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2013-08-15 10:00


    にほんてぃる 第一部・下
    http://ch.nicovideo.jp/contri/blomaga/ar372274


    にほんてぃる 第一部・上


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    プロローグ
    「無能の神は舞い降りた」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    誰もが一度は願うだろう

    知らない世界の主人公になってみたいと

    そこには悪い奴がいて、自分を慕ってくれるヒロインがいる

    その日俺の平和は砕け散り、戦争の只中に突き落とされる

    そこには俺を慕うヒロインがいて、そこには悪い奴がいて・・・・・・

    そんな単純な話じゃない

    何故なら、これは戦争の話だからだ


    ――――――


    白い太陽が殺人的な熱線を浴びせるクソ暑い夏の日。
    光の勇者様になって暗黒竜『デスダーク・フレイムマスター』と戦う夢を見ていた俺は、地の底から響くようなおぞましい音で目が覚めた。

    いったい何の騒ぎだ、空からUFOでも攻めてきたか?
    そんな事を思いながら部屋のテレビをつけてみると、昼のニュースが妙にもったいつけた調子で戦争がどうのとのたまってやがる。

    なんのこっちゃと思いながらチャンネルを変えてもどこもそんな感じ。挙句の果てに昔の戦争を題材にした特別ドラマを放送してる。
    はぁ? いったい世の中はどうしちまったんだ? と首を捻った所でようやく俺は気づいた。

    夏休み真っ最中の今日は8月15日
    つまり、今日は全国的に終戦記念日って奴らしい。
    まぁ、21世紀を生きる現代人の俺には関係ないし知ったこっちゃない話なんだけど。

    それよりも、目下の俺の問題は夏休みの宿題だった。
    こんなもん好きな奴はいないと思うんだが、俺は宿題が大嫌いで、始業式まで一週間を切った今も、ほとんど未完どころか手もつけちゃいなかった。

    正直な話、去年までの俺ならそんなもん知らぬ存ぜぬを押し通してバックレちまうんだが、今年は色んな不幸が重なってそういうわけにはいかない。

    俺、天明相馬(あまあき そうま)は生徒会長である。
    いまだにそんな実感これっぽちもないし、なんでそんな事になっちまったのかもよくわからないだけど。

    中学からの幼馴染、腐れ縁の友人Aが高校に入ってから妙に色気づきやがって、
    「生徒会に入ったら絶対モテる! そういうわけだからそーちゃん、一緒に生徒会に入ろうぜ!」

    多分と言わず、すべての原因はここにあるんだが、当時の俺は何を思ったかこの一言に乗せられちまった。
    きっと、十代の青春熱血パワーを無駄に持て余してたんだろうな。

    俺とAは生徒会に入り、俺は野心溢れるAに馬車馬の如くこき使われた。そしたらどうした? 俺とAは何故か先輩や先生に一目おかれちまって、気づいたら生徒会長様だ。

    てかさ、おかしいだろ? なんで俺が生徒会長なんだ?
    この流れじゃ、生徒会長になるのは俺じゃなくAだろう常考!
    「いや、生徒会長とかなんか怖いじゃん。あんま目つけられたくないし」

    そういったAの顔を俺は今でも覚えている。ブチ切れた俺はAに頭突きをかまし、Aは失神。そん時の事を盾に取られ、なし崩し的に俺は生徒会長をやらされる羽目になっちまった。

    「まーまーそうちゃん。生徒会長なんて飾りだよ飾り。自信満々って顔して座っててくれれば、後は俺等がやるからさ」
    副会長になったAの隣にはいつの間にかAの彼女になっていた書記長のBちゃん。 ・・・・・・クソッタレ!

    お言葉に甘えて俺はお飾り生徒会長を満喫して、ついたあだ名が生石高校の無能会長様だ。まったく、やってらんねぇよ。
    と、前置きが長くなっちまったが、そういうわけで俺は昔のように宿題をブッちぎるわけにはいかない立場にある。

    いかない立場にあるんだが・・・・・・だからと言って気乗りするはずもなく、やる気なんか鼻毛一本分も沸いちゃこない。
    沸いちゃこないが・・・・・・やるしかない。ただでさえ俺は先輩後輩同級生に先生と目をつけられまくってる。
    ここは大きな面倒事を回避する為に小さな面倒と向き合ってやるとしよう。

    机に向かった俺は積み重なった宿題の山を睨みつける。
    ・・・・・・はぁ。
    正直、こいつらの相手をするくらいなら厨二的暗黒竜の相手をしてた方が万倍ましだ。
    つーか、どっかの異世界が俺を勇者様として召還してくれねーかな!

    ・・・・・・ねーよ。わかってるって。
    現実逃避はこのくらいにして、俺は読書感想文をやっつける為、近所の古本屋に向かう事にした。

    あの陰気くさい古本屋。なんて名前だったっけな。
    まぁいい。
    そんな事、今の俺にはウン十年前の戦争くらいどうでもいい話だ。


    殺人的な太陽光線に文句を言いながら歩く事3分。
    俺はなんとかって名前の古本屋に到着した。
    古臭さと威厳を取り違えたようなご大層な入り口は正直入りづらい。

    古本屋ってのみんなどっか排他的な雰囲気をだしてる気がするが、ここは格別だ。こんなんで商売成立すんのかよ。
    と、文句はこんな所にしとこうか。この熱気の中駅前の有名チェーン古本屋まで行くのはそれこそ自殺行為だしな。

    扉を開けると、冷ややかな冷気と共に鼻の奥がムズ痒くなる本の臭いが俺を出迎えた。
    ・・・・・・なんだこりゃ? 本当に店か?

    狭い通路の両脇には本棚、足元には本が重なってピサの斜塔かバベルの塔みたいになってやがる。冷房はありがたいが店の中は薄暗いし、ここは本屋ってよりは本の迷宮か本の牢屋って感じがするぜ。

    目の前に飛び込んできた光景に圧倒されながら、俺は本の山を崩さないように慎重に歩を進める。置いてある本は大半が分厚くて、難しそうな表紙のわけわからん語かわけわからんタイトルの物ばかり。

    はっきりいって場違い感が甚だしい。
    俺は本はラノベと漫画しか読まないんだぜ?
    ここはハズレだ。そう思って振り返ろうとした時、

    「あら、いらっしゃい」
    店の奥から届いた甘ったるい声に、俺の繊細な心臓は3メートル程跳ね上がった。
    なんだ!? って、決まってる。この本屋の店主だろう。

    そんな当たり前の事を忘れさせるくらい、この店の雰囲気は何かおかしかった。
    まいったな。俺は思った。いらっしゃいなんて言われた直後に背を向けて帰るのは気が引ける。それにだ、声から察するに、店主は若い女で、美人の可能性が高い。

    どこにでもいるごくごく普通の高校生を自負する俺だ。もしこの先に美人のおねーさんが存在する可能性があるならだ、この先俺と欠片も接点を持たない存在だとしても、顔ぐらい拝んでみたいってのが心情だろう。

    そういうわけで、俺は真面目な文学少年を気取り、
    「ど、どうも」
    って、どうもってなんだよ! 声上ずってるし!
     
    はぁ。慣れない事はするもんじゃねぇな。
    なんて思いながら先に進む。
    程なくして、俺は店主様のご尊顔を拝見する事になった。

    綺麗な女だった。金髪に金色の目をした大人の女性。妖艶って奴だ。白いシャツの胸元は大胆に開き、黒いスカートを履いた格好で奥の間に正座し、手には難しそうな本を持っている。

    俺は生唾を飲み込んだ。けどそれは、この女に魅了されたわけじゃないと思う。
    たしかにこいつは綺麗だ。綺麗なんだが、何かが違う。

    店主は俺の顔を一瞥すると、『あなたとわたしは住む世界がちがうのよ』と言いた気に視線を外し、ちゃぶだいに本を置いて古風な湯のみに口をつけた。

    ・・・・・・なんか負けた気がする。
    くそ、なんだってんだよ!

    俺は別にこのままここを出てもいい。というか、とっとと出て、別の本屋に行った方が賢明だ。そんな事はわかってるんだが、俺はすぐにここを立ち去る気にはなれなかった。

    俺は負けず嫌いだ。なんでとかどうしてとか、そんな事はわからない。ただ、昔から負けるのが嫌いだった。負けたと思われたり、負けっぱなしでいるのが我慢ならない性質なんだ。

    俺と店主の前にどんな勝負が発生しているのか。そんな事は俺にもわからない。
    ただ、そん時の俺はなにか意地になっていて、別にお前なんか大して興味ねぇよって顔をして、手近にある適当な本を引っつかんだ。

    古臭い本だった。最初からそうだったんじゃないかって疑いたくなるくらい、その本には拭いようのない古さが染み付いていた。

    『ニホンティル』

    背表紙の擦れた文字はどうやっても読めるはずないのに、俺の目にはそう書いてあるように映った。

    俺は・・・・・・俺は、
    俺はいつの間にか背中に冷たい汗を浮かべていた。
    何時からか・・・・・・きっと、この店に入った時から、俺はおかしくなっていたんだと思う。

    夢の中を歩くような心地のまま、俺は何かに操られるようにその本を開いた。

    「・・・・・・その本の行く先に、あなたはどんな願いを見い出すのかしら?」

    遠くで女の声が響き、俺の世界は暗転した。

    「あなたの行く先に・・・・・・・望み在れ」



          icon_ntail.jpg



    ・・・・・・

    ・・・・・・・・・・・・

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

    目覚めは何時だって唐突だ。俺の意思とは関係なく、目覚めは何の脈絡もなく訪れる。
    なんなんだ? 俺はいぶかしんだ。普段なら、そんな事考えもしないのに。
    気だるさを持て余しながら、俺は言い様のない違和感を覚えていた。

    「ん・・・・・・ん、ん・・・・・・」
    重たいまぶたを開くと、そこには見知らぬ天井が・・・・・・
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」

    血の気が引く。いや、一気に頭に血が上った。
    「ここ、どこだよ!」
    跳ね起きて辺りを見まわす。

    そこは、17年間住み慣れた天明家の俺の部屋じゃない。
    それどころか、まったく見覚えのない、なんの心当たりもない場所だった。

    妙に肌触りの良い布団を跳ね飛ばして、俺は寝台の上で暫く唖然としていた。
    そこはただ知らない場所ってだけじゃなく、みょうちくりんで変てこな場所だった。

    木造の部屋は小奇麗で豪華だけど、作りはどこか古めかしくて、古風な洋館のような雰囲気がした。その癖、俺が寝かされていた仰々しい天蓋付きのベッドには神社をイメージさせるひし形の飾りやら素麺の寄せ集めみたいな細い紐やら縄やらがあちこちにくっついて薄気味が悪い。

    ベッドの横にはでかい寺に置いてありそうな立派な屏風が立っていて、逆側には葬式の時に使うようなお供えセットの超豪華版が広がっている。
    「・・・・・・マジで、なんだってんだよ」

    俺は嫌な汗を浮かべていた。動悸がする。本当に、まったく、欠片も理解できない。
    「夢、だよな?」

    恐る恐るつぶやいて見るけど、そんな気は全くしなかった。こんなリアルな夢は初めてだ。それでも、俺は頬を抓ったり、何度も目を擦ったり、無駄な努力をしてみる。
    それは本当に無駄な努力で、この不条理が現実である事を確信させるだけだ。

    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
    おぇ! 何これ! 冗談だろ! なんだ! どうした! どうなってんだ!
    俺はゆっくりと沸騰するように混乱していた。このままじゃやばい。俺は弾けそうな心臓を胸の上から押さえて、冷静さを拾い集める。

    最後の記憶はどこだ? クールになれよ俺。この世の中、落ち着えて考えてわからない事なんてそうそうないんだ。
    現実逃避をかねて、俺は深呼吸をしながら考えてみる。最後の記憶、俺は何をしていた?

    思い出すには時間がかかった。そして、思い出した俺はますます混乱した。
    本屋だ。
    あのきな臭い古本屋で妙な本を手に取り、あの気味の悪い女店主が何かを言って、俺は意識を失ったんだ。

    病気か? 日射病とか。そういや俺、白い病院着みたいなのに着替えさせられてる。それにこの部屋、うっすらと病院の臭いがする。そうだ、ここは病院だ!

    「って、こんな悪趣味な病院あるかよ!」
    いい加減頭にきて俺は叫んだ。ドッキリか? ドッキリなのか? その可能性はなくはない。俺の悪友A、B、C、D、E、F、G以下略略略! のクソ馬鹿共を思えば、こんな悪ふざけを考えそうな奴は両手に余る程心当たりがある。

    けど、あいつらだって、病人にムチ打つ程鬼畜じゃ・・・・・・いや、自信ないわ。
    なんて具合に、俺は正気を保つ為にこの不条理の理由を求めていると、

    「・・・・・・おぉ!」
    正面の扉が開き、医者の格好をしたすだれ頭のおっさんが俺の顔を見て大げさに呻いた。

    俺は安心した。そうだ。こんな所で馬鹿な事を考えて不安になる必要なんかない。このおっさんに事情を聞けば万事解決する話だ。

    「あの、すんません。俺、なんでここに――」
    「お目覚めです! 神様が、お目覚めになられました!」

    バタン!
    おっさんは氷漬けの原始人が目覚めたみたいな顔して出て行きやがった。

    「・・・・・・・なんなんだよ、大げさすぎるだろ。てか、神様ってなんだ?」
    ってのが突っ込み所1。
    そして俺は、遅れて気づいた。

    「あのおっさん、頭に猫耳つけてなかったか!?」

    疑問系なのは当然だ。推定年齢50歳後半の脂ぎったおっさんがだ、世間一般では聖職者様と尊敬されるお医者様がだ、頭に白い猫耳つけてるなんて、異常過ぎて受け入れられるか!

    「マジでなに? なんなのこれ? 怖いから、割と普通に怖いから!」
    この異常な状況もヤバイけど、猫耳親父はもっとヤバイ。もしかして俺、頭のイカレた謎の組織に拉致られた? それとも俺は熱中症で倒れてファンキーでトリッピーなナイトメアをビューイングしてんのか!? そうならいいな~! そうであれ!

    目の玉を満月みたいにかっぴらき、俺はアホみたいに大口を開いて扉を眺めていた。
    どうしようか? どうしようもない。異常過ぎてこっから出て行く気にもなれない。
    表面上は落ち着いてるが、内心は完全にパニックだ。

    タタタタ、ダダダダダ、ドダダダダダ! ドガン!
    誰かが廊下を物凄い勢いで走ってくる。

    なんだ、なんだ、なんだ!?
    今度はいったいなんなんだ!?

    「お目覚めでございますか! かみさ・・・・・・ま?」
    女の声。若い、幼い声。

    「失礼ながら神様、なぜそのように頭から布団を被って震えておられるのでございましょうか?」
    なんでもクソもあるか! こんな異常事態に放り込まれたら、誰だって心底ビビって震え上がるに決まってるだろ!

    けど、何時までもこうしてるわけにはいかない。
    俺は固い唾を飲み込むと、意を決して布団の中で叫んだ。

    「お、お前、誰だよ。ここは、どこだよ! 俺を、どうするつもりだ!」
    「お目覚めになられたばかりの所を騒ぎ立て、申し訳ありませぬ。驚かせるつもりはなかったのでございます」

    女の声には心から気遣うような気配があった。
    その声は、ほんの少しだけど俺の不安をかき消した。
    それでも、俺は多分にビビっていて、ホラー映画を見た後の子供みたいにおっかなびっくり布団から顔を出した。

    若い女だった。というか、まるっきりガキだった。見た所せいぜい小学生。俺はロリコンじゃないが、それにしても可愛いらしい女の子だった。

    座敷わらしみたいな子だ。小さくて、黒髪のパッツンで、上等な和服を着てる。もっとも、和服の裾はミニスカートみたいになってるし、あっちこっちにフリフリの飾りがついてる上、足元はニーソックス。ゴスロリ趣味の座敷わらしなんて聞いた事ないぞ。

    怯えるような疑うような・・・・・・値踏みするような視線を俺が向けていると、女の子は鉄の柱みたいにきっちりと背筋を伸ばし、大きな丸い瞳で俺を見据え、優雅にお辞儀をした。

    「妾は大新本皇国(だいにほんこうこく)、照和皇王(しょうわこうおう)の位を頂く迪宮(みちのみや)でございます。ここは皇宮の応接室で・・・・・・」
    すらすらと淀みなく告げる様子は見た目の幼さと完全に乖離して、随分と大人びて見えた。いや、そんじょそこらの大人が束になっても敵わない完全無欠の優雅さ、気品って奴を放っている。

    けど、それは唐突に崩れた。
    女の子の表情は急に年相応の幼さを取り戻した。
    その顔には、何かどうしようもなく巨大で重い不安に潰されかけて、窒息寸前って感じだ。

    「神様は、妾の国を、民を、救いに来てくれたのでございますよね?」
    必死な瞳だった。途方もなく悲しい、とてつもなく辛い瞳だった。
    気まずさに負けて、俺は明後日の方向を見て呟いた。

    「・・・・・・そんな目で俺を見るな」
    「ぇっ?」
    「そんな目で俺を見るなって言ったんだ!」

    「も、申し訳ございません!」
    女の子は、ショックを受けたみたいだった。まるで、母親に頬を打たれたような・・・・・・

    「・・・・・・悪い。怖がらせるつもりじゃなかったんだ」
    罪悪感がこみ上げて、俺は頭を掻いた。
    俺と女の子の間の空気が水飴みたいに粘ついて動かなくなる。

    10秒の沈黙で俺はギブアップした。
    「お前はなんなんだ? 俺を脅かすよう誰かに頼まれたのか?」
    だって、そうとしか考えられないだろ。けど、女の子の表情は真剣そのものだ。

    「か、神様を謀るなど、滅相もございません!」
    「なら・・・・・・そうだな。一個ずつ説明・・・・・・」
    と、俺はそこで気づいた。気づいちまった。

    なんだよ。なんだよ! やっぱり性質の悪い冗談じゃねぇか!
    俺はため息をつくと、こめかみをひく付かせながら女の子の所に歩み寄った。

    「え、あの、神様? 何を・・・・・・」
    「こんなおもちゃ背負って、大人をからかうんじゃねぇっての!」
    「ひきゅっ!?」

    ゴン! っと、何時もの俺なら金剛石頭で思いっきり頭突いてやるんだが、相手が幼女じゃそういうわけにもいかない。軽く固めたコブシのやらわか拳骨でゆるしてやる。

    「か、神様!? ととと、突然、何をするのでございますか!?」
    「だーかーらー、芝居はもういいって言ってんだよ!」
    言いながら、俺は女の子の背中から飛び出した一組の黒い翼を鷲づかみにした。
    それは真っ黒い鳥の羽だった。パーティーグッズ屋で売ってる奴を本格的にしたような、まるでカラスみたいな黒い翼・・・・・って、おいこれ!?

    「ひぃっ!? いい、いやあああぁぁぁぁ!」
    「ほぶごぉっ!?」
    女の子の平手が顎の良い所にクリーンヒットして、俺はキリモミ回転で吹き飛んだ。

    「い、いでぇ・・・・・・」
    「も、申し訳ございませぬ!」
    ひっくり返って目を回す俺。女の子は血相を変えて駆け寄り、俺の横にしゃがみ込む。

    「お、お前、いい筋、してるぜ」
    脳みそをクリティカルに揺さぶられて情けなく目を回す俺。

    「申し訳ございませぬ! 申し訳ございませぬ! で、ですが、いくら神様とは言え、あ、あんな所を鷲づかみにするのは、あ、あまりには、は、は、は・・・・・・」
    「は?」

    「破廉恥でございます!」
    女の子は叫んだ。
    顔を真っ赤にして、宝石みたいな瞳を涙で潤ませながら。
    俺はさっぱりわけがわからなかった。

    だってこいつの羽は暖かくて、正真正銘本物の生きた鳥の羽だったんだから。



          icon_ntail.jpg

    「あー。つまりだ、迪宮ちゃん」
    「ミチで結構でございます」
    「・・・・・・じゃあ、ミチ。お前の説明をまとめるとだ」

    「はい」
    「ここは大新本皇国って国で、今この国は戦争の危機にあるわけだ」

    「ただの戦争ではございません。世界大戦でございます! 西のドイチュ第三帝国のポーラン侵攻を皮切りに、戦火はアフリク、チュートーの各地へと広がっております。これに対して、ブリテン、ランダー、スターズを中心としたセーヨー列強は強固に手を結び、ことサヴィエトにおきましては戦乱に乗じて我が国を狙う始末! ドイチュと同盟を結ぶ妾が大新本皇国はセーヨー列強を敵に回し、このまま開戦という事になればセーヨー列強、特にメリーカ大陸の大国スターズとの開戦は免れず、民草に多大な犠牲を払う事は必死なのでございます――」

    「だあぁぁぁぁぁぁぁ!」

    「ひゃわぁっ!? か、神様? 突然そのような奇声を上げてどうしたのでございますか?」
    「お前の話は、全然、わかんねぇ!」
    俺は苛立ちに頭を掻き毟り、ミチの小さな鼻先に人差し指を突きつけた。

    「えぇぇぇぇぇ!?」
    「お前の国のごたごたとかこの世界のぐだぐだなんざ知ったこっちゃねぇの! 俺が確認したいのは、お前がわけわからんお祈りしたせいで、俺はこのわけわからん世界に召喚されちまったのかって事だ!」

    「わ、わけわからんお祈りではございませぬ! 妾は今後の皇国の行く末を、民草の尊い命を案じ、宮内の祭壇に祭られし神宝、大八咫鏡(おおやたのかがみ)を通し、皇国の護り神たる天照大御神(あまてらすおおみかみ)様に戦争回避と世界平和をお祈りしていたのでございます!」

    「そしたらそのなんたらって鏡から俺が飛び出してきたと。お前は俺を神様だと思って、この豪華祭壇付きアホ病室に放り込んだ。そういう事でいいんだな?」

    「あ、アホ病室ではございませぬ。ここは由緒正しき皇王家の――」
    「知らん。そういうのはマジでどうでもいい」
    「そ、そんなぁ・・・・・・」
    ミチはあんまりだ! って顔で細い肩をすくめる。

    確かに俺の態度はあんまりだが、今はマジで他人を気遣う余裕なんかない。
    だって、ミチの話を真に受けると、俺はどこぞのラノベの主人公よろしく、救いの神として異世界に召喚された勇者様、もとい救いの神様って事になっちまうからだ。

    「アホらしい・・・・・・アホらしすぎるだろ! そんな馬鹿な話あってたまるか!」
    俺は頭を掻く、掻き毟る。やべぇぞ、もう、何もかもやべぇ。俺の理解力を万パーセントオーバーしてやがる。

    「おいミチ!」
    「な、なんでございましょう?」
    「俺を殴れ」

    「は、はい?」
    「俺を殴れ。思いっきり、全力で!」
    「そ、そんな、神様に手を上げるなんて、そんな無礼な事は――」

    「うるせぇ! さっきやっただろ!」
    「あ、あれは、物の弾みで、神様が、あんな破廉恥な所を触るから・・・・・・」
    鳥の翼のどこが破廉恥だ馬鹿馬鹿しい!

    ああ、本当、夢だよなこれ。夢に決まってる。こんな馬鹿な話はない。ありえないから。だからみちにビンタしてもらえば、きっと俺は目覚めるんだ。自分の家のベッドで、それかあの古本屋で、もう最悪その辺の道端でもいい! 俺を元いた世界に戻してくれ!

    ・・・・・・アホくせぇ。冷静になれよ俺。自暴自棄になったら何もかもおしまいだぞ。大体、さっきミチに死ぬほどぶったたかれたけど目なんか覚めなかったじゃねぇか。
    あぁそうだ。これは現実だ。否応なく現実なんだ。
    なら、俺は何をすればいい? 何をしなくちゃならない?

    決まってる。この世界の事を知らないと。
    俺の立場はどうなってるのか、この世界はどうなってるのか。
    それを確認すりゃ、元の世界に帰る道も開けるかもしれねぇんだ。

    「いやミチ。やっぱり叩かなくて――」
    「でぇぇぇぇぇぇい!」
    「ほぶごぶおぉぉぉぉ!? て、てめぇ! な、何しやがんだよ!」

    「え! だって神様が叩けって・・・・・・」
    「あぁ言ったよ言いました! くそ、俺は今わりとマジ泣きしてるぞ!」
    「ぎゃ、逆ギレはやめてください・・・・・・」

    「ああそうだよ逆ギレだ! 俺が悪うございました!」
     天井に向かって俺は叫び、自分で自分の頬を思いっきり殴る。
    「か、神様!?」

    「おう、なんだミチ」
    「な、何をなされているので?」
    「知らん。俺に聞くな」

    「そ、そんな・・・・・・」
    「とにかく、覚悟完了だ。何時までもビビってたって話しにならねぇからな」
    「はぁ、とにかく、神様が落ち着かれたようで、ミチは安心――」

    「それやめろ」
    「へ?」
    「俺は神様じゃない。俺は天明相馬。兵庫県高砂市生石高校に通うごくごく普通の生徒会長だ」

    「はぁ・・・・・・それは、神様が――ひぎゅっ!」
     俺はミチの両頬を掌でサンドイッチにする。
    「神様じゃねぇって」

    「で、では、なんとお呼びしたら・・・・・・」
    「天明でも相馬でも好きに呼べよ」
    「か、神様を呼び捨てにするなど恐れ多くて」

    「だから、神様じゃねぇんだって・・・・・・大体、どうして俺を神様だと思うんだよ」
    「それは・・・・・・妾のお祈りに答えて出て来て下さいましたし、それに」
    「それに、なんだよ」

    「神様は、我々人間とはお姿が違います」
    「はぁ? どこがだよ。一緒じゃねぇか」
    「一緒ではございません! 我々人間は皆、体に獣の部位がございます。皇王の血筋たる妾はこの通り、天照様の御使いたる八咫烏(やたがらす)の漆黒の羽が」

    そう告げると、ミチはくるりと背中を向け、和服の切れ込みから飛び出した黒い羽をぴょこぴょこと動かして見せた。

    って事は、さっきのおっさんの猫耳は自前なのか・・・・・・嫌な世界だぜ。
    と、俺が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、不意に部屋のドアを誰かがノックした。

    「ミカド様、よろしいでしょうか」
    「うむ、入るがよい」
    男の声に、ミチは威厳たっぷりに答える。なんか、さっきまでのと態度が違い過ぎて気味が悪いぞ。

    「御前会議の準備が整いました」
    「うむ、わかったのじゃ。すぐに行くと伝えておくれ」
    「ははっ」

    本当、別人みたいに変わりやがる。こいつ、ちっこい癖に本当に王様なんだな、なんて思ってると、

    「それでは神様、参りましょう」
    俺の手を引いてミチが言った。
    「参りましょうって・・・・・・あのなぁ、俺の話はまだ終わっちゃ――」
    「お願いします!」

    「大新本皇国一億人の未来の為・・・・・・なにとぞ、お力をお貸しください・・・・・・」
    そう言うミチの顔は、まるで触れれば砕けるガラス細工のようだった。

    「・・・・・・はぁ、わかったよ。行ってやるから、そんな顔すんな」
    俺はミチの頭にそっと手を置いた。

    馬鹿だと笑え。
    俺は女子供の涙に弱いんだ。



          icon_ntail.jpg



    「待たせたのじゃ」
    ミチが告げると、部屋に集まる10人そこいらの視線が俺に突き刺さった。

    会議室の豪華版って感じの部屋だった。和洋折衷的センス、天井にはキラキラのシャンデリア、左右には向かい合うようにして長テーブルが並び、壁を背にした中央には、多分ミチの場所なのだろう、金色の屏風を背負った特等席が用意してあった。

    覚悟はしていたつもりだけど、やっぱり俺は面食らった。まぁ、何に対して覚悟していいのかわからない状態だから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

    ミチの話だと、ここに集まってるのはこの国の偉い政治家や軍人様らしい。それを証明するように、連中は葬式か結婚式みたいなきっちりしたスーツ、派手な勲章が張り付いた軍服を着込み、姿勢正しく座っている。

    それに関してはまぁ、想定してたわけじゃないけど、それ程驚きもしなかった。
    俺が困惑したのは、ここに集まってる奴がみんな女だった事だ。

    「・・・・・・おい、ミチ――」
    その事について質問しようとした矢先、
    「皆の者! 知っての通り、こちらのお方が皇国を救いに光臨された救いの神、天明相馬様じゃ!」

    パンパカパ~ン! 効果音に紙吹雪のオプションが舞い散りそうなテンションで、ミチは満面の笑みを浮かべて俺を紹介した。しやがった!

    「おい! だから俺は神様じゃないって――」
    「おお! この方が!」「神の国より降りて来られた軍神様!」「ありがたや、ありがたや」「天は我等に味方せり!」「勝てる、この戦争、勝てるぞ!」

    否定の言葉は女達の狂喜に消し飛ばされた。さっきまで、お通夜みたいな顔して座ってた連中だ。それが今は、合格発表の日に自分の番号を見つけた受験生みたいに喜んでやがる。
    ・・・・・・やべぇ、やべぇぞマジで。

    早く誤解をとかないと。それはわかってる。つーか俺は最初からそのつもりなんだが、こうなっちまうと言い辛い。言い難い!

    どうする俺、どうする俺!? 今行くか、今行かなきゃ、でも今は辛い。少しだけ、少しだけ様子を見よう・・・・・・少しってどんくらいだよ、誤解を解くなら今しかないだろ!
    そんな事を内心で考えていると、

    「失礼ながらミカド様」
    言い放ったのは、真っ白い軍服を着た黒髪ツインテールの猫耳女だった。健康的な体躯はすらりとしていて、ハッキリとした目鼻立ちにはお転婆娘の相が見て取れる。
    って、なんだこいつ!? 下、履いてねぇぞ!

    「なんじゃ、おぬしは?」
    意味がわからん。さっぱりわからん。なんなんだこいつ・・・・・・
    「おい、山本! ミカド様に無礼だぞ!」

    ・・・・・・はっ、こいつだけじゃない! 他の奴もだ! どいつもこいつもだぞ!
    「嶋田海相、おぬしの身内か?」
    「この者は連合艦隊司令長官、海軍大将の山本五十六(やまもと いそろく)と申しまして――」

    ・・・・・・なんなんだ、見た所ホットパンツの奴もチラホラいるみたいだけど・・・・・・あぁ駄目だ、生足が眩しくて全然何も考えられん! くそ、本当にこの世界はどうなってやがるんだ!?

    「ほう、ではおぬしが海軍きっての切れ者と噂されるあの山本かえ?」
    「切れ者などと、買い被りです。ワシは、じゃなくて、わたしはただの軍人で――」

    あー、落ち着け俺、俺落ち着け。興奮してる場合じゃないだろ。
    深呼吸だ、ヒーヒーフー、ヒーヒーフーってそれじゃ妊婦だ!
    「さっきからどうしたのじゃ神様?」

    突然話しかけられ、俺は声を裏返らせた。
    「ど、どうもしねぇよ!」
    嘘ですごめんなさい生足に見蕩れてました俺はムッツリスケベ野郎です!

    「そうは思えぬが・・・・・・まぁ、良いのじゃ。それよりも神様、一つお願いがあるのじゃが」
    「なんだよ」
    「尻を見せて欲しいのじゃ」

    「・・・・・・はぁ?」
    「尻を見せて欲しいのじゃ――」
    「聞こえなかったわけじゃねぇよ! 何言ってんだ! の、はぁ? だよ!」

    耳を掴んで怒鳴りつけてやると、ミチは「ふぎぃ!?」っと飛び上がり、ふらふらと後ずさった。
    「か、神様! 耳元で怒鳴らないでくださいまし!」
    涙目になるミチ。

    「お前が変な事言うからだろ!」
    「ミカド様のせいではない。尻を見たいのはワシ、じゃなくてわたしだ」
    口を挟んだのは、さっきの履いてない女。

    「お前は、えっと――」
    「海軍大将山本五十六。イオで結構」
    鋼のように力強く、履いてない疑惑の女、イオは言った。

    「どういう事だ?」
    「無礼は百も承知。だがワシは、わたしは、突然これが神だと言われて、はいそうですかと簡単に信じる事は出来ん」

    俺の目を真っ直ぐ見つめて、イオが言う。挑戦的な目だ。言葉通り、イオは俺が神様だって事を疑ってるんだろう。そりゃそうだ。俺だって、こんな頓珍漢(とんちんかん)な奴を神様だって言われても絶対に信じない自信がある。

    「人間なら尻尾がある」
    そう言うと、イオはくるりと後ろを向き、俺に向かって思いっきり丸い尻を突き出した。
    「のおぉ?! あ、アホか!?」

    反射的に顔を背けるが、俺の網膜には一千万画素の精彩さでイオの尻が焼きついていた。軍服の下から覗く白い布に包まれた尻。その根元には丸い穴が開いていて、頭の猫耳と同じ、先っちょが白くなった黒っぽい猫の尻尾がくるりと飛び出していた。

    「何を慌てている」
    怪訝そうにイオ。
    「慌てるわ! いきなり尻見せやがって、お前は、恥じらいってもんがねぇのか!」

    「意味がわからん。それよりも早く尻を見せてもらおう」
    あっけらかんとイオが言う。この世界じゃこれが普通なのか? パンツだぞパンツ、恥ずかしいだろパンツはよ!

    軽い頭痛すら感じながら、俺はイオに言ってやった。
    「い、や、だ」
    途端に、イオの目が獲物を狙う猫みたいに細まった。

    「・・・・・・やはりな、ペテンか」
    「ち、違うのじゃ山本! 神様は、本当に神様なのじゃ! 妾は侍医が着替えさせるのを見ていたから確かなのじゃ!」
    「なっ、おいミチ! どういう事だよ! お前、俺の裸、見やがったのか!」

    「・・・・・・テヘッ♪」
    ぺロッと舌を出し、握りこんだ小さな拳を頭に乗せるミチ。
    「誤魔化してるんじゃねぇっての! この、この!」

    お仕置きだ! 俺はミチの餅みたいに柔らかいほっぺを両側に引.っ張ってやる。
    「ふぁ、ふぁめへふははいまひ! はひはは! はひはは!」
    嫌だね! 女に裸を見られるなんて、俺は今、猛烈に赤面してるぞ!

    「下郎が! ミカド様から手を離さんか!」
    イオが吼え、俺の襟首を掴んでその場に引き倒した。
    「いってぇ! 何しやがん――ぐぇ!?」

    にほんてぃる


    一瞬の事だった。俺の背後にイオが回りこみ、そのまま首に腕を回して締め上げる!
    チョークスリーパーって奴だ。俺は必死にもがくけど、イオの細腕はガッチリ俺の首に絡み付いていて、どう足掻こうが外れる気がしない。

    「どんな手品を使ったのか知らんが、ワシの目は誤魔化せんぞ。大方貴様はサヴィエトかスターズに雇われたスパイだろう。神の名を騙り、我らがミカド様に乱暴を働いたその無礼、万死に値する!」

    耳元でイオが告げる。もしこれがラノベなら、女の子の胸が背中にあたってハッピーだとか、甘い匂いが鼻腔をくすぐってクラクラするとか言うんだろうが、心臓発→脳みそ着の血液を遮断されてる俺にはそんな余裕は全くない。俺が感じるのは眩暈と息苦しさと苦痛だけだ!

    「やめるのじゃ山本! このお方は本当に神様なのじゃ!」
    蒼白になってミチが止める。まぁ、俺の顔の方がもっと青くなってるだろうけど。
    なんて言ってる場合じゃない。ミチの制止も聞かず、イオは俺の首を絞め続ける。

    「さぁ吐け、貴様は何者だ! 誰に雇われた!」
    知るかよ! ってか、呼吸もまともに出来ないのにどうやって話せってんだ! つーかやばい、なんだか気持ちよくなってきたぞ! 視界が狭くなってきた・・・・・・おい、マジで、やべぇって!

    「おやめなさい!」
    鋭い怒声を発したのは、ビーグル犬みたいな犬耳を生やしたメガネの女だった。
    「山本大将、ミカド様のお言葉が聞こえないのですか?」

    メガネの女、濃緑色の紙をポニーテールにした女だ。こげ茶色の軍服で、下はホットパンツ。メガネ女は凍てついた口調に似合った冷たい無表情で俺を、俺の背後のイオを睨みつける。

    「・・・・・・っち。命拾いしたな」
    忌々しげに舌打ちをすると、イオは俺を解放した。
    途端に俺は空気を求め、狂ったように咳き込んだ。

    「か、神様! お怪我はござらぬかえ!」
    血相を変え、ミチが俺の所に飛んでくる。
    「げはっごほうぇっぷ――ああ、一昨年死んだインコのピーちゃんが見えたぜ」

    「ミカド様、お下がりください! こいつは神でもなんでもない、ただの下郎です!」
    荒々しい口調でイオが言うと、ミチはキッと顔を上げてイオを睨みつけた。
    「大馬鹿者、これが目に入らぬか!」

    声を荒げると、ミチは俺が着ている病院着の裾を盛大に捲り上げ、その下に履いている白ブリーフをベロンと膝までずり下ろした。

    「そんな、馬鹿な!」
    「これはっ・・・・・・」
    俺の生尻を目撃し、イオとメガネ女が同時に声を上げる。

    「うおぉぉぉい!!!」
    遅れて俺も叫び声を上げ、慌ててパンツを上まであげた。
    「おまえなぁ! 何しやがんだよ!」

    涙目になってミチを問い詰める。てかなんでブリーフ? 下着まで変えられてるって、確実に全部見られてるじゃねぇかよ! くそ、もうやだ、穴があったら入って埋まりてぇ!
    文句を言うと、ミチはくるりと振り向いて、俺の胸元に指を突きつけた。

    「神様も神様じゃ! 尻を見せれば丸く収まったものを、何故渋ったのじゃ!」
    「そんなの、恥ずかしいからに決まってるだろ!」
    俺とミチが口論をしていると、

    「ワシとした事が、ミカド様のお言葉を疑い、皇国を救いに現れた神様に危害を加えるとは・・・・・・かくなる上は潔く腹を切ってお詫びする他にない!」
    さっきまでの威勢は何処に行ったのか、イオはこの世の終わりみたいな顔で言う。

    「なんだよ腹を切るって、大げさな奴だな」
    何かの比喩か冗談だと思い、俺は軽い気持ちで言った。
    「大げさではない。ワシは・・・・・・本気だっ!」

    言葉通りらしかった。イオは決意めいた表情で歯を食いしばり、拳を握っている。
    「おいおい、冗談だろ! やめとけって! 俺は気にしてねぇから! 勘違いは誰でもあるし、つーかアレだぞ! 腹を切ると絶対痛いから。つーか死んじまうから!」

    俺は慌ててイオを説得にかかるが、まるで聞いてない。
    「困りましたね。山本大将は一度口にした事は中々曲げません」
    メモを見ながら言ったのは、さっき俺を助けてくれたメガネの女だった。

    「おまえは? あいつの知り合いか?」
    「私は東條英機。この国の首相と陸軍大臣を務めております。エイ、とお呼び下さい。山本大将とは、近いようで遠い関係と言った所です」
    尋ねると、メガネ女、エイは眠たげな無表情で答えた。

    「しかし、本当に困りました。山本大将はスターズと戦争をするにあたってなくてはならない存在。今死なれると軍務に支障が出ます」
    「全然困ってるように見えないんだけど・・・・・・」

    「よく言われます」っと、エイ。「どうにかならねぇのか?」と俺。
    「難しいですね。山本大将は愛国心に溢れる方です。神様に危害を加えたのも、万が一セーヨーのスパイであった場合に皇国が受ける被害を考えての事でしょう。確信があったとは思えませんから、博打を打ったのだと考えられます。スパイであれば結果オーライ、もし本当に神様であれば、自分が犠牲になるだけの価値はあるだろう、そう考えていたのだと推測出来ます。その際の責任の取り方については、既に覚悟を決めていたのでしょう。山本大将とはそういう人です」

    なんてこった。俺が思っていたよりも事態は深刻らしい。もちろん、だからといってこのままにしておくつもりはない。俺のせいで誰かが死ぬとか、そんなのは重すぎる、真っ平ご免だ!

    俺は盛大にため息をつくと覚悟を決めた。
    全員を見渡せる場所に移動し、はっきりと告げる。

    「おいお前等、いい加減はっきりさせとくがな、俺は、神様じゃない。ただの、普通の、高校生だ!」
    俺はついに言った。言ってやった。というか、言うのが遅すぎた。考えるまでもなく、全ての面倒の原因はこの誤解だ。こいつを解かない事にはどうしようもないし、こいつさえ解ければ今直面している面倒も解決するはずだ。

    「神様じゃ、ない?」呆気に取られるイオ。
    「しかし、あなたのお尻には尻尾はありませんでした。頭の耳も」と、怪訝そうにエイ。
    「またそんな事を言って、神様はまだ寝ぼけているのかえ!」これだけ言ってもミチは俺が神様だと信じて疑わないらしい。

    「寝ぼけてるのはお前等の方だっての。俺は正気だし神様じゃない。つーか、こんな頼りない神様がいてたまるか!」
    「なら、やはりセーヨーのスパイか!」
    目に生気を取り戻し、イオが俺に飛び掛ろうとする。

    「それも違う」
    「神様ではない、かといってスパイでもない、そもそも頭の耳もお尻の尻尾もない。それではあなたは何者なのですか?」

    1ミリ程眉根を寄せてエイが尋ねる。
    「俺にもわからん」
    「貴様は、ワシ等をからかっているのか?」

    「からかわれてる気分なのはこっちの方だっての! ったく、なんつったらいいんだ。課題図書を探しに古本屋に行って妙な本を手に取ったら気を失って、気づいたらここのベッドで寝てたんだ。そういったら信じてくれるか?」

    「誰かに誘拐されて、気絶している間に大鏡の間に連れて来られたと、おぬしはそう言いたいのかえ?」
    困惑気にミチ。それでも、一応俺の話に耳を傾ける気になってくれたらしい。

    「そうじゃない。つまり、あれだ。お前達にとって俺は異世界の人間なんだよ」
    「イセカイ?」エイは怪訝そうな顔でメモ帳をパラパラと捲り、「そんな国は聞いた事がありません」
    他の連中もきょとんとしている。もしかしてこいつら、異世界がわからないのか?

    「違う! そうじゃなくて、異世界ってのは・・・・・・とにかく、ここじゃない世界だ! 全然違う世界!」
    「外国、という意味ではなさそうだな」怪訝そうにイオ。
    「外国とは違う。もっとこう、根本的に違うんだよ。例えば、俺の世界じゃ国の偉い奴は大体男だし、そもそも犬猫の耳やら尻尾やらが生えてる人間は一人もいないんだ」
    まぁ、メイド喫茶とかアニメだと良く見るんだけど。

    「面妖な・・・・・・」
    「簡単には信じられない話ですね」
    イオとエイは半信半疑といった様子だ。

    ミチだけは、まったく違う表情をしている。
    それはある種の、絶望の色だった。

    「そんな・・・・・・それでは相馬は、皇国を救いに現れた神様ではないのかえ・・・・・・」
    「あぁ。俺はこの世界の事なんか何も知らないし、戦争に役立つよう人間じゃない。そもそも、なんでこんな事になっちまったのか、俺の方が助けて欲しいくらいだぜ」

    俺の説明が正しく伝わったのか分からないが、俺がこの世界の人間じゃなく、神様でもないって事だけは分かってもらえたらしい。どうにか誤解はとけたみたいだけど、はー、これですっきりしたぜ、とは言えない状況だった。

    ミチは目に見えて落ち込んでいた。さっきまであんなに喜んでた連中も、自分の番号が見つからなかった受験生みたいに落胆している。俺の事を疑っていたイオでさえそうなんだから、こいつらが俺に、俺と言う救いの神にどれだけ期待をしていたのか、どこぞの高校生探偵じゃなくても分かる。

    会議室は一転して、まさにお通夜か葬式かって感じの雰囲気に包まれていた。
    「・・・・・・なんつーか、悪い」
    「相馬が謝る事ではない。妾が勝手に勘違いして、皆をぬか喜びさせたのじゃ・・・・・・」

    ミチの言葉は本心だった。こいつはまったく俺を悪いとは思っていない。だからこそ、俺は余計にいたたまれない気持ちになった。

    「ミカド様。それで、この者はどうするおつもりですか?」
    「うー・・・・・・むぅ」
    「これから行うのは皇国の命運を左右する重大な会議です。部外者には退出していただくのが賢明かと」
    「新本人ですらないのだ。こんな奴、とっととつまみ出せばいいだろう」

    考え込むミチ。イオとエイは俺を追い出すつもりらしい。
    「待ってくれよ! こんなわけのわからない状態で放り出されても困る! 俺はこの世界の事は何にもわからねぇんだ!」

    「そんな事を言われても困ります」
    「だな。耳と尻尾がない以外は見た所ワシらとそう大差ないようだし、適当に仕事でも見つけて暮らせばいい」
    「そんな・・・・・・嘘だろ・・・・・・」

    今度は俺が絶望を味わう番だった。
    失敗した。考えてみりゃ、その通りだ。俺が神様じゃないのなら、こいつらとしては手元に置いておく理由はないんだ。こんな事なら、嘘でもいいから神様のふりしてればよかった!

    俺は眩暈がする程落ち込んでいた。すると、ふとミチと目が合った。ミチは・・・・・・俺に向かって微笑んだ。まるで、心配するなと言いたげな笑みだ。ガキンチョの癖に、ミチの笑顔は力強く、頼もしかった。

    「それはならぬ」視線を俺から二人に移し、ミチは断言した。
    「この者が神であろうとなかろうと、妾の呼びかけに応えて現れたのは紛う事なき事実じゃ。それならば、この者が皇国に現れたのは妾の責任という事になる。一国の主として、妾は相馬を客人として向かい入れるつもりじゃ」

    「・・・・・・ミチ、おまえっ!」
    思わぬ展開に、俺の涙腺が緩む。
    けど、二人や他の連中は不満のようだった。

    「しかし、ミカド様」
    「言うな、東條」
    苦言を吐くつもりだったのだろうエイを制止し、ミチは全員の顔をゆっくりと見渡した。

    「それに、妾は思うのじゃ。確かに相馬は救いの神ではなかった。けれど、不思議とは思わんか? われらが皇国がセーヨー列強に飲み込まれんとする今になって、相馬は妾の祈りの答え、神具たる大八咫鏡から飛び出して来たのじゃ。相馬は救いの神ではないかも知れぬが、救いの神がわれらに授けた希望の光なのかも知れぬ。妾は・・・・・・そのように思うのじゃ」

    それはないだろう。正直に言うと俺はそう思った。だけど、他の連中は違ったらしい。ミチはこの世界じゃ随分信頼され、愛されてる王様みたいだ。ミチの言葉を聞いて、みんなの目の色が変わった。さっきまでのような過度な期待があるわけじゃない。それでも、もしかしたらという希望が、吹けば消えるろうそくの火のようにかすかな光明だろうが、全員の目に灯っていた。

    「もっとも、これは全て妾の独断、全ての決断は相馬、そなたに任せる。そなたが望むのなら、ここから出て行って好きな所に行くがいよい。そうするつもりなら、相応の選別を授けよう。じゃが、見ず知らずの国の平和なる未来の為、共に苦難の道を歩いてくれると言うのなら。妾は心よりの感謝をもって歓迎するつもりじゃ」

    なるほど、確かにこいつはみんなに愛される王様って奴なんだろう。俺はそれを実感した。ミチはその気になれば俺の弱みを突いて協力を強要する事が出来た。それは簡単なことだ。だけどミチはしなかった。それどころか、まったく関係のない俺を支援してくれるとすら言っている。

    ミチはいい奴だ。俺はこの世界の事を何一つわかっちゃいないが、それだけは確かだった。それがわかっただけでも、俺は暗闇の中で懐中電灯を見つけたような心強い気持ちになれた。

    「こっちこそ、頭下げるぜ。正直俺は何の役にも立てる気がしないが、それでも置いてくれるってんなら。天明相馬、受けた恩は利子をつけて返すぞ」
    「うむ! 期待しておるぞ」

    にっこりと、ミチは太陽みたいに眩しい笑顔を見せる。
    「それでは改めて、第七回御前会議をここに開催する。議題は皇国国策遂行要領についてじゃが・・・・・・誰か、相馬の為に大新本皇国がおかれている国際状況を説明してやって欲しいのじゃ」

    「では私が」
    控えめな挙手をしたのはエイだった。
    その間に、犬でも猫でもウサギでもない、ぱっとみ何の動物かわからない耳をした奴が手際よく薄っぺらい資料を配っていく。

    「現状皇国が注視する最大の問題は、メリーカ大陸に広がる大国、スターズとの開戦です。本日、照和十六年十一月五日からさかのぼる事約四年、照和十二年七月七日に始まった茶那事変は、億州事変以来我が国の茶那平定を警戒するブリテン、スターズ、サヴィエト、オーラン、いわゆるセーヨー列強と呼ばれる国々との関係悪化を招きました」

    「億州を足掛かりとした新本の茶那進出を危険視するサヴィエトやスターズは、茶那に対する軍事支援を行う事で茶那事変の長期化を招きました。以降、新本とスターズの関係は急速に悪化、その後スターズは航空燃料、鋼鉄資源の対新輸出制限を開始し、天然資源に乏しい皇国に経済的打撃を与え、茶那撤退を要求しました」

    「一方的な三国干渉に対して皇国は既にエウロペ大戦に突入していたドイチュ、イタリエと軍事同盟を結び、ドイチュ占領下にあるフランク国合意のもと、フランク領インチャへと進駐し事態の打開を図りましたが、スターズは石油輸出の全面禁止などの経済封鎖を以ってこれに答えました」

    「その後、皇国はこの危機を平和的に解決する為度重なる交渉を行いましたが、スターズの譲歩を引き出す事はかなわず、近頃は皇国の景気悪化、閣僚の暗殺などの治安の悪化も目立ち、もはや一刻の猶予もない状況の中、事態の早期解決の為、戦争行為に出る事も止む無し、というのが現状です」

    ・・・・・・

    ・・・・・・・・・・・・

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    「おい相馬」
    「寝てねぇよ!? 全然寝てねぇよ!? ちょっと目閉じてただけ、その方が物を覚えやすいタイプだから俺!」
    ごめんなさい二行目くらいから寝てました。だって全然わけわかんねぇんだもん!

    「まったく、妾にはおぬしと言う人間がわからん」
    俺の言い訳はバレバレだったらしく、呆れたようにミチが肩をすくめる。
    「悪かったよ。でもなー、俺は元の世界じゃ札付きの馬鹿だったんだ。ミスター赤点男、生石高のレッドサーティーンとは俺の事よ。これは数学のテストで十三点とった事に由来するわけだが――」

    「知らんわ!」声を荒げるミチ。会議中の連中は何事かとこちらを注目する。俺は無駄スキルの一つ知らん顔を華麗に発動、視線を他所に移して関係ないフリを決め込む。
    「な、なんでもないのじゃ。つ、続けるがよいぞ」ミチは大福みたいな頬をほのかに赤く染め、苦笑いで言うと、

    「馬鹿者! お前のせいで恥をかいたのじゃ!」小声で俺に文句を言う。
    「そう怒るな。とにかく、俺にはエイの話はさっぱりわからん。もう少し分かりやすく説明してくれないか?」
    「手間がかかる奴なのじゃ」

    ミチはため息をつくと大新本皇国の現状をざっくばらんに説明した。

    「妾は戦争をしたくはない。始めに、それだけは言っておくぞ。この世界には沢山の国があるが、その中で大きな力を持っている国はほんの僅かなのじゃ。海を隔ててずっとずっと西の方にあるセーヨーと呼ばれる地域のブリテン、オーラン、フランクや、大陸北方のサヴィエト、メーリカ大陸に広がるスターズなどじゃ」

    「妾の愛する、妾自身とすら言えるこの国は、残念ながら世界に対して大きく遅れを取っておる。それは色々な理由があって長い事鎖国をしておったからじゃ。じゃが、鎖国を解いてからのこの国は目覚しい進歩を遂げたのじゃ。文明開化、富国強兵、他の国の良き所を学び、海に浮かぶ一人ぼっちの島国ではなく、国際社会の一員となるべく励み、着実な成果を上げておった」

    その事を語るミチはいかにも楽しげで、まるで恋する乙女のように華やいでいた。けれど、その華は次第に萎れ、暗い影が落ちていった。

    「・・・・・・どうしてこんな事になってしまったのか、正直な所妾にも分からぬ。巨大な編み物の糸目が少しずつ狂っていくように、ゆっくりと、確実に世の中は悪くなっていったのじゃ。一言ではとても説明出来るものか。確かなのは、このままでは大新本皇国は、いや、トーア全体が、セーヨーに呑み込まれるという事じゃ」

    「植民地、という言葉を知っておるか? その足音が、この国にも響いておるのじゃ。妾は王として皆に頼んだのじゃ。戦争はいかん、戦争だけはいかんのじゃと。どうにか交渉で解決できぬものかと。皆良く働いてくれた。だが、解決は出来なんだ。事態は悪くなる一方で、民草の心は荒れ果て、若い兵達は自分達に任せろといきり立っておる。本当は誰も戦争などしたくはないのじゃ。じゃが・・・・・・」

    「やるしかねぇ、って感じか」
    「・・・・・・そうじゃ」
    頷くミチは苦しげだった。例えようもない、色々な苦しみの相が消える事なく次々に浮かび上がる。

    「もはや・・・・・・妾には止める事も抑える事も出来ぬ。その事が、妾は悔しいのじゃ」
    「・・・・・・勝てそうか?」

    「やるからには勝たねばならぬ。戦争とはそういうものじゃ。そうでなければ、妾の愛する民草はトーアの多くの国がそうであるように、奴隷として身も心も繋がれる事になる。そんな事はあってはならぬのじゃ・・・・・・」

    俺は少しだけ黙る事にした。俯いて唇を噛み、ギュッと小さな拳を握るミチ。今にも泣き出しそうなこの女の子に俺が出来る事は、それくらいしかない。俺は無力だった。

    激情の波が去るとミチは顔を挙げ、目元を拭った。
    「勝てる・・・・・・と、軍人達は言っておる。南方に軍を送り、セーヨー列強の植民地を解放し、資源を確保すれば勝算はあると」

    「負けるぞ」
    「えっ」
    突然の俺の呟きに、ミチは虚を突かれたようだった。

    けど、驚いたのは俺の方だった。
    「負けるんだ。多分、お前らは、勝てない」
    「相馬? おぬし、突然、何を・・・・・・」

    いつの間にか、会議は完全に止まっていた。当然だ。生きるか死ぬかの戦争の話をしてるのに、負けるなんて言い出す奴がいたらそうなるに決まってる。そんな事は俺もわかっていた。だけど、止められない。

    「なんなんだ、なんなんだよこれ。つまり、そういう事なのか?」
    自然と手に力が入り、今までなんとなく眺めていた資料がクシャクシャになっていく。
    「おい相馬。貴様、どういうつもりだ?」

    脅すようなイオの声。それでも、俺は止まらなかった。
    「お前らは負けるんだよ。何年後かの8月15日。俺の世界じゃ、そういう事になってるんだ」
    「相馬君。冗談にしては笑えないわよ」

    無表情のエイですら、瞳の奥に殺気めいた光を宿している。
    「笑えないのは俺の方だ! ちくしょう、なんで気づかなかった! あぁ! もう、俺は、馬鹿か! こんな事なら、真面目に歴史の授業受けとくんだった!」

    がん、がん、がん。俺はあまりに腹が立ち、テーブルに頭突きをかます。
    「そ、相馬! やめるのじゃ! おぬしは、どうしたというのじゃ!」
    「わかったんだよ。この世界の事が。この世界は、俺のいた世界と同じなんだ」

    渡された資料の5ページ目、そこに描かれた世界地図は馬鹿らしくなる程見覚えがあった。日本があり、アメリカがあり、ロシアがあり、ヨーロッパがあり、何から何まで地球と同じ、俺の元いた世界と同じだった。

    「どういう、事じゃ?」怪訝を通り越して、さっぱり理解出来ないといった様子でミチが尋ねる。
    「パラレルワールド、なんて言ってもわかんねぇか。平たく言うと、俺はこの世界とよく似た世界、それも、100年近く進んだ世界から来たんだ」

    みんな、ポカンとしてる。仕方ない。ここが本当に俺の考えている通りの世界なら、パラレルワールドなんて言葉はまだ普及してないだろう。異世界とか言ってもわからないはずだ。

    「とにかくだ。俺の世界とお前らの世界は良く似てるんだ。俺の世界の歴史じゃ、やっぱり今ぐらいの時期に日本って国がアメリカってでかい国と戦争して負けてる。地図を見るまでもない。日本は新本、アメリカはスターズって国と瓜二つだ」

    「だから、負けると? 相馬、おぬしはそう言いたいのか?」
    ようやくミチも俺の話を理解したらしい。大きく目を見開き、唖然とした表情で聞いてくる。
    「・・・・・・そうだ」

    答えるのは辛かった。本当に、辛かった。だって、残酷すぎる。戦ってもいないのに負けると知らされるなんて、あんまりだ。あんまりだろうよ! だけど、黙っているわけにはいかなかった。嘘をつくわけにも。言い辛いとか言い難いとか、そんな理由で隠していい話じゃない。こいつらの為にも、俺は言わなきゃならなかった。

    「そう、か・・・・・・そう、なのだな・・・・・・」
    「救いの神かと思えば、死刑宣告に来た死神とはな」
    「・・・・・・運命とは、残酷です」

    ミチ、イオ、エイが口々に言う。他の連中も落胆を隠し切れず、中には泣き出す者さえいた。
    俺は何も言えなかった。言うべき言葉がない。何一つ、見つからなかった。

    「そうか・・・・・・そうか相馬! よく気づいてくれた! よく知らせてくれた!」
    場違いな声をあげたのはミチだった。笑顔、というには歪だった。だけどそれは悲しみにくれる顔でも、絶望に押しつぶされた顔でもない。むしろそれは、希望を見出した人間の顔だった。

    「やはり相馬、おぬしは神が遣わせた救い主じゃ!」
    「なに言ってんだミチ。俺の話、聞いてなかったのか?」
    「聞いておったとも!」

    今にも飛び上がりそうな調子で言うと、ミチは他の連中を振り返った。
    「統帥権により、相馬を皇王附特別参謀に任命する。異論は許さんのじゃ!」
    「俺が、参謀? 参謀って、軍隊で作戦を考える奴だろ? そんなの無理だって! 出来っこない!」

    「分かっておる。妾もそなたに軍隊を率いろとは言わん。それよりもおぬしにはやってもらわねばならぬ事がある」
    「な、なんだよ。俺がやる事って」
    「見て、聞く事じゃ!」

    「はぁ?」っと、素っ頓狂な声を上げたのは俺だけだった。他の連中はミチの意図に気づいたらしい。
    「そうか。相馬の言っている事が本当なら、こいつは未来を知っているという事になる!」
    「となれば、相馬君の助言は大いに期待出来そうですね」

    ポンッとイオが手のひらを叩き、エイがメモをとった。
    「いや、だから、俺は馬鹿なんだって! 日本史も世界史も赤点ギリギリだったし、お前らが期待するような物は何にも――」

    「相馬。その戦争は、おぬしの世界ではなんと呼ばれておる?」
    「え、っと、確か、太平洋戦争?」
    「知らぬ名じゃ」

    呟くと、ミチは地図を差し出し、俺に太平洋を指ささせた。
    「なるほど、東亜海の事をおぬしの世界では太平洋と呼ぶのか」
    「それがなんだってんだ。こんなのが何かの役に立つのか?」

    「名は体を表す。お前の国で太平洋戦争と呼ばれているという事はだ」
    「私達の場合はここ、東亜海が重要なポイントになるという事が推測出来ます」
    「それにじゃ、勝つか負けるか分からないのと、負けるとわかっているのではまったく違う。後者なら、現状を疑って用心する事で未来の失敗を防ぐ事も可能なはずじゃ」

    「その為に相馬。おぬしの力が必要じゃ。どんな些細な事でもいい。参謀として従軍し、気づいた事を知らせて欲しいのじゃ!」
    ミチが俺の手を握る。

    小さな手は暖かかった。その手は微かに震えていた。
    俺が救いの神? 冗談じゃない。そう、冗談じゃない。これはなんの冗談でもなくて、100%マジな話だった。

    どうするか、なんて悩む場面じゃない。答えは単純で、やるかやらないかだ。そして、ここまで来てやらないなんて選択肢はありえない。俺の為にも、こいつらの為にも。それでも、俺は簡単には頷けなかった。

    「・・・・・・あぁ」
    俺は答えた。飛び出した言葉は掠れていて、小さかった。俺はまだ本当には決断出来ていなかったし、こいつらを期待に答える自信もなかった。そんな大それた物を背負う勇気もなかった。

    だけど、俺は答えた。答えちまった。答えてやった。答えたんだ。
    俺は馬鹿だけど、場違いな存在で、ちっぽけな凡人で、なんでもない人間だけど・・・・・・
    あぁ、言葉にならない。とにかく俺は思ったんだ。

    どうにかしてやりてぇ。何が出来るかなんかわかるわけもないけど、とにかく何かをして、どうにかしてやりてぇ。困ってる奴を見るのは嫌いなんだ。誰かが困ってると、俺まで困った気分になっちまう。そういうのは嫌だから、向こう見ずで後先を考えてないだけなんだろうけど、俺は答えた。

    「やるよ。何でもやってやる。参謀だろうが将軍だろうがなんでも来やがれ!」
    言っちまったからには、もう悩む事は何もない。あん時と同じだ。友人Aが俺に生徒会の話を持ってきた時と同じ。

    やると決めたら、後は腹くくってとことんやるぜ。
    それが俺だ。
    天明相馬って男だ。なんてのは、ちっとばっかしかっこつけすぎだな。

    「そうか・・・・・・そうか! やってくれるか!」
    途端に俺の手を握るミチの手に力が入った。
    「そんなに喜ぶなよ。プレッシャー感じるだろ?」

    「感じてもらわんと困る。ワシらが勝つか負けるかは」
    「相馬君。あなたの働きにかかっているんですから」
    「じゃな!」
    うんうん、と三人が頷く。

    「そうと決まれば、当面の相馬の配属をどうするかじゃ。陸軍の事は東條に聞くとして、海軍の事は――」ミチは猪八戒みたいなピンク色の耳を生やしたぽっちゃり女子に目配せをした。たしかこいつは嶋田って呼ばれていた奴だ。

    「私は事務職のような物ですから、相馬さんの配属決めるなら山本大将の方が適任でしょう」
    苦笑いを浮かべる嶋田。イオは「自分の仕事ではない!」と主張するが、嶋田に言いくるめられ、渋々納得したらしい。

    「選択肢は三つですね」
    口火を切ったのはエイだった。

    「スターズとの開戦となれば、皇国軍は資源確保の為、陸海合同で南方作戦に打って出ます。相馬君を陸軍で預かる場合は一旦陸軍参謀本部預かりとし、マーレ、マーライ、ヒルム等、ブリテンやオーラン、スターズの植民地となっているトーア地域の独立開放作戦に参加してもらう事になりますね」

    メモを片手にエイが説明する。
    よくわらかんけど、エイと一緒に行く場合は南の島を走り回る事になりそうだ。

    「ワシの所で預かるという事になれば、海軍軍令部預かりになる。進軍先は東條陸相が説明したのと大体同じだが、海軍の場合はネーシア、ピルビン、ハウイなどの東亜海方面での任務が多いだろう。海軍の主な役割は人員、物資の輸送、上陸支援、沿岸部に存在する重要拠点の攻撃と開放と言った所だな。当然だが、艦上での生活が主となる。半端な覚悟で来られると迷惑だと言っておくぞ」

    そう言うとイオは挑戦的な視線を俺にぶつけてくる。どうやらこいつは他の連中程俺の事を信用してないらしい。まぁ、普通に考えりゃそんなもんだろう。

    どこに行って何をするのか、はっきり言ってよくわからん。とりあえず海軍ってくらいだし、船にのって戦ったりするんだろう。

    「三つ目は大本営の陸海参謀部じゃな。その場合は本土に残り、妾と共に戦争の行く末を見守る事となるじゃろう。危険は少ないが、前線が遠い分情報も遅いのじゃ」

    三つ目はお留守番ってわけか。ミチは言わなかったが、本音としてはイオかエイ、どっちかと一緒に最前線に行って欲しいんだと思う。携帯なんかない時代だろうから、そうでもしなきゃこいつらが俺に求めてる事は出来ないかもしれない。

    さて・・・・・・どうするか。


    つづく。


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    第一話
    「連合艦隊司令長官 山本五十六」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    色々な事が怒涛の勢いで決まったなんたら会議の後。かくかくしかじかで海軍の厄介になる事になった俺は、新本国海軍大将こと山本五十六、愛称イオの世話になる事に決まり、黒塗りの車に乗せられ、イオの自宅に向かっていた。

    暫く俺は、窓の外を流れる景色に呆気にとられ、夢中になって眺めていた。会議室にあった資料から、俺はこの世界が俺の元いた世界とよく似た、いわゆるパラレルワールドなんじゃないかと予想していた。
    予測は当たっていた。怖いくらいに当たっていた。

    野暮ったい洋服か着物を着て歩く人々、古臭い木造の家、レンガや石造りの家、路面電車や骨董品屋に並んでそうな看板。何もかも、目につく全てが古臭く、レトロだった。まるで数十年前の日本を題材にしたテーマパークに迷い込んだような気分だ。

    もしも通行人の頭や尻に、獣の耳や尻尾が生えてなかったら、俺はきっと数十年前の日本にタイムスリップしちまったと錯覚するだろう。それくらい、この世界の街並みは古い日本のそれに似ていた。とはいっても、俺の知識は映画やドラマで得た物だから、完璧に同じかどうかはわからないけど。

    「まったく、妙な世界だぜ、本当」

    街を眺めるのにも飽きた俺は、放り投げるようにして呟き、革張りのシートに座りなおした。イオの返事を期待しての呟きだったんだけど、答えはない。でかい独り言を言った形になり、俺は少し恥ずかしくなった。

    車を運転するのは犬耳の軍人さん。隣にいるイオを横目で伺うと、眉間にシワを寄せ、どっかりとシートに腰を下ろし、腕組みをして運転席の裏を睨んでいる。なんだか不機嫌な雰囲気だ。そう思った途端、俺は車内に充満する殺伐とした空気に気づいた。

    「どうしたんだ?」
    尋ねるも、イオの答えは得られなかった。まるで俺なんか存在しないみたいに、完全無比の無視を決め込んでる。その姿は、仁王立ちならぬ仁王座りって感じだ。

    二度目の無視に、俺はますます恥ずかしい気持ちになり、チラッとバックミラー越しに運転手を覗き見る。女の軍人さんは、見ざる聞かざる知らざるって感じで、運転に集中してる。でも俺は、内心で「うぷぷ、この人無視されてる、可哀想っ」と思われてるんじゃないかって気になる。

    「・・・・・・なぁイオ、なぁって」
    もう一度問いかけるけど、帰ってくるのは沈黙だけ。俺は少し腹が立ってきた。そりゃ、こいつにしてみれば、俺は赤の他人だし、異世界人だし、何処の馬の骨ともわからんすっとこどっこいかもしれない。

    突然神様だと紹介され、大事な会議を引っ掻き回され、パラレルワールドだなんだって事になり、この世界を救う(かもしれない)大事な人だからって事で半ば無理やり押付けられたんだ。そう思えば、俺の事が気に入らないのも仕方ないかもしれない。でも、無視はないだろ?

    大体、困ってるのは俺も同じだ。いきなりわけわからん世界で目覚めて、神様だ救い主だって言われても、どうすりゃいいんだよって話だろ。でも、ミチは俺に何か期待してるみたいだし、こっちの世界での世話を見てくれるってんなら、俺だって出来る限りの協力をしようと思ってるんだ。


    「・・・・・・なぁ、イオ。おいって、聞こえてるだろ? 聞こえてないわけねぇし。おい、お~い! あ、そういう態度とる? とっちゃうわけ? 意地でも俺を無視しようって腹か。なら、俺にも考えがあるぞ!」

    完全無比に無視されて、俺は意地になってきた。
    「はっ! 海軍大将さんよ。どうしても俺を無視するってんなら、これでどうだ!」

    わきわきと両手を開閉すると、「こしょこしょこしょこしょ!」
    俺はイオのわき腹を思いっきりくすぐった!
    「・・・・・・っ!?」

    一瞬、イオの体が静電気でも走ったみたいにビクリと震える。けど、反応はそれだけ。以降は何事もなかったかのように・・・・・・いや、違う。イオの体はかすかに震えている。歯を食いしばっているのか、顔も少しづつ赤くなってきた。そう思って注意してみると、「・・・・・・っ、・・・・・・くぁっ・・・・・・っふぷ」

    などと、喉の奥からくぐもった喘ぎが漏れ出している気がする。これはこれは、大した意地っ張りだ。けど、その我慢がいつまで持つかな! 俺はターゲットをわき腹から膝の頭に変更! ゆで卵みたいにツルツルした剥き出しの膝頭に指を――

    「がー! いい加減にせんかぁ!!!!」
    「ゴブッ?!」
    後頭部にイオの肘が突き刺さり、衝撃で俺はイオの白い太ももに顔をめり込ませた。

    「貴様は、相馬! ワシが黙っていればいい気になって、どういうつもりだ! この、この、この!」
    イオは険の宿った声で喚くと、左手で俺の首根っこをひっ捕まえ、右手でガスガスと俺の頭を殴り始める。

    「ちょ、たんま! 痛い! 普通に痛い! てか後頭部はやめ、脳が、俺の脳が死ぬ!」
    俺はイオの太ももに顔を押し付けたまんまワタワタと暴れる。けど、やっぱりこの女は強い。華奢な細腕からは想像できない怪力を発揮し、俺を捕らえて離さない。

    「黙れ! 阿呆! おたんこなす!」
    あまり胸に響かない罵倒を一通り終えると、ようやく俺を開放した。
    「まったく、腹立たしい奴だ、貴様は!」

    シャー、シャーと。イオは猫みたいに尻尾の毛を逆立てて俺を威嚇する。
    「うるせぇ! お前が無視すんのが悪い!」
    俺は鼻血を拭いながらイオを指差す。ちなみに、顔は殴られてない。

    イオの反撃を予測し、俺は即座に身構えた。けど、予測に反し、イオは何も言い返してこない。それどころか、「ぐ・・・・・・むぅ」俺の方を睨みつつも、戸惑うように下唇を噛んで唸った。
    「なんだ? 言い返してこねぇのか?」

    困惑する俺に、イオは大きく肩をすくめ、溜息をついた。
    「確かに、無視をしていたワシが悪い。お前に当たっても仕方ない話だからな」
    「俺に当たる? なんだ、イオ? お前、俺の面倒見るのが嫌で怒ってたんじゃないのか?」

    「たわけが。ワシはそんな胸の小さな人間じゃない」
    イオは心外だと言う風に胸を張った。けど、どう見てもイオの胸はSサイズだし、そもそも胸じゃなくて器だろそこは。

    「戦争が始まる。ワシはそれが悔しくて、悲しくて、腹立たしくて、どうにもたまらんのだ」
    苦い物を吐き出すように、イオは言った。
    「・・・・・・別に、まだやるって決まったわけじゃないんだろ?」

    イオの顔があんまり無念そうで、俺はそんな気休めを口にした。嘘ってわけじゃない。実際、今日の会議の中では戦争をするとは決まってなかった。とはいえ、12月8日を開戦の目標にするとは言ってたけど。ちなみに、今日はこの世界の時間で11月5日らしい。

    「決まったも同じだ。大体にして、この国は戦争を欲してるんだからな」
    「戦争を、欲してる?」
    そんな馬鹿な、と俺は思った。

    「そんな馬鹿な、と言いたそうな顔だな」
    俺は思ってる事が顔に出やすいタイプらしい。
    「だってそうだろ。わざわざ戦争したがるなんて、俺には理解出来ないぜ」

    俺は戦争の事なんか全然知らないし、興味も無い。けど、明日から戦争しますって言われたら、絶対に嫌だって答えると思う。理由は・・・・・・すぐには出てこない。単純に怖いってのが大半かもしれない。そもそも、戦争したいと思う理由が俺にはわからない。理由がないから、したくないんだ。

    「ふっ・・・・・・お前はよほど恵まれた世界からやってきたようだな」
    乾いた笑みを浮べ、イオが言った。
    「ワシには、理解できる。だからなおさら悔しいのだ。悲しくて、腹立たしいのだ」

    「この世界はな、弱肉強食だ。弱い国は、強い国の食い物になる。弱い国は攻め込まれ、植民地になる。普通に生活していた者達がある日急に奴隷になり、親でも子でもない者の為に働かされる。そこそこ力のある国は、それ以上力をつけぬようこれ見よがしに圧力をかけられる」

    「例えば、強国は弱国にそれ以上領土を増やすなと言う。例えば、強国は弱国に自分達よりも軍艦を作るなと言う。例えば、強国は弱国に第三国と手を結ぶなと言う。例えば、強国は弱国の戦争相手を支援し、戦争を長引かせる」

    「なんだよそれ・・・・・・そんなの、横暴だろ!」
    「横暴だ。そして、横暴は強国の特権でもある。力とは、強さとは、そういうものだ。強いのだから、文句も言えぬ。強ければ、そんな横暴も押し通る。それが弱肉強食という事だろう」

    「だろうって・・・・・・なにすました顔で言ってんだよ! そんなの、悔しくねぇのかよ!」
    「悔しくないわけがあるか!」
    イオの一喝に、車体が震えた。

    「だから・・・・・・戦争なのか?」
    情けない話だった。数秒前まで、俺は戦争をやりたがるなんて間抜けのアホだと思ってた。それが今や、戦争するのも仕方ないのかもしれないと思ってる。

    「そう思ってる奴は少なくないな」
    イオは怒鳴った事を後悔するように、声のトーンを下げた。尻の横に置いた革のポーチに手を伸ばすと、そこから白い包み紙に入った丸い何かを二つ取り出す。

    「怒鳴って悪かった」
    バツが悪そうに言うと、イオは包みの片方を差し出す。
    「別にいいけど・・・・・・これは?」

    尋ねながら受け取る。卵形のそれは、卵よりもずっしりとした重さがある。
    「新型の爆弾だ」
    「は、はぁ!?」

    俺は死ぬ程ビビって腰を浮かせた。
    「阿呆。ただの饅頭だ」
    そんな俺を面白がるように言うと、イオは包みを解き、中から出てきた真っ白い饅頭をパクリと頬張った。



          icon_ntail.jpg

    イオの家についたのは夕暮れ頃だった。
    「ひゅ~」
    大げさに口笛を吹こうとするも、俺の唇からはかすれた吐息が抜けただけだ。

    「なんだそれは?」
    引き戸を開きながら、イオは不審そうに振り返った。
    「いや、でかい家だと思ってさ」

    縁側でスイカをかじったり、庭で花火をしたり、そんな光景が似合いそうな風流な日本家屋だった。
    「これでも海軍大将だからな」
    照れくさそうにはにかむイオに導かれ、俺は家の中に足を踏み入れた。


    一通り屋敷の中を案内された後。来客用の着流し(厚手の浴衣みたいな奴)に着替えた俺は、あてがわれた部屋でぼんやりとしていた。四角く切り取られた窓の向こうには、青白い月が静かに浮んでいた。長いようで短い一日だった。こうやって落ち着いて振り返ってみると、まだ長い夢を見ているんじゃないかって気になってくる。

    「・・・・・・相馬?」
    ふすまの向こうから、ささやく様な声でイオが呼んだ。
    「ん、なんだ」

    答えると、スッと、音もなくふすまが開いた。
    「まだ起きていたのか」
    呆れるような顔でイオが言う。

    俺は一瞬、イオの姿に見蕩れた。イオも着流しって奴に着替えていた。俺からすると男物の地味な柄で、露出度だって軍服の時よりずっと少ない。だけど、青白い月光に照らされたイオは・・・・・・
    「なんだ、ワシの顔に何かついてるか?」

    「ち、違う!」
    ハッとして、俺は大きな声を出す。それが余計に恥ずかしくて、何が恥ずかしいのか分からないけど恥ずかしくて、俺は慌てて話題をそらした。

    「眠れないんだよ。なんか、眼が冴えちまって」
    体は疲れているはずだった。今日一日のふざけた騒動のせいでくたくたのはずだ。だけど、不思議と眠くはなかった。車の中でイオに聞いた話のせいかもしれない。胸の中に何かモヤモヤした物が渦巻いていて、胸焼けみたいで気持ち悪い。

    「ふふっ」
    俺の答えを聞いて、イオは何故だか嬉しそうに笑みを漏らした。
    「ワシも眠れん。だから、ちょっと付き合え」


    「これって、将棋だよな」
    火鉢で暖められた畳張りの居間。イオが持ち出した玩具を指差して、俺は言った。
    「ん、お前の世界にも将棋があるのか?」

    「あぁ。つっても、俺の知ってる将棋と同じかは謎だけどな」
    「試してみれば分かるだろう。どうせ眠れんのだ、一局打つぞ」
    言いながら、イオはいそいそとちゃぶ台の上に将棋盤を広げる。

    「菓子を取ってくるから、コマを並べといてくれ」
    言いながら、イオは台所に向かった。余程将棋が好きなのか、細長い猫の尻尾が元気よく揺れている。

    「おい相馬、お前、茶はやるか?」
    飛車と角の位置関係に悩んでいると、台所からイオが聞く。
    「あぁ、頼むわ」

    この分だと、多分和菓子が出てくるんだろう。なら、当然お茶は必須だわな。だけど、茶を『やるか』って、なんだか妙な聞き方だ。
    程なくして、イオはカマボコみたいにスライスされた羊羹と湯のみ、急須の乗った盆を持って帰ってきた。

    「さてと、やるか。言っておくが、ワシは強いぞ、って、なんだこれは、飛車と角行が逆ではないか」
    「あ、やっぱり?」
    「はぁ、この分じゃ、あまり期待出来そうもないな。仕方ない、ハンデをつけてやるか」

    少しがっかりした感じで言うと、イオは自分の飛車と角をコマの入っていた箱に放り込んだ。
    「あん、いいよ別に」
    「たわけが。ワシを誰だと思っている。海軍大将にして連合艦隊司令長官の山本五十六だ。貴様のような素人相手では、飛車と角行の二枚落ちでも足りんくらいだ」

    得意げに言うと、イオは竹串で羊羹を突き刺し、ひょいと口の中に放り込む。
    「ん~、美味い!」
    満面の笑みを見せるイオ。対する俺は・・・・・・結構カチンときていた。

    「言いやがったこんにゃろう! 大将だか胡椒だか知らねぇが、俺だって生石高校のゲームマスターと恐れられた男だぜ。ぜってぇ、勝つ! ぎゃふんと言わせてやるぜ!」
    宣言すると、俺も羊羹を一つ頬張った。お、うめぇなこりゃ!

    かくして、俺とイオの将棋対決は幕を開けた。



          icon_ntail.jpg

    「王手だ」
    バチコーン! っと、快音を響かせてイオが桂馬を打つ。対局開始から20分、我が相馬キングダムは戦力の半分を捕虜に取られた。戦略的撤退を図った王と近衛兵は盤上の隅に追いやられ、絶体絶命の状態に陥っている・・・・・・

    「ぐぬぬ、むぐぐぐ・・・・・・」
    穴が開くほど盤を睨み、俺は考える。俺は負けず嫌いだ。一見して詰んでいるようにしか見えないが、どこかにまだ勝利に至る逃走経路があるはずなんだ!

    焦るな俺、落ち着くんだ俺。俺は四つ目の羊羹を放り込むと、冷たくなったお茶で胃に流し込んだ。
    「考えても無駄だ。詰みだからな。わっはっはっは!」
    「うるせぇ! まだわかんねぇだろ!」

    「ふふ、全く、負かし甲斐のある奴だ」
    もう勝った気でいるんだろう、イオは余裕たっぷりに言うと羊羹に手を・・・・・・っと、俺はそこでふと気付いた。ちゃぶ台の上に湯のみが一つしかなかったからだ。

    「お前、お茶飲まないのか?」
    「んぐっ!?」
    尋ねると、イオはあからさまに顔を引きつらせた。

    「どうした、俺、なんか変な事言ったか?」
    「べ、別に、そういうわけじゃない・・・・・・」
    嘘だと思った。答えるイオは、バツが悪そうに視線をそらしている。

    「・・・・・・何を隠してるんだ?」
    気になって、俺はイオの顔を見つめた。
    「う、む、ぐぬぅ・・・・・・」

    イオはなぜか顔を赤くして、やがて観念したように小さく唸った。
    「わ、ワシは、弱いのだ・・・・・・」
    「弱いって、何が?」

    「決まってるだろ!」
    分かりきった事聞くなと言う風にイオが言う。俺には、何の事だかさっぱりわからない。
    「だ、だから茶だ・・・・・・ワシは、あまり茶が飲めんのだ」

    「・・・・・・はぁ?」
    「ううぅ、悪いか! 世の中には、茶の飲めん軍人もいるんだ!」
    イオはトマトみたいに真っ赤になって主張する。

    イオは何か妙に意地になってるみたいだけど、俺には理由がさっぱりわからない。
    「だって、茶ってこの茶だろ? 飲めないって、そんな奴、いるか?」
    いるのかもしれない。アレルギーとか。でも、イオが言ってるのはそういうのとは違う感じがする。

    「う、ぐぬぅ、べ、別に全く飲めんわけではない! 貸せ!」
    言うが早いか、イオは俺の湯のみをひったくった。
    「いや、別に無理して飲めとは言ってないけど」

    「うるさい! 私は軍人だ! そんな風に舐められて引き下がれるか!」
    「別に舐めてねぇけど・・・・・・」
    てか、たかがお茶になに熱くなってるんだ?

    とにかく、イオはその気らしい。手元の湯のみを親の敵のように睨みつける。睨みつけて、睨み、睨んで、睨み続けた。
    「・・・・・・飲まないのか?」

    「飲む! 今飲むんだ! 黙ってろ!」
    イオの手が震える、眼が血走っている。まるで、注射を怖がる子供みたいだ。
    「なんか知らんが、無理しない方がいいぞ」

    そう言おうとした矢先、イオは初めて青汁を飲む奴みたいに、いかにも嫌々って顔で湯のみの中身を飲み干した。
    「く、う、ぁ、うぅ~っ」

    ビクビクと、イオは何かに耐えるように体を抱きしめ、小さく震えた。何かがおかしい。俺は直感的に思った。
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒック」

    湯のみを飲み干した状態で固まっていたイオは、なんだか蕩けたような顔でしゃっくりをした。
    「ど、ヒック、ろーだ、そうま! わしは、ちゃお、ろんだりょ!」
    「・・・・・・お前、もしかして、酔っ払ってるのか?」

    「にゅかせ! かいぐんたいしゅーが、このていどのちゃで、ひっく、よってたまりゅか!」
    「駄目だ・・・・・・こいつ、完全に酔っ払ってやがる」
    俺は頭を抱えた。

    さっきまで生気に溢れていたイオの瞳は、今は夢見るようにとろんとしている。白い肌は桃色に紅潮して、凛とした居住まいは何処へやら、今は人間メトロノームよろしくゆっくりと左右に揺れている。
    「なんなんだ? もしかして、この世界の奴はお茶で酔っ払うのか!?」

    馬鹿みたいな話だけど、そう考えてみると筋が通る。茶を酒に置き換えてみれば、イオがむきになったのもなんとなく納得出来そうな話だ。
    「だからな、そーま! わしはかなしいのだ!」

    ふらふらとこちらにやって来たイオは、ドスンと俺の隣に座り、ベシベシと背中を叩きながら言った。
    絡み酒ならぬ絡み茶だ。まいったぜ、これは早々面倒な事になりそうな予感だぞ。
    「何がだからだ! てか、くっつきすぎだろ! おい、も、もたれかかるなって!」

    こいつは本当にお茶に弱いらしい。すっかり酔っ払った顔をして、べったりと俺の肩にしなだれかかってくる。客観的に見れば喜んでも良さそうなシチュエーションだが、何の心の準備も出来てない俺はただ慌てるだけだ。

    「うるひゃー! きさま、じょーかんにくちごたえしるにゃ!」
    バチン! イオは両手で思いっきり俺の頬を挟み、わっはっは! と高笑いを上げる。
    駄目だ・・・・・・勝てる気がしない! とりあえず、俺はおとなしく受身に回って様子を見る事にする。

    「わしはにゃ~! くやしいのだ! くやしくて、もう、ぷんぷんだぞ!」
    「あーそうか! そりゃ大変だ!」
    相馬流対人術その1、面倒な相手には逆らわず適当に調子を合わせろ、だ!

    「みんなな、わかっとらんのだ! ふけーきだとか、こくぐんのそんざいいぎがどうとかいってせんそうをしたがっとるが、ワシからいわせれば、どいつもこいつもおおばかものだ! そうおもうだろ、そーみゃ!」
    「あぁ、そうだな、そのとおりだ!」

    「うぅぅ、ひっぐ、ひっぐ、ふにゃあぁぁぁ! きさまは、わかってくれるか? そうかそうか・・・・・・」
    おいおい、笑い上戸の次は泣き上戸か?
    「せんそうはな、いまやこっかをあげたそーりょくせんだ。やるとなったらとことんまでやる。まけたらどうなる? やけのはらだ!」

    ・・・・・・もしかして、イオは車の中での話の続きをしているのかもしれない。
    「ぐんたいはな、せんそうをするためにあるのではにゃい! くにをまもるためにあるんにゃ! そうだろう? えぇ、そうま!」

    「お、おう」
    「うむ、わっはっは! おまえ、にゃかにゃかみこみがあるぞ、いせかいじん! ちゅまりだ、せんそうなんぞ、がいこうのしゅだんにすぎん! そのがいこうでくにをはめつのききにさらしゅなど、ほんまつてんとうだとはおもわんか? おもうだろう、おもうな、えぇ!」

    「お、おもう! そうだ! 本末転倒だ!」
    「そうにゃのだ・・・・・・クスン、だから、わしはいったんだ・・・・・・すたーずとせんそうしてもかてん、いちねんにねんはあばれられるだろうが、それだけだ」

    「このくにはあぶらがない。てつもない。ものをちゅくるのにひつよーなぶっしはみなすたーずからのゆにゅーにたよっとる! じこくのせいめいせんをにぎるくにとせんそーをしてどうする!」
    「・・・・・・だけどよ、だからこそ戦うんじゃないのか? このまま黙ってたら、相手のいいようにされちまうんだろ?」

    止せばいいのに、俺は言っちまった。これは俺の悪い癖だった。無難にやり過ごそうと思っても、納得できない事があるとつい口に出しちまう。
    案の定、イオの目がギラリと光った。

    「だからきさまはあほなのにゃ~!」
    うがー、と両手をあげて叫ぶイオ。近所迷惑だっつの!
    「な、なんでだよ!」

    こうなったらやけだ。俺も、とことんまでこいつの絡み茶に付き合う事にする。
    「せんそうだけがたたかうしゅだんではない! くにをまもるためにくにをはめつのききにさらしてどうする! まければぜんぶうしなうのだ! かてぬとわかっているいくさなどばくちですらない、じさつこういというにゃ!」

    「・・・・・・そりゃ、そうかもしれねぇけど」
    俺は言い返せない。簡単な話じゃないんだ、きっと。俺みたいな馬鹿が言い返せるような簡単な話じゃない。

    「・・・・・・でも、やるんだろ、戦争を」
    「あ~。せんそーになるな。なってしまう」

    「・・・・・・どうすんだよ」
    「どうにかする! それがわしの、かいぐんたいしょー、やまもといひょろくのせきむにゃ~!」
    意気込むと、イオは俺の肩に手をかけて、バッと立ち上がった。

    「せーよーれっきょうなにするものぞ! かいぐんたいしょーやまもといそろくのなにかけて、このくにはぜったいにまもりとーしてみへる!」
    拳を突き上げて高らかに宣言すると、イオは突然糸が切れたように崩れ落ちた。

    「うぉい!?」
    慌てて抱きとめると、
    「くー・・・・・・すー・・・・・・ぴー・・・・・・」

    腕の中で、イオは安らかに寝息を立てていた。
    「・・・・・・なんだか、こいつも色々大変なんだな」
    当たり前だ。大変じゃないわけがない。戦争するって事になって、こいつも色々胸に溜めてた事があったんだろう。

    酔いつぶれたイオを寝室に寝かせると、俺も自室戻り、倒れるように布団に横になった。
    降り注ぐ睡魔に押しつぶされながら、頑張ろうと思った。
    何を、どんなふうに、そんな事はわからないけど、とにかく頑張ろうと思った。



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    「・・・・・・あー・・・・・・うー・・・・・・」
    立派な机にへばりついて苦悶の声をあげるイオは、夏のアスファルトに焼かれたカエルみたいだ。
    「大丈夫か?」

    「ワシをみくびるな! このくらいなんでも、うっぐっ」
    心配して声をかけると、イオは虚勢を張って見せるが、よほど二日酔いが酷いんだろう、すぐに顔をしかめ、もとの潰れカエル状態に戻った。

    翌日。海軍省なる建物にあるイオの執務室での事だった。
    俺は間に合わせで用意された男物の軍服を着て、秘書みたいにイオの隣に突っ立っている。特殊な存在であり、なおかつこの国の人間じゃない俺は、普通の軍人とは別枠で、ミチの直属の部下として山本の下についているって事になってるらしい。

    よくわからんが、多分派遣社員みたいなもんだろう。俺の本来の人事権はミチにあるけど、実際にどうこう指示を出すのはイオって事になるらしい。その辺の手続きやら関係やらは正直どうでもいいし興味もない。とりあえず、俺の当面の役割と言えば・・・・・・

    「うー、ぎもぢわるい・・・・・・相馬、水!」
    「へいへい」
    「へいは一回!」

    へいでいいのかよ・・・・・・などと思いつつ、俺は水差しからコップに水をそそぎ、ぐったりするイオの横に置いてやる。これが当面の俺の役割。さっきは秘書みたいにと言ったが、実質パシリと大差ない存在だ。とはいえ、軍隊の事なんかさっぱりわからん俺だ。いきなり軍人の真似事をしろと言われるくらいなら、パシリの方が気が楽でいい。実際、学校で生徒会長をしてた時もパシリみたいなもんだったしな。

    「ご苦労、ぐびぐびぐび、っぷぁ~。染み渡るっ!」
    酒飲みのおっさんかよお前は。
    「誰がおっさんだ」
    「うぉっ!? 人の心を読むなよ!」

    「ふふ、海軍大将足る者、相手の顔色から心境の一つも読めんでどうす、うっぷっ」
    ドヤるか二日酔いで苦しむかどっちかにしとけ。
    「う、うるさい! お前が飲めぬ茶を飲ますのが悪いんだ!」

    再び心を読んでイオ。
    「へいへい、大将様の言う通りですだよ」
    俺は適当に頷いて流す。

    「ふふん、分かればいいんだ、分かれば」
    満足そうに頷くと、イオは突然切り出した。
    「時に相馬、お前、口は堅いか?」

    「なんだよ、藪から棒に」
    「いいから答えろ。堅いか、堅くないか、どっちだ!」
    「あー。自分で言うと胡散臭ぇけど、堅いと思うぜ」

    「よし、お前を信じる。今後、もし軍事機密を漏らしたら、問答無用で銃殺刑だからそのつもりでいろよ」
    「銃殺刑って、マジかよ・・・・・・」
    「当然だ。情報の機密性は作戦の生命線だからな」

    本当に、当然だって顔でイオが言う。俺はなんだか空恐ろしい気持ちになる。でも、それは一瞬だけだった。
    「ま、余計な事言わなきゃいいだけか」

    「そういう事だ。それさえ守れれば、あとはとやかく言うつもりもない」
    「おう」
    俺は頷き、試すような口調でイオに尋ねた。

    「それで、このタイミングでそれを言うって事は、なんかやらされるのか?」
    「・・・・・・ほぅ」
    図星だったらしく、イオは面白そうに口元で笑みを作った。

    「お前はどっかの悪役かよ」
    「わっはっは、戦争に負ければそうなる! なんせワシは連合艦隊司令長官だからな。勝てば官軍、失敗したら逆賊の悪人だ」
    ゾッとするような事を平気で言うと、イオは壁の時計に視線を送った。

    「そろそろだな。3、2、1」
    コンコンコン。
    イオのカウントダウンを見計らったように、誰かが扉をノックした。

    「南雲です」
    「おう、入れ」
    短いやり取りの後、扉が開く。

    現れたのは・・・・・・なんだかコギャルみたいな奴だった。明るい茶髪のセミロング、頭にはふんわりとした狐色の三角耳が生え出し、尻の辺りには毛並みの良い大きな尻尾が・・・・・・って、ああ、なるほど。狐色っていうか、まんま狐なのか、こいつは。

    なんだか気難しそうな奴だ。直感的に俺はそう思った。第一、表情からしてこいつは何か近づき難い感じがある。ロボットみたいに無表情だったエイとは違う。こいつの顔には反抗期の子供みたいにどこかすねた感じがあった。

    南雲はイオの前に立つと、一瞬、酷く挑戦的で、なおかつ蛆虫でも見るような冷たい視線を俺に投げつけた。おっかねぇ奴だ。なんかしらんが、早速目の敵にされてる気がする。ま、俺は降って沸いた部外者みたいなもんだ。こういう扱いをされるだろうってのは多少なりとも覚悟の上さ。

    「この方が例の神様ですか」
    どこか馬鹿にしたような調子で南雲が尋ねる。
    「はは。その言い方は、まるで信じていないという感じだな?」

    「そういうわけじゃ・・・・・・」
    「いい。ワシもそうだった。実際、こいつは神様ではないらしいからな」
    気さくに言うと、イオは俺に目配せをした。自己紹介しろって事らしい。

    「あー、天明相馬だ。相馬でいいぞ」
    俺も、とりあえずフランクさを装って右手を差し出す。
    「・・・・・・第一航空艦隊司令長官、海軍中将、南雲忠一(ナグモ チュウイチ)よ」

    ナグモは素っ気なく言うと、俺が差し出した手を無視してイオに向き直った。
    「それで、山本長官。神様じゃないんなら、こいつは一体何者なんですか」
    ・・・・・・感じ悪ぃ!

    「うむ。なんでもこいつは、ワシらの世界とよく似た別の世界、レバニラワールドとかいう所から来たらしい」
    なんだその美味そうな世界は。

    「レバニラワールド、ですか?」
    ナグモは怪訝そうに小首を傾げた。俺はちょっとムカっ腹が立ったし、面白いからこのままにしておく事にする。

    「詳しくはワシも分からん。こいつ自身、どういう事なのかよくわかってないらしい」
    「・・・・・・そう言われても、あたしだってわかりませんけど」
    愚痴るような調子でナグモが言う。

    「あーつまりだ、簡単に説明するとだな――」
    俺はミチ達に説明したような感じでナグモに説明した。俺の住んでる世界がこの世界と瓜二つな事。俺の世界はそこからさらに数十年進んでる事。俺の世界では過去にこの世界が直面してるような戦争があって、俺の住んでる国は負けたんだって事。

    「そんな・・・・・・あたしには信じられません」
    「だが、ミカド様は信じておられる。それに、こいつがワシらと違うのも確かだ。相馬、ナグモに尻を――」
    「見せねぇよ! この世界、どんだけ尻見せがカジュアルなんだよ!」

    変わりに俺はナグモに向かって頭を下げる。
    「こっちでいいだろ。ほら、俺はお前等みたいな耳は生えてねぇんだ」
    「・・・・・・確かに、そうみたいね」

    少しだけ不思議そうに言うと、ナグモはイオに向き直った。
    「それで長官。あたしに用って言うのはなんなんですか? まさか、こいつを紹介する為に呼びつけたわけじゃないですよね」

    「あぁ。二、三日、お前にこいつを預かって貰いたい」
    「「はぁ!?」」
    俺とナグモが綺麗にハモった。

    「おいイオ! どういう事だよ!」
    「納得できません! 理由を説明してください!」
    「ああ、うるさい! ワシは二日酔いなんだ! 大声を出すんじゃない!」

    「そうせっつかなくても、理由なら今からちゃんと説明してやる。第一に、これはミカド様の御意志だ。ミカド様が考えるに、相馬はワシ等の世界に良く似た未来から来た可能性がある。何故かはわからん。ワシにも、相馬にもだ。だが、ミカド様はこれこそが皇国を守護する神の導きだとお考えだ」

    「・・・・・・だからって、なんであたしがこいつの世話をしないといけないんですか」
    ナグモの視線が俺に突き刺さる。まるで、牛乳を拭いて臭くなったカビカビ雑巾を見るような目だ。

    「ミカド様はな、未来から来たこいつは、この戦争を左右する重大な何かを知っているか気付くかもしれないと、そうお考えなのだ」
    「何かって、なんですか」

    「ワシが知るか。だが、こいつが変わり者なのは事実だ。ワシ等の知らん事を知ってるようだし、とりあえず色々経験させて様子を見る。何か得られればめっけものだし、何にもならなくても、小間使いぐらいにはなる。どの道、国民には救いの神という事で発表してしまった。何かさせんわけにはいかんだろう」

    「だからって、なんであたしなんですか!」
    よほど嫌なのだろう、ナグモは犬歯を剥き出しにして食い下がる。
    「お前がブラスハーバー攻撃作戦の指揮をとるからだ」

    「長官っ!?」
    ギョッとして、ナグモが叫ぶ。
    多分だけど、そのブラスハーバー攻撃作戦ってのが、イオが俺に念を押した軍事機密って奴なんだろう。

    「心配するな。こいつは口が堅いと言ってる」
    「だからって・・・・・・こんな、どこの馬の骨とも知れない奴に最重要機密を漏らすなんて!」
    「ミカド様のお墨付きがある。万が一の責任はワシが負うし、お前は普段通りやればいい」

    「・・・・・・くっ、勝手なんだから」
    イオには届かない大きさで、ナグモは呻いた。
    「まぁ、そう嫌がるな。お前だけに頼むわけじゃない。井上と近藤にも声をかけてある」

    「なぁ、ナグモ。頼まれてくれんか?」
    座ったままの格好でイオ、それを見下ろすナグモ。薄く笑みを浮かべたイオ、怒を堪えた顔で睨みつけるナグモ。二人は暫く見詰め合っていた。

    「・・・・・・やるしかないんでしょ」
    意外と言うべきか、当然と見るべきか、折れたのはナグモだった。
    「お前には苦労ばかりかけるな」

    「そう思うなら、今からでも撤回してください」
    「わっはっは、それは出来ん相談だ」
    イオは笑って誤魔化すと、

    「そういう事だ。仲良くやるんだぞ」
    イオは俺に向かってパチリとウィンクを飛ばした。


    つづく。


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    第二話
    「海軍の三人娘 1」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    「ああもう、腹立つなぁ! なんなのよ山本長官は!」
    自分の執務室に戻った直後だった。部屋の鍵を閉めたナグモは俺の存在を全無視して、活火山みたいに怒鳴り散らした。

    「おいおいナグモ、そんなに怒る事――」
    流石に怒り過ぎだろう。そう思って宥めにかかると、ナグモは綺麗な180度ターンを決め、俺の胸元に細い人差し指をグサリと突きつけた。

    「うっさい! 大体あんた、少佐でしょ! あたしは中将、あんたより一千億兆倍偉いの! 呼び捨てにしてんじゃないわよ!」
    イオに対する怒りが反転、怒涛の流れになって俺に向かう。

    けど、俺はビビらない。俺は無能会長と呼ばれた男だぜ。役員先生先輩後輩その他諸々に鬼のような文句を言われても涼しい顔で過ごして来たんだ。この程度の恫喝ははっきり言って屁でもない。むしろ、一千億兆倍ってなんだよって心の中で突っ込む余裕すらある。

    「知るか。俺はミチに階級の事は気にしなくていいって言われてんだ」

    それが俺が平気でいられる理由その2だ。俺はこの世界の人間じゃないし、軍隊の事もわからねぇ。その辺の事を気にしてくれたんだろう、ミチは俺に普段通りにしてていいと言ってくれた。

    「み、ミチって、あんたねぇ、ミカド様を呼び捨てにしてんじゃないわよ!」
    得意げに反論すると、ナグモの顔が般若のように歪んだ。
    「うぉ!?」

    反射的に俺は後ろに下がった。直後、ナグモのハイキックが鼻先を掠めていく。
    「なにしやがんだ! あぶねぇだ――」
    「どっせぇい!!!」

    ハイキックを外したナグモはそのまま俺に背を向け、素早く軸足を入れ替えると、その反動を利用して後ろ回し蹴りを放ってきやがった!
    「どぉわあああぁぁぁぁ!?」

    間一髪、俺は両手を十字に交差させる。二重のガードの上にナグモの靴がめり込んで、俺は数メートル背後の扉まで水平に吹き飛んだ。
    「い、っでぇ・・・・・・て、てめぇ、殺す、気かよ・・・・・・」

    ちくしょう、肘から先が消し飛んだかと思ったぜ。昔部費をカットした事を逆恨みされてムエタイ部のエースに蹴飛ばされた事があったが、そん時よりキツイぞ。

    「だったらどうだってのよ! えぇ? あたし等は戦争やってんのよ! 生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの世界で生きてんの! こんな事でビビってるようなお坊ちゃん押付けられてもね、迷惑なのよあたしは!」

    ナグモは扉を背に座り込んだ俺の所にやってくると、思いっきり胸倉を引っつかんで言った。流石に怖い。けど、今のでスイッチが入った。入っちまった。なんだこいつ。言わせておけば好き勝手言いやがって。お前の事情なんか、俺だって知ったこっちゃねぇぞ!

    「ふん、ぬっ!」
    「あがっ!?」
    俺の頭突きがまともにヒットして、ナグモはその場に尻餅をつく。

    「女だからって手ぇ出さないと思ったら大間違いだこんにゃろー! さっきから黙って聞いてりゃ馬鹿みたいカッカしやがって。八つ当たりしてんじゃねーぞ! この狐女!」
    と、これが試合開始のゴングとなった。

    こんな事で怯む奴でもないらしく、ナグモは即座に立ち上がり、俺とナグモは取っ組み合いの喧嘩になる。こいつは強い。馬鹿みたいに強い。軍人だから当たり前ってか? 女だからって手加減してやってる俺の気も知らないで、ナグモは殴る蹴る絞める齧るのバーリ・トゥードゥスタイルだ!



          icon_ntail.jpg

    「ほら! いい加減降参しなさいよ!」
    「しん、でも、いや、だ!」
    10分後の事だった。

    世の中意地だけじゃどうにもならない事がある。ナグモにコブラツイストをかけられた格好で、俺はそんな事を思っていた。思ってはいたが、降参する気にはなれない。俺は間違ってないし、間違ってたとしても、ここで自分を曲げちまうのは男じゃない。

    俺に男の意地がある限り、こんな横暴狐女には絶対屈しない!
    ・・・・・・もっとも、頼りの綱である男の意地って奴は古びた吊り橋のロープみたいにズタボロで、今にも千切れちまいそうだけど・・・・・・

    「・・・・・・はぁ、強情な奴ね」
    呆れたような一言の後、ナグモは唐突に俺を解放した。
    「へ、へへ・・・・・・俺の、勝ちだな」

    情けなく床に大の字になりながら、俺はナグモに勝利宣言をする。
    「言ってなさい。あたしはあんたと違って忙しいの。いつまでもこんな馬鹿な事してられないんだから」

    「といいつつ、相馬の強情さを心の中で認めるナグモであった」
    「ちょっと! 勝手にあたしの心を代弁しないでよ!」
    俺のおふざけに、ナグモは真っ赤になって反論した。

    「お、もしかして、図星か?」
    「違うっての!」
    ブンブンと尻尾まで降りながら否定するナグモ。

    「ま、まぁ、少しは骨のある奴だって事は認めてあげてもいいけど・・・・・・」
    視線をそらし、小さな鼻の頭をかきながらナグモが言う。
    「おいおい、ここに来てツンデレルートってか?」

    にほんてぃる 挿絵

    ビュン! ナグモは履いていた革靴を脱ぎ、力いっぱい投擲してくる。
    ガチ! 俺はそいつを両手で掴む。へへ、伊達に生徒会長時代、弱小野球部のピンチヒッターに借り出されてねぇぜ。

    「なんかわかんないけどムカつく」
    肉食系の目になってナグモ。
    「良い勘してるぜ」

    俺は腕の痺れをごまかしつつ、キャッチした革靴をナグモに放ってやる。
    「ったく、折角暴れてスッキリした所なんだから、これ以上怒らせないでよね」
    「俺はお前の鬱ストレス発散人形じゃないぞ」

    「ストレス発散人形兼パシリだもんね」
    しれっと言い返すナグモ。かー、可愛くねぇ奴! けど、なんやかんやで少しは打ち解けた感じか? 拳で語る友情もあるって所か。

    「それはそうと、ナグモ」
    「イッチでいいわよ。ミカド様や長官が呼び捨てであたしだけ苗字ってわけにはいかないでしょ」

    「気持ちは嬉しいけど、お前にイッチっての少し可愛い過ぎないか――」
    「あぁ?」
    履きかけた靴を再び手にして、ナグモ――イッチが睨む。

    「イッチ、いいね! お前のイメージにピッタリ、イッチ、なんつって――」
    ベシ。俺の顔に革靴が突き刺さる。
    「くだらない駄洒落ほど腹が立つものってないわよね」

    「ま、そこは素直に認めとくぜ」
    正直、そんな事はどうでもいいし。
    「それよりイッチ、お前、イオの事嫌いなのか?」

    ようやく和みかけてきた空気が急速に凍る。
    「あんた、そんなにあたしを怒らせたいの」
    「俺だって何かしないといけねぇだろ?」

    意味が分からなかったらしい。イッチは怪訝そうに眉を寄せる。
    「俺はこの世界でお前等の世話になるんだ。だから、俺は俺の役割を全うする」
    「・・・・・・で、あんたの役割ってのは、ゴキブリみたいに人の事を嗅ぎ回る事なわけ?」

    「ま、平たく言うとそんな感じだな」
    肯定するとは思わなかったんだろう。イッチの眉がさらに近づく。
    「ミチに言われたんだ。この世界の事を知って、この国の事を知って、そんで、思った事を伝えて欲しいって。異世界人である俺にしか気付けない事があるんだって、あいつは思ってる」

    イッチは口を噤んだ。俺の言葉に納得したわけじゃない。そんなのは俺にだってわかる。こいつらにとってミチは特別な存在だ。だから、ミチの言葉を借りた俺の言葉に反論できないんだ。

    「・・・・・・別に、無理やり聞き出そうとは思ってないさ。別に聞いても何にもならねぇかもしれねぇし。けど、こういっちゃなんだが、俺は聞き上手だぞ? 口も堅い。何を隠そう俺は生石高校のミスター相談窓口と呼ばれた男でもある」

    正確には、生徒会を便利屋かなんかだと勘違いした連中がこぞって俺の所に押しかけて一方的に聞きたくもない悩みをゲロってただけなんだけど。
    ま、嘘は言ってない。

    「・・・・・・あたしは、別に嫌ってない。でも、長官はあたしの事を嫌ってる」
    俯き加減になって呟くイッチに、俺は早速ややこしそうな問題の臭いを感じた。
    「なんでそう思うんだ?」

    「それは・・・・・・」
    イッチは僅かに顔を上げ、悩むような顔で俺を見つめた。
    「俺は嘘をつくが約束は守る男だ。そんでさっき、イオとは秘密厳守の約束をしてる。破ったら死刑だ」

    お口にチャックのジェスチャーで俺。イッチはそれでも不安そうだが、一応話す気になったらしい。
    「・・・・・・嫌われる理由は、山ほどあるのよ」
    まるで懺悔でもするみたいに、イッチは語り始めた。

    「例えば、あたしは長官の親友を予備役に追い込んだと思われてる。予備役ってのは補欠みたいなもんね。訓練と有事の時しかお呼びがかからないの」
    「思われてるって事は、違うのか?」

    「・・・・・・そいつの事は気にいらなかったけど、あたしは何もしてないわよ。何か出来るような権限も権力もなかったし。でも、長官はそう思ってないと思う」
    「思う?」

    「直接面と向かって言われた事ないってだけよ。大体、あたしは根っからの艦隊派で、長官はバリバリの条約派だし。嫌われてないはずないでしょ」
    イッチは拗ねた子供のように口を尖らせた。

    「なんだ? そのなんたら派ってのは」
    俺の勘は、そこに二人の不和の原因があると告げていた。
    「どうせ言ってもわかんないと思うけど――」

    そんな前置きをしながらも、イッチはしっかり説明してくれた。話によると、それは数年前に行われた『なんたらかんたら軍縮会議』とか言うのが原因であるらしい。

    要点をまとめると、戦争を心配して軍備を無尽蔵に拡張するのはお互いに大変だから、保有できる戦艦、空母の上限を決めてしまおうって話だ。で、スターズ、ブリテンの要求は5・5・3。つまり、ブリテンとスターズは新本に対して戦艦、空母の保有量を自分達の6割以下に抑えろと言って来たわけだ。

    これに反対したのがイッチを含む艦隊派。艦隊派はブリテン、スターズと戦争するなら、最低でも7割以上は必要だと考えている。賛成したのがイオを含む条約派。もっとも、条約派ってのは当時からこじれかけてた二つの国との関係悪化を恐れて、仕方なく妥協を提案したと言った方が正しいようだ。

    結果を言えば、軍縮会議はブリテン、スターズの譲歩を引き出す事に成功し、ほぼ7割を確保出来たらしい。けど、その間のあれやこれやで艦隊派と条約派の仲は相当こじれ、最終的には条約派の多くが予備役に回される事になり、その中にイッチの言う、イオと同期の親友が含まれていたそうだ。

    「イオはそん時の事を根に持って、お前を嫌ってるってのか?」
    イッチは頷くが、俺にはそうは思えなかった。イオの事をそう知ってるわけじゃないが、あいつはそんな器の小さな奴じゃないと思う。勿論、そんなのは俺の勝手な推測だ。

    イッチは俺の表情から心境を察したらしい。
    「あたしをこの作戦の指揮官に選んだのが何よりの証拠よ。第一航空艦隊ってのは、空母艦隊なのよ?」

    「なのよって言われても、何がおかしいのか俺にはさっぱりだぞ」
    「まどろっこしいわね! あたしの得意分野は水雷、つまり魚雷なの! 艦隊戦ならともかく、航空戦なんて素人同然なんだから!」

    「あー、つまり、イオは友達を左遷された腹いせにお前の不得意な仕事を回したと? そりゃいくらなんでも考えすぎだろ。これは戦争で、負ければ大事なんだろ?」
    「だから・・・・・・あたしの下には草鹿や源田って航空戦が得意な参謀がついてんのよ」

    イッチはそれがとんでもない恥のように語った。けど、俺にはいまいちピンと来ない。
    「いいんじゃねぇのか? 誰だって得意不得意があるわけだし」
    「いいわけないでしょ! 航空艦隊司令長官が航空戦の素人だなんて!」

    よほど腹を立てたのだろう、イッチの顔がみるみる赤くなっていく。
    「なかにはウチを源田艦隊なんて呼ぶ奴までいるのよ? これじゃあたし、まるっきりお飾りじゃないのよ!」

    怒りじゃない。その時俺は悟った。イッチは悔しいんだ。悔しくて、悔しくて、たまらないんだ。
    でも、だからこそ俺は違和感を覚えた。そんなまどろっこしい手を、あのイオが使うだろうか? 昨日の晩、お茶に酔って暴れたイオは、とてもそんな奴には思えない。

    「だいたい・・・・・こんな作戦上手くいくはずないのよ」
    爪を噛み、搾り出すようにイッチが呟いた。
    「こんな作戦ってのは、さっきの奴か? たしか、ブラスなんたら」

    「ブラスハーバー攻撃作戦。さっきも言った通り、新本の海軍戦力はスターズの6割強しかない。その戦力差を埋める為に山本長官が提案したのがこれよ。ブラスハーバーって場所はスターズの太洋艦隊の本拠地になってるの。ざっくり言うと、航空機を空母で運んで奇襲するって作戦よ――」

    「こいつを叩ければ、資源確保を目的とした南方作戦の障害はなくなるし、スターズの本土空襲も防げるってわけ」
    「なんだ、良い作戦じゃねぇか」

    「上手くいけば、ね。でも、その可能性は限りなく低いのよ。第一に、距離。新本とブラスハーバーは約2000マイル、3000キロ以上離れてるのよ? で、その距離をスターズに見つからずに移動できる航路は一本しかない――」

    「見つからないって言うのは、スターズの拠点や植民地の目を逃れて移動できるって意味。運悪く向こうの船や敵同盟国の商船なんかに見つかったらその時点でアウト。ブラスハーバーは海の要塞だから、奇襲できなきゃ意味ないのよ――」

    「上手くいかない理由は他にもあるわ。現状、海軍には本土からブラスハーバーまで無補給で移動できる空母は護衛艦を含めても7隻しかない。だから当然洋上給油が必要になるわけだけど――」

    「本作戦の実行は宣戦布告直後、つまり12月8日を予定してる。で、冬の北東亜海はめちゃくちゃ荒れるのよ。そんな状態で洋上給油なんて出来るわけないじゃない! それに、もし上手くいったとして、そん時ブラスハーバーに都合よくスターズの艦隊がいるとは限らない――」

    「向こうだって都合があるし、演習に出てるかもしれない。これだけの労力を払っても無駄足の可能性があるのよ? 極めつけは魚雷よ! ブラスハーバーは周りを山に囲まれた浅瀬で、水深はたった12メートルしかないの。12メートルよ!」

    一気にまくし立てると、イッチは左手の人差し指を立て、右手でVサインを作った。
    生憎、12メートルだとどうなるのか、俺にはさっぱりわからなかった。
    「あぁもう、あんたはほんっとうにどうしようもない素人ね!」

    「航空魚雷ってのは、空から落としたら4、50メートルは沈むのよ! そんなものブラスハーバーにおっことしても海底にささって終わり、意味なしの無駄骨よ!」
    「・・・・・・それ、駄目じゃね? 話にならねぇだろ」

    いくら俺でも、これは分かる。
    「一応、その点はさっき話した源田がどうにかしてる所。航空隊に鬼みたいな特訓をして、魚雷に安定舵とか言うのをつけたら深度9メートルまで抑えられたって言ってたけど・・・・・・」

    「なんだ、じゃあ解決じゃねぇか」
    「だったらこんな事言わないわよ! 航空魚雷の改良方法が見つかったのがついこの前、ブラスハーバー攻撃には最低でも150本は欲しいけど、そんだけの魚雷を改造するとなるとどうやったって11月末ぐらいまでかかるわよ――」

    「で、さっきも言ったようにブラスハーバー攻撃作戦の実行は開戦予定日の12月8日。言うまでもないけど、あたしはそれまでに2000マイル先のブラスハーバー近海についてないといけないの。もう時間がないのよ!」

    「あー、そりゃやべぇな・・・・・・待って貰ったり出来ねぇのか?」
    「あんたバカぁ? 出来ないから困ってるんでしょ! スターズは在星の新本資産を凍結してるし、国民はずっと前から戦争しろってピリピリしてんのよ――」

    「「あんたバカぁ? 出来ないから困ってるんでしょ! 管理貿易による世界市場からの締め出し、資源輸出の禁止、在星新本資本の凍結

    「それだけじゃないわ。うちの若い連中だってそうよ。陸軍じゃクーデター紛いのバカ騒ぎが起きてるし、これ以上一日だって開戦を伸ばす猶予はないの。それに12月8日は日曜日なのよ」

    「日曜日だとどうだってんだよ」
    「現地に潜伏してるスパイの話じゃ日曜日は演習をやらないのよ。だから、やるなら日曜日、それも出来るだけ早くって事」

    「日曜日は家族で教会へ、ってか」
    「ん?」
    「いや、なんでもねぇ」

    「とにかく、ブラスハーバー攻撃作戦は不安要素が多過ぎるって事。そんな作戦に貴重な戦力を投じるなんて、博打もいいところよ! まぁ、博打は山本長官の十八番(オハコ)だけど。本当なら、海軍は開戦したら南方作戦に集中する予定だったのよ――」

    「なんてったって、あたしらの国には鉄も油もないんだから。早い所ネーシアの資源を確保するのが先決でしょ? それを長官が、ブラスハーバー攻撃作戦が許可されないなら海軍を辞めるって言い出して無理やり変更させたのよ」

    「確かに、そう言われると上手い作戦とは思えないな・・・・・・」
    「でしょ! だからあたしは反対したのよ! こんな作戦上手くいきっこないって! でも、長官は聞かないわ。スターズと戦うにはこの作戦しかないってね」

    「でも、納得してねぇんだろ? なら、降りちまえばいいじゃねぇか」
    「・・・・・・あんた、本当にバカね。あたしは軍人よ? 軍人の仕事は与えられた任務を過不足なくこなす事。気に入らないけど、やれって言われたらやるしかないのよ」

    「そういうもんか?」
    「そういうもんなのよ」
    そう言われると、俺は何も言えない。

    けど、違和感はあった。それがどんな形かはまだ見えないけど、何かが決定的にズレている。それだけは分かった。無能と呼ばれても、生徒会長を経験した俺だ。そんな俺に言わせると、人の言葉ってのは当てにならない。

    人は嘘をつく、というとちょっと違う。でも、誰だって、自分でも気づかない内に嘘をついちまう。それは時に自分さえ騙しちまう嘘だ。俺はイッチの語るイオを信じない。何故ならそれは、イッチが自分の中で作り上げたイオだからだ。

    同時に、俺はイッチの話を全面的に信じる。それは、嘘でも本当でも、イッチが俺に話してくれた、イッチにとっての事実だからだ。それをどうしたらいいのか分からない。だけど、このままじゃ何かがおかしくなる。そう俺は予感した。

    「もしかすると、俺はそれを正す為に呼ばれたのかもな」
    俺は戦争の事なんかわからない。それこそ、元の世界の日本がどんな理由でどんな戦争をしたのかさえ。俺が知ってるのは、日本はアメリカと戦って負けたって事くらいだ。

    そんな俺がどうやってこいつらの役に立てる? 何処の誰だか知らないが、俺に戦争方面での活躍を期待してる奴がいるとしたら、そいつはとんだ大馬鹿野郎だ。けど、そんな俺でも、きっと役に立てる事はあるはずなんだ。

    俺だから、現代から来た俺だから。こいつらの世界とよく似た世界、こいつらが進むはずの一つの未来から来た俺だから出来る何かが、あるはずだ。
    そうじゃなけりゃ、何の為に俺が選ばれたのか分からねぇじゃねぇか!

    「はぁ・・・・・・あんたって不思議ね。言わなくていい事、全部話しちゃったわよ。本当、秘密にしてよ? じゃないと、本気で長官と喧嘩する事になりそうだし」
    「わかってるって。男、天明相馬に二言はねぇよ」

    「だといいけど。でも、喋ったらなんかスッキリしたわ。最初はどうなる事かと思ったけど、愚痴り相手が出来たと思えば、案外悪くないかもね」
    少しだけ照れ臭そう笑うイッチを、不覚にも俺は可愛いと思った。



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    その後、俺は三日間をイッチと共に過ごし、イオが最初に言っていた通り、別の軍人の所に行く事になった。
    別れ際、イッチが寂しそうな顔をしたのは、俺の錯覚だろうか?

    まぁいいさ。イオの話じゃ、俺は残り二人の軍人と過ごした後、イッチを含めた三人の誰かと共に海に出る事になる。
    もしも縁があったらな、そん時は嫌って程このお転婆女の相手をする事になるだろう。

    次に俺が同行する事になったのは・・・・・・


    つづく。


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    第三話
    「海軍の三人娘 2」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    イッチと別れて数日後の11月某日。俺はイオの指示に従って、今回の戦争において重要な意味を持つだろう三人の軍人の一人、第四艦隊司令長官、井上成美(イノウエ シゲヨシ)、愛称ナルミを尋ねていた。

    場所は岩邦飛行場と呼ばれる海軍基地。より正確に言えば、その湾内に浮ぶ航空母艦、鳳翔(ほうしょう)の中だ。

    ナルミは全てにおいて中性的な容姿をした女の子だ。雪のように白いウサ耳と、同じ色の頭髪、長さは男にも女にも見える長さ。顔立ちは恐ろしく整っているが、いつも物思いに耽っているように悩ましげな表情をしていて、トマト色の瞳は焦点がぼやけ気味だ。

    カッコいいとも美人とも、凛々しいとも可愛いとも言いがたい。少年と少女が別れる前の、神秘的な雰囲気を持っている。
    そしてナルミは、海軍中将という役職でありながら、船乗りでありながら、超がつく程船に弱い、猛烈船酔い体質の持ち主だった。

    「駄目です・・・・・・僕はもう死にます・・・・・・」
    大丈夫か? そう尋ねる俺に、医務室のベッドに仰向けになったナルミは青白い顔で答えた。

    「あぁ、気持ち悪い。胃袋がひっくり返ったみたいだ。生き地獄とはまさにこの事です。こんな目に合うくらいなら死んだ方がマシだ。相馬さん、後生ですから、あなたの手で僕の息の根を止めて頂けませんか?」

    ナルミはラッコみたいに洗面器を抱きかかえ、配管が剥き出しになった天井をぼんやりと眺めながら呟く。それが冗談なのか本気なのか俺にはわからない。無表情というわけじゃないが、こいつはどうも本心が読めない奴だった。

    「頂かねぇよ! 船酔いぐらいで死んでたまるか!」
    「大声を出さないで下さい。野蛮で無骨で図太い相馬さんと違って、僕の体は繊細なんです」
    「大人しい顔して、お前って本当口が悪いよな」

    ナルミの暴言に拳を震わせながら答える。普段の俺なら容赦なく言い返してやるんだが、こいつが相手だとどうも調子が狂う。虚弱そうな容姿のせいもあろうだろうし、今のナルミは本気で具合が悪そうだ。頭のウサ耳は萎びた乾し芋みたいになっている。

    「僕は正直なだけですよ。口が悪いと言うのはナグモさんのような人を指すのです」
    「なんだ? お前、イッチと仲悪いのか?」
    「それは詮索ですか?」

    相変わらず天井を見つめたまま、ナルミは言った。こいつの所に来て二日目だが、イッチの時ほどは進展がない。理由は分からないが、ナルミは俺に心を開かず、開くつもりもないようだった。

    「・・・・・・そうだ」
    少し悩む。やり辛さを覚えながら、俺が返した言葉がそれだった。
    「他人の事情に首を突っ込むのは良い趣味とは言えません。はっきり言えば、下品な行いです」

    「そう言うなよ。俺はナルミと仲良くなりたいんだ。俺がなんでここにいるか知ってるだろ?」
    「いいえ。僕には理解しかねます」

    苛立ちがないわけじゃない。それでも、俺は怒らなかった。怒る理由もない。俺の見立てによれば、ナルミはこういう奴なんだ。悪気があるわけじゃない。もっとも、それは悪気があるより性質が悪かったりするんだが。

    「俺の役目は、お前と一緒に過ごして、俺にしかわからない何かに気づく事だ。その為にも、俺はお前を知る必要がある。だろ?」
    「何もかもが間違っています」

    俺に対しての言葉なのは間違いない。それでもナルミは、誰にともなく、その言葉を放った。
    「どういう事だ?」
    理解できず、俺は尋ね返す。

    「僕は山本長官やミカド様と違って、あなたに期待を持っていません」
    「確かに俺は神様じゃないが――」
    「そうじゃありません。僕は元々、神などという存在は信じてないのです」

    心持ち、ナルミの瞳に宿る憂いが深まったような気がした。
    「僕は合理主義者です。というか、軍人とはそもそもそうあるべきだと思いますが。困った時に神頼みをしているようでは、軍人失格です」

    俺は答えに困った。今に始まった事じゃないが、ナルミの言いたい事がわからなかった。
    「僕は相馬さんに過度な期待をしていません。正確に言うなら、何の期待もしていません。何故ならあなたは、何の知識も経験もない素人だからです」

    「そりゃ、そうだけど――」
    言い返そうとする俺を、ナルミは僅かに手を上げて制した。
    「僕の話は終わってません。人の話は最後まで聞くのが礼儀です」

    「・・・・・・そうだな」
    俺は大人しく従った。俺は何かに気づきつつあった。ナルミの変化に。或いは、ナルミという人間に。今は、ナルミの言葉に耳を傾ける時だ。

    「僕は、相馬さんという人間を正当に評価しているんです。変わった体の作りをしていますが、わたし達と大した違いはない。極めて普通の人間であると。それが、僕が相馬さんに期待していない理由です」

    「俺がしている事に意味はないって、そう言いたいんだな」
    「僕に言わせれば、山本長官もミカド様も、それにナグモさんもですか。みんな、戦争に対する不安を誤魔化す為にあなたを利用してるだけです」

    「言いたい事はそれだけか?」
    だとしたら、俺が気にする事は何もない。ナルミの言ってる事は事実だが、あまりに悲観的だ。俺流に言えば、俺は期待されてるんだ。なら、俺は黙って結果を出すだけだ。

    「いいえ」
    ナルミは答え、目だけで俺の方を向いた。
    「僕はいらない人間です。だから、僕を見ていても何も得られません。それが最大の理由です」

    それだけ言うと、ナルミは再び視線を天井に向けた。
    「僕は死人です。死人の相手をしていても無駄なだけです」
    それっきり、ナルミは口を噤んだ。言いたい事はそれで全部らしかった。

    「・・・・・・・なるほどな」
    虚ろな表情のナルミを見下ろし、俺はようやく理解した。ナルミが俺を避ける理由を。俺に心を開かない理由を。

    ナルミは自分の殻に閉じこもっているらしかった。自分を不要な人間と考え、不必要な人間と考えている。自分は世の中に拒絶されているから、関わる価値がない。けれどそれは、裏を返せばナルミ自身が周りを拒絶しているとも言える。

    「お前は俺に出来る事なんかねぇと言うが、なんて事はねぇな。拗ねたいじけ虫一人更生させるんなら、軍人かどうかなんて関係ねぇ。むしろそんなのは、俺の得意分野だ。なんせ俺の周りには、お前みたいな奴がわんさかいたからな」

    生石高校生徒会、又の名を問題児収容所だ。引き篭もり、コミュ障、メンヘラに不良。何の因果か知らないが、俺の前にはそんな奴等ばかり現れやがる。平成生まれの七面倒な現代っ子を相手にしてきた俺からすれば、ナルミみたいなのの相手をするのは慣れてるくらいだ。

    「起きろよナルミ。お前の話が終わったなら、今度は俺が話をする番だ」
    「嫌です。僕は誰とも話したくありません」
    「何故なら僕は死人ですからってか? 馬鹿馬鹿しい。合理主義者が聞いて呆れるぜ。死人ってのは死んでるから死人なんだ。誰がどう見たってお前は生きてるだろうが」

    「枯れた木は立っていますが中身は朽ちて空っぽです。確かに僕の体は生きていますが、心は死んでいるんです」
    「出た出た。お前みたいな奴はすぐに屁理屈をこねる」

    「屁理屈じゃありません。事実です」
    「そんなのは事実でもなんでもねぇな。お前はふて腐れて拗ねてるだけのただのガキだぜ」

    「僕の事を何も知らないくせに、好き勝手言わないで下さい!」
    相当腹がたったのだろう。ナルミは跳ね起きて俺を睨む。
    予想通りの反応を引き出し、俺はニヤリと笑う。

    「死人は怒ったりしねぇ。ナルミ、お前の心はこれっぽっちも死んじゃいねぇ。むしろ逆だ。生きたくて、活きたくて、仕方ない。なのにそれが出来ないから死んだふりをしてるんだ」
    「・・・・・・相馬さんは不愉快な人です。僕を挑発して言葉を引き出すつもりですね」

    「あぁそうだ。お前みたいな頭でっかちには良く効く手だぜ」
    「出て行って下さい。僕はもう一秒たりともあなたの顔を見たくありません」
    「あぁ、いいぜ」

    了承すると思わなかったのだろう。ナルミの顔に薄く驚きの表情が浮ぶ。
    「ただし、条件がある。俺と口喧嘩して、お前が勝ったらだ」
    「馬鹿馬鹿しい。僕はそんなお遊びに付き合う義理はありません」

    「おいおい、俺の話はまだ終わっちゃいないぜ」
    ナルミはムッとした表情を見せ、
    「だったら早く言ってください」

    「口喧嘩と言ったのは言葉のあやだ。なぁ、ナルミ。お前は合理主義者だったな?」
    「それがどうかしましたか」
    「確認しただけさ。お前は自分をいらない人間だと言う。俺はそれを否定する。お互いに質問と回答を繰り返し、相手を納得させた方が勝ちだ。お前が勝ったら、俺は大人しくお前の前から消える」

    「相馬さんが勝ったら?」
    「そん時には俺は俺の欲しい物を手に入れてるはずだ」
    俺は意地の悪そうな薄笑いを浮かべる。

    「受けるか?」
    「・・・・・いいでしょう。相馬さんの安い挑発に乗ってあげます」
    ナルミは俺の事を睨みつける。それは死人には作れない、挑戦的な眼差しだった。

    「相馬さんの無根拠の自信を粉々にしてあげます。これでも僕は、海軍内では『剃刀(カミソリ)』と呼ばれた女です」
    「良く切れるってか。トンチが得意なら落語家が向いてるぜ」

    「切れ過ぎたんですよ・・・・・・」
    「あん?」
    「なんでもありません。それより、早く始めましょう」

    俺は肩をすくめて間を取る。少し考え、
    「お前の肩書きは第四艦隊司令長官だ。第四艦隊ってのは確か、南洋って場所を防衛するのが仕事だったな?」

    「マロアナ、カロロン、マーチル、パリャオ諸島などを含む委任統領地の防衛、及び、開戦後はウィーク、ガム、東ネオギニア、サロモン諸島などの攻略を任務とする部隊です」

    「地理の事はてんでわからねぇが、それでも大した役職だってのは分かるぜ。それを任されたのがお前だ。要らない人間ってはないだろ」
    「逆ですよ。第四艦隊司令長官に選ばれた事が、僕がいらない人間である事を証明しているんです」

    自嘲を浮かべてナルミ。
    「どういう事だ?」
    俺にはまったく意味が分からない。

    「理由は複数上げられます。第一に、相馬さんが思っている以上に南洋は広大です。それに対して、僕に与えられた戦力はあまりに少ない。旗艦である鹿島は元々練習巡洋艦として建造された物で戦力としては微々たるものですし、他の戦力も旧式の天龍型や商船を改造した特務艦を使用しています。航空機も戦闘機、攻撃機共に旧式の九六式です」

    「このような戦力で東西4000キロ、南北2000キロ以上を防衛し攻略作戦を行うというのは土台無理な話ですよ。それだけで、第四艦隊に対する軍令部の期待度が推し量れるというものです」

    納得できず、俺は渋顔を作る。
    「それは違うんじゃねぇか? これは戦争で、負けたら終わりだ。ナルミに期待してるから、困難な任務を与えたんだろ」

    俺の答えに対して、ナルミは皮肉っぽい笑いを漏らす。
    「そんなはずないでしょう。自分で言うのもなんですが、司令官としての僕の実力は下の下です。他所から来た相馬さんは知らないでしょうが、そんな事は下仕官だって知ってます」

    「そんなの、おかしいだろ。だったらなんでナルミが選ばれたんだ?」
    「それが二つ目の理由ですね」
    ナルミはクスリと笑い、「三つ目の理由でもあるかな」と付け加える。

    「負けたら終わり。それについては僕も同意します。山本長官が日ごろ口を酸っぱくして言っていますが、戦争と言うのは外交の最終手段です。必勝の見込みもないのにおいそれと手を出していい事ではありません。なのに、この国の軍隊はその事をまるで理解していない」

    「僕が第四艦隊司令長官に選ばれたのは、一つは年功序列です。この国では、年長者はそれだけで偉いとされている。適材適所という言葉を知らないんですよ。もう一つは、僕の存在が邪魔だからですね」

    「ナルミが、邪魔だから?」
    オウム返しに尋ねる。どうやら、俺が思っていたよりも事態はずっと複雑で、根が深いらしかった。

    「そうです。僕は中央のお偉方に嫌われているんですよ」
    一つ言葉を繋ぐ度に、ナルミの自嘲は夕映えに伸びる影のように深まっていった。

    「この任を受ける前は、僕は海軍航空本部長という役職についていました。素人の相馬さんにも分かるように言うと、海軍の航空機係です。航空機の研究、開発、審査、人員の教育などを一手に引き受ける部署です」

    「すげぇじゃねぇか」
    素直に言うと、ナルミは意外そうな顔をした。
    「そう思いますか?」

    俺が頷くと、ナルミは悲しそうに笑った。
    「皮肉ですね。相馬さんにも分かるような事を、この国軍人は誰も理解していないんですから」

    「海軍航空本部長。この役職を僕は好いていました。だって、航空機はこれからの戦争の要になる重要な兵器ですから。銃器の出現が戦争を変えたように、航空機の発達によって戦争は変わる。僕はそう信じ、訴え続けました。それが良くなかった」

    ナルミの言葉を聞いていて、俺はふと、さっきから胸に渦巻いていた違和感に気づく。今まで考えもしなかったが、もしかするとこの時代では、飛行機ってのは生まれてまだ間もない技術なのかもしれない。

    「俺は・・・・・・ナルミは間違っちゃいないと思うが」
    「僕もそう思っていましたよ。今でも、そう思っています。でも、上の人間はそう思いませんでした。それどころか、同じ航空本部の人間ですら、僕の考えを異端と受け止めていました」

    「なんでだよ。航空本部ってのは飛行機の専門家なんだろ?」
    「考え方が根本から違うんです。この国は・・・・・・と言うのは正確ではありませんね。他国ですら、航空機のなんたるかを把握しているとは言えません。航空機に関して、世界はあまりに幼稚で、未熟です」

    「相馬さんは大艦巨砲主義という言葉をご存知ですか?」
    俺は首を横に振る。たいかんきょほうしゅぎ? どんな漢字を当てるのかすら見当もつかない。なんとなく、巨乳を想像させる言葉だな、と思う。

    「ですよね。聞いた僕が馬鹿でした」
    さらっと失礼な事をナルミが言う。
    「大きい船に大きい大砲を乗せれば戦争に勝てる。ざっくばらんに言うと、そんな意味の言葉です」

    「なんだか馬鹿っぽいな」
    率直に言うと、ナルミはクスリと笑った。
    「なんだよ。おかしな事言ったか?」

    「言いましたね。この国でそんな事を言うのは、僕と山本長官を除けばあなたくらいです」
    よくわからんが、褒められてるって事にしておこう。
    「馬鹿らしい。確かにその通りだと思います。けれど、それは一つの事実でもあるんですよ」

    「そうなのか?」
    何かの冗談かと思ったが、そうじゃないらしい。
    「海戦が主流である現在、海上の主力兵器は戦艦です。大砲が大きければそれだけ飛距離が出せて、一方的に攻撃できる。勿論威力もあがりますね。大きな大砲は重いから、船を大きくする必要がある。そして、船が大きくなれば装甲を厚くでき、敵の攻撃に耐えやすくなる」

    「なる程。だから大艦巨砲主義ってわけか」
    「そうです。一応言っておくと、この考え方は他国を含めた海軍全体の常識です。もっとも、僕に言わせればそれは古い常識ですが」

    「大艦巨砲主義は戦艦同士が大砲を撃ち合う艦隊決戦のような状況においては、確かに正解です。ですが、航空機の発達が目覚しい現在は、非合理的な思想だと言わざるを得ません」
    「どうして?」

    専門的な話になると、俺はどうして野朗になるしかない。だってわからないし。そもそも、海軍ってのは船に乗って海で戦う奴等だろう? それが、飛行機が発達すると船で戦わなくなるってのはどうも理解できない。

    そんな俺を見て、ナルミはまた、クスリと笑う。
    「失礼しました。相馬さんがあまりに無知なので」
    「悪かったな」
    俺は口を尖らせる。

    「悪くはありません。逆に、教え甲斐があって楽しいくらいです。自分でも意外な事ですが。きっと、相馬さんが素直に耳を傾けてくれるからでしょう。なまじ知識のある人間は、僕の話を聞こうともしませんから」

    「そんなもんかね」
    「そんなものです」
    気がつくと、ナルミの顔色は随分良くなっていた。力なく垂れ下がっていたウサ耳も今は、ピンと立ち上がっている。

    「話を続けましょう。大艦巨砲主義がなぜ非合理か。答えは簡単です。航空機は戦艦よりも何十倍も機動力がある。航空機が戦艦を見つけ、航空機が戦艦を破壊する。それが可能な状況になれば、必然的に艦隊戦の重要度は下がります。艦隊戦が起きないのなら、大艦巨砲主義に意味はありません」


    「たしかにそうだ。馬鹿でも分かる」
    「ですが、僕の理論は理解されませんでした。本気で列強国と戦争をする気なら、それらに先んじて航空基地及び空母の建造、航空戦力の補強、航空戦術の研究をしなければいけないと言うのに、この国は今も古い様式に固執しています」

    「結果を言えば、僕は邪魔にされましたよ。航空本部長時代の事も、結局は自分の部署に金を回したいのだと邪推されました。世間では第四艦隊司令長官の役職は栄転だと言っていますが、何て事はない。僕は中央から左遷されたようなものです」

    「大艦巨砲主義。全てはこれに尽きます。確かにこの国は今まで、それによって多大な勝利を収めてきました。それに味を占めてしまったんですよ。合理的であるはずの戦争が、戦略が、戦術が、歴史と格式、慣例と仕来りの名の下に形骸化してしまった」

    「今回の戦争もそうです。僕も山本長官も、勝てる見込みがない事はわかっていました。僅かながらですが、僕達は海外経験がありますからね。かの国の強大さを理解しています。ですが、他の者達は違う。国民は勿論、軍人や官僚までもが、以前に起きた新茶・新路戦争での勝利で、戦争というものを甘く考えています」

    「間違いと言えば、何もかもが間違いなんですよ。僕の役割も、軍のあり方も、そもそもスターズと戦争をすること事態が、大間違いなんです」

    不意に、ナルミの声のトーンが下がっていく。熱意すら感じた言葉は急激に瑞々しさを失って、エンジンの止まった飛行機のように失速していく。ナルミの顔から生気が抜け、それに呼応するように頭のウサ耳が力なく垂れ下がっていった。

    「わかったでしょう? 僕の言っている事が。僕はいらない人間なんです。期待を裏切られ、期待されず、的外れの期待を背負わされた人間。そんな僕を、僕自身がいらないと感じてしまっている」

    そしてナルミは笑った。もっともそれは、笑みの形をしているだけの、酷く渇いた表情だったが。
    「ありがとうございます。相馬さん。どうやらあなたのお陰で決心がつきそうだ」

    「決心? なんのだよ」
    「今度こそ、僕は海軍を辞めます」
    「なっ! ちょっと待てよ!」

    「勘違いしないで下さい。相馬さんのせいじゃありません。これは純然たる僕の意思です。腐っても、僕は軍人です。勝てぬと思っている人間が指揮を取れば、どんな戦も勝てはしません。それに、僕は偽りの役割を演じながらのうのうと軍人を続けられるほど図太くも恥知らずでもない」

    「自分の気持ちに気づいた今、僕に出来る最良の手は、一秒でも早く辞表を出し、潔く職を辞す事だけです。戦に関して言えば、僕よりも有能な人間はいくらでもいますから」
    「・・・・・・・・・・・・」

    俺は言葉に詰まった。いいのか? そんな愚問を飲み込んで。尋ねれば、ナルミは迷わず首を縦に振るだろう。今のナルミは、決断を終えた人間の目をしている。それは痛ましくはあるが、ある種の清々しさを宿して、何よりナルミが納得して出した答えだった。

    「駄目だ」
    けれど、俺は言う。
    「止めても無駄です」

    「いいや、止める。俺にはその権利がある」
    俺は自分の能力を過信して、藪を突付いて蛇を出したようだった。あるいは、踏まなくてもいい地雷を踏んで爆発させちまったようだ。

    ナルミは俺のせいじゃないと言う。けど、俺に言わせれば、これは俺のせいで俺の責任だ。俺と話さなきゃ、ナルミは辞職という答えを出さなかった。
    確かに、ナルミにとっちゃそれはマシな答えなんだろう。不本意な役割を演じるよりは、大人しく去った方がいい時もある。

    最初の状態よりも、今の方がナルミにとってはYESな状態なんだ。けど、それじゃ駄目だ。ここで終わっちまったら、俺の負けだ。いずれ来るはずの答えを早めちまっただけで、俺は俺の役割をこなしたとは言えない。

    考えろ。考えろ。考えろ。ナルミには、もっと相応しい答えがあるはずなんだ。潔く職を辞す。そんな後ろ向きな答えよりももっと、何か良い答えが。そうでなけりゃ、悲しすぎる。寂しすぎる。悔しすぎる。

    だってここで終わっちまったら、俺はナルミの絶望を肯定する事になっちまうじゃねぇか!
    そんなのは御免だ。そんなのは嫌だ。お節介で、余計なお世話でも、俺は認めない。

    俺は独断で、独善で、独りよがりな自己満足でもって、ナルミの答えを否定する。そして俺は、ナルミの考えをひっくり返してやる。ナルミは必要だ。ナルミは間違ってない。俺の心がそう強く訴えている限りは。

    「勝負はまだついちゃいない。お前の言いたい事はよくわかった。今度は、俺の番だ。俺の話を聞いて、それから決めるんだ」
    「・・・・・・無駄だと思いますが、いいでしょう。相馬さんと話すのは楽しいようですから、もう少し付き合います」

    俺はまだ考えていた。まだ答えが出ないでいた。ナルミの答えに代わる答えを見出せずにいた。考えて、考えて、考えて・・・・・・何かが喉元まででかかっているのに、それを言葉にする事が出来ない。

    「どうしましたか? さぁ、言ってみて下さい。僕を説得して、言い負かして下さい」
    どうすればいい? 何を言えばいい? 俺は何を思ってる? ナルミの話を聞いて、俺は確かに気づいたはずだ。何かに。もう一つの答えに。俺だけの、俺だから見出せる答えに。

    悩んで、悩んで、悩んで悩んで悩んだ末。
    俺は見つけた。
    たった一つの冴えた回答を。

    「ナルミ。間違ってるのはお前の方だ」
    俺はナルミの目を見据えて言った。真っ直ぐに、心までも見透かせそうなほど。
    「・・・・・・はい? それだけですか?」

    「そうだ。その一言で全部説明できる。間違ってるのはお前の方だ。だから、勝負は俺の勝ちだ」
    「期待はずれですね。それに、肩透かしです。相馬さんなら、もっとましな答えを用意してくると思ってました」

    「そうでもないさ。だって、お前は反論出来ないからな。お前は間違ってる。お前は、自分をいらない人間だと言った。必要ない人間だと。大間違いだ。お前の話を聞いて分かったよ。お前は、誰よりも必要な人間だ。今は気づかなくても、いずれ誰もがそれに気づく」

    「なんですかそれは。まるで預言者ですね」
    「そうさ。俺は預言者だ。なんたって俺は、この世界と良く似た未来から来たんだからな」
    それが俺の有用性だ。俺だけの視点だ。俺だけに与えられたヒントなんだ。

    「俺は戦争の事なんてわからねぇ。戦術とか戦略とか、兵器の事だって全然わからねぇ。そんな素人の俺でも、お前の話は正しいと思った。その通りだって。何故か分かるか?」
    「さぁ。素人だからでしょうか。変に知識のある大人より、無知な子供の方が素直で聞き分けがいいと言いますし」

    「そうじゃない。俺は、知ってるんだ。世界がこの先、お前の言った通りになるって。お前は言ったよな。航空機の発達が戦争を変えるって。その通りだ。俺の世界じゃそれは常識だ。飛行機が強いなんて事は、戦争の事なんてまるでわからない俺でも知ってるくらい常識なんだ」

    「俺はテレビや映画で、飛行機が活躍する話を嫌って程見てきた。疑問に思う余地もないくらい、それは当たり前の事だった。けど逆に、戦艦が活躍する話なんてほとんど聞いた事がない。何故か? 答えは簡単だ。廃れちまったからだ」

    「お前の言う通りになるんだ。飛行機が、航空機が戦争を変えちまう。それを分かってるのがお前だけなら、お前にしか出来ない事があるだろう! 誰も耳を傾けなくても、誰も理解してくれなくても、諦めるなよ! お前は正しいんだ。お前の正しさが必要じゃないわけねぇじゃねぇか!」

    気がつくと、俺はナルミの肩を掴んでいた。その手には、俺の熱意と同じだけの力が篭っている。
    「い、痛い。相馬さん、痛いです」

    「わ、悪いっ」
    我に返り、俺は慌てて手を放した。慌てたのは、いつの間にかナルミとの距離が驚くほど近くなっていたからだった。

    「い、いえ、わ、悪くは、ないですけど・・・・・・」
    炎のような激情が去ると、俺は猛烈に恥ずかしくなった。そして、不安にもなった。俺の出した答えは届いただろうか。

    「ナルミ」
    「相馬さん」
    俺達は同時に声をあげる。

    「さ、先に、どうぞ」
    促され、俺は最後の悪あがきをする。
    「あぁ。だから、その、辞めるなんて言うなよ。俺は、お前が必要だと思う。絶対に。いらない人間なんかじゃないって、そう、思うんだ・・・・・・」

    さっきまでの自信は嘘みたいにどこかに消えちまっていた。冷静になって考えると、俺の言ってる事は全部、証拠のない戯言のような物だ。
    「・・・・・・はっきり言って、相馬さんの答えは非合理的だと思います」

    ナルミは言った。俯いて、頬を赤らめて。
    「僕は合理主義者です。神秘主義者ではありません。正直に言って、相馬さんが異世界から来たという話しも眉唾だと思っています」

    でも、と。ナルミは末尾に付け加えた。
    「信じたいと思いました。相馬さんの事を。相馬さんの言う未来を。そして何より、相馬さんの信じる僕を」

    「・・・・・・じゃあっ」
    「辞めるのは、止める事にします。少なくとも、もう暫くは」
    「そうか・・・・・・そうか! そうだよ! その方がいい! 絶対にいいぜ!」

    俺は無性に嬉しくなって飛び上がった。
    「よ、喜びすぎですっ」
    ナルミの頬が瞳の色と同じ色に染まる。

    「いいんだよ。嬉しかったら喜べばいいんだ。じゃないと、折角の嬉しさがもったいないだろ?」
    「なんというか、変な感じです。胸の奥がくすぐったくて・・・・・・」

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    薄っぺらい胸に手を当てて困惑するナルミに俺は言う。
    「笑えばいいんだ。そういう時はさ」
    「・・・・・・なる程。それは気づきませんでした」

    ハッとして、ナルミは笑った。
    その瞬間のナルミは、文句なしの美少女で、思わず俺は見蕩れちまった。
    「不思議な人です。相馬さんは。無知で、無能で、無遠慮なのに、あなたの言葉を聞いていると、何か自分が特別な存在のように思えてくる」

    「まさかとは思うが、それで褒めてるつもりか?」
    「そのつもりです。だから相馬さんも笑ってください」
    ナルミに言われ、俺は会心の笑みを見せてやる。

    「ぷふっ、ふふ、あはははは、変な顔です!」
    「へへ、ほっとけ!」
    そして俺達は笑い合う。


    その後俺達は空母の甲板に出て、夕映えの下で航空機の未来について語り合った。
    イッチの時と同じように、ナルミとの時間は矢のように過ぎていく。
    本土での会議を終えたナルミは第四艦隊の待つトリック諸島に戻る事となった。

    別れ際、爆音を轟かせる航空機を背にして、俺達は再会を誓って握手をした。


    つづく。


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    第四話
    「海軍の三人娘 3」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    「なんや相馬くん、図太い人や思うたら緊張してるん? そないに硬くならんと楽にしとき~」
    海軍省の応接室。姿勢良くソファーに座る俺に向け、隣に座るナイスバディーが間延びした声で言う。

    彼女は近藤信竹(こんどう のぶたけ)。俺はフジノと呼んでいる。階級はイッチやナルミと同じ海軍中将。役職は第二艦隊司令長官。イオの指令で俺が会う事になっていた三人の最後の一人だ。

    「誰のせいだよ・・・・・・」
    心臓バクバク、頬が火照るのを意識しつつ、俺は蚊の鳴くような声で呟く。
    フジノと一緒に過ごすようになって今日で三日目だ。


    本日は彼女と一緒に新聞社の取材を受ける事になっている。だけど、俺は取材のせいで緊張してるわけじゃない。フジノの言う通り、俺の神経は図太い。そうでなけりゃ、謎の異世界に召還されて戦争ごっこなんて馬鹿げた状況に順応出来るはずがないからな。

    俺が硬くなってるのは、全部フジノのせいだった。彼女を一言で表すと、大人のお姉さんって感じ。黒髪ボブで頭には猫耳。背は少し高めで、ほんわかと柔和な顔つきをしてる。イッチやイオと比べると、フジノは随分肉付きが良くて、なんというか女らしい。

    まな板絶壁のナルミなんか比較に出すのもおこがましいくらいの巨乳の持ち主で、極々普通の高校生である俺には、余りにも毒が強い。勿論、普通にしてるだけなら、俺だって巨乳の一つや二つで取り乱したりはしない。

    「ん~、相馬くん、なんか言うた?」
    俺の顔を覗き込むようにして、フジノが尋ねる。その距離は、吐息が当たるくらいに近い。フジノは俺に寄り添うように密着していて、さっきから俺の腕は、軍服越しに胸の柔らかさを伝えている・・・・・・

    「だぁ、顔が近い! くっつくな!」
    俺は叫ぶと、尻をスライドさせて距離を取る。こういうのって嬉しいもんだと思ってたけど、いざ実現すると苦痛でしかない。拷問だ。このままだとおかしくなっちまう!

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    「えぇ~、なんで~?」
    一人分の距離を空けると、残念そうにフジノが言う。
    「なんでもだ! フジノこそ、なんでそんなにくっついてくるんだよ!」

    「そら~相馬くんは神様やから、触うとったらご利益あるかもしれへんやろ~?」
    にゃははは~っと、能天気に笑ってフジノ。
    「ねーよ! てか、俺は神様じゃないって! 最初に説明しただろ?」

    「レバニラワールドがどうこうって話し~? それって~神様の国と違うん?」
    「全然っ、違う! レバニラじゃねぇし! パラレルワールドだよ! 俺はこの世界とよく似た世界から来たんだって!」
    畜生、レバニラワールドが地味に広まってやがる! こんな事ならちゃんと訂正しとけば良かったぜ!

    「せやかて相馬くん、ウチらみたいなケモミミもシッポもあらへんやん? この国の神話やと、神様は相馬くんみたいにケモミミもシッポもないって話やで~?」
    小首を傾げると、フジノは丸い尻をこっちに向けて軽く揺すって見せる。黒猫の尻尾を見せたいつもりなんだろうけど、俺の目はどうしても別の所を見てしまう。

    「そ、そりゃ、なんかの偶然だろ」
    「でも~、現に相馬くんはここにおるやんか~? 別の世界からウチらを救いにやって来たんやろ~? 今まで生きててウチ、こないな不思議な事見た事ないで~。そんな奇跡みたいな事起こせるんは、神様しかありえへんて~」

    「別に俺がやったわけじゃねぇけどな」
    「ほんなら~、相馬くんは神様に選ばれたって事やないの~? ミカド様もそんな感じの事言うとったし~、どっちにしろご利益ありそうやと思うんやけどな~」

    そう言われると返答に困る。理屈っぽいナルミとは別の意味で、フジノは扱いにくい奴だ。直感型と言うか、掴み所がないというか。適当なようでいて、自分の考えをしっかり持ってる奴なんだろう。フジノと話してると、なんだかこっちが間違ってるんじゃないかって気になってくる。

    「そういう事やから相馬くん、下の毛ちょっと貰えへんか~?」
    「・・・・・・はぁ!?」
    「せやから――」

    「聞こえてるよ! そうじゃなくて! 下の毛って・・・・・・お前、俺の事からかって遊んでるんじゃないだろうな!」
    「ちゃうちゃう。相馬くんと会う言うたら、隊の子達にお守りに欲しいって頼まれてん」

    「お守りって・・・・・・マジかよ」
    「普通は男のは使わんのやけど~、相馬くんは神様やし、ご利益ありそうやん?」
    「あるわけねぇだろ! とにかく、嫌だぞ! 絶対に!」

    「えぇやん~、下の毛の百本や千本~」
    「いいわけあるか! てか、多すぎだ! どんだけ頼まれてんだよ!」
    「しゃ~ないやろ~? 戦争が始まったら、真っ先に危ないのは下っ端の子達なんやから」

    フジノの一言に、俺はハッとする。
    「ウチ等は軍人やから~、戦場で死ぬ覚悟は出来てるんやけど~、そやかてやっぱり~、不安な気持ちがないわけやあらへんやんか~? 特に前線で戦う子達は、結構シンドイもんなんよね~」

    死。突然出てきた言葉に、俺は寒気を覚える。家の中でゴキブリを見つけた時みたいに、ギョッとして、身動きが取れなくなる。それは予想外の言葉だった。これから始まるのが戦争なら、それは当たり前の事なのに、俺は今の今までそれを忘れていた。いや、考えないようにしていたんだ。

    「近藤中将、新聞社の方がいらっしゃいました」
    応接室の扉越しに、澄んだ女性の声が響く。
    「はいはい~、入って貰い~」

    そちらに向けて、フジノは気軽に答える。
    「ま~、相馬くんが嫌や言うんやったら、無理には頼まへんよ~」
    「髪の毛で勘弁してくれ」

    フジノの目を見て、俺は言う。
    「髪の毛なら、いくらでもくれてやるよ。千本でも、万本でも、好きなだけ持ってけ」
    俺は神様じゃない。何の力もない、無知で無力な高校生だ。

    だけど、そんな俺に期待して、縋ってる奴がいるんなら・・・・・・無下には出来ない。
    我ながら引くくらいマジになっていると、不意にフジノは笑い出した。
    「にゃははははは、そないな安請け合いしたら、相馬くんの頭ツルピカになってまうで~」

    「う、うるせぇ! 髪の毛がなくなったら、鼻毛と腋毛もつけてやるよ!」
    「にゃははははは、相馬くん、冗談キツイわ~」
    余程面白かったのか、フジノは体をくの字にして笑う。

    「でも、おおきにね~。君みたいな神様やったら、ごっついご利益ありそうや」
    フジノが礼を言うと同時にスーツ姿の犬耳娘が入ってきた。

     

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    「単刀直入にお尋ねします。新本はスターズと戦争を行いますか?」
    俺に対する嵐のような神様インタビューを終えると、帝都新聞の記者、全藤利一(ぜんどう としかず)が言った。

    「いややわ~、全藤さん。そないな事、知ってても言えへんて~」
    丸眼鏡の奥、狼のように鋭い眼光を輝かせる全藤。全てを見透かそうとする全藤に対して、フジノはあくまでマイペースに答える。

    この取材に関して、俺の出番はない。戦争もこの国の事も、俺はあまりに知らない過ぎる。そうでなくとも、迂闊な事を言って軍事機密を漏らすような事があれば、イオ達に顔向け出来ない。ここは大人しく黙っているのが吉ってわけだ。

    「それは、肯定と受け取ってよろしいですか?」
    ・・・・・・胃が痛ぇ。俺は、スターズとの戦争が間近である事を知っている。その事が何かしらの表情として出てこないか・・・・・・無表情を装うのは結構な苦労だ。

    「よろしいも何も、それを決めるのはウチやないからな~。ウチに取材したいんなら、ウチに言える事聞いてくれな、よう答えられへんで~」
    「そのようですね」

    メモを取りながら、ぶっきらぼうに全藤。
    「質問を変えましょう。先日、井上中将が本土に戻られた際、青年将校を集めて航空戦力の運用方に関する勉強会を開いた件について、どう思われますか?」

    思わず、俺の無表情にヒビが入る。それはナルミと分かれる前日の事だ。ナルミはトリック諸島の基地に戻る前に、若い将校を集めて自分の考えた戦術理論や研究内容を伝授していた。あれから一週間も経ってないってのに、耳の早い奴だ。

    「初耳やな~。航空本部から移動させられて腐っとったかと思うてたけど、元気そうでなによりや~」
    「井上中将は今後の戦争は航空戦力が主力になると説いています。それについては?」

    「あの人は昔からそうやったよ~。これからの時代は航空戦力や、大艦巨砲主義なんてカビの生えた古い考えやって。金食い虫の戦艦作るより、航空機をたくさん作った方が安上がりでええ言うとったわ~」

    「では、今後海軍の軍備は航空戦力中心に移行していくという事ですか?」
    「せーへんて。あほくさ、あんなん、井上くんが一人で言うとるだけですわ。あの人はえらい頭の良い人みたいやけど、それとこれとは話が別や」

    「航空主兵論なんて言ってますけど、そりゃ机上の空論ちゃいます? 40年前、この国が大国ルシアに勝って以来、大艦巨砲主義は新本海軍そのもの言うてもいいくらいですわ」

    「新本は島国で四方を海に囲まれとります。攻めて来る敵国に対して、大艦巨砲の戦艦で待ち受けて、バッキバキにいてこます。それが昔ながらの新本海軍のやり方ですわ。手前味噌になりますけど、新本の海軍は世界でもピカイチや。多少装備で負けとっても、それを動かす人間の錬度は、スターズにも負けとらん思っとります」

    「海軍大国、それが新本ちゅう国や。ウチらは船乗りで、船の扱いなら誰にも負けへんですよ。それやのに、船を捨てて飛行機で戦え言われてもそら筋が通らん話や。他所の国を引き合いに出すのは好きまへんけどね、スターズやブリテンだってウチらと同じ考えですよ」

    「確かに、航空機は便利かもしれまへん。偵察やらせたら、アレに勝てる物はありませんわ。せやけど、それだけです。道具にはそれぞれ相応しい使い道ってもんがあります。航空機は脇役、海戦の主役はあくまで戦艦ですわ」

    「これは道具に限った話やありません、人もそうや。軍人は命令に従って戦う。あれこれ難しい事を考えるのは政治家や軍令部の仕事や。そこん所を間違えて好き勝手やったら、国なんて簡単にバラバラになってしまいますわ。井上くんはそこんとこようわかっとらんとちゃいますかね」

    「な、なるほど。確かに、そうかもしれません」
    いつの間にか、フジノと全藤の立場は逆転していた。さっきまで一方的に責めていた全藤。それが今は、フジノの言葉に完全に圧倒されていた。

    「・・・・・・にゃははは、嫌ですわ~。ウチとした事が、つい熱くなってしもうた。ほんま、全藤さんは喋らせ上手であきませんわ~」
    ハッとして、誤魔化すようにフジノ。勿論、何も誤魔化せてないけど。

    とぼけた奴だと思ってたけど、こいつは中々の曲者かもしれない。だけど、気になるのは一つ。大艦巨砲主義について、航空機の扱いについてだ。ナルミはこれからの戦争は航空機だと言う。フジノは、そんなのは机上の空論だと言う。

    俺はその答えを知っている・・・・・・はずだった。俺のいた世界では、空をジェット機が飛びまわり、大砲を備えた戦艦が活躍してる所なんて見た事がない。だけど、それはあくまで、俺の世界の、俺の時代での事だ。

    この世界での、この時代だと、どっちが正解なんだ? 俺はまたしても揺らいでいた。ナルミといた時は、確かにあいつが正しいと思えたのに。フジノの話を聞いていると、こっちが正解のように思えてくる。

    「では、次の質問を。スターズと戦争をする事になったとして、勝算はありますか?」
    「にゃはははははは・・・・・・全藤さん、そりゃ愚問ですわ。負けると思って戦争する軍人がどこにおります?」

    「言葉の上ではそうでしょう。ですが、現実問題、戦争に必勝はあり得ません」
    再び、フジノの目の色が変わる。けれど、今度は全藤も動じない。さながら虎と狼の睨み合いだ。のけ者の俺は、ただひたすらに胃が痛い・・・・・・

    「にゃははははは・・・・・・せやね。全藤さんの言う通りや。戦争に必勝なんてあらへん」あくまでににこやかに、腕を組んでフジノが頷く。だけどその耳は、敵を威嚇する猫のように、力強くピンと立っている。勿論、迎える全藤も同じだ。

    「勝算については、あるとしか言えへんね。ウチは軍人で、指揮官や。与えられた命令を過不足なくこなして、目の前の敵は全部しばき倒したる。そんでも、ウチ一人勝ってどうにかなる話やない。それは分かるやろ?」

    「はい」
    全藤は最短の返事を返す。その目は、これまでとこれからの全てを見逃さんとするように、ただひたすらに鋭い。

    「機密に関わるような事は言えへんし、そもそも作戦を考えるのはウチやのうて軍令部や。それでも言える所だけを言うとくと、勝利の鍵は大トーア連盟を確立出来るかどうかやな」
    「やはりそうですか」

    全藤は納得という風に頷く。その後二人は俺の知らない専門的な用語で話を続け、最後に少し、海軍内の他愛無いゴシップについて会話して、本日の取材は終わりを告げた。
    外から見ていた俺の胸には、唯一つの言葉が疑問となって横たわっていた。



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    夕暮れの東都。フジノの部下が運転する車。俺はフジノと一緒に後部座席で揺られている。窓の外には、いつの間にか見慣れつつある異世界の営みが広がっている。野暮ったい洋服、所々に和服の人々。どこか歪な和洋折衷。

    背景と衣服とケモミミとシッポ。それらの違和感は、結局の所些細な物でしかない。背広のサラリーマンを乗せた満員の路面電車、井戸場端会議に花を咲かせる買い物帰りの主婦、無邪気に遊ぶ子供達・・・・・・

    俺の世界と違う世界。少し違う事を除けば、そこには見覚えのある世界が広がっている。もうすぐ戦争がはじまって、何もかもが壊れちまって・・・・・・その先に、俺の知る世界が待っているとしても、それを許容する気にはまったくなれない。

    何故だか俺は感傷的になっていた。それは寂しげに赤い夕日のせいかもしれないし、一足遅れのホームシックにかかったのかもしれない。あるいは、フジノと全藤の話を聞いて、戦争って奴が毎日一歩一歩近づいていて、それはもう目の前まで来てるって事を思い知らされたからかもしれない。

    重い。ずっしりと重い何かかが、俺の体に圧し掛かっている。何か、なんて誤魔化すのをやめれば、それが期待と責任の重圧である事は明白だった。俺は無力なのに、俺は無能なのに、俺は無関係なのに、俺は、俺は、俺は・・・・・・

    「だぁぁぁぁ!」
    女々しい自分に嫌気がさして、俺は大声を上げて自分の頬を叩いた。
    「ほわぁ!?」「――っ!?」

    それがよくなかった。フジノと運転手が同時に悲鳴を上げ、車は大きく道を外す。
    「ぉ、ぉ、ぉ、ぉぉぉぉおおおおおお!!!!」
    車は右に左に蛇行して、運転手は必死に車の制御を取り戻そうとハンドルを操る。

    反対車線に飛び込んで、車のすぐ横を対向車がすり抜ける。やべぇ、死ぬかも。スローモーションのなった世界、俺は走馬灯を見る事もなく、ただただ絶叫していた。
    程なくして、車はなんの事故も起こす事なく、元の斜線に戻っていく。

    「も、申し訳ありませんでした!」
    「いや、俺が悪い。いきなり大声出して悪かった」
    蒼白になって謝るフジノの部下に俺は告げる。

    「ほんまやで! 危うく死ぬかと思うたわ!」
    仮面のように張り付いた笑みを強張らせて、フジノは俺の顔面にアイアンクローをかます。
    「ごめんなさい、マジで本当、すみませんでした!」

    「まったく、こんな所で犬死にとか洒落にならんで! 言うても、ウチは猫なんやけどね、にゃははははは」
    言いながら、フジノは頭の猫耳を器用に動かす。

    「え、ぁ、おう」
    「ちょっと相馬くん、その態度はないんちゃう! 人が折角慰めてあげとんのに~!」
    「わっはっはっは! 流石はフジノ、面白すぎて涙が出るぜ!」

    「なんや自分、もしかしてウチに喧嘩売っとるん?」
    「すんません、冗談です、調子乗りました!」
    「ウチは西の出やさかい、納豆とつまらん冗談が大嫌いや! よう覚えとき~!」

    俺が返事をすると、運転手がクスクスと笑う。フジノのお陰で、俺の致命的な馬鹿は笑いに洗い流されたらしい。
    「それで相馬くん、どうしたん? なんや気になる事あるんやろ?」

    俺の横に密着して、囁く声でフジノが尋ねる。
    「あ、あぁ。その、ちょっとな」
    「なんや、味噌臭いわ~。ウチと相馬くんの仲やん、遠慮せんと何でも言うたり~」

    「いや、そんな発酵食品みたいな臭いは出してねぇから」
    「30点のツッコミやね」
    「厳しいな」
    「西の出やから」
    面倒くせぇ。

    「茶番は置いといて、あれだよ。さっき全藤と話してた、大トーア連盟って奴。あれ、どういう意味なんだ?」
    「どういう意味や言われても、一言では説明出来ひんな~」

    「大トーア連盟言うんは、簡単に言うとセーヨー列強に立ち向かう為の一つの構想やな。新本が生き残る為に、ご近所さんと手を組みましょうって話や」
    「分かりやすいようで全然わかんねぇぞ」

    「そう言われても、ウチかて小難しい話は苦手やねん。整理するから、ちょい待ち~」
    そう言うと、フジノは目を瞑り、頬の近くでコブシを握ってうんうん唸る。
    「えーっと、つまりや」

    「今世界の覇権を握っとるんは、ブリテン、ランダー、フランクなんかのセーヨー諸国に、メーリカ大陸のスターズや。これらの国に対して、新本のあるトーア地域の国々は経済的、軍事的、技術的にもかなり遅れをとっとる。力のない国は容赦なく植民地にされとって、トーア地域の中でセーヨーと肩を並べられるのは新本ぐらいやねん」

    「お、おう」
    思いがけず地理の話になり、軽い眩暈が俺を襲う。正直苦手な分野だが、ここを乗り越えないとこの先の話についていけなそうだ。

    「新本は唯一、トーアの中でセーヨー列強と並べるだけの力がある。せやけどそれは、針の上に立つような危うさの中でなんとか成立しとるもんなんや。実際、今の新本は列強国の牛耳る世界経済から締め出されて喘いどる。資源に関しても同じ事や」

    「まとめると、この世界は今、支配する側とされる側に分かれとる。新本はその狭間で揺れとるわけやけど、このままやと支配される側に転落や。それは嫌やから、戦おうって話になっとるわけやね」

    「そこまではなんとか分かるけど、そもそも多勢に無勢じゃねぇか? 勝ち目なんかあるのかよ」
    「戦争は野蛮な殺し合いとちゃうで。政治的な要求を通す為の物理的な外交や。せやから、勝ち目うんぬんというよりは、どこを落とし所にするかが大事なんや」

    「遠回りになってしもうたけど、ここで大トーア連盟の登場や。この構想は、茶那、億州、新本の三国に、豊富な資源を持つ東南アセアの諸国を列強国の植民地から開放して身内に加え、列強国の支配する経済域から抜け出した自活可能で独立した経済共同体を作ろうって話や」

    「つまり、力のない国を一まとめにして、列強国に立ち向かおうって事か?」
    「おおざっぱに言うと、そういう感じやね。言うても、陸軍の連中が持ち出してきた話やし、実際の所どうなのかはウチもようわからへんよ。連中の中でも細かい解釈が違うみたいやけど、大枠はそれでおうてると思うで」

    「でも、それが上手くいったら戦争に勝てるって事なんだろ?」
    「ちゃうちゃう。この状況に持っていくのが、一つの勝利なんや。その為に、他の国と戦争する必要があんねん。手段と目的を混同したらあかんよ」

    「なんだか、複雑なんだな」
    「戦争やからね。単純にはいかへんて。別に、これだけが唯一の答えってわけやないし。そもそも、大東亞連盟なんてもんが本当に実現するかも怪しい所や」

    「そうなのか?」
    「そらそうやろ。茶那と新本はもう何年も戦争しとるし、植民地になっとる国を開放するんやって一苦労や。いざ開放出来たとして、その国が都合よく協力してくれるとも限らん。まぁ、そうなったら力づくで言う事きかす事になるんやろうけど」

    「・・・・・・それって、植民地にしてるのと同じなんじゃねぇか?」
    「同じやで? しゃーないやん。こっちかて生きるか死ぬかなんやし。そら、みんなで一緒にがんばりましょ~ってなったら最高やけど、それが出来たら誰も苦労せんて」

    「そりゃ、そうかもしれないけど・・・・・・」
    確かにそれはフジノの言う通りだ。学校一つとってみても、あっちこっちで意味のないいがみ合い、足の引っ張り合いが起きてる。みんなで力を合わせるってのは、言うほど簡単な事じゃない。

    「なんにしろ、ウチ等には関係ない話やで。そういうの考えるのは軍人官僚の仕事や。陸軍やと参謀本部、海軍なら軍令部やね。ウチ等はただ、言われた命令をきっちりこなしとったらええ」

    「それってなんかおかしくないか?」
    「どこが?」
    「どこがって・・・・・・だってそれじゃあ、お前の意思はどこにあるんだよ」

    「にゃははははは、相馬くん、そらちょっと青過ぎるで。軍に入った日から、ウチは身も心も軍人や。全藤さんにも言うたけど、役割は守らなあかん。政治は政治家、作戦は参謀、司令官は黙って指揮や」

    「そりゃ、そうなんだろうけど・・・・・・」
    「それに相馬くん、勘違いせんといてや。命令に従ういうんは、馬鹿になるって事とちゃうで。軍令部の人間は考えるのが仕事や。気に食わん所もあるけど、頭を使わせたらウチなんかよりよっぽど優秀なんや」

    「軍令部が下書きをして、ウチ等がそれを現実にする。軍令部と海軍、参謀本部と陸軍、この関係は二人羽織にそっくりや。手が頭の言う事無視したら、何にもならんやろ? そういうこっちゃ。ウチ等は馬鹿になるんとちゃう。仲間を信じて、心を預けとるんや」

    「・・・・・・悪かったよ。何も知らないのに、知ったような口利いちまった」
    俺は・・・・・・納得したのだろうか? 分からない。分からないけど、フジノの言葉は一つの答えだと思えた。ただの普通の高校生である俺には中々受け入れられない考え方だけど、それでも、それは一つの真実に思える。

    「なにしょぼくれとんねん。そないに不景気な顔しとると、折角のご利益がのうなってまうわ。相馬くんは神様なんやから、どっしり構えとってくれんと、みんな不安になってまうで~」

    「・・・・・・本当だな。救いの神が救われてたんじゃ笑い話にもならねぇ」
    俺は神様じゃない。そう思ってたはずなのに、いつの間にか随分気負っちまってたらしい。その事を、俺を神様だと思ってる奴に教えられるなんて、なんだか皮肉な話だ。

    その後、俺はフジノの馴染みの飲み屋に行き、この世界の人達と一緒にお茶を飲んだ。そこにはケモミミとシッポがあるだけの、俺の世界と何も変わらない人の営みがあって、俺とフジノは青い月に誓いを立てた。

    彼等の笑顔を守る為に戦おう。
    それは何も難しい事のない、単純明白な誓いだ。
    大事な人を守る為に戦う事。それが軍人の本分で、それ以外は全ておまけのような物なんだと、その日俺はフジノに教えられた。

    最後の日を何事もなく迎えた俺は、イオの指定した三人の軍人と過ごした俺は、知らない世界の事を少しだけ知った俺は・・・・・・
    次の選択をする為に、イオの所に向かう。

    そこで俺は選ばないといけない。
    迫り来る戦争の足音に対しての答えを。
    やがて来る戦争を、誰と共に駆け抜けるのかを。


    つづく。


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    第五話
    「皇王陛下の参謀」

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


    11月21日。冷えた秋雨のパラつく中、イオと合流した俺は今後の事をミチと話し合う為、皇宮の敷地内にある温室にやって来ていた。肌寒い外とは違い、ガラス張りの温室の中はほのかに暖かい。

    色とりどりのお花畑を想像していた俺だったが、温室内は青々とした草木が思い思いに枝葉を伸ばしていて、むせ返るような青臭さと土の香りは野放しのジャングルを思わせた。視界の端では見覚えのない綺麗な蝶が舞い、あちこちから虫の囁きが聞こえてくる。

    なんで皇宮内にこんなもんがあるんだとイオに聞いてみると、ミチの趣味らしい。皇王様の道楽にしちゃストイック過ぎるなと茶化すと、怖い顔で鼻を抓まれた。イオの話を聞いてみると納得だ。道楽なんてとんでもない。かわいい顔して、ミチは結構な学者様だった。

    仕事の合間を見つけては山や海に行って昆虫採取や魚の標本を採ってるんだとか。他にもヒドラとか言う生き物を研究してて、未発見の種類を結構見つけてるらしい。温室の近くにはミチが使う生物学研究所まであるんだとか。なんだかミチを遠くに感じるぜ・・・・・・

    「てか、ヒドラってあれだよな? 首を切ると倍になって再生するって奴。伝説の怪物だと思ってたぜ」
    「・・・・・・お前は何を言っとるんだ?」

    イオは言葉通りの顔をして言った。付け加えるなら、底なしのアホを見るような哀れみが大匙一杯含まれている。

    「何と勘違いしとるのか知らんが、そんなわけのわからん怪物じゃない。ワシも詳しくは知らんが、ヒドロというのはクラゲの親戚だそうだ。他にも、粘菌の研究をしておられる」
    「年金って、あの年金か?」

    右手で銭マークを作ると、イオの哀れみが倍に膨らんだ。
    「違う。粘々する菌と書いて粘菌だ」
    「あぁ、スライムの方か」

    「スライム?」眉根を寄せてイオ。
    「忘れてくれ。どうでもいい上に説明しても伝わらないと思うわ」
    こういうの、ジェネレーションギャップって言うんだろうな。

    「けど、なんでそんな物研究してんだ? 趣味は人それぞれって言うけどよ、流石にちっと地味過ぎないか?」
    「同じ事をミカド様の前で言ったら殴るぞ」

    「なんでだよ」剣呑な物言いに脊髄反射で言い返す。憂いの滲んだイオの顔を見て、俺のチンケな腹立ちは消えうせた。多分、心無い発言って奴をしちまったらしい。

    「相馬。お前には分からんだろうが、ミカド様にはミカド様の苦労があるのだ。あの方はこの国を背負ってらっしゃる。国そのものと言ってもいい。ミカド様が右と言えば右、左と言えば左となる。そういった存在なのだ。我々にとってのミカド様は」

    「神の末裔たるミカド様は力を持っておられる。神の権威だ。それを誰よりも分かっておられるから、ミカド様はこの皇宮に潜んでおられる。それがどういう意味か、お前に分かるか」

    イオが俺に問いかける。イオは俺を試している。イオは俺を値踏みしている。
    「力を使わない為?」
    当たらずも遠からず。イオはそんな顔をする。

    「少し違うな。ミカド様は権威であり、権威とはミカド様だ。ミカド様の一挙手一投足が力となる。ミカド様のほんの些細なお言葉が、どうしようもなく力を持ってしまう。何かが間違っていると言えばそれは間違いになってしまうのだ。そんなつもりはなくともな」

    「だから、ミカド様は力を封じている。神の権威を持ちながら、それを乱用せず、それどころか、ほんの一欠片でも洩れ出るがないように、細心の注意を払っておいでだ。ミカド様はワシらを愛してらっしゃるから、事の全てを我々に委ねておられる。そのお言葉が、振る舞いが力を持たぬよう。そして、邪悪な輩に利用されぬよう、あらゆる意図から遠い所に潜んでおられるのだ」

    わかるような気がする。なんてのは大嘘だ。きっと俺には、ミチの苦労は爪の欠片程も分からないんだろう。それでも、俺には思い当たる事がある。生徒会長をしていると、似たような事に出くわす。ささやかな俺の言葉が独り歩きして、勝手に影響力を持っちまう。それを利用して得をする奴もいれば、その力を受けて損をする奴もいる。或いは、その力自体が色んな物を台無しにしちまう事だってある。

    「・・・・・・俺には関係ねぇな」
    「相馬、貴様っ!」
    イオが俺の胸倉を掴む。けど、俺は引かない。

    「俺はこの世界の人間じゃない。だから、俺にはミチの力は効かない」
    力強いイオの瞳。本当に強い、鋼のような意志を見返す。
    「だって、寂しいじゃねぇか。神の末裔だかなんだか知らねぇけど、そんな風に祭り上げて、こんな所に閉じ込められて。そういうのって、きっとすげぇ疲れるんだ。疲れるし、孤独だぜ。だったら、一人くらい遠慮のねぇ相手が居てもいいじゃねぇか」

    「それは・・・・・・」そうだな、とはイオは言わない。言えないんだ。何処の馬の骨とも知らない俺をミチと同列に考える事が出来ない。けど、それは悪い事じゃないと思う。良いとか悪いとか、そんな話じゃない。ただ俺は、すげぇって思う。

    ミチを想うイオを。イオを含めたみんなを想うミチを。俺が俺がって、そんな風に好き勝手やってきた俺には出来ない芸当だ。
    「お前の許可はいらねぇよ。俺は、神の使いだからな」

    俺はニヤリと笑う。俺は力を使う。恥かしげもなく、神の権威って奴を利用する。
    「あれだけ神ではないと言っておいて。都合の良い奴だ」
    呆れたような溜息を一つ、イオが手を放す。

    「それにしても、ミチの奴どこにいやがんだ?」
    「ここにおるのじゃ」
    「うぉ!?」「っ!」

    すぐ横の木陰から声がして、俺とイオは飛び上がる。
    「ふぁっ!? ――ひぐぅっ!」
    真っ赤な花を咲かせる植物と完全に同化していたミチは、俺達の悲鳴に驚いて、頭上に伸びる太い枝に頭をぶつけた。

    「み、ミカド様!?」
    「う、あうあう、い、痛いのじゃ・・・・・・」
    涙目になってしゃがみ込むミチの傍らに、血相を変えたイオが駆け寄る。

    「なにやってんだよ・・・・・・てか、ずっとそこに居たのか?」
    「う、うむ・・・・・・」
    恥かしそうに頷くミチ。

    「花子に水をやっておったらおぬし等が歩いて来たから、脅かしてやろうと思って隠れておったのじゃが・・・・・・」
    「俺とイオが言い合いをはじめたから出るに出れなくなったと。ったく、なにやってんだよ」

    「う、うるしゃいのじゃ! こんな所で立ち話を始めるおぬしが悪いのじゃ!」
    顔を真っ赤にして、ミチが俺を指差す。俺を指差して、悪いのだと言う。その姿はどこからどう見ても、照れ隠しに怒るお子様そのものだ。だけど、こんな風にはっきり誰かを非難する事が、こいつの人生でどれだけあったのだろう。

    「いいや、驚かせるミチが悪い」
    俺の話を聞いていた、だからこそ俺を非難したミチの、その思いに俺は答える。
    「アホゥ! 貴様が悪いに決まってるだろ!」
    そしてしっかりイオに殴られる俺なのであった。



          icon_ntail.jpg

    「好き勝手言っておったが、勘違いしては困るぞ、相馬。ヒドロ虫も粘菌も、妾が好きで研究しておるのじゃ。そもそもヒドロ虫とは刺胞動物門ヒドロ虫網の動物を指す総称なのじゃ。さっきおぬしは地味な研究と言って追ったが、とんでもないのじゃ!」

    「刺胞動物門の動物、ヒドロゾアとは大まかに固着性のポリプと浮遊性のクラゲに分けられるのじゃが、そのあり方は種類によって千差万別、まったくもって個性豊かな連中なのじゃ。確かにこれは華のある分野ではないし、研究者が少ないのも事実じゃが、だからこそ挑戦のし甲斐があると妾は思っておるのじゃ」

    「おぬし達は知らぬと思うが、ヒドロゾアというのは凄い生き物なのじゃ。小さなポリプ一つ一つが命を持ち、郡となってまったく違う姿を見せる。その器官、生態はこの世のどんな生物よりも独創的で見ていて飽きるという事はないのじゃ」

    「知っておるか相馬? ヒドロゾアの中にはポリプからクラゲに成長した後、再びポリプに退行する事で不老不死を獲得した種類もあるのじゃ。こんな風に生活環を逆行させる事が出来る生物は動物界では極めて稀なのじゃぞ!」

    あの後すぐ、俺達は温室内にミチが用意した談話スペースに移動した。談話スペースには質素だが気品溢れる白い丸テーブルと椅子が用意してあり、さながら密林の茶会って感じだ。そして、早速本題に入ろうと思った矢先、学者根性を刺激されたミチの熱烈講義が始まったというわけだ。

    「分かった。知りもしないで適当な事を言った俺が悪かった。だから、この辺で勘弁してくれ。専門用語の雨嵐で脳みそがパンクしそうだぜ」
    「なんじゃ相馬、これからが面白い所なのだぞ」

    「ミチには悪いが、その話は何処までいっても興味を持てる気がしねぇ――おごっ!」
    テーブルの下でイオが俺の足を蹴りつける。
    「そんな事はありません。ミカド様のお話は大変興味深いものであります」

    俺の事を虎のような目で睨みつけると、大真面目な顔でイオが言う。
    「嘘つけよ。お前さっき、思いっきりアクビ噛み殺してたじゃねぇか」
    「ば、ばか者! そ、そんなわけないだろうが! 申し訳ありませんミカド様! すぐにこの無礼者を黙らせますので!」

    いつもの豪胆さはどこへやら。イオは俺の首を絞めながらミチに弁解する。ってか、マジで絞まってるんですけど!
    「よいのじゃ山本。相馬のそういう所を妾は買っておる。こんな風に正直に言ってくれる人間は他にはおらぬからな」

    クスクスと、ミチは皇王様とは思えない幼い笑みを浮かべる。
    「山本よ。おぬしもこの場は無礼講でよいのじゃ。ここならば誰が見ているという事もないのじゃ。本日この場は、連合艦隊司令長官と皇王ではなく、同じ新本人として腹を割って話さぬか?」

    「・・・・・・申し訳ありません。ミカド様のお言葉とはいえ、自分にはそのような事はとても・・・・・・」
    ミチの提案に、イオはかえって態度を硬化させた。頬の緩みは消え去って、姿勢とシッポをピンと伸ばして膝の上でコブシを握る。その顔には、何がしかの苦悩が滲んでいた。

    「・・・・・・うむ。無理を言ったのじゃ。忘れておくれ」
    「申し訳ありません・・・・・・」
    イオの謝罪が重苦しい沈黙を運んでくる。

    なるほど。これもある種の、ミカド様の苦労って奴なんだろう。そんな風に俺は他人事みたいに思っていた。だって他人事だから。俺までこの空気に飲まれちまったら、これからの話し合いはお通夜みたいになっちまう。

    「そういうのはいいから、そろそろ本題に入ろうぜ。今日俺がここに呼ばれたのは、俺の今後を決める話し合いをする為なんだろ?」
    単刀直入に俺、頷く二人。そもそも、俺には言いたい事、聞きたい事が沢山あるんだ。

    「まず、一つ確認させてくれ。ミチにイオ。お前らは、俺を使って何をしたいんだ?」
    単刀直入の二発目を放つ。俺は馬鹿だがマヌケじゃない。この世界に来てから今日まで、何もかもが慌しくて流されるままに動いてきたが、よくよく考えりゃおかしな話だ。

    「何が、とはどういう意味じゃ?」
    関心するような、弄ぶような、期待するような。ミチの顔にはそんな悪戯っぽさが宿っていた。

    「誤魔化すなよ。俺は尻尾と耳がない以外、まるっきり普通の人間だ。そりゃ、お前らの知らない事を知ってるし、俺の世界はお前らの世界と良く似た未来世界かもしれない。もしかすると、俺はお前らの戦争をどうにかする事が出来るかもしれない。けど、それにしたって特別扱いが過ぎるだろ」

    異世界人である俺の知識を使いたいなら、他にもっと上手い使い方があるはずだ。それに、俺の言っている事を100%信じてくれているんだとしても、やっぱり腑に落ちない。この世界は過去の日本に良く似ているけど、だからといって俺みたいなただの高校生が負けるはずの戦争をひっくり返しちまえる程有益な情報を持っているはずはない。こいつらの期待が過度なんだとしても、今の俺の扱いは異常に思えてならない。

    「・・・・・・ミカド様」
    イオとミチが視線を交え、空間を言葉ではない会話が飛び交った。
    「うむ。どちらにせよ、今日はその事も話すつもりだったのじゃ。まさか、相馬の方から言われるとは思わなかったがのう」

    そういうミチは、不思議とどこか嬉しそうだった。まるで、ささやかな賭け事に勝ったような・・・・・・
    「答えは二つある」ミチが両手の人差し指を立てる。

    「一つは前にも言った通りじゃ。妾は相馬、おぬしに期待しておる。この世界と良く似た世界を元にする、未来の世界から来たというお前なら、お前だから気づく何かがあるかもしれぬのじゃ」

    そこでミチは言葉を区切った。そして息をする。それはなんだか、空気が水あめになっちまったんじゃないかってくらいに苦しげだった。何かを迷っている。俺はそう感じた。
    そして息を吐く。今度は強く、何かを決断するように。

    「もう一つは・・・・・・相馬。お前に自由な軍人になって欲しいのじゃ」
    「自由な、軍人?」
    オウム返しで聞き返す。俺には言葉の意味がよくわからなかった。

    「どういう事だかさっぱりわからん。つーか、俺は今でも十分自由にやってると思うぞ」
    「たわけ。そうなるように、ワシとミカド様が取り計らってるおるんだ」
    イオが言う。俺を見つめる目は何かを迷っている。何を? 俺にはわからない。

    「はぐらかすのは止めにして、分かりやすく頼むぜ」
    「迷っておるのじゃ、妾も。お前にこんな事を頼んでいいのか、こんな事を託していいのか・・・・・・何よりも、皇王たる妾がこんな事をして良いものか・・・・・・」

    歯切れの悪さに、俺の我慢は早くも限界に達する。
    「何を迷ってるんだか知らないが、もう決めたんだろ? だから俺をここに呼んで、その話を切り出したんだ。今更待ったはなしだろうが」
    「それは・・・・・・そうなのじゃが・・・・・・」

    煮え切らないミチ。なるほど、なんとなく、こいつが俺にやらせたい事ってのが見えてきた気がする。だが、その前にだ。
    「なぁミチ。俺はお前らに命を握られてるんだ。お前がやれって言ったら、俺はやるしかないんだぜ?」

    「・・・・・・分かっておる。こんなやり方は、卑怯で卑劣じゃ。じゃが、勘違いせんでくれ。お前が嫌だと言うのなら、妾も無理強いはせんのじゃ」
    「無理強いしろよ! お前には、その権利があるだろ!」

    声を荒げる俺の肩をイオが掴む。痛い程に強く掴む。
    「相馬。あまり、調子に乗るなよ」
    「うるせぇ。俺は今、真面目な話をしてるんだ。お前はすっこんでろよ」

    イオが目を丸くする。今の威嚇で俺が黙ると思ってたんだろう。お生憎様だ。俺は筋は通す男だ。これがおふざけならいつでも引いてやる。でも、そうじゃない。
    俺はミチを見据えた。

    「俺は、この世界の人間じゃない。だから、何も遠慮する事はないだろうが。お前は皇王の権威で俺に命じるんじゃない。一人のお前として、俺に命じればいいんだ。おいタダ飯食らい。食った分は働いて返せ、ってな」

    ミチが俺を見る。驚いた顔で。そして、不可解そうな顔で。
    「お前は、妾が何を頼もうとしているのか分かって言っておるのか?」
    「さぁな。見当はあるが、外れたら恥かしいぜ。けど、なんにしたって、俺は約束したぞ。受けた恩はキッチリ返すって。男、天明相馬に二言はねぇ。お前の頼みなら、大体は聞くさ」

    「・・・・・・くふ、はは、ははははは、馬鹿者じゃ! おぬしはどうかしておる!」
    腹を抱えてミチが笑う。その方がいい。難しい顔して悩んでるより、そうしてる方がずっといい。

    「一応聞いておくのじゃ。おぬしの見当とやらを」
    「ミチの私兵になれって言うんだろ?」
    「ブー。不正解じゃ!」

    ミチが満面の笑みでバッテンを作る。マジかよ。超恥かしいんですけど!
    「だが、良い線をいっておる。三角くらいはくれてやるのじゃ」
    「そりゃどうも・・・・・・で、正解はなんなんだよ」

    「だから、自由な軍人だと言っておるのじゃ」
    パチリと、ミチがウィンクを飛ばす。なんだか俺は化かされてる気分だ。
    「この国は、お前の知らぬ問題を山ほど抱えておる。それを解決するのに、お前の力を借りたいのだ」

    言ったのはイオだった。ミチと同じく、さっきまで悩ましげな顔をしていたイオ。どうやら今は吹っ切れたらしい。不安そうだが、それでも明確な決意の色が見て取れる。
    「俺に出来る事ならなんでもやるけどよ、そもそもお前ら、俺の事を買い被り過ぎてないか?」

    「お前こそ、自分の立場を安く考えすぎだ。仮にもお前は神の使いという事になっておる。それは即ち、この国で唯一、皇王様と同列に並べる存在だという事だ。形式上、お前と対等にやり取り出来るのは皇王様だけだ。政治屋も軍部も、お前には指一本手出しできん」

    「はぁ、そりゃ知らなかった。けど、それがどうだってんだ?」
    「自由だという事じゃ。誰よりも、妾よりもずっと自由だという事じゃ」
    ミチの言葉に皮肉や卑屈は含まれて居ない。ただ、純然たる事実を確認するような調子だ。

    「この国は今、幾つもの思惑によって捩れておるのじゃ。それは迫り来る戦争の不安のせいというのもあるし、この国の仕組みのせいだとも言える。民草の心は乱れ、政治家は政治を放棄し、陸軍と海軍は仲違いをし、同じ陸軍同士、海軍同士でも現場と指揮で考えている事はてんでバラバラじゃ。こんな有様では、大国スターズと戦争になったとして、勝てるわけもない。それ以前に、醜い内輪揉めで自滅するのがオチなのじゃ」

    ミチの言葉の本当の意味を理解するには、俺はあまりにもこの世界の事を知らな過ぎた。それでも、ミチと、イオと、イッチと、ナルミと、フジノと触れ合って、思った事はある。それらはあまりに多くの出来事で、正直ほとんど整理がついていない。だけど、おかしいと思った事は沢山あるんだ。

    「立場上、ワシは直接的に軍を動かす事は出来ん。司令長官であるワシは、与えられた任務をこなす事しか出来んのだ」
    「皇王である妾も同じじゃ。思う事はあるが、妾が何かを口にすれば、それは容易に利用されてしまう。歪みを正すつもりやった事が、より大きな歪みを生む事になってしまうのじゃ。何より、妾が直接手出しをしてしまえば、それは独裁になってしまう。そんな事は出来ぬし、したくもないのじゃ」

    「そこで、俺の出番ってわけか」
    二人が同時に頷く。思っていたよりもずっと、ずっとずっと、俺に課せられた役割は大きいらしい。

    「以前話した事じゃが、神の使いである相馬は形式上、皇王である妾の直属という事になっておる。じゃが、妾は軍事に直接参加する事は出来ぬ。だから、おぬしは形だけは軍令部の所属という事になっておる。だが、実際は山本の部下という事になっておるのじゃ」

    「あー、なんだかメチャクチャややこしいな」
    「簡単に言えば、ワシはミカド様の直属の部下をお借りしている、という事だ。基本的にお前の人事はワシの自由だが、これは仮の物で、ミカド様の御意志が常に優先される」

    「じゃが、何度も言っておるが、妾は命令を下せぬし、下す気もない。しかしじゃ、神の使いである相馬の意志を尊重するよう取り計らう事は出来る。そうする事で相馬には自由に軍部を行き来して、内情を知ってもらう。その中で、改善すべき歪みを見つけたら、妾や山本に報告して欲しい。神の使いの助言とあれば、妾も無下には出来ん。各部署の責任者にそれを伝えるよう取り計らねばならんと、そういうわけじゃ」

    「つまり・・・・・・俺を緩衝材にして軍部に干渉しようって事か!」
    「違う、とは言えぬな。妾がやろうとしている事は、皇王の権威の乱用でしかないのかもしれん。じゃが、これは妾の都合で行われてはならぬのじゃ。だから、おぬしに頼む。おぬしだから頼むのじゃ」

    「俺が、神の使いだから?」
    「違うのじゃ。お前は馬鹿で、この世界の事をまるで分かっておらん。その上馬鹿で、格好つけで、無遠慮で、馬鹿で――」
    「ちょっと待て! 馬鹿が多すぎるぞ!」

    「そして、筋の通った男だからじゃ」
    俺の悲鳴を無視して、ミチが告げる。

    「この世界の常識に囚われぬお前だからこそ、何に偏る事のない公平な判断が出来る。ミカド様はそう思っておられるのだ」
    「褒められてるのか貶されてるのか分からねぇっての」

    ガリガリと頭を掻く。照れくさいというよりは、重苦しくて。なんだか俺は随分高く買われちまったらしい。
    「それで結局、俺は何をどうしたらいいんだよ」

    「好きにするのじゃ。思うがまま、自由にするのじゃ。そして困った事があれば妾や山本を頼れ。それ以上の事は今は言えぬのじゃ」
    「今まで通りと大差はねぇな。ま、わかりやすくていいぜ」

    「全然違うわ。ミカド様は、そのお力をお前に託されると仰っておられるんだ。今までとこれからとでは、お前の持つ力は桁違いだ。絶対とは言えぬが、この国において、そして軍部においても、お前の発言は相当の力を持つ事になる」
    「あー。なんか胃の底がチクチクしてきたぜ・・・・・・」

    俺はてっきり、敵はスターズなんだと思っていた。だけど、現実は違う。確かにそれもあるんだろうが、何よりも俺に求められている事は、変革だった。内輪の、相手ではなく、この国の変革だ。そんな大それた事が俺に出来るのか?

    「ふふ、珍しく真剣な顔をしておる。少しは事の重大さが分かったようだな」
    「うるせぇ! 俺はいつでも大真面目だっての!」
    出来るか? そんな弱気に負ける俺じゃない。というか、出来る出来ないで言えば、俺は出来るんだ。その力今、ミチに貰ったんだから。だから問題は、俺がやるかやらないか。それだけだ。答えは最初から決まっている。

    「やるさ。ドンと来いだ。お前らに勝って貰わないと、俺も元の世界に戻る所の話じゃなくなっちまうからな」
    元の世界に戻る。わざわざ言うまでもなく、俺の目的はそれだ。戻れるか? そんなのは分からない。はっきり言って、現状はなんの手がかりもない。だから、こいつ等に加担する。目の前の面倒事を綺麗さっぱり片付けて、ゆっくりと戻る方法を探すんだ。

    「そうじゃな。戦争が終わったあかつきには、新本は全力上げてそれを支援するのじゃ」
    「当然だろ。こっちは最初から命がけなんだからな」
    別に、今更それを確認する気はなかった。ミチが俺を信用するように、俺もミチを信頼している。

    「そんじゃあ、そろそろ本題に入ろうぜ。とりあえず、俺はどうすればいい? あの三人の誰かと一緒に戦えばいいんだろ?」
    「戦う事が仕事というわけではないが、とりあえずはそうだな。ナグモ、ナルミ、フジノのいずれかの所に向かってもらう」

    「彼女達と過ごした数日で大体の事は分かっているだろが、一応確認しておく。ナグモの所に向かうのならば、第一航空艦隊と共にブラスハーバー攻撃作戦に参加してもらう事になる。この作戦の成功如何によって今後の方針が決まる。最重要作戦だという事だ」

    「南方作戦を実行するに当たって、また、本土防衛を考慮しても、ハウイ、オーフ島のブラスハーバー基地とそこに駐留する東洋艦隊は大きな障害となる。開戦直後にここを破壊出来れば、スターズとの圧倒的な戦力差をかなり縮める事が出来る。上手くいけば、この作戦をもってスターズに停戦を呼びかけられるかもしれん」

    「停戦って、そもそも戦争はまだ始まってないだろ?」
    「まだ理解していないようだから言っておくが、戦争を行う上で大切なのは、どう勝つかではなく、どう終らせるかだ。新本の力を認めさせ、最小限の被害で停戦に持ち込めれば、これ以上の勝利はない。戦争が長引けば、それだけ命が失われる。それだけは肝に銘じておけ」

    「お、おう」
    さっきまでの無根拠な自信はどこへやら。やっぱり、こと戦争についてはイオの方が百枚も千枚も上手だ。根本的な考え方からして、俺はなっちゃいない。

    「ナルミの所に行くのであれば、トリック諸島を拠点とする第四艦隊に加わり、内南洋拠点の防衛と、敵周辺拠点の攻略を行ってもらう。少ない戦力で広大な海域を担当する第四艦隊は、ナグモの率いる第一艦隊に負けぬ困難が予想されるだろう。また、第四艦隊は第一艦隊のブラスハーバー攻撃作戦後間もなく、スターズ基地拠点のあるウィーク島攻略作戦を行う予定だ」

    「ウィーク島は新本とスターズの間に位置し、その立地条件から、開戦後は大変な脅威になる事が予想される。本土空襲を防ぐ意味でも、ウィーク島攻略は必須の任務と言える」

    「フジノのところに行くのであれば、マーレ、ピルビン攻略を担当する第二艦隊に加わってもらう。第二艦隊は南方攻略を担う部隊として、陸軍と連携する事が多いだろう。第一、第四艦隊のような大規模作戦は予定されていないが、陸軍の上陸支援などで多くの作戦行動を強いられる事が予測される。陸軍と海軍の不仲を考慮せずとも、前述した二つに負けぬ困難が待っているだろうな」

    一通り説明を終えると、イオは一呼吸を置いて俺に尋ねた。
    「さぁ、どれを選ぶ?」
    「やっぱ、俺が選ばないとダメか?」

    「当たり前だ。その為にこの数日間、お前をナグモ達の所に派遣したんだろうが」
    「じゃな。彼女達と一緒に生活してみて、おぬしなりに思った事、気づいた事があるはずじゃ。妾はそれを尊重するのじゃ」

    「んな事言われてもよ・・・・・・」
    今日この日、俺は三人の内の誰かを選ぶ事になる。それは前もって分かっていたのに、俺は未だに決めあぐねていた。サボってたわけじゃない。これだけは神に誓ってもいい。俺はずっと考えて、考えて考えて、それでも結論を出せずにいたんだ。

    イッチ、ナルミ、フジノ。三人の内、俺は誰を選べばいいんだ?

    改めて考えてみるまでもなく、それは相当な難問だった。三人との生活の中で、俺はそれぞれの、様々な問題を目撃している。

    腕利きの水雷屋でありながら、軍令部の思惑によって航空艦隊を任される事となったイッチ。気丈に振舞うお転婆娘の瞳に、俺は強い不安と重圧の影を見た。イオのぶち上げたブラスハーバー攻撃作戦に対する疑念、そして、上官であるイオに対する不審。この二つをそのままにすれば、何か重大な間違いが起きてしまうような気がする。

    ナルミもまた、助けを必要とする悩める軍人の一人だ。優れた頭脳を持ちながら、先進的過ぎる発想を認められず、不得意とする現場に回された孤高の指揮官。俺と過ごした数日で、ナルミは一度諦めた航空戦力主体の新軍備計画論実現の情熱を取り戻した

    だけど、それはナルミ一人で実現するにはあまりにも大仕事だ。繊細な感性を持つあいつには、誰か一人でいい、心からの理解者が必要なんだと俺は思う。きっとあいつの理論は、この国の未来を左右する重大な物になるはずだから。

    フジノは強い。イッチやナルミ、イオやミチ、当然俺なんか、足元にも及ばないほど、確固たる自分って奴を持っている。あいつは根っからの軍人で、大勢の為に死ぬ覚悟をしている人間なんだ。

    だからこそ、俺はフジノが怖い。あいつは当然のように戦い、当然のように死んでしまうじゃないかって、そう思えてならないからだ。それは確かに正しいのかもしれない。軍人としての、完璧過ぎる程の正しさなのかもしれない。

    だけど、それは俺の正しさじゃない。誰もがフジノのように正しかったら、その先にあるのは荒涼とした死の残骸と、一握りの勝利なんじゃないかと、俺は思う。誰の助けも必要とせず、必要に応じて自身の命すら差し出すだろうフジノ。その完璧さは、完璧過ぎるからこそ、何か大きな歪みを孕んでいるように、俺には思えてならない。

    俺は悩んだ。俺にとっては、三人が三人、何か大きな問題を抱えていて、そして、大きな希望を担っているように思える。誰を選んでも、そこにはきっと、この戦争を左右する重要な何かが待ち受けているはずなんだ。

    どうすればいい、誰を選べばいい? それは残酷な選択だった。学校のテストのように、どれか一つが正解だなんて単純な話じゃない。三つが三つとも正解で、一つを選んだ瞬間、他の正解は間違いになってしまうかもしれない。そんな情け容赦のない選択だった。


    つづく。


    【にほんてぃる ROOT MAP】
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    【にほんてぃる WORLD MAP
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    ――――――――――――――――――――――――――――――――――
    七星十々 著
    イラスト ゆく

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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