第十三話 降ってきたような初恋の場合
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それから数日後。
授業中に居眠りしてたのがバレた私は、教科書の書き取りなんてステキな課題を与えられて、放課後一人教室に残っていた。
やっとこさ書き取りが終わり、さて、帰ろっかな、と鞄に教科書を詰め込んでいると、廊下からパタパタパタタと上履きの立てる足音が聞こえて来た。
「ナ、ナナエルさん、大変だよ……」
青ざめた顔をして教室に駆け込んで来たのはリコだった。
「よう、リコちゃん。まだ残ってたんだ」
「あ……うん。今日は料理部があったから。あの……あのね、二年生が……」
二年生? と首を傾げた私に、リコは駆け寄って「二年生の先輩たちがナナエルさんの事、呼んでる……」と、蚊の鳴くような声で言った。心無しか、リコの唇は震えていた。
「二年がわたしを? なに? どこに来いって?」
「校舎の……裏庭だって」
ウチの学校で一番人目に付きにくいところで私をボコるつもりか。
私の懸念は現実のものとなってしまった……ケネン。ルルちゃんに教えて貰った。
「ねえ……ナナエルさん。リコ、先生に言ってくるよ」
「あー、だいじょーぶ、大丈夫。話し合えば分かるよ。お互い人間だもの」
速攻で先生にチクるヘタレた女だと思われたく無いし、この手の問題は逃げていては何の解決にもならない。それに、クラスメイトに累が及ぶのも避けたいところ……ルイがおよぶ。ルルちゃんに教えて貰った。でも、ルイって何だろう?
何か言いたげなリコを教室に残して、私は靴を履き替えに下駄箱に向かった。
下校口で上履きから靴に履き替えていると、通りかかった運動部のクラスメイトから「お、ナナちん、いま帰り?」と声を掛けられたので「あいよ、じゃーね」と片手を上げて返事をしておいた。
私は部活に所属していない、いわゆる帰宅部だけど、家に帰ればママの髪結い店の手伝いが待っている。特に用事が無ければとっとと帰りたい。
リコは料理部だったのか。なんか納得、リコらしい。ルルちゃんは……部活には入ってたかな? 放課後には図書室で本を読んでから帰る、ってルルちゃん言ってたっけ。ウチの学校に読書部とかあったかな? 確か文芸部って言うんだっけ?
歩きながらぼんやり考えているうちに、校舎の裏手にある裏庭に到着した。
日当たりの悪い裏庭には放置気味の花壇があるだけで、学校の生徒はおろか用務員すら立ち寄る事が少ない場所だ。上級生のカップルが、ここでイチャイチャウフフしてたりするらしいけど、恋愛自体、私はあんまり興味無い。
さぁて、私を呼び出した先輩方ってのは……あぁ、あれか。
「逃げ出さないで良く来たじゃないか」
なんともケバケバしいお姉さんたちが五人。その真ん中の飛びっ切りにケバいのが、私を値踏みするように眺めて言った。しっかし、老けた化粧だなぁ、ホントに二年生か? 中学校に留年は無いはずだけど。
「そりゃあ、先輩方がわざわざ私の為に残ってくれたんですから、フケるわけにもいきませんよ」
って、敬語で丁寧に答えると、右端のちっこいのが「てめぇ! ふざけてんのかよ!」と、キンキンする声で喚いた。ちょっと……ずいぶん強い薬剤でブリーチしたんじゃないの? その金髪。
「良い度胸だね、アンタ。それとも馬鹿なのかい?」
今にも掴みかかってきそうになった金髪アタマを、真ん中のケバイのが手で制しながら私に向かって吐き捨てるように言った。
私は「度胸があって馬鹿な女が一番モテる、って母が言ってました」と言って、ツカツカと真ん中のケバイお姉さん、略してケバ姉に近づいた。
さあ、どうする? 五人一斉に飛びかかられたら流石にマズイ。でも、連中、そこまでケンカ慣れしている風にも見えないし、この真ん中のケバ姉以外の四人はオドオドした表情からして雑魚だ。
私は自慢の長くてすらーりとした脚(残念ながら細くは無い)から繰り出すローキックがギリギリ届く位置で足を止めた。この蹴りでセニングも含め、いったい何人の男子を沈めてきたのか……十人から先は数えていない。
「生意気なんだよ!」
ケバ姉が叫びながら右手を振りかぶる。えぇっ!? まさかのビンタ? いまどき?
私はカウンターを狙ってスカートをたくし上げる。狙いは太腿だ! まあ、相手は女子だしパンツ見えても良いや。
私の絶妙なカウンターキックが発動する寸前、パラパラと空から何かが落ちてきた。
ケバ姉は振り上げた手に乗った、空から落ちてきた茶色い物体をマジマジと見た。
「な、何これ!? む、むし? 虫!? ムシィー!!」
先輩たちの盛るだけ盛りあげた髪や、巻くだけ巻いた髪に茶色い虫が降り注ぐ。
ギャアギャア叫んで逃げ惑う姿を見て、やっぱり女子は女子なんだなあ、って感心しながら虫を一匹拾い上げる。あれ? これは……。
「うおらぁー! 何やってんだぁーっ!」
男性の声に振り返ると、ウチの担任が腕を振り回して走ってくるところだった。
「やべえっ、逃げろ!」
「虫っ! いやぁあ!」
「くそ! 覚えてろ!」
口々に叫び、逃げ惑う先輩方。別に噛みつきゃしないのにね、蝉の抜け殻。
担任は汗をダラダラと流し、ハアハア荒い息を吐いて「ナナ、大丈夫、だったか? 酷い事、されな、かったか?」と切れ切れに言った。
「せんせぇ……ナナぁ、怖かったですぅ……」
肩を小さくして目を伏せながら甘えた声を出す。ママのお弟子さんから教わった必殺技。
私は怖い先輩に絡まれた気弱で可憐な一年生のナナエル。これで決まりだ。
「ナナ! もう大丈夫だぞ。お前は俺が守ってやるからな」
「はっ、はい? って、うひゃぁ!」
突然、担任は私の身体を強く抱きしめた!! うわわわわ……こんなトコ、人に見られたら大変だ! ちょっ! 変なトコ触んな!
「先生、ダメだって! 誰かに見られたら、あんたクビになるよ!」
「あっ、ごめんごめん。つい盛り上がってちゃって……その、変な事するつもりとかじゃなくて……」
慌てて離れた担任は、何度も頭を下げて謝罪した。
「あ、わたし、大丈夫ですよ。ちょっと……びっくりしただけです……」
うはぁ……びっくりした。大人の男性に抱きしめられるのは初めての……違う。
最後にお父さんにギュッってされたのは、覚えていないくらに幼い頃のこと。
胸がズキズキと痛いのは懐かしい思い出のせい? それとも……わたし……?
戸惑う私の足元で、ぱきり、と乾いた音がした。
遠くに蝉の鳴き声が聞こえる。
そんな気がした。
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