも純粋で、その行いはともかくとして、発端は善意から生まれた物に違いありません」

    「彼らは正しい志から間違った解決方を選び、その結果、松尾大佐を殺害しました。彼は当時の首相の妹婿にあたり、当日偶然官邸に宿泊していた事、また、首相に容貌が似ていた事から、誤って殺害されました。大佐は最後まで、人違いを指摘する事なく身代わりを務めたと聞いています」

    「・・・・・・それが、さっきの二人の幽霊って事か」
    「恐らくは。きっと、新本の行く末を担う相馬さんのご様子を見にいらしたのでしょう」
    「・・・・・・なんつーか、重たい話だな」

    また一つ、俺の背の荷が増えた気がする。いったいこいつは、何処まで大きく、重たくなるんだろう。毎日、毎晩、俺はこいつを投げ出したい衝動に駆られる。全部放り投げちまって前みたいに身軽になれたらどんなに楽だろう。

    けど、それは出来ない。やらないし、出来ないんだ。
    一度背負っちまったら、降ろせない。
    降ろしちゃいけないんだ。この荷物は。

    何故ならこの荷物には、大勢の命が詰まってるからだ。
    俺の一声で死んでいった航空隊の飛行気乗り達。
    そして、今を生きるこの世界の数え切れない人間達の命の責任が詰まってる。

    重たい。重い。死ぬほど重い。
    だけど、俺は死なないし、生きたい。
    こいつは重いけど、俺一人で背負ってるわけじゃない。

    目の前のエイに、今までであった皆、イオ、イッチ、ナルミ、フジノ、リュウにナルミに、勿論ミチ。そしてもっともっと多くの皆で背負ってる。そう信じられる内は、そう思える内は、俺はこいつを捨てられない。

    俺が捨てちまったら、それだけ他のみんなの荷が重くなるんだから。
    自信も実力も全くないが、行ける所までは、俺はこいつを背負って走り続ける。走れなくなったら歩いてでも、歩けなくなったら這ってでも、とにかく背負って進みたい。

    「では、本題に入りましょうか」
    あっさりと、エイが切り出した。
    「どうしましたか? 蛙にお汁粉をかけたような顔をして」
    「どんな顔だよそりゃ!」

    「さぁ。試してみない事にはわかりません」
    「試さんでいい! もったいない!」
    「ですね。そんな事をしたら、甘党の山本さんに叱られてしまいます」
    にこりともしないが、今のはこいつ流の冗談だったんだろう。
    まったく、軍人ってのはどいつもこいつも冗談が下手でいけない。

    「既にお聞きになっていると思いますが、相馬さんには陸軍に加わり、南方作戦に参加してもらいます」
    「おう。よくわからんが、覚悟はしてあるぜ!」
    重い空気を消し飛ばすように、俺は胸板をどんと鳴らす。

    「どうでしょうか。陸軍と海軍では環境が大違いですからね。南方はどこもかしこも蒸し風呂のようだと聞いております。病気に猛獣は勿論の事、藪の中から突然敵兵が襲ってくるという事もあります。こう言ってはなんですが、船のように安全ではありませんよ」

    「そうだろうな。まったく、聞いただけでビビッちまうよ」
    「そうは見えませんが?」
    「そりゃそうだ。ここは南方じゃない。俺は南方の苦しさを知らないし、口で説明されたって分かりっこない。だからまぁ、こんなもんさ。泣き言は向こうでゆっくり言わせて貰う。苦労はあるだろうし、後悔もするだろうが、行っちまえばなんとかなるもんだ」
    「なるほど。聞きしに勝る図太さですね」

    感心してんのか貶してるのか。エイはメモを取りながら言った。
    「それでは説明に入りましょう。とは言え、南方作戦は複数の軍団が同時多発的に作戦行動を行っています。その一つ一つについて仔細に説明する時間はありませんし、相馬さんも覚えられないでしょう」
    「間違いないな」
    俺はありったけの自信をこめて断言する。

    「ここでは、南方作戦全体の目的と、相馬さんに参加してもらう各軍団の目的を簡潔に説明します。南方作戦の目的は、オーランの植民地になっているネーシアの開放、及び石油資源の確保です。石油は戦争続行の為、また、新本の経済活動の為に必須であり、至上目的と言えます。こちらは、今村均(いまむら ひとし)中将率いる第十六軍が担当します」

    「ですが、ネーシア攻略に辺り、二つの大きな障害があります」
    そういうと、エイは天井に吊ってある巨大な世界地図を指差した。
    「一つはスターズの植民地であるピルビン。もう一方はブリテンの殖民地であるマーレです。ご覧の通り、この二つの敵国植民地は新本とネーシアを遮るように横たわっています。この二つを攻略し、ネーシアの石油を手に入れる。大雑把に言えば、それが南方作戦の概要です」

    地図の上を差し棒でなぞりながらエイ。地理オンチの俺はついていくのでやっとだ。マーレ、ピルビン、ネーシアにオーラン、なんのこっちゃ!? って感じだ。こいつは、向こうに着くまでに予習が必要そうだな。

    「ピルビン攻略を担当するのは本間雅晴(ほんま まさはる)中将率いる第十四軍、マーレ攻略を担当するのは山下泰文(やました ともゆき)中将率いる第二十五軍です。どの部隊も既に作戦行動を始めており、かなりの戦果をあげています」
    「かなりの? って事は、好調なのか?」
    「今の所は」

    あくまでも冷静に、エイが答える。
    俺は意外だった。俺の知っている唯一つの事実は、この国が戦争に負けるという事だった。てっきり不利な状況に立たされてるのかと思っていたが、そうじゃないらしい。

    これは歴史の通りなのか。それとも、ハウイ作戦での決断が影響しているのか。生憎、俺には分からない。なんにしろ、油断は出来ない。

    「それで、俺は誰の所に行けばいいんだ?」
    「全員です」
    「全員って、無茶言うなよ。俺は一人しかいないんだぜ?」
    「当たり前の事を言わないで下さい」

    しれっとエイが言う。今のも冗談か、それとも素なのか。
    案外こいつ、天然なのかもな。
    「いずれは、という意味です。勿論、計画の上でですが。恐らく相馬さんは自覚がないと思いますが、相馬さんは陸海軍の両方で、勝利を呼ぶ戦の神という事になっています」

    「マジかよ。知らない間に俺も偉くなったもんだな」
    「笑い事ではありません。相馬さんがいる軍は勝つ、という事はです。いない軍は負けるかもしれない、という事です」
    「んなアホな!?」

    「事実です。縁起やご利益というのは、そういう物です。それが存在するだけで、持つ物と持たぬ物の格差が生まれる。今回相馬さんを陸軍に呼んだ理由の一つがそれです。陸軍内では、海軍ばかりが軍神様を独占するのはずるい、というような声が多数出ています」

    「人気者は辛いね~・・・・・・なんて言ってられねぇぞ、そりゃ」
    「はい。このような不満を放置しておけば、ただでさえ険悪な陸海軍間の仲がさらに悪化するだけでなく、陸軍上層部に対する兵達の不信を生む事にもなりかねません。という事で、相馬様には可能な限り複数の軍を回ってもらう事になります」

    「おーらい。元々俺はなんでもやる気だ。異論はねぇ」
    「そうおっしゃられると思いました。最初はマーレ作戦に参加してもらいます。繰り返しになりますが、こちらは山下泰文中将率いる第二十五軍が担当しています」

    「で、俺はその山下って奴の下につけばいいわけか?」
    「そういう事になります。参考までに、第二十五軍は当初の予想を大幅に上回る速度でブリテン軍を蹴散らし、マーレ南端にあるシュガーホール要塞へと向かっています。ここを陥落させる事が出来れば、マーレ作戦の成功という事になります」

    「なるほど、分からん」
    「えぇ。詳しい事は現地でマーレの虎に聞いてください」
    「マーレの虎? なんだそりゃ」

    「山下中将の通り名です。尋常ならざる勢いでマーレを進軍している事から、昨今新聞がそのように名付けたそうです」
    「はぁ~。すげぇ奴なんだな。その山下ってのは」

    俺の言葉に、エイが黙り込んだ。
    「どうしたんだ?」
    「・・・・・・山下中将には気をつけてください」
    「ん?」

    突然の事で、俺は不意を突かれた。
    「気をつけるって、何に?」
    「山下中将は皇道派です」

    「皇道派って、さっき言ってた皇都不祥事件を起こしたっていう、あの?」
    「そうです。事件の主要人物というわけではありませんが、彼女は実行犯である将校達を庇うような言動が目立っていました」
    「だから気をつけろって? そりゃちょっと疑いすぎなんじゃないか?」
    「相馬さんは無用心過ぎます」

    きっぱりと、エイが断言する。
    「陸軍の青年将校約千五百人が、皆自発的にあのような凶行を行ったとお考えですか? この国の若者は、それほどまでに愚かではありません。誰かが、力があり、権力があり、実績と実力を持つ何者かが白い心に墨を塗ったと、そうは考えられませんか?」

    「誰かが、裏で手引きしてるって? そいつらをそそのかした黒幕がいるってのか?」
    エイは静かに否定した。
    「そうではありません。けれど、そうでないとも言えません。ただ、下の物は、上に立つ物の背を見て育つものです。はっきりとした陰謀、計画を持っていなかったとしても、邪な心は普段の振る舞いから漏れ出して、他の者を感化する事もあります」

    「それが、山下だってのか?」
    「それは分かりません。ですから、お気をつけて」
    「・・・・・・覚えとくよ」

    それ以上の事は言えない。とにかく、俺は不安になった。スクランブルエッグの中に一欠けらの殻が混じっちまったみたいな。
    それを知ってしまったら、安心とはお別れだ。どこにそれがあるのか、いつそれが襲ってくるのか、事が終るまでずっと怯える羽目になる。

    「すみません。不安にさせたようですね」
    「いや、いいんだ。なにかあってからじゃ遅いもんな」
    「・・・・・・・ですね」

    エイは神妙に頷いた。
    「実はもう一人。注意して頂きたい人物がいます」
    「なんだよ。他にも皇道派がいるのか?」

    「そうではありません。彼女は、そういうのとは違います。上手く言葉に出来ませんが、彼女はなんというか・・・・・・危ないのです。第二十五軍作戦主任班長、辻政信(つじ まさのぶ)という者です」
    「危ないって、どう危ないんだ? まさか、触ったら爆発するわけじゃないだろ?」

    俺の軽口は盛大にスベッた。エイはただ、不安そうに胸元を抑えている。
    「会えば分かります。それ程に、異様な人物です。ですから、その、お気をつけて」
    「・・・・・・流石に不安になったきたぜ」

    「大丈夫です。戦況に関しては、山下中将の担当するマーレ作戦が一番好調です。内部はともかく、敵軍との戦闘による危険は少ないでしょう」
    「敵より味方の方が怖いってのもどうかと思うが。ま、そいつで安心って事にしとくぜ」
    「すみません。私はあまり、弁が立つ方ではないので」

    「いいんじゃねぇの? べらべらといらない事を喋るより、よっぽどいいさ」
    俺が笑いかけると、エイ少し手間取って、不器用な笑みを作って見せた。
    「出発は明日、飛行機で。朝早く、迎えの者を送ります」
    「あいよ。一丁、頑張って来るさ」

    それで話は終わりだ。
    これまでの話は全部軍事機密。
    特に持たされるような荷物もなく、俺は手ぶらで部屋を後にする。

    「御武運を」
    去り際の背中に、エイがそっと呟いた。
    「お互いに、な」
    同じ荷を負う仲間に告げて。

    明日から、俺の戦いがまた始まる。
    見た事のない土地、まだ知らない陸の戦争。
    そこで待ち受ける二人の要注意人物。

    上等だ。
    俺は勝利の軍神、天明相馬だ。
    何が起きても、この国を勝たせて見せるさ。


    つづく。

    【にほんてぃる MAP】
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    ――――――――――――――――――――――――――――――――――
    七星十々 著
    イラスト ゆく

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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