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1.『面倒くさがり屋』
 ある夜、部屋に一人でいると電話がかかってきた。
 番号を確認してみたが表示されていない。非通知だった。
 非通知……。嫌な予感がした。
 非通知で俺に電話をかけてくるやつに一人だけ、心当たりがあった。
 電話に出ると、可愛らしい女性の声がした。
 やっぱりそうだ。メリーさんだ。

「もしもし、私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
「いきなりかよ! 手順踏まないのかよ!」
「手順? 何のこと?」
「いや、何というかこう……。だんだん近づいてくるっていうか」
「ああ、あれ? 少しずつ距離を詰めていくっていうあれ? いや、ちょっとやめてみようかなあ、って思って」
「やめたのかよ!」
「だってめんどくさいじゃない。あれ結構大変なのよ。だいたい意味わかんないし。ある日気づいたのよ。あれ? こんなめんどくさい手順踏む必要あるのかしらって。何か無駄なことやってない私? って」
「あるよ! あれは恐怖を演出するのに必要なものなんだよ! 結果だけじゃ意味ないんだよ!」
「そうなの?」
「いやだからあれは、怖いものがだんだん近づいてくるっていうところが肝心なんだよ。恐怖を感じる対象が徐々に近づいてくる怖さって言うやつが……ってどうでも良いわ! なんでメリーさんに俺が怖がらせ方をレクチャーしてるんだよ!」
「まあ、いいじゃん。世の中結果が全てよ」
「メリーさんのくせにドライだな。そういう、結果にしか価値を見出そうとしないものの考え方が人間を駄目にしているんだよ」
「私、人間じゃないんだけど」
「ああ、そうか。ってそういう問題じゃねえよ!」
「じゃあ、どういう問題なのよ」
「だから……ってちょっと待てよ。今俺の後ろにいるの?」
「ええ、あなたの後ろにいるわ。さっき言ったじゃない。今あなたの後ろにいるのって。だから私の目には、あなたの後姿がばっちり見えてる」
「……」
「ああ、振り向かない方が良いわよ。振り向いた人間の末路ぐらい、あなたも知っているでしょう。しかし最近の若者は生意気ね。髪なんて染めちゃって」
「髪を染める?」
「ええ、そうよ。でも正直金髪なんて似合ってないわよ。あなたずいぶん太ってるし。まさに金髪豚野郎って感じね」
「どうでも良いわ!」
「それ、さっきも言ったわよ」
「余計なお世話だ」
「本当は私も髪とか染めてみたいのよ? でもやっぱりイメージとかあるから簡単に染められないのよ。金髪のメリーさんとかなんか変でしょ」
「金髪のメリーさん?」
「そう、なんだか変でしょ? メリーさんって聞いてみんなが想像するのは、小さな女の子なんだから。それが金髪ってねえ」
「まあそうかもな」
「日本で小さな女の子が金髪に染めてたら、絶対家庭に問題もってるわよ」
「それは偏見じゃないか?」
「そう? そんなもんだと思うけどな」
「メリーさんが人間社会に首突っ込むなよ」
「別に外国人っていう設定でもないのにね。あれ? でもメリーさんって言うのか私。え? 私日本人じゃなかったの?」
「知らねえよ! 自分で分かれよ!」
「え~どうなんだろ」
「後で鏡で確認でもしてみろよ。って言うかさ……」
「ん? 何?」
「いや、俺髪なんて染めてないんだけど」
「え?」
「ついでに言うと、別に太ってもいない」
「え? え?」
「たぶんそれ、別人だと思う」
「嘘……」
「少なくとも、俺じゃないよそれ」
「……すいません。間違い電話です。ごめんなさい」

 少しの沈黙の後、ぽつりと謝罪を呟くと、電話は切れてしまった。
 メリーさんからの電話なんて、そもそも間違い電話のようなものだよな。
 そんなことを思いながら、どこかでメリーさんの餌食になっているだろう金髪豚野郎のことを気の毒に思った。
 金髪豚野郎さん、ご愁傷様。
 知らない人だけど。


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