銀座1丁目の一等地に開店前から長蛇の列をつくる店がある。列をなす客は一様に鞄をがっちりと抱える。
行列の先にあるのは金(ゴールド)の売買を行う田中貴金属グループの「GINZA TANAKA」。小売価格で31年ぶりの高値4982円(税込)を付けた2011年8月、金を売りに来た客は、灼熱の中、5時間待ちの列をつくった。鞄には、地金(延べ棒)のほか、コインや小判、ジュエリー、そして仏像など、あらゆる金製品が入っており、同社はレートに応じて買い取ってくれる。金価格は2012年3月5日現在、4754円と、今年になっても高水準を維持し、金投資への熱はしばらく収まりそうにない。
貴金属店で飛ぶように売れる純金仏具
そんな同社ビルの一角に、一見ミスマッチとも思えるショーケースがある。売られているのは、黄金色に輝く仏像や、蝋燭立て、線香差しなどの仏具の数々。むろん、メッキ品や真鍮製ではない。すべて金で作られている。価格は、高さ10cmほどの純金の仏像が528万円、手のひらに納まるくらいの18金の仏鈴が345万6000円(いずれも参考価格)。数千万円単位の仏像や、上限金額がない特注品なども製造してくれる。
「全種類の仏像を買うケースや、仏壇に飾る仏具一式を純金製で揃えるお客様もいる」と田中貴金属の担当者は話す。金の延べ棒を売ったその足で、仏具売り場へと向かう資産家も少なくない。同社の「仏像・仏鈴(おりん)・仏具」の昨年の売上げは、2005年比で約170%となった。
しかし、仏具の割高感は否めない。仏鈴や仏像には工芸品としての価値が付加されるからだ。そのため、市場価格は同じ重さの地金の1.5倍〜数倍に値段が跳ね上がる。それでもあえて購入する顧客は、敬虔な仏教徒か、よほどの好事家なのか。
担当者に客の購買目的を聞くと、「当社のほうからお客様に個別の事情をお聞きすることはない」としたうえで、「『節税対策なんで…』と本音を漏らすお客様もいる」と明かした。
資産を仏具にかえて節税
節税対策で、金の仏具が有効とは一体、どういうことだろう。
相続税問題に詳しい東京弁護士法律事務所の長谷川裕雅弁護士兼税理士は、「仏具には相続税がかからない。たとえどんなに立派で、価値があるものであっても、非課税」と説明する。
国税庁ホームページによれば、「相続税がかからない財産」として、「墓地や墓石、仏壇、仏具、神を祭る道具など日常礼拝をしている物」とある。長谷川弁護士の元にも、かつてこの手の相談が持ち込まれたことがある。「積極的に話すことはないが、『どのみち仏具を買うのであれば生前に、しかもローンではなく現金一括で』とアドバイスすることはある」。
相続税増税の動きが需要を押し上げる
相続税対策と金仏具の需要増が関連していることは数字からも読める。「GINZA TANAKA」の2011年の金仏具の売上げは前年比134%増。2005年以降はゆるやかに上昇してきたが、たった1年で急増している。相続増税を盛り込んだ2011年度の税制改正が、需要の起爆剤になったことが読み取れる。
改正案は、課税財産が2億円超3億円以下の場合、相続税率が40%から45%に、6億円超で50%から55%に引き上げられることが提案されており、基礎控除額も40%削減されるという厳しい内容が盛り込まれた。結果的には、こうした改正案は先送りになったが、近く相続税が上がると見た富裕層が、敏感に反応して、金の仏具購入へと走ったのではないか。資産の保全上、金塊を金仏具に変えることは効果的ではあるだろう。
税務当局、仏壇の調査へ
税務署も手をこまねいているわけではない。長谷川弁護士によると、相続税が発生する場合の税務署の調査は、亡くなった人の資産の流れを3〜5年ほど遡るという。その際、銀行口座から高額な引き出しがあれば、何に使ったのかを厳しくチェックされる。当然、仏壇の隅々まで細かく調べることもある。
そして「何千万円単位で仏像や仏鈴をいくつも所有していた場合は、すべてを非課税とは認めないケースも出るだろう。一般家庭で仏像が複数あると不自然であると認定された場合、過度な仏具は動産とみなされ、相続税が課せられることもある」と長谷川弁護士。つまり、資産を金の仏具に変えることに問題はないが、度を越えた課税逃れは、当然ながら許されないわけだ。
ご先祖様のためか、資産保全か――。購入の本当の理由を知ることは難しい。だが、GINZA TANAKAには、仏像や仏鈴を持参する者がいるという。「金である以上は取り引きの対象になる。当然、市場レートによって価格は変動するが」と担当者は話す。長谷川弁護士は「申告で税金がかからないという判断がなされた以上は、正当に相続税を申告したことになり、その後、売り抜けたとしても刑事罰には問われない」と語る。
しかし今後、この手の節税が横行すれば、「課税強化」に向けた法整備を求める声が上がるかもしれない。だが、一方で信仰の厚い人の「信教の自由」を制限することにつながる。金の仏像を巡る密かなブームは、その動向によっては社会問題に発展しかねない危険を孕んでいる。