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2013-09-23 10:00



    おくびょうなうさぎとおろかなかえる・上


    ―――――――――――――――――――――――――――

    プロローグ
    「うさぎさんとかえるくんの旅のはじまり」

    ―――――――――――――――――――――――――――


    ちいさな村のちいさな畑、ここで今年もたくさんのニンジンが採れました。

    うさぎさんが、大きなくすの木の下に座って本を読んでいます。
    そこに、うさみみおじさんが通りかかりました。
    「うさぎさん、こんにちは、いいお天気だね」
    「あら、うさみみおじさま、こんにちは」
    「うさぎさんは今日も本を読んでいるのかい」
    「ええ、読みたい本がたくさんあるの」
    「そうかい。でも、今日くらいはニンジンの収穫を手伝ってはどうだい」
    「そうねぇ…。でも、今日は本を読むことにするわ。この本を夕暮れまでに読んでしまいたいの」
    「あぁ、そうかい。なぁ、うさぎさん、うさぎさんは畑仕事をしたことがあるかい」
    「いいえ、ないわ。私、読みたい本がたくさんあるんだもの」
    「そうかい、なぁ、うさぎさん、うさぎさんはニンジンを食べないのかい?」
    「もちろん、いただくわ。うさみみおじさまは、私がニンジンを大好なことを、ご存じなくて?」
    「いやいや、もちろん知っているよ、だから…、なぁ、うさぎさん、一日くらい手伝ってはどうだい」
    「あのね、うさみみおじさま、私は畑仕事をするよりも、本を読んでいた方がいいと思うの。私、お腹がいっぱいでも頭はからっぽなうさぎにはなりたくないのよ」
    「そうかい、うさぎさん。そうかい、……分かったよ」
    「分かっていただけて嬉しいわ、うさみみおじさま」
    「そうそう、今夜はニンジンのクリームスープをつくる予定だよ、うさぎさんも来るかい?」
    「ええ、もちろん! うさみみおじさまの作るニンジンのスープ、とっても美味しいから大好き!」
    「あぁ、ありがとう。では、今夜、待っているよ」
    うさみみおじさんは畑に向かい、うさぎさんは再び本に目を戻しました。

    『本ばかり読んでいて、まったく働かないうさぎさんは、大切なことをなにも分かっていません』


    ――――――


    ちいさな村の小さな池、今日もその周りでどうぶつの子ども達が遊んでいます。

    ちいさな子ども達に囲まれているのはかえるくん。一緒に仲良くジャンプ競争をしていたのですが…。
    「なに言ってんだよ! オレさまのジャンプが一番高いに決まっているだろ!」
    「え~、でも、かえるくん、かえるくんは、まだ一回もジャンプしてないよ」
    「おいっ! オレさまのジャンプを見ようだなんて100年早い! だいだい、オレさまがジャンプしたら、高いところまで飛びすぎで、見えなくなるぞ」
    「ええっ、そうなの!? かえるくんは、そんなに高いところまでジャンプできるの?」
    「もちろんだぜ! おい、空を見てみろよ、白い雲がみえるだろ、オレさまはあの雲の上までジャンプできるんだ!」
    「ホントに!? あんな高いところまで?? かえるくん、すごいねぇ!」
    「フンッ、あたりまえだ。やっとオレさまのすごさが分かったのかよ」
    「うん、すごい! ねぇ、かえるくん、どうしたら、そんな高いところまでジャンプできるの?」
    「おいおいお前たち、まさか教えて欲しいのか?」
    「うん、教えてよ! ぼくたちもかえるくんみたいに高いところまでジャンプできるようになりたいよ」
    「そうか…、本当はそんな簡単には教えられないんだけどなぁ、よし、今日は特別だ」
    「わぁ、ありがとう、かえるくん!」
    「なぁ、お前たち、『物理学』って知ってるか?」
    「なにそれ、『ブツリガク』…それってお化けの名前?」
    「ちがう、ちがーうっ! 物理学も知らないんじゃ、話にならん。教えるだけムダだ!」
    「えぇ、そんなぁ。 もっと教えてよぅ、「ブツリガク」ってなに、なに? なに? なに~?」
    「あー、うるさいっ!! 今日はもうここまでだ」
    「えぇー、もぅおしまい? かえるくんの、ケチ~!」
    「お、おいっ!! 今、なんて言った!? オレさまのことをケチって言ったやつは誰だ?」
    「教えてよぅ、雲まで届く高いジャンプの跳び方、教えてよぅ」
    「オレさまのことをケチだなんていうヤツには、ぜったいに教えない! お前たち、もうかえれ! オレさまはもう寝るっ!」
    「えぇ、そんなぁ、かえるくん、今日はぼくたちと一日遊んでくれるってお約束だったよねぇ」
    「うるさいっ! 約束は守られないから約束って言うんだ! いいから、もうかえれ! お前たちがかえらないんだったら、オレさまがかえる!」
    「え~っ! かえるくん、待ってよ~」
    かえるくんはあっというまに見えなくなり、遊んでもらうのを楽しみにしていた子ども達はがっかりして、泣いてしまいました。

    『いきがってばかりで、すぐにもめごとを起こすかえるくんは、大切なことをなにも分かっていません』


    ――――――


    ある日の朝、ちいさな村に、白髪まじりのかもしかさんが訪ねてきました。
    かもしかさんは遠い村から来た薬売りでした。

    「おはようございます。すみません、この村に薬草を必要としているおうちはありますか?」
    「あら、おはようございます。
    久しぶりに新聞配達さんが来たのかと思ったら、違うのですね」
    「えぇ、私は新聞配達ではありません、薬売りです。
    まさか、この村にも、新聞が来ていないのですか?」
    「はい、もうずいぶん前から、毎日届いていた王都新聞が来なくなってしまって…どうしてしまったのだろうと村人みんなで不思議に思っているのですよ」
    「王都新聞…ですか。もしかして、王都から手紙やはがきも届かなくなっていますか?」
    「えぇ、そうなんです。先日も心配で王都に住む友人に手紙を出したのですが、返事が無くて…」

    「そうですか。…それは、もしかしたら『クロモヤモヤ』のせいかもしれません」
    「『クロモヤモヤ』? いったいそれはなんのことですか?」
    「それはですね…」
    かもしかさんは、傍らの切り株によっこいしょと腰を下ろし、ゆっくりと話を続けました。
    「この村から遠く離れたところにある、この国を治めるどうぶつ王のお城。今、そのお城のある王都が真っ黒な霧で覆われているそうです。その不気味な黒い霧が『クロモヤモヤ』と呼ばれているのです」
    「王都が!?」

    「はい。『クロモヤモヤ』のことは何も分かっていません。なぜ、どこから、そんな黒い霧が出てきてしまったのか…まだ誰にも分からないのです。ただ…ひとつ分かっていることは『クロモヤモヤ』の中に入ると二度と出て来られなくなるということです。なので、王様も『クロモヤモヤ』の外に出られずにいます。王様を助けようと『クロモヤモヤ』の中に入って行った勇敢などうぶつ達も、皆、帰って来ていません。もう、王様の様子を知ることさえできないのです」

    「なんと怖ろしい…。それで、王都から新聞や郵便が届かなくなってしまったのですね。王様のお身体は大丈夫なのでしょうか」
    「えぇ、心配です。王都こんなことになってしまって、本当にこの国はこれからどうなってしまうのか…」
    「そうですか。私達がなにも知らないうちに、王様とお城がそんなことになっていたなんて…」

    「それに…どうも『クロモヤモヤ』は少しずつ大きくなっているようなのです。もしかしたら、いつかこの村も『クロモヤモヤ』に…い、いえ、もしそうだとしても、ずっとずっと先のことだとは思いますが…」

    「この村も『クロモヤモヤ』に?? それは大変!!」

    「クロモヤモヤ」の話は、あっという間に村中に広がり、村のおとな達が村長さんの家に集まりました。

    「村長さん、聞いたかね『クロモヤモヤ』だそうだ」
    「遠い村から薬を売りに来たかもしかさんが、この村にもクロモヤモヤ広がるかもしれないって言っとったぞ」
    「『クロモヤモヤ』の中に入ると出られなくなっちまうって話だよ」
    「この村が『クロモヤモヤ』に飲み込まれちまったら大変だ」
    「今のうちからなにか考えて、備えておかないと…なぁ、そうだろ、村長さん」
    「村が危ないってことが分かっとるかね、村長さん。こんな時くらいしっかりしておくれよ!」
    「村長さん、いつまでも黙っていないで、そろそろなにか言ったらどうだい」
    どのどうぶつも不安と不満を訴えました。

    村長さんは、目をつぶって聞きながら、腕を組んで、う~ん、う~ん、と考えるふりをしました。
    心の中で、めんどうなことになったなぁ、なにか言ったらもっと文句をいわれそうだし、困ったなぁ、どうやってみんなに帰ってもらおうかなぁ、と思っていました。

    どうぶつ達が口々に文句をいい、村長さんが黙ってそれを聞くふりをして、しばらく時が過ぎました。
    村長さんが、もうそろそろ三時だし、ゆっくりおやつが食べたいなぁと時計を見あげたと同時に、はくびしんくんが「そうだ!」と手の平を叩きました。
    「村長さん、『クロモヤモヤ』の話はもしかしたら、ただのうわさかもしれません。一度、お城の様子を見に行って、確かめて来てはどうでしょうか?」
    「そうだ、村長さん、そうしよう!」
    他のどうぶつ達も、はくびしんくんの意見に賛成しました。
    困ったなぁ、困ったなぁ…と、ずーっと困っていた村長さんも、その言葉を聞いて、はたと困ったふたりのどうぶつのことを思い出しました。うさぎさんと、かえるくんのことです。

    村長さんは、やっと重たい口を開きました。
    「よし! かもしかさんの話にあった『クロモヤモヤ』、それが本当に王都を包んでいるのか、もし本当ならば、それはいったいどんなものなのか、村としても正しいことを知っておく必要があるじゃろう。村にはかしこい若者と、元気な若者がおる。うさぎさんとかえるくんじゃ。このふたりなら、かならず『クロモヤモヤ』のことを確かめて、無事に村に戻ってきてくれるじゃろ。村のみんな、うさぎさんとかえくんに任せてみるのはどうじゃ」

    どうぶつ達は、村長さんの言葉を聞いてみるみる顔が明るくなりました。
    「おぉ、村長さん、それがええ、それがええ!」
    「うさぎさんとかえるくんなら、ちょうどええ!」
    「村長さんも、たまにはいいこと言うじゃねぇか!」
    村長さんは、どうぶつ達がよかった、よかったと言いながら家に帰って行く姿を見てほっとしながら、働かないうさぎさんと、すぐにもめごとを起こしてしまうかえるくんを、村の外へ行かせることができて、これまたよかったと思いました。

    こうして、うさぎさんとかえるくんは、村長さんに言われて「クロモヤモヤ」のことを調べるために、王都に向かって旅立つことになりました。
    「うさぎさん、かえるくん、これは君達にしかできない大仕事じゃ、しっかり頼んだぞ」
    うさきざんは不安そうな顔で言いました。
    「村長さん、どうして私なのかしら? 私、『クロモヤモヤ』だなんて、怖いわ。村には他にもどうぶつがたくさんいるじゃない」
    「うさぎさん、うさぎさんはたくさん本を読んでおる、うさぎさんが村で一番かしこいどうぶつだからじゃよ」

    かえるくんは、胸を張って嬉しそうに跳ねています。
    「オレさまは選ばれて当然!
    なぁ村長さん、オレさま独りで充分じゃないか? うさぎさんは要らないよ」
    「いやいや、かえるくん。かえるくん独りだと、もしも何かあったときに、村に知らせることができなくなる。うさぎさんと助け合って、しっかり調べてくるんじゃよ。君達ふたりなら安心じゃ」

    村のどうぶつ達は、自分が行くことにならなくて良かったなぁ、と思いながら、うさぎさんとかえるくんのために、地図と乾燥ニンジンと羽虫の入った虫カゴを用意してくれました。
    そしてにこにこの笑顔で、ふたりを送り出してくれました。

    いってらっしゃい、うさぎさん。
    がんばってね、かえるくん。
    ふたりとも、気をつけて行ってくるんだよ。
    うさぎさんはしぶしぶ、かえるくんは元気いっぱい、ふたりで村を出発しました。

    「あぁ、私、どうしてこんなことになってしまったのかしら、こんな怖い旅、本当にイヤだわ」
    うさぎさんはゆっくりと歩く足先を見つめながらつぶやきました。
    「こんなことになるくらいなら、私がかしこいことは秘密にしておけば良かったわ…」
    かえるくんが、そんなうさぎさんの顔をのぞき込んで言いました。
    「うさぎさん、ねぇ、うさぎさん。なんで、荷物の中にこんなにたくさんの本が入ってんだよ、重てぇじゃねぇか」
    「そうかしら、かえるくんはとっても力持ちだから、このくらいの荷物、平気でしょ?」
    「えっへん、オレさまは力持ち! でも、どうしてオレさまが、うさぎさんの本も持たなきゃいけねぇんだ?」

    「だから、かえるくんが力持ちだからよ」
    「そうさ、オレさまは力持ち! だけど…、なんか、不公平じゃねえか?」
    「不公平ですって? 不公平ってなにかしら、私は頭をつかう、かえるくんは体力をつかう…これってすっごく公平じゃない?」
    「お、おいっ! 今、なんて言った? オレさまのことを体力だけのバカだって言ったか?」
    「あら? そんなふうに聞こえちゃったなら、失礼。ごめんなさいね、私がかしこ過ぎるのよ。それに、かえるくん、そんなにすぐに怒らないでよ。短気はソンよ」
    「なに~っ! オレさまが短気だと!? あぁ、もうイヤだ! こんなに本を持っていたら高くジャンプできねぇ。本は全部、捨ててやる!」
    「ちょ、ちょっと、待って!! それはダメよ!」

    かえるくんはうさぎさんが止めるのを聞こうともせず、あっというまに全部の本を、川の中に投げ捨ててしまいました。
    「へへぇ~ん、もう手遅れだ。ほら見ろ、本はもう流れて行った。
    これで荷物が軽くなった。えっへん」
    「あぁ、よりによって、川の中へだなんて…もう拾えないじゃないの」
    「ざまぁみろ! オレさまのことを、バカとか短気とか言うからだ!」

    「あぁ、かえるくん、よく聞いて…村でもらった地図はどこ?」
    「ん…? 地図?」
    「私は本にはさんでおいたんだけど。今さっき、かえるくんが川に投げてしまった本に…よ」
    「え、なんだよ? 地図が無くなっちゃったのかよ」
    「えぇ、そうよ。正確に言うと、無くなったんじゃなくて、かえるくんが捨てちゃったの」
    「おい! なんで大切な地図を、本になんかはさんでおくんだよ!」
    「本にはさんでおけばどこにあるのかを忘れないじゃない」
    「忘れなくたって、無くしちゃったら、意味ねぇじゃねぇか」
    「だから、無くしたんじゃなくて、かえるくんが捨てちゃったの!」
    「おい、おい! オレさまのせいだって言いたいのか?」
    かえるくんは顔を真っ赤にして怒り、手足をバタバタさせました。

    「あぁ、もぅ! だから、そうじゃなくて! ねぇ、そんなにすぐ怒らないでよ。…どうするのよ、これから」
    うさぎさんは大きな溜息をつきました。
    「どーすんだよって、なんだよ。オレさまは知らねぇよ!」
    「知らないって…。じゃあ、村に戻るの? 私はそれでもいいけど…」
    「村に戻る? イヤだよ、そんなの。村のみんなにバカにされるに決まってるだろ!」
    「そうよね…。きっと、みんな、私達をバカにするわ…。私もそれはイヤ」
    「だろ。よし、前に進むぞ! 地図なんか無くたって何とかなる。うさぎさんはかしこいんだろ」
    「えぇ、私はかしこいうさぎよ」
    「じゃぁ、うさぎさんが道を考えて決めてくれれば大丈夫だ。なぁ、うさぎさんはかしこいんだろ」
    「えぇ、私はかしこいうさぎ…」
    荷物が軽くなったかえるくんは、ますます元気にぴょんぴょんと跳ねました。
    とても不安になってしまったうさぎさんは、かえるくんについて行くようにとぼとぼと歩き始めました。

    まっすぐの道を進み、くねくねの道を曲がりました。
    お腹が空くと、うさぎさんは乾燥ニンジンを、かえるくんは虫かごの中の羽虫を食べました。
    赤い実や紫色の実がなっている木を見つけると、つまんでその実の味を確かめました。
    雨が降ると、大きな木の下や岩穴の中に入って、雨雲が通り過ぎるのを待ちました。
    日が暮れて暗くなると、ふたりで枯葉のベッドをつくって眠りました。
    陽が登ると、さといもの大きな葉からこぼれる朝露を両手ですくって飲みました。

    そうやって旅をして、もうどのくらい村から離れたでしょうかしょうか。
    ある日、うさぎさんとかえるくんは分かれ道の前で立ち止まりました。
    「なぁ、うさぎさん、道が3つに分かれてる。どっちに行くんだ?」
    「どうしよう…。ねぇ、かえるくん、やっぱり地図が必要だったわね。だから私、言ったじゃない」
    「いまさら何いってんだよ! 地図はもうねぇんだ! うさきぎさんが考えて決めるんだろ」
    「そんなぁ…。あぁ、私、もうイヤ! やっぱりかえるくんと一緒になんか来るんじゃなかった」

    「なんだと! じゃぁ、うさぎさんは、もうかえれよ! 村に戻って、バカにされればいいじゃないか! オレさまは行くぞ、独りで行く!」
    かえるくんはうさぎさんに背を向けて、ひとりで歩き始めようとしました。
    「…ねぇ、かえるくん、足がふるえてるよ、ホントは怖いんじゃないの?」
    「うるせぇ! ふるえてなんかいねぇよ!!」
    振り返ったかえるくんの目には涙がいっぱいで、今にもこぼれ落ちそうでした。
    それを見て、うさぎさんは、はぁ、と溜息をつきながら言いました。
    「もういいわ…。私も村に戻ってバカにされるのはイヤ。だからかえるくんと一緒に行ってあげる」
    かえるくんは、鼻水を吸い上げながら両腕で涙をぬぐいました。

    「さてと…。道は3つに分かれているわね」
    「うん、右の道と、真ん中の道、左の道…。どの道も、ずっと先までなんにも見えねぇなぁ」
    「えぇ、木が何本かあるだけで、あとは今までと同じ、草がところどころに生えているだけの道」
    「なぁ、うさぎさん、王都には、どの道を通って行けばいいんだ?」
    「う~ん、方角では左の道なんだけど…。でも、道がこの先がどうなっているか分からないから決められないわ。」
    「決められないって、どういうことだよ! うさぎさんなら、どの道を行けばいいか分かるんだろ!」

    「ちょ、ちょっと待ってよ。今、悩んでるんだから」
    「悩んでる? 悩んだら決められるのかよ。うさぎさんはかしこいと思っていたのに、こんなことで悩むのかよ」
    「なんですって? 私だって悩むことくらいあるわよ。かえるくんみたいに単細胞じゃないの!」
    「オレさまが単細胞だって!?」
    かえるくんはまた顔を真っ赤にして、手足をバタバタさせました。
    「単細胞ってなんだよ! アメーバのことかよ? オレさまをあのぐにゃぐにゃしたアメーバと一緒にするのかよ?」
    「ねぇ、ねぇ、かえるくん、ちょっと黙っててちょうだい。うるさくて、気が散っちゃう」
    うさぎさんは眉間に皺をよせて、片手でこめかみを押さえながら言いました。

    「おい、ちょっと待てよ! オレさまが、うるさいだって? 今度はオレさまを邪魔者あつかいするのかよ」
    「かえるくん、今、それは重要じゃないの。急いでどの道を進むのかを決めなきゃ日が暮れちゃうわ」
    「おいおい、うさぎさん、待てよ! まずはオレさまがアメーバなのか邪魔者なのか、そこをはっきりさせろよ!」
    「あぁ、もぅ、分かってよ! かえるんは、どうしていつもそうなの?」
    「どうもこうも、へったくれもねぇよ! いいからオレさまをアメーバ呼ばわりしたことを取り消せよ!」
    「はい、はい、はい、はい。取り消せば、静かにしてくれるのね」
    「なんだよ、その態度は? オレさまのこと、バカにしてるのか?」

    「もーっ! いい加減にしてよ、かえるくんっ!!」
    「なんだとーっ!!」
    かえるくんの声が、どんどんどんどん大きくなりました。
    それに合わせるかのように、うさぎさんの声も大きくなりました。
    ふたりがあまりに大きな声で喧嘩をしていたので、うさぎさんもかえるくんも、どうぶつが近付いてきたことに気がつけませんでした。

    「こんにちは」

    どうぶつが挨拶をしても、まだふたりは気がつきませんでした。

    「こんにちはっ!!」

    ふたりの声よりも、もっと大きな声がして、うさぎさんとかえるくんはハッとしました。
    振り返ると、そこに居たどうぶつは…


    つづく。


    ―――――――――――――――――――――――――――

    第一話
    「ナビゲーターの気まぐれな道案内」

    ―――――――――――――――――――――――――――


    「おい、誰だよ、今の声・・・」
    かえるくんが、つぶやくように言いました。
    「誰も・・・、居ないわね」
    うさぎさんも、つぶやくように言いました。
    「でも、確かに聞こえたわ・・・『こんにちは』って」
    ふたりは首を傾げながら互いの顔を見ました。
    「うぉー、なんなんだよー、気持ち悪ぃじゃねーか!」
    かえるくんは、足をバタバタさせながら右を見て、左を見て、それからまた振り返りました。

    「かえるくん、落ち着いて!」
    「うぉー、うぉーっ!」
    かえるくんは、うさぎさんの声が聞こえないかのように両手で頭を抱えて、ますます足をバタバタさせました。
    「落ち着いてったら!もうっ! ねぇ、そんなに怖がらないでよっ!!」
    「なんだとー、怖がってなんかねぇよ!!」
    うさぎさんとかえるくんはまた大きな声で言い合いを始めました。

    「あらあら、また喧嘩? ほんと、元気ねぇ」
    声はふたりの頭の上の方から聞こえてきました。
    うさぎさんはゆっくりと、かえるくんは頭を抱えたまま、一緒に見上げると、大きな木の上に誰かが立っていました。
    「どう見える? 私のこと、ふふふ」
    「なんだよ、おまえ、誰だよ!」
    かえるくんは目を大きく開けましたが、木の枝が邪魔をしてよく見えませんでした。
    「あなた誰? 私達に用があるなら、ここへ降りて来なさいよ!」
    うさぎさんが大きな声で力いっぱい言いました。

    「まぁ、気の強いこと。ふふふっ」
    木の上の誰かは、そう言った次の瞬間、姿が見えなくなってしまいました。
    「消えた・・・」
    かえるくんがつぶやいたその時、まだ目を凝らしているふたりの肩に、後ろから誰かの手がポンッと乗りました。

    「ぎキやャーーっッ!!」

    うさぎさんとかえるくんは、びっくりしてひっくり返りました。
    「あなたたち、道を迷っているのね」
    そこには可愛らしいねこさんがいました。

    「・・・・・・」

    驚いて声が出なくなってしまったふたりのことは全く気にせずに、ねこさんは話を続けました。
    「でもね、どの道を行こうか、悩んでも仕方がないの」
    ねこさんは片足でくるくると回りながら、みっつの分かれ道を順番に指差します。
    「右の道は湿原の方へ、真ん中の道はずっと平らな草原、左の道は険しい山道に。・・・そう、どの道を通っても王都に行けるのよ」
    うさぎさんはねこさんの話を聞いてまた驚き、
    「なんだ、一生懸命考えて、ソンしちゃったわ・・・」
    と小さく肩を落としました。

    「あなた達はどの道を行く? 私、一緒に行ってあげてもいいのよ」
    「ホントか!?」
    かえるくんは目を見開いたまま、立ち上がりました。
    「ええ、いいわよ」
    ねこさんはふわぁと、背中を丸めて伸びをしました。
    「ねこさん、教えてくださって助かりました。どうもありがとう」
    うさぎさんがよろよろと立ち上がりながら言いました。
    「私たちは真ん中の・・・草原の道を行きたいんだけど、一緒に行っていただけ・・・」
    「私が一番好きな道にしましょ。ね、どれだか分かる?」
    うさぎさんがまだ言い終わらないうちに、猫さんが質問をしてきました。

    ねこさんはゆらゆらとしっぽを揺らしながら、ふたりの顔を交互に見ました。
    「ふふっ、さぁ行きましょ。左の道へ!」
    うさぎさんとかえるくんはまた驚いて、目を合わせました。
    「左ってなんだよ、山道なんだろ! しかも険しいって、ねこさん、さっきそう言ったよな」
    かえるくんがねこさんに迫って言いました。
    「ええ、そうよ、と~っても険しい山道。私の大好きな山登り」
    ねこさんにそう言われて、うさぎさんもかえるくんも目が点になってしまいました。

    「・・・あら? 嫌ならいいのよ、一緒に行かないわ。・・・好きにしてちょうだい」
    黙っているふたりをちらっとみると、ねこさんは言いました。
    うさぎさんは少しだけ考えて、かえるくんに言いました。
    「ねこさんが一緒に行ってくれたほうが心強いわ」
    「でも・・・」
    「かえるくん、あなたは誰よりも力持ちなのよね、山道なんてどおってことないでしょ」
    「・・・」
    かえるくんはうさぎさんにそう言われてると、何も言えなくなりました。
    そうしてうさぎさんとかえるくんは、ねこさんと一緒に左の道を進んで行くことにしました。


    ――――――


    「んっふふ~♪ んふふ~ん♪」

    ねこさんは鼻歌を歌いながら腰をくねくねさせなばら歩きました。かえるくんとうさぎさんはその後ろを並んで歩きました。
    しばらく歩くと、目の前に大きな山がいくつも見えてきました。
    「まさか、あの山を登らなくちゃいけないのかしら・・・」
    うさぎさんが嫌そうに言うと、
    「ねこさんと一緒に行こうって決めたのは、うさぎさんだぜ」
    かえるくんが小さな声で言いました。
    そんなふたりの会話が聞こえているのか聞こえないのか、ねこさんは知らん顔で歩き続けました。

    歩いているうちに、なだらかだった道は少しずつ登り坂になってきました。
    だんだん、荷物が重く感じられるようにもなってきました。
    気のせいか息苦しくもなってきて、うさぎさんとかえるくんはハアハアと息が切れて、何度も立ち止まってはお水を飲みました。
    ねこさんはいつまでも軽々と歩きまったく休まないので、ふたりが立ち止まるたびに距離が離れていってしまいました。
    「ねこさん、ねぇ、ねこさん、すいません。ちょっと待っていただけませんか?」
    うさぎさんが声をかけても、ねこさんは聞こえないのか知らん顔をします。

    「んっふふ~♪ んふふ~ん♪」

    かえるくんは何も言わずに、汗をたらたらと流しながら登り続けました。
    うさぎさんとかえるくんの先を歩くねこさんの姿は、どんどん小さくなっていきました。
    やがて姿が見えなくなり、鼻歌も聞こえなくなると、ふたりはさすがに不安になってしまいました。

    それでも前に進むしかなくて登り続けると、ねこさんは日当たりの良い岩の上で丸くなって眠っていました。
    そうやってねこさんが時々お昼寝をしてくれるので、ふたりはねこさんとはぐれずに、なんとかついて行くことができました。

    山の日暮れは早く、暗くなって道が見えなくなると、もう先へ進むことはできません。
    うさぎさんとかえるくんは体を寄せ合って休み、ねこさんは木の上にするすると登って周囲を見渡し、そのまま寝てしまいました。

    うさぎさんは慣れない山道歩きでへとへとになって、
    「私、もうこんな道、嫌だわ、3日でいいからここでずっと休んでいたい」
    と言いました。

    かえるくんは、
    「うさぎさんはなんじゃく軟弱だなぁ、休んでいてもいいけど、オレさまは平気だから、先に行っちゃうぜ」
    と、本当はとても疲れているのに、やせ我慢で強がりました。

    夜が更けると、かえるくんはねこさんのことが色々と気になって、
    「ねこさーん、ねこさんはどこの村から来たのー?」
    「ねこさーん、なんでこんな山道が好きなんだよーぅ?」
    と木の上に向かって大きな声でたず尋ねるのですが、ねこさんは聞こえないふりをしたり、
    「ひゃらふれほ~」
    とわけのわからない返事をするばかりでした。

    「ねぇっ! ねぇ、見てっ!」
    何日も何日も登って、だんだん山道にも慣れてきたある日、うさぎさんが道の先を指差して言いました。
    「急に、なんだよ?」
    かえるくんが顔を上げると、目の前に広がる青空の中に、とても大きな山の頂上が少しだけ見えていました。
    「わぁ、すげぇ、なんだあの山!?」
    うさぎさんもかえるくんも、小走りで坂を登っていきました。
    ねこさんはそんなふたりの足取りをチラリと見て、静かにニヤリとほほえ微笑みました。

    ふたりが急いで高台に出ると、大きな山にと正面から向かい合うことができました。
    その山はどの山よりも飛び抜けて高く、うさぎさんとかえるくんが知るどの山よりも美しく、堂々とそびえたっていました。
    「すげぇ! こんなでけぇ山、見たことねぇ!」
    かえるくんは珍しくじっと動かずに、山をまっすぐに見つめました。
    「きれい・・・」
    うさぎさんの目もきらきらと輝きました。
    ねこさんはふたりが感動している姿を横目で見ながら、満足そうに大きなあくびをしました。
    ねこさんがこの険しい山道が好きな理由は、この美しく大きな山を見ることができるからかもしれないなぁと、うさぎさんとかえるくんは思いました。


    ――――――


    大きな山に感動して、すっかり元気になったふたりは、ねこさんと一緒に再び歩き始めました。
    かえるくんはいつまでも
    「すげぇ、すげぇ」
    と興奮しながら言い、うさぎさんは、
    「あの大きな山のことを村の人にも教えてあげたいわ。詳しくわかる本はあるかしら」
    と、何度もうっとりしながら、大きな山の話をしたがりました。
    ふたりは次の日も、また次の日も、そのまた次の日も大きな山の姿を思い出しては、その山の話をしました。
    そうしながら何日も歩くうちに、だんだん登り坂よりも下り坂のほうが増えてきました。
    荷物もいつの間にか軽く感じられるようになっていました。

    ねこさんとの距離もそれほど開かなくなった頃、かえるくんが大きな声で、
    「すげぇ!!」
    と叫びました。

    「なに、かえるくん、また大きな山のことを思い出したの?」
    うさぎさんがからかうように言うと、
    「ちげぇよ!おい、見てみろよ、うさぎさん」
    かえるくんが指差した先にあったのは、巨大な建物のようなものでした。
    「なにあれ、家じゃないわよね? 家にしては大きすぎるわ・・・」
    うさぎさんは耳をふわふわ揺らし、かえるくんは、
    「あぁ、よく見えないけど、なんか汚くねぇか?」
    と言いながら、もっとよく見ようと何回も飛び跳ねてみました。

    「あれが見えたってことは、もうすぐ、町ね」
    ねこさんが珍しく、ていねい丁寧に話し始めました。
    「あそこにね、大きな町があるのよ・・・王都に行くのにはその町を通るの」
    うさぎさんは、ねこさんの声が少し暗いような気がしました。
    「ねぇ、かえるくん、今日のねこさん、ちょっと変じゃない? ねこさんに聞こえないように小さな声で言うと、かえるくんは、
    「そうか? ねこさんは、いつだって変だぜ」
    と答えながら、そういえば今日は、ねこさんの鼻歌が聞こえなかったなぁと思いました。

    ずいぶんと緩やかになった下り坂を歩き続けると、その建物もだんだん近付いてきました。
    それでもなかなか遠く、大きな町に着いたのは、一晩明けた、その翌日のことでした。
    「ここは・・・いったい、なに??」
    「・・・?、・・・!?」
    うさぎさんとかえるくんは、おもわず町の入り口で立ち止まりました。
    初めて見る町の風景は、ふたりが見慣れている村とはあまりにも違っていて、そのまま動けなくなってしまいました。
    ねこさんは目を丸くしているふたりの隣で、なにを言うでもなく、退屈そうに大きなあくびをしました。

    昨日から見えていた巨大な建物は、近くに来て見てもそれがなんなのかよく分からない建物でした。
    ボロボロの屋根には大きな穴がいくつも開いていて、その右端に真っ黒に焼けこげたかたまり塊がちょこんとくっついていました。壁もあちこち崩れ落ちていて、中の柱が何本も見えてしまっていました。
    「ねこさん、あれ、何だ?」
    かえるくんが、独り言のようにつぶやきました。
    「知らない」
    ねこさんは空を見上げながら答えました。
    「とっても古いわ、今はもうだれも使っていないように見えるけど・・・」
    うさぎさんはどこかの本の中で似たものを見たことがあるような気がしたのですが、なかなか思い出せませんでした。

    その巨大な建物を取り囲むかのように、四角い灰色の建物がたくさん建っていました。
    縦に高いものも、横に長いものもあって、どれにもたくさんの窓が、並ぶようについていました。
    「こっちの建物はなんだ? こっちは新しいみてぇだけど、なぁ、うさぎさん」
    かえるくんがうさぎさんに聞きました。
    「これはきっと町のどうぶつの家よ。本で見たことがあるわ」
    うさぎさんは今まで読んだことのある本の何冊かのことを、ぐるぐると思い出そうとしました。

    「へぇ、ずいぶんでけぇ家だなぁ。町の人はこんなでかい家に住むんだな」
    かえるくんが口をあんぐりと開けたまま言いました。
    「いくつもの家が集まっているから大きいのよ。たしか、本にそう書いてあったわ」
    「へぇぇ、町の人ってのは、家を縦にも横にも、いっぱいくっつけちゃうんだな」
    かえるくんはなんでそんなことをするんだよ、と思いながら、鼻息をフンと吹きました。
    町の中はどこの道でも、たくさんのどうぶつたちが慌しそうに行ったり来たりしていました。

    「こんなにたくさんどうぶつがいるのに、なんだか静かなのね」
    「町のどうぶつは、挨拶をしないのか?」
    「おい、見てみろよ! かばさんがきつねさんを背中に乗せて走ってる! なんでだ?」
    「そういえば、早く移動するためにかばさんたちが大活躍してるって、どこかの本に書いてあったわ」
    「おい! あっちのかめさんは、耳に手をあてて独りでぶつぶつしゃべってるぞ! 頭、おかしいのか?」
    「ほんとね・・・『もしもし』って言ってるみたいだけど・・・」
    うさぎさんとかえるくんは、どこを見ても不思議なことがいっぱいで、きょろきょろとあちこちを見ました。
    分からないことはねこさんに聞いてみましたが、ねこさんは、あくびをするばかりで何も答えてくれませんでした。

    そのまましばらく町の入り口で立ち止まっていると、ひとりのどうぶつが三人に近付いて来ました。
    「おまえたちは、町のどうぶつじゃないな」
    そのどうぶつは、がっしりとした身体に灰色の服を着た、いのししさんでした。
    いのししさんは腰に太い棒つけていて、なんだか怖い顔で言いました。
    「私はここ、この町の入り口で、町を守る仕事をしている。おまえたちは誰だ?」
    「はい、私達は・・・」
    うさぎさんが村から来たことを説明しようとすると、いのししさんはそれを聞こうとせずに、
    「どこから来たのか、これからどこへ行くのか、書類を書いてもらう必要がある」
    と言いました。

    「ショルイ?」
    かえるくんが聞き返すと、いのししさんの片方のまゆげ眉毛が少しだけピクッと上がりました。
    「詳細は後だ、とにかく役場に来てもらう必要がある」
    「ヤクバ??」
    かえるくんがまた聞き返すと、今度はいのししさんの両方の眉毛がピクッピクッと動きました。
    うさぎさんとかえるくんは困ってしまい、助けて欲しくてねこさんを見ましたが、ねこさんは知らん顔で目を閉じているので、眠っているようにも見えました。
    「とにかく、来てもらおう」
    いのししさんは、ふたりの後ろに回ると、背中をぐいぐいと押しました。
    うさぎさんとかえるくんは、いのししさんに押されるがままに仕方なく歩き始めました。
    ふたりは不安な気持ちでねこさんを振り返りましたが、ねこさんはそんなふたりの視線には気がつかないふりをしながら、黙って後をついて行きました。


    ――――――


    いのししさんは【町役場】と書いてある看板の前で立ち止まり、建物の中に入るように言いました。
    【町役場】も町のどうぶつの家と同じような、四角い灰色の建物でした。
    「ねぇ、ねこさん、私達、ここで何をされちゃうのかしら」
    うさぎさんがそっと聞くと、ねこさんは、
    「知らない」
    と冷たく答えました。
    それでもうさぎさんは、ねこさんがひとこと答えてくれたことに少しだけ安心できました。

    建物に入ってすぐの左側に、いくつもの低いいす椅子が並んで置かれていました。
    「ここで待つ、いいな、今、申告書を持ってくる」
    そういのししさんに指示されて、かえるくんが
    「シンコクショ? オレさまには、なんにも深刻なことなんてねぇぞ」
    と言うと、うさぎさんがすぐに
    「しぃっ!」
    と人差し指を口の前に出しました。

    いのししさんはバフゥと浅い鼻息を漏らしながらどこかに行ってしまい、しばらくすると、手に紙を数枚持って再び現れました。
    「ここに名前、ここに住所、それからここには町に来た理由を書くように、それと・・・」
    いのししさんはその紙を三人に見せながら、早口で説明を始めました。
    「なぜ、これを書くのですか? 私たちはただこの町を通りたいだけで・・・」
    うさぎさんが話し始めると、いのししさんはまたそれを聞こうとせずに、
    「それについてはまた後だ、まずは書く。いいか、ここに・・・」
    と、紙を向かい合ったまま説明を続けました。
    うさぎさんはなんとも腑に落ちなくて、両耳がだらんと下がってしまいました。
    かえるくんはいのししさんが何を言っているのか、全然分からず、だんだん眠くなってしまいました。
    ねこさんは相変わらず静かに薄く目を開けて、ぼんやりと宙を眺めていました。

    すると突然、
    「ぶぉ! 誰かと思ったら、ねこさんじゃないか! ぶわっはっは~」
    と、後ろからごうかい豪快な笑い声が聞こえました。
    うさぎさんとかえるくんといのししさんは驚いて振り返り、ねこさんは宙を眺めたまま、ピクリとも動きませんでした。
    「ぶぉ! ねこさん、久しぶりだなぁ~。この町に来るのはいつぶりだ? なぁ」
    建物の奥の方から、体も頭も大きなぶたさんがお腹をゆっさゆっさと揺らしながら近付いてきました。
    「探してたよ、ねこさん。聞きたいことがあってな、あ、いや、なに、たいしたことじゃないさ、ぶわっは~」
    ぶたさんは知らん顔をしているねこさんの両肩をがしりと掴み、嬉しそうにまた笑いました。
    「これは、これは。あなたたち、町長のお知り合いだったのですね、大変失礼をいたしました!」
    いのししさんは急に背筋をのばして真っ直ぐな姿勢になると、両腕をぴったり体につけたまま頭を下げました。

    「えっ! 町長!?!?」
    うさぎさんとかえるくんは、びっくりしてお互いの顔を見ました。
    「町長って、町の村長さんのことだよな」
    「そうよ! 町長さん」
    「おい、じゃぁ、どういうことなんだよ? なんなんだよ??」
    「えっ、えぇ・・・えーと、私たちはねこさんと一緒にこの町に来て・・・」
    「このぶたさんが村長・・・じゃねぇ、町長さんで・・・」
    「町長さんがねこさんに話しかけてぇ・・・んんん、もうっ! いったいなにがなんなのよっ??」
    うさぎさんが思わず大きな声で言うと、ぶたの町長さんがやっとふたりのことに気が付き、
    「ぶぉ! ねこさんのお連れの方かね、これは、これは、ようこそ我が町へ! ぶうぉっほ~」
    と両腕を大きく広げて、ふたりを歓迎しました。

    「さぁ、さぁ、ねこさん、こんなところではなんだから、さぁ、さぁ、お連れの方も一緒に・・・」
    ぶたの町長さんが促すと、いのししさんが
    「はい、私が案内しいたます。こちらへどうぞ」
    と、さっきまでとは違って恭しく、長い廊下の方へ向かって右腕をさっと上げました。
    うさぎさんとかえるくんは、どうしたらよいのか分からずに、ぽかんと口を開けていたのですが、ぶたの町長さんは何人ものどうぶつに囲まれて、笑いながらどんどん歩いていって見えなくなりました。

    ねこさんがいのししさんの後をついていったので、うさぎさんとかえるくんも慌ててねこさんの後に続きました。
    「なぁ、なぁ、ねこさん、いったいどういうことなんだよ?」
    かえるくんが前を歩くねこさんを追い越して、顔を覗き込みながら聞くと、ねこさんはまた「知らないわ」と答えました。
    「ねぇ、ねこさん、少しでもいいから説明してください。私もう、頭がおかしくなりそう」
    そううさぎさんが頼んでも、「そのうち分かるわよ」と冷たく言うだけでした。
    うさぎさんとかえるくんは互いの顔を見合い、おでこに皺を寄せながら仕方なく黙ってついて行きました。

    「こちらが、町長の執務室です」
    いのししさんが大きくてがんじょう頑丈そうな二枚の扉の前で立ち止まり、きをつけの姿勢で言いました。
    「シツムシツ?」
    かえるくんが聞き、うさぎさんがかえるくんの口を塞ごうとすると、いのししさんは
    「はい、町長がお仕事をされる部屋です」
    と丁寧に答えながら、扉をコンコンと二回、叩きました。

    かえるくんはいのししさんが急に別人のような態度になったことがよく分からず、おでこのしわ皺をますます深くしました。
    「失礼いたします」
    いのししさんが扉を押し、どうぞと、またさっと右腕を出しました。
    ねこさんはあくびをしながら部屋の中に入りました。うさぎさんとかえるくんも、ねこさんにくっついていくかのように、おそるおそる部屋の中に入りました。

    町長さんの執務室はとても広く、奥の大きな机にぶたの町長さんが座っていました。
    「ぶぉぅ、ぶぉぅ、ねこさん! 待っていたよ、よくこの町に戻ってきてくれたね、嬉しいよ」
    町長さんが椅子から立ち上がって、ねこさんに声をかけるのとほぼ同時に、かえるくんが
    「すげぇ!!」
    と大きな声で驚きました。

    「ちょっと、かえるくん!!」
    すぐにうさぎさんがかえるくんを叱りました。
    「ぶうぉっほっほ~、おぅ、おぅ、これかい? ぶうぉっほっほっほ~」
    ぶたの町長さんは嬉しそうに胸を張って、今までで一番大きく笑いました。

    かえるくんが驚いた、町長さんの執務室を埋め尽くさんばかりに置かれていたものは・・・


    つづく。


    ―――――――――――――――――――――――――――

    第二話
    「ラブ・オブ・マネー、お金がすべての街」

    ―――――――――――――――――――――――――――


    「すげぇ、すげぇ! 光ってるよ! しかも、すげぇ量だ!」
    かえるくんの興奮は、うさぎさんに叱られても収まりませんでした。
    町長さんの執務室には眩しく光る金塊が、所狭しと積み上げられていたのです。
    「ぶうぉっほっほ~、ここにあるのは、ほんの一部。ぶぉぶぉ、まあ、まだ、あと、うん。この100倍はあるかな」
    ぶたの町長さんは嬉しそうに、お腹をゆさゆさと揺らしました。

    「100倍ですって!?」

    うさぎさんも、思わず大きな声を出してしまいました。
    驚いているうさぎさんとかえるくんの隣で、ねこさんは目を閉じたまま大きなあくびをしました。
    「ぶぉ、あれはどのくらい前だったかな・・・あの頃は金塊はもちろん、金貨一枚さえも持ってなかった」
    ぶたの町長さんが執務室の中をゆっくり歩きながらポツリポツリと話し始めました。
    「それが今はどうだ? まぁ、ゆっくり見てくれ、この金塊の山を。ぶぉっは~!」
    ぶたの町長さんは金塊をひとつ手にとって、それをとても愛おしそうに撫でました。

    「金塊は私の宝だ、いや私たちの・・・というべきかな? なぁ、ねこさん」
    うさぎさんとかえるくんはまた驚き、ふたりで同時にねこさんの顔を見ました。
    「ねこさん!? ねぇ、ねこさん、町長さん、【私たち】って言ったけど、ねぇ、いったいどういうことなの?」
    うさぎさんが小声でねこさんに聞きました。
    ねこさんは目をうっすらと開けてちらりとうさきさんを見ると、また大きなおくびをしました。

    「ぶぁっはっは~。まぁ、まぁ、ねこさん、そうだよな、そんな昔話はどうでもよい・・・」
    ぶたの町長さんは机の上のシガレットケースから葉巻を取り出して、シュボッと火をつけました。
    「ぶふぁ~。で、あ、さて、ところでだ。きみたちはいったいどこから来たのかね」
    ぶたの町長さんは、大きな黒い革製の椅子にドシンと腰をおろしながら質問しました。
    「あっ、はい、私たちは遠くの小さな村から来ました。途中でねこさん会い、ねこさんがこの町まで案内してくださいました」
    うさぎさんが丁寧に答えました。

    「ぶおほぉ~ぅ、そうであったか。で、きみたちは、いったいこの町になんの用かね? 金か?」
    ぶたの町長さんは机の上で両手を組むと、そこにあごを乗せて言いました。
    「おい、金じゃねぇ! オレさまとうさぎさんは、これから王都に行くんだ! この町は通るだけだ!」
    かえるくんが小刻みにジャンプしながら言いました。
    「なに? 王都へだと?? きみたちは、今、王都がどうなっているのか知っているのかね」
    ぶたの町長さんは目と鼻の穴を大きく広げて、かえるくんに顔を近付けました。
    「あぁ、もちろん知ってるさ! 『クロモヤモヤ』のことだろ」
    かえるくんは、近付いてきたぶたの町長さん顔を避けるように体を反らせました。
    「ぶぉ? 知っていて、なぜ、王都に行こうとする?」
    ぶたの町長さんはさらに顔をかえるくんに近付けました。

    「あ・・・だから、村長さんが・・・村のみんなが・・・。オレさまとうさぎさんなら王都に行けるから・・・って」
    かえるくんはジャンプするのをやめて、モゴモゴしながらうさぎさんを見ながら言いました。
    「『クロモヤモヤ』は本当にあるのか、『クロモヤモヤ』はどんなものなのか、それを調べてくることが私たちに任されたことです」
    かえるくんを助けるようにうさぎさんが説明しました。
    「ぶむむぅ、そうかぁ・・・『クロモヤモヤ』、王都、・・・王様・・・王様・・・ぶぉ!」
    ぶたの町長さんは急に何かを思い付いたかのように、ポンッと手の平を打ちました。
    「きみたち、いや、うさぎさんとかえるくん、明日の午後、またここに来てくれるかね?」

    うさぎさんとかえるくんは顔を見合わせました。
    ふたりとも、頭の中がまた「?」でいっぱいになりました。
    なぜ、ぶたの町長さんは明日また来るように言うんだろう・・・?
    どうしてぶたの町長さんの声と態度が急に変わったんだろう・・・?
    「・・・なんなんだよ、なんでだよ。どうして、オレさま達が、明日、またここに来なきゃならねぇんだよ」
    かえるくんは低い不満たっぷりの声で聞きました。

    「ぶぉ。それは明日また、ここに来れば分かる」
    ぶたの町長さんは太く力強い声で答えました。
    うさぎさんとかえるくんはぶたの町長さんの有無を言わせぬ迫力に飲まれ、ゴクリと唾を飲みました。
    ・・・どれくらいの時間が過ぎたでしょうか。
    数分、いえ数秒だったかもしれません。
    でも、うさぎさんとかえるくんは、とても長い時間が過ぎたように感じられました。
    執務室の中のしんと張り詰めた空気を解いたのは、ねこさんでした。

    「もう・・・行きましょう」
    そう言いながら、ねこさんは誰の顔も見ずに部屋の扉の方へ歩いて行きました。
    うさぎさんとかえるくんは、ちらっとぶたの町長さんの顔を見て、それから黙ってねこさんの後について行きました。
    「ぶぉぉぉ。明日、待ってるよ、うさぎさん、かえるくん! 頼むぞ、ねこさん!!」
    三人の背中に、ぶたの町長さんの声が飛んで来ました。


    ――――――


    町役場の外に出るともう日暮れが近く、埃っぽい空気の向こう側にぼんやりと夕焼けが見えました。
    目の前の大通りに、たくさんのどうぶつたちが行き来しています。
    黙々と歩くどうぶつ、なにかブツブツと呟きながら歩くどうぶつ、隅に座ってお金を数えているどうぶつ・・・・・・
    「なんだよ、もうすぐ日が暮れるってのに、町の人はまだ働くのかよ?」
    「村だったら、もうみんな家に帰って、夕飯の支度をしているわ」
    うさぎさんは、村のことを思い出すと、少し心細くなってうつむきました。
    ねこさんはそんなうさぎさんを見て、歩くスピードをちょっとだけ遅くしました。
    うさぎさんとかえるくんは、ねこさんがどこへ向かって歩いているのか、全く分かりませんでした。
    でも、もうなんだか疲れてしまって、考える元気も、ねこさんに聞いてみる元気もありませんでした。
    とぼとぼ、とぼとぼ・・・ふたりとも、ねこさんの後ろを、黙ってついて行きました。

    ドンッ!!!

    突然、うさぎさんの肩に誰かがぶつかり、うさぎさんはその勢いで転んでしまいました。
    「痛ったーい!」
    うさぎさんが足を抱えると、
    「ノロノロ歩いてたら【お納め】ができなくなるわよっ!」
    と、ぶつかって来たかるがものおばさんが一瞬振り返ってから怒鳴り、すぐに走って行ってしまいました。
    「もぅ! ぶつかっておいて、あやまりもしないやんてっ! いったいなんなのよ、あのかるがもさんっ!!」

    うさぎさんは転んだ拍子に膝に擦り傷ができてしまい、その傷を見て泣きそうになりました。
    「おいおい、うさぎさん、まさか泣くんじゃねーだろーな」
    かえるくんがしゃがんで、うさぎさんの顔を覗き込みました。
    「泣かないわよ! なによ、これくらいのことでっ!」
    うさぎさんは、かえるくんから目を逸らしました。

    「なぁ、ねこさん、今、かるがもさんが【お納め】って言ってたよな、【お納め】って何のことだ?」
    ねこさんはリュックからハンカチを出し、それをうさぎさんに手渡しながら、答えました。
    「・・・この町の最低なところよ」
    「はぁ、なんだそれ? わからねぇよ・・・」
    かえるくんは腕を組んで首を大きく傾けました。
    「もしかして、税金のことじゃないかしら」
    うさぎさんがハンカチで涙を拭きながら言いました。
    「ゼイキン? なんだよ、それ。汚ねぇ手にいっぱいくっついているっていう、アレか?」
    「それはバイキン・・・。あぁ、そっか。かえるくん、税金のこと、知らないよね」
    「知らねぇよ。なんだよそれ、いいから早く教えろよ、オレさまにも分かるようにな!」
    「はいはい、はいはい。村・・・いえ、ここは町だから、町ね。町に納める、お金のことよ」
    「町に金を払うのかよ? なんでだよ、何か買うのかよ?」
    「うぅん、そうじゃない。う~ん、まぁ、買うっていう捉え方もできなくはないけど・・・」
    「はぁ? 全然、分かんねぇよ。なぁ、オレさまにも分かるように説明しろって言っただろ!」
    「あ、ごめん、ごめん。そのお金はね、町を守ったり、より良い町にするために使われるの」

    「・・・この町では違うけどね」
    ふいにねこさんがそう呟いたので、うさぎさんとかえるくんはびっくりしました。
    「町に金を納める、町役場に金を持っていく・・・あぁ、そうか!」
    かえるくんが閃いて、にんまりしながら言いました。
    「そうか! だからぶたの町長さんの執務室にはあんなにいっぱい金塊があったのか!」
    「違う、違う、かえるくん! 税金は町に納めるんだけど、そのお金は町長さんのものではないの」
    「え? 違うの?? なーんだ、やっぱり、よく分からねぇなぁ」
    かえるくんはがっかりしました。
    「・・・かえるくんが、正解・・・」
    ねこさんがまた呟きました。

    「えっ!?」
    うさぎさんはびっくりして、目を丸くしながらねこさんの顔を見ました。
    「ほらみろ! うさぎさんも、あんまりかしこくねぇんだなぁ」
    かえるくんは得意げに胸を張って見せました。
    「・・・うさぎさんは間違ってない」
    ねこさんが、そうつぶやくと、うさぎさんは、ほっとして、でもまたすぐ眉間に皺を寄せました。
    「ねこさん・・・この町って」
    「そう・・・この町は、お金の町」
    ねこさんがそう言うのを聞いて、うさぎさんもかえるくんもなんだか暗い気持ちになりました。


    「わぁ、すてきな靴だね!」
    しばらく歩くと、今度は誰かが後ろから話し掛けてきました。
    かえるくんが振り返ると、そこには子どものやまあらしくんがにこにこして立っていました。
    やまあらしくんは、かえるくんがまだ何も言っていないのに、さっとかえるくんの靴を拭き始め、ぱぱっときれいにして
    「よし、OK! はい、銅貨1枚ね」
    とにこにこ手のひらを出してきました。かえるくんはびっくりして、すぐに怒り始めました。
    「おい! おい! おい! ちょっと待てよ! なんだよ、急に、銅貨1枚ねって、おい、なんだよ!!」
    「なんだよ、ってなに? 今、僕、きみの靴をきれいしました。きれいになったでしょ。僕、働いたよね」
    「おいっ! 頼んでねぇぞ!」
    「え? 断ったっけ? きみ、要りませんって、言ってないよね、靴、きれいになってるもんね」
    「はぁ? なんだそれ!? お前が勝手に拭いたんだろ!」
    「違う、きみが拭かせたんだ! ボクはちゃんと働いたんだから、お金を払うのが当然だろっ!」
    「何言ってんだ? 払うわけねぇだろ!」
    かえるくんはやまあらしくんをぐぐっと睨みました。
    でも、やまあらしくんは手を出したまま相変わらずにこにこしています。

    「てめぇ!!!」
    「やめて、かえるくん! 殴っちゃダメ!」
    かえるくんが拳を振り上げたのと同時に、うさぎさんがかえるくんの腕をつかんで止めました。
    「ちぇっ、なんだよ、止めなきゃ良かったのに・・・」
    やまあらしくんはようやく差し出した手のひらを引っ込めて言いました。
    「はぁ?」
    かえるくんはうさぎさんの手を振り払おうとして、腕をぶんぶんと振りながら、さらにやまあらしくんを強く睨みました。
    「きみが僕を殴れば、僕はお金をいっぱいもらえたのに」
    やまあらしくんがそう言うのを聞いて、かえるくんもうさぎさんも呆れて体の力が抜けてしまいました。

    「ね、ねぇ、やまあらしくん。やまあらしくんは、そんなにお金が欲しいの?」
    うさぎさんが溜息混じりに聞くと、
    「なに、あたりまえのこと聞くの? 世の中はお金が全てなんだから!」
    今度はやまあらしくんが呆れた表情で答えました。
    「お金をたくさん持ってないと何にもできない! ・・・もしかして、きみたち、知らないの?」
    「そんなことはないと思うけど・・・。ねぇ、やまあらしくん、きみはお金をたくさん集めて、何をするの?」
    「そんなの決まってる、お金をたくさん持って、偉くなるんだ!」
    「偉い? お金をたくさん持ってると偉いの??」
    「そうだよ! みんな、そう言ってるじゃないか!!」

    「・・・・・・」
    かえるくんは目がグルグルと回ってしまって何も言えなくなりました。
    うさぎさんももうこれ以上、何と言ったらよいのか、分からなくなってしまいました。
    「町長さんだって、お金をたくさん持っていたから、町長になれたんだろ!」
    かえるくんとうさぎさんは一瞬驚いて、そして、今日見た、金塊の山のことをまた思い出しました。
    気がつくと、傍らでねこさんがうつむきながら笑いを堪えるかのように、肩を小刻みに震わせていました。
    「はやく、金を出せよ! 僕の時間をもっと使うんだったら、銅貨を2枚もらうぞ!」
    そう言うやまあらしくんに、ねこさんが黙って銅貨を2枚渡しました。
    「そうこなくっちゃ! ねこさんは、よく分かってるみたいだね!」
    やまあらしくんは、口笛を吹きながら、嬉しそうに走っていきました。

    「これが、この町なの」
    ねこさんは、うさぎさんとかえるくんに背中を向けたまま、そう呟きました。
    かえるくんは、
    「あいつ、なんなんだよ! 靴磨きに銅貨1枚だなんてありえねぇ。銅貨が1枚あったら、村では3回、腹一杯になれるぞ。靴なんか磨かれても、なんにも嬉しくねぇ。」
    と、ぶつぶつ文句を言い続けました。
    気が付くと、もうすっかり日も暮れて、空には星が瞬きはじめていました。
    うさぎさんとかえるくんは、なんだか寒いなあ、なんだか胸の奥の方が冷たいなぁと、体を震わせました。


    その夜、うさぎさんとかえるくんはなかなか寝付けずにいました。
    「そんなにお金っていいものなのかしら・・・お金をたくさん持っているば町長になれるって、やっぱり変よね」
    うさぎさんは、考えては何度も何度も溜息をつきました。
    「私はたくさんの金塊に囲まれているよりも、たくさんの本に囲まれていたいけど・・・」
    「お金、お金、お金! っていったいなんなんだよ! この町のどうぶつは、みんなおかしいんじゃねぇか」
    かえるくんは無性にイライラして、寝返りを何度も繰り返しました。
    「お金がたくさん入った財布なんかを持ってたら、重くて高いジャンプができねぇじゃないか!」
    そんなふたりの様子を高いところに座って見ていたねこさんが
    「明日、もう一度、町長のところへ行くから。もう寝るといいわ」
    と声を掛けました。

    うさぎさんもかえるくんも、ねこさんにそう言われても、もう明日のことまで考えることができませんでした。
    ぼんやりとした頭で、ねこさんがそう言うなら、そうしようと思いました。


    ――――――


    「ぶぉぅ、待ってたぞ! うさぎさん、かえるくん、そしてねこさん、よく来てくれたな」
    翌日、3人で町役場のぶたの町長さんの執務室を訪ねると、ぶたの町長さんが大きな笑顔で迎えてくれました。
    気のせいか、昨日よりも執務室のなかに積んである金塊が増えたようにも見えました。

    「こんにちは、町長さん。今日、私たちをお呼びになった理由を教えてください」
    うさぎさんが聞くと、
    「ぶわっはっはっは~! まぁ、まぁ、うさぎさん、そんなに焦らなくてもいいではないか」
    と、ぶたの町長さんは豪快に笑いました。
    「まぁ、まぁ・・・そうそう、きみたちは、これから王都に行く、昨日、そう言ってたな」
    「あぁ、そうさ。それがどうかしたのかよ? お前には関係ねぇだろ」
    かえるくんがぶっきらぼうに答え、うさぎさんに目で叱られました。

    「ぶぉっほっほ~、いや、おもしろい、『クロモヤモヤ』を見に行こうだなんて、実におもしろい」
    「・・・なにが、そんなにおもしれぇんだよ?」
    「ぶぉぅ、いやぁ、きみたちは実に勇敢だね。しかも、ねこさんが道案内をするだなんて、これはまたすごい」
    うさぎさんとかえるくんは、ぶたの町長さんの言っていることがよく分からなくて、怪訝な顔をしました。
    「ぶぉ、それでだな、そんなきみ達にちょっと頼みたいことがある」
    ぶたの町長さんは大げさに両腕を広げて見せました。

    「・・・頼み、ですか?」
    うさぎさんはなんだか嫌な予感がしました。
    「ぶぉぶぉ、そうだ、頼みがある。引き受けてくれるだろう?」
    おどけるように首をすぼめて見せた町長さんの姿に、うさぎさんは背筋がゾッとしました。
    「・・・いったいどんなお話でしょうか」
    「ぶぉう! いいねぇ、うさぎさん、そうこなくっちゃ!」
    ぶたの町長さんは、嬉しそうに机の上に置いてあった箱の蓋をゆっくり外しました。
    「見てくれたまえ、箱の中を。ぶぉ、ほら、ここに金塊がふたつ入っている」
    うさぎさんとかえるくんは机に近付いて箱の中を覗き込みました。
    ねこさんは目を閉じたままぴくりとも動きませんでした。

    ぶたの町長さんの言う通り、箱の中には手のひらにのるくらいの金の板が二枚、紫色のビロードの上に並べられ、キラキラと輝いていました。
    「ぶぉ~う、美しいだろ。でも、この二枚のうちどちらかは、偽物の金の板だ。どっちか分かるか?」
    うさぎさんとかえるくんは二枚の金の板をじっとみて、それから顔を見合わせて、ふたりで首を横に振りました。
    「そうなんだぶぉ、困ってるのだよ。どうだろう、うさぎさんとかえるくんの力で、この二枚の金の板、どちらが本物で、どちらが偽物か調べてはもらえないだろうか?」
    「ええっ、そんな! そんなこと、私たちには難しすぎます」
    「いやぁ、うさきさん、かえるくん、きみ達ならできると思うのだよ。なぁ、ねこさん」
    ねこさんは、うつむいたまま、まるで何も聞こえていないかのようでした。

    「ぶぉ、そうだな。1週間、1週間以内に調べて欲しい」
    「おいおい、オレさまたちにはムリだって言ってるだろ! 聞こえねぇのかよ」
    「・・・できない? そんな言葉は聞きたくないなぁ。ぶぉ~う、そうだなぁ、できなかったら、この先3年間、この町から出て行くことを許さんというのはどうだ?」
    ぶたの町長さんはにやりと笑みを浮かべ、うさぎさんはまた背筋がゾゾッとしました。
    「どうだ? ってなんなんだよ!? 3年も町から出ちゃいけねぇなんて冗談じゃねぇ!」
    「町から出たければ、頼みをきいてくれればいい。1週間もあれば充分だ、ぶぉ」
    「・・・・・・」
    うさぎさんとかえるくんは顔を見合わせて黙ってしまいました。
    ねこさんは相変わらず、表情ひとつ変えません。
    「ぶぉ~う。もちろん、調べても、答えが間違っていたら、町からは出られない」
    「そんな・・・」
    うさぎさんはぶたの町長さんの顔をじっと見ました。ぶたの町長さんはなんだかとても嬉しそうです。

    「ぶぉう、そうだ! うさぎさんか、かえるくんか、どちらかはずっとここに居てもらおう」
    「なんでだよ!」
    「まぁ、色々とな・・・。ぶぉ、私の昔話も、聞いてもらいたくてな」
    「ちょっと待てよ! なんなんだよ! そんな理由じゃ納得できねぇよ!」
    かえるくんは両手両足をバタバタさせながら怒りました。
    「ぶぉぶぉ、そうだ。この町の観光でもしながら、のんびり調べてみてはどうかね。ねこさんはこの町にとても詳しい」
    「おいおい、勝手に決めるなよ!」

    「さぁ、どうする? うさぎさんが調べるか、かえるくんが調べるか、自分たちで決めて良いのだぞ」
    「おい! いい加減にしてくれよっ!」
    「ぶぉっほっほ~、好きに決めてくれたまえ」
    うさぎさんは、ぶたの町長さんとかえるくんの会話を方耳で聞きながら、どうしたらどちらが本物でどちらが偽物の金の板なのか分かるのかを一生懸命に考えていました。
    「オレさまはここに独りで残るなんてまっぴらだ!」
    「ぶぉぶぉ、かえるくん、独りじゃないぞ。私が一緒に居るではないか」
    「もっとイヤだよっ!!」

    本物か偽物の金の板かを調べる、ぶたの町長さんの頼みを引き受けることにしたのは・・・


    つづく。


    ―――――――――――――――――――――――――――

    第三話
    「マネー・ミス・マネー、お金は寂しがり屋」

    ―――――――――――――――――――――――――――


    「さて、ぶぉ、この二枚の金の板を・・・」
    ぶたの町長さんは、両手を後ろ手に組んで、ゆっくりと執務室の中を歩きながら話し始めました。
    「あ、さて、どちらが本物でどちらが偽物か、それを調べてくれるのは・・・」
    執務室の端まで歩くと、ゆっくりと振り返りながら聞きました。
    「うさぎさんかね、それとも、かえるくんかね?」
    ぶたの町長さんが少し背中を反るように振り返ったので、お腹が突き出てしまい、シャツのボタンがひとつ取れてぽっとりと落ち、ころころ転がっていきました。

    ころころ・・・ころ・・・ころ・・・。

    しんと静まり返った執務室の中に、ボタンが転がる音が小さく響きました。
    ぶたの町長さんは振り返った姿勢で止まったまま、目だけを動かしてうさぎさんとかえるくんを交互に見ました。
    ねこさんは、転がっていったボタンをちらりと見ると、くくっと小さく鼻で笑いました。
    うさぎさんは眉間に皺を寄せて口をきゅっと結び、ぶたの町長さんのことをじっと見続けました。
    かえるくんは両手をグーにしてぎゅっと握り、頭をふるふる細かく震わせながら、黒目をぐるぐると回しました。

    ・・・・・・

    「オッ、オッ、オレさまがやってやるっ!」
    沈黙を破ったのはかえるくんでした。
    驚いたのはうさぎさん。
    「かえるくんっ! ちょっと待ってよ、ねぇ、かえるくんにはこんな難しいこと・・・」
    「おいっ! オレさまにはできねぇって言うのかよっ!?」
    うさぎさんの言葉をさえぎるように、かえるくんが大きな声で言いました。
    かえるくんはさらにぎゅっと握り拳に力を入れて、目をきょろきょろさせ、額にはじわりと汗がにじんでいました。

    「ねぇ、かえるくん、無茶はしないで。こういうことは私の方が向いていると思うの・・・」
    うさぎさんはかえるくんをなだめるように、優しく言いました。
    「うるせぇ! オレさまがやるって言っただろ、うさぎさんはここで待ってろ!!」
    かえるくんが怒鳴り、うさぎさんはその勢いに押されて次の言葉が出てこなくなりました。
    「ぶぉ~う、これは、おもしろい、かえるくんが挑戦してくれるなんて、嬉しいねぇ」
    ぶたの町長さんは組んでいた手を解いて、かえるくんに握手を求めました。
    「やめろっ、オレさまに触るなっ!」
    かえるくんは、ぶたの町長さんが差し出した右手をさっと避けました。

    「ぶぉぶぉ、これはまた・・・どうやら、かえるくんには嫌われてしまったのかな」
    ぶたの町長さんは両方の手のひらを天井に向け、首をすぼめ、おどけて見せました。
    「ぐだぐだはいいから、早くその金の板とやらをよこせ!」
    かえるくんは二枚の金の板が並んでいる箱に手を伸ばし、急いで蓋を閉めました。
    「さぁ、ねこさん、行くぞ!」
    金の板の入った箱をしっかりと抱えたかえるくんは、ねこさんのことをちらりとも見ずにそう言うと、ずんずんと執務室の扉に向かって歩いていきました。
    そして、一度、扉の前でピタリと立ち止まると、振り返りもせずに
    「うさぎさん、オレ・・・オレさまは、やるって・・・やってやるって言ったからな!」
    と吐き捨てるように言うと、勢い良く扉を開けて、執務室から飛び出して行きました。

    「ぶぉ~い、おぉ~い、かえるくん、その金の板は必ず返してくれよ~」
    ぶたの町長さんが声でかえるくんを追い、ゆっくりと後をついて行ったねこさんに
    「ぶぁ、ねこさん、ねこさんは分かってるよな。金の板がここに戻ってこない時も・・・な」
    と言いました。
    ねこさんはその言葉が聞こえたのか聞こえないのか、頭をゆらゆらと左右に揺らして首を回しながらゆっくりと執務室から出て行きました。

    「あ、あのぅ・・・、さっき、ねこさんに、『戻ってこない時も』と言ったのは・・・いったいどういう・・・」
    執務室に残ったうさぎさんは、恐る恐るぶたの町長さんに聞いてみました。
    「ぶぉ、金の板・・・金を私に戻さずにどこかに行こうなんて考えるやつは許さない。金は私のモノだ、分かるだろ、うさぎさん」
    ぶたの町長さんの低い声に、うさぎさんは背筋がゾッとしながらも、思わず
    「金なら、ここに、こんなにたくさんあるじゃないですか・・・」
    と言ってしまいました。

    ぶたの町長さんは、目を細めて横目でうさぎさんを睨み、
    「この町の金は、全て私のもの・・・違うかね」
    と冷ややかに言いました。
    うさぎさんはますますゾッとして、なにも言えなくなりました。
    「ぶぉ! さぁ、うさぎさん、私の若い頃の話でもしよう! ぶおっはっは~」
    ぶたの町長さんは急に表情を変え、明るい声で笑いました。
    うさぎさんはそんなぶたの町長さんに戸惑い、眩暈がして気分が悪くなってしまいました。
    『かえるくん・・・お願いだから、早く戻ってきて・・・』
    うさぎさんは遠のく意識の中で、強くそう願いました。


    ――――――


    かえるくんは役場を出たところで立ち止まり、金の板を箱から取り出しました。
    じーっと見つめてしばらく悩むと、また金の板を箱に入れ直して、
    「ねこさんっ! オレをっ、オレさまをこの町で一番賢いどうぶつのところへ連れて行ってくれ!」
    突然、箱を抱きしめて、そう言いました。

    かえるくんは執務室を出た時と変わらないスピードで、ずんずん、ずんずん歩いて行きます。
    「ねぇ、ちょっと」
    優雅にかえるくんの隣を歩きながら、珍しくねこさんのから話し掛けました。
    「は? …なんだよ、ねこさん」
    「かえるくん、自分で考えないの?」
    そうねこさんに聞かれて、かえるくんはようやく歩くスピードを緩めました。

    「あたりめぇだろ、俺の頭でどんなに考えても分かるわけがねぇ、考えるだけ無駄だ」
    「へぇ・・・」
    「『へぇ』ってなんだよ、なんかそのバカにした言い方、気にくわねぇな・・・」
    「かえるくんって、案外、賢い」
    「は?? ・・・賢いのはオレさまじゃなくて、うさぎさんだろ」
    「へぇ」
    「だから『へぇ』ってなんだよ!」
    「『へぇ』は『へぇ』よ」

    「はぁぁ?? ・もういいっ! いいから、早く案内しろよっ!」
    「・・・」
    ねこさんは突然立ち止まり、何も言わなくなってしまいました。
    「おいおい、なんだよ、ねこさん。今度はだんまりかよ?」
    「・・・案内?」
    「そうだよっ、案内だよっ!」
    かえるくんは、いらいらして右足でドンッと地面を蹴りました。

    「案内ねぇ・・・」
    とぼけた様子のねこさんに、かえるくんはだんだん我慢ができなくなってきました。
    「あ~っ! もうっ! なんなんだよっ! 案内するのがねこさんの役目だろっ! おいっ、この町には、賢いどうぶつは居るか?」
    「賢いどうぶつ? ・・・さぁ、・・・どうでしょうねぇ」
    「おいおい、おいおい! ねこさんはこの町に詳しいんじゃねぇのかよ?」
    かえるくんがうさぎさんをぎろっと睨むと、ねこさんは無表情で答えました。

    「・・・やぎさん、ふくろうさん、やまあらしくん・・・さて、かえるくんが選んだのは・・・」

    「・・・・・・なんだよ、知ってんじゃねぇかよ、で、なんだよ、その聞き方は」
    「さぁ」
    と、くくっと鼻で小さく笑いました。
    「『さぁ』って、おいっ! それに、やまあらしって、この間、オレさまの靴を勝手に磨いたあのバカなあいつか??」
    かえるくんは、靴を勝手に拭いてお金を欲しがったやまあらしくんのことを思い出して、さらに不機嫌になりました。
    「あの子、物知りだから・・・」
    「イヤだ! あいつ、あの、やまあらしのとこには、絶対、行きたくねぇ!」
    「そう言うと思った」
    「じゃあ候補にいれるなよ! よし! ふくろうさんにする、ふくろうさんのところにオレ様を連れてけ!」

    かえるくんは、準備運動をするかのように、その場で何回かぴょんぴょんとジャンプをしました。
    「よし、行くぜ!」
    かえるくんはまたずんずん歩き始めましたが、ねこさんはその場に立ち止まったまま動きませんでした。
    「おいっ! なんだよ、ねこさん、なんで動かねぇんだよーっ、早く、案内しろよー!」
    かえるくんが振り返って大きな声で呼ぶと、ねこさんが「ここ」とあっさり言いました。
    「は?」
    「ここ」
    かえるくんが何度呼んでも、ねこさんは繰り返し「ここ」と言うだけなので、かえるくんが仕方なく、ねこさんの所まで戻りました。
    そして、ねこさんが指差す先を見てみると、そこに【ふくろうの家】と書いてありました。
    「・・・なんだよ、ふくろうさんの家は、目の前だったのかよ、早く言えよ、ねこさん」


    ピンポーン。

    「・・・・・・はい?」
    「ふくろうさんか?」
    「・・・えぇ、わたしはふくろうですけど、どちらさまですか?」
    家の扉の向こうから聞こえるふくろうさんの声は品がよく、優しくおおらかなご婦人を想像させました。
    「オレさまはかえる、ねこさんと一緒に来た」
    かえるくんはできる限り丁寧に話そうとしました。
    「かえるくん? ねこさん? ・・・それで、私になにか用かしら」
    「あぁ、賢いふくろうさんに聞きたいことがある」
    「私に? 聞きたいこと?」
    ふくろうさんは困惑した様子ながらも、ゆっくりと話を聞いてくれました。

    「そうだ、ちょっと分からないことがあって、困ってる」
    「そう、それは大変だわね。それで・・・あなた、お金はどのくらい持っているの?」
    「お金? お金だって?? お金は・・・」
    かえるくんはびっくりして、ねこさんの方を見ました。
    ねこさんは表情を全く変えずにぼんやりと空を見上げていました。
    「お金・・・、金は無ぇ・・・」
    「あら、あぁ、そうなの・・・そうそう、ごめんなさい、私これから出掛けるところで・・・申し訳ないわぁ」
    「おっ、おい! ちょっと、ちょっと待ってくれよふくろうさん」
    かえるくんは必死に呼び止めましたが、ふくろうさんの品のよい声は「本当に、ごめんなさいね」と言ったのが最後で、もう何を話しかけてもなんの返事も帰って来ませんでした。


    「そうか・・・、そうだった。この町では、どのどうぶつも、お金を欲しがるんだった」
    かえるくんが思い出しながらぶつぶつ言うと、ねこさんが
    「かえるくんは、お金は無いけど、金の板なら持っている」
    と言い、くくっと笑いました。
    「そうだ! この箱の中に金の板があるじゃねぇか!」
    かえるくんの表情がぱあっと明るくなりました。
    「どっちかは偽物だけど・・・」
    「あぁ、そうだった、それが分からなきゃ使えねぇ!」
    かえるくんはまた、がくりと肩を落としました。
    「分かったら使うの?」
    「分かったら使ってやる! って分かったら使う必要がねぇじゃねぇか!」
    かえるくんは足をバタバタさせ、ねこさんはくくくっと珍しく楽しそうな顔で笑いました。
    「んだよ? なんで笑うんだよ。まさか、オレさまのことバカにしてるんじゃねぇだろうな」
    「まさか」
    「じゃぁ、いい。なぁ、ねこさん、金を欲しがらない賢いどうぶつのところに連れていってくれよ」
    かえるくんがねこさんにそう頼むと、ねこさんは何も言わずに歩き始めました。


    ――――――


    かえるくんが、ねこさんの後をついていくようにして、ふたりは黙々と歩きました。
    歩いて、歩いて、町の外れまで来ると、そこには半分が斜めに傾いている古い、小さな家がありました。
    その家の中から、なにやら歌うような唸るようながらがら声が聞こえて来ました。

    「んめぇ~、あつまる~、あつまるぅ、うん~めぇ~♪」

    「なぁ、ねこさん、大丈夫なのかよ。すげぇ怪しい感じがするけど・・・」
    「さぁ」
    「『さぁ』ってなんだよ!」
    「『さぁ』は『さぁ』よ」
    「またそれかよ・・・」
    かえるくんは、なんだか嫌な予感もするけど、やぎさんに会ってみることにしました。
    やぎさんの家の、あちこちガムテープで補強してあるガラス戸をこんこんとノックすると、

    「んめぇ~、さみしい~、うん~めぇ~、そばに~♪」

    やぎさんはノックの音が聞こえないのか、戸に背中を向けたまま、歌い続けました。
    かえるくんは、こんこん、こんこんとノックを続けましたが、やぎさんはなかなか振り返ってくれませんでした。
    もうこれ以上、強く叩いたら戸が壊れてしまいそうなので、痺れを切らしたかえるくんは思わず
    「おい、やぎのじぃさん! 聞こえねぇのかよっ!」
    と大きな声を出してしまいました。

    「んめぇ~、おおぅ~、ねこさんじゃないか~、んめぇ~、ひさしぶりじゃめぇ~」
    ようやく振り返ったやぎさんは、ねこさんの顔を見ると、嬉しそうに立ち上がりました。
    「ねこさん~、おおぅ~、いやぁ、んめぇ~」
    やぎさんはゴトゴトと戸を開けて、どうぞどうぞと中に入るように促しました。
    「いやぁ、ねこさん、本当にひさしぶりじゃめぇ~、何年ぶりかめぇ~」
    「さぁ、ご無沙汰してます」
    「嬉しいめぇ、また、ねこさんに会えるなんて、元気そうじゃめぇ~」
    やぎさんは、しきりにねこさんとの再会を喜び、かえるくんが隣に居ることに気がつかないようでした。
    「いやぁ、本当に、いやぁ、なぁ、ねこさん・・・んめぇ~」
    「おい! おい、じぃさん、オレさまのこと、見えてるか?」
    かえるくんはイライラして言いました。

    「おっ! ねこさんのご友人かね、これは、これは、ん~めぇ~」
    やぎさんは、ようやくかえるくんに気がついたのか、いそいそと台所の方へ向かいました。
    「じぃさん、茶はいらねぇ、それよりも、教えて欲しいことがあるんだ」
    「んめぇ~、これはまた、元気な子じゃめぇ~」
    やぎさんは、やかんでお湯を沸かしながら、嬉しそうに言いました。
    「困ってるんだ・・・ぶたの町長さんが、めちゃくちゃなことを言いやがって」
    「ほ~う、また、あいつかめぇ、まぁ、いつものことじゃめぇ~」
    かえるくんは抱えていた箱をテーブルの上にドンッと置くと箱の蓋を開けて、二枚の金の板を取り出しました。
    やぎさんは眼鏡の奥の目の周りにいっぱい皺を寄せて、ずっとにこにことしています。

    「んめぇ~、あつまる~、んめぇ~、さみしい~、うん~めぇ~♪」

    お茶の支度をしながら、やぎさんはまた歌い始めてしまいました。
    ねこさんは黙ってその歌を聞いています。

    「じぃさん、茶はいらねぇって言っただろ、見ろ! ここに金の板が二枚あるんだ」
    「んめぇ~、そうそう、そうなのじゃ、その金の板はぶたの町長さんのものじゃめぇ。んめぇ~、あつまる~♪」
    かえるくんは、やぎさんののんびりした様子にまたイライラして、足を細かく震わせました。
    「んめぇ! 貧乏揺すり・・・この家にぴったりじゃめぇ~」
    やぎさんは長い髭をふさふささせながら楽しそうに笑い、かえるくんはますますイライラして、頭が痛くなってきました。
    「かえるくん・・・とお呼びすればよいかめぇ、ぶたの町長は、たくさんの金を持っているぞめぇ」
    「知ってるよ・・・ピカピカの金塊の山、オレさまも見てきた、なぁ、聞きたいのはそんなことじゃねぇ!」
    かえるくんはやぎさんのゆっくりなペースに耐えられずに、思わず怒鳴ってしまいました。

    「まぁまぁ、そう焦らなくてもいいんじゃないかめぇ、ちょっとこの家の中を見てみなさい、どうじゃめぇ?」
    「どうって、なんだか色々なものが置いてあるけど、どれも古くてボロボロだ・・・」
    かえるくんは、やぎさんに言われて仕方なく部屋の中を見回して、不満たっぷりの声でぶつぶつ言いました。
    「そうじゃめぇ、どれも古い、壊れたものも修理して使っとる」
    「だったら、新しいものを買えばいいじゃないか」
    「んめ、んめぇ、それが、買えないのじゃめぇ」
    「・・・金はないのか? もしかして、じぃさん、貧乏なのか?」
    「そうじゃ、そのとおり、わしは貧乏なのじゃめぇ」
    やぎさんは、テーブルの上にお茶を3つ並べながら、にこにこと嬉しそうでした。

    「私は貧乏、ぶたの町長は金持ち・・・どうしてそうなったと思うかめぇ?」
    「・・・どうしてって、ぶたの町長さんが、金を好きだからじゃないのか?」
    「んめぇ、そうそう、それもある・・・でもそれだけじゃめぇ、私もお金は嫌いじゃないめぇ」
    「なんなんだよ、いったい、なにが言いたいんだよ?」
    かえるくんはついに立ち上がって言い
    「まぁまぁ、まぁ、お茶でも・・・」
    とやぎさんに促されて、また椅子に座りました。

    やぎさんは、熱いお茶をすすりながらチラリとねこさんの方を見ると、ねこさんは黙って寛いでいました。
    「んめぇ~、さみしい~、うんめぇ~、さみしい~♪ お金は~、お金が好き~、お金は~、寂しがり屋なのじゃ~、めぇ」
    やぎさんは、まるでミュージカルかのように歌いながら言いました。
    「は? で、いったい、なんの話だよ?」
    「んめぇ、この町のどうぶつは、みな金持ちになりたいと願っている、めぇ、まぁ、私はそうではないのだけどめぇ」
    「そうみたいだな、みんな金、金、金! って、ホント呆れたよ」
    かえるくんが吐き捨てるように言いました。

    「んめぇ、でもみな、お金を欲しがるだけで、お金の性格を知らないのじゃめぇ」
    「お金の性格?」
    「そうじゃ、めぇ、お金は寂しがり屋、寂しいから、お金がたくさんあるところに、集まろうとするのじゃめぇ」
    やぎさんの話に、かえるくんも少しずつ興味を持ち始めました。
    「へぇ、だから、ぶたの町長さんの持っている金塊はどんどん増えてるのか?」
    「おおぅ! かえるくんは、賢いのぅ」
    「そうか? えっへん、じぃさんも、なかなかいいやつだな」
    かえるくんはすっかり機嫌がよくなり、ねこさんはお茶を飲みながら、くくっと小さく笑いました。
    「金の性格を知っとると、町の皆も、ちょっと生き方が違ってくると思うんじゃめぇ・・・」
    「そしたら、みんな、じいさんみたいになるのか?」
    「めぇめぇ、ほっほっ~、かえるくんはおもしろい子じゃめぇ~」
    やぎさんは大きく笑い、ねこさんはまたくくっと小さく笑い、かえるくんも、なんだか楽しい気分になってきました。

    「でな、じぃさん、聞いてくれ」
    かえるくんがゆっくりと話し始め、やぎさんが頷きながら話を聞きました。
    「この二枚の金の板、ぶたの町長さんが、どっちが本物でどっちが偽物か調べろって言うんだ」
    「めぇめぇ、あいつはまたそんなことをしとるのかめぇ」
    「うん、調べなかったり、間違えたりしたら、3年間はこの町から出られないようにするって」
    「めぇめぇ、あのぶたの町長らしい話だめぇ~」
    やぎさんが呆れ顔で言いました。
    「それに、オレさまの友達、うさぎさんが人質になってるんだ、早く助けに行きたいんだ」
    「めぇ! そうか、そういうことじゃったら、大変だめぇ」
    やぎさんは目を大きく見開きました。
    「そうなんだ、大変なんだ。どうだ、じいさん、じいさんは、この調べ方、知ってるか?」
    「めぇめぇ、そうじゃめぇ・・・たしか、何年か前に・・・」
    やぎさんは腕組をしながら考え始めました。

    「お! じいさん、知ってるのか??」
    「あの方法で・・・めぇぇぇぇ」
    「じいさん、なぁ、頼むよ、思い出してくれよ! オレさまに教えてくれよ!」
    かえるくんは気が競って、両手をぱたぱたさせました。
    「んめぇ~、ちょっと待っててくれるかめぇ・・・今、持っとくるからめぇ・・・」
    やぎさんは立ち上がって何かを取りに行きました。

    さて・・・やぎさんが持ってきたものは?


    つづく。


    ―――――――――――――――――――――――――――

    第四話
    「マネー・ウィズ・アルケミー、お金と錬金術」

    ―――――――――――――――――――――――――――


    「んめぇ~、待たせたのぅ。これじゃ、これじゃ」
    やぎさんは手に厚い本を持って戻ってきました。
    「ん~めぇ~、本棚のな、奥の奥じゃったが、食わずに取っておいて良かっためぇ」
    本の色が分からなくなるほど積もった埃を手で払いながら、やぎさんはゆっくりと本を開き始めました。
    「じいさん、その本に、本物と偽物の金の板を見分ける方法が書いてあるのかっ?」
    かえるくんは身を乗り出して聞きました。

    「んめぇ、確か、ここにあったと思ったんじゃけど、めぇ・・・」
    やぎさんは時々指先を舐めながら本のページをめくりました。
    「めぇぇ~、この本も所々ページがなくなっとるめぇ。あの頃は食欲も旺盛だったからめぇ・・・」
    「食欲って、おい! ・・・じいさん、まさか本を食べてたのかよ!?」
    かえるくんが、やぎさんの顔を下から覗き込みながら聞きました。
    「んめ、んめぇ。おや、かえるくんは紙が旨いことを知らんのかね?」
    「おい、おい! 本当に食べてたのかよ」
    かえるくんはびっくりして目を丸くしました。

    「んめ、私は若い頃から貧乏じゃったし、お腹が空いて困った時にはよく本に助けられたものじゃめぇ」
    かえるくんはポカンと口を開けたまま、だんだん不安になってきました。
    「じいさん。オレさまは、その本の中の必要としているページが、まだじいさんに食われてないことを祈るよ」
    「んめぇ、私もそれを願っとるめぇ」
    やぎさんは目を細めて書いてあることを確認しながら、何度も繰り返しページをめくったり戻したりしました。
    ねこさんはやぎさんが煎れてくれたお茶を飲みながら、じっと黙っています。

    「んめぇ、これじゃ! あったぞ、かえるくん!!」
    しばらくして突然やぎさんが目を大きく開け、開いた本をゆっくりと机の上に置きました。
    「おお、じいさん! 食わずにいてくれたか!!」
    かえるくんは嬉しそうに立ち上がり、どれどれと開かれたページを読み始めました。
    「えっと、ア・・・ん? ア・・・ス・・・? ん、んんん??」
    かえるくんはだんだん表情が曇ってきたかと思うと、頭を抱えて椅子に座ってしまいました。
    「んめ? どうしたんじゃ、かえるくん?」
    やぎさんが心配そうに聞きました。

    「しまった・・・。オレさま、本を読むのは苦手だった。こんな難しそうな本、読めねぇよ・・・」
    「んめんめんめぇ~。なんじゃ、そんなことか。本なら私が読めるから大丈夫じゃめぇ」
    がっくりしているかえるくんの肩に、やぎさんは優しく手を乗せながら言いました。
    「お、そうか! じいさんに読んでもらえばいいのか」
    かえるくんは顔を上げてやぎさんと目を合わせました。
    「めぇめぇ、そうじゃ。苦手なことは得意などうぶつにやってもらったらいいめぇ」
    やぎさんはうんうんと頷きながら、かえるくんの肩を撫でました。

    「かえるくん、見とくれ、ここに『アスキメルデスの原理』を書いてあるめぇ」
    やぎさんが本の右側のページに人差し指を乗せながら言いました。
    「アスキメル? ・・・なんだか後ろ向きな名前だな」
    「めぇめぇ、ほっほっう。かえるくんはなかなかおもしろいことを言うのじゃめぇ」
    やぎさんは長い髭を揺らしながら笑いました。
    「そうかぁ? まぁ、後ろ向きでも前向きでもそんなのはどっちでもいいや。じいさん、早く教えてくれ」
    かえるくんはぴょんぴょんと細かく跳ねながら、やぎさんを急かしました。
    「めぇめぇ、『アスキメルデスの原理』というのはめぇ、その昔・・・」

    ・・・
    ・・・・・・
    ・・・・・・・・・

    「あ~、もうっ! 細かい説明はいらねぇ! 聞いてもどうせ分からねぇ。いいから、やり方だけ教えてくれ!」
    かえるくんは、ゆっくりと始まったやぎさんの説明にイライラしながら言いました。
    「おやめぇ、そうかい。めぇ~え、ちょっと残念じゃが、かえるくんがそう言うのなら・・・」
    やぎさんはふぅと小さな溜息をつきながら、肩を落としました。
    「最近の若者はせっかちじゃめぇ・・・」
    「じいさん! せっかちって言うな! オレさまは早くうさぎさんを助けたいんだ!」
    「まぁ、そうじゃろうが・・・、まぁ・・・仕方がないめぇ」
    やぎさんはやれやれとお茶を一口飲みました。

    「めぇ~え、かえるくん、ここに金の板が二枚あるめぇ?」
    「おぅ、これをどうしたらいい?」
    かえるくんは二枚の金の板を持ち上げながら聞きました。
    「どちらが本物でどちらが偽物かを調べるには、もう一枚、金の板が必要じゃめぇ」
    「もう一枚?」
    「そうじゃめぇ、もう一枚、本物の金の板が必要じゃ」
    「え、なんだよ、じゃぁ、今、ここで調べることはできねぇのかよ」
    「そうなのじゃめぇ、ぶたの町長のところに戻ったら、まず、本物の金の板を一枚借りるのじゃめぇ」
    「そうか、分かった! よし、ねこさん、ぶたの町長のところに戻ろう」
    かえるくんは二枚の金の板を箱に入れ、箱の蓋を閉めて立ち上がりました。
    でも、ねこさんはまだ座ったまま、ゆっくりとお茶を飲んでいて立ち上がろうとしません。

    「そうそう、ねこさん、そうなのじゃめぇ、ここからが重要なところ・・・」
    やぎさんは日に焼けて黄色くなった紙と、短い鉛筆を取り出しました。
    「いいかめぇ、かえるくん。ここに調べ方を書いておくから、この通りにするんじゃめぇ」
    「あ、そうか。オレさま、ぶたの町長に本物の金の板を借りることまでは教えてもらったけど、それをどう使うかはまだ聞いてなかったな」
    かえるくんはもう一度、椅子に座りました。
    「せっかち・・・」
    ねこさんは、ぼそりとつぶやいて、くっくっと小さく笑いました。
    「なんだと、ねこさん!」
    かえるくんはねこさんの方に体を向けると、ねこさんを睨みました。

    「いいかめぇ、かえるくん、調べるのにはちょっとした道具が必要じゃめぇ」
    いつのまにかヤギさんが棒と麻紐を用意していました。
    「おっ、じいさん。道具もつくってくれるのか?」
    かえるくんはやぎさんの方に振り返り、やぎさんの器用な手さばきに目を輝かせました。
    「めぇ~ぇえ、これをこうやって、こうかけて、こうして・・・」
    「ふむふむ、そんなに難しくねぇな、これならオレさまにもできるぞ・・・」
    やぎさんはつくった道具の使い方と調べる方法をかえるくんに教え、かえるくんは興味津々でやぎさんの説明を聞きました。
    ねこさんはその傍らで、じっとふたりの様子を見守っていました。

    「よし、分かったぞ、これで、大丈夫だ! 助かったよ、じいさん、礼を言う」
    やぎさんの説明が終わると、かえるくんはやぎさんの顔をじっと見て、ぺこりと頭を下げました。
    「めめぇ、いやいや、お役に立てたのなら嬉しいめぇ」
    やぎさんは顔をくしゃくしゃにさせて言いました。
    「やぎさん、ありがとうございました」
    ねこさんも深々と頭を下げて、やぎさんにお礼を言いました。
    「行くぞ! ねこさん、うさぎさんが待ってる」
    かえるくんは金の板が入った箱とやぎさんにつくってもらった道具を抱えて、やぎさんの家を出ました。
    ねこさんもずんずんと歩くかえるくんの後をついて行き、やぎさんの家を出ると振り返ってもう一度やぎさんに深く頭を下げました。


    ――――――


    「待たせたな、うさぎさん!」

    扉をバンッと大きな音を立てて開け、かえるくんとねこさんはぶたの町長さんの執務室に入りました。
    「ぶぉ~う、かえるくん、ねこさん、戻ってきたかね、金の板はちゃんと持ってきたかい?」
    「おぅ、もちろんだ。本物と偽物の調べ方も分かった!」
    かえるくんは力強く言いました。

    「かえるくん! ホントなの? 私達、この町から出られるの?」
    ぶたの町長さんの前に座っていたうさぎさんが立ち上がって聞きました。
    「まかせとけ、うさぎさん! なんったって、オレさまだぞ!」
    かえるくんは箱の蓋を開け、二枚の金の板を取り出し始めました。
    「ぶぉっほ~、それはそれは、ではさっそく、どちらが本物でどちらが偽物か答えてもらおうじゃないかぶぉ」
    ぶたの町長さんは軽くあごを上げ、ゆっくりと腕を組みました。

    「本物か偽物か、ここで調べる。ぶたの町長さん、本物の金の板をもう一枚、貸してくれ」
    かえるくんはやぎさんに書いてもらったメモを取り出しました。
    「ぶぉほほ~う、本物の金の板ならそこに何枚でもある、好きなだけ使ったらいいぶぉ」
    執務室の端に積み上げられている財宝の山を指差しながら、ぶたの町長さんが言いました。
    「借りるのは一枚でいい。それから水槽も貸してくれ、この金の板が二枚入る大きさの」
    「ぶぉ? 水槽? そうだな・・・金魚が泳いでいるが、これで良ければ使っても構わないぶぉ」
    ぶたの町長さんの机の後ろにある大きな水槽のなかで、金色の金魚がふわりふわりと泳いでいました。
    「よし、それでいい。金魚達にはちょっと迷惑かもしれないけど、貸してくれ」
    かえるくんはやぎさんに作ってもらった道具も取り出しました。

    「かえるくん、それはなに? 棒に紐がついていて・・・何も飾りのないモビールのようだけど」
    うさぎさんが、少し不安そうな顔で聞きました。
    「モビール? この道具は『モビール』っていうのかよ。そんなの知らねぇ」
    「え・・・、そうなの? 知らないの??」
    「おぅ。でも、道具の名前なんかどうでもいい。うさぎさん、そこから本物の金の板を一枚取ってくれ」
    かえるくんはせっせと準備をしながら、うさぎさんの顔も見ずに頼みました。

    「えっ、ええ。では、ぶたの町長さん、失礼して一枚お借りします」
    うさぎさんは両手で丁寧に本物の金の板を一枚持ち、かえるくんのところへ運びました。
    「ねぇ、かえるくん、大丈夫なの?」
    「いいから、見てろよ、うさぎさん。この道具を使って調べるんだ。えっと・・・」
    かえるくんはちらりとうさぎさんの怪訝そうな顔を見て、またすぐに自分の手元に視線を戻しました。
    ねこさんは執務室の壁に寄りかかり、静かにその様子を見ていました。
    「よし、この片方に、本物の金の板をつけて・・・と、もう片方に本物か偽物か分からない金の板を・・・」
    やぎさんからもらった棒には麻紐が付けられていました。

    かえるくんはまず、棒の端につけてある紐にうさぎさんが持ってきてくれた本物の金の板をくくりつけました。
    そして、反対の端の紐に、本物か偽物を調べたい金の板をくくりつけました。
    「かえるくん、何か手伝いましょうか?」
    うさぎさんが真剣な眼差しのかえるくんに話しかけました。
    「あ~、うん、そうだなぁ・・・。あ、うさぎさん、ここを掴んで持ち上げてくれ」
    かえるくんは両端の紐に金の板をつけ終わると、棒の真ん中につけてある紐を指差して言いました。
    「あぁ、これは、天秤棒ね」
    うさぎさんがかえるくんに言われたとおりに、紐を持ち上げると、棒の両端にぶら下がった金の板がゆらゆらと揺れました。

    「うさぎさん、そのままじっと、動かずに立っていてくれ」
    かえるくんは金の板がくくりつけてある紐を掴み、右左へ少しずつ動かしては手を離し、じっと金の板の揺れが収まるのを待ちました。
    「よし! これでいい。棒が真っ直ぐになった、うさぎさん、これをこのまま、水槽の中に入れてくれるか?」
    左右のバランスが整い、棒が傾かずに床に対して真っ直ぐ水平になると、かえるくんはにこっとしながら言いました。
    「うん、やってみる」
    うさぎさんは小さく頷き、金の板をぶら下げた天秤棒を持って、水槽の前まで移動しました。
    「ぶたの町長さん、ちょっと椅子を拝借します。金魚さん達も、ちょっと失礼しますね」
    うさぎさんは天秤棒を持ち上げて靴を脱ぎ、ぶたの町長さんの椅子に登ると、揺れている金の板をゆっくりと水中に沈めました。
    「かえるくん、次はどうすればいいの?」
    うさぎさんは振り返ってかえるくんに聞きました。
    「待てうさぎさん、真っ直ぐ立ってしばらく動くんじゃねえ!」
    うさぎさんは慌てて姿勢を戻し、かえるくんに言われたとおりに背筋を伸ばしました。

    ぶたの町長さんもねこさんも黙ってその様子を見ていました。
    「・・・よし、分かった! 水に入れても棒は真っ直ぐのままだ。その金の板は本物だ」
    「ええっ! そうなの・・・じゃぁ・・・もうひとつの方が・・・」
    「うん、きっと・・・。よし、うさぎさん、やってみるぞ」
    かえるくんはうさぎさんに椅子から降りるように促し、うさぎさんは水に濡れた金の板をハンカチで拭きながらかえるくんのところに戻りました。
    「こっちの金の板をもう一方の金の板に換えて、今と同じことをすればいいのね」
    「あぁ、そうだ。うさぎさん、もう一回、これを水槽の中に入れてくれ」
    かえるくんとうさぎさんは、紐にくくりつけられていた本物と思われる金の板を外し、そこにもう一方の金の板をくくり付けました。
    そして、かえるくんがさっきと同じように、棒が床と平行、真っ直ぐになるように紐の位置を調整すると、うさぎさんがそれを水槽の中にゆっくりと入れました。

    「やぎさんに教わった通りなら・・・」
    かえるくんはごくりと唾を飲みました。
    棒の両端にぶらさがった二枚の金の板は少しずつ、水の中に沈み・・・。
    「あっ!」
    うさぎさんが紐を持っているのと反対の手で、口を覆いました。
    「やっぱりだ、今度は棒が傾いた! うさぎさん、その金の板は偽物だ!」
    かえるくんはぴょんぴょん跳ねて喜びながら言いました。
    「すごい、かえるくん、すごいわ!」
    うさぎさんはいそいそと天秤棒と金の板を水の中から引き上げると、椅子から降りてかえるくんと一緒にぴょんぴょん跳ねました。
    「かえるくん、すごい、すばらしいわ!なるほど、比重の差を使って調べたのね!」
    うさぎさんは尊敬の眼差しでかえるくんを見ました。

    「ん、ヒジュー? なんだそれ? そんなものは知らねぇけど・・・」
    かるくんは、くるりと振り返って、ぶたの町長さんの顔を見ながら言いました。
    「なぁ、ぶたの町長さん、これで、いいんだだろ、こっちが偽物で正解だよな」
    「ぶぉ・・・そうだな・・・ぶぉ。ぶぉぶぉ、かえるくんもなかなかやるじゃないか」
    ぶたの町長さんは腕組を外して、ゆっくりと拍手をしながら応えました。
    「えっへん、なんてったって、オレさまだ! こんなの朝飯前だぜ!」
    今度はかえるくんが腕を組んで胸を張りました。

    「えぇ、かえるくん、本当にすごいわ、私、かえるくんのこと見直しちゃった」
    「だろ、うさぎさん、オレさまは、本当はすごいんだ!」
    かえるくんはますます背中を反らせて胸を張り、うさぎさんは嬉しそうに笑いました。
    「ぶたの町長さん、これでオレさま達は町を出られるよな」
    「ぶぉ、もちろん、約束した通りだ」
    うさぎさんはぶたの町長さんの言葉を聞いて、わぁと再び喜びました。
    「よし、うさぎさん、ねこさん、行くぞ! ここを出よう!」
    かえるくんも大きな笑顔で言いました。

    「それにしても、この偽物の金の板、本当に良くできているわね」
    うさぎさんがしげしげと偽物の金の板を見ながら言いました。
    「そうだよなぁ、色も本物と一緒だし、重さの違いもほとんどねぇ、全然分からねぇな」
    かえるくんは偽物の金の板と本物の金の板の両方を持ち上げながら言いました。
    「これだけ本物そっくりの金をつくるのは、かなりすごい技術だわ・・・」
    「そっか、そうだよな、すごいことだよな。なぁ、ぶたの町長さん、この偽物、町長さんがつくったのか?」
    「ぶぉっ、ほっほっほ~っ。さすがうさぎさん、このすごさが分かるかね」
    ぶたの町長さんは嬉しそうに大きく笑いました。

    「えぇ、ぶたの町長さん、分かります。町長さんは、化学も学ばれたのですね、すごいわ」
    「ぶぉ~っ、ほっほ~っ。そんなに褒められると照れるじゃないか。まぁ、私の部下には優秀などうぶつが多くてな」
    「そっか、ぶたの町長さんが仲間と一緒につくったのか、この町のどうぶつは本当にすげぇな」
    かえるくんにそう言われて、ぶたの町長さんは満足そうにぶぉぶぉ笑いました。
    「ぶぉっ、ほっほ~っ。うさぎさんもかえるくんも充分すごいぞ。この先の王都への旅も、君たちならきっと大丈夫だろう」
    「お、そうだ、そうだ! オレさま達は、王都に行くんだった」
    ぶたの町長さんに言われて、かえるくんははっと我に返りました。

    「そうよ、かえるくん、忘れていたの?」
    「忘れる訳がねぇだろ! バカにするな! いいから、オレさまについて来い、うさぎさん、ねこさん、行くぞ!」
    かえるくんはむっとして、ほっぺたを膨らましながら言いました。
    「ぶぉぶぉ、うさぎさん、かえるくん、ねこさんも、もうちょっとゆっくりして行っても良いのだぶぉ、私の話もまだ続きがあるし・・・なぁ、うさぎさん」
    「結構です」
    ぶたの町長さんの誘いを断ったのはねこさんでした。
    うさぎさんとかえるくんは一瞬驚き、でもまたすぐ片付けに戻りました。

    「ではでは、ぶたの町長さん、お世話になりました」
    準備ができると、うさぎさんは丁寧に頭を下げ、
    「じゃあな、ぶたの町長さん、なかなか楽しかったよ」
    かえるくんは右手を軽く上げ、ねこさんは何も言わずに執務室を後にしました。
    「ぶぉう、うさぎさん、かえるくん、ぜひまたこの町に来てくれ、ぶぉ~」
    執務室から、ぶたの町長さんの声が小さく響いてきました。

    「町を出れることになって、本当に良かった、なぁ、うさぎさん」
    「えぇ、三年も閉じ込められていたら、大変なことになっていたわ」
    うさぎさんとかえるくんはは町役場を出て、町外れに向かって歩き始めました。
    「あれ、ねこさんは? かえるくん、ねこさんが居ないわ」
    「お、ホントだな。ねこさんどこだ?」
    ふたりはきょろきょろと辺りを見回しましたが、ねこさんの姿はありませんでした。
    「もしかして、忘れ物かしら・・・」
    「いや、ねこさんのことだから、またどんどん先に行っちゃったんだろ」
    「そうね、きっと町の出口のあたりでお昼寝してるのでしょうね」
    ふたりは笑い、仲良く並んで歩いて行きました。


    ――――――


    そのころ、ねこさんは・・・
    「やっと尻尾、掴めた」
    町役場から離れた古い公園で、丸い背中のどうぶつと小さな声で話をしていました。
    「これですね」
    低い声で返事をした丸い背中のどうぶつはもぐらさんでした。
    「えぇ、この偽物の金の板、ぶたの町長とその仲間がつくったもの」
    ねこさんは風呂敷に包んだ偽物の金の板をもぐらさんに手渡しました。
    「やっぱり・・・偽物にまで自分の顔を飾りつけているなんて、さすがあのぶたですね」
    風呂敷を少しだけ開いて偽者の金の板をちらりと見るともぐらさんは苦笑いをしました。
    「そう、そのぶたがはっきりと『私と私の部下がつくった』と言ったわ」
    「そうですか・・・。ねこさん、おつかれさまでした。あとはお任せください」
    もぐらさんは偽物の金の板を懐にしまうと、ねこさんに軽く頭を下げました。
    「ありがとう、あとはお願いするわね」
    「これで、やっと、この町も・・・。良かった・・・本当に良かった。」
    もぐらさんは頭を下げたまま、鼻をすすりながら涙声で言いました。
    「うさぎさんとかえるくんのおかげ。あのふたりには感謝しなきゃね」
    ねこさんは穏やかな眼差しで空を見上げました。
    「えぇ、そうですね。では、私はさっそく・・・」
    ねこさんから偽物の金の板を受取ったもぐらさんは、顔を上げてねこさんに敬礼をし、身を翻すとあっという間に地中にもぐって行きました。


    ――――――


    うさぎさんとかえるくんが町外れまで歩いても、ねこさんの姿は見当たりませんでした。
    「ねこさん、居ねぇな」
    かえるくんが、手のひらを額の上にかざし、きょろきょろしました。
    「本当ね、どこにいってしまったのかしら」
    うさぎさんも不安そうに辺りを見回しました。
    しばらく町外れで待っていると、遠くから歩いてくるねこさんの姿が見えました。
    「あ、来た、来た! あれ、ねこさんじゃねぇか」
    「そうだわ、あのゆらゆらした歩き方はねこさんに間違いないわ、良かった!」
    「ねこさ~ん、遅ぇじゃねぇか、どこ行ってたんだよ」
    かえるくんがねこさんの所に駆け寄っていきました。

    「・・・王都に行くのに、王に会うのに、手ぶらというわけにはいかないでしょ」
    ねこさんはぼそりとつぶやきました。
    「おっ、そうか、王様への土産か! ねこさん、気がきくな」
    「ねこさん、待ってたわ、来てくれて良かった、で、何を買ってきたの?」
    うさぎさんもねこさんの隣に来て聞きました。
    「さぁ、なんだったかしらね・・・」
    ねこさんは、表情を変えないまま、首をかしげて答えました。

    ねこさんが買ってきたお土産は・・・


    「おくびょうなうさぎとおろかなかえる・中」につづく。


    ―――――――――――――――
    七星十々 著
    イラスト ゆく

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
    ―――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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