夕焼け色に染まる五月の空。
ナオとカズホは、初めて学校から一緒にドールに向かっていた。
「でも、お母さんも驚いたんじゃないか?」
「うん、びっくりしてたよ」
昨日、髪を染めて自宅に戻ったナオを見て両親は驚いた。
出掛ける前に美容院に行くと告げていたから、両親とも、三つ編みはもう止めるかと期待をしていたのかも知れなかったが、まさか髪を金色に染めることまでは想像していなかっただろう。
特に、父親は激怒した。
「奈緒子! どういうことなんだ? いつから不良の仲間になったんだ!」
「お父さん! この髪は本当の私に戻った証なんだよ!」
「どういう意味だ?」
「私、今まで、ずっと家族に嘘を吐いて暮らしてきた。お母さんに遠慮して、本当の自分を隠していた。本当のことを言ってこなかった。でも、私は、お父さんとお母さんが結婚する前の私に戻ったの。本当の私に。もう、三つ編みの嘘吐きな私に戻ることができないように、思い切って髪を染めたの」
「奈緒子、お前……」
ナオは、どうして良いか分からないように立ち尽くしていた母親に視線を向けた。
「お母さん。これから私は、自分が言いたいことは遠慮せずに言う。怒りたい時は怒る。泣きたい時は泣く。だから、お母さんもそうして……。私に言いたいことがあったら言って。私がいけないことをしていたら叱って。だって、家族なんだから……」
「奈緒子ちゃん……」
「本当の家族ならそうだよね。遠慮したり、顔色を伺ったりして、お互いに言いたいことも言えないなんて家族じゃないよね。だから……」
「奈緒子……」
一瞬の沈黙がリビングにとどまったが、ナオがすぐに言葉を続けた。
「それから、私、軽音楽部に入部してバンドをすることにしたの。そのバンドメンバーの男の子とお付き合いすることにした。その男の子も金髪に染めているの」
「何だと! 何という奴だ?」
「佐々木君という人。でも、お父さん、心配しないで。お付き合いは始まったばかりなの。時期が来れば、ちゃんとお父さんとお母さんにも紹介するから。それから、髪を染めているからって、不良だって決めつけないで。佐々木君は、勉強もアルバイトもバンドも、全部に一生懸命なの。その佐々木君が私を、本当の私を取り戻してくれたんだよ。佐々木君だけじゃない。一緒にバンドをすることになった立花さんという女の子も私を助けてくれた。そんな素敵な友達と一緒に大好きなバンドができるの。私、今、怖いくらいに幸せなの」
「奈緒子」
「私は、これまでと同じように勉強も頑張るし、人に迷惑を掛けるようなこともしない。お母さんと結婚する前の私がどんな女の子だったかは、お父さんが一番よく知っているはずだよね。だから私を信じて。お父さん」
「……」
再び沈黙が訪れた。今度は誰も口を開くことなく、時間が止まったかのような空間に立ち尽くすしかなかった。
ナオが無言でソファに座り込むと、それまで父親の剣幕に怯えていた妹の沙耶が、ナオの側にやって来た。
「お姉ちゃん。その髪、格好良いね。その髪型のお姉ちゃんと、今度、一緒に動物園に行けるんだよね?」
「うん、一緒に行こう」
「本当言うとね、お姉ちゃんの前の髪型、あんまり好きじゃなかったの。でも、今度のお姉ちゃんは格好良いから、友達にも自慢できるんだよ」
「沙耶……」
ナオは、思わず沙耶を抱きしめて涙を流した。
「ありがとう、沙耶。じゃあ、お姉ちゃん、もっともっと格好良くなるからね」
その様子を見ていた父親は、もう怒ることなく、自らを納得させるように何回か頷いた後、母親に対して呟いた。
「あの頃の奈緒子が戻って来てくれたかも知れない。やっと……」
小説家になろう 勝手にランキング>
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。